第1話「根源図」
今回の投稿は某所で開催した引き籠もりヒーロー第2巻書籍化プロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたとも りさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
俺が創り出し、最終的に六体の因果の虜囚が関与する事となった特異点の戦いは幕を下ろした。
膨大な……気が遠くなるような生贄を積み上げ、特異点で起きた事を否定するという目的は達成したが、それは結局ゼロに戻したというだけ。俺の対存在であるイバラや皇龍の対存在であるゲルギアル・ハシャ、無量の貌や剥製職人は健在のまま、当然唯一の悪意に手が届いたわけでもなく、ダンマスの内にある負の道化師なども含め、多くの懸念事項は残ったままだ。
そんな脅威が残っているにも関わらず、俺は因果の獣が喰らい積み上げた力を使い果たし、ただの一冒険者と変わらない力しか残っていない。大規模な因果改変など不可能で、《 因果を喰らう獣 》の発動さえ不可能に近い状況である。昇華元スキル《 飢餓の暴獣 》が純粋に消えたようなものだ。
元々、残すつもりなどなかった力ではあるが、実をいえば本命の改変は別として様々なフォローを含めれば微妙に足りていなかったのもあって、残り滓のような残量しか残っていない。関係者の記憶が微妙に残ってたりするのは、本人の資質にもよるがそこら辺が大きな要因である。
改変に使用した代償を鑑みれば二度と使いたくはない力ではあるが、おそらくこれから待ち受ける闘争の中ではどうしても必要とされる場面は出てくるだろう。この力から目を逸らす事もまた逃避であり、いずれ向かい合わねばならない現実なのだから。
とはいえ、今のところどうやったら再び使えるようになるのかさえ分からないわけだが。
そんな悪夢のような長期目標はさておき、目の前にも現実は積み上がっている。気の遠くなるような目標に向かうために、まずは足元を固めないといけない。
とりあえず分かりやすい中期目標は無限回廊一〇〇層攻略。それに向けての短期目標の一つがクラン創設。やる事が地道過ぎて山に登るために一枚ずつ紙を積み上げているような気分になるが、やらないという選択は許されない。
-1-
「お前ら、もう飯食えるんだな」
迷宮都市への帰還航行中、クーゲルシュライバーの食堂で見かけた年少二人組に声をかける。二人の時間を邪魔されたと思ったのか、セラフィーナは相変わらず俺を見て嫌そうな顔を見せるが、同席に拒否する様子はなかった。お邪魔虫なのは分かっているが、一応用事もあるので勘弁して欲しい。
「ええ、おかげさまで。……反動って意味だと、そちらのほうが大きそうですけど」
「そこは、誤魔化すのも含めて色々とな。もっともお前ら同様、しばらくは冒険者活動は厳しいだろうが。つまり、クラン設立のスケジュールは更にヤバい事になるわけだ」
「お互い、それくらいで済んで良かったって喜ぶべきでしょうね。僕らに関しては一応中級昇格まで終わって区切りはいいですし」
規模や性質を考えるなら、生き残ってるだけでも御の字である。普通なら、魂ごと粉々に砕けて消滅しているような状況だったのだから。
ディルクの言葉だけ聞いているとそれほど強い反動には思えないが、本質的なものからして近似概念の《 宣誓真言 》二重発動はかなり危険なもののはずだ。おそらく、一歩間違えば使用者や周囲が矛盾で概念崩壊しかねない劇物のはず。そもそも、制御できないような奴には起動すらできないのかもしれないが。
「それで、こんな時間に一人でここに来たって事は何か用事ですよね? 僕らもわざわざ時間ずらして来てるくらいなんで」
「ああ。とはいえ、用件としてはすぐ済む話だ」
本当に重要な話だったら、クランの面々を集めて説明をした時に話している。かといって、触れないのもちょっと問題があるような話題だ。
「あの戦いの中で俺は無数の情報に触れたんだが、その中でお前らの前世についても見た。直接は関係ない話だし、プライベートな事でもあるから報告会では触れなかったが、一応伝えておこうと思ってな」
「ああ、そういう」
ディルクの反応は極めて淡白なものだったが、それはダンマスや俺に対して、覚えている部分は凡そ明かしているからだろう。とはいえ、話として聞くのと実際に見るのでは印象としてまるで違う。プライバシーを覗き見ているようなもんだから、気持ちのいいものではないはずだ。転生者の中には、前世の黒歴史を見られたら自殺を決意しかねない人だっているだろう。
「ずるーい! あたしもディー君の前世とか見てみたーい!」
「自分の過去を見られた事については触れんのか。本人を前に口に出すのは躊躇うくらい壮絶だったんだが」
「だって、そっちはどうでもいいし」
まあ、お前はそういう奴だったな。前世の記憶を覗き見た後だと違和感しかないが、セラフィーナとしては別段おかしな事でもないか。
俺が見たセラフィーナの前世はいわゆる奴隷戦士だ。常に戦い続ける事を強いられ、その尽くをその身一つで生き抜いてきたという壮絶な人生である。もっとも、その人生もそう長いものではなかったらしく、情緒もまともに育成されていない。というか、一般的に想像できるような奴隷というレベルではなく、地獄のような環境で育ったのだから分からなくもない。どれくらいヤバいかといえば、俺が地獄と評する時点でヤバいというのは分かるだろう。
