特別編『エキシビションマッチ!』
まったく関係ない理由で伸びた特別編も大詰め。(*´∀`*)
今回の投稿も某所で開催した「特別編アンケート敗者復活戦コース」に支援頂いたゆノじさんへのリターン作品になります。ちょっと短め。(*´∀`*)
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地球の話だが、中世において、ギルドと呼ばれる組織は商人が相互扶助を行うために組織されたものらしい。
そこから発展して職業ごとの互助組織へとなり、近代に入るまである種の特権的存在として継続する。違いは多々あるものの、日本の座も似たようなものだ。
小説やゲームでありがちな冒険者だけの組織ではないし、広く門戸が開かれてもいない。どちらかといえば閉鎖的な組織である。
この世界でもギルドは存在している。元々どんな名前だったかは知らないが、今は迷宮都市の影響なのか、外でもギルドという名で呼ばれているらしい。最初に聞いた時は違和感を覚えたが、何回か聞いている内に気にならなくなっていた。
地域によって差はあるものの大陸全土に存在し、職業ごとに互助を行い、権益を守る組織である。最も基本的なものは商人ギルドで、その他農業ギルド、傭兵ギルド、交易ギルドなど、一般庶民が就くような職業なら完備していると思って良い。
それぞれ同種のギルド間である程度国家の枠を越えた繋がりまで持つ巨大な互助組織ではあるものの、中世のギルドほどの特権は持たない。すべての国ではないが、少なくとも王国と帝国では国家による監査が入るようになっているそうだ。それがこの世界におけるギルドである。互助しているかどうかはともかくとして、冒険者ギルドも同じくくりである。
では迷宮都市に存在するギルドはどうなのかと言えば、これもくくりの上では同じものだ。迷宮都市内に限定され、様々な権利を持つものの、職業ごとの互助組織というのは変わりない。同じものに見えないのはシステム的に圧倒的過ぎるだけである。互助以上に公的な支援があると考えても、過剰なサービスといえるだろう。労働者ギルドの下部組織ではハロワみたいな事さえしているくらいだ。それは現代における省庁のようなものかもしれないとも思うが、官公庁は別にあるので難しい。
今更ではあるが、迷宮都市に冒険者ギルドは存在しない。ここで冒険者が所属するのは迷宮ギルドである。イメージが悪いから外との差別化を図ったのか、あるいはダンジョン・アタックが本業だからそれに合わせたのかは知らないが、とにかくそういう名前になっている。
その迷宮ギルドの本部はここ、迷宮区画にあり、いつも俺たちが利用しているギルドが本館である。本部というからには支部もあるが、これは各区画にそれぞれ存在しているらしい。
大体他のギルド本部に間借りしているような小さなところばかりなので、支部というよりはどこかの一部門がフロアの一画にあるという感じだろうか。一応各種手続きはできるものの、どの区画でもとりあえず窓口はありますよ的な扱いでしかない。まあ、転送施設のない他区画に迷宮ギルドの支部を置いたところで何をするんだという話になるだろうから、妥当な規模ではあるのだろう。実際、他業種のギルドなら支部がでかいところもあるらしい。
このギルド本部だが、実は迷宮区画には三つしか存在しない。冒険者が所属する我らが迷宮ギルドと、リリカたち魔術士が所属する魔術士ギルド、そして、闘技場などを運営する拳闘士ギルドだ。
魔術士ギルドはかなり密接に冒険者と連携する組織だからおかしくはないが、もう一つの拳闘士ギルドは冒険者との絡みはほとんどない。イメージ的に似たような印象を受けるかもしれないが、冒険者と冒険者以外の格闘アスリートで明確に分けられているために、まったく別モノと言ってもいい組織になっているのだ。新人戦や交流戦、年末のクラン対抗戦など、闘技場を借りてイベントをやる時なども場所を借りているだけだ。つまり、場所的な問題でここに本部を置いているに過ぎない。
なんせ、所属者の肉体スペックが違う。鍛え上げられたアスリートとはいえ、冒険者に比べれば一般人と大差ないというのが現実だ。尚、格闘技でない他のスポーツ選手が所属するアスリートギルドも存在し、こっちの本部は中央区画に存在する。
迷宮都市では、たとえスポーツや格闘技で頂点に達したとしても最強ではない。冒険者という規格外の上澄みがある以上は、そんな事を言っても鼻で笑われるだけだ。しかし、需要がないのかといえばそういうわけでもない。
