第2話「盲点」
今回の投稿は某所で開催した引き籠もりヒーロー第2巻書籍化プロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたゆノじさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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迷宮都市観光区画には、それ単品で見るなら極めて再現性の高い文化的建築物が多く存在する。
ダンマスとその嫁さんである那由他さんによれば、文化的なものを明らかに無視したそれらはほとんどが地球の建物をそのままスキャンして再現・建築したものだそうだ。
だからパルテノン神殿もどきからちょっと離れたところにタージ・マハルもどきがあったり、サグラダ・ファミリアもどきが未完成のまま配置されてたり、地下には無駄に首都圏外郭放水路のような空間があったりするらしい。人工的な建物だけじゃなく、山とか森林とかそういった自然の名所的なものも多いらしいが、そこら辺は正直良く分からない。パッと見で分かったのは富士山もどきくらいだ。
そう、あくまでもどきである。それらに歴史的価値などなく、意味も実用性もない。建っている区画の名前そのまま、ただの観光用の舞台セットのようなもので、中身も観光や管理に適した形に改築され、観光用のルートが敷かれてるそうだ。だから、ツアーを組んでガイドに『これはどういう建物なんですか?』と聞いてもマトモな回答は期待できない。それらはただ珍しい形をしただけの建築物に過ぎないのだから。
とはいえ、これらが地球の名所を再現したものであるという事はパンフレットにも記載されている。迷宮都市中から観光客は集まっているらしいし、そういった異世界の文化が目的ならば本来の歴史は必須ではないという事なのかもしれない。珍しいものである事には違いないのだから。
そして、今日の俺の目的地はその雑多極まってカオスな様相を見せる観光区画の一角にある禅寺だった。
……精神修行のために放り込んだのに、何故かそこに住み着いてしまったオーレンディア王国の男爵令嬢レーネへの説明が本日の用件である。
静寂の中、庭の鹿威しが音を立てる極めて場違いな茶室で、俺はレーネの点てた抹茶を飲んでいた。お互い正式な作法は知らないのでお互い適当にではあるが、思ったより美味いのが困った話だ。実は結構練習はしているらしい。どうもこの寺は教養講座的な場を観光客向けに提供しているのだとか。それに便乗したという事なのだろう。
「……ふむ」
今日、ここを訪れた理由はレーネとユキのあれこれについての相談もあるが、それに付随する諸々も含んでいる。
結果として極めてマクロな観点で説明をしないと理解できない話になってしまうので、無理やりまとまった時間を捻出したのだ。スケジュール上、今日の俺は丸々オフである。
「良く分かりませんわね」
「だよなあ」
しかし、それでも上手く伝わりはしなかったらしい。俺自身が理解したと言えない話なのだから当然だ。現場を体験した者なら無理やり納得させる事も可能だろうが、レーネの場合はほとんど部外者だ。中核に近いところに人間的な関係性が組み込まれてるだけである。そんな相手に因果の虜囚やら特異点やら平行世界の話をしたところで理解が追いつくはずもない。
ただ、理解できない事前提の話ではあるので、概略だけ……最悪イメージでも伝われば要件には繋がるだろう。
「これでも整理はしたんだ。それに加えて、守秘義務……じゃないが口にできない事も色々あってだな」
「ああいえ、そうではありません。……そちらも理解が及ばないのは確かですが、とりあえず横に置いておいて」
と言いつつ、レーネは自分の使っていた茶碗を横に置いた。……こいつ、日本に馴染み過ぎじゃねーかな。行った事すらないのに。
「……ふむ」
しかし、そこから続く言動があるわけでもなく、レーネは再び考え込んだ。俺は自分から口を出す事はせず、相手が口を開くのを待つ事にする。
これが単に混乱しているというのなら追加や再度の説明が必要なのだろうが、どうもそういう雰囲気ではないのだ。……というか、ここに来るまでに想像していた暴走機関車のような反応とはまったく違っているので俺が混乱しているというのものある。俺は、レーネがぶん殴ってくるような事態も普通に想定していたのだ。これは本人に言わせれば恋愛相談をしていた相手に横恋慕されたようなものとも言えなくはないのだから。どんな事情があるにせよユキは殴り難いだろうが、俺ならその役もできるだろうと。
そうやって一旦吐き出させてしまえばユキと対面した時にも多少は態度が柔らかくなるんじゃないかという期待もある。
「そうですね、上手く理解できないアレコレは後で考えをまとめるとして……わたくしに直接関係して来そうな部分に絞って話をしましょう」
「あ、ああ、そのほうがいいだろうな」
経緯として話さざるを得なかったが、今の所直接関係ないというのも事実である。究極的に、レーネは俺の前世や因縁に絡んだ部分からは遠い場所にいる。
「おっしゃった要点をまとめると、ユキ様とあなたが結婚するという話でしょうか?」
