第3話「鞍上の生活空間」
今回の投稿はゆノじさんのご好意により実施されたアンケートの結果追加された枠となります。(*´∀`*)
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レーネとの面談から数日。冷静になって色々考えてみたが、レーネから突きつけられた事実は事は全く以て正しいと言わざるを得ない。
もちろんレーネと結婚して3Pでアヒンアヒン云々は別だし、あいつのノリほど軽く考えていい気もしないが、俺に選択する資格も余裕もないというのは非の打ちどころがないくらいに正論だ。
思い至らなかったというのは言い訳だろう。きっと、俺はまだどこかで予防線を張っていたのだ。それが俺だけで完結する問題ではなく確実に他者を巻き込む問題であるから。自覚はともかく、他者を巻き込む事で強くなる特性を持っているらしいのに情けない話だ。
これが単に俺が独り身でいればいいだけの話なら問題はなかった。元々そこまで結婚願望はないし、ダンマスに見合いをセッティングしてもらったのだって性欲的な部分が大きい。俺が宿業を乗り越える上でまったく意味のない事であれば単に切り捨てればいいだけの話なのだ。しかし、そうではない。すでにメリットは提示されてしまっている。考えれば考えるほど、四神練武の際に空龍から聞いた言葉がチラつく。
『なんでしたら、お母様と同じように龍の長になるというのはどうでしょうか。配下に無数の龍を手足として従えて無限回廊を踏破するのです』
別にあいつと結婚したらそうなるという話ではないし、特に何もなくとも同盟相手として協力はしてくれるだろう。もちろんそこに付随するデメリットだってあって、それらは決して無視してはいけないものだ。しかし、それが結婚という形で明確になるのなら巨大なメリットなのだ。そういった例が一つがある以上は、ひょっとしたら別の例だって浮上するかもしれない。今現在ならばともかく、この先無限を超えて悪意に辿り着く中でそれがないとはとても言えない。
まだまだ、無限に挑む俺の旅路は始まったばかりなのだ。それこそ、あの特異点を乗り越えた段階でようやくスタートと言ってもいいほどに。
前世の価値観に染まっていると結婚ってそういうものじゃねーだろと言いたくなるが、むしろ俺たちのほうが異端で歪でないかとも思う。生きる事に余裕のある時代が恋愛に幻想を求め、特別視するあまりに婚姻という契約を軽いモノにしてしまっている。……いや、違うな。大多数は別にそれでもいいのだ。社会的な問題や倫理観の是非を考えているわけではないのだから。問題は、俺にそんな余裕も資格もないという事で……。
「ぬぉぉぉーー」
「……何うんうん唸ってるの?」
回答の出ない問題にクランハウスのリビングで唸っていたら、その原因の一部でもあるユキが覗き込んできた。異様に距離感が近いが、あんな告白劇のあとなのにこいつは恥ずかしいとか考えたりしないのだろうか。
俺は恥ずかしいぞ。なんかちょっといい匂いするし。……いや、これ体臭じゃなくて菓子の匂いだな。なんかフェロモン分泌してるとかじゃなくて安心したわ。
「詳細は言えんが、色々俺の考えが足りてなかったって事だ」
「ふーん? ボクは聞かないほうがよさそうだね」
「…………」
「その反応は当たってるって事か」
マジかこいつ。まさか空気だけで全部推測したわけじゃないだろうな。部分的にでも怖過ぎるぞ。
「……勘が良過ぎるのも考えものだな」
「最近良く言われる。これでツナが悩んでるのが、アニマルプロ野球の贔屓チームを勝たせる方法とかだったら恥ずかしいけど。なんか開幕戦見に行ったんだよね?」
「ねーよ。あんな開幕以降一勝もできてないチームとか知らん」
「戦績は追ってるんだ……」
興味もないのについ目に入ってしまうのだ。結果を見る度に黒丸が増えていく悪夢のようなチームである。一応、それでも開幕からの無敗記録ではないらしいのだが、その記録も同じチームのものだったりするのだ。過去の記録を見てみれば、他にも弱小を証明するかのような記録が満載といえるだろう。応援してるファンは絶対ネタ前提って断言できる。
これで観戦に行ったりネット中継を見た試合で勝ったりしたら変なジンクスにハマりそうだから、絶対に見ないと誓っているのだ。でも、万が一優勝したら、実は開幕戦から試合観に行くくらいファンでしたって言ってもいいよ。
「じゃあ、話逸らそう。ツナの調子が戻るまでクランとしての活動はどうする? ダンジョンアタックとか」
「あー、しばらくはお前主導で。下級組の昇格試験の結果もあるから長期は分からないが、六月までは順次五十層攻略者を増やす形でいいと思う。その頃になれば俺も復調するんじゃねーかな」
本当に昇格してきたら、すぐにというのは難しくても足並み揃える準備はしないといけない。他にもイベントがあるから忙しいだろうが、俺よりはきっとマシだろう。
「ボクをPTリーダーにして、メンバーをローテーションする感じ? 四十層で水凪の扱いをどうするかって問題もあるけど」
「単に攻略を進めるだけならそれでもいいが、余裕があるならそろそろ適性のあるヤツにPTリーダー経験させておきたい。あいにくディルクは本調子じゃないがラディーネとか。他にもいるし」
「色々実験的な構成も考えてみる。そういう事を検討するにはいい時期かもしれないし」
「短期的にお前がもう一人リーダーを指名するとかでもいいぞ」
こんだけ人数がいるのに、一度に攻略するのが1PTである必要もない。適宜メンバーチェンジはするにしても、大枠……リーダーをはじめとする主要編成くらいは試しておきたい。あえてバランスの悪いメンバーで組んでみるというのもアリだろう。最初からリーダーをやる気はないとか、そもそも適性外な奴もいるから、組み合わせもそこまでではないだろうし。