一般人にとって冒険者の能力は高過ぎて現実味がなく、遠い存在にしか見えないらしい。規格外の存在を見るのは好きだが、規格外過ぎても現実味がなさ過ぎて興味が薄れてしまう。中級の時点ですでに怪物、上級に至っては何やってるのか理解できないというのが一般的な認識なのだろう。
一応、中級や上級冒険者の戦いを見る機会はあるし、一般公開されている動画も多いが、そういうのは現実のものではなく、ある種アニメ的な見方をしているのだろう。見たいが、自分がなれるわきゃないし、現実味がなさ過ぎてなりたいとも思えないというのが冒険者の立ち位置なのだ。特に上級。
迷宮都市には数多くの人間が暮らしている。冒険者が多いといってもその内の極々少数であり、大半は地球の人間と大差ない普通の人間なのだ。上澄みが物理的限界ごと上限突破しているだけである。
割と短期間で簡単にレベルアップした俺たちには実感が湧きにくい話ではあるが、大多数の人間はLv10ですら超人なのだ。
一応、各種ギルドでもLv5~Lv10までのレベルアップサポートはしているらしいが、それだって上限に到達する人はもちろん、利用する人すら少ないというのが現実である。
以前補習授業の形をした別の何かでダンマスが言ってたが、Lv10までなら魔素を強制注入してレベルアップさせられるというのも、すでにある程度魂の研鑽を積んでいる、トライアルの各層を攻略できるような人間に対しての話であって、大多数はその前に限界に至るらしい。もちろん、そこから努力すればレベルアップはするだろうが、普通の人にそれを求めるのは酷というものだ。外部から移住者を募っているのが基本的に冒険者限定なのも、そこら辺の事情を加味しての事なのだろう。
そんな中で、まだ理解可能な範疇でのショービジネスとして、格闘は存在している。極端に言えば階級分けのようなもので、普通の階級の上に冒険者という階級が別に存在しているのである。
もちろん冒険者がその舞台に上がる事はない。そもそもルールの時点で禁止されている。
「でも、サージェスはプロレスに出てるし、ツナもレスラーの人に勧誘受けてたじゃない?」
「アレはあくまでエキシビションマッチだからな。ランキングにも影響しない」
以前、フィロスと昼飯を食いに来たアスリートキッチン・氈鹿で、ユキと鶏ササミ定食を食しながら話す話題は、この店と少し関係のある一般格闘技業界についての事だった。
闘技場そばという立地もあって、店内で聞こえる話題もスポーツのものばかりだから、そりゃそういう話題にもなろうという話である。
実は、ユキはこの店に来た事があったらしいと知ったのが最近。なら、昼飯はそこにしようかと急遽再訪したのだ。
「いつかの勧誘にしても、副業として登録するだけならアリだからな。今のレベルまでくると公式戦には出れないが、エキシビションマッチには出れる」
スポーツの大会には大抵レベル上限が存在する。その他、特定のスキルを持っていたら駄目とか色々あるのだが、基本的に中級になったら公式戦は軒並みアウトだ。
レベル、スキル、種族、性別などで細かくカテゴリー分けされ、その中で戦っているのである。その中に純冒険者向けのカテゴリーはない。
「エキシビションマッチならやってもいいんだ?」
「当たり前だが、相手側の承諾はいるぞ。お互いにやろうぜって同意がないと成立はしない」
大体相手側から依頼されるケースが多いらしい。冒険者側から提案しても『それはちょっと……』って言われるだろう。基本的な身体能力に差があっても、やれると判断して挑戦するのは自己責任だ。
本人がいいならフェザー級ボクサー対ベンガルタイガーだって成立する。カテゴリー分けは細かいのに、そういう点は緩いのである。
「良く知らないんだけど、格闘技の試合ってみんなそんな感じじゃないの? 挑戦から指名を受けて受諾してって、地球でもそんな感じだったような」
「迷宮都市の場合、トーナメント戦とかリーグ戦で強制的にカードが決まる事も多いみたいだぞ。試合間隔も短い」
「あ、そうか。怪我とかしてもすぐ治せるしね。無茶できるのか」
「ワンデイトーナメントとかもあるらしいな」
彼らは、地球だったら絶対にあり得ないスケジュールで試合を組むのである。一日に何試合もしたという戦後のボクシングよりもハードスケジュールだ。逆に治療禁止の大会もあったりするらしいが。
格闘技だけでなく他のスポーツも同様で、かなり過密スケジュールで試合を組むスポーツも多い。分かりやすく言えば、プロ野球のスケジュールでサッカーやるのは普通に考えれば無茶だろう。そういう無茶なスケジュールなのである。良く知らない人が『プロ野球が年間一〇〇試合以上やってるんだからサッカーもできるんじゃね?』と言えば、サッカーファンから怒られるはずだ。アレはどっちかというとプロ野球のほうがおかしいと思う。