「随分飛躍したな。だが、結婚……までするかは分からなくとも、方向性的にはそういう話だな」
レーネ的に重要なポイントはそこだろう。クラン員候補という事もあって、そこから更に踏み込んでくるのなら深い理解が必要になるアレコレも、現時点では別の問題と捉えて相違ない。
「それも、現時点で確定した話ではなく、無限回廊の一〇〇層を攻略するまでに出す結論であると」
「まあ、そうだな。俺のほうの問題も色々あって、今すぐの回答はできそうもない」
現時点での回答はあくまで保留であって、正式な回答には最低でも一年はかかる話だ。それが常識的な観点で見るなら異常な期間という事は置いておくとしても、一年あれば俺の心境も一応整理はつくだろう。というか、つけないといけない。
「それまでにあいつが心変わりするならまた別だが、あいつもアレで頑固で執着するタイプだから、そういう事になる可能性は高いだろうな」
俺自身は別に嫌でもなんでもないし、受け入れるつもりでいる。今は単に心情的な問題があるだけで、ユキに好意を持っているのは否定のしようもない。
加えて、あいつは因果の虜囚の関係者だ。普通の人間なら巻き込むのに躊躇するような話だが、すでに思いっきり関与してしまっている。今更途中下車するような段階にない。レーネの言った結婚云々だって、今度やらなければいけない見合いもどきよりはよほど成立する可能性はあるだろう。あちらはもはやただ体裁を整えるだけの場でしかない。
「あなたは誠実なのか間抜けなのか判断が付きませんわね。……まあ、誠実なんでしょうけど」
色々頭の中で思考を巡らせている俺を見て、レーネは呆れたような態度を見せた。歯に衣着せぬ言動ではあるものの、それを無礼と言う気はない。……ただ、意図は掴めなかった。
「……何か気に障るような事……は言ってるかもしれんが」
「わたくしに対してではありません。……でも、そうですわね。勘違いの可能性もあるので、もう少し情報が欲しい」
予想外の反応を見せるレーネに対し、俺は混乱しっぱなしだった。ここに来るまで脳内シミュレーションしてきたあらゆる状況に合致しない。それどころが掠ってもいない。
……何か見落としてるのか? 当事者だと理解できないような足元の情報が拾えていないとか、そういう話なんだろうか。……分からん。
まさか、禅寺で修行した事によってある種の悟りを開いたとでもいうのか。そんな馬鹿な。
「できればあなた以外……理解不能なスケールの話を含めて、解説できる第三者が欲しいところですわね。誰か適切な方はいらっしゃいません?」
「そういうのならディルクが……ってあいつ説明下手だしな。都合つけるのは難しそうだが、ダンマスか那由他さんか……」
こういう色恋が絡む話に那由他さんを巻き込みたくねーな。変な曲解されそう。消去法で考えるなら無難なのはダンマスになってしまうのか?
「そういえば、迷宮都市の上層部が絡んでいたという話でしたわね。それならディルクさんで。確かクランの身内ですわよね?」
「ああ。ここに呼ぶか? 今日は長くなる想定で来たから俺は空いてるが、なんなら別の機会を設けるって事でも」
「先方に問題がないのなら、今からで。場所はここでもどこでも」
というわけで、便利屋ディルクを呼び出す事にした。
「ディルク? オレ俺。急で悪いんだが、ちょっと顔出して欲しいところがあってさ……いや、詐欺じゃねーよ。例のクランメンバー候補のところなんだが、できれば一人で来て……ああそうだ、色々説明する必要があるから例の資料とクランの資料をまとめたものも持って来てくれると助かる……場所はちょっと分かりにくいところなんだが、観光区画の……」
特に問題もなく口頭で伝えただけで話はまとまった。場所は改めて用意する必要性を感じなかったのでここのままだ。
割と暇だったらしいが、セラフィーナを同席させるのはちょっと問題っぽかったので、それを撒くのに多少時間が必要との事だ。カバーストーリーとして後でオーク麺に行く必要があるな。
「呼んだぞ。身内で、今回の件にも深く関わってるクラン員だからある程度ぶっちゃけてもいい。守秘義務みたいなものも向こうで判断するだろうし、お前とユキの事も知ってる。ただ、天才故の欠点か、説明は上手くないが」
「何度か会った事はありますわ。素顔でなくデーモンちゃんですが」
「ああ、面識あるのか」
そういえば、以前サンゴロ経由で模擬戦の相手をする許可を出した気がする。
仮面越しの対面を面識というのかはまた別として、知ってはいるわけだ。デーモンちゃんの格好でなら大体のクラン員に会ってそうだ。
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「それで、あいつが来るまで多少時間が空くが、どうする? 中級昇格試験に関してとか別の話題も色々あるが」
この空気のまま、ただ茶を飲むというのはちょっと厳しい。いつもならともかく、今はレーネが何を考えているか良く分からんし。
「そうですわね……昨日、試験の詳細が告知されましたが、内容はご存知ですか?」
「いや、まだ聞いてないな」
そういうのはサンゴロから話がありそうだし、そうでなくてもククル経由で話が来そうではあるが、昨日の今日だと伝達がなくともおかしくはない。
