第4話「ロクトル・ベルコーズ」
今回の投稿は某所で開催した引き籠もりヒーロー第3巻書籍化プロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたゆノじさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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ロクトル・ベルコーズ。ベレンヴァールと同郷……つまり異世界の住人であり、同時に無限回廊を攻略する探索者でもあった魔族の男。と言ってもベレンヴァールとパーティを組んでいたわけではなく、活動はそれぞれソロが基本であり、組むとしても一時的なものが多かったそうだ。
ベレンヴァールと彼との交流はむしろそれ以外、無限回廊の外でのものが主だったという。長命種らしい気長な時間間隔だが、それでも数週間から数ヶ月、長くても数年とは空かずにお互いを訪問し、交流を続けていたらしい。
ラーディンで偽名として使っていた事をはじめ、これまでも名前だけは頻繁に聞いていたが、ベレンヴァールがそこまで詳しく語らない事もあって彼の人物的な事は分からないままだった。異世界の事ではあるし、今後会う事もないだろうと思ってあえてこちらから聞き出そうとも思わなかったというのもある。
なんだか良く分からない研究をしているだとか、口調がラディーネを彷彿とさせるだとか、そういう断片的な部分は知っていても人物的な部分はさっぱりな縁遠い存在。それが俺にとってのロクトル・ベルコーズという男の印象だった。
とりあえず、ベレンヴァールが言うラディーネに似ているという評が適当なもので、本人の前に連れていったら心外だと怒るだろう事は想像が付く。
「いやー悪いね。わざわざ服まで用意してもらった上に、食事まで出してくれるなんて。美味いね、このカツドンとかいう食べ物」
「囚人服だけどな」
そんな謎に満ちた男に相対するのは変わらずダンマスとベレンヴァール、そしてついでに俺というメンツだ。すでに全裸ではなくなっているが、用意された着替えが囚人服なのはダンマスの心情的な問題だろう。ベレンヴァールも特に何も言わないし、本人も気にした様子はない。俺もダサいと思うくらいだ。俺が思うのだから相当なものという事はおいておいて。
とはいえ、カツ丼と卓上ライトまで用意して演出していても、ここは取り調べ室などではなく応接室だ。ダンマスがセッティングした以上、並どころではないセキュリティだろうが、部屋自体は普通に見える。ダンマスの術に干渉したという手腕をどう評価するかは判断の難しいところだが、この部屋のセキュリティを突破して逃走できるなら本物の牢獄など無駄と判断したという事かもしれない。本人からは一切逃げ出す様子などないが、俺としても用心のためにはやり過ぎとは思えない。
「こちらとしては、君は招かれざる客だ。ベレンヴァールの友人という事を加味しても諸手を上げて歓迎というわけにはいかない」
「そりゃごもっとも。自分が密航者のようなものである自覚はあるとも。実際に密航をした事もあるし間違いない」
「過去の犯罪歴を聞きたいわけじゃないし、この際どんな重犯罪者でもあまり関係はない」
「だろうね」
召喚直後よりはマシになったとはいえ、彼と相対するダンマスの雰囲気は正直良くない。複雑な葛藤はあるのだろうが、普段は完全に隠蔽されている怒りが隠し切れていない。せいぜい漏れている程度とはいえ、一般人ならここにいるだけで失神コースだろう。
原因は相手の性格や口調、容姿がどうかといった表面的な部分や自分の術に干渉されたといった行動部分ではなく、世界間転移に巻き込んでしまったという認識からくるものである事は明白だ。この場合、本人の意思でとかそういった部分は関係なく、召喚してしまったという事実が重要で、ダンマスのトラウマ部分をピンポイントで刺激している。しかし、その点において目の前の男は被害者であり加害者であるから、複雑な心境にもなろうというものである。
そんな圧を直接向けられているロクトルが平然としているのは、ベレンヴァールと同じように無限回廊をソロで深層まで踏破できる実力に由来しているんじゃないだろうか。さすがにここまでの圧となると、鈍感だからって理由は通じない。これだけで相当な実力者と分かる。
「私としては何か隠し立てするつもりもないし、そもそも隠すような事実もないよ」
「嬉々として犯罪歴を語り始めるくらいだからそうだろうな。……じゃあ聞くが、目的は?」
「知的好奇心かな」
どっかの虜囚みたいな事言い出し始めたぞ。
「そちらにベレンがいる以上、すでにある程度の事は把握している前提で話すけど、今回の件は私の研究において見逃す事のできない大チャンスだった」
「その研究とは?」
「異世界の存在証明」
なんかベレンヴァールからチラッと聞いた事がある気がするな。無限回廊が手がかりになると思って、そういう研究をしていたと。
流れでそのベレンヴァールに視線を送ったら、良く分かっていないような表情だった。……多分、本人的には興味がなかったのだろう。関心のない事に対して適当になるのはベレンヴァールの悪癖の一つだ。
「ベレンヴァールが消えた事で、その可能性……世界間転移が再度行われるかもしれないと?」
「いや、薄情な話だが、ヴィールの預かり期限が迫っているという厩舎の連絡が来るまで、ベレンが消えた事にさえ気付いていなかった」