「ちなみに、冒険者がエキシビションマッチに呼ばれるのは大抵総合格闘技かプロレスだ。割合で言うとプロレスが一位」
常識的に考えれば絶対勝てるはずはないのだが、勝てない相手にも果敢に挑むのがレスラーらしい。度胸試しのようなものだろうか。
「なんか理由でも?」
「迷宮都市のプロレスってブックありだからな。演出し易いんじゃないか?」
「そもそも、プロレスってそういうものって認識だったんだけど」
公然とそういう台本があると言っている団体もあったが、地球のプロレスの全部が全部ブックありきではないと思うぞ。
良く言われる、最初は強く当たって後は流れで、なんて、何も決めていないのと一緒だし。
「いや、存在するかどうか分からない選手同士の打ち合わせじゃなく、シナリオブックが売ってるんだ。パンフレット扱いで」
「は?」
興行性を逆手にとった演出である。試合ごとにある程度シナリオが決まっていて、かける技の指定まで存在する。なんなら、試合によっては事前アンケートで技が決まる事さえある。
予め決めた技をかけるのも喰らうのもポイントが定められていて、電光掲示板に得点が表示されるカテゴリーすら存在する。もちろんタイミングはある程度幅があるからアドリブだって多いが、絶対に決めないといけない技が決まってたりもするのだ。
「ショープロレスの場合、選手は予め決まった技を正面から受けないといけないってのが大きいな。耐えきれないと負けだが、それを露骨に回避しても減点だ」
「じゃあ、サージェスのパンツが脱がされたのも演出って事?」
「アレはアドリブらしい。というか、ヒールレスラーはシナリオから逸脱する事がルール的に許されてるんだ。多少なら減点にならない」
「ヒール専用のルールがあるんだ」
決まった枠内で、如何に汚い反則技をするかも見せ所らしい。まったく効かなかったが、パイソン岡田がパンツを脱がせたのもその一環なのだろう。確かに普通なら戦闘不能だ。
「まあ、シナリオが決まってるのは長くても中盤までで、最終的にはなんでもありになるんだけどな。もちろん、最初から最後までなんでもありって試合もあるが、エキシビションマッチは大体ブックありだ」
現役冒険者相手だと、あらかじめ決まったシナリオでないとレスラー側が耐えられない。いくら強力でも、やってくると身構えれば割と耐えられるものなのだ。未知の攻撃への対処が難しいのはどの業界でも一緒である。
「ツナが前に出たやつも?」
「あったぞ。お互いブック無視の反則合戦になったが」
「何やってるんだよ」
度が過ぎるとストップがかかるものの、反則に対しては反則で返していいのだ。減点の対象にすらならない。あの時はヒールレスラーのパイソン岡田が相手だったから、どうしてもそういう展開になってしまう。
何故かパイソン岡田さんにはウケが良くてマスクもらったけど。
「動画はあるから後で見せてやろう」
「ま、まあ、時間があったら見ておくよ」
ぶっちゃけ、ルールやレスラーの情報を知ってる上でないと何やってるのか分かり難い部分も多いから解説したほうがいいだろうな。
「別に、お前が出たっていいんだぞ。依頼はあるんじゃないのか?」
「あんまり冒険者関係ない仕事はちょっとね。人前で何かするのって向いてる気がしない」
そうだろうか。本人の趣味はともかくとして、新人戦の時も緊張した様子はなかったし、向いてないって事はない気がするんだが。
まあ、仕事選んでいいのは冒険者の特権みたいなものだからな。芸能人やスポーツ選手と違って人気がなくても本業は務まる。
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というわけで、奇跡的にユキと俺の時間が空いたのでプロレス鑑賞をする事になった。どうせならでかい画面でとリビングを陣取っての鑑賞会だ。
画面のデカさだけならガルドのいる庭のほうが大きいが、ティリアもガルドも揃って留守の中、テレビ貸してとは言いにくいし。
「なんで、こういう時に限って他に人がいないのか」
「なんだかんだでウチの連中忙しいからな」
多分一番忙しいのは俺だが、多忙な連中が多い。どう考えても暇じゃないかって奴も、プライベートでは色々あるのだ。年中暇そうなガルドやパンダでさえいない事はある。
どうしても頭数が必要なら居候のパンダを連れてくる事も可能だが、敢えて呼ぶようなものでもないだろう。
「実はさっき知ったんだが、この前俺とサージェスが出た試合の再放送が夜にやるらしい」
「本放送すら知らなかったよ」