「というか、もう決まったのか。申請出したのは四月入ってからだよな? 制度変更のタイミングで申請が集中しそうなもんだが」
「実際、申請は多かったようです。おそらく、基準になったのがあなた方なので、多少の下駄は履かせてもらったのはあるかと」
「ああ……ありそう」
制度改正されたと言っても、中級昇格試験そのものは継続しているし、旧来の試験制度もそのまま継続している。今話題にしているのは、四月から新しく追加されたパーティー単位の中級昇格試験の事だ。
通常、中級昇格試験というものは資格持ちのE+冒険者個人に発行される。俺たちみたいなケースは例外扱いで、その例外扱いを制度化したものらしい。
そこまで詳しい話は聞いてないが、個人向けよりも難易度が高めに設定される代わりに申請から発行までの期間が短縮されるというメリットがある。またパーティーまとめて合否が決まるので、メンバー間で補助も可能だ。難易度は俺たちの< 鮮血の城 >イベントが基準にしたもの……要は難易度高い試験でもいいなら早めに用意してやるぞという話なのだが、その根本にあるのが中級昇格のレコードを四人も出した試験内容に疑義がかけられていたという点で、それを払拭する意味合いもあるらしい。
中身を知ってる身としてはそんなわきゃねーと思うのだが、周囲の人間……特に中級昇格試験で悩んでいる当事者たちにはそう見えないという事だ。まあ、あのイベントは制限公開で内容が不透明だから、分からんでもない。
「ギルドの特徴を考慮するなら……申請期間に下駄は履かせてもらってても、内容はむしろ難易度が嵩増しされてる事を疑ったほうがいいな。どの道高難易度なんだろうが」
「今のところ、先行して挑戦した方々はすべて失敗してますわね。記念や試しで申請した方だけでなく、本気で突破を狙っていたらしいパーティも含めて全滅です」
「そりゃそうだ」
個人やパーティに合わせて内容が調整されるとはいえ、< 鮮血の城 >イベントが基準ならクリアできると考えるほうがおかしい。後から振り返ってみても、あんなものが適正な中級昇格試験であるはずがないのだ。
アレは元々想定していた難易度自体がナイトメア、そこにユキの五つの試練という嵩増しをした上で、ロッテが裏からアレコレ手を回してシステム的にギリギリの難易度アップを図ったというキワモノなのだから。
俺たちがもう一回やれと言われれば普通にクリアできてしまう気もするが、そもそも俺たちを基準にしてはいけないという話である。
「通知書もあるのでどうぞ」
レーネとしても元から話題にするつもりだったのか、試験内容通知の紙を出してきた。冊子と呼ぶほどのものではなく、単に紙数枚のものだ。俺たちの時よりも遥かに簡易な内容である。
パーティーメンバーこそ五人で規定数以下だが、内容としては極ありきたりなクエストの書類形式。……しかし、そこにあった名前に目を惹かれた。
「……< 煉獄の螺旋迷宮 >」
「あら、ご存知ですか? 一般には公開されてないダンジョンという話でしたが」
攻略対象のダンジョン名が< 煉獄の螺旋迷宮 >となっていた。直接関わった事はないが、これまで何度か名前は聞いていたダンジョンだ。
「意図は分からんが、ウチ所属のチームって事で明確に狙い撃ちされてきてるんだろうな」
「それはどういった意味で?」
「難易度的にハードなほうに。想定よりも難易度高めって覚悟をしたほうがいいと思う。……そうだな、お前基準でようやく手が届くかもって難易度に調整されてそうだ」
「それはまた……」
ダンジョン名からして、間違っても楽観的に捉えられない。
このダンジョンに関して俺が把握している付随情報は二つ。現在、ダンマスの奥さんの一人が新大陸で攻略している< 煉獄の螺旋大迷宮 >と関わりがあるかもしれないという点と、あのクソピエロが用意した舞台< 極彩の遊技場 >の元になったという点だ。大迷宮のほうはあくまで参考程度にしか扱えないが、それでもダンマスの嫁さんが数ヶ月かけて攻略できていないという意味は考えないといけない。出自を含め、ユキを通したダンマスからの又聞き情報がほとんどになるが< 極彩の遊技場 >もまともな仕様ではないそうだ。
元となった< 煉獄の螺旋迷宮 >の攻略経緯などは知らないが、そういった話を聞く限り< 鮮血の城 >のように威力偵察だけど攻略できそうなんでしちゃいました的な難易度ではないと思う。
「確か、フロアが一つしかない特殊ダンジョンのはずだな。ダンジョンとしてはかなりイレギュラーだろう」
「ええ、それは職員の方が聞きました。大変珍しい構造だとも。なんでも、公開に向けた先行テストを兼ねているとか」
「鮮血の城も似たようなもんだったな。あっちは公開のほうが若干早いが」
詳細は知らないが、試験やイベントなどで公開前のダンジョンを先行利用する事は良くある事らしい。事前情報がないので、対策が立てづらいというのも理由の一つかもしれない。加えて、このダンジョンは初見殺しに近い構造のはずだ。
無限回廊を含め、ダンジョンは基本的に多階層構造になっている。トライアルダンジョンの段階からそうだし、公開されている個別ダンジョンもすべてそう。鮮血の城だって分かりやすいくらい多層フロア構造である。しかし、< 煉獄の螺旋迷宮 >は単層構造。ここから読み取れる情報はそう多くないが、簡単に予想できる点が一つある。
