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Prologue「無限回廊システム」

引き籠もりヒーロー第三章の途中ですが、第2回クラウドファンディングのリターンとしてこちらが選ばれたので更新です。(*´∀`*)

リターンという事で本編とは切り離した特別編が無難とは思いましたが、前回で大量に書いてるため第七章開始します。


今回の投稿は某所で開催した引き籠もりヒーロー第2巻書籍化プロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたADsさんへのリターンとなります。(*´∀`*)




 その存在の起源は定かでなく、自我のようなものが芽生えた時はすでにそこに在った。

 何もかもが無である中で、何故か発生してしまった存在こそがすべてのはじまりだった。


 超越者は、自らを庇護する存在を求めていた。かつて存在したはずの創造主、神と呼ばれるはずの全知全能を。

 自身は不完全であり、完全に至る事はないと認識していたが故に。完全であるならば、自分を捨て去る事などしなかっただろうと。

 自分以外何も存在しない無の中で、自分を捨てた者、本当に存在していたかどうかも分からない創造主、あるいはそれと同等の神を渇望したのだ。




-1-




 そこに浮かぶ惑星型構造体と呼ばれる球体オブジェクトは、内側に生物の居住空間を持つ巨大な球体である。

 惑星型構造体の外側にあるのは無。そんな空間と呼ぶ事さえ憚れるようなところに、本来ありえないはずの有、多数の惑星型構造体が存在していた。

 何故そんな形になったのかは分からない。単に外部環境からの保護を優先したのか、超越者がそれを最適と判断したのか、存在しないはずの記憶を元に創り出したのか。ひょっとしたら宇宙に浮かぶ惑星という概念を知りつつ、あえてその逆の形をとったという可能性だって有り得なくはないだろう。

 しかし、正答は誰にも分からない。超越者自身は黙して語らず、そもそも本人にすら理由など分かっていないのだから。


 無数に存在する惑星型構造体群は、数少ない例外を除いてお互いの存在を認識していない。内側に生存圏を持つ構造上、観測すら不可能だ。

 惑星内部の外壁部は物理的に破壊困難な防壁に囲まれ、その内側は分厚い岩、更に表面を大量の塩水で覆われている。点在して存在する陸地……大陸や島は惑星によって比率や形が異なるものの、基本的な構造はほぼ一致していた。

 しかし、そこに住まう存在は惑星によってバラバラだ。環境に最適化された生物が海や地を生き、統一感などない。しかし、ただ一つ人間の姿だけはどの惑星にも共通して存在していた。生命維持が困難でも、少数は生存が許されているのが人間という種族だった。それは、俯瞰して見れば明らかに特別視される存在だった。

 例外たる複数の惑星を管理する者たちから見れば、人間は創造主が自らの姿を模したものという説を信じる者が多かったが、やはり正答は分からない。実際には管理者の中には人間と称していいか判断の難しい者も多く含んでいたのだが。


 脆弱でありながら特別。人間という種は、管理者たちから見て便利ではあった。どこにでも存在するという事は観測の観点から見ても比較がしやすい。何より、出自からすれば当然ではあるが、基本的に管理者たちは人間、あるいは人間を元にした管理者という種族であるというのも共感性を持つのに一役買っているだろう。

 人を含む地に住まう生命に求められたモノは多様性。より高度な存在になる事を義務付けられ、無軌道な方向性を以て成長するモノと定義されていた。管理者と呼ばれる存在からそう在れと調整されたのだ。

 たとえるならば、それは人間という種のために用意された箱庭のようなもの。構造体ごとに異なる環境で、生物がどういう多様性を得るかのシミュレーターのようなものだ。少なくとも、構造体を管理する者たちはそういう目線で住人たちを観測していたはずである。

 管理者の中には、ひょっとしたらこの世界を創り出した超越者も似たように自分たちを見ているのではないかと思う者もいた。

 そしてそれは、あながち間違いでもなかったのだ。


 内向きに閉じた箱庭、惑星型構造体。

 大地から見上げれば雲はあっても空は存在せず、宇宙もない。そんな概念は最初から存在しない。あるのは斥力を発生させる球体ユニット。そして、それによって維持される環境が地に住まう者にとって世界のすべてだった。そこに住む、大多数の人間を模した生命体にとって、世界とは自らが生まれ育った惑星型構造体であり、それ以外は存在しないはずのものだった。

 彼らは一つの構造体で生まれ、死んでいく。構造体の外部に何が広がっているのか、他の構造体に自分とまったく同じ情報を持つ存在がいる事すら知らないまま。

 迷宮都市に住む煽り耐性のない調教師こと、ディルクの記憶に残る前世の故郷はそんな場所だった。


 数多の多様性を持つ構造体群の中で、ディルクが生まれたのは比較的平穏な環境を持つ構造体だった。詳細な記憶はないが、少なくとも命の危険を感じるような場所ではなかったと記憶している。中には人類の生存圏が全体の1%に満たないような魔境もあったのだから、その生まれは幸運なほうだったのだろう。

 とはいえ、生存が容易な環境というだけで無条件に幸福が約束されるわけではない。幸福の定義など曖昧なものだが、迷宮都市を生きる者から見て眉をしかめるような環境ではあった。

 親の顔も名前も知らない。孤児というわけではなく、親などという概念は最初から存在しないものとされていた。彼にとって、人間とはそういう生き物だった。しかし、周囲の人間も同じ環境で生まれ、過ごしている中で疑問など持つはずがない。比較対象が存在せず、最大幸福はそこにあるのだから。それはその星の基本的な構造そのものだった。