「それはそうと、お前サブマスター関係の講習とか試験は?」
「そっちは大体目処が立ったかな。あとは講習スケジュールの問題で時間がかかるやつばっかりだし」
「マジかよ……」
ユキがわざと誘導してくれたからというのもあって流れで聞いてみたが、頭が回らないわけじゃないんだよな、こいつ。くそ、隠しようもないほど羨ましい。
「俺の講習や試験も一部請け負ってほしいくらいなんだが」
「割と余裕できてきたからそれもアリかなと思って調べたんだけど、ツナのやつってほとんどマスター限定のやつでしょ? ボクが受けても受講者が二人になるだけなんだよね。全然負担が変わらない」
「そうなんだよな。言ってみただけだよ」
「だから、資格とるにしても設立後に運営の役に立つようなものになっちゃいそうなんだよね。ディルクとかラディーネが持っているような資格と重複しないやつを探してもらってる」
すげえ頼もしいんだが、俺への負担は変わらないという悪夢。クラン設立後はむしろ暇になりそうなくらいなのに。
何故こんなにクランマスターにばかり負担がかかるかといえば、単純に短期間で設立しようとしているからっていうのが辛いところだ。結構意地になってる部分もあると思う。
「というか、ククルから言われてると思うけど、ツナに提示されてる受講スケジュールって本当に限界まで詰められたやつだからね。一つ二つスキップしても後から調整きくはずでしょ?」
「分かっちゃいるんだが、それで回せそうだとそのまま動いてしまうというか……体力自体は有り余ってるからな」
「……まさか、現実逃避に使ってるわけじゃないよね?」
「……言われるまで自覚なかったが、その傾向はあるかもな。気をつけるわ」
目を逸らしたいが、自覚してしまった俺はそれができない。だから自分を追い込む事で誤魔化しているっていうのはアリそうだ。
そんな処理能力の足りない状況でレーネから突きつけられた問題を処理できるはずもない。一つの事に没頭するとドツボにハマるから、思考の迷宮に嵌まり込まないようにしよう。最低でも変な答えは出さないように。それに、後回しにしていい事でもないが、今すぐどうこうって問題でもないのだから。
……まあ、そんな事を考えているとあっという間に期限が来そうではあるが、幸い完全に目を逸らす事はできない。なんせ、お見合いのお断りを入れる土下座行脚が始まるので、嫌でも真正面から見つめる事になってしまうのだ。
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「なんか、見合いっていうより合コンに向かうような絵面だな」
「俺は慣れてるから今更だな」
ピシッとした格好なのはいいが、紹介者役のダンマスの見た目が二十代だから、とてもお見合いの席に向かうように見えない。このままどこかにナンパでもしに行きそうな雰囲気である。
もしもダンマスから誘われたら色々放り出して夜の街に繰り出してしまいそうな……いやいや、ダメだろ。
「見合いに慣れ過ぎて、後は若い二人でーっていう切り出しまでのタイムアタックに励んだ事もある。まあ、その後当たり前のように向こうの保護者と仕事の話を始めるのがデフォなんだが」
「色々ひどいな」
お見合いが仕事の口実にしか見えない。実際のところもそんな感じなのかもしれないが。
「一応最初の何回かは付いていくつもりだが、途中からはお前一人で行脚しろよ。俺も割と忙しいし」
「そりゃそうだよな。仕方ない」
「ちなみに那由他は暇だから、頼めば同席してくれると思う」
「……それはちょっと」
「だよな。言ってて俺もねえなって思った」
色恋沙汰が好きな人……好きだった人だから、亜神になった後もその傾向があるように見える、あるいは振る舞っているというのは分かる。ただ、わざわざ会いたい人ではない。
巨大な地雷原である事はダンマスも同じなのだが、躁鬱のせいで基準の変動が激し過ぎるのだ。フォロー役に向いているはずもなく、普通に応対に困る人である。
転送施設の地下駐車場でそんな事を話しつつ時間を潰していると、車が入ってくるのが見えた。いつもの……かどうかは正直自信がないものの、似たような高級車である。今日の運転手は狐の人らしい。
今回セッティングされた会場は郊外にあるらしく、車での移動だ。
「記念すべき初回のお相手はリガリティア帝国の一代公爵本人だ。継承権の問題で帝国内や国外に出すと問題のある相手だが、迷宮都市ならその辺の問題もクリアできるって事で候補に上がった」
「いきなり強烈な相手をぶち込んでこないで欲しいんですが」
「俺がフォローできるウチに面倒なのを持ってきたって事情もあるんだよな」
「ああ、それもそうか」
事前に名前と簡単なプロフィールは聞いていたが、車内で強烈に重い資料を渡されて軽く引いた。薄っぺらい資料なのに激重のプロフィールである。下手したらこの人の半生だけで本が書けるくらい。
「見た目も性格も、本来なら敬遠されるような子じゃない。年齢は……帝国基準だと行き遅れだが、こっちだとそうでもないしな」
「十九歳かつこの見た目で行き遅れって言われて混乱するわ。改めてカルチャーショックを感じるわ」
写真で見るだけでもものすごい美人だが、数多くの写真加工詐欺で鍛えられた俺の目で見ても自然体の美人だ。以前の俺なら、たとえ罠でも吶喊してしまいそう。
特異点での戦いの前にセッティングされてたら間違いなく転んでたね。転ばない理由もないし。