「おそらくだが、失敗時のリカバリーが困難になる」
一覧条件で見れば死亡のリトライは可となっているが、それをそのままの意味で捉える事はできない。なんせ、リトライするための拠点がイコールスタート地点になりそうだからだ。
ダンジョンはフロアごとに階段なり転送ゲートなりで区切りが用意されているが、このダンジョンにはおそらくそれがない。失敗すれば最初からって仕様は十分に有り得る。
「サンゴロさんやロッテさんもそれを気にしていましたわね」
「確かに、あいつらなら気付きそうだな」
< 煉獄の螺旋大迷宮 >や< 極彩の遊技場 >の情報がなくとも、ロッテは迷宮構築の観点と経験から、サンゴロは多分直感で判断してそうではある。
「ぶっちゃけ、単に中級昇格狙うだけならおとなしく個人で申請出したほうが遥かに無難だな。実力的にそれができないメンバーじゃないし、この概要だとむしろパーティ単位というのがデメリットにしか感じられない」
「それをするつもりなら最初から申請してませんわね」
「お前のモチベーションがどこにあるのか分からんが、別に一人で昇格したってクラン入りの推薦を取り下げるつもりはないぞ。パーティ組んで帰属意識が湧いたとか?」
「今のパーティメンバーに愛着があるのも確かですが、嵩増しされた難易度でも攻略の自信があるので」
「そりゃ大したもんだ」
あながち、自信過剰と言えないのが困るところだ。サンゴロからの定期レポートを見る限り、それを言うだけの事はある。というよりも、俺自身が冒険者としてのこいつを評価している。
「他の連中もそうだが、お前も才能あるのは間違いないからな。そろそろ自覚も出てきただろ?」
「ええ。どの程度かはまだ測りかねてますが、才能はあるようですわね。向いているとも感じてます。あなたやユキ様の実績を見れば向上心が萎えるという事もないですし」
最初から才能の片鱗は見せていたが、定期的にサンゴロから上げられる報告書や動画を見る限り、レーネの才能はセラフィーナに匹敵するんじゃないかと思うほどだ。
万能型と特化型という違いはあるものの、素材としてはこれまで見た中でも群を抜いている。癖は強いが、物理アタッカーとしては最高峰に近いんじゃないだろうか。
特性上パーティに組み込み辛いという欠点があるが、ウチなら埋もれる事なく活かせるという確信もある。元からアクが強いのしかいねーし。
少なくとも、俺は< 狂戦士 >ってクラスをここまで活かせる気がしない。平時でも窮地でもデバフがデバフにならないというのは大きな強みである。多分、夜光さんとか一番苦手なタイプじゃねーかな。
「これで突破できるなら俺以外からの評価も期待できる。駄目でも昇格試験自体、絶対に一回で試験突破しろって話でもないしな。いい経験にはなるだろう」
「クランマスターとしては初回突破を狙えという場面では?」
「そりゃ一回で突破できるならそれにこした事はないが、今のところ急ぐ理由がないぞ」
確か、新しい規定で試験を発行した場合、再発行には今までよりも時間がかかるというペナルティがあるから、六月の昇格は難しくなるだろうが、その次でも九月だ。何回も失敗するのが当然なのが常識ではあるものの、このメンツなら次は突破するだろう。五つの試練のように失敗できないという要因もない。無駄に失敗するだけなら問題だが、次に繋がる経験値が積めればそれはそれでいい気もする。
というか、三ヶ月遅れたとしても中級組はまだディルクたちと足並み揃ってないと思うんだよな。
あえて言うなら、俺が想定している一〇〇層攻略の期間を更に短縮できる要因にはなるかもしれない。今想定している来年いっぱいというのはあくまで現有戦力での話だ。レーネのような未知の成長曲線は考慮していない。
「サンゴロさんやサティナさんは随分昇格を焦っているように感じていましたが、クランマスターとしてのオーダーではないと?」
「いや、特に指示した覚えはないな。基本的に失敗前提の難易度だろうし、失敗してもお前らの評価を下げる気はないぞ」
「ふむ……」
何やらまた考え込んでしまったが、パーティ内で何かあるのだろうか。
「ディルクが来てからって話にしたが、クラン入りさせるために実力を示すって前提を崩す気は?」
「詳しく話を聞く必要はあると思いますが、どの道クラン入りを諦める気はありませんわ。というよりも、私はクラン入りする気満々です」
今の所、ユキの件に関して何を考えているのかさっぱりなんだが、諦める気はなさそうだ。それならむしろ俺を排除しようとするもんだとばかり思ってたんだが……。
くそ、なんて分かりづらい奴なんだ。
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「……なんで禅寺なんですか? ただの待ち合わせ場所かと思ったら、住んでるみたいですし」
「精神修行ですわ」
素顔での初顔合わせとなる二人の最初の会話はそんな感じで始まった。
「ディルク、こちらオーレンディアの男爵令嬢、レーネ・ローゼスタさん。デーモンちゃんの中身だ。今のところ、最後のクランメンバー候補って事になる」