 その星では人間とは大量生産されるものであり、自然分娩による誕生は全人口の一割にも満たなかった。知識としてその機能を有している事は知っていても、行使する事はない。人間だけでなく家畜の類も同じであり、総数は厳密に管理されている。

 多様性を求めるが故に、明らかに劣性な特徴を持つというだけで処分されたりはしないが、それが幸福であるかは判断の分かれるところだろう。むしろ、処分されるのは尖った特徴を持たない者、平凡な者、本来ならば多数派になるだろう存在だった。有象無象とされる特徴のない存在こそ価値の低いものとされた。

 大量に生まれ、与えられた負荷に適応したものが生き残り、その他大多数は終了という名の死を与えられる。そういう半ば自動的な循環の中で生きる。それは、あるいは管理者たちが行っているシミュレーションを小規模に行っているようなものだ。真似る意図はなくとも、潜在的にそういう意識が存在した可能性は決して低くはないだろう。


 ともあれ、淘汰の中でディルクは生き残った。幼少期の記憶は断片的過ぎてそれくらいしか分からない。彼の記憶で重要とされるのは成人後の人生であって、あるいは生きている時でさえ気に留めていなかった可能性はある。成長の過程で得た体験のほとんどは、ディルクにとってどうでもいいものだったのだ。

 成人したディルクは大多数の成功者が進む研究者として身を立てた。断片的な記憶から判断するに、それは情報技術に関連するものであったはずだ。それが転生を隔てた今も影響しているのは間違いない。

 高度に先鋭化し過ぎた研究は規模が肥大化し、一個人が全体像を把握できなくなる傾向にある。どの分野にもいえる事だが、自分の研究対象が他分野でどういう意味を持つのか把握する事は困難を極めた。そんな狭い分野ですら、人間が一生をかけてですら習得する事が困難なほど知識が氾濫し、研究者になる者はその上澄みだけなのだ。

 それでも、自分の人生をかけて何かの答えを得られるならば上等だろう。大抵の研究者は、自らが積み上げた研究の果てを見る事なく寿命を終える。

 広い分野を薄く把握し活用する者は別にいて、研究者は自分の研究が何を意味するのかを考えない。疑問や好奇心が内側に向かうのが研究者の素質とされていた。ネジのような、それだけでは機能しない部品の精度や生産性を上げる事に一生を費やす職人のようなものだった。


 そんな中で、ある日ディルクの研究は知識の深淵に存在する何かに触れた。

 それは偶然であり、長い年月をかけて研究を続ければ誰かが触れる必然でもあった。それをたまたまディルクが発見したというだけの事だ。

 表面的なものを見れば良くある結果に過ぎないが故に、本人はさほど気にも留めない。レポートを上げた学会でもさほど注目はされずに終わった。……注目したのは、惑星の管理を行う管理者たちだ。

 その小さな発見は、その惑星だけでなくすべての惑星群の中ではじめて報告されたものだった。それ自体に意味や活用法があるのかはともかく、希少性は群を抜いていたといえるだろう。未踏の領域への到達。それが管理者に求められる実績であったが故に。管理者たちは新しい同胞の誕生に歓喜した。


 唐突に斥力ユニットの内側に連れて来られたディルクは混乱した。世界の中心部たる斥力ユニットに、人間が活動できる領域があった事すら初耳だった。

 あまりに想定外な事態に何かとんでもない罪を犯したのではないかと考えるが、まったく心当たりがない。何かしでかしたという意味ならそれも間違いではなかったのかもしれないが、身柄を拘束はされても牢獄に放り込まれる事もなく、刑罰を与えられる事もなかった。

 新しい環境でディルクに求められたものは、それまでと同じ研究であった。やる事が変わらないのなら、何故わざわざ移動させたのかと思いつつも、疑問は頭の片隅に追いやって研究を続けた。

 結局、彼が自身に起きた事を把握するのには長い年月が必要だった。誰も説明しないのだから当然だ。気付いた時には、ちゃんと説明しろよと他の管理者を罵倒したりもした。

 尚、彼が後任に対して説明したという記憶や記録は存在しない。つまるところ、彼は同類だった。


 それなりに若い身の上で管理者へと至った彼の人生は、大半を管理者としての立場で送る事となった。前半生の記憶が曖昧かつ断片的なのは、人生の主体がそこにあったからだといえる。

 惑星群の管理と一言で済ませてしまうは簡単だが、その業務分野は多岐に渡る。立場も序列もある中、最も新しい管理者は当然一番の下っ端だ。その性質上、雑用など任されるはずもないが、下積みは必要だった。

 管理者が任命されて最初に必要とされる知識は惑星群の情報の把握である。世界とはそこにあるものですべてだったはずが、唐突に無限の如く開かれた情報の波を受け取る事が最初の試練といえた。学習の素養に秀でているとはいえ、全体の把握だけで今世でいうところの数年以上を要した。


 構造体管理者となった事ですでに人間の寿命という枷からは逸脱している。誰も説明してくれなかったが、研究しているといつの間にか老化すらしていない自分に気付く。その頃になると、ああそういうものなんだなと自然に受け入れる土台が出来上がっていた。その時期になっても新任はいなかったが、自分も洗礼を受けたように着任後に放任される事は間違いなかった。自分を含む先任たちが築き上げた土台がそれを約束している。朱に交わって赤くなってしまった悲劇である。


 長い年月をかけ、人間には到達できない領域の知識に触れて、その段階に至っても、管理者の全体から見れば部品のようなものでしかなかった。全体としてその傾向があるのも確かだが、その中でも末端の部品だ。

