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特別編『蛮族王ツナ』

書籍作業がある程度片付いたので特別編の再開です。(*´∀`*)

今回の投稿は某所で開催した「特別編アンケート敗者復活戦コース」に支援頂いたトムさんへのリターン作品になります。(*´∀`*)

元は「平行世界の長」でタイトル変わってるので注意。




 いきなりな話だが、俺には前世の記憶がある。日本という国で生きていた、渡辺綱という名の男の記憶だ。こんな名前だが別に平安時代の武将ではなく、同じ名前を付けられただけの現代人である。

 かつての自分が持っていた宗教感は極一般的な日本人のもので、熱心な仏教徒というわけでもなかったし、特別に輪廻転生を信じていたわけでもなかった。

 なのに、転生を題材にしたネット小説のように転生トラックに轢かれたわけでも、誰かに召喚されたわけでも、神様のミスで死んだわけでもなく、気付いたら地球とは異なるこの世界に生まれていた。……もとい、この世界の俺が前世の記憶を思い出した。詳細な時期は分からないが、大体五歳くらいの事だ。そもそも死んだのかどうかすら定かではなく、何かの間違いでこの体に渡辺綱の記憶が流入しただけで、本当の俺は普通に生活しているという可能性もある。

 仏教で言うところの転生と同じものという気はまったくしないが、普通に考えるなら元の渡辺綱は死んで、今の体に転生したのだろう。なんせ、この世界は俺以外にも転生者がいる。一人や二人ではなく、俺がこれまで過ごしてきた極小さな山奥の村ですら数人はいるくらいだ。珍しくはあっても希少というほどではない、そんな存在なのだ。


 俺はこの世界の事をほとんど知らない。月はないし、夜空には見慣れぬ星座が瞬いているが、遥か未来の地球という可能性は捨てきれない。ただ、それを確かめる術も意味もなかった。

 それを確かめるには、俺が生まれ育った村はあまりに孤立している。険しい山のど真ん中に隠れるようにして存在する村。外部との交流といえばせいぜい半年に一度くらいのペースで訪れる商人と徴税官くらい。徴兵で男が連れていかれたり女が売られていく事はあっても、それはただ出ていくだけで戻ってくる者はいない。死んだのか、外で暮らしているのかすら分からないのである。

 一応、山を下りた先には街があるらしいし、少し離れれば領の中心にあたる領都もあるそうだが、場所や距離などはさっぱりだ。というか、領主がいる以上はちゃんとした国家ではあるんだろうが、国の名前すら知らない有様である。俺だけでなく、村の誰もがそういった常識的な事を知らないで生きている。こんなんで、村を出てやっていけるはずもない。

 もっとも、村でやっていけているのかと聞かれればかなり返答には困る。俺が村で一番栄養状態がいいのは確かだが、それは村長っぽい家の息子だからとか村が裕福だからではなく、野生の獣や、時にはモンスターさえうろつく山中に出て食料調達をしているのが俺だからだ。


 ウチの村はとてつもない圧政の中にある。なんせ畑を耕しても収穫物はほとんど税として持っていかれる。正確なところは把握していないが、軽く計算してみたところほとんど九公一民という税率だ。意味不明過ぎて、もはや殺そうとしているとしか思えない。

 そもそも村として存続させている必要性があるのかすら分からない。作っているのも謎の不味い蕎麦もどきと更に謎な救荒作物で、山の中でも育つという事以外はメリットのない代物なのだが、それなら普通に平地を開墾させたほうがよっぽど有意義である。何故にこんな山の中に押し込めて安そうな作物を作らせて九割も徴収しているのかさっぱり理解できない。以前、商人の話を聞いた限りでは、パンのようなものもあるらしいのに。

 いくらこれらの謎植物に栄養があるからといっても、例外として黙認されている裏作と隠し畑がなければ、俺が生まれる以前に破綻していただろう。


 そんな万年食料危機なウチの村で、不作にも関わらず、ここ数年餓死者が少ないのは俺の調達してきた食い物のおかげといっても過言ではない。もっとも、山で狩りをする許可はもらってないので密猟ではあるのだが、そんな事は知ったこっちゃないのである。どうせ咎める者はいないし、そもそも山道から外れる者だっていない。

 時たま訪れる商人の話を聞く限り、獣道のような道でさえこの山では貴重な安全圏なのだという。単純に地形の問題で危険というのもあるが、道を外れた途端に猛獣やモンスターに遭遇する確率が跳ね上がるのである。山道でもエンカウントしないわけでない。

 戦ってみれば鹿だろうが熊だろうがゴブリンだろうが謎の食人植物だろうが勝てない事はないのだが、危ないというのは同意だ。実際、ウチの村でも俺以外は奥に行こうとしない。


 俺がいなければ早々に破綻する食料事情なのだが、村の連中はやたらと偉そうに俺へ命令だけして引き籠もっている。集めた食料が少なければ文句を言い、多くても文句を言う。食い切れないほどの量を確保でもしない限りは似たような反応だろう。しかし、いくら集めても俺の取り分は大して変わらず、何もしない親や兄貴のほうが取り分が多いという悲惨な状況だ。向こうの言い分では、どうせ狩りの途中で食ってるんだろというのが理由なのだが、ならば隠し倉庫に食料を備蓄しても構わんだろう。

