第5話「再現世界」
今回の投稿は某所で開催したその無限の先へリスタートプロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたとも りさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
元々引き籠もりを更新予定でしたが、早めに開催して達成できたのでこちらから。
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空龍の提案を聞いて、俺はずいぶんと心配させてるんだなと自覚した。
あの特異点の地獄のほとんどすべてを共に駆け抜け、俺とは違った立場で一連の問題を重く受け止めているからこそ、彼女は強い共感を感じている。おそらくは皇龍よりも遥かに。
何もなかった事にしたからといって、目を逸らしていいはずもない。それは何よりも俺が強く感じている事で、空龍も共感しているだろう。
だから責任を、罪を感じてしまう。根本的なところを見れば、すべての原因は唯一の悪意にあり、奴に踊らされた俺にある。責任があるとしても、その所在は皇龍であり、空龍はただ交流団の代表を務めていただけ。
しかし、まともな認識ならそこまで根本的な部分で考えられるはずもない。表面的な部分だけを見れば、自分が代表として故郷に呼んだ迷宮都市の交流団を実質全滅に追い込んだと捉えてもおかしくはないのだから。
もちろん、説明された以上理解はしているのだろう。本来そんな責任はなく、責を負うのは皇龍であると分かっている。しかし、現実が重過ぎて正面から受け止められない。そんな中で、自分はどう在りたいのかが揺れている。
責任を取りたいのか、逃れたいのか、皇龍の牙であり爪であり後継者である自分が立つ位置がそこでいいのか。因果の虜囚同士の戦いを目の前で体験し、漠然とした認識が現実を通して明確になったのも大きい。自分が主役でない事に奇妙な憤りを感じてもいるだろう。ゲルギアルに狙われるような場面もあったが、結局のところそれは皇龍ありきのものでしかない。更には、その時の交渉相手はあくまで俺だ。
皇龍は自分の在り方を知り、その道を行こうとしている。
空龍は自分の在り方を持たない事を自覚させられた。今まで確かに在ったはずのものが存在していなかったように感じている。だから、暗中模索でも新しい自分を探している。既存の価値観からの脱却を図り、せめて目の前の俺に対して行動を起こす事で……。
硬そうな柱に頭をぶつけてみた。頑張れば罅くらい入れられそうだが、そこまではせず、単に目が覚める程度に。
「わ、渡辺様?」
「悪い、唐突に頭をぶつけたくなったんだ」
土蜘蛛を根底とする観察眼が暴走しそうだった。俺本来の処理能力以上に解析を始めたから黙ってもらっただけだ。奇行に見えるだろうが、別に気が狂ったわけでも変な趣味に目覚めたわけでもない。頭突きの威力だって上手く調整してる。
疲れているからか、どうも上手く制御できずに余計な情報を集め過ぎている気がする。そんなところまで読み取っても、誰も得をしない深い部分まで観察する必要などない。というか、手当たり次第そんな事をしていたら廃人一直線だ。
制御はできていないが、コレは俺自身だ。この解析能力は便利だし有用なのは間違いないのだから、必要な場面に合わせて上手く付き合っていくべきなのだろう。
とはいえ、そんな見ただけで心中まで測るような、読心術以上に深淵を覗き込むようなモノは間違っても普通の男女関係ではない。
「デートって言ってもな……」
気を取り直して、普通の渡辺綱に戻す。
宙ぶらりんな今の状況では、コレで浮気という奴もいないはずだ。というか、見合いしてるんだからデートだって似たようなモノだろう。というか、正月の初詣だってデートといえばデートだぞ。
頭おかしいレベルで忙しい身ではあるが、元々予定された時間の内容が変わっただけだし、今日いっぱいは時間も問題ない。
「まあいいか。それで、何かプランはあるのか? 行きたい場所があるとか」
「良かった。行きたい場所はたくさんありますが、今日はこちらでデートコースを用意してきました」
ああ、それなら俺も楽だ。この街にも結構詳しくなったが、デートに使えるような店はほとんど知らないし、即興でデートコースを考えるアドリブ力もない。
なんならフィロスとかのほうが慣れている感まである。割とそういう話は聞くし、何度か二人揃って歩いているのを見た事もある。
一方でガウルは全然慣れてそうにないから、既婚者ならみんなそうだとは限らないとは思う。偏見かもしれないが、あの嫁さん狼が進んで外に遊びに行くビジョンが浮かばない。
「じゃあ、ここの飯食ったら出ようか。あんまり時間に余裕もないし」
普通に食事をして、ここを出るのは午後八時くらいだろうか。
今回に限らないが、ここ最近の土下座行脚兼お見合いは当然の如く食事付きだ。基本的に開始時刻がディナータイムという事もあって、割と豪華なメニューである。これまでの席では味を気にする余裕はあまりなかったが、今回は割と気楽に味わえるだろう。
「え? 食事は別に予約を取って頂きましたが」
「ん?」
その反応になんか違和感を覚えた。もう用意してあるのに、一口も食べずに退出するのか? そりゃ、お見合いの席で食事が二の次になる事はあるだろうが、普通にもったいないし空龍っぽくない。第一、店にも失礼だろう。……というか、取って頂いた?