そんな地獄で生き抜いてきたが故にこんな天才が誕生したのか、あるいはそんな素養がなければ生き抜けなかったのか、判断は難しいところだ。
「お前のほうはともかく、ディルクのほうは抽象的過ぎて良く分からなかったんだがな。記憶の劣化が問題なのか、因果として遠いのか、原因は良く分からないが、大量のディルクがいたくらいしか認識できない」
「ディー君がいっぱい」
そんな反応でいいのか。そこは、意味不明だって反応するところじゃないだろうか。
「多分、今度迷宮都市で発売されるこいつのフィギュアを大量購入するほうがお前好みだと思うぞ」
「え、聞いてない!?」
「だって、言ってないもの」
「なんでっ!?」
軽く説明された話によれば、別にどうでもいいからって昔に許可出したライセンスがそのまま生きてたのか、時を経た今発売される事になったって経緯らしい。ウチのメンバーのグッズはほとんど出ていない中でかなり早い商品化といえるだろう。尚、数も種類も一番多いのはサージェスだ。ギルドショップのアダルトコーナーにすら置いてないが。
ディルクのフィギュアに関しては一般発売されるようなものなので、セラフィーナが大量購入して部屋に飾っても今更だから別に咎めるようなものでもない。せいぜい、同室のディルクが大量の自分に見つめられる気分になるくらいだ。というか、いくらフィギュアが高めな値段設定とはいえ、安上がりにもほどがあるぞ。
「ギルドショップのやつを買い占めると怒られそうだから、メーカーの人を紹介してやろう。ついでに吊り男サージェスのフィギュアもつけてやる」
「やったーっ! さすがクラマス! でも、そっちはいらないっ!」
何がさすがなのかは良く分からないが気にしない事にする。
しかし、サージェスのフィギュアもどうにか処分したいな。飾るのもアレだが、倉庫にしまって処分を忘れるのもちょっと嫌なのだ。さすがにゴミとして出してしまうのは良心が咎めるというか、それで喜ばれてしまいそうだから思い留まっているが。
「情報共有自体はしてますし、僕としては別に見られた事自体は構わないんですが、内容は気になりますね。何か新情報とかありました?」
そんなフィギュア談義に興味がなかったのか、ディルクは普通に話を戻してきた。
「セラフィーナのほうは細かい情報はあるが、お前のほうは規格すら合ってない感じだな。有用な新情報どころか、断片的な情報……それこそ、お前が提出しているレポートほどの情報すら把握できなかった。実は人間じゃないって言われたほうが納得できる」
「僕としては前世も人間のつもりなんですけどね」
実際、生まれた世界や星が違う人間が同じ種族扱いでいいのかはかなり疑問を覚える。たとえば地球上に存在しない血液型らしい俺は地球人として認められるのかとか。迷宮都市では亜人種も広義の意味では人間扱いだから、割と適当だ。
「まあ、僕がたくさんいたっていうのは、単に別の構造体にいた複製体の視点が絡んでいるんでしょう。構造体ごとに使い回す事は多かったので。特に管理者のソレは実績もあるので多用されてました」
「例の何番目かっていうのもそこからきてるって話になるのか?」
「それは分かりません。未だにアレが僕の名前って実感もありませんし、カーゼル計画っていうのも聞き覚えがないです。案外、無限回廊システムのプロジェクトに関わってた別のディルクさんって線もありえますね」
「同名のディルクが関わってた?」
「かもって話です。当時でも開発者全員を把握してたかどうかは分からないですが、少なくともプロジェクト内にディルクが僕以外にいたという記憶は残ってません。いたとしても、そんな変な名前をつけられていたとも思えない。管理者になった時点で地上固有の命名ルールからは離れますし、普通ならただのディルクか、区別のためにセカンドネームを振られてるくらいじゃないですかね」
結局、良く分からないという結論に落ち着くわけか。まあ、これまでさんざん考察してるだろうしな。
エリカも、開発者のディルクって情報を元にして接触してただろうし、別のディルクがいるかもという考えまでには至ってなかったと思う。今更真意など分かるはずもないが。
「それで、用件はそれだけですか? 終わりなら、提出用のレポート作成にあたって色々質問があるんですけど」
「いや、ついでだがもう一件あるな。……お前、これ《 鑑定 》できる?」
そう言いつつ《 アイテム・ボックス 》から出したのは異形の大剣……< 渡辺綱の左腕 >だ。
「ああ、前世の腕とかいう……鑑定したらカウンターで呪われるとかありませんかね? そういうのは無量の貌だけでいいんですけど」
「クラマスの腕を千切ればコレになる?」
「ならない。……不気味なのはそうだが、そういうトラップはないはずだ。というか、すでにオーギルさんには試してもらって詳細不明って回答をもらってる。となると、解析するとしたら専門の施設に依頼するか、お前か、後はダンマスくらいだろ?」
後処理のためにダンマスを龍世界に呼んだりもしたが、クーゲルシュライバーには乗船していない。ついでに色々やっていくとか言っていた。でも、俺たちより早く迷宮都市に着いてたりするんだろうな。ダンマスだし。