「……お前ならそうだろうな。とはいえ、期限を過ぎていたら良くて売却、最悪は殺処分だからな、助かった」
「いやいや、名義上だけでも共同管理者だしね。おかげでここにいるという事もあるし、感謝しかないよ」
基本的にダンマスとロクトルのやり取りだが、割り込んで反応したベレンヴァールの声色には呆れの感情が見える。
二人の関係は友人……なんだろうか。こうして会話を聞いていると、どうも奇妙な違和感を覚える。距離が遠くも感じ、逆に部分的には近くも感じる。境遇的なもの、立場的なものを含めて単純な友人関係ではないのだろう。
「しかし、実際にそうと知ってしまった以上、何故? どうやって? と疑問を抱く。無限回廊で行方不明になるなど、普通ならありえない事だからね」
ない事はないだろうが、無限回廊の仕組み上それがイレギュラーである事は確かだ。内部で死ねば普通に蘇るし、それ以外のケースでもヴィールだけが戻っているという状況に説明は付き難い。それを現実とする方法は俺でもいくつか思いつくが、それは俺がイレギュラーな事態に多く踏み込んできたからだ。そのどれもが普通なら有り得ない状況、現実になればそれだけで大問題になるだろうイレギュラーケースである事は言うまでもない。
それと、そこに関しての説明を省いているという事は、ロクトルは地味にこちらに対して探りを入れているという事になる。彼はまだこの世界にも無限回廊があるという事を知らない。別世界を見たのだって今回が初めてなのだから、推測はできても確信に至れるには材料が足りない。
別に隠すような事でもないからダンマスはあえて触れたりはしないが、案外抜け目はなく、見た目と違って冷静だ。この場ではその交渉力は必要ないが、胆力と合わせて評価はできる。
「最初こそ同じ世界のどこかに転移でもしたのかとも思ったが、調べてみても反応はないときた。この時点で世界移動は推測の一つでしかなかったが、ヴィールに連結しているベレンヴァールの< アイテム・ボックス >から中身が消失した事で可能性としては高まった」
「当たり前のように言っているが、他人の< アイテム・ボックス >の中身を見る技術があるのか?」
「相手の許可が必要なシステムだから当然ヴィールに確認を取った上でだね。基本的には煩雑になりがちな< アイテム・ボックス >の中身をリスト化するだけのシステムだけど、必要なら開示してもいいよ」
まあ、便利ではあるな。必須ではないし、交渉材料になるとは思ってないのかロクトルも強くは押し出してこないが。
「興味はあるが、本筋を進めよう。それで?」
「世界を通じて< アイテム・ボックス >に干渉し中身を取り出す。そんな事ができるとは驚きだが、これができるならベレンは無事で、更には自分の愛騎を呼ぶ事も有り得るだろうと思ったね。推測に至る経緯はこれくらいだ」
「……またツナ君か」
「そんな事言われても」
……俺が原因かよ。かといって、必要な事ではあったし、ベレンヴァールもそんな事は言わんだろうが。別にダンマスも責める気はないだろうし。
「ああ、ベレンが自分でやったわけではないのか。< アイテム・ボックス >の中身へ他者が干渉するというくらいなら先例も……いや、知らんな。加えて世界を超えてなど一体どうやったのかご教示願いたいものだが、どうやったんだね? あー、えーと」
「渡辺綱だ。ちなみに、方法は自分でも良く分からん」
「私は一体何を言われているのか分からないんだけどね」
わけ分からないのはお互い様だ。
実際、理屈で説明できるものではないのだ。今時点で同じ事をやれと言われても多分できない。アレはあの膨大なリソースと特異点という環境と、《 土蜘蛛 》という特殊スキルが持つ超感覚があったからできた離れ技で、普通に実現するにはどれだけの力が必要になるか想像もつかない。あの時使った力の総量で見れば誤差のようなものでも、簡単に捻出できるようなものではないだろう。
「ともあれ、私はそれで思い至り、チャンスを逃すまいとヴィールの鞍上で長い事生活していたわけだ。かなり薄い可能性だとは思っていたが、結果はコレさ」
「俺としては、良く術式に干渉できたもんだって思ったが。時間もそうだが、改変にミスったら次元の隙間に放り出されるか消滅か、どちらにせよ気軽に渡れる綱じゃないぞ」
「得意なんだ」
得意で済ませていいもんなんだろうか。
「召喚対象側だったからか、展開された術式は隠蔽や偽装も最低限だったし、いざ見てみれば構成も綺麗なものだったからね」
「……そりゃどうも。今度はお前みたいなのがいる前提で組む事にするわ」
「自賛になるが、あんまりいないとは思うけどね。……ああ、こうして異世界がある事を想定すると一定数はいるわけか。でも、あの世界でできるのは過去を遡っても私一人だと思うよ」
ダンマスの視線がロクトルから離れ、ベレンヴァールに向いた。
「俺も大概だと思うが、そいつは俺どころではなく魔族の歴史を紐解いても例がないほどの変人だ。実績についてはそこまで詳しいわけではないが、人間社会を含めても飛び抜けているだろうな」
「随分な評価だ。君から言われると実に照れるね」
「褒めているわけじゃない」
「私にとっては褒め言葉なのさ。あの保守的で慣習に囚われたまま動けない無様な種族を私は好んでいない。そこから逸脱しているという評価なら変人でも十分さ」
飄々としているが、そこには明確な拒絶があった。俺が知っている境遇だけで見ても納得できなくはないが、もっと根深い何かがあるのだろう。