「婚期に関しては迷宮都市内でも焦るヤツはいるらしいからな。結婚相談所でも何故か一の桁が八か九の事が多い」
「切実過ぎて意見を述べる事すら憚られる話なんですが」
年齢っていう絶対的な数値が出されると、どうしても気になってしまうのだろう。あるいは、世界規模でそれが当たり前で、婚期が遅れたら不良品扱いされた時期が長いが故に遺伝子的に染み付いてしまった習慣なのかもしれない。
迷宮都市でさえ実年齢を気にする人はいるのだから、正にそういう価値観の中で生きる外の人間なら更に問題なのだろう。値札と同じで、十の桁が繰り上がる事で生まれるイメージの差は否定できない。でなければ六十歳超えの幼女AV女優の存在に驚愕したりはしない。その数値だけが問題だとしても、どうしたって気になってしまうものなのだ。
「まあ、年齢の事もあるから、お前がダメなら次って感じで仮スケジュールも決まってる。そういうわけだから、更に気楽だな」
「ありがたい……のかな?」
まあ、ありがたいんだろう。どう言い繕っても切り出したのは俺で、断るのも俺の都合なのだから。
「向こうとしては顔繋ぎ程度に考えてるんだろうけど、実際に会ってみたら成立するかもって考えてる可能性はあると思う?」
「まあ、ないとは言えないな。事情はあってもスペックや美貌は向こうの出せる最上級なのは間違いないし。多少なりとも自信は持ってると思う」
「それは紹介者が? 本人が?」
「両方……かな」
だよな、という感じではある。実際そうだとしてもどうしようもないのだが、やはり心にくるものはあるな。
そんなモヤモヤを抱えながら会場に到着。周辺に何もない郊外の屋敷のような場所に案内され、人生初のお見合いが始まった。
実際に会ってみればお見合い相手は社交慣れしているのか緊張している素振りもなく、動作の一つ一つが洗練された超お嬢様である。いや、皇帝の直系なのだから、実際それどころではないのか。予め断りを入れているからか、変に押してきたりもしないのが更に好印象になっているという皮肉。改めて考えてもなんでこんな相手と見合いしているんだ、俺。すげえ申し訳ない気になってくるのと同時に、このゆるふわお姫様との関係が惜しくなってしまうという現金さが自分の浅ましさを際立てているようで落ち込んだ。
とはいえ、最初から断る前提のお見合いを強行したのは、どちらかといえば保護者として同席した皇族との顔合わせが重要というのも本当らしい。それと彼女の身柄を迷宮都市で預かり、嫁ぎ先を別途斡旋するという売り込みだ。そこら辺の事情は車内でも聞いた通りダンマス的にも折り込み済で、別の迷宮都市有力者や冒険者との場をセッティングする形に収まった。実際にはもう仮スケジュールまで決まってるわけだが。
意外なのは顔合わせの目的に、ダンマスだけでなく俺個人も含まれていたという事。どうも、若手のホープという事は把握しているようで、そういった相手との関係性は重要視しているらしい。かつて遠征に行った際に現実の見えていない貴族連中を目の当たりにはしたが、分かっている人はちゃんと分かっているという事らしい。まあ、冷静に考えてみれば、自国の軍隊を総動員しても負けそうな個人とか重要視されないわきゃないのである。
お見合いは終始和やかな会食といった感じで進み、そのまま終了した。その空気とは裏腹に、俺の心の中は暗く沈んでいく。あまりに複雑過ぎて感情の正体が分からない。
これを後何回繰り返すのか……。正直気を重い。始める前はどうせ断る前提なんだから、一日一回とかじゃなくまとめてくれって思ったものだが、これで正解である。
ダンマスもそんな俺の精神状況はある程度分かっているのか、帰りの車中も見合い相手本人の事は話題に上げようとはしない。
「それにしても、割と迷宮都市の知識前提でも話通じるんだな」
「王国も帝国も中枢に迷宮都市の人材を送り込んでるから、トップに近いところは結構情報に明るいんだ。別の機会でそいつらを紹介する事もあると思う」
「公的な立場で送り込んでるのか」
「隠れてないスパイだな。相手側もそれを承知で情報交換の相手として利用する関係だ」
ひどい関係もあったものだと思ったが、主な目的は二大国が暴走しないよう制御する役目だとか。オーレンディア王国とリガリティア帝国は現在も戦争中で、国境が隣接する場所……主にネーゼア辺境伯領だが、散発的な戦闘が発生しているらしい。両国間を移動するにも、複数の緩衝国を挟んでの面倒な旅路になるのが普通だ。
公然とスパイを送り込んでいるような関係なのに、なんで表向きだけでも戦争を継続しているのかといえば、むしろ国家を制御し易いようにあえて継続させているのが実状らしい。トップを制御できても、末端までその力は及ばないという事なのだ。
ただ、そんな小康状態の戦線だけを抱えた状態が長く続くのは不自然なので、帝国側は別に主戦場を抱えていて、そこはお互いに防衛戦争であるというのが表向きの状態らしい。大陸の帝国側は拡張路線に抵抗する小国がまだまだ存在しているのは俺も知っている。それらの小国の中には、裏で王国も戦っているんだから耐えればなんとかなるかもしれないと血反吐を吐きつつ防衛しているような国もあるんだろう。真実を知ればキレそう。
「辺境伯もそんなマッチポンプみたいな戦争で表に立たされてるのか。大変だな」
「ガス抜きのプロレスみたいなもんだから、案外楽しんでるんじゃね? 元々戦争大好きな奴だし」
プロレス言うな。軍隊同士がぶつかる以上、別に死傷者が出ないってわけでもないだろうに。