「そうでしょうね。僕にしてもダンジョンマスターにしても、なんの設備もなしじゃ限界はありますけど……どれどれ」
鑑定するためにディルクが剣を持ち上げ……ようとして、予想以上に重かったのか、やっぱりテーブルに戻した。冒険者だから持てない事はないんだろうが、見た目以上に重いしな、それ。
「ふむ……これは……分かりませんね」
割とあっさり失敗したらしい。
「お前でも無理か」
「というよりも、《 鑑定 》のフォーマットに一致してないって感じで情報が出力されていないんじゃないかと。時々発掘品として見つかるアーティファクトなんかに良くある仕様です。表面的に解析しても、かろうじて分かるのは素材が渡辺綱、渡辺綱特攻という色々おかしな情報くらいですね」
文字面だけ聞くとなんだそりゃって感じだが、そこら辺は大体合ってるから困る。いくらなんでも限定的過ぎるだろ。限定的過ぎるが故に補正もでかいというメリットがあるのは認めるとしても。
「ここまで規格が違うと、むしろ渡辺さんの《 土蜘蛛 》の領分な気が。因果操作はできなくても、そういう解析能力はあるって話でしたよね?」
「《 土蜘蛛 》で分かるのはもっと本質的なもので、情報としてはかなり抽象的になるからな」
とはいえ、それでもさっき言ったような特性くらいしか分からないわけだが。イバラが使ってた時のように、何か効果を発動してる最中ならまた別だろうが。
「まあ、ダメ元だったし、戻ったらダンマスに投げてみるか」
「いえ、ちょっと待って下さい。やっぱりダメ元ですが、試しに解析の幅を広げてみるので」
そう言ってディルクはテーブル上の異形剣をジッと見つめた。何かスキルを発動しているのだろうが、相変わらず出力はない。ただ、目の色が違う。比喩的な意味合いではなく、実際に瞳の色が違って見えた。いくつか保有している《 魔眼 》系統のスキルを使っているのかもしれない。
「うーん、やっぱり規格が合ってないですね。情報自体はあるんですが、訳すとしても解析が必要というか」
「俺の腕なんだし、そういうのは日本語になりそうなもんだが」
「日本語ではないですね。というか、既存のどの言語にも当てはまらないというか……変換に失敗してて、文字化けしてても気づけないレベルで違います。そもそも言語化できない概念で作られてる可能性すらあるので……いや、ありますね、日本語っぽい情報。バラバラで文字としては成立してませんが」
「バグってる?」
「元の日本語情報を適当に書き換えたような……やっぱり意味は分かりませんが」
そこまで分かっただけでも御の字だろう。少なくとも情報自体は存在するという事だ。
そもそも、これを解析したからなんだという話もあるしな。イバラが持ってたら凶悪そのものだが、特攻対象である俺が持ってても意味はない。せいぜい、他の奴がコレを持っていないから安心というくらいだ。
「うーん、繰り返して多く見られる単語は■■■かな……って、口に出しても伝わるわけないですよね。音にできるものかも分かりませんし……」
「根源図?」
「……は? ああ、なるほど、そういう意味合いなら……って、知ってた言葉なんですか?」
「いや、知らん。今ふっと頭に浮かんだんだが」
「んー、どういう事だか分かりませんが、情報のほうも根源図に置き換わってますね。今定義されたって事なのか? ……謎だ」
《 土蜘蛛 》のせいだろうか。なんとなく単語を聞いた時点でそうじゃないかと口に出たのだ。聞いた事は……ないよな? どういう意味の根源だ? 根源の図面? 設計図? 良く分からん。
「使われ方としては固有名詞だと思うんですが、案外腕が異形化する過程に関連する言葉なのかも」
「確かに、異形化に関しては別世界から持ち込まれた概念だろうからな。有り得なくはない」
方向性からして、アレは無量の貌の力ではない。全容を把握したわけじゃないが、あいつの能力は顔と名前を基点とした存在の簒奪だ。結果としてカオナシが生まれる事があっても、異形化はその延長線上にない……はず。唯一の悪意の力である可能性は捨て切れないが、異形に関しては別に存在していた因果の虜囚が絡んでいる可能性も高く、むしろそのほうが納得できる。あの地獄を創り出した奴は他にもいるはずだ。
「ここで分かるのはそれくらいですかね」
「いや、むしろ想像以上に色々出てきて驚いた。やっぱりすげえなお前」
「いえいえ、まあ本職ですし。とはいえ、ダンジョンマスターには敵いませんけど」
「それは比較しちゃいけない領域じゃねーかな」
部分的にでもあの人と比較になるだけで、かなりおかしい領域に足を踏み込んでるって事だぞ。色々と完璧ではない部分も多いが、だからと言って評価が下がるようなものでもない。
仮にあの人と敵対するとして、今回の規模の因果改変を実行すれば因果の虜囚よりは仕留めやすいとは思うが、ソレをする理由もないし、ついでに手段ももうない。虜囚共通で見られる格上殺し的なイメージはないし、盤面外からルールごと壊すような反則技を持っている気もしないが、それ以上に桁違いの出力を持っているのがダンマスやそのパーティメンバーという生き物だ。多少弱点……耐性がない部分があろうが、素の能力がそれを突く事を許さない故に完全無欠に見える。負の道化師というイレギュラーな存在や、イバラの《 暴食の右腕 》はそれを突いた数少ない例外という事なのだろう。普通は突けるような隙じゃない。