ベレンヴァールもそうだが、わざわざ犯罪者の刑罰といわれるような場所に自分の意思で赴き、挑戦するという事はそういう事のはずだ。少なくとも故郷への執着は見られない。
「それで、今後の予定は? 目的が異世界の証明っていうなら、さすがに移動しただけじゃ足りないと思うが。証明する相手も元世界にいるわけだろうし」
「証明相手は私自身だ。自分で納得するならそれで問題はない。……とはいえ、私に選択肢はあるのかね? 一応、拘束すべき対象であるという自覚はあるんだが。ああいや、元の世界でも似たようなものだったか」
「目的による。こちらとしては別に捕える必要も理由も薄いからな。手段が手段だけに、ベレンヴァールのように便宜を図るつもりはないが」
「そいつは意外だ」
そういうロクトルは本当に意外だという表情だった。多分、それは偽りではないだろう。
「杵築新吾、ロクトル、どちらもお互いに情報の擦り合わせが必要な状況だ。絶対にこの場だけで一朝一夕とはいかない」
「まあ、君がここにいる以上、橋渡しには適任なんだろうね。経緯は分からないが、それなりには立場を認められているわけだ」
「とりあえず言えるのは、この世界では無限回廊を攻略する者はただの職業の一つとして見られているという事だ。俺たちの世界のように犯罪者と同類として扱わるわけじゃなく、ある意味人気商売でもあると言える。だからそういう印象を土台にして話をする必要はない」
「……それは、かなりカルチャーショックなんだけど」
「俺も未だに同感だ」
ベレンヴァールが口にし始めた時は何故その話題からなのかと思ったが、どうやら一番の差異を感じるのはそこらしい。
「しかし、先ほどこの服が囚人服だと言われたわけだが」
「それはその男なりのジョークだ」
「…………」
お互い、相互理解が必要という事が判明した。この場はそれだけでも意味のある場だったのだろう。
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「というわけで、色々と話を聞かせてもらえるかな」
一旦、ロクトルには別室に移動して、事情聴取のようなものを受けてもらう事になった。その場でこの世界や迷宮都市の基本的な情報も明かしていくという。
彼が退出した後、この場に残ったのはロクトルを除く三人である。話を聞くというのもベレンヴァールが対象だ。こういった事は第三者の意見を馬鹿にできない。
「一応聞くが、ベレンヴァールはともかく俺がここに残る理由は?」
「当事者みたいなもんだろ。それに、あいつが無限回廊に挑戦するというならお前のところで面倒みろよ」
やっぱりそういう話になるんだろうな。
「大体知ってた。まあ、それについては了解した」
「嫌に素直じゃないか。サティナの時のように少しはゴネると思ったが」
「なんとなくそうなるような気がしてたからな。冒険者として無能なら話は別だが、そんなわけもないだろうし」
間違いなく変人である事は確かだが、ウチにはもっとエキセントリックな連中がウヨウヨいる。むしろ、あいつのほうが常識を覆される側だろう。どっちかといえば常識人側じゃないだろうか。
「じゃあ、その辺から確認していこうか。ベレンヴァール、知っている範囲でいいからあいつの能力を教えてくれ。ツナ君の判断材料にも繋がるだろう。ああいや、お前が受け入れがたいというのであれば話はまた別なんだが」
「いや、特に反対はしない。俺がパーティを組んでいなかったのも活動のスタイルや目的が合致しないが故の事だからな。クランのような規模ともなれば役割はあるだろう」
お互いソロでやっていたのも実利的な問題で、あいつ個人に思うところはないって事なんだろうか。確かに一緒に攻略してても関係ないところに目移りしていきなり姿を消したりしそうだが。
「そうだな……個人として見るなら、戦闘能力は俺よりも劣るはずだ。無限回廊の攻略層も俺よりは浅いし、一対一なら負ける事はない。ただ、それはつまり俺と打ち合うくらいの実力は有しているという事にもなる」
「じゃあ、ツナ君のところに放り込んでも?」
「連携訓練や調整は必要だろうが、実力的には申し分ないだろう。嫌がらせで下級から始めさせるというのであれば止める気はないが」
「それはそれであいつが楽しみそうだからやらない」
ベレンヴァールと戦える時点で中級上位の実力はあるという事になる。だが、多分ロクトルの真価はそこにない。戦闘ですらないだろう。
「分かり易い価値を示すなら、あいつは《 魔彫紋 》技術の最先端だ。一族で異端とされるような技術も含めて、真似できる奴はいない」
「ああ、それだけで価値はあるな。専門家が協力してくれるなら、迷宮都市にとってもかなり有り難い」
クーゲルシュライバーの掘削機への応用をはじめ、《 魔彫紋 》が色々と活用されている事は聞いている。それがベレンヴァールからもたらされた不完全な技術という事も含めて。
「奴自身、体に彫り込まれた紋章の量は俺と桁違いだ」
桁違いといっても、皮膚に彫る入れ墨じゃ物理的な限界があるだろうと思ったが、どうもベレンヴァールの時点で複層式……つまり重ねて入れ墨を入れているらしい。ロクトルの場合は更にそれよりも深く、下手をすれば臓器や骨まで手が入っているだろうとの事だ。
ここまで聞いた話だと、《 魔彫紋 》は体に彫り込むにはかなりリスクのあるモノだ。肉体の耐久性はもちろん、本人の魔力キャパシティ、紋章ごとの相互作用など、一朝一夕で増やせるものではない。また、彫り直すというのもかなり問題がある話らしい。できないわけではないが、冒険者の再生力でも結構な日数が必要となるという。