そんなある意味どうでもいい大陸の裏事情も交えつつ、お見合いのような営業活動は続く。……いや、事前に知らせている事もあって、本当に傍らに可愛い子を侍らしただけの営業活動なのだ。主役が切り替わっている。俺の都合もあって何日かごとに一件という断続的なスケジュールにダンマスが付き合うはずもなく、途中からは俺一人で会場に向かうのが主な形になった。
帝国の一代公爵なんていうキワモノから始まったこの行脚だが見合い相手の割合としては迷宮都市の有力者のほうがはるかに多い。また、王国と帝国以外の小国の有力者も含まれていない。候補にはいたらしいのだが、脈がない相手に構っていられるほど余裕がないのだとか。
ただの顔繋ぎ目的の営業活動になっている中、相手側に負の感情が見えてこないのが逆に不安で申し訳ない。あまりに不安になって、それでいいのかと直接聞いてみたりもしたのだが、先方としては本当に問題ないらしい。ダンマスがいないなら、いないなりに活動するものなのだとか。
「いざという時に、顔繋ぎ程度でも会った事のある相手がいるというのは大きいからね。最高権力者と懇意な若手冒険者のホープとなればその価値は計り知れない」
「まさか、五月頭のビジネス研修に紛れ込んでいたのも計画的なものだとか?」
「そっちはただの偶然だ」
見合い相手の同行者の一人に、以前泊まり込みのビジネス講習で一緒のチームになった貴族が混ざっていたので色々聞いてみたのだが、どうもそういう事らしい。ある程度は認識しているが、俺の価値はそれ以上のものとして見えるという事なのだろう。実際のところを知れば重要性はそれどころじゃないんだが、そっちを知るとむしろ会いたくなくなるかもしれない。
「それで、当のお見合い相手はいずこに?」
「もう帰ったよ」
お見合い会場に来たら待っていたのが彼一人だったので、まさか性別詐欺かと二重の意味で驚愕したのだが、単に顔繋ぎと割り切ってお見合い相手の子は欠席させたらしい。
表面だけ見れば激しく失礼な行動ではあるが、事前に迷宮都市側に確認しての欠席だから俺の心情以外は問題ないらしい。多分、どこかでダンマスの手が入っているな。実際、見合いする気もない場にわざわざ出席させるのは心苦しくもあったから、俺としてはこちらのほうが助かる。
なんか今回はサプライズという事で俺には知らされなかったらしいが、以降はチラホラとそういう相手もいるらしいとの事。余計に営業活動感が増加するな。
「ビジネス講習の時もちょっと話したが、ああいう講習って迷宮都市外部の人間にとって意味はあるものなのか?」
「受講したのは単に滞在期間が伸びた関係からだが、意味はあったね。迷宮都市とそれ以外の認識の差を埋めるいい機会になったと思う。偶発的でも、結果的に本国の立場作りに巨大なリードを作れた。これでお見合い自体が成功してれば完璧だったんだけど」
「それはすいません」
どうせならと色々聞いてみるが、彼やお見合い相手だった妹さんは実家の継承権を争って有力な兄弟間で争っている最中らしい。
そんな中で長期に領地を離れるという巨大なデメリットを飲み込んで迷宮都市にやって来たわけだが、多分それは最上の妙手だろう。こんな強かなヤツが迷宮都市に長期滞在して何も成果なしなど有り得ない。なんなら条件次第では個人的に手を貸してもいいくらいだが、それすらもいらないほどに決定的なリードが確立しているようだ。
遠征などでアホな貴族も結構見てきたが、こういう先見の明がある、あるいは運に恵まれた存在はどんな場所にもいるという事なのだろう。物語で主役を張れそうな逸材だ。下手したら歴史に名前が残る偉人クラス。
「……ただ、今となっては内乱で勝つよりも、すべて投げ出してここに移住したほうが遥かに幸せなんじゃないかと思ってしまってね。まさかこんな悩みを抱える事になるとは思ってなかった」
「そういう人もいますね」
グレンさんとかローランさんとか。あとレーネとか。実現するかは知らんが、ネーゼア辺境伯とか。
明らかに生活レベルが違うからな。貿易で迷宮都市の物品を持ち出すのは制限がかかるし、インフラを整備するのも困難だ。耐えられないので遠征はしませんという冒険者がいるくらいに絶望的な文明差が存在する。冒険者にならずとも移住できる立場の人にとっては正に毒となるような環境なのだろう。
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そんな面倒なイベントが断続的に組み込まれた日々を続けていると、他の細かく区切られたスケジュールと相まって自分が何をしているのか分からなくなる時が来る。
「あれ? 今日って土下座行脚の日じゃなかったっけ?」
「どげ……何を言ってるんだ、お前は?」
スケジュールに合わせて待ち合わせ場所に行ったら、ベレンヴァールがいた。こいつが俺と相手側双方の付添いになるはずもなく、なんでいるんだと疑問が浮かんだところでようやく別件と気付く有様だ。見合いという名の営業活動も慣れて新鮮味がなくなってしまったのか、忙しくも起伏のないスケジュールが続いてちょっと脳が腐っていたのかもしれない。これはダメな兆候だな。
「ダンジョン以外の活動に強制的な休暇は設けてないからな。過労で死にそうなサラリーマンみたいな顔してるぞ、お前」
続けてダンマスが部屋に入ってきた。土下座行脚にダンマスが付き添ってくれたのは最初だけなので、これだけでも別件と分かる。
「別に疲れてるってわけじゃないんですけどね」
「体力的に問題がないのは冒険者だから当然としても、精神的な問題はまた別だからな。過労死はないにしても、同じ事ばっかり繰り返すのは結構堪えるもんだ」
「そうか?」
まったく身に覚えのないらしいベレンヴァールは放っておくとしても、ダンマスの意見は正論である。肉体的にも精神的にも苦痛に強い俺だが、起伏のない繰り返しにはあまり耐性がないらしい。定期的に弱い刺激を与え続けると発狂する拷問があるというが、ああいったタイプの負荷には弱いのかもしれない。