「ねークラマス、それ使ってみてもいい?」
横で聞いていたセラフィーナでもさすがにダンマスとディルクの対比に深く突っ込む気はないのか、そもそも興味がないのか分からないが、唐突に話題を変えてきた。
「別に構わんが、カテゴリー的に両手剣……お前の場合は別に問題ないか。何か気になる事でもあるのか? 使って試してみたい事があるとか」
「クラマスと模擬戦。コレならいける」
「明らかに俺個人を狙い撃ちした武器で仕留めに来るのはやめてもらえませんかね」
なんの脈絡もなく、唐突に殺しにきてもおかしくないのがセラフィーナという狂犬である。慣れない武器種などものともせずに、的確に俺の存在を消しにかかるだろう。コレはそれが容易にできてしまう代物だ。補正を倍加させるイバラが使わずとも、十億%の補正が一億%になったところで危険な事には変わりないのである。ちょっと切られただけでうっかり消滅しかねないモノを使って模擬戦など、とてもじゃないが怖くてできない。
「一応、気休めですが封印処置はしておきましょう」
「えー」
「いや、えーじゃねーよ」
そんな物騒な模擬戦はなかった事にして、数日遅れて出港したクーゲルシュライバーの復路は無事迷宮都市へと到着する事になる。
どうやら二日程度の遅れは当初から想定していたものだったらしく、表面上は特に大きな問題もないまま、迷宮都市での帰還式典が執り行われた。
といっても大々的なものではなく、迷宮都市運営のお偉いさんや著名人を集めてのパーティのようなもので、現地に残ったグレンさん以外の代表的な面々はパーティに参加した後に色々手続きや報告が待っているらしい。
もちろん、式典のお題目は龍世界との正式な交流開始について。実際、表向きはそういう目的で始まった計画なのだから当然である。もちろん、特異点だとか無量の貌だとか因果の虜囚なんてワードは欠片も出てこない。
そして、表向きの話題では俺たちは単なる交流団の一員でしかないのだから、そういう式典に参加する必要などないのだ。俺は俺で居残り組への説明やダンマスへの報告の為のレポート作成など、やる事は山積みである。
翌日、クーゲルシュライバー参加組を含めた全メンバーを招集。これまで何度説明したか分からない内容を改めて伝える。
あまりに突拍子もない内容にどう受け止めていいか、メンバーのほとんどが困惑していたが、前回と違ってこれを報告して何かを方針を検討するようなものでもないので、少しずつ飲み込んでもらえばいい。一応でも決着はすでについていて、何かしなければこの星が崩壊するわけでも、水凪さんやガルドが死ぬわけでもないのだから。
説明内容については俺自身良く分かってない部分もあるから説明不足は否めないが、それは逆に伏せたい事を隠すための迷彩としても機能していた。良く分からない事が多いから、伏せたい事は分からないと言えばいいのだ。
特にリリカに関しては、隠さなければいけない部分が多過ぎる。本人は直接絡んでいなくとも、関係性は極大だ。加えて、いくら在るべき世界で俺との子供まで作っていたからと言っても、こちらのリリカはそういった感情はないに等しいはずだ。俺の中で強烈な存在感を持ってしまっただけで、本来はただのクランマスターとクランメンバーなのである。
実際、問題のある部分を伏せて説明をした際、リリカは特に大きな反応は見せなかった。質疑応答で触れたのも、虚数層で会ったリアナーサの事がほとんどである。まあ、死んで消滅したと思っていた師匠がそんなところにいたと言われれば困惑するだろう。特に妙齢の美人に若返っていたと話した時が一番反応が大きかったのは、なんとなく理解できなくもない。
今後、よほど必要に駆られない限りはリリカに伏せた情報を明かすつもりはない。こちらで恋仲になる事もないだろう。俺の胸に空いた巨大な穴は、そういったものとは異なるものが大部分だからだ。すでに知っているメンバーからもそれを非難する意見はない。
この先、肩を並べて戦い続けるのならいずれは話す機会があるかもしれないが、それは少なくとも今ではないだろう。
-2-
「今更だけど、やっぱり行かないとダメかな?」
「そうやってめかし込んでから言ってもな」
「着飾るのはまた別腹というか……」
迷宮都市帰還が数日後。ある程度落ち着いてきたところで、俺とユキは領主館に行く準備を整えていた。目的は特異点での戦いについての報告だ。
その目的ならむしろユキは除外されそうなものだが、向こうからの指定である。まあ、グレンさんはまだ帰ってきていないし、ディルクは別枠で報告しているらしいので、そこまでおかしな人選ではないのだろう。
「うーん、なんでこうなるんでしょうか。どう足掻いてもイマイチな感じに……」
「もう諦めたほうがいいんじゃないかな、ツナだし」
「お前ら、俺のファッションセンスに関しては本当に辛辣な」
自分でやらせるとどうなってしまうか分からないからと、コーディネイトを担当するのはマネージャーのククルである。俺はただマネキンの如く飾り付けられていただけなのに、この言い草はひどいと思います。姿見に映る姿を見てもそこまで変な気はしないのだが、それは自己評価が甘い故とでもいうのか。