そんなリスクのある技術なのに、ベレンヴァールは個人として奇跡に近い量を彫り込んでいるという。それと桁が違うとなれば、もはや狂気の域だろう。便利だから、有用だからの一言で済ませられる次元ではない。
「彫り込んだ紋章に限らず俺の知らない術式も大量に抱えているだろうし、自分自身を使った実験のようなものだから同時に問題も多く抱えているはずだ。だが、あいつはそれを躊躇わない。それは、《 魔彫紋 》を無限回廊を攻略する手段として見ている俺とは違い、それ自体を研究しているからだ」
「異世界の証明が目的なら、それが手段になりそうなものだが」
「それは研究テーマの一つだ。奴の興味は多岐に渡る上に無軌道だ。何に興味を持つか分からない上に、どの程度の関心があるのかも分かり難い。加えて言うなら、それを他人に伝えたり認められる事を必要としていない。自分が研究し、自分の中で納得すればそれで完結する。結果だけ見れば超を飛び越えた一流だが、生み出されたモノはあいつ自身にしか活用できない属人性の高い技術ばかりだ。専門家でない俺でも、それが活用し難いものである事くらいは分かる」
他人が見ても理解できないプログラムを書くプログラマーみたいなもんか。いなくなったら保守・運用さえままならないと。すごいのは誰もが認めるが、真似できないなら扱いに困るだろう。
「別に《 魔彫紋 》に限った話じゃない。元の世界でも多数の技術の土台やサンプルとして扱われ、宇宙開発技術の中にもいくつか転用された例はあると聞いた事がある。奴に言わせればそれは劣化も劣化で見る影もないモノらしいが」
「つまり、技術開発者として活動する価値は一定以上はあるって事か」
「扱い辛い事この上ないだろうがな。ただ、本人がそれを良しとしなければ効率は激減する上に危険でもある」
「その手の技術者は最低限の制御だけして自由にやらせるのが効率的だと相場が決まっているからな。理解できないプログラムに爆弾仕込まれたくないから、せいぜい顧問として招くくらいだろう」
「多分、それがお互いにとって理想的な関係だろう。というよりも、今のところ奴の興味は無限回廊周辺に寄っている。選択肢としては冒険者が正解だろう」
となると、やはりウチでって事になるんだろうな。別に構わないといえば構わないが。
「なんとなく扱い方が分かってきた。ガルス爺さんみたいなもんか」
その評価はどうなんだろうか。いくらなんでも失礼な気さえする。もちろんロクトル側に。
「友人としてでなくいち冒険者として見た場合、あいつはウチに合ってそうか?」
「……というよりも、ウチ以外合うクランはないような気がするな」
一応聞いてみたが、俺もそう思う。多数のクランや他のギルドでは間違いなく持て余すだろうし、余剰リソースを多く抱える大手クランもあまり活かし切れないだろう。それこそ、ソロで自由にやらせたほうが活躍できる可能性は高いはずだ。
「どう考えてもベレンヴァールと同様に《 因果の虜囚 》が招き入れた因子だよな。ツナ君的に否定する気ある?」
「ない」
ダンマスの言う通り、十中八九そうだろう。つまりそれは今後の俺の動きに大きく関わる存在であり、必要な存在という事だ。実際、確信に近い感覚もある。受け入れを即決した事に関しても理由の大半はその前提があるからだ。
捻じ曲げられた運命を否定すれば押し潰される。気に入らないのならそれを飲み込んだ上で想定を上回る事が必要だと知った以上、ここの選択肢は一択だ。レーネ同様、合わないようなら放り出すし。
「しかし、こうも逸脱した人材ばかりだと、お前の一族とやらも気になってくるな。これで虐げられているとか正気とは思えん」
「と言っても、俺や奴は異端もいいところだからな。故郷の連中は……極めて保守的で排他的、加えて懐古主義だから、個々の能力に関わらずお世辞にも世渡りが上手いとは言えん。魔王……王族に一定以上の敬意を持つ俺と違って、ロクトルの場合はむしろ毛嫌いしている節さえあるから、種族全体の事となれば言わずもがなというところだろう」
「面倒そうな一族ってのは理解したよ」
たとえ交流できたとしても龍世界の連中のようにはいかなそうだ。むしろ、まだその世界の人間のほうが可能性があるだろう。
世界を繋ぐ事が可能かは別としても、可能性としては検討する必要があるのが今の方針だ。そうでなくとも他文明との交流を想定するのは無駄にはならないだろう。
というわけで、ヴィールは数日の検疫を兼ねた検査の後にウチへとやってくる事となった。
ロクトルは更に数倍の時間をかけて色々と事情聴取の後に予定を定める事になりそうだ。まあ、順当にウチで預かる事になるんだろう。又聞きにはなるが、本人としても特に異存はないとの回答ももらっている。
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数日後、話が無軌道過ぎて聴取の進捗が芳しくないロクトルと違い、特に問題もなく検査が終了したヴィールをウチで迎える事になった。すでに騎獣専門の業者が搬送しているとの連絡をもらっている。
「なんか珍しい組み合わせだな」
そのためにベレンヴァールとクランハウスの訓練場に向かったところ、ラディーネとゴブサーティワンの姿があった。同じクラン員だから不干渉ではないだろうが、積極的に交流するとは思えない二人である。ついでに言うと、ゴブサーティワンとは俺もそこまで話す機会はない。
「いやなに、昇格試験も近いからね。彼に限らず、装備について色々と相談を受ける事は多い」