ベレンヴァールにそういった共感がないのは……まあ、種族的な寿命の差もあるだろうが、本人の気質の問題な気がしてならない。
「それで、今日はなんだっけ?」
「遠征関連のボーナスについての打ち合わせだな。特に個別評価が必要なお前ら二人を別に呼んでもらった」
「ああ、アレか。確かに今日だったわ」
別にスケジュールそのものを忘れたわけじゃないので、思い出せるくらいにはちゃんと把握している。
色々あった……というか、あり過ぎた特異点での戦いだが、特に俺に関しての評価は個別にするべきというのは理解できる。なんなら正確な評価すら困難だが、そこら辺の問題も含めての対応なんだろう。
ではベレンヴァールはといえば、異世界人だからとかそういう理由ではなく、単純に俺たちとは別の評価ポイントが存在するのだという。
「大きいところでいうなら《 魔彫紋 》の解析関係だな。付与技術の貢献に大きく関与している他にも、クーゲルシュライバーの掘削機を実現したのはあの技術によるところが大きい」
「へー」
「実際にどう使っているかは解説されても良く分からなかったがな」
どうも、ベレンヴァールの体に掘られている魔術刻印は一部物品にも転用できる技術らしい。基本的には魔族用の技術らしいので俺たちに彫り込む事などはできないが、強度のあるモノを対象にするなら制限は受けても不可能ではないという事だ。触れたら消滅するという次元掘削用のドリルもその成果物という事で、つまりベレンヴァールがいなければあの遠征は成立していなかったという事になる。なければないで代替品を用意するだろうが、最善の手段だからこそ使ったのだともいえるだろう。
「アレもかなり力押しで成立している代物だがな。《 魔彫紋 》の解析だって、本物があるからなんとか再現できただけで、九割以上はブラックボックスだ。もうちょっと付帯情報があれば良かったんだが」
「専門家ではないし、俺の体のものも自分で彫ったものではないからな」
「自分の体に入れ墨するのってハードル高くね?」
「やる奴はいたぞ。俺と同じようにソロで無限回廊を攻略していた友人とか。《 魔彫紋 》の専門家だから、あいつがいれば研究は捗るだろうな」
ああ、確かロクトルとかいう、ベレンヴァールの偽名に使われてた人か。なんかラディーネに似てるとかなんとか。
「そんなわけで、報酬を個別に調整する必要が出てきたわけだ」
「なるほど」
それは確かに無視できない。
とはいえ、俺の報酬云々に関しては、大部分がトップクランでも導入していない戦闘シミュレーター……クーゲルシュライバーにも搭載していた最新型をクランハウスに導入する形でほぼ確定している。すでに先行導入済で、問題がなければそのまま正式契約という流れだ。とはいえ、定期メンテナンスやオプションサービス、守秘義務などの細かい契約内容もあるので、そこら辺は別途詰める必要がある。ログや各種データの提供も必要になってくるのだろうが、個別の守秘義務はあるし、メンテナンスまでやってもらうのだから当然といえば当然だろう。
この場で確認すべきはむしろそれ以外の細々とした報酬だ。数が多いためにこの場では大雑把な傾向調査だけになってしまうだろうが、クランとして利用可能な施設だったり設備、あるいサービスが多くなる関係から即断できない。これだけ大量にあって、仮契約な現段階のクランハウスで導入できないサービスは除外されているというのだから困ったものである。
「こっちの冊子はまだ導入前のやつだな。全部が全部提供される事はないが、今回の報酬で選択するならまず間違いなく正式サービスになる」
「……なんかニッチなサービスばっかりだな」
「主だったサービスはすでに提供開始してるから仕方ないんだよな」
既存施設・サービスの亜種や、とりあえず思いついたのを入れてみました的なものが多い。ただ、実績がないからか正式に提供開始しているものよりも安めだ。
パラパラと眺めると、ウチにはいらないけど普通の新興クランなら契約しそうなものは結構ある。ちょっと前までなら、この定期デリヘルサービスなどに心動かされていたのだろうが、今ではせいぜい心の奥底に欲望ごと仕舞い込むくらいだ。仕舞い込まなくても女性の多いウチのクランで導入できるはずもないのだが。
「そういえば、ベレンヴァールってどこに住むか決めたんだっけ? 今は運営から仮提供されてる部屋だよな?」
「下手に一人暮らしすると危険だと言われたから一軒家をサンゴロとシェアする事にした。物件はまだ決まってないが」
「ああ、空龍たちと同じか」
一人暮らしで何が危険かには突っ込むまい。
施設ならともかく、クランハウス付きのサービスとかになると外に家借りてる奴が恩恵受けにくいのがネックだよな。出張家政婦サービスとかも対象はクランハウス限定だし。
こうなってくると直接利用可能なGPなどのポイントでもいいんじゃと思うところだが、そうもいかないらしいというのが困ったところだ。今回の報酬はあくまでイレギュラーケースなので、できればポイントで換算するのは避けたいという事でこういう形になったのだ。確かに、GPはニアイコールでギルドへの貢献度でもあるから、ランクのアップダウンに関わってくるGPで発行させたくないというのも理解できる。俺たちの場合、ランクアップ用のGPで困った事はほとんどないが、クランによってはそれこそ、実際に使用できない表示上のポイントだとしてもGPが欲しかったりするんだろう。俺はむしろ表示上ではなく使用できるポイントが欲しい。単純に部屋を拡張するだけでも楽しいし。