ちなみにユキは40%になったからなのか、昇格式典や年末の領主館に行った時よりも少し女性っぽい服装になっている。依然中性的ではあるが、ここまでくれば男装っぽく見えたりはしない。
年末の時同様、用意された運転手付きの車に乗り、地下道で水霊殿へ。移動中の車内で話すのは今後の事だ。
「お前、今後どうするかはともかく、レーネの事はちゃんと決着つけておけよ」
「げっ……」
忘れてたという事はないのだろうが、まさか今振られる話ではないと油断していたのか、ユキの表情が凍りついた。
俺に受け止める資格があるかどうかはまた別として、ユキを恋愛対象として見れないというわけではない。今60%男だろうが、最終的に女になるのなら問題もない。これが地球の技術で性転換手術します、とかだったらかなり躊躇ってしまうが、元々中身が女性で体も女性なら、少なくとも俺は気にしない。
しかし、それと婚約者の話はまた別だ。別れを告げたわけでも自然消滅したわけでもないのに、それを無視して別の相手がいますというのはアウトだ。
ぶっちゃけ、説明すると怒りの矛先が俺に向く可能性もあるが、今はなんかそれでもいいような気がしている。単純に憎悪を向けてくれるのなら、むしろ有り難いとすら思ってしまうかもしれない。
「えーと、あれから連絡とってないから、実は今どこで何してるのか知らなくて……探すところから始めないとね、うん」
「俺が知ってる。今は禅寺で修行中だ」
「な、なんでそんなところに……」
いや、それは俺も良く分からないが。なんか水が合ったのか、寮にも戻らず住み着いてしまっているらしい。ダンジョン・アタックやギルドに来るのも寺からである。
「俺のほうは今すぐどうこうって話にはなりそうもないが、レーネのほうは少しでも早めのほうがいいだろ」
「えー、あー、うー」
「お前、この件に関しては本当にダメな感じだな」
「しょうがないでしょっ! 内容が内容なんだから」
複雑なのは理解してるから、安易に行動できないってのは分かるが、それにしたってである。
「俺も当事者って事になりそうだから、どうしても踏み出せないっていうなら事前に俺が説明してもいいぞ」
「え? ……いいの?」
「でも、最終的には自分で話してケリつけろよ。それが条件だ」
「……そういうところ、ツナは厳しい」
そうだろうか。かなり激甘な対応だと思うんだが。
まあ、説明してレーネがどう動くか予想できないから、手探りでも反応を伺いたいという本音もある。ただでさえ、現在進行形下級組のパーティにインしてもらってるわけだし、そのパーティの昇格試験だって近い。どうも、四月に改定されたルールに合わせてパーティ単位での試験を受ける事になるらしいのだ。そんな大事なところに爆弾を投入したら、サンゴロたちパーティメンバーに被害が出かねないというのはある。あと、いきなりユキが出ていくとレーネが暴走しそう。
「正直なところ、俺に関してはしばらく答えが出せそうにないけどな。色々あり過ぎて冷静にも感情的にもなれない」
「そこは理解してる。タイミング悪かったのも」
タイミングに関してはどうだったろうな。アレより手前に告白受けて舞い上がっている時に真実を知った場合、更にひどい事になりそうだ。立ち直れなかったかもしれない。さすがにこんなタイミングまで因果の虜囚の掌とは思えないが。
今の俺はちょっと色々な意味で達観し過ぎてる。別に感情がなくなったわけでも性欲がなくなったわけでもないが、自分自身についての判断が上手くできる気がしない。ずっと三人称視点で自分を見て動かしているような、そんな気分さえ覚えるほどに自分というものが希薄になっている気がする。当たり前だが、こんな状態で恋愛などできるはずがないのだ。
ずっとこのままってわけにはいかないが、戻るのには時間がかかるだろう。とはいえ、ユキの出したリミットじゃないが、一〇〇層攻略までにはなんとかしたい。この状態で亜神になったらとんでもない問題が噴き出してきそうだし。
「全然話は変わるが、お前、どれくらいで一〇〇層攻略できると思う?」
「え……って、それは変わってるのかな。まあいいけど……今攻略してるトップの話じゃなくて、ボクたちに関してだよね?」
変わっている事にしておいてくれ。
「えーと、攻略に合わせた成長見込みを含めるなら、メンバー的な問題はないだろうし個々の実力も不足する事はないと思う。やっぱり問題は……七十五層以降かな? 情報が足りないのもあるけど、そこで多少でも足踏みを喰らったとして……三年くらい?」
……妥当、かな? トップの攻略速度を見ると甘く見過ぎだが、俺たちの既存情報だけ見てもそれくらいの予想をする人はいそうだ。
「俺としては、来年一杯くらいでケリをつけたいんだが」
「……うーん、なんかとんでもない事言ってるような気もするけど、なんかできそうな気もするのが怖い」
しかし、ユキは否定する気はなさそうだった。
「現在進行形でトップが一〇〇層攻略に手こずってるっていうのに、一年半で追いつくのか……なんか焦ってる?」
「焦ってはいない。今のところ、年単位くらいの時間幅で焦る理由がないからな」
「そうだよね。色々あったから焦りそうになるけど、相手が相手だし、目標が目標だしね。それこそ、来世で頑張るなんて事になってもおかしくないようなスケールなわけで」
「来世にもつれ込みそうになったらさすがに焦るな」