「それならお前が最適って事か。で、どうなん? 昇格試験は?」
「まー、大丈夫じゃないっスかね。デーモンちゃんいるし」
やっぱり、こいつらとしてもレーネは主軸扱いなんだろうか。ボロが出そうだから直接聞くのは回避気味だったが、ちょうどいいから色々聞くにはいい機会かもしれない。
適当に言っているように見えるが、こいつの状況判断は割と正確なのは分かっている。多分、本人の特性や環境的に、咄嗟の状況判断を求められる場面が多かったからだろう。口調や性格に関しては多分処世術だ。他のゴブリンと見分けが付かない姿でそう捉えにくいが、ロッテ以上に幼く成長期なのだからこれから色々と変わっていくだろう。
「オイラも大活躍とは言わないまでも、お荷物にはなりたくないっスからせいぜい頑張るっス」
「君もリーゼロッテ嬢以外からは評価は高いと聞くが」
「姉ちゃんの評価はともかく、デーモンちゃんが同じ前衛だから、比較されると焦燥感が刺激されるんスよね。マネはしたくねーっスけど」
「向こうも君のマネはしたくないだろうさ」
パーティ事情に詳しい二人だから、大した補足もなしに話が進んでいるが、レポートを読んでいる限りその評価は妥当なところなんだろう。
ゴブサーティワンは自身を過小評価、謙遜する癖があるが、その実パーティ内での評価は高い。タンクでもないのに一時的になら壁として扱える前衛は、危機的状況になるほどその真価を発揮する。特に初見殺しとしてなら最上級だ。真っ二つにした相手がそのまま迫ってくれば普通は絶対にビビる。
特にもう一人の前衛であるデーモンちゃんことレーネはパーティの戦況を鑑みる役割には極めて不向きだから、どうしても戦線を維持するための前衛……ゴブサーティワンの存在は重要になる。一般的な前衛と異なり、性質上どうしても漏れの出るレーネのすぐ後ろに控えるサブアタッカー兼サブタンクとして十分に機能しているわけだ。
こういった高評価は何もゴブサーティワンだけに限った話でもなく、全員が相手の何かを評価している様子が見られる。表面上はあまり仲の良くないサンゴロとサティナでさえ同様で、先ほど話に出たロッテのゴブサーティワンへの評価だって例外ではないのだ。アレはただの身内的な存在に対する照れのようなものなのだろう。
全員に共通する問題は、現在とは違う立ち回りを求められる場面……つまり中級昇格して俺たちに合流してからの事になるわけだが、それは試験を突破してから考えても遅くはない。ほぼ固定パーティ状態の今と違い、メンバーを組み替えて試行錯誤する事だってできるのだから。
「真っ二つにされたりすると、どうしても一時的に戦闘力が激減するから、そこを補う装備が欲しいんスよね。片足立ちの戦闘はキツイっス」
「普段から義肢を着けていても邪魔だろうしね。上下で分断される事もあるわけだし」
「そっちはもっと困るんスよね」
……まあ、これで埋もれるという事はないと思うが。こうして一見奇天烈でも色々な装備が転がってる状況を見る限り、試行錯誤はできているようだし。
「ああ、ちょうどいいからコレ渡しておく。今回の試練は持ち込み装備の制限もないだろ?」
「なんスか、コレ?」
前々から渡そうと思っていたのだが、理由もなしに延び延びになっていた装備品を渡す。特に使用実績はないものの、有用性は確認されているものだ。
「< 暴雄の畏斧 >っていう片手斧だ。前に討伐指定種のオークチャンピオンからドロップしたんだが、使えそうなら使ってくれ」
「なんかすごいモノっぽいんスけど、オイラが使ってもいいんスかね? 正直、下級には過ぎた代物のような……」
「売るのも惜しいって感じで、クラン共通倉庫預かりになってたから別にいいぞ。片手斧メインの奴は他にいないし」
せいぜい俺くらいだが、性能だけ見れば別のモノもあるし、付与された特殊能力もモンスター用だから今の俺にはちょっと使い辛い。キメラに渡しても有効活用できる気がしない。死蔵するくらいなら、有効活用できそうな奴に渡すのが無難だろう。
「というか、指定されたルールで制限されてないなら、発行したギルドから見ても問題のない行為だ、そもそもラディーネ開発の装備使う時点で一般的な下級の範疇じゃない」
「バラバラな状態で動ける装備がないからってのもあるんスけど、それもそうっスね」
まあ、そりゃそんな装備売ってるはずないよな。そもそもマネできる奴がいないし。
「この際、戦闘方法はおいておくとしても、その手の生体義肢はロクトルの得意分野だから相談するのもいいかもしれんな」
「ロクトル? ああ、連絡があったメンバー候補とかいう人っスか」
思い至るところがあったのか、口を挟んだベレンヴァールにゴブサーティワンが反応した。
「そういえば、顔見せはまだなのかね? ワタシと似たところがあると聞いているから興味があるんだが」
「奴自身、そういったギミックを使った戦闘を得意とするから、参考にできる部分も多いはずだ」
ここで危険を感じたのか、ベレンヴァールはラディーネの言葉を華麗にスルー。一応、一瞬だけ頷いてはいるから無視したわけではないと言い切れる微妙な塩梅に感嘆する。どの道本人と会えば突っ込まれるのは間違いないんだが。
「一応、ほぼ決まりみたいなもんだから顔写真含めた資料もあるぞ、この後ヴィールの顔見せの場で使う予定だ。……ほら」
「……なんというか、この写真を見てるとオイラの本能がゴブタロウを前にした時のような危機感を発してるんスが」
資料を見たゴブサーティワンの反応は多分気のせいじゃないが、奴も本人に無断で改造し始めたりはしないだろう。自称マッドなラディーネと違って多分本当のマッドなんだろうが、その辺の理性はあるはずだ。