結局、細々とした報酬はある程度あたりをつけた上で持ち帰りという事になった。ちょっと楽しかったのでリフレッシュには良かったな。
「それで、ベレンヴァール個人への報酬……前から依頼されてた乗騎の件なんだが……」
「そういえば乗騎なんてのもあったな。俺たちもそろそろ考えないといけないのか」
「俺の場合、騎乗戦闘メインとは言わないが結構な割合を占めるからな。今はパーティ戦闘ができるからマシだが、ソロの時は必須に近かった。だから、それを報酬にしようと思ったんだが」
ウチの場合誰に適性があるか分からないから判断は難しいが、中級以降に乗騎を導入するクランやパーティは多い。最もポピュラーで扱い易い馬から、大型の獣や竜、珍妙なところではシロのモグラなどもいる。
単純に頭数が増えるから有利というわけではなく、使うかどうかは正直一長一短だ。俺は……多分向いてない気がする。乗騎登録してダンジョンに入るのか、中で召喚するのかという違うもある。どちらにせよ乗騎がいるだけで単純にリソースが増える話ではないし、維持の問題もあるから、まずは検討から始めるべきだろう。
「できれば元の世界で使っていた乗騎に近い生物が好ましいって事で色々探したんだが、結果から言うとお前の要望に合致する生物はいなかった」
「そうか……まあ、ヴィールは俺の世界でも希少種だったからな。頭もいいから他の奴にも扱い易いと思ったんだが」
「なんだっけ、蜥蜴かなんかだっけ?」
「外見的には二足歩行する手の退化した黒蜥蜴だな。恐竜とやらのほうが近いかもしれんが、こちらの図鑑でしか見た事がないから詳しくは分からん」
「そのものじゃないが恐竜によく似たモンスターでいいなら、個別ダンジョンには時々配置してるぞ。ティラノとか」
二足歩行する蜥蜴と聞くとどうしてもトカゲのおっさんが出てきて騎乗するイメージが浮かんでしまうのが困ったところだ。恐竜と言われれば特徴的にメガロサウルス的なイメージも浮かぶが、多分こっちが正解だろう。
「そういえば、お前がこっちに来てからそいつはどうなったんだ?」
「俺が召喚された時は厩舎に預けた状態だった。契約はもう切れてるはずだが、共同管理者としてロクトルを指名していたから大丈夫なはず……多分だが」
すごい不安になるんだけど。ペット以上に近い間柄だろうし、もしも屠殺されてたりしたらと思わないでもない。ベレンヴァールがその可能性に思い至らなかったとは思えないが、あんまり考えないようにしてるところに突っ込んでしまったか。
「あーツナ君、実はだがそのヴィールな、結構前に《 世界間転移術 》で呼べないかって提案はされてたんだ」
「《 世界間転移術 》ってダンマスやベレンヴァールが召喚されたやつだろ。ダンマス的にはアリなん?」
「心情的にはアウトなんだが、対象が扶養対象で残されたら一人で生きていくのは困難って状況なら考えなくはない。たとえ対象が人間でもな」
親子二人で親だけ召喚されたら残された子供はどうするんだって話だよな。日本でさえ、預け先の親戚がいなければ孤児だ。そういう環境の整っていない国だったらロクな事にならないのは明白である。
それならいくら拉致に等しい行動でも、保護すべきというのは分からんでもない。
「良くある、魔王を倒すために異世界の勇者を召喚しないと滅びるってパターンなら?」
「滅びればいいんじゃないかな、そんな世界」
回答に混じって漏れ出すプレッシャーに恐怖する。分かってたが、ダンマス的に古き良き異世界召喚モノはアウトらしい。
「まー詳しく聞いてみればどうしようもないケースもあったりするだろうから、そこまで杓子定規になんでもかんでも嫌とはいわん。だが、ツナ君も分かってるだろうがアレはかなり大雑把な仕組みなんだ。条件指定して召喚する事はできても、その指定できる範囲はそこまで詳細じゃない」
「加えて、一方通行でやり直しがきかないと」
「そうなんだよ。相手の承諾もなしに発動するしな」
事前確認があったり、間違ったら元の世界に戻しますっていうなら、それはそれで問題もあるだろうが、少なくともダンマスは苦労していない。
「その点、判断できるはずもないペットや乗騎なら話は別だ。もちろん気軽に使われても困るが、貢献に伴う特例って形で相棒の乗騎をって話ならなくはない」
「だが、間違って召喚する可能性も無視できないと。確率的にどんなもんなんだ?」
「仕様上どう足掻いても100%にはならないのは諦めるとしても、これだけ確率が高ければってところまで引き上げるのも厳しい」
「俺の故郷……というよりも実家には何頭か同種も残っているはずだしな。少数だが野生にもいるらしいとは聞いた事がある。レベルで限定すればかなり絞れるが、平行世界の存在を考えるならそれも完全じゃない」
「あー、平行世界絡むと100%にはならんな」
ベレンヴァールの世界はダンジョンマスターのいない、際限なく平行世界が分岐する世界のはずだから余計に無理だ。必死に無限回廊を攻略中なベレンヴァールのそっくりさんの股下からいきなり乗騎が消えるとか有り得るわけだ。
「せめて本人……この場合本トカゲ?の身につけていたモノや縁深いモノ、あるい体毛でもいいから体の一部があれが話は別なんだがな。全裸召喚じゃ……」
そりゃ、全裸かつ《 アイテム・ボックス 》が空になるんじゃ持ち込みようはないが……。
「この前繋いだベレンヴァールの《 アイテム・ストレージ 》に何か入ってないのか? 間違って毛とか鱗とか入ってたりしない?」
「…………」
「…………」
何気なく口にした俺のセリフに、二人の動きが止まった。……あれ、俺なんか変な事言っちゃいました?