 組織としては存在していても何を以て昇進とするのかも曖昧で、その立場から脱却するつもりもなく、そもそも自身の立場自体も把握できないまま研究に没頭し、歳月は流れる。人の一生どころか、いくつかの惑星型構造体が滅亡するような気の遠くなるような時間だ。

 管理者として生きるには、長きを生きる精神的素養も要求される。その点、研究者という存在はそれに適していた。とりあえず研究対象が目の前にあれば他はどうでもいいと思えるような存在は見事に合致しているといえるだろう。彼らが持つのは知識欲ともまた違った別の何かだ。

 そんな中でディルクの位階が上がった。別段そういう制度や事例があるわけではないのだが、要求される研究のランクが上がった。長いスパンでそれを繰り返し、付いてきた肩書を見れば把握できるが、そんなものを気にするような存在は自分を含めて周りにいなかった。


 時は過ぎ、自らが生まれた母星も役目を終えて別の環境にテラフォーミングされ、その星も役目を終える。そこに感慨はなく、知って初めて自分の故郷だったと気付く程度の事だ。ディルクに限らず、大多数の管理者は故郷に立脚点を持っていない。

 ただし、それはあくまで大多数である。中には素養があると認められつつも適応できなかった例はある。

 管理・研究する一つの部品でいられなくなった者は自ら自分を終了させた。自身の人生に疑問を持ってしまったものに訪れる共通の末路だ。管理者同士の関連性は極めて希薄な故に、知人が終了したとしても感慨を受けるのは最初の数回程度だ。

 終了するよりも多くの新任が着任するのを見てきた。その中にも適応できずに終了する者は多かったが、総数でいえば微増を続ける事になる。膨大な時間の中で微増を繰り返し、やがて数倍、数十倍へと膨れ上がる。

 ある日、構造体の管理を経て得られた膨大なデータを元にあるプロジェクトが立ち上げられた。これまでも成果を利用して何かを得るためのプロジェクトはあったが、生粋の研究者たるディルクがそれに関わる事はなかったのだ。そこに声がかかった。

 今回のプロジェクトは過去に例を見ないほどに大規模なもので、だからこそ多くの人員が投入されるのだという。ディルクが参加者に名を連ねたのはその末端だった。


 そのプロジェクトで構築されるものは仮称ではあるものの、『無限回廊システム』と呼ばれる事になった。




-2-




 はじまりの構造体セロ。最も多く存在する惑星型ではなく、故郷でいう斥力ユニット中枢部の管理機構のみをただ膨大に積み上げたような原始的かつ単純な構造体。無限回廊システムの開発はそこで行われる事となった。

 その場所自体に開発で優位な点があるわけでもないが、現在進行形でシミュレーションを行っておらず、すべての構造体の中心で利便性に優れていた人が選ばれた理由のはずだ。

 管理者の中には、はじまりの超越者が住まうというここで活動する事が如何に名誉な事か声を上げる者も多かったが、ディルクとしては見た事もない超越者に感慨は持っていなかった。

 超越者は君臨せず、統治せず、ただそこに在るのみ。直接指示があるわけでなく、どんな存在かすら情報がない。確かにそこには居るらしいが、あるのは存在そのものがもたらす一種の神秘性だけだ。敬意こそあれど、それは宗教のようなものではなく、もっと原始的なものに分類されるだろう。

 ただ、まったくの不干渉というわけではなく、惑星型構造体の構築やそこで行われる実験観測などは超越者の指示によって始まったものらしいし、このプロジェクトも同様らしい。過去に何度も行われているプロジェクトが超越者の存在を示す数少ない情報だった。


 無限回廊システムのコンセプトは、名前の通り無限に続く回廊である。

 ここではない、有が存在する空間を目指して道を創り、接続する。そういう単純な目的で始まったプロジェクトだった。いわば、脱出計画でもあるのだ。

 広がる無はどこまでいっても無だろうと思うのだが、有自体は確かに存在するらしい。確かに無でない構造体や自分たちがいるのだから、可能性として存在するのは間違いないだろう。


 知識のある今でこそ比較できるが、構造体の外に広がる無とは宇宙の事ではない。そこには真の意味で何もない。あらゆる存在が許されず、概念そのものが消え去る領域なのだ。そんなところで有を創り出したからこそ超越者なのだろうが、自分たちはそんな領域に手を出そうとしている。

 その時点で、無は侵食する特徴がある事が分かっていた。なんの対策もなしに踏み込めばあらゆる意味で消滅する。構造体は外縁部にその対策を施しているからこそ存在できるわけで、構造体ごとを繋ぐ回廊ですら構築・維持は容易ではない。どこにあるのか分からない場所へ伸ばすにしても、当然いちいち構築するわけにもいかないだろう。構造体の構築はある程度自動化されてるとはいえ、更に自律したシステムが必要と考えられた。


 プロジェクトは困難を極めた。過去に行われたプロジェクトで簡単なものなどなかったという話だが、ただ存在するはずの可能性だけを頼りに研究・開発を続けるのは気が遠くなるような時間を必要とした。あまりに進捗がないので、自動生成される惑星型構造体がやがて無の境界に届くのではないかと考えもしたが、いつまで経ってもそんな様子はなかった。距離の問題ではないのだから当たり前だが、それほどまでに構造体群の膨張は進んでいる。

 規模が極限まで大きいとはいえ、やっている事はすべての担当者にとってのライフワークの延長だ。困難だろうが、時間がかかろうが、そんな事は問題ではない。ただやるべき事に没頭するのは、このプロジェクトに関わらずとも同じなのだ。それができない者はここにいない。