「ひょっとして、別の誰かにプランを練ってもらったとか?」
「はい。デートがどういったものかは知りましたが、さすがに私ではどこに行けばいいのか見当もつかないので」
ああ、そりゃそうだ。迷宮都市はいくらでも遊ぶ場所はあるから選択肢に困らないが、逆にいえば選択肢が膨大過ぎて悩むという問題もあるし、準備したとしても限界はあるだろう。
堂々と自分が考えたモノでないと明かすのはどうかと思うが、そもそもそんな下地があるはずがない。当然、協力者はいると。
「ちなみに誰にお願いしたとか聞いてもいいのか?」
「ナユタ様です」
「オーケー、ちょっと落ち着こうか」
いきなり暗雲が立ち込めてきた。
「ちょっと気が変わった。そのデートプランの詳細を教えなさい」
「何故!?」
「それがお互いのためなんだ。分かってくれ」
あの人は既婚者だ。当然男女関係にはそれなりに知識・経験を持っているだろう。相手はダンマスで、ちょっと俺の認識では理解し難い重婚って問題もあるが、そこは無視していい。しかし、その他の前提条件を見た場合、それが今現在求められているモノに合致する気が一切しない。
だって、あの人のイメージ的にそういうモノに結びつかないのだ。いや、これまで直接話した迷宮都市領主としての色んな意味で怖いイメージだけで言っているわけではなく、クロが言うような人の恋バナとか好きとかポンコツ気味だとか、そういう元々の部分の話を加味してもちょっと信用できない。サティナがクラン入りの提案をしてきた時の話もそうだ。そこまで詳しく知っているわけでない以上絶対ではないが、事前確認はしないと不安で仕方ない。サプライズとかもっての他である。
「賭けてもいいが、誰が相手でも『那由他さんが考えたデートプランってどう思う?』って聞いたら、望んだ答えは返ってこないと思うぞ。特に親しい人ほど」
「そ、そうなんでしょうか? 本人はとても楽しそうでしたが」
「残念だが、楽しいかどうかは出来には直結しないんだ」
むしろ、楽しそうという事は加減が良く分かってない状態にある可能性が高い。つまりメシマズがアレンジして失敗するが如く、いらんところを盛り過ぎていると見るべきだ。メシマズだって、案外作っている時は楽しそうなものである。試食しないから。
「一応、この見合いの時間はダンマスに連絡がつき易いようにしてもらってるから、メールしてみようか」
そして、俺が言った内容のメールをそのまま送信したら、すぐに返信があった。内容は『www』だけだ。めっちゃ簡潔で分かり易い反応である。
空龍にそれを見せると呆然としていた。結構普及しているとはいえスラングの類なんだが、意味は分かったのだろうか。
「そんな馬鹿な……あんなに自信満々だったのに」
「そもそも、あの人ってデートなんてした事あるのかね? 出かける先は迷宮都市になるだろうが、自分たちで作った街だぞ。視察扱いになりそう。それをデートじゃないとは言わないが、普通ではないだろ」
「……言われてみれば、確かに」
那由他さんの経歴を紐解いてみれば、ダンマスが来て迷宮都市が今の形になるまでは中世の価値観で過ごしていたはずで、そんな時代のデートって何よって事になる。そこからアップデートできる気もしない。
ダンマス一人なら神出鬼没でどこにでも現れそうな雰囲気はあるが、デートとなるとそんなわけにはいかないだろう。ちゃんと予約したり、そこまでいかなくとも普通に来店しただけで畏まる店も多いはずだ。あの二人がデートをしようとしても、色々と無理があるんじゃないだろうか。
「ちなみに迷宮都市以外だと、普通のデートとはどこで何をするものなんでしょうか?」
「分からんが、それこそ食事とか、ピクニックとか、馬で遠乗りとか、都会だと劇場があったりするのかな?」
色々挙げたがまったく自信がない。地球で成立するかもそうだが、こっちでは野外にモンスターとかいるし。劇場は……王都にはあるよな? ポルノ劇場しか聞いた事はないが、普通のだって。
中世なら娯楽が少ないのは当然としても、出かける先が少ない以上、俺たちの認識でいうデートが成立する気がしない。治安だって悪いだろうし。
「地球だって近世に入る以前は似たようなもんだと思うし、基本はそんなもんじゃないか?」
「私も星龍お兄様に連れられて別の惑星を見学に行った事はありますが、そんな感じでしょうか」