「ちょっと待て。まさか思い至ってなかったのか?」
「……あまりにイレギュラーケースだから、完全に頭から抜けてた。そうか、ツナ君がやったアレの中に何かあるかもしれないのか」
「正直盲点だった。……というか、確か体の一部すらあるぞ」
やっぱり、全裸召喚された本人だとそういう思い込みになってしまうのだろうか。
そしてベレンヴァールの《 アイテム・ボックス 》を調べてみれば、それを含めて関係性の深そうな物品がゴロゴロたくさん出てきた。
幼体から成体になる過程で退化した器官が存在し、それを縁起物として残しておくお守りすら保存していたのだとか。へその緒みたいなもんか。異世界語だからなんて書いてあるか分からんが、タグまであるぞ。
あんまり整理されてなくて、どう考えてもいらなそうなモノも多かったのが気になったが、そこら辺は触れない事にした。俺も人の事は言えないが、多分整理下手なんだろう。
「これなら納得できる確率まで引き上げられそうだな。文系の人間がいう100%だ。元々、同一世界上でなら対象を指定した召喚実験は成功してるんだ。これだけあればなんとかなるだろう」
「文系云々は言う必要あったんですかね」
確かに理系の人は0.01%でも無視できないから絶対に100%と言わないとは聞くけど。口には出せないが、可能性だけならいくらでも思いつく。たとえば現時点で屠殺されてたりしたら無理だろうし。
「俺はまたあいつに会えるのか?」
「これなら期待していいぞ。とはいえすぐにってわけじゃなく、これらの材料を元に極限まで調整した上でって事になるな。というか、これだけ対象制限できるなら複数回挑戦したっていいくらいだ。家畜の類は割と召喚してるし」
人間みたいな存在でなければダンマスの基準は割とユルユルなんだな。
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というわけで召喚陣の調整と各種根回し、厳重に管理された施設のため各所への申請と色々やっているウチに一週間が経過した……らしい。俺は直接手を出してないのでいつものスケジュールをこなしつつ、連絡を受けて準備が整った事を知ったような状況だ。
やる事がやる事で、かつ実行場所も領主館という事もあって立ち会うのは最小限に留められる。直接的なトラウマを持つ那由他さんはいないし、ダンマスとベレンヴァールの他には俺だけ。つまり、前回打ち合わせをしたメンバーそのままという事になる。とはいえ、何かアクシデントが起きた時のために近くの部屋には監視付きで人員が配置されているらしい。
「ここが俺の召喚された施設だ」
やけに重厚な扉を開けて踏み込んだ領主館地下の施設は、如何にもという感じの石造りの広間だった。多少段差がある程度で特に何もない床に魔法陣が刻まれている。
「俺がサティナに召喚された術式と違うな。《 魔彫紋 》の技術も取り入れられてる」
「研究に研究を重ねて安定化を図った結果だ。魔力効率は悪化したが、俺には誤差程度だし」
そりゃダンマスならそうだろうと思うが……。土蜘蛛の眼で見ても大雑把にしか分からないが、確かに効率はあまり良くなさそうだ。多分、俺だと限界までMP使っても起動すらできない。そういった効率性をすべて安定に注ぎ込んでいるというわけか。
「ちなみに、これはどれくらい時間がかかるものなんだ? 呼ばれた事はあっても呼んだ事はないからな」
「発動すれば数秒で終わるぞ。といっても、隣の部屋の準備待ちがあるから、もうちょっと待ってくれ。映像とかの記録も残したいし」
と言ってダンマスは一旦部屋から出ていった。
この部屋、カメラ設置されてるのか。パッと見じゃ分からんが、光学迷彩でもしているか、あるいは見えないくらい小さいのか。……領主館って事を考えるともっと別の何かな気がするな。
「待つ間にそのヴィールの事聞かせてくれよ。パーソナルデータが書かれたデータはもらったが、それでお前がどんな戦闘ができるようになるとか」
「そうだな……ヴィールが特に得意とする戦場は閉鎖空間だ。障害物の多い部屋での乱戦に強い」
「それ、お前自身の事じゃね?」
「俺以上だな。垂直以上の角度がついた壁でも平気で疾走するし、条件によっては天井に張り付いたままでも戦える。飛べはしないが、機動性は俺一人の時に比べて二倍ほどと考えてもらえばいい」
「…………」
なんだその超生物。ベレンヴァールの壁貼り付きも相当に強力だが、それ以上って事なのか。
「当然、鞍も特注になる。壁や天井を利用した騎乗戦闘前提のモノだからかなりゴツいが、あいつはパワーもあるからな」
「そんなトリッキーな乗騎だと、お前以外に乗りこなせないんじゃ」
「もちろん完全に性能を引き出すような乗り方はできないだろうが、普通に騎乗生物としても優秀だぞ。……そうだな、移動だけならパーティー全員乗っても苦にしないだろう」
「ガルドも?」
「……ガルドはさすがに無理があるな。人間以外だと、パンダ三匹くらいが速度を落とさないギリギリだろう。巡航速度なら倍でも問題ない」
恐竜に乗るパンダ三匹は、絵だけなら和みそうだ。
特殊な戦闘機動を除いても、普通に乗騎として優秀だな。迷宮都市に限ればもっとパワーのある生物もいるだろうが、少なくとも馬よりはダンジョン探索に向いているだろう。
「無限回廊攻略してたって事は、足場も選ばない?」
「湿地帯や砂漠、雪原でも活動できるし、ほとんど速度は落ちない。そのものでなく近似種だが、大型のモノは開拓地でも運搬用として重宝されているらしい」
ベレンヴァールのいた世界って、宇宙進出すらしている文明度じゃなかったっけ? 乗用車とかありそうな環境で、場所が限定されるとはいえ重宝されるのか。下手に車両じゃないほうが優位な場所はあるか。