「本放送というか、買い切りの有料放送だったからな。今回はプロレスの専門チャンネルで放送されるらしいぞ」
「評判が良かったとか?」
「良いかどうかは判断が難しいが、話題にはなったな。俺の試合もサージェスのも」
こういったエキシビションマッチはあまり番組枠をとって放送するという事がないらしい。サージェスがパンツ破かれた試合も雑誌特典限定だし、専用の動画サイトでも単品で金を払わないと見れない。
「というわけだから、復習がてら前にククルが編集してたサージェスとパイソンの試合から見てみるか」
「パンツ破られた試合でしょ?」
「パンツ破られる以外にも見せ場はあるからな」
アレは極めて無意味な反則だった。わざわざ減点までされて相手をパワーアップさせてしまうのだから。
『ふふふ、パンツが破れてしまっては恥ずかしくて試合続行出来まい。この試合、私の勝ちだ』
『おおっと、覆面戦士ラージェス選手のパンツが破けてしまったー!』
『反則スレスレですね。なんて卑怯な技なんでしょうか』
いつか、間違えて流されてしまった場面まで来る。いきなりだと茶を噴きそうになるが、流れを見るとああサージェスだなと納得してしまう展開だ。
尚、これは購入用の動画ではなくオリジナルの動画素材である。だから、モザイクもないというあまり嬉しくない仕様だ。
「この時、破かれたのがパンツじゃなくてマスクだったらパイソン岡田の勝ちだったんだ。ヒールはブックの逸脱が許されている分、マスクを脱がされてはいけないというルールがあるからな」
「サージェスもヒール側なんだ……」
ヒール対ヒールの仁義なき戦いである。実は俺も登録上はヒールだ。
覆面イコールヒールというわけではないが、ヒールレスラーは基本覆面しているからな。悪役は正体を見せてはいけないという事なのかもしれない。覆面戦士ラージェスの場合は、中身が出禁だから余計だ。
『パンツを失った覆面戦士ラージェスに対して、クロッチ・クラッチ・スープレックスだあーーっ!!』
『思わずヒュンヒュンしますね』
ポールに登ったサージェスから放たれた変則シャイニングウィザードに耐え、次にパイソンが繰り出したのは、むき出しの股間部へ向けての急所攻撃である。金玉を掴まれたサージェスは悶絶するが、それが逆効果である事は視聴者の俺たちには良く分かっている。超ヒュンヒュンする。そこら辺、ユキさんがどう思うか聞いてみたい気もするが、ちょっと怖い。
「この技はブックにないアドリブだから、ボードの得点はサージェス側しか加算されてないだろ?」
「あー、さっきの蹴り技の時は両方増えてたよね。なるほど、シナリオが決まってる中で予定にない技が来たら不意もつかれるか」
「この場合はワザと喰らってる気がしてならないが」
「だよね」
急所投げを見ても、割と慣れてるユキさんは素の反応である。
分かりやすく言えば、耐えられると思えば技は喰らったほうが得点上は有利になるのだ。もちろん、ダメージが蓄積してダウンしたら減点だし、スリーカウントとられれば負けである。
ポイントで大差ついててもKOすればいいボクシングと一緒で、この得点が使われるのは基本的に全ラウンド勝負付かずの判定がほとんどだ。一応、試合途中の判定も存在はするが、よほど悪質でない限りはレフェリーの判断に委ねられる。
「でも、冒険者なら大抵の技は初見でも耐えられそうな気が。刃物とか魔術ってわけでもないし」
「そうだな。だからエキシビションマッチでは冒険者側は基本的に全部受けて立つっていう暗黙の了解がある」
俺だったら急所攻撃は避けるが。さすがにあんな技は喰らいたくない。
その後、無駄に股間アピールしながら繰り出される技に、とうとうパイソンがダウン。ダメ押しのスープレックスがトドメとなって覆面戦士ラージェスの勝利となった。
『いや、驚きました。まさかあんな手を使ってくるとは……』
勝利者へのインタビューでも覆面戦士ラージェスは一切股間を隠さない。俺たちにはいつもの事だが、プロレス番組としては前代未聞だろう。カメラの位置に合わせて絶妙にポジショニングするのは間違いなく確信犯だ。
「この試合で負けたパイソンがリベンジマッチを挑んで、その前哨戦が俺とアナコンダ山本の試合になったわけだ。それがこの後再放送する番組な」
「なんて無茶な」
勝敗以上に色々なものを失いそうな相手に対して果敢にも挑むのだ。半分以上は話題性重視なネタ試合だと思うけど。
「ちなみにこの試合は前座で、この後に行われたメインイベントはジャスティス・ウイングのタイトルマッチだ。俺たちがエキシビションマッチをやる時の窓口になってる< レスラーズ >のクラマスだな」
「この鳥の覆面の人? 名前からしてヒールじゃないよね?」