 今世において、転生を伴う記憶共有ではこれらの研究内容は把握できない。分かるのは大雑把な進捗のみで、ひどく概念の異なる情報は共有するための雛形すら存在しない。言語が違う程度ならともかく、概念の根本から異なる情報を理解しろというのは無理があるだろう。何せフォーマットがないのだから、口に出して伝える事も文字にする事もできないのだ。

 それらの情報が丸ごととはいわずともある程度固まって存在するなら研究のしようもあるだろうが、転生によって残された情報は断片的で、かつ膨大だ。解析に挑戦しようとした杵築新吾もさじを投げた。かといって、それら以外に共有すべき情報はない。前世のディルクはただひたすら研究しているだけで、それ以外の活動を行っていないのだ。なんと面白みに欠ける人生かと評されもしたが、振り返れば自分でもそう思うのだからどうしようもない。恐ろしく無味乾燥だ。


 果てしなく続くプロジェクトだったが、その過程でその実態は少しずつ変化を見せた。新発見があれば調整が必要になるのは当然だが、それに付随した新規プロジェクトも無数に始まる。

 そんな研究を続けていると、以前別の担当者に言われた超越者の意思を感じる事があった。直接何かを言われたわけではないが、プロジェクトの方向性や細部には確かに意思のようなものが感じられるのだ。

 微かに感じるそれはおそらく孤独からの脱却。超越者は自身より強大で安定した庇護者を求めていた。あるいは、それは神と呼ばれるものだったのだろう。

 神なき世界において、神を求める。内容に違いこそあれど、それがすべてのプロジェクトで共通する目標なのだ。


 プロジェクトとは別に、いつしか膨張を続ける構造体群を別用途に転用できないかという話も持ち上がった……はずだ。記憶に残る情報はひどく曖昧で、この頃になるとそれが顕著になっていく。情報量が多過ぎて、大雑把な方向性ですら把握が困難なのだ。情報が形を維持できない。

 おそらくではあるが、構造体セロに近しいものから順に高度な専門性を持たせた機能の構造体へと転用が行われたはずだ。それは無限回廊システムにも組み込まれた。

 重要なのは……そう、自律化。あらゆる面で自律した進化を求めた。回廊が伸びる先を明示するのではなく、自律化したシステムそのものに決定させる。都度、自動で最適化されていく回廊ならば、やがて無の外へと辿り着くだろうと。

 そこを移動する者にも最適化は必要だった。ただの人間ではおそらく移動すらままならないだろうと。


 情報が歪む。

 世界が不安定になる。

 形を保っていられない。

 何故ならば、ここから先は転生によって欠落した部分の記憶。


 ……本当に?


 この歪みはそんな自然な現象なのか?

 超越者以外……我々の誰かの意思が歪みを生じさせているのかとも思ったが、それはない。何故ならば超越者によって生み出された我々は等しくその意思そのものであるのだから。自壊の可能性がないとは言わないが、少なくともこれに関してはないと感じる。


 神に至るのではなく、自分以外の神を創り出すシステムは自律性を持って無限に膨張・伸長する。

 しかし、やがて無からの脱出を果たしたとすれば、我々以外の意思が介入するのは当然なのではないか。その可能性に思い至っていなかったのではないか。

 管理機構へと進化した構造体群が、伸長した先で触れた意思によって逆に侵食される可能性はないのか?

 無から有に至った超越者同様に、別の大いなる意思がないなどと誰が言ったのだ。


 かくして、無限回廊システムは完成した。


 自律し、進化を続ける回廊は根源以外の意思によって歪んでいる。……そう確信したのは転生を終えた先、迷宮都市のディルクになってからの事だった。




-3-




 前世の記憶をある程度保持したまま転生したらしいディルクは混乱した。

 元々人の身に余る膨大な情報量を抱えていたのだから当然だが、前世のディルクは大部分が欠落していた。記憶があやふやなのは仕方ないとしても、はっきりと記録に残った情報以外はほとんど信頼性がないという有様だ。名前もディルクという文字列が残るだけで、ディルク・カーゼル・フロヴェンタルノウルハーゼンなどというフルネームか識別情報なのかはっきりしない情報は残っていない。

 そもそも、それらの付随記録ですら真贋は疑わしく、転生の過程で歪んでいたとしてもおかしくはない。

 ……何故ならば、無限回廊に転生などというシステムを明示的に組み込んだ記憶は一切存在しないからだ。自律進化した結果追加されたのだとは思うが、それにしても不完全なシステムに思えて仕方ない。我々が創り出したものはもっと妥協を許さぬ高度なものだったはずなのに、自律化したシステムがそれを選択する事を許すはずもない。


 伸長し、境界を超え、有へと至った。記憶にはないし、自分がその場にいたのかも分からないが、おそらくそれは実現したのだろう。しかし、その後……そこに至る過程も含めて何があったのか分からない。この世界の管理権限を得たというダンジョンマスターと話し、現在の無限回廊の仕組みを知っても、我々が創り出したものとは思えないほどに歪んでいる。

 開発時の設計からして、自律進化を続けたとしてもこんな形になるはずはないのだ。ダンジョンや各種ステータス、スキルやギフト、それらは無差別に収集された他世界の概念から神に至る者を創り上げるために組み込まれたと分かるが、その形が歪に過ぎる。あまりに我々の意思とかけ離れていて、根本を同じとするものに見えない。