「それだけすごい生物なら欠点もありそうだが」
「あまり泳ぎは上手くないな。それと、体格にもよるが良く食うから食費は嵩む。野菜も肉も果物もとにかく良く食う雑食というのも、環境によっては明確にマイナスだろう」
ああ、馬や牛などの家畜が重宝されるのは草食だからってのもあるよな。人間が消化できない草を食う事で棲み分けができるし。
「何も食うものがなければそこら辺の木だって食料にするから、ちゃんと躾けていれば人間の食料を圧迫する事もないんだがな」
「木もそのまま食うのかよ」
「大型獣の骨なども食うな。ゴミ処理役として飼っている地域もあると聞いた事がある。石や金属などは勝手に避けるから便利らしい」
スライムか何かかってくらいなんでも食いそうだな。現代日本でも就職口がありそうなくらい。
「まあ、無限回廊のモンスターまで食うのは俺が知る限りヴィールだけだがな」
「それはさすがに雑食過ぎるだろ」
「お前だけには言われたくないという奴はたくさんいそうなんだが」
「最近はそうでもないし」
一時期は猫耳とか金属の鎌とか食ってたけど、最近は大人しいものだ。その裏で因果の獣に食わせてたモノはネタにもならないから口にしないが。
……確かに悪食の極みだな。誰に言われても文句は言えねーや。
「あとはヴィールの場合は特に長命種という事もあってか、数は少ない。成体になるのに時間がかかるなどの自然界ならではの欠点もあるな」
「それで飛べたら無敵だな」
「古代にはいたらしいんだが、いつの間にか淘汰されたらしいぞ。実家の記録にあった。というか、お守りに使っている劣化部位が翼だったものだ」
どんだけだよとも思うが、淘汰されたという事は何かしら生存に不都合があったという事なのだろう。ここまでの話を聞く限りじゃ、どんな環境でも生きていけるスーパー生物なんだが。
「準備できたぞー」
というところでダンマスが戻ってきた。いよいよ、召喚だ。俺もベレンヴァールも何もする事はなく、ただ見守るだけ。というか、下手に手を出したら怒られるだろう。
開始の合図から程なくして床の魔法陣が発光した。どんな経路でとか、どんな性質の魔力がとか、そういった部分で色々変わってくるのだろうが、陣に刻まれた術式同様理解できない。多分だが、専門の魔術士だって理解はできないだろう。
単に魔法陣というと魔術を展開する時に浮かび上がる光のようなものを想像しそうになるが、これはどちらかというと巨大な構造の装置のようなものだ。魔術士が構築する魔術やスキルでは代替できないほどの規模、複雑さを持つ巨大な仕組みを自動的に実行するために造られているのだろう。人の手のみで再現するには無理のある、あるいは著しく効率の悪い代物になるのは必然なのだから、理解できないのは当然なのである。
そんなどうでもいい事を考えているウチに術が発動、あっという間に終息に向かう。
「……は?」
その間の抜けた声は誰のものだったのか。出現したシルエットは明らかに予想外のものだった。
魔法陣の上に巨大な影はあるから、召喚自体は成功した。おそらく、予定していた機能はすべて正常に動作しているはずだ。……そこに変なものが紛れ込んでいるだけで。
「おーおー、すばらしいっ! まさかとは思ったが、本当に世界を超えて転移するとはっ!!」
そのシルエットが歓喜の声を上げた。当然だが、シルエットの大部分を占める推定ヴィールのものではない。その上に騎乗している全裸の誰かの声だ。
「やあ、ベレンヴァール、久しぶり。元気してたかね?」
その影……灰色の角と褐色の肌を持つひょろ長い青年はヴィールから降り立ち、当たり前のようにベレンヴァールへと挨拶を始めた。
「ど、どういう事なんだ」
「いやー、少し前に突然君が失踪……いや、この場合は消失かな? とにかく、その時点では手がかりもほとんどなかったから唯一干渉してきそうなこの子に絞って色々調査してたんだ。そしたらなんと謎の現象で《 アイテム・ボックス 》の中身が消失。君が《 アイテム・ストレージ 》でヴィールのボックスと連結してたから、これはひょっとして異世界から干渉できるのかと期待して張り込んでいたら正解だった。ヴィールに嫌がられつつも常に鞍上で数週間生活したかいもあって突然召喚術が発動したじゃないか。ピンポイントでヴィールのみを狙った術式だったからとっさに干渉して自分も対象に含んだ瞬間にここへ転移したというわけさ!」
呆然とめっちゃ長い説明セリフを聞きながら、視界の隅でダンマスが頭を抱えたのが分かった。感情が制御できないのか、威圧感が漏れ出しているのが分かる。
……しかし、マジかよ。やっちまったというか、やられちまったというか。
「ああ、誰だかは分からないがご安心を。私はそこのベレンヴァール・イグムートの盟友にして戦友。時にはちょっと煙たがられる事もあるけれど、基本的には味方で無害な一探索者です!」
男は多分自分が全裸なのに気付いているにも関わらず、そのまま大仰な素振りで挨拶を始めた。
「名はロクトル・ベルコーズ。研究さえできれば実に無害な科学者なのでそう警戒せず、今後ともよろしくお願いしたい」
オペラでも始めそうなポーズの男の裏で、実に嫌そうな表情をしている二本足の巨大蜥蜴……ヴィールが印象的だった。
……これは、この術式は完全封印コースかな。
一応、リターンとしての投稿はこれで終わったので引き籠もりに戻る予定。(*´∀`*)
引き籠もりヒーロー第2巻書籍化プロジェクトは現在ラジオのお便り募集中!(*´∀`*)
今回は音泉の個別ページで一元管理してるのでそちらに投稿して下さい。
本のほうは当初の予定から一ヶ月延期して7月を目処に送付・発売予定です。
のちほど表紙などを含めたこれまでの開示情報を活動報告でまとめたいと思ってます。(*´∀`*)