そんなに気長に構えられないというのもあるが、俺は正直転生システムを信用していない。今世がダメだったから来世っていうのは大きな穴があるだろう。
俺一人で孤独に戦い続ける……おそらく当初に敷かれていたであろうレールを走るのならそれもアリかもしれないが、現状それが最適解とは思えない。周りを巻き込んで巨大化する暴風から、その周りを取り払ったら何も残らないだろう。素の俺なんてたかが知れている。
一体、本来ならどれほどの煉獄を積み上げさせる気だったのか。イバラに辿り着くまでですら、正気を保てる自信がない。そしてそれは、唯一の悪意と対峙する上では悪手だと《 土蜘蛛 》も言っているように思える。
因果の虜囚が用意するレールは最適解であり、最適解であるが故に後になるほど逸脱できなくなる仕組みなのだと思う。このレールを走り切れば唯一の悪意に辿り着けはするが、ただ辿り着けるだけなのだ。アレを打倒するにはどこかで外側に踏み出す必要があった。それが最初から出来ていたのがゲルギアルであり、特異点における俺なのだと思う。イバラや皇龍はそれに巻き込まれたわけだ。因果の虜囚が用意する最適解だけを見るのではなく、自分の内にある回答を導き出さないといけない。
「まあ、早いほうがいいだろうってのが俺の今の回答だ。覚悟しとけ」
「う、うん。……って、どういう意味で?」
「……色んな意味で」
全部同時進行で切り離せないから面倒なのだ。どちらにせよ、一〇〇層攻略って区切りが近づけば何かしらの回答は出るだろうよ。
-3-
そんな話をしてると車は目的地に着いたのか、ドアが開けられた。相変わらず、移動してる感の薄い車である。
年末の時と同様、水霊殿から専用の転送ゲートを潜った先には水凪さんが待っていて、案内されるのも同じと焼き直しのような道中だ。水神エルゼルには会わなかったし、中央宮殿で他の巫女さんが待ってたりもしないので、イベントカットされているような雰囲気も受けつつ、そのまま中央宮殿内の不可思議の門へ。やはり何かしら権限的な問題なのか、水凪さんとはそこで別れてから門をくぐると微妙にレトロな領主館が視界に映る。
狐耳のメイドさんに案内されて屋敷内に入り、若干の待ち時間を経て、俺たちはダンマスと那由他さんの待ち受ける応接室へとやって来た。
……さて、ある意味正念場だぞ。ダンマスはともかく、隣でニコニコしてる那由他さんが爆弾にしか見えない。
「はじめまして、渡辺綱さん、ユキさん、私が迷宮都市の領主那由他です」
最大限に警戒していたものの、自己紹介は拍子抜けするくらい普通だった。変な圧も存在しない。見かける度に印象が違って、むしろその落差が怖いのだが。
彼女をこれまで見かけたのは計三回。クーゲルシュライバー出港の時と< 地殻穿道 >の時、そして今だ。毎回別人かと疑うほどに人物像が違う。
「これがウチの嫁さん。那由他、こっちは前世が日本人な渡辺ツナ君とユキちゃん。一応初対面ってだけで、ユキちゃんのほうはともかく、ツナ君のほうは今更緊張するような間柄でもないだろ」
「まあ、イバラの時に話はしましたが。……その節は助かりました」
「加減なしの補助でしたが、お役に立てましたか?」
「ええ、助かりました」
こうした他人の関与してない話が出てくると、当たり前だが本人なんだなと思えてくる。話を聞く限り、躁鬱ともまた違うのだろう。
とはいえ、あの時は文字通り色んな意味で死ぬほど助かった。気を抜いた瞬間にバラバラになりそうな過剰なブーストでも、戦いを成立させるためには不可欠だったのだから。そして、本人はその行為に何も感じていない。普通に手助けしたといわんばかりの言動である。
「そこら辺の詳細も聞きたいところだが、始める前にとりあえずユキちゃんにコレ渡しとこう」
「……小太刀?」
「ああ、もう打ち直したんですね」
ダンマスから手渡されたのは、サイズだけでなく、規格から拵えまで和風な小太刀だった。
「えへへ、お揃い」
「お揃い?」
「それ、元は膝丸なんだよ。本物じゃなくても髭切とは一応兄弟刀だからな」
ああ、そういう意味か。……というか、それならむしろ俺が欲しいんだが。なんで髭切もどきのほうは木刀の癖して、膝丸のほうは普通に刃物なんだよ。
「というわけで、早速始めようか。どうせ意味不明なんだが、本人視点の体験談は貴重だからな」
膝丸……打ち直したので膝丸・改の受け渡しが終わると、変な前フリもなくそのまま本題に入った。膝丸を貰う事になった経緯なども気になったが、おそらく極彩の遊技場で何かあったのだと推測できるし、それだと口にしてはいけない奴の話題が出るので、那由他さんのいるここでは大問題だとスルーする。
すでにある程度情報共有や摺合せが終わっているので、話について引っかかる部分はほとんどない。セカンド、ラディーネに予め用意してもらい、ククルに手直ししてもらった資料も分かりやすいので、根本的に意味不明であるという事を除けばスムーズな説明となった。
そこら辺に関しては向こうも同じで、事前に情報の摺合せまで終わっているようだった。というわけで、メインの話題はやはり対イバラ戦だ。
「……やっぱりシャドウの下りはどうしても引っかかるな。奇跡と言うには誰かの干渉を感じる」
「あの場面で干渉できそうなのは那由他さんくらいですけど」