「スケールでか過ぎて比較に困るが、ようはそういうシンプルな世界に生きていたのは那由他さんも同じじゃないかなと……あ、ダンマスから追伸で補足が来た」
ダンマスから再度メールが来た。さすがに草生やすだけで終わらせる気はないらしく、それなりに長文の解説だ。
それによれば、やっぱり那由他さんとデートと呼べるモノに行ったのは数えるほどで、立場上どうしても形式ばったものになるらしい。それは那由他さんに限らず、他の二人でも似たようなモノだとか。
奥さんたちはそれで満足するのかと思ったが、やっぱり視察とかで出かける事は多いらしく、それをデート代わりにしているような感じらしい。あと、そもそも那由他さんは出不精の引き籠もりだから、その視察すら滅多に出ないそうだ。
本人がどう捉えるか次第だし、別にそれでも問題ないとは思う。ただ、やっぱり俺たちが参考にするようなモノではないだろう。
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というわけで、予定通りに用意された食事を食べる事にした。
その間、行儀は悪いが那由他式デートプランの内容も見せてもらったのだが……。
「このデートコース、どう考えてもただの男女としてデートしましょうって感じのプランじゃないぞ。時間的に年齢制限がある店も多いし」
まるで、オシャレな女性雑誌で特集されているような内容をそのまま貼り付けたみたいだ。……まさか、実際その通りだったりしないよな?
アダルトでロマンチックな体験は結構だが、当たり前のようにアルコールを提供する店も含まれている。空龍が何歳扱いになるのか知らんが、俺はこの街ではまだ未成年扱いだ。この見合いのコースでも酒類は出てこない。
「那由他様が直接予約を入れたので、その辺の問題はどうにでもなると」
「事前予約が必要なところばっかな時点で普通とは言い難いんだよな。少なくとも、心労を気遣って提案してくれた空龍の考えとは真逆だ」
値段にして、余裕で一般人の月収が消えるような高級店ばかり。人生経験として一回くらいなら行ってもいいかなって店のオンパレードである。こうして提案されている以上金は出してくれるかもしれないし、今の俺ならちょっと大きい出費だなで済ませられるが、間違っても気楽にお出かけって感じではない。というか、今食ってる食事だって相当な高級ラインナップだ。デートでちょっと背伸びしてってレベルじゃなく、これだけでも十分に成立するレベル。
「とりあえずこのプランは破棄で。興味がある場所があるなら、そこ中心に適当にって感じかな」
なんかダンマスに聞いたら、今からでも穏便にキャンセルしてくれるみたいだし。無理やり割り込んだのもありそうだが、そこはごめんなさいという事で。
「あの……渡辺様は、こういうのに慣れてるのですか?」
「いや、前世含めても経験はほとんどねーよ。ただ、こういうのは必要以上に気張ると相手が引くってのは、色んな怖い従姉妹に叩き込まれた。あ、前世の話な」
今思い出したが、昔部活でデートプラン勉強会をやった事があった。採点は従姉妹殿で、ほとんどの部員が失格の烙印を受けたのだ。確か一番高評価だったのはレタスさんだったはず。尚、女なのに参加していた美弓は最下位争いをしていた。
「大体、一緒に死線くぐった経験があって、普段もしょっちゅう顔合わせてる相手に気張っても仕方ないだろ。普通の男女としてお出かけするなら尚更」
「そういうものでしょうか。……そういうものかもしれませんね」
自己解決してしまったようだが、俺の心労を気にしての行動なら適当に遊びに行くくらいでちょうどいいのだ。常時賢者モードじゃなくても、身内みたいな奴相手にゴール地点ホテルみたいなプランは立てたりしない。
「行きたいところとか興味あるところはあるか? 昼間なら商業区画で買い物って手もあったが、ちょっと遅いし」
こんな時間からウインドウショッピングでキャッハウフフフは難しい。
あと、地味にスポーツもアウトだ。観戦ならともかく、自分たちでやるとなると、どうしても超人スポーツと化してルールのほうが追いつかなくなる。なんかの雑誌で見たが、どうも冒険者がやらかす失敗の代表例らしい。
「一応、行ってみようと思っていた展示会場やイベントはいくつかあるのですが、時間が合うかどうか」