「いや、鳥人だから、これは素顔だ」
良く見れば分かるが、メイクを除けば普通に人間の顔しているのである。ガウルたちのような獣に近い獣人ではなく、猫耳のように一部獣な多数派のほうだ。
運営者側に回ると引退する事も多いらしいが、彼はまだ現役だ。実はプロレス界では長老に近いベテランである。鳥の特性持ちでプロレスとか不利ってレベルじゃない気もするのだが、彼はそんな不利を物ともせずに活躍を続ける。脆いのか、骨折もしょっちゅうらしい。
決めワザはジャスティス・ダイブ。特にスキルというわけではない普通の技だが、手の出しにくい空中からの攻撃は地を這うレスラーには対処が厳しいだろう。防御力を捨て、機動力で立ち回るタイプだ。ルール上、技は喰らう必要があるのでそこまで意味はないのだが、パフォーマンスとしては面白い。
ジャスティス・ウイングはこの試合に勝ち、五期ぶり三度目のタイトルを獲得するのだ。現在もタイトル保持者である。
「なんというか、技喰らってるところを見ると不安になる人だよね。ボクの戦い方に似てるから余計に」
「お前は避けるからな」
ユキの戦い方は明らかにプロレス向きではない。一つの技の応酬で一対一のダメージ交換をするわけではなく、避けて攻撃を積み重ねて一方的にダメージ蓄積するからだ。
しかし、そんなユキさんが相手の土俵で戦っても余裕で勝ててしまうのが、アスリートたるレスラーたちと冒険者の差なのである。
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そんなわけで、いい感じに時間も潰れたところで、再放送の時間となった。ユキもさすがに諦めたのか、飲み物とお菓子まで用意しての鑑賞体勢である。
放送内容は前座として俺VSアナコンダ山本、メインイベントはサージェスVSパイソン岡田のリベンジマッチで、どちらもエキシビションマッチという構成だ。
『今回の前哨戦は去年度の新人王を獲得したアナコンダ山本と、謎の覆面レスラーザ・ロープとのエキシビションマッチです。実況は私ノガード、解説はこの為に駆けつけてくれたゴブタロウさんです』
『最近忙しかったから、プロレスも久々だね』
『またまた、先輩はいつも忙しいじゃないですか』
「何故ゴブタロウさんが……」
「俺も良く分からんが、テレビ業界全般に伝手があるみたいなんだよな。俺の試合を狙ったかどうかは分からんが、割と見かけるらしい」
なんか、奇しくもいつかの解説番組と似たような組み合わせになってしまった。解説が一人足りないし、おっさんやブリーフさんも出てこないが。
『冒険者とのエキシビションマッチともなると、やはり解説は本業の方に限りますからね。その点ギルド職員幹部な先輩なら、冒険者の知らないような事情まで網羅してそうですし』
『まあ、今回出場するザ・ロープは個人的にも知ってるから色々語れるね。彼も忙しいはずなんだけどね』
『この試合に至る経緯で色々あったとは聞いてますが』
『彼のアンチスレが荒れたらしい。冒険者のスレには時々現れるんだけど、格闘技やスポーツと違ってどうしても情報が少なくなるから、騒がれてても実は大した事ないんじゃないかってね』
「そうなの?」
「ああ、このクソ忙しい時期にアナコンダが煽って来たから、大人しくさせるために出場したんだ」
「煽ったのは対戦者なんだ」
このアナコンダ山本、新人だからか、プロレスラーの気質故か、忙しくてマッチメイクできない俺を名指しで挑発しに来たのである。わざわざアンチスレまで来て、無数のアンチを呼び寄せた上での所業だ。
そもそも冒険者はメディア露出少なくともまったく問題ないのだが、そこら辺が分からないのか、分からないフリをしているのか、とにかく自信がないから逃げたのだと言い出したのである。
多分、そこら辺のノリも込みで演出なんだろうと思うが、基本的に無関係な業界に迷惑をかけないで欲しいものだ。気になるから対応せざるを得ない。
『実際のところどうなんでしょう? 彼は冒険者の業界でも、かなり噂になっているはずですが。いや、正体不明な謎のレスラーではあるんですが』
『彼とは戦いたくないって言うのは、冒険者でも結構いるね。単純に強いのもあるけど、何されるのか分からない怖さがあるし』
『何されるか分からないというと、この後のメインイベントを担当する覆面戦士ラージェスのような……』
『方向性は違うけど、覆面戦士ラージェスの親玉みたいなものって考えれば分かりやすいかな』
『なるほど、それは確かに怖い』
「一緒にすんなと言いたい」
「まあまあ、間違ってはいないし」