「ええ、素顔で会うのは初めてですね、よろしく」
「よろしくお願いしますわ」
その反応から、やはり前もって調査はしていたのだろうなと感じた。ディルクの立場でなくとも、所属クランのパーティが怪しい甲冑と固定パーティ組むなら、伝手があれば調べようとはするだろう。その割には肝心のパーティメンバーは誰一人として疑問を持っていないのは不可思議だ。まるでそういう生物だといわんばかりに受け入れてるらしい。ひょっとしたらパンダのようなものと思われているという可能性もある。
「本格的に説明を始める前に一応聞くが、ディルク的にはレーネの加入はアリか?」
「アリです。人物的な部分はまだ分かりませんが、戦力的にプラスの面が大きい。クラン内で多数決とるとしても、僕は賛成します」
事前調査しているだろうと聞いてみたが、思った以上に好感触である。一つ外堀が埋まったな。
「それで、どこまで話しましょう? 当たり障りのない部分までか、あるいは聞いたらクラン入りするか記憶処理して追放されるかの二択になるまで踏み込むか」
「元より引き下がる道などありませんわ。もちろん後者で」
ユキの説得に失敗しただけで強制送還コースに乗る事になるのに、一切の躊躇いがないぞ、こいつ。
「匙加減は任せる。いきなり引き返せないところまで踏み込む必要もないだろうし」
「それは構いませんが、どのあたりを重点的に確認したいとか希望はありますか? 概要は聞いてるんですよね?」
「龍について。一番興味があるのは剥製職人とやらですが、そちらは情報自体がないようですし」
元々不可解な反応をしていたレーネだったが、そのチョイスも不可解だった。龍って一切絡みがないところなんだが。
「あとは渡辺様の主観の入らない情報が欲しいので、席を外して頂きたいのですが」
「え?」
「今の時間なら空いてるはずなので、この寺の修行コースなどに参加すればちょうどいいかと」
「いいんじゃないですかね。たまには滝にでも打たれてくれば」
唐突に席を外す事を要求されて困惑したところにディルクの無情な追撃が入る。絶対面白がってるだろ、こいつ。
というわけでというか、どういうわけか知らんが、何故か俺は一人で禅寺の修行体験コースに参加する事になってしまった。まだ時間が早いからなのか、そもそも人気がないからなのか知らんが、参加者は俺一人である。
良く考えてみれば観光区画なんて時間潰せるところばかりな事に気付いたのは座禅して、滝行に挑戦して、無心になるのもアリだなと思い始めた頃だった。
今更中断してもなと思いつつ、結局最後まで初心者体験ツアーを終え、レーネが借りた茶室まで戻ってくると、『本当に修行してきたのか、この人』という目で俺を見るディルクがいた。ふざけんなよ、お前。
「そんなに悪くなかったぞ、後でお前の予約も入れといてやろう」
「い、いえ、僕はちょっとそういうのは」
「期間限定の護摩行とかあるらしいから、そのコースな」
「え、ちょ……」
とりあえず押し切る事にして、本題に入ってしまおう。
「それで、どうだった?俺が話した時から、イマイチお前の反応が不可解だったんだが」
「ええ、概ね解消できました。やはり当事者意識の問題ですわね」
ディルクの説明なのに、どうやら本当に解決できてしまったらしい。解説役のディルクに視線を向けても、こちらは困惑顔だ。何が疑問で何が解決したのか分かってないっぽい。
「薄々気付いてはいたんですが、まさかその通りだったとはという感じですわね」
「良く分からんが、ちゃんと説明してほしいところだな。まさか、ユキは諦めるけどクラン入りはしたいとか斜め上の方向の話じゃないだろ?」
「まさか、ありえませんわ!」
ここまでの流れでもしかしたらとも思ったが、ありえないらしい。そうなると、俺とユキがくっ付く云々の話題に関して無視などできるはずもないのだが。
「それで色々解決策も考えました。渡辺様、わたくしと結婚しましょう」
「…………は?」
あまりに想定外なセリフに、思考停止するところだった。ある程度身構えてたのに、完全に虚を突かれた。
なんだ、俺は今何を言われた? いや、言葉は分かるし脳に入ってるが、意味が分かっても意図がさっぱり分からない。聞き間違えだったと言われるほうがまだ自然だ。
「すまん、耳が遠くなったみたいだ」
「わたくしと結婚しましょう」
「……誰と?」
「あなたと」
「誰が?」
「わたくしが」
「…………」
やべえ、ここ最近意味不明な事ばかり関わってきたのに、それらと比較しても意味不明だぞこの展開。見ろ、ディルクも固まってるじゃねーか。
「すまん、なんでそうなるのかさっぱり分からん。というか、お前レズビアンじゃねーか!」
「確かにそうですが、あえて定義するとすればソフトレズですわね」
いや、そんな言葉の定義をしたいわけじゃないんだが。
「元々、貴族の娘など政略結婚の駒のようなものですし、私もそのつもりでした。性的嗜好は別としても、どこかの家に嫁いで子を産むつもりではありましたわ」
「ああ、完全に男性を拒絶してるわけではないって話か」
貴族のアレコレなんて前世の創作物くらいでしか知見はないが、そういう立場ってのは知ってるつもりだ。無茶苦茶やってるように見えるレーネも、一応は貴族の一員として自らを捉えていたわけだ。