それならとネットで目当てのイベント情報を確認してみれば、いくつかはこの時間からでもやっていた。
内容が微妙だったり、予想以上に早く終わってしまった場合に代わりを用意できそうな条件で候補を絞った結果、観光区画でやっている『世界と地球の楽器展示会』というイベントに決まった。地味な気もするが、ダメならダメで他を見て回ればいいだろう。
「移動はどうしましょう? ナユタ様からは一日自由に使えるパスなども頂いてるのですが」
「……そこは普通っぽさに拘ろうか。駅は近いんだから、歩いて行こうぜ」
食事を終えて外に出たところで移動手段の話になったが、自前で車用意してますとかならともかく、最初からタクシー移動はないだろう。目的地も駅から近いし、電車使っても大して時間も変わらん。
「ついでに、どうせだから形から入るか。腕組みは……行き過ぎかどうか分からんが、手でも繋ぐか?」
「手を?」
「ほら、あんな感じで」
首を傾げていた空龍に説明するために、道行く人に結構な数が紛れているカップルを示す。そういうのは大抵手を繋いだり腕を組んだりしてくっついているものだ。
迷宮都市故に変なのも混ざっているが、そういうのは視界に入れない事にして。
「なるほどなるほど。良く分かりませんが、そういうものなのですね」
「そういうものなのです。……ほら」
理解はせずとも納得した空龍に対し、片手を差し出す。それを見て空龍は少し逡巡し、おずおずと俺の手を握った。
そこまでは普通だったのだが、空龍はその状態のまま固まり、じっと繋いだ手を見つめている。
「どうした?」
「……あっ、いえ、その……なんかいいですね、これ。何がとは言えませんが、とてもいいです。ふふふっ」
そう言う空龍の表情はいつもよりも少しだけ砕け、緩んだもののように見えた。
一方で、俺の内に湧き上がる唐突な罪悪感。それは空龍に対してではなく、こことは違うどこかで同じように手を繋いだ者へ対する激情だ。
ああ、身長差があり過ぎて腕が組み難いのだったか。……しかし、それは俺ではない。別の渡辺綱ならば抱くべき罪悪感でしかない。
「渡辺様こそどうしました?」
「いや、なんでもない」
そう、なんでもない。気にする事じゃない。気にしてはいけない事だ。
そんなやり取りを経て、普通の男女とは違う意味で少し気まずい空気を醸し出しつつ、俺たちは無言で駅へと向かう。やっぱり、いちいち普通とは掛け離れてるなと思いつつ。
どうやら那由他さんから支給された一日無料パスはタクシーだけでなく電車も有効らしいので、そこは使わせてもらう事にして観光区画行きの車両に乗る。
観光区画に遊びに行っていた連中が帰宅する時間帯なのか、時々逆方向にすれ違う車両は混雑している一方で俺たちの乗る車内はかなり空いていた。乗車したドア近くに並んで座れる座席はなかったが、スペースとしてはかなり余裕がある。
「……空龍さん、なんか近くね?」
そんな余裕のあるスペースにも関わらず、空龍は俺の至近距離に陣取っている。指摘しても動かないので意図的なものらしい。
「こうして手を繋いだり、改札近くで見かけた男女を見て気付いた事があります」
「あ、ああ、やたらイチャイチャしていた冒険者っぽいバカップルな。あまり参考にはしないで欲しいんだが」
時々いる、周囲が目に入らずお互いしか見えていないアレな状態のカップルである。俺的には何がレオきゅんじゃって感じだ。
女のほうはどこかで見た事ある気はするので、多分かなり高ランクの冒険者だろう。男のほうは良く分からない。
「大事なのは、きっとお互いの存在を感じ取れる距離感なのではないかと」
「……まあ、多分間違ってはいないと思う」
パーソナルスペースに異性がいれば否が応でも意識せずにはいられない。こうして実際にやられると圧が強くて収まりが悪いが、別に嫌ではないし、継続すれば慣れるだろうと分かる。
正直なところ、俺としては一気に距離を詰められても困るんだが、多分空龍も恋愛的な意味よりも好奇心でやっている部分が大きいのだと分かるから余計に困る。
「ちょっとお触りしてもよろしいですか?」
「は? お触りって何を?」
「えーと、腕とか?」
まさか痴漢的なアレとは思ってなかったが、公共の場でペタペタ触るのも絵面的にどうなんだろう。逆なら一発でアウトな気がするぞ。
「以前から思っていたのですが、不思議ですよね。何故男女でこうも違うのでしょうか?」