 進化に闘争が必要というのは当然だ。理解できる。しかし、それがシステムが収集した概念が創り出したモンスターとの戦闘の延長線にあるとは思えない。ただ存在の強度を上げるだけで神に至れるのなら苦労はしない。それならあの世界の誰かが成していただろう。


 一方で、迷宮都市の在り方については別に構わない。無軌道に過ぎるとは思うが、これは単に一世界で一人の管理者が導き出した結果に過ぎないのだから、いくら歪でも問題はない。多少ダンジョンマスター杵築新吾や、その伴侶たる那由他の趣味が反映されていたとしても、それは人間らしいというだけで世界の個性といえる範疇だ。

 現在の迷宮都市成立以前、先代のダンジョンマスターらしき存在の思惑や残したものは気になるが、それも別問題である。

 問題は無限回廊そのもの。


 情報を集める過程で無限回廊が歪な事は理解できた。しかし、それは多分に推測を孕むものであって、確信に至ったのはダンジョンマスターから一〇〇層以降の構造について聞いてからだ。大量に近隣世界から概念を収集した結果、回廊が回廊として機能していないと感じた。それは致命的な欠陥なのだ。


 人づての間接情報、しかも謎の認識阻害を受けた情報では埒が明かない。

 しかし、直接この目に確かめるには自らが無限回廊を踏破する必要がある。最低限が一〇〇層超えとしても、ただの人間にしか過ぎない身でそこに至れるのか自信がなかった。前世が無限回廊開発者の一人だとしても、迷宮都市内の立ち位置を確保するだけならともかく、攻略するためのアドバンテージには成り得ない。

 現在の仕様を聞く限り、それがまともな人間に踏破できる道でない事は確実だ。前世のせいか、あるいはおかげか、自分が外れている存在という事は確信できても、その領域に至れるのは外れた者の中でも一握りだろう。ましてやダンジョンマスターたちが到達している数百層など意味不明な領域である。アレは本当に人間なのかと疑わしくなるほどだ。

 そこに至ってまだ全知全能とはほど遠いのだから、やはりシステムの自律化自体は間違っていなかったのだろう。


 さて、目的はできたが、ならばどうするか。幸い、冒険者登録にあたってハードルになりそうな家庭環境の問題はクリアしている。これが迷宮都市の標準的な家庭であれば、幼少の身で冒険者になる事は止められるし、保護者の理解なくしては登録すら不可能だ。しかし、今世における両親は社会的落伍者であり、ほとんどディルクに干渉しなかった。金さえ渡せば細かい事は気にしないという分かりやすい俗物だ。親としてはどうかと思うが、自分にとってはありがたい。幼少の身ではあっても、ダンジョンマスターの推薦もあって登録はすんなりできた。

 とはいえ、その後も問題は山積みだ。冒険者の資質として決して前に出るタイプではなく、明らかにサポート特化なディルクのトライアル攻略は困難を極めた。

 いずれ突破できるだろうという手応えはあるから、そこは問題にならない。しかし、更にその先となると無理が生じるのが確信できた。根本的にソロで戦うタイプから掛け離れているのだ。無理やり適性に合わない能力を育てる事も検討したが、それよりは素直に適性を伸ばした上で足りない部分を補うパーティメンバーを用意するほうが無難だろうと判断した。

 トライアルである程度積んだ実績もあったので、メンバーのマッチング自体は苦労しない。最低限必要とする物理前衛という条件も、全体の割合的には多数派だ。トライアル攻略までが前提なら容易に見つかるだろう。

 だが、求めているものは更にその先だ。都度再編するつもりでもいいだろうが、可能ならばそれなりに長い付き合いになるだろうメンバーは早めに見つけたい。理想を挙げるなら、確実に指示を遂行できる駒がいい。資質さえあれば、現時点での能力は問わない。必要なのは自身の右腕としての将来性だ。能力のある操り人形が理想である。


 とはいえ、そんな都合のいい存在はそうそうに見つからない。ダンジョンマスターやギルドを介して紹介される冒険者の中にはいくつか条件が合致する者も多数いたが、どこかで必ず妥協を必要とした。特に冒険者は我が強い者が多いので、その点の問題は大きかった。

 焦る必要はない。正確な時間は分からないが、気が遠くなるような時間をかけて無限回廊が変質しただろう事を考えるなら、数年でどうこうという話ではないのだ。転生システムがちゃんと機能するなら今世でどうにかする必要もない。だからというわけではないが、妥協するという選択肢をとるのは早計のように感じられた。

 在野にいないのならば自分で育てればいいと思い至ったのは何がきっかけだったか。いや、順番としては逆で、セラフィーナとの偶然の邂逅があった事でその考えに至ったのかもしれない。

 どちらが先かはともかく、ディルクが後にセラフィーナと呼ばれるようになる少女と出会ったのはその頃である。


 そう、この時期のセラフィーナはセラフィーナではなかった。

 人格が異なるとかそういった意味ではなく、単純に名前がセラフィーナではなかったのだ。では、元の名前はなんだったのかと聞かれれば回答は存在しない。彼女には名前がなかった。

 虐待に近いネグレクトを受け、住人登録どころか命名すらされずにただ生かされていただけのセラフィーナを見つけたのは本当に偶然だ。

 食うや食わずの生活しかできない外部の人間から見れば迷宮都市の社会基盤は理想郷そのものだが、決して問題がないわけではない。迷宮暦〇〇二五年の今でさえ社会問題は多いのだから、発展途上の当時は問題だらけといえるだろう。自分もそれに近い環境だったし、セラフィーナの境遇は正に社会問題の闇といえた。