「そうか? ベレンヴァール君とは方向性は違うが、結構な美男子だと思うが」
「造形の問題じゃねーっス」
内面的な部分を知ってしまった今となっては同意し難い意見だが、確かに写真だけ見れば美男子ではあるのだ。ベレンヴァールと比較してひょろ長い手足や細身の体躯も、好みだという女性は多いだろう。
この前の補足のような形で聞かされたのだが、どうもロクトルは魔王に近い家系にあるらしく、そういった血筋のものは容姿が整った形になりやすい傾向にあるのだという。こういった背景に加えて、魔族が過去に行ってきたインブリードのような国を上げての政策も聞かされてしまったわけだが、どんな国家にも闇はあるのだから気にしない事にする。ちなみにベレンヴァールの実家はそれなりに大きくはあってもただの牧場らしい。
まあ、それはともかく、ロクトルについては性格引っくるめて好みという女性はかなりアレだと思うが。
「む、業者が来たようだな。俺が受け取ってこよう」
「ああ、頼む」
そんな話をしていたら、クランハウスの呼び出し音が鳴った。ヴィールは巨体だが、あれくらいの体躯なら問題ないとクランハウス入り口まで搬送してくれる手はずになっている。入り口からここまではほぼ直結だ。
受け取りに行ったベレンヴァールも程なくヴィールを連れて戻ってくる。
「随分早かったな」
「入り口近くにいたパンダが応対して受け取ってくれていたらしい」
ウチでは良くある事である。
「鞍や手綱も用意したのか」
「どうやら、サービスで用意してくれたようだ。戦闘用のものは別途新調する必要はあるだろうが、悪くないものだ」
ベレンヴァールに連れられて姿を現したヴィールは、召喚時よりも精悍な姿に見える。装備のおかげもあるだろうが、ロクトルがいないのが大きいのではないかと思うのは気のせいではないだろう。
「事前に資料は見ていたが、こうして目の当たりにすると巨体だな。蜥蜴というよりほとんど恐竜じゃないか」
「この世界にはいない種だから、蜥蜴と別物というのは間違っていないな」
「食いつかれないっスかね?」
「いい騎獣は鞍上を選ばない……はウチの実家の言葉だが、こいつは特に頭もいいし戦闘以外では大人しいぞ。俺たちの言葉もある程度は理解しているはずだ」
「そーなんスか? とりあえずオイラは美味くないっスよ。他のゴブリンと比べても劇物の類らしいんで」
そうゴブサーティワンが話しかけるのはベレンヴァールではなくヴィールに向けてだ。しかし、ヴィールはその厳つい風貌から想像もできないような可愛らしい鳴き声を出しつつ、頷いた。
ゴブサーティワンの味については言及するつもりはないが、その言い含めはどうなんだろうか。
「普段使う厩舎はもう見つかったのか?」
「ドラゴンを飼育しているような厩舎も多いから、割増し料金を気にしなければ大抵は受け入れてはもらえるらしいが……なかなかに悩みどころだな。選択肢が多いと逆に目移りする」
自分の騎獣とはいえ、四六時中面倒を見るわけにはいかないからどうしても厩舎は必要となる。その点、迷宮都市はその手の厩舎も多いから問題はないらしいが。
「なら、ワタシの部屋の庭を使うといい。パンダの中にその手のスキル持ちもいる」
「いいのか?」
「なに、君だけでなく別の誰かが乗る事も想定しているなら、距離感も重要だろう。利便性だって馬鹿にはできない。見境なくパンダを食う猛獣ならまた話は別だが、そうではないだろう?」
「なんでも食う雑食だが、言っておけば食ったりはしない。度を過ぎて怒らせたら威嚇されたりはするかもしれんが」
「ミカエルなら噛み付かれてもいい薬だろう」
何故ミカエル限定なのか。パンダは大量にいる上に、飼育するのも多分ミカエルじゃないのに。
その後、紹介のためにクラン員が集まるまで……いや、集まってからもヴィールの騎乗演習が行われた。
悪路だろうが壁だろうが、下手すれば天井まで走破するというその機動性は実際に見てみれば確かにベレンヴァールが必要とするのも頷けるものだった。戦闘用に新調が必要と言っていた装備も主に搭乗者のためのもので、普通なら落下するような体勢でも戦闘を継続可能とするための足場と呼ぶに近いものらしい。
試しに何人かの希望者が騎乗してみたが、ヴィールの気性が穏やかなのもあって普通に乗るだけならガルドを除いて誰でも可能だった。
中でも特筆して上手かったのはユキと銀龍、あとは《 騎乗 》スキル持ちのティリアだった。スキル持ちな以上それなりに乗りこなせるのは当然としても、戦闘スタイルに噛み合わない感じがまたティリアらしいと思う。
俺は……まあ普通かな。気性のおかげもあるのか、普通の馬よりは乗りやすいと感じた。ここら辺の運用も、今後の課題になるだろう。
ヴィールを利用するにせよ、他の騎獣を使うにせよ、あるいはレンタルで済ませるにせよ、クランなんていう大所帯で一切騎獣を使わないという選択肢はまずない。
今後、ダンジョン内の移動距離が長くなる事は分かっているし、パーティメンバー外で連れていける移動や運搬に特化した存在はそれなり以上に重要だからだ。
だが、こういった騎獣や召喚獣は扱いが難しい。単純に乗騎登録してダンジョンに連れていけばいいはずもなく、当然の如くデメリットは存在する。でなければ、大量に連れ込んで攻略するパーティだって出てきておかしくないのだから。
無限回廊に限らず、基本的にダンジョンは定員が存在し、その基本は1パーティ六名で構成される。騎獣はその定員内に含める事もできるが、ほとんどの場合においては定員外だ。