「それは体格とか筋肉のつき方とかそういう話か?」
「はい」
ペタペタ触られつつ意味を考えるが、ホルモンバランス的な話だろうか。そりゃ、進化の過程で機能的な差に合わせた最適化を繰り返した結果とかそういう事だろう。
「龍は個体差が大きいので余計にそう感じるのですが、男女の機能差以上に違うように感じます」
「単に好みの問題だろ」
「好み?」
「異性に好まれる特徴の奴が選択されて世代を重ねた結果じゃないか?」
あるいはそれも生存のための適応なのかもしれないが、ちょっと考えれば分かる事だろう……と思ったが、どうも空龍は思い至らなかったようだ。
良く考えたら極端に長命な龍は、世代交代の認識からして人間と異なるのかもしれない。しかも、空龍は自然に誕生した個体でなく、皇龍が無限回廊のシステムを使って生み出したわけで、そりゃ実感など湧くはずもないか。周りに教えてくれる人がいるとも思えない。
「なるほど……それで」
なにがそれでなのかは知らんが、空龍が電車が目的地に着くまで俺の腕を触りながら考え込んでいたので、好きにさせる事にした。
周りの乗客たちは変な目で見ていたかもしれないが、ある意味注目される事に慣れた冒険者、しかもアンチスレ持ちがそんなのを気にするはずもないのである。一般的にどうだかは知らん。
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電車は観光区画に入り、俺たちは一度の乗り換えを経て目的の駅へ到着。
観光区画の施設はある程度近い種類の観光施設で固まっているから、駅ごとに景色が大きく異なる。ここは博物館などが多い駅なので、他の駅よりは静かなほうだろう。それでもやはり人は多いが。
多種多様な観光施設が密集しているため、目的地によっては迷子になりそうだが、『世界と地球の楽器展示会』の会場は駅近くの巨大なビルで開催されている。これだけ近ければ迷う事はないだろうと地図を頼りに移動してみれば、思った以上に迷う要素がなかった。
このイベント、字面からは一見地味な内容に感じるが結構大きなイベントだったらしく、行く先々に案内板やポスターが張られていた。
どうやら何時間かごとにミニコンサートをやっていて、そちらを目的に来訪している客も多いらしい。ポスターに載っている有名奏者とやらは俺にはさっぱりだったが。
「思った以上に大規模なんだな」
「え、そうですか?」
「……あれ?」
どうやらちょっと認識のズレがあるらしい。俺はもっとこじんまりとした小規模な展示イベントのようなものを想像していたから正直度肝を抜かれたのだが、迷宮都市でこういったイベントを巡っている空龍的にはそこまででもないと。
想像以上に立派な会場と設備、中の展示物も地球で見かけたポピュラーなものからマニアックなものまで、区別はつかないがこの世界独特の楽器まであるらしい。その楽器をメインにした楽曲をヘッドフォンで聞ける上、モノによってはプロの音楽家がその場にいて解説、生演奏をしてくれるサービスまであった。もっとも、コレはほとんどが時間の都合で終了していたが。
……なんだろう、普通ならハードルになりそうな予算や場所の問題を排除して、関係者が全力投入すればこんな感じになるんだろうか。この分だと、もっとメジャーな題材のイベントとかどうなるんだろうって感じだ。コミケ的なモノもあるって聞いてるし。
「そういう小規模な展示会は期間限定のイベントでなく、常設されたものがあるはずです」
「あー、普段からやってるのか。なるほど」
文字通り、コレは特別なイベントだったわけだ。納得。
そんなわけで、メインの時間からズレているにも関わらず回り切れなさそうなほどに膨大な展示品を見て回る事にした。
内容としては特別音楽や楽器に興味のない俺でも普通に楽しめる良イベントだ。特に、地球の楽器や楽曲が当たり前のようにあると、望郷の念とも違う奇妙な感覚に襲われる。現代の楽曲も含むため、中にはこんなモノ紹介しないでほしいと思うようなコンテンツもあるわけだが、そういうものを含めての展示会なのだろう。元地球人の俺としては、自分で手掛けたものでもなんでもないのに恥ずかしい黒歴史を暴かれてしまったような気になってしまう。サージェスならきっと新たな扉を開いてしまいそうだ。