ゴブタロウさんのミスリードを狙ったような解説はワザとなんだろうな。親玉というのは間違ってないからタチが悪い。
『そんな凶悪な冒険者に正面から挑んでしまったアナコンダですが、彼は今年デビューした新人で、黄金世代とも呼ばれる中で新人王を獲得した要注目のレスラーです』
『度胸は間違いなく一流だね』
普段いい人なのにヒールを演じているパイソンと違い、彼の場合は普段から尊大だ。全部が全部じゃないだろうが、正直どこまで本気なのか掴めないところはある。
『それでは試合開始前にブックの確認をしておきましょう。ザ・ロープの用意したシナリオは、一見派手でダメージの少ない打撃技が主ですね。一方、アナコンダのブックには、ズラリと絞め技、関節技が並んでます』
『対冒険者相手だとこうなるって見本のようなラインナップだね』
解説に合わせて画面上に技のリストが表示される。シナリオブックで見れば、簡単な技の解説付きで網羅されているはずだ。
アナコンダ山本のリストは、正しくちょっとだけ冒険者の対策を研究してきましたと言わんばかりの内容である。おそらく有効と言われた前例に合わせたのだろう。
「チッタさん相手にも通用してたみたいだけど、格闘界でも冒険者に組み技って割と鉄板だったりするの?」
「猫耳は知らなかったみたいだし、意外と知らない奴も多いが、格闘界だと常識みたいだな。対策を検討したら当然出てくる回答ではあるんだが、普通ならそこに至るまでが厳しい」
「冒険者相手だとそもそも組む事も厳しいけど、プロレスならほぼ確実に受けてくれると」
「それが、プロレスでエキシビションマッチが成立する事の多い理由なんだろうな」
相手の攻撃を受ける事前提なルールである以上、技をかける方法は考慮する必要がない。対猫耳戦がそんなルールだったらもうちょっと楽だったのに。
『そんな彼の得意技はアナコンダ・ホールドと命名された変則式コブラツイストです。組み技が唯一の突破口となる対冒険者戦で、これを活かす事ができるのかっ!?』
『ルール上、組んではもらえると思うけど、どうだろうね』
『実際、どうなんでしょう? 冒険者が組み技に弱いという話ですが、どの程度信用してもいいものなんでしょうか』
『弱いというか、そこしか付け入るところがないっていうのが正解かな。でも、その理屈が通じるのは下級か、中級以上でも前衛以外を専門とする冒険者だね。残念ながら、彼は中級でゴリゴリの前衛だ』
『では、通用しないと?』
『普通にパフォーマンスありきなら無対策で喰らってくれるかもしれないけど、今回はね……』
『試合前に頂いたザ・ロープからのコメントでは、今日は分からせプレイだ。おしおきしてやる、との事。果たして、アナコンダ山本は分からせられてしまうのかっっ!?』
「というか、ツナは対策してるよね? 組み技」
「まあな。猫耳が出来てなかったのだって、純前衛じゃないってのも大きいだろうし」
対策が必要って時点で、そこが弱点で突破口なのは否定するつもりはないが、そのまま放置するはずもないのである。
ギリギリの死闘の中に組み込む……たとえば、ガウルがリグレスさんと戦った時のように不意打ち気味に使うならともかく、やってくると分かっているならどうとでもなる。俺だけじゃなく、中級でもそれなりに経験のある前衛ならまず通用しない。実況が言っていたアナコンダ・ホールドだって、別にスキルでもなんでもないただの変則コブラツイストだし。
『それでは選手入場! 先にリングインしたのは新人王アナコンダ山本! その邪悪なマスクは今日も健在だっ!!』
その姿は挫折を知らない、俺が最強だと言わんばかりの堂々とした姿である。
パイソン曰く、冒険者でもテレビに出てくるような一部以外は実は大した事なかったりして、とか言ってたそうだ。実は、その業界しか知らない奴だったりすると良くある話らしい。
『続いて反対のコーナーから入場するのは謎の覆面レスラーザ・ロープッ! 今日は一体どんな出で立ちなの……か? これはパンダだっ!? なぜかマスクの代わりにパンダの被り物を着ての入場だあっ!!』
『頭だけパンダだと妙に怖いね』
間抜けなパンダ顔も、首から下がマッチョマンだと急に不気味な印象になる。今回は恐怖演出のために用意したのだ。
「なんでパンダ?」
「手元にあった表情分からない系の被り物がアレだったんだ」
俺のトラウマになってる相手もパンダが多いし、なら使ってしまえって事である。尚、既製品ではなく、何故か同志Aさんからの贈呈品である。元々の利用目的は知らない。
ちなみに、脱がされた時の事を考えて被り物の下にはちゃんとパイソンマスクも装着した二重構造になっている。