「私ではありません。……かといって、他者の干渉も感じませんでしたけど」
あの時点で干渉してくる可能性がありそうな超常は、状況から判断してほとんどが除外される。加えて、ほとんど唯一と言っていいラインが那由他さんである以上、そこの感知を抜けるとも思えない。可能性として一番ありそうなのは剥製職人だが、あまりイメージには合わないな。あの場面でこっちに気付かれる事を気にするような奴ではないだろう。
「となると、予め仕込まれてたかな。この場合はツナ君本人か、例の記憶媒体か」
「俺自身に仕込まれてたなら分かりそうな気がするんですよね。となると記憶媒体のほうになりそうですが、こっちも……」
シャドウの記憶媒体を用意したエリカがそれをしたとも思えない。そういう保険があるという事を伝えない理由などないし、あの時点でアレを持っているのが俺という確証すらなかっただろう。そもそも、直前に渡されるまでアレはセカンドが保有していたのだ。そのセカンドにしても何かの思惑があったとは思えない。……結局のところ、奇跡と呼ぶしかなくなってしまう。
「一応、預かった時点でデータは丸ごとコピーしてるんだが、確かにブラックボックスはあるんだよな。未来のデータって事で単に発展系の技術かとも思ってたんだが」
「媒体そのものに仕掛けがあったって可能性は?」
「もちろんそれも有り得るが、実物はないんだろ?」
記憶媒体はあの戦いの中で粉々に消滅したのを知覚している。改変後に確認もしたが、やはり《 アイテム・ボックス 》には入っていなかったし、セカンドも保有していなかった。
俺からしても、あの戦いの舞台は色んなものが曖昧なのだ。記憶媒体もそうだし、イバラの痕跡も実体化させた童子切安綱もない。でも、< 不鬼切 >は< 不友切 >になったままだ。
「そういえば、地殻穿道は今どういう扱いなんですか? ひょっとしたらその中に残ってたりとか」
「一応だが、例のエネルギー体は監視付きで残してある。ずっとそのままにする気はないが、しばらくは調査する予定だな。ただ、中にあったイバラと思われる反応はもうない。多分だが、あれはもうただの抜け殻だ」
そういう扱いになるのか。確かに俺も改変の際は触れてない部分なんだが。
なんでイバラがあんなところに封印されていたのか、そういった部分に関しては完全に未知のままだ。本人なら知ってるかもしれないが、まさか直接聞くわけにもいかない。
そんな感じで、ある程度煮詰まったところでこの話は打ち切りとなった。結局、調査自体は続けるというだけで進展のない報告会になってしまった感はある。那由他さんとの正式な顔合わせがメインと考えればいいか。
「あと、個別にツナ君に用があるんだが、三十分ほど席外させてくれ」
会話の流れ的に雑談に移行しそうになった段階でダンマスがそう切り出してきた。
「……なんかヤバい案件ですかね?」
「いや、大した話じゃない。ただ、ここで切り出すとツナ君が困りそうだからな。後で個別に話す分には問題ないよ」
なんとも微妙に不安になる話だが、仕方ないので俺とダンマスだけ隣の部屋に移動する事になった。
ユキと那由他さんを残していく形になるのも不安だが、こちらについては雰囲気的に大丈夫だろう。単に日本の話題になっているだけだ。……あとでユキがどう感じたのかは聞いておきたいところだな。
調度品のイメージは異なるものの、移動先の隣の部屋も応接室で、ダブルブッキング時の予備や従者の控室として使う部屋らしい。
同じように部屋中央に設置されていたソファに腰を下ろす。
「で、なんだ?」
二人きりなら余所行きの対応は不要だろうと、口調を砕けさせる。ダンマスの事だから話の傾向も読み辛い。あんな事を言っていて実はヤバい話って事も有り得るし、どうでもいい話って事も普通に有り得る。
「お前の見合いの話」
本当にどうでもいい話題のほうだった。
「……あー、分かってると思うが、今の俺の状況的に見合いしてどうこうって話じゃなくなってるんだが」
「いや、当然分かってるし、こっちからも断りを入れたんだが、一度セッティングした以上、会うだけでもってパターンが……」
「そりゃ、俺が頼んだ話だから責任とれと言われれば出席せざるを得ないが」
ああ、確かにあの席で切り出したら面倒くさい雰囲気になりそうだな、この話。
「スケジュール自体、四月って話だったからな。中にはすでにセッティング済で断り難い案件が何件かある」
「迷宮都市だろうがそれ以外だろうが、あんたがゴリ押しして通せない話なんてないだろうに」
「暴力チラつかせていいならどうとでもなるが、それでロクでもない事になった過去もあってだな。なかった事になったけど、相手の家もなくなりましたじゃツナ君の気分も悪いだろうし」
「そりゃそうだが」
嫌になるくらい正論である。いい加減分かってるが、この人……いや、迷宮都市の面々は繊細な対外交渉は苦手らしい。あまりに力があるので、どうしてもパワープレイになりがちだ。
「まあ、なんとか数件に絞りはしたから、個別に会って断るなりフェードアウトするなりして欲しいんだが。もちろん、俺も出席はする」
「スケジュール的な問題は……ああ、解決済だよな」
「元々お前の空き時間狙ってねじ込む気だったからな。大体夜にしてある」
現在、分刻みのスケジュールを送っている俺だが、今回の会談も含めて夜なら普通に空いているのだ。睡眠時間と勉強時間が減るだけである。それをダンマスが把握してないわけもない。