すべてではないが、中には実際に演奏する事もできるコーナーもあり、空龍が大正琴を演奏してみせたりもしたのだが、ただでさえ音楽に疎い俺には良し悪しは分からない。多分、練習した期間や頻度からすると異常なまでに上手いんだろうなという想像だけはついた。他の二人もそうだが、人間として見た場合、こいつらが異様にハイスペックなのは良く知っている。
「おや、空之介。今日の連れは玄之介と銀之介ではないんですか……って、渡辺さんじゃないですか。珍しいですね、こんなところで」
良く分からないなりに空龍の演奏を聞いていたところに、見覚えのある顔が姿を見せた。場違いなのか良く分からない巫女服とおかっぱの黒髪。直接の対面は二度目だが、一度目で強烈なインパクトを残していった四神宮風花である。
「なんでここにってのは俺も聞きたいところなんだが」
「私はこのイベントの責任者なので、いて当然です」
「…………」
マジかよ。いや、言動で勘違いしがちだが、そういえばこいつも立場的には迷宮都市のお偉いさんではあるのだ。おかしくはないかもしれない。
「マジかよって顔してますね。ゲージュツといえば私、四神宮風花と言われない事もないくらいに、その道ではちょっと有名人なんですが」
「どっちなんだよ」
声の抑揚と比較して表情の変化が乏しいから、ギャグなのか本気なのかいまいち判断がつかない。
「あの、渡辺様、風花さんが芸術関連に秀でているというのは本当ですよ。私が楽器を習ったのも彼女ですし」
「真面目な話をすると、四神の巫女はある程度その手の芸能技術は必須だったりします。その中でも私は優秀ですが」
「まあ、雅楽とか神事に繋がってる事が多いし、そういうもんか」
そういえば、水凪さんの神楽も似たようなものだ。
「もちろん雅楽は専門ですよ。いつか機会があったらシンバルの妙技をお聞かせしましょう」
「そんな雅楽があってたまるか」
「音楽だけでなく、芸術ならばなんでもござれなのが私、四神宮風花です。なんなら久しぶりに似顔絵でもお描き……いや、やっぱりいいや」
「なんでやねん」
いや、こいつに似顔絵描かれたくはないが、提案する側から一方的に引き下がられるのも納得し難い。なんか自分のご分身を馬鹿にされたような気さえしてしまう。
「それで話を戻しますが、お二人は何故ここに? 逢い引きか何かで?」
「逢い引き? ……ええと、デートなので多分あってます」
「おっとマジですか。……えーと、渡辺さん?」
「合ってるぞ。何故意外と思われるのかは分からんが」
「いやだって……おかしい、フニャチンの賢者モードのほうがモテるのかな?」
「だからなんでお前そういう状態が分かるんだよ!」
賢者モード継続中なのは否定しないが、別に不能になったわけじゃないぞ。普通に勃つわ。
やはり、あの似顔絵は適当に描いたものではなく、顔の代わりにリアルなそのものを模写しているというのか。スキルだとしても意味不明過ぎる。恐ろしい奴め、四神宮風花。
「いやいや、まさか空之介と渡辺さんが……いや、そこまでおかしくはないのかな? あれ、ウチのいき遅れとのお見合いはどうなったんですか?」
「誰の事だか分からんのだが」
「あれ? ひょっとして選考落ち?」
思い返してみても、こいつの身内とか四神関係者に心当たりはない。というか、あまり見合いという名の土下座行脚についてに触れてほしくない。
「そういえば、さっきからなんだ、その空之介って。空龍の事なのは分かるが」
「そりゃ愛称ですよ。親しい間柄には必須な設定です」
「設定言うな。……いや、愛称にしたってどうなんだって感じなんだが。銀龍と玄龍はともかく」
「本人がいいならいいんじゃないですかね?」
そんな呼ばれ方をして本人はどう思ってるんだろうかと空龍を見てみるが、特になんとも思ってなさそうだった。空之介でいいのか。
「なんなら渡辺さんにもつけてあげましょうか? ナベツナとかどうです?」
「どこかのプロ野球界の盟主じゃねーんだから」
「???」
「知らないで言ったのかよっ!?」
「まー、そういう話はシンバルの件と合わせて別の機会にしましょう。長々とデートのお邪魔をしたくもないですし。それではまた」
風花はそう言い残してスパッと切り上げ、どこかへと去って行った。いつかの時と違いプライベートだからか余計にノリの掴めない奴である。……あれ、イベント責任者って事は仕事なのか?