 当時、デビュー前で目ぼしい適性持ちの人材を探していたディルクは、対象年齢を同年代にまで下げて独自に調査を行っていた。ダンジョンマスターの伝手と情報局の権限まで利用した調査はグレイに近いブラックだ。あくまで合法的な勧誘をする前提においてのみ許されただけの、犯罪スレスレどころではない法的にアウトな行為である。迷宮都市でも当時だから許された事であって、今では普通に逮捕されるに違いない。もっとも、それならそれで別の手段を使うのがディルクのメンタルであったが。

 そんな調査にセラフィーナが引っかかった。最初の理由こそ未登録の不法滞在という名目ではあったが、棚ぼた式に強烈な才能を掘り当てたのだ。


 幼少の身でありながら、特殊な前世と情報を駆使してすでに収入を得ていたディルクは、彼女を引き取る事にした。名前を付けたのもこの時だ。

 実は、転生者らしいセラフィーナに名前がなかったという事実はかなり奇妙な事だった。転生者がそれがただの呼び名であったとしても、前世の名前は記録に残る。それがないという事は、前世の生涯において名前を持った事がないという事になるわけだ。たとえ文字が存在しない世界からの転生でも、それは近しい音として認識されるらしいのだ。

 迷宮都市に生まれながら名前がないというのはかなり異例の事ではあるが、それが前世持ちの転生者となると天文学的な確率になる。少なくとも迷宮都市では初めての事例だった。


 お互い親はいないも同然、似たような境遇という事実を利用して周囲を上手い事誤魔化した。

 名前を付けて、生活の面倒を見て、自分の望む成長をさせるという育成シミュレーションのような事を始めた。家族を持った経験などないのに、どことなく前世の事を連想する行動だ。

 話しかければ反応する、言われた事はやる、そういったロボットのような少女を自分に都合がいいように上手く調教しようと、倫理観に少々問題のあるディルクは考えた。

 結果としてその調教は上手くいき、立派な狂犬が誕生した。上手くいき過ぎて、奇妙な共依存関係になったが、そこまで問題ではないだろう。

 誕生日プレゼントの代わりにミノタウロスの首……もとい、トライアルダンジョン突破の報告を持ってくるあたり、とても有能な飼い犬だ。本人もすべて理解した上極めて満足しているので、決して問題はないのだ。

 そのあらましをダンジョンマスターに報告したところ、想像していた通り爆笑されたので、いつか復讐しようと心に誓う。



 想像以上に早く冒険者デビューの権利を得たセラフィーナだったが、ディルクとしてはここまで早い展開は想定していなかった。さすがに最年少記録は想定外だ。

 ある程度ものになるまででも多少の時間は必要だろうと成長に合わせて基盤造りに励む気でいたのだ。別に数年単位で急いだところで仕方ないのだから、普通にステップアップすればいいと。

 だからというわけでもないが、直接冒険者になる事はやめ、迷宮都市出身者の大多数がそうするように就学する事にした。どの道スケジュールにある冒険者学校を卒業すればデビューする事になるからと。

 思った以上に高度な教育を施していた迷宮都市だが、それでも特殊な前世持ちであるディルクには物足りないのか、ポンポンと飛び級で教育過程を飛び越えていく。そして、何故かセラフィーナもそれに近しい速度で進級した。ディルクとしてはセラフィーナの速度に合わせるつもりだったのだが、セラフィーナ自身も異様な学習能力を見せてしまった結果だ。そんなわけで、あっという間に通常の教育課程をジャンプして冒険者学校に進学してしまった。

 彼にとっての誤算は大体がセラフィーナの異常性によるものだった。求めていたものを十分以上に果たしての誤算だから、そこまで気にしないが。前世からの経験論として、結果が予想を超えてくるのは良くある事だ。それを組み込んだ上で計画を修正し、更なる結果を補正するのは自分の役割だろう。


 この頃になると、無限回廊の調査以外に冒険者そのものにも注目するようになっていた。自分が就く職業であるのだから当然でもあるが、その在り方について深い理解が必要な段階に達していたのだ。想定外の進級速度が招いた結果だ。

 情報局に所属している以上、それを表に出す事はできずとも迷宮都市で手に入らない情報などほとんどない。市井で語られる冒険者像を含め、様々な観点から冒険者という職業の在り方を調べていく。……その結果、ディルクが冒険者に抱いたものは失望だった。

 ダンジョンマスターの思惑が分かるし否定はしない。一定数……特に最前線で戦う上級冒険者は尊敬に値する人たちだ。しかし、それそのものに憧れや興味を抱けなかった。

 彼らの大多数がやっている事は冒険者という仕事であって冒険ではない。それをしているのは先駆者たるほんの上澄みだけだ。

 その上澄みにしても自分や周囲の事で精一杯で、現在の状況をどうこうする気はない。出来上がった型の中で改善を続ける優等生だ。

 ディルクがそんな感想を抱いたのは、ダンジョンマスターや一部の上級冒険者、あるいはセラフィーナの才能に触れた事からくる落差によるところが大きい。偉大な先駆者が創り出したのは、効率化、安定化した職業構造だった。どこまでいっても予想の範疇から逸脱しない、つまらない箱庭だ。

 自身にそれをどうこうする気はないし、改善する手段もない。ただ単に自分が期待して失望しただけだ。その事に気付いた時、ディルクにとって冒険者という存在はただの手段と成り果てた。