ではどういうデメリットが存在するのかといえば、搭乗者のHPやMPといったリソースである。簡単に言ってしまえば、その分MPなどの上限が食われるのだ。これは強い騎獣ほど顕著な傾向にある。手数が増えるのはメリットだが、正直このデメリットを無視して無条件で騎獣を連れていけるほどこのデメリットは小さくない。
< 流星騎士団 >は頻度こそ多いものの毎回参加というわけではないし、< アーク・セイバー >も同様だ。消費リソースから考えればリンダのような大型竜よりもブラックのような馬のほうが有利に働く面も多い。というか、グレンさんがリンダを連れて行けるのは本人が桁違いのリソースを保有しているからだ。トップクランのマスターという肩書きは伊達ではないのである。
召喚獣の場合はもっと特殊で、召喚時に術者が割くリソースを設定できるらしい。常時ではなく短期で呼び出したり、一つの行動のみに縛って召喚したりなど対策を行っている者も多く、その内容も多彩だ。だから、普段から身近で飼育している騎獣でも最初から連れて行くのではなくダンジョン内で召喚するという冒険者はいる。
また、< 使役師 >や< 召喚魔術士 >などのクラスにはこういったデメリットをある程度相殺するスキルも存在する。そのどちらでもないベレンヴァールも保有しているのは元世界の戦闘スタイル故と思われる。
そういった問題も含め、ウチも色々と検討する段階に入ってきたという事なのだろう。パンダが飼育できるなら問題も多少は軽減されるし、別の騎獣を検討してもいいかもしれない。
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そんな感じでヴィール召喚とオマケのようについてきたロクトルの問題はさして波乱もなく落ち着きそうだ。事情聴取でその無軌道っぷりを発揮し始めたロクトルが解放されるのはまだまだ先だろうが、その遅れもせいぜい数週間から数ヶ月程度の話である。
というわけでこれらの問題に関しては落ち着くところに落ち着いたわけだが、これらの問題はあくまで突発的に降って湧いたようなものであり、現在進行形で俺を悩ませている問題は別にあって絶賛対応中という事を忘れてはならない。
……そう、見合いの土下座行脚だ。
「……どうするかな」
その最後の相手について、俺はどうしても気が乗らないままここに至ってしまった。名前だけは聞かされていたのだが、ここに組み込まれている理由も、そもそも断っても意味がないというのも理解できてしまうからだ。
今から待ち受けているのは、俺の現状や問題を理解していて、かつ多大なメリットすら提示できてしまう相手なのである。そりゃ、どう対応するか悩むというものだろう。というか、レーネの話を聞いた上では絶対に避けては通れない部分でもあるのだ。
土下座行脚と言いながら別に土下座する機会なんてなかったが、軽率な思いつきで迷惑かけてる部分も大きいのだからそうやって謝る事に苦などない。しかし、今となってはお見合い……ってイベントはともかく、その先にある結婚話に真剣に向き合う必要が出てきてしまった。そんな状況の中、今回のはとびきりの難関だった。
建物の前でそんな事を考えていたら待ち合わせの時間ギリギリになってしまったので、慌てて移動する。
今回の会場は迷宮都市中央区の高級レストランだ。こんな立地にも関わらず広く、喧騒さえ届かない静寂の中物静かな環境音に癒やされる計算され尽くしたスペースとなっている。案内人の所作も当たり前のように洗練されていてそつがない。
費用はダンマス持ちだが、だからこそ普通なら目が飛び出るような額や社会的な立場が必要になるような場所なんだろうな、などと適当な事を考えつつ、案内されたのは全室個室なこの店にあって最高級の部屋だった。
部屋に入り、見慣れない衣装で着飾った見慣れた姿を見ても緊張などしない。日頃から慣れた相手……というか最近は打ち合わせで毎日のように顔合わせしているような相手なのだ。付添いはいない。お互い一人である。
「悪い。待たせたか?」
「いえ、時間通りです」
緊張していないのはお互い様だ。といっても、相手が俺でなくとも似たような応対をしていたような気がしなくもない。
「空龍、始める前にはっきりさせておきたいんだが、どういう意図か確認しておきたい」
この会場はレストランだが、入室以前に連絡するまで食事の用意を始めるのは待ってもらっている。だから、変に話が中断される事もないだろう。
「意図といいますと?」
「これがどういう場なのかちゃんと把握してるのか」
「婚姻相手を探す男女が紹介を受けて面談する場です」
「人間の婚姻や恋愛についての知識は?」
「当然、勉強しました。理解し切れたとは言い難く、未だ不可解な事もありますが、さすがに無知のままではありません。もちろんあの時のようなキスの意味だって分かってます」
無垢ではあっても無知ではない。そりゃそうだ。龍が知識を吸収するペースは異常に早い。数日で一から違和感のない日本語を操るような奴が勉強すれば、いくら偏った知識でも一端のモノには至るだろう。ここまで恋愛経験を積む機会などなかったはずの空龍がまさか経験豊富とはいえないだろうが、男女のアレコレについて無知でいるはずもない。
「私からも聞きたいのですが、渡辺様はお嫌ですか?」
「そういう問題じゃないのは分かっているだろ」
「その上でお聞きしたいのです」
実に返答に困る。