「選考段階で相手さんの性格についても厳選はしてるから、話が通じないって事もないはずだ。話せば普通に断れる……んじゃねーかな」
「面倒なのは相手の家と」
「それも、凡そは分かってるから断る事自体はナシじゃない。基本的に体裁くらい整えろってのが向こうの意見だな」
まあ……仕方ないか。俺だって、特に何もなく四月を迎えてたら満面の笑みで出席したに違いないし。
というわけで、どういうわけだか世界消滅規模の話を乗り切った先に見合いがセッティングされていた。
-4-
そんなしょうもない密談を終えて元の部屋に戻ってみれば、ユキと那由他さんは普通に談笑していた。こうして見ると普通のガールズトークをしているようにしか見えない。
ユキはこちらの話に興味あり気だったが、帰り道に説明すると誤魔化して、俺たちはその場を失礼する事にした。
とりあえず、四神宮殿から水霊殿に戻るまでは当たり障りのない会話で場を濁しつつ、本題はやはり帰りの車の中でとなった。
「……で、那由他さんの印象はどうだった? 俺的には良く分からんってのが正直なところなんだが、いつもの女の勘はなんて言ってる?」
「あーうん。なんだろうね、あの人」
俺のほうの話題は後回しにするとして、とりあえず聞きたかった話題を切り出してみた。しかし、思ったよりも歯切れが悪い。この感じだと何も感じなかったって事はなさそうだが。
「問題あるかって聞かれれば、あるよねやっぱり。話してても日本の話題だとすごく楽しそうにしてるんだけど、中身は空っぽなんだ。で、それに気付いてないか、無視してる。亜神化して出る特徴っていうのが顕著になった例みたいな」
「見かける度に雰囲気が違うと思ったんだが、それは?」
「詳しい事は分からないけど、多重人格気味なのかも。ちょっと前にダンマスに聞いた感じだと、主観的に時間が前後してるみたいに見えるって」
ああ、昔の自分に切り替わってるのか。ふとした事で、都合のいい主観時間の自分に切り替わると。
「面倒な話だな。ダンマス的には那由他さんが一番ヤバい状況らしいが、この分だと会ってないもう一人やアレインさんも楽観視はできなそうだ」
エルシィさんは……多分、大丈夫だろう。あの人は元から人間じゃなかっただけに精神構造からして違うらしいし。
「んー」
「なんだ? なんか別の意見があるとか?」
「いや、概ね同意するんだけど……一番精神状態に問題あるのって那由他さんじゃなくて、ダンマスじゃないかな。ボクは、ここまでの印象だとそう感じる」
「…………」
単純にダンマスの評価を鵜呑みにして那由他さんを一番危険な状態って判断してたが、評価する当事者の自覚が欠けてるって事か。……すごいありそう。問題がある事自体は自覚してるだろうが、それを過小評価していると。
あんなキテレツな存在が分離してる時点で問題が小さいわけはないのだ。多重人格どころか、それこそ別の存在と言っていいほどに乖離しているのだから。どちらも根が深過ぎて扱いに困る。
「深く関わる気はないけどな。基本的には個人の問題だし、これに関しては正直部外者だ」
「すでに巻き込まれてるけど?」
「迷宮都市はそういう不安要素……星を壊しかねない爆弾を抱えてるって認識はしておいたほうがいいだろうが、根本的に自分でなんとかしないといけない問題だと思うぞ。広げてもせいぜい、夫婦間で解決すべき問題」
あのピエロに対して啖呵を切った際にも口にしたが、この件はどこまでいってもダンマス自身でどうにかすべき問題なのだ。この問題を放置したまま地球に帰ってもらうわけにもいかない。
「そうだよね。殴った感じ、アレもやっぱり別人ではないし」
このまま、あのピエロと再会せずにフェードアウトって気もしないんだよな。難儀な話だ。
「それで、ツナのほうの話は結局なんだったの?」
「ああ、お見合いしろって」
「…………」
なんか、車中の温度が下がった気がするぞ。……言い方間違えたかな。えーと、多分ユキの矛先が向いてるのはダンマスだよな。
「前から俺が依頼してたんだが、一部断り切れなかったんで、会うだけは会えって話。体裁は整えろとさ」
「ああ、そういう。……またなんかいたずらで引っ掻き回しにきたのかと思った」
やっぱりそう判断したのか。あぶねえな。もしそれが正しかったら、ダンマスは人の心を弄ぶ鬼畜外道だ。ユキさんの中のダンマスの評価が垣間見える。
「俺の責任といえば責任だからな。無理にゴリ押しして断った結果、相手さんがいなかった事になっても後味悪いし」
「……その辺の加減下手そうだもんね」
首脳陣が全員パワープレイ前提だとこういう問題も起きるって話だ。その最大の失敗例がクレスト王国らしいのだが、それは置いておく。
……しかし、世界崩壊を回避したと思ったら、途端にスケールの小さい話になったな。見合いか……。
次も無限を更新予定。四回目があるかはアンケート次第。(*´∀`*)
リターンが終わったら普通に引き籠もりのほうに戻る予定です。
というわけで、引き籠もりヒーロー第2巻書籍化プロジェクトは無事ストレッチまで含めて達成しました。(*´∀`*)
詳しくは活動報告か下のランキングタグにある「クラウドファンディング準備サイト」などのリンクから。