「相変わらず変な奴だな」
「いい人ですよ。楽器をやってみたいって言った時、率先して教えてくれましたし。このイベントも、彼女の手腕によるものが大きいかと」
「スペックが高いのは認めざるを得ないんだがな」
余計な属性が付き過ぎなのである。……そう考えると、方向性こそ違えどティグレアも似たようなものだな。本人には怒られそうだが、案外お似合いな主従なのかもしれない。
そんな感じで変な邂逅はあったにせよ、『世界と地球の楽器展示会』自体は非常に楽しめるものだった。
これだけ楽しめるイベントならば、同じようにこのビルの別階で開催されている『日本史展示会』でも楽しめるのかもしれないと、適当なところで切り上げて覗きに行ってみる事にした。
こちらはこちらで大規模ではあるのだが、『世界と地球の楽器展示会』ほどの華やかさはなく、客足も少ない。とはいえ、深夜近い時間でコレなら昼間は盛況なのだろう。
迷宮都市はその経緯からして日本に多くのルーツを持つ。それを知る者はそれほど多くもないだろうし大部分は興味もないのだろうが、気になる人は気になるという事なのだ。
「まあ、俺も日本史はそこまで詳しくないけどな」
相当に詳しく解説されているのは分かるが、残念ながら下地からして比較するほどの知識はなかった。
「そうなのですか?」
「ああ。こんな名前だから平安時代の事はそれなりに調べたし、戦国時代や幕末もある程度は分かるが」
なんだかんだで、大河ドラマやゲームなどで知名度の高い時代はそれなり分かる。あとは、サラダ連中にも詳しい奴は結構いたはずだし。
その程度でも全体から見れば知っているほうだったはずだ。大抵の奴は年表を暗記するくらいで、大きな出来事の表面をなぞる程度だっただろうし。
「難関は人名だな。ちょっと深く踏み込もうとすると、まず藤原と源が多過ぎ問題に直面して混乱する」
「良く分かりませんが、大変そうですね。私たちの名前のようなものでしょうか」
「それはまた違う気がする」
時代が変われば多少マシになるが、それでも本姓は藤原氏か源氏ばかりである。ついでに、通字と偏諱で似たような漢字の名前ばかりになってるのも問題だ。
そして近代はこういう問題は少ないものの、大日本帝国の謎ムーブ多過ぎ問題が発生してしまうのだ。欧州情勢は複雑怪奇だが、自分たちだって相当に複雑怪奇である。
俺たちは、一コーナーでも深く掘り下げようとしたら一日潰れそうな日本史をなぞるように見て回る。そんな中で空龍が足を止めたのは現代のコーナーだ。特に、俺も馴染みの深い平成時代の資料をじっと見つめている。
「懐かしいような、そうでないような変な気分だな」
「これが、渡辺様の過ごした世界ですか」
「近いが違う。これはダンマスの生きた日本だ」
比較すればほとんど同じだろうと言われるだろう。しかし、その二つには決定的に違う。
良く見れば、俺の知らない出来事の資料も展示されている。それは、俺の世界が迎える事のなかった年の出来事だ。
「多分、渡辺綱はいるんだろうな。でも、それは俺じゃない」
もちろんそれはこの世界のツナでないという意味じゃない。前世の日本人渡辺綱とは決定的な一点において別物という意味だ。俺のルーツはそこにはなく、あくまでもあの世界の日本なのだ。
「興味あるなら、見学してみるか? あそこなら遅くなっても問題ない」
「……見学?」
厳密に言えばそのものではないが、ここの資料よりはよっぽど近い。基本的には俺と美弓しか許可は出ていないが、空龍ならその資格もあるだろう。
普通を目指したデートは、普通じゃない場所で延長戦を迎える。
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「そろそろ転送施設ですが、クランハウスに戻るのですか?」
「いや、戻らない」
とはいえ、普段ダンジョン・アタックに使う転送施設ではなく、別の……入室に許可の必要な場所にあるゲートが目的地だ。
一応、俺と美弓はフリーパス。空龍も一時的なものではあるが、ここに来るまでに許可をもらったので、当たり前のように入室できる。
部屋の中には転送ゲート。実は行き先は複数あるらしいが、基本的に許可のある場所にしか行けないため、設定の必要はない。そしてゲートをくぐれば、その先は日本だ。……ただし、偽物のであるが。
「……ここは」
「無限回廊の機能の一つで再現世界っていうらしい。ここはその内の一つで、俺と美弓の記憶を元に造られた日本だ」
転送された先は東京で俺が住んでいた場所の最寄り駅。人がいないのに動いている奇妙な街だ。
かつて、ネームレスの転送で飛ばされて構築された場所をダンマスが安定化させたらしい。これはこれで意味はあるだろうと。
元々、迷宮都市の都市計画は日本の知識や物品が根底に存在する。それらは本来全裸召喚されたダンマスが持ち得るはずのないものであるが、この機能で記憶から再現した世界から手に入れたモノらしい。
といっても、知識のような質量のないものならともかく、モノを無条件で持ち出す事はできない。どうも、専用アイテムを使う事で実現できるらしいが、その辺は教えてもらえなかった。現在でも相当に貴重なモノで、本当に必要なものに絞って使っているのだとか。
「まあ、日本っていっても俺と美弓の地元と東京の西側、あとは群馬の一部くらいしか行けないけどな」