それなら確かにバイセクシャルというかソフトレズというか、そういう分類でもおかしくはない。……おかしくはないが、だからなんだという話ではある。
「それでなんで相手が俺になるのか分からん。そこは普通ユキじゃねーのか?」
「これが一番良い形と思うのですが」
「どう思考が飛躍したらそうなるんだ。というか、別にお前俺の事なんとも思ってないだろ」
「いえ、ユキ様を除けばわたくしの中での評価は高いですわよ。政略結婚の相手として紹介されるなら即断するほどに」
一体いつ、こいつの中で俺が好感度を稼いだのか分からん。……というか、政略結婚って前提はどこからきたんだ。
「自分で言うのもなんですが、割と男受けのする体だとは思いますが。普通にお買い得ですわよ」
「女性としてのポテンシャルの話はしてないんだが……いや、ちょっと待て、ディルクお前なんでそっちに座るんだよ!」
「いえ、こっちに付いたほうが面白いかなと」
唐突に身内から裏切りが発生した。いつの間にかディルクが『私はレーネさんの味方です』という顔をして隣に陣取っている。
「まあ、冗談のように言いはしましたが、わたくしは本気ですわ」
「……意図が分かるように説明してくれ」
「まあ、そうでしょうね」
分かっててやったのか、こいつ。
「どこまで真面目に捉えればいいのか分からん。この場限りの冗談にする話なのか? 分かりづらいから線引きしてくれ」
「……あなたにとっても真面目な話です。色々聞いてみて、特に第三者……ディルクさんから話を伺って確信しました」
元より掴み難い奴だから、そんな真面目な顔をされても判断がつかない。
「そもそもの話ですが、何故あなたは一夫一妻制の婚姻に拘るのですか?」
「は? 拘ってるつもりは……ないと思うぞ?」
何故そこで婚姻制度の話になる? 別に俺は拘ってるつもりは……ないよな? ハーレム自体には憧れるものの、単に現実にそれをするにはデメリットがでかすぎると感じるだけで……今の精神状態だと余計にそう感じてしまうが、元からそういう意見だ。だって、嫁同士が仲が良いハーレムなんて幻想だろう。そんな精神的な負担を抱えたくないんだが。
「将来的にユキ様とだけ結婚するつもりだったのでは?」
「……あ、ああ。流れ的にはそうなるかもとは言ったが」
それは単に後から追加する理由がないというだけであって、他意はない。
「未だに理解の及ぶところではありませんが、宇宙規模の重責を背負いつつ、その傍らに座るのが一人というのは認識が甘いのでは?」
「……それとこれとは話が違うだろ」
「違いませんわね。あなたはまだ周囲を巻き込む覚悟が足りていないのでは?」
「…………お前、何を……」
何故だか、言葉に詰まった。その言葉は、ほとんど部外者からの一撃であるにも関わらず、俺が認識していた以上に、深く突き刺さった。
なんだ……俺は何か見落としてるのか? それをレーネに看破された?
「巨大な目標があり、そこに辿り着くまでに手段を選ばない覚悟がある、にも関わらず伴侶という分かりやすい存在を巻き込む覚悟がない」
「…………」
「引っ掛かったのは龍の世界から来たという空龍さんの存在です。彼女と契る事で手に入る力は、あなたにとって無視できるものではないはず」
「それは……」
確かにそうだ。……くそ、分かりたくないが分かってきてしまった。急速にレーネの言葉の裏にあるものが浮かび上がってくる。
つまりレーネはこう言っている。結婚という分かり易い関係を一人に留めるのは贅沢だと。お前にそんな贅沢が許されるのかと。
「当事者でない以上、正確には測りかねてますが、あなたのおっしゃってるのはそういう規模の話でなくて?」
「そーだ、そーだ!」
「ディー君はちょっと黙っててっ!!」
空気も読まず、水を得た魚のように煽ってきやがった。分かってて場が軽くなるよう茶化してる面もあるんだろうが、絶対楽しんでるよな、お前。そりゃ、勝手に外堀埋められたお前には面白いかもしれんが。
「でも、彼女が言ってる事は正論ですよ」
「くそ、言いたい事が分かっちまった。……ああ、まったくもってお前が正しい」
「ですわよね?」
そうだ。俺にそんな贅沢は許されない。それが先に進むための糧になるのなら手段を選べるような立場じゃない。指摘されたのが重婚だから間抜けに聞こえるだけでレーネの言ってる事は真理だ。
いくら最終的に相容れないといっても、龍世界との同盟は絶大だ。その同盟が強固になるのなら、空龍一人受け入れる事などリスクともいえないほど極小の問題である。
空龍に限った話じゃない。それが婚姻という契約一つで得られる利益があるなら、その手段を選ばないなんて贅沢は本来許されるはずもないのだ。こんな巨大な罪を抱えた奴が、結婚だけ別問題だと普通人を装っていいはずがない。
「……だが、だからといってお前を受け入れるかは別問題だぞ」
指摘が正しいのは認めるが、今のところ別にレーネと結婚するメリットなど大してないし。
「そこはインパクト重視で飛躍した感はありますわね。といっても冗談ではありませんが」
「マジで言ってんのか」
「ええ、あなたへの異性として評価を含めて割と」