『試合開始のゴングが鳴りましたっ! おおっと、ザ・ロープが奇妙な動きを見せている!?』
『カポエラ……かな?』
『前回のエキシビションマッチでは見かけませんでしたが、本業のほうでも使ってるんでしょうか』
『聞いた事はないんだけど』
俺の中で、パンダといえばカポエラなのだ。未だトラウマの一つとして精神を追い詰めてくる憎い奴である。
ユキは特に反応する事もなく、俺ならカポエラくらい使ってもおかしくないと言いそうな表情で菓子を摘んでいた。
『間合いが掴みにくそうなザ・ロープに対し、アナコンダ山本が仕掛ける! っと、掴みましたっ!! このまま得意の組み技に……あああっ! なんとここでザ・ロープの毒霧! まさかの開幕から反則技だ!』
そして、そこから続くあまりな展開にユキがお茶を噴き出しそうになった。
「ちょ、いくらなんでもいきなり反則技はないでしょ! カポエラはどこいったのさ」
「すまんが、ザ・ロープはヒールレスラーなんだ。減点など気にしない」
実はカポエラの動きもちょっと練習しただけで体得はしていない。どんな技があるのかすらあやふやだ。
毒霧をモロに喰らい、悶絶するアナコンダ山本。かなり強烈な刺激物なので、実は含んでいた口の中も痛かったのだ。そんなものをいきなり顔面に噴き掛けられたらたまらない。
転がるアナコンダを足蹴にするザ・ロープ。もちろん手加減はしているが、普通に痛いはずである。ヒール剥き出しのダーティプレイである。
『おおっと、さすがに目に余ったのかレフェリーから仕切り直しの指示。ザ・ロープは不愉快そうだ!』
『パンダの被り物だけどね』
毒霧の染みのせいでパンダがいい感じに凶悪なツラになっているのである。
『仕切り直して……今度はザ・ロープが挑発! 喰らってやるから技をかけてこいというジャスチャーです! アナコンダは警戒しつつも……行った! これは新人王の決勝リーグで猛威を振るった飛びつき式腕ひしぎだ!』
『さっそく答えが見れそうだね』
『ザ・ロープの左腕に組み付き、極めに入るアナコンダ! しかし、一切の反応がないっ!!』
「だよね。やれるなら、HP操作すればいいだけだし」
HP操作は単に障壁の厚みを操作するだけの技術ではない。ある程度慣れてしまえば体内に反映させて、関節を保護する事も可能なのだ。
中級以上の冒険者……特に前衛なら、HP操作という言葉を知らずとも無意識の内にやっている事もある程度の技術である。つまり、来ると分かってる関節技などどうとでもなるのだ。
『一切効いてないのかっ!? ザ・ロープ、アナコンダに腕を掴ませたままリング端のポールに登るっ! そしてそのままムーンサルト! 高高度からアナコンダをマットに叩き付けたぁっ!! これは堪らない!』
『あのまま掴み続けてたら芽はあったかもしれないけど、離したね』
『ああ、ザ・ロープ! 転がるアナコンダに追い打ちだっ!! キック! キック! ストンピングの連打!!』
「なんかこのまま決まりそうじゃない?」
「ああ見えて手加減してるからな」
『起き上がれないアナコンダの首を掴んで無理矢理ロープへ! 更なる追撃が始まってしまうのかっ!?』
――Action Skill《 瞬装 - パイプ椅子 》――
『おおっとっ!! ザ・ロープ、いつの間にか手にしたパイプ椅子で、動けないアナコンダへ凶器攻撃!』
『これはアクションスキル使ってるね』
『本エキシビションマッチではアクションスキルの使用は明確に反則行為です! これはとんでもない減点だぞ!』
「……手加減?」
「手加減」
当たり前だが、反則だって知っててやっているのだ。だって、普通にダメージ与えるつもりなら他にいくらでも手はあるし。
『さすがに見かねたのか、レフェリーが厳重注意だ。低姿勢で大人しくパイプ椅子を渡すザ・ロープの態度が白々しいというレベルじゃない!?』
『どう見ても確信犯だしね、というかこれで終わる気がしないんだけど』
――Action Skill《 瞬装 - 釘バット 》――
『ああっ!? ザ・ロープ! レフェリーが椅子を片付けにリングを降りた瞬間、今度は釘バットだ! 汚いっ!! 卑怯極まる反則行為です!』
『痛そうだね、アナコンダ君。滅多打ちだよ』
「ツナ、あのさ……」
「みなまで言うな、ユキさん。分かってる」
反則のオンパレードである。
『しかも今度はレフェリーが近づく前にバットを隠してしまった!! あまりに白々し過ぎて、ブーイングが鳴り止みません!』
自分の事ながら、こうして映像で見ててもムカつくオーバーリアクションである。