安定化してもそこら辺は変わらない。やはり印象の薄い場所は再現できないものなのか、見えてはいても行く事はできない。再現世界の機能を使えば補完も可能らしいが、それは不要だろう。
実際、ここの記憶を使い、元々ダンマスが使っていた再現世界は補完されている。だが、ここは多分、そのままで残しておく事こそが重要なのだ。
「ここが渡辺様の故郷という事はつまり……」
「いや、唯一の悪意の爪痕は再現されていない。多分、ここが再現された時の俺の心境が問題なんだろうが……とりあえず、高いところに登ってみるか」
近くにあるビルへ入り、エレベーターで最上階へと向かう。一度利用した事あるから、屋上に出れる事も確認済だ。
「エレベーターは使えるのですね」
「使える……が、途中の階は降りられない。ほら、いつの間にか着いてる」
「ど、どういう仕組みでしょう?」
それは知らんが、多分どこも似たような感じだろう。ここのように屋上へ直で出られないビルはエレベーターも機能しないはずだ。正直覚えてないが、どこか別のビルからここの屋上を見た事があるのかもしれない。
屋上に出ると、そこには東京の街を一望できる……ほどではないが、かなり遠くまで見る事ができた。視界のほとんどが街という、都会って感じの光景だ。
「ここが日本……すごい」
「正直なところ、迷宮都市のほうが都会な気がするけどな。元になったのは確からしいが」
「いえ、その……なんというか、この街には……そう、人の営みを感じます」
「良く分からないが、俺たち以外人はいないぞ?」
営みなど欠片も存在しない、空虚の極みのような街だ。ここにあるのは、記憶を頼りに再現したガワでしかない。
「上手く言葉にできないんですが、迷宮都市よりも……人間の生きる場所というか、造り上げた街というか、そういう印象を感じるのです」
「ああ……」
なんとなくだが、空龍の言いたい事が分かった。
迷宮都市はダンマスたちが造り上げた街だが、一から造り上げたわけではなく模倣要素も多い。一方で、オリジナルにあったような明らかな無駄要素は省き、効率のいい形で造られた街のはずだ。そこに試行錯誤の過程が抜けている。
ここは抜け殻とはいえ、人間が自分の手で一から造り上げた街だ。無限回廊の力も使わずに。こうして改めて眺めてみると、人間って大したもんだなと実感する。
「確かにそうかもしれない。ここは確かに多くの人がいて、生活し、造り上げた街だ」
だからこそ儚い。正しく人の夢なのだろう。
「この世界さ、一応俺が行った事ある場所は行けるんだ」
ネームレスの時は、交通機関で途切れているような怪しい部分もあったが、そこら辺は最低限補完はしてもらっている。単に飛ばすだけだが、接続が途切れているようなところはない。
「ただ、例外としてあっち側……東東京は行けない。俺の記憶にある唯一の悪意の印象が強過ぎて、不安定なんだ」
「……それが、私にも資格はあるという話に繋がるのですか」
今更、あちら側を見るだけで精神が不安定になるような事はない。そういう時期は乗り越えた。しかし、記憶の残滓としてそれは存在するのだ。
「ここは……今見えるこの光景は、唯一の悪意によって滅ぼされた世界だからな。普通のデートの締めとしては最悪だが、俺たちにふさわしいともいえるだろ」
「そうですね。私も多くの爪痕を見た事があります。……ここが、アレらと同じになる」
さすがにあんなモノを見るのは興ざめだが、俺たちの根底には共通してそういうモノがある。それは忘れてはいけない。
「ここはダンジョン扱いらしいし、時間制限もないようなもんだ。その範囲で行きたいところがあれば連れて行くぞ」
「では、渡辺様の故郷の街を見てみたいです」
「オーケー。別に面白いモノでもないだろうが、高校とかは案内してやろう」
「できれば、ご実家の自室なども……」
「……その黒歴史に触れるのは勘弁してくれ」
東京のアパートの俺の部屋も大概だが、実家の自室など青少年の悲しい夢が堆積して目も当てられない。それは、唯一の悪意の記憶が残る東東京とは違った意味で目を背けたい場所なのだ。
こうして空龍が企画してサプライズ開催された普通のデートは、色んな意味で普通になる事なく終了した。
だが、それでも元々の目的はある程度達成されたと思うし、俺たちらしいとも思うのだ。
どうやら今の綱は風花のデッサンモデルとしてふさわしくないらしい。(*´∀`*)
というわけで、今回のリターン分は後二回はあります。続けてかどうかは分かりませんが、強烈に気になる引きにしなくて良いのはちょっと楽でした。
◆お知らせ関係(*´∀`*)
現在、クラウドファンディング その無限の先へリスタートプロジェクト開催中!
とりあえず再始動って事で、MFBで出版した既刊分の再出版から開始します。
第一回は第一章(第一巻、第二巻分)を再編集し、一冊にまとめたものの出版です。
新規一転ですが、すでにあるイメージを壊したくなかったのもあり、イラスレーターは赤井てらさんにお願いしてすでに了解を頂いてます。
この更新時点でクラウドファンディングはイニシャルゴールを達成してストレッチゴール挑戦中。
達成したから更新したというのもありますが、クラファン自体は一月末まで実施しております。
アンケートでもいいから本の中身に関わる部分に口出したいとか、一般販売されない特装板表紙の第一巻が欲しいという人は今からでもご参加をお願いします。(*´∀`*)
詳細は以下のリンクなどから。最新情報はTwitterが一番早いと思います。(*´∀`*)