マジなんだろうな。くそ、ディルクがすげえ楽しそうでムカつく。なんだその見た事ないような笑顔。
「そこは、私を娶る事が優位に働くと納得させればいい事。そうすれば最終的にユキ様を二人がかりでアヒンアヒン言わせるという夢の世界が……」
「アヒンアヒン言うな」
色々台無しだよ、ちくしょう。精神修行はどこに行った。
「補足ですが、大陸中のどこでも大体一夫多妻制です。迷宮都市の場合は収入や立場の基準はあるものの、渡辺さんなら問題ありませんね」
「知ってるよっ!」
「さっそく、ダンジョンマスターに相談しましょう」
「やめろっ!? いや、マジでやめて! シャレになってない」
なんだコレ。どうなってんだ。なんでユキの代わりにレーネへ事前説明しに来てこんな話になってるんだ。
根本的な部分は理解できるだけに無視できない。まさか、こんなところでここまで追い詰められるなんて……。
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その後、なんだか色々思考放棄してしまった俺はフラフラと観光区画をぶらついていたらしい。色々回った記憶はあるものの、そこで何をしたかはかなり曖昧だ。
通天閣もどきな建物で昼飯にたこ焼き定食を食った事だけは覚えてる。お好み焼き定食ですらないのかと思ったから覚えてるだけの事なんだが。
「はい、どうぞ」
「あ、すまん」
少し盛り上がりに欠けるスタジアムの一席でボーっとしていたら、ポップコーンを抱えたディルクがやってきた。そういえば、ずっと付き合ってもらってるな。俺は今日一日予定空けてきてるが、悪い事をしたかもしれん。
「というか、コレなんの試合だ?」
「アニマルプロ野球の開幕戦ですね。二部リーグ最下位チームのホームらしいです」
良く分からんが野球なのか? 俺としては動物が野球してるだけですでに面白い絵面なんだが、周囲はあまり盛り上がっていない。
二部リーグっていうのが、NPBでいうイースタン・ウエスタンリーグとかMLBでいうAAAみたいな扱いなら、これでもむしろ盛り上がってるほうかもしれないが。
「というか、やっぱり呆けてたんですね。ずっと受け答えが適当だったので薄々分かってましたけど」
「正直今も怪しいが、少し落ち着いてきた」
二死満塁でバッターのでかいハムスターがまさかのプッシュバントを敢行し、多分最下位側のチームに一点が入ってしまったのもなんとなく理解できる。
そして、その後のオランウータンの四番打者が空振り三振して盛り上がった空気は一気に冷めた。なんというか、チャンスをものにできないから最下位なんだろう。
「実はこのチームファンだったりとか」
「いや、チーム名どころが、アニマルプロ野球に二部リーグがある事すら知らんかった」
アニマルプロ野球自体はラディーネの部屋でビール片手に観戦してるパンダがいるから知っているのだ。本人たちは至って真面目にプレイしてるのだろうが、全部動物だからちょっと和むのである。
……ただ、こうして球場に来てみると、観客の野次が強くてそんなほのぼのしたイメージは吹き飛ぶな。観客の大半はビール飲んでるおっさんだし。
「正直なところ、あまりに衝撃的過ぎる正論に思考が色々混乱……混線してる」
あと、無駄に情報量の多い野球のせいもあるかもしれない。
「分からないでもないですけどね。ユキさんは知りませんけど、渡辺さん的にはまだ日本の結婚観でいたでしょうし」
「あまり関わりがない分野だから余計に日本の常識が抜けてなかったんだよな、多分」
故郷の村にいる時は生きるだけで精一杯で結婚どころかそういう候補すらいない状況だった。三男っていう立場もそうだ。
王都に行ってからもだ。今はポルノダンサーになってしまったらしい二番目の兄貴が酒場のレベッカさんに懸想したりしてたが、環境的に家庭を持つ事は望むべくもないと選択肢から外していた。酒場の主人は何故か重婚していたが、それについて詳しく話を聞いた事はない。
迷宮都市に来てからは経済的な余裕はできたものの、冒険者としての基盤を整えるのに忙しかったのと、クラン設立やら遠征やら龍世界やら特異点やらで考える暇などなかったというのが正直なところだ。制度自体はインプットしてもそれを活用する気がまったくなかった。見合いのセッティングを頼んだのだって、ただ性欲の解消のためだ。
もちろん、ユキの告白にせよ四神練武での空龍の提案にせよ、そういう男女のアレコレを連想させる展開はあったが、俺の意識はせいぜい恋人関係のそれまでで結婚までは意識していなかったと思う。
年齢制限的な意味でケチがついたが、ちゃんと風俗に行けてもそこら辺は変わらなかっただろう。問題は性的なところではなく、その先の結婚という契約にあるのだから。そこら辺は密接な関係にありながら深い隔たりがあるような気がしてならない。身近なものなのに、縁遠い分野だ。
「僕もあんまり相談に乗れそうにないんですよね。前世では結構生きてましたが、そもそも結婚制度すらありませんでしたし」
元々ディルクに相談すべき案件とは思わんが……。
「お前がセラフィーナとの結婚に難色を示すのもそれが原因とか?」