「経験も前例もない故に、ここからどう変化して恋愛に至るのかは分かりませんが、私は渡辺様に一定以上の親愛と巨大な恩義を感じております。あなたの目的について相互に巨大なメリットも提示できる。お兄様たちはもちろん、お母様も諸手を上げて歓迎します。色々と知った今となっては、あまり考えたくはないですがお母様がゲルギアルに再び敗北した場合やその先で死した場合、宙に浮いたままとなる龍の帰属先をはっきりさせておきたいというのもあります」
分かってはいたが、こうして条件を並べるとこれ以上ない優良物件だな。お見合い相手としては最上に近い。
「俺がゲルギアルと対立するかは分からないぞ。あいつは他の虜囚と違って確実に対立する相手じゃない」
「それでも問題ありません」
「むしろ、究極的には皇龍のほうが対立する可能性が残る。その時はどうするつもりだ?」
「私は渡辺様に味方すると誓いましょう。他の龍は……自由意思でしょうか。我々はお母様から因果の虜囚の因子を引き継いではいますが、お母様自身ほど強烈なものではないので」
懸念として挙げてはいるが、正直なところ俺が皇龍と対立する可能性などないに等しい。
そこに至るまでお互いに乗り越える障害が多く、どちらかが脱落する可能性のほうがよほど高い上に、わざわざ皇龍と対立するなら他にも排除する敵は山ほど存在するだろうからだ。
未だ全貌さえ分からない、構図を作り上げている唯一の悪意自身ですら把握しているのか怪しい敵性勢力をすべて片付け、奴の前に立つのが俺たちだけという状況にでもならなければ成立しない。しかも、この場合はその場に空龍がいるという前提である。検討する事さえほとんど無意味な、そんな極小の可能性なのだ。因果の虜囚が極小の可能性を掴み、覆す存在だとしても、その虜囚自身がそう感じてしまうほどに。
「案外、私がお母様を上回り、渡辺様のために排除する未来だってないとは言えませんよ」
「確かにな。子が親を超えるなんて良くある話だ」
「むしろ私が唯一の悪意を滅ぼす可能性だって有り得ないとはいえない」
「ない事はないな」
俺や皇龍が阻むだろうが、それを突破する可能性だってあるだろう。こんな意味のない仮定に至る状況なら有り得ない話でもない。
おどけて言っているが、別に因果の虜囚や唯一の悪意が最上であるはずがない。途方もなく巨大で、普通の人間なら決して手の届かない世界だから勘違いしがちだが、そんな制限などなく、実際にはどこかに格上の存在はいるだろう。
人間だってダンマスのような化け物はいるわけだし、人間なんて矮小の存在でなく究極存在を目指して生み出された龍ならば尚更だ。空龍が皇龍を超える未来など当たり前にある可能性の一つでしかない。
ただ、それはすべて可能性の話でしかなく、様々な要因を考慮するならまずないだろうと思えるたとえ話に過ぎない。空龍だって本気でなんて言ってないのは誰が見たって分かる。
「これは意思表示と誓約です」
そんな俺の考えなど見透かすように空龍は続ける。
「どんな形でも、言葉や契約で形にする事に意味がある。その点において婚姻は実に良い形かと思います。建前すら用意できずに締結しても無価値なものでしかありませんが、そんな事はないと信じていますし」
それは皮肉にも《 宣誓真言 》に似た宣言に聞こえた。まるで世界に向けて、真実はこうだと言い放つような。
「私たちの場合、諸々の前提を省くのは無意味でしょうが、こういう途方も無い話がないただの男女関係だとしても私は好ましく思いますよ。普通の結婚、普通の家庭、経緯こそ歪ですがその先に普通の恋愛だってあるでしょう」
「それなら悩んだりしないんだがな」
だからこそ、在るべき世界の俺はリリカを選んだのだろうし。……絶対、大して悩んでないぞあいつ。
「だから、色々と忘れましょう」
「……どういう意味だ?」
意図がどうこう以前に、空龍の言葉の意味そのものが分からなかった。
「背負うものが難題も難題ですから仕方ありませんが、渡辺様は誰がどう見ても煮詰まっています」
「否定はできないな。この場合は自分の結婚問題も含まれてるんだが」
「そこはまあ、私も利用させて頂いてるので強くは言えないのですが」
この場にいる事こそが目を背けるわけにいかない現実を突き付けられている証拠だ。
たとえば色々なすべてをなかった事にして空龍と結婚して普通の家庭を築き、大量の義兄弟への対応に苦慮しつつ過ごす日々は、それはそれで眩しいくらいに輝いて見える。それが輝かしく光を放つほど、決して手が届かない俺は苦しくなるのだとしても夢想はやめられない普通の未来だ。この場では失礼なのだろうが、空龍に限った話ではなくユキでも、百歩くらい譲ってレーネと築く酒池肉林でも、あんまり考えたくないが美弓でも、……リリカでも、他の誰かだって、普通の生活というだけで輝く事だろう。
……絶対にありえないからこそ。
「途方もないスケールの唯一の悪意、因果の虜囚、無限回廊の事など忘れて、婚姻やお見合いである事だって無用に」
空龍はお互いの間にある重苦しいものをすべて取り払った無垢な表情でそう提案した。
「今日だけは、ただの男女としてデートしましょう」
空龍さんが攻めてきましたが、今回のコースで無限を選んだ人は一人なのでここで一旦中断です。(*´∀`*)
次回はガチャか敗北か魔王様のどれかやぞ。
ちなみにイニシャルゴールを達成したのでリターンを開始しましたが、現在第三回クラファン実施中(2022年9月30日まで)です。(*■∀■*)
次は多分無限の再発行に手が届くので、勢いをつけるためにもご支援よろしくお願いします。