『ああっ!? ようやく大人しくなったと思いきや、ザ・ロープ、今度は注意を促したレフェリーに自らの被り物を被せてリングに放り出した! すかさずそのままアナコンダに逆エビ固めだぁ!!』
『清々しいまでの反則っぷりだね。伝説に残るよ、コレは』
『キレた! とうとうレフェリーがキレた! 遂に自らハンマーで終了のゴングを鳴らしていますっ!! ザ・ロープの反則負けだっっ!!』
ゴングを聞いて、如何にもキレ芸ですって素振りでアナコンダをリング外へと放り出すザ・ロープ。自らは悠々自適にリングを降りて、回収したパンダ頭を被り、会場を去っていく。会場のブーイングは頂点に達しようとしていた。
そんな中、勇気あるレポーターがザ・ロープにマイクを突きつける。アナコンダが担架で運ばれてしまったから、勝者インタビューができない代わりだろう。
『パンダ』
しかし、ザ・ロープはその謎の一言を残すと、颯爽と会場から去っていった。残されたレポーターはあまりの意味不明さに茫然自失だ。
「……これはひどい」
テレビの前のユキさんも呆れた表情である。俺もそう思うから同感だ。
-4-
『き、気を取り直して行きましょう。とんだ惨劇があったような気がしましたが、次はメインイベント! パイソン岡田と覆面戦士ラージェスのエキシビションマッチ! 果たしてパイソンはリベンジを果たす事ができるのかっ!?』
さすがのベテラン実況もスムーズな切り替えは難しかったらしいが、無理矢理話題を次の試合へと移行した。しかし、次の試合は次の試合で、存在自体が核弾頭のような奴が出場してしまう。
『えー、前回のパイソン岡田対覆面戦士ラージェスの死闘は記憶に新しいですが、今回のエキシビションマッチはなんとパイソン岡田から提案したもののようです』
『何が悲しくて、あんなのと再戦を望むんだろうね』
『前回が、掟破りのパンツ破りでそこそこいい手応えがあったからじゃないでしょうか。しかし、試合前に覆面戦士ラージェスから頂いたコメントによれば、前回のような手は通用しない、我に秘策アリ。との事ですが……』
『使い回しのネタは許さないという事じゃないかな』
「なんか、もう予想付いたんだけど……」
「それは俺たちだからつく予想だ」
普通の観客はサージェスが何をやらかすかなんて想像がつかない。除夜の鐘イベントだって有料チャンネルの放送だし。
『さて、選手入場……おおっとっ!! 覆面戦士ラージェス、なんとっ!! なんとノーパンでの入場だっ!! あまりに堂々とした入場に会場がざわついておりますっ!!』
『確かにコレは脱がせようがない。破かれる心配をするなら最初から脱いでおけばいいという事だね』
『生放送ならここで没収試合ですね』
言っている事は分かるが意味不明である。サージェスという存在を抜きで考えれば、ダメージ受ける前に自爆しておくと言っているのに等しいのだ。そもそも、パンツを破かれたところでダメージなどなかったのだが。
『決まったーーーっ!! 覆面戦士ラージェスのそびえ立つジャーマンスープレックスだあっ!!』
『字面的に、間違っているように見えて間違ってないのがすごい』
まあ、結果としてパイソン岡田のリベンジは成らず、リング上に肉の巨塔がそびえ立つ問題映像が放送されてしまったわけだ。つくづく、生放送できない奴だな。
とはいえ、こちらのメインイベントのほうは曲りなりにもプロレスとして試合が成立している。前座がひど過ぎた事もあって、許されている感も……ねーな。
「結局、ツナはなんであんな反則まみれの試合したの? 忙しいところに挑発受けてムカついたからってだけじゃないよね?」
「実は極秘裏にパイソンから依頼を受けててな。アナコンダの増長が激しいから、痛い目見せてやってくれと」
「それであんな事に……」
尤も、パイソンもアレはやり過ぎだと思ったのか、後日苦言のようなものをもらった。依頼したのは自分でも、アナコンダは一応後輩なのだ。
アンチスレに出没してた意味不明な事で罵倒してくる連中が大人しくなったから、俺としては上々な結果だったといえる。試合には負けたが、アレを見て無駄に煽ってくる奴はよほど勇気がある奴だけだろう。
代わりに、別のところから苦情のような何かはメールで届いた。ご丁寧にも動画メールで送られてきたそれは、いつかのグラサンカポエラパンダだった。
『パンダ!』
ジェスチャーから怒っているぞという態度は伝わってきたが、相変わらず何を言っているのか分からなかった。
俺はそっとメーラーを閉じた。
分からせプレイをされたアナコンダ山本を尻目に、特別編は次回で最後。(*´∀`*)
トリは同じくゆノじさんのリクエストで四神練武・Dとなります。
あの時、優勝したDチームは一体どんな作戦を行使したのか。