 そこに一陣の風が舞い込んだ。それは正しく箱庭を壊す嵐だった。渡辺綱の姿はディルクの失望を補ってあまりあるものだった。

 アレは先駆者ではない。大衆を導く煽動家でもないし、指導者でもない。リーダーとしての資質も本質ではない。アレこそが冒険者なのだ。そう感じてしまった。

 本人は無自覚だろう。しかし、そんな事は関係なく、彼は迷宮都市を巻き込み巨大な嵐となる。それはやがて迷宮都市を飛び越えて無限回廊さえも超えていくのではないかと思えるほどに、明確な輪郭を持って目の前に現れたのだ。

 唯一の悪意と因果の虜囚の真実を知り、多分にその影響も含まれていると理解しても、その確信は揺るがない。自分の目的は達成されるという予感さえ伴っていた。

 セラフィーナが同級生の邪推に引き摺られて暴走したりもしたが、この本質は憧れだ。簡単に言ってしまえば、自分は渡辺綱のファンなのだ。


 彼と共に進む事は、きっと最良の予想を飛び越えた結果を生むだろう。




-4-




 何故、今更そんな事を思い出したのか。前世の事から含めて、それらは思い出すまでもなく事実であり、新事実もないのに。


[ ……くんっ! ディー君っ! ]


 強化ガラス越しに呼びかけられる声で意識が覚醒する。目を開けばセラフィーナの姿があった。

 ……僕は気を失っていたのか? いくら対ゲルギアル戦の《 宣誓真言 》連発で反動があるとはいえ、こんな大作戦の最中に?

 慌てて時間を確認するが、意識を手放したのは一分にも満たない時間だ。しかし、こんな些細なミスも許されない状況で許されるものではない。ログによれば何もなかったはずだが、一秒の情報遅延が命運を分ける事だってあるだろう。その可能性に至り、治療ポッドの中にあってバイタルが大きく乱れた。


[ ……大丈夫。ごめん、心配かけた ]

[ いきなり処理が止まるからびっくりした ]


 通信越しとはいえ、言葉で反応した事でセラフィーナはある程度安心したらしい。

 そうか、セラにはサブで情報処理をモニターしてもらってたから気付けたのか。ただのモニタリングに過ぎないとはいえ、思わぬところで保険が効いた。


[ 何かあったの? ]

[ いや、何もない。ただ唐突に記憶が蘇って…… ]


 普段は意識的にでも思い出そうとしなければ夢にも見ないような前世の記憶だ。何故、こんなタイミングで蘇るのか。まるで何か外的な要因があったかのような。

 現在、無量の貌攻略戦は順調に進捗している。犠牲は最小限とはいえ、成果も最低限な状況がグレンさんと豪龍の参戦により劇的に改善した。加えて、無量の貌に簒奪され、内部で沈黙していた龍たちが参戦した事で処理すべき情報量が圧倒的に増えたのは間違いない。しかし、その程度の負荷で僕がどうこうなるはずもない。

 たとえ反動でスペックがガタ落ちしてても、それを補助するためにクーゲルシュライバーのポッドを使っているのだ。性能的な不足はないはずだ。

 加えて、現状に僕の前世を想起させるような情報はない。強大な超常が関わっているとはいえ、そのどれもが僕とは縁遠いものだ。

 あんな存在は無限回廊が本来想定していた道筋の延長線上にはない。

 ……あるいは、コレこそが歪みの根本なのだろうか。唯一の悪意が無限回廊を汚染した元凶だとでも?

 そうだとしても、記憶が想起される理由にはならない。何か別の理由があるはずだ。


[ ……渡辺さんが何かしたのかな ]


 何故だか、根拠もなく不意に口にしたそれが正解のように思えた。おそらく、観測している範囲外で渡辺さんが僕の何かに触れたのだろうと。


[ またクラマスー? ]

[ 僕が渡辺さんの名前を出すと決まって不機嫌になるよね、セラ ]

[ そんな事ないしー ]


 そんな事あるだろうに。あまりに露骨で微笑ましいくらい。狂犬と称されるほど苛烈な行動をとる事もあるが、その実彼女のそれはただの嫉妬だ。僕が渡辺さんに注目するのが、取られたようで気に入らないだけなのだ。

 もっとも、彼女としては渡辺さんと張り合うつもりはないらしく、クラン員としてはある程度まっとうに接している。つまり、本当に感情的なもので軽く反発しているだけなのだ。

 変な邪推と吹込みによって暴走した時のアレコレも表面的な理由付けに過ぎない。実際、そんな性的な興味など持っていないし、彼がたとえ女性であったとしてもそれは同じだ。前世ではそんな関係は望むべくもなかったが、僕はノーマルだ。


[ というか、ディー君のほうこそ機嫌悪そう ]

[ ……まあ、それはね ]


 セラに指摘された通り、その自覚はあった。

 こうして状況が進行し、自分に出来るほとんどの事が終わってから思う。果たして自分は最善を尽くしたのだろうかと。

 渡辺さんの《 土蜘蛛 》によるならば、それ以上の最適解はなく、むしろわずかにでも道が逸れていたなら確実に終了となるような戦いで、結果としてこれ以上は望めないだろうというのは分かる。だが、それでも思うのだ。こんな超常の戦い、一切の妥協が許されない戦いにあって、ただ情報を繋ぐだけの役割でしかないという事実に苛立ちを隠し得ない。

 情報が繋がる。想像を絶する戦いの中で、自らの天井を超えて戦う者たちを俯瞰する。それを知覚する度にそう思わされる。

 ポッドの傍らで座るセラは特にそんな事は思っていないだろう。ただ、僕がムカついていると感じてるだけだ。


[ あのおじいちゃん強かったけど、ディー君的にはまだいけたと思う? ]