「いや、それは単にまだ早いだろうと思ってたからです。というか、それで勝手に外堀埋められた側としては、今の渡辺さんは因果応報だと心の中でほくそ笑んでますね」
「そりゃお前としちゃそうだろうな」
「ざまあ」
「こんな時に面と向かって言わんでも」
「こんな時だから言うんですよ」
おのれ……人が論理的に反論できない状況にあるからって。絶対的優位な立場に立つと調子に乗るやつだな、こいつ。
「こういう時、本来茶化す役目はユキさんでしょうけど、さすがにね」
「……そりゃそうだ」
なんなら、一番不適当な相手かもしれん。
「それでもまあ、これまでの問題からすれば平和な悩みかと。でないと茶化せもしません」
「地味に俺の中ではでかい問題なんだがな。確かに、日本の倫理観や結婚観に縛られててアップデートできてなかったのは認めるしかねえ」
王国でも迷宮都市でも最低限の常識があればこんな事で悩んだりしないんだろう。だからこその落とし穴って事だな。まったく足元が見えてなかった。
在るべき世界の俺なら……っていうのも思ったりしたが、あっちも多分変わらなねえだろうな。結婚まではしてないし。なんの自覚もなかったと思う。リリカは……どうだったんだろうな。
「ユキとかどう考えてるんだろうな」
「さあ。結構達観したところがあるので、話しても案外普通に受け入れそうな気もしますが、渡辺さん側の答えが出てないのに意見求めるのもちょっとどうかって気はします。超カッコ悪い」
「ぐうの音も出ねえ」
自分の意見もなしに相手に合わせるのが悪いとは言わんが、殊これに関しては最悪だろう。確かにそんなのはカッコ悪過ぎる。
「あまりに守備範囲外だから自問自答してても答え出そうにないんだよな。……誰か相談できそうな人いねえかな。ウチの既婚者ってガウルにマイケルにお前に……」
「まだ結婚はしてないです」
参考になりそうもないメンツばっかりだな。全体的に若いから当然なんだが、家庭を持っているって雰囲気でもない。ガウルのところはある意味熟年夫婦的な感もあるが。
フィロスなら……あいつはあいつで余計参考にならなそうだ。むしろ独特の価値観を持ち出されて更に混乱しそう。
「剣刃さんあたりと話してみるか。本当はグレンさんが頼りになりそうなんだが、向こうの世界に残ってるし」
「一〇〇層攻略中にそんな話持っていくんですか?」
「……そうだな。そういう問題もあった」
タイミングが悪い。詳しい状況は知らんが、あまり進捗がないというのは聞いている。そんな煮詰まったところに持っていく話ではない。真面目な顔して相談しにいったら、ふざけんなって怒られそう。
「この手の話題ではあんまり頼りにしたくないが、見合いの話もあるし、それとなくダンマスに振るか」
「一応無難ではありますよね。既婚者かつ重婚者で、政略結婚的な面もあって、更には元どころじゃない日本人です」
「条件だけ見るなら完璧だな」
「面白がって色々しそうというのはありますけど」
「だよな……」
しかし、このまま答えを出さないわけにもいかない。それでどう転ぶかは別としても、俺のスタンスは決めておかないと変なところで転びそうだ。
「あ、満塁ホームラン」
最下位チームが一点リードしていたのに、ホームランを打たれて大逆転されていた。試合も終盤に来てちょっと盛り上がってたのに一気に消沈している。『今年はいけそうな気がしたのにまたこのパターンか』、『スモールベースボールwww』、『四回の満塁の時に四番が仕事してれば』、『というかどっちつかずの戦術がいかん。クローザー出すタイミング考えろや』と、どっかの野球ファンのような罵倒が飛び交っている。……いや、プロ野球だから何もおかしな事はないのか。
……くそ、なんか俺に対して言っているような気がして嫌になる。こんなどっちつかずなチームなんて誰が応援するか。
「優柔不断でどっちつかずの戦術だとこうなるぞという反面教師ですね。……まさか狙ったんですか?」
「ねーよ」
そもそも、野球の試合とか知らずにここに座ったんだから有り得ない。まさか、《 因果の虜囚 》が仕事してここに導いたとも思えないし。
ああくそ、なんか妙に親近感が湧いてしまった。ここから再逆転とかしてくれたらペナントレースにも俺の心情にも少し弾みがつきそうなのに。
しかし、そんな希望はまったく関係なく、最下位チームは裏の攻撃で一点もとれずに敗北した。
アニマルプロ野球二部リーグの万年最下位チーム、ハイブリッズ。まったく縁もゆかりも無いチームなのに、スポーツニュースを見るごとに成績が気になってしまうようになるキッカケだった。
負けたらいつもの事、勝てばなんか違うと思ってしまう、面倒臭い隠れファンの誕生である。
無限一旦おやすみして、次は毎年恒例の「人類は敗北したらしい」を更新予定。(*´∀`*)
その後ガチャ更新して、最後の枠をアンケートで決めます。リターンが終わったら普通に引き籠もりのほうに戻る予定です。
引き籠もりヒーロー第2巻書籍化プロジェクトは現在支援者向けアンケート実施中!(*´∀`*)
キャラデザとかイラストとか外伝がこれで決まります。
支援者様にはメールが飛んでるはずですが、一応こちらでも告知。明日21日(月)いっぱいで締め切りなので、投票権持ちで忘れていたという人は是非、下の準備サイトからご参加を。