[ それができれば苦労はなかったよね ]


 ……無理だよ。無理だからムカつくんだ。

 アレはレベルがどうとか、経験がどうとか、そういう次元の相手じゃない。だから自分たち……特にセラが必要だったんだ。反動が必至な力を使えばこうなるのだって当然だ。

 無量の貌を《 看破 》してしまった事で脳を焼かれてスペックを落とした事もそうだ。必須かと言われると疑問だけど、同時に無駄でもなかった。

 考えるほどに、あれ以上の結果はなかった。結果から逆算して割り出された最善の道をひた走ったようなものだから当然ではある。しかし、明確にそこが今の僕の限界と突きつけられもしている。

 僕自身の憤りを無視するなら、戦局は極めて上々。想定通りでも以上でもなく、予測すらできなかったほどに。特に、グレンさんの復帰と戦線参加があまりに大きかった。対無量の貌はすでに攻略済で、あとどれくらい戦果を稼げるかという段階にすら到達している。


 渡辺さんの成している事に嫉妬はしない。それは彼にしかできない事で、彼がやるべき事だから。誰にも代わりはできないし真似もできない。

 しかし、それに巻き込まれて上限を突き抜けた活躍を見せている面々にはひどく嫉妬を覚える。それは冒険者像の進化とも呼べるような大きな変化だ。


[ 悔しい事は認めるし隠す気もないけど、次があるさ ]

[ まだ終わってないけど ]

[ 無量の貌攻略戦はほぼ決着。現時点でも予想の限界を軽く超えた完勝。問題はもう一つのほうだけど……そっちは渡辺さんだしね ]


 渡辺さんが向かったもう一つの盤面は僕の観測範囲外にある。当然どうなったかなど分からない。

 戦略目標はあくまでこの特異点を起点とした因果改変だ。その影にあるという渡辺さんの対存在との戦闘は目標に含まれない。

 しかし、どう楽観的に考えても相手が渡辺さんの対というだけで簡単に終わる気がしない。渡辺綱という存在を見てると、そういった予感は決して裏切らないと確信できる。正と負、両方の面において極端な事になるのが当然と言わんばかりの存在なのだ。

 戦いは発生する。そして、それ自体が目標達成の前提にすらなるような状況になるような気さえする。そもそも、因果の虜囚とやらの本質を見るなら、闘争なくして先に進む事などできないはずなのだから。


 そして、渡辺綱はそれを乗り越えるのだろうとも思っている。

 どう贔屓目に見ても楽観視できる要素はない。得られている情報だけでも戦力差は天地ほどにも違う。渡辺綱得意の格上殺しでさえ、対と呼ばれる者なら同格の性質を持っている可能性が高い。

 しかし、どうしても確信してしまう。渡辺綱はこの戦いを乗り越えると。


 推移は確認できないが、すべてが終わればその旨は伝えてくるだろう。< 地殻穿道 >が舞台なら《 念話 》が届くはずもないが、何かしら伝達手段は用意するはずだ。

 無量の貌攻略戦の共有情報にも動きがあった。どうやってかはさっぱりだけど、ここまで大規模な変化だと、裏に渡辺さんの影があるような気がしてならない。

 あとは、僕たちにできる事などほとんどない。ただ無難に情報共有装置のような役目を終わらせ、結果を待つだけだ。

 そんな事を考えつつ、共有情報を処理していたら予想通り結果が伝えられた。それも、何故かダンジョンマスター経由の報告である。




 ……ほらね。

 なんでダンジョンマスターからなのかとか、意味の分からない部分はあるけれど、それだって今更だ。


 すべてが終わり、世界が巻き戻る直前の事。ポッドの外で寄り添うセラフィーナに目を向けると、彼女は少し不機嫌そうにしていた。


[ まー、ディー君が唯一認めたのがクラマスなわけだし ]


 誰にもできない、渡辺綱しかできない事をやってのけた。その事は僕以外の存在を認めたがらないセラフィーナでも認めざるを得ない。

 因果の虜囚という特殊な存在である事を差し引いても、同じ事を成し遂げるとはっきり言い切れる者などいないのだから。



 でも違うよ、セラ。僕が渡辺綱を認めたんじゃない。僕が渡辺綱に認められたいんだ。




 かくして世界は再び動き出す。

 未知の先にある何かはすでに胎動を始めていた。




今回から本編ですが、前回までの特別編の内容も含んでいるので未読の方はそちらからどうぞ。(*´∀`*)

あと、別作品ぶっ千切ってリターンとして更新している関係から投稿回数も決まっているので、確実に途中で切れますのでご注意。今回含めて最低三回。


というわけで、イニシャルゴールは達成したので先行してリターンを始めているわけですが、引き籠もりヒーロー第2巻書籍化プロジェクトはまだ開催中です。(*´∀`*)

最終的にはこちらにも関わってくるのでご支援よろしくお願いします。


詳しくは下のランキングタグにある「クラウドファンディング準備サイト」などのリンクから。






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(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
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― 新着の感想 ―
やっぱおもろいなぁ。後ちょっとで最新話までいっちゃうよ
[一言] 久しぶりに読んだら渡辺さんが底辺さんに空見してしまった…
[良い点] ついに7章スタート! 始まりの超越者の目的を、唯一の悪意が自分を殺すことに利用してるのか、はたまた別の思惑が絡んでるのか。 [一言] クラファン残り6日間、ソワソワが止まらないかもしれま…
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