 良くもまあ、相手が三男だからという理由だけで、村の身長ランキングを独走している俺に対して居丈高に振る舞えるものだと思う。測った事はないが、多分すでに前世の身長を超えてるぞ。なんで、こんな食料事情でこんなに伸びんねん。前世のほうがよっぽどいいもの食っていたというのに。


 多分、生きていくだけなら一人で山の中を駆け巡って自給自足したほうがよっぽど楽だ。冷遇ばかりする生まれ故郷に愛着もないし、誰にも感謝されずに要求だけされる中、義務感だけで食料調達を続けるのは限界が近い。たとえその結果、村人が大量に餓死するとしてもだ。共食いが始まるのが嫌で頑張っていた部分もあるが、そろそろ限界である。村人同士で勝手に食い合えばいいのだ。


 そんな俺もそろそろ十三歳だ。正確なところは分からないが、多分それくらいのはずである。そろそろ、真剣に将来を考えるべきだろう。とりあえず、このまま村に奉仕し続けるというルートはない。

 今の生活を続けないという前提でも、俺がとれる道はいくつかある。山で野生化してもいいし、自給自足できる俺なら村を飛び出して別の街に行くにしても野垂れ死にはしないだろう。そういう自立のために必要な備蓄も貯まってきた。ボロボロだが鉄の剣もあるから、ゴブリン程度ならどうとでもなる。

 村を捨てる決心をすべきだ。この付近は無計画な密猟のせいで死の土地と化しつつあるし、新天地に向かいたいところだ。できれば平地。次の冬を超えて、野宿もやりやすくなったあたりが決行時期だな。


 ……と、その時の俺はそんな事を考えていた。予定が現実になる事はなかったのだが。




-1-




「……なんでやねん」


 俺は何故か大量のオークに囲まれていた。そいつらは俺に対して傅いている。意識を失う前まで死闘を繰り広げていたはずなのだが、起きたらこんな事になっていた。

 こいつらが俺の……というか人類の敵である事は明白だ。さっきまで問答無用で戦っていたのだから当然だが、そういうものだというのは良く知っている。文明の欠片も見当たらない山奥の村でもモンスターがどういうものかくらいは教えてもらえるのだ。モンスターと呼ばれる連中はどいつもこいつも無条件で人間に襲いかかる敵対種であり、共存どころか交流さえ不可能。それが人類の認識で、実際これまで何度も戦ったゴブリンはその認識を裏付けるような存在だったのだ。こいつらオーク軍団にしても、対話の余地はなかったはずだ。


 だから戦う決意をした。普通に考えるなら逃げればいいのに、そのまま放置したら村が消滅するだろうからと、最後の奉仕のつもりで戦ったのだ。

 尚、準備の最中に村でその事を告げても連中は信じなかったので、地の利を活かした一人ゲリラ戦である。ゴブリンから貰った鉄の剣と、愛用の棍棒と、その他諸々のトラップ群を手にオークを迎え撃った。

 奴らが一時的な拠点に使用していた洞窟で人為的に崩落事故を起こしたり、山の上から岩石落としをしたり、吊り橋を落としたりと、多彩なトラップで敵を仕留め、撃ち漏らしたのは一匹ずつこの手で殺した。

 鬼神の如き奮闘で殺害したオークは最低でも三桁以上だ。そんな戦いを一週間ほど続けた頃、オークの標的に認定されたのか、進軍は一時中断。俺を狙って山狩りを始めた。

 オークがどれほど強いのかは良く分からないが、縦横無尽に暴れ回る俺の敵ではなかった。しかし、オークの中にいたリーダーらしき奴、名前は分からないので俺は"派手なオーク"と呼んでいるのだが、こいつがべらぼうに強い。未開の地に住む原住民が着けているような大きな羽根飾り、褌姿で鎧すら着ていないのに、酷くアンバランスな装飾の兜だけを被っている。俺がリーダーだ、と誇示する為の格好なのだろう。見た目に分り易くて良い。

 そいつの指揮の元、とうとう包囲された。十重二十重に渡るような突破不可能な包囲網だ。どうせ死ぬならと、俺は一匹でも多く道連れにしてやろうと暴れまわった。転がってた倒木をそのまま振り回す勢いで、ついでに瀕死のオークとかも振り回して暴れ回った。

 絶体絶命。本来であれば、どうあがいても俺の死亡は確定だったのだが、何故かここから次の日の朝まで記憶が飛んで、今に至る。な? 意味分からんやろ。


 回想を終えて、再度周りを見渡していても状況は変わらなかった。オークたちは俺を囲んで跪いている。

 ……そういえば、直前まで戦っていた派手なオークの姿がない。やたら強い奴だったが、無意識の内に倒してしまったのかもしれない。あるいは謎のヒーローが颯爽と現れ……たんなら、こいつらも片付けておいてほしかったな。


「ぶ、ブヒっ!!」


 見た目通り豚のような鳴き声を上げつつ、一匹のオークが近づいてきた。その手には奴らのボスが着けていた派手な兜があり、それを差し出してきたのだ。

 俺はその行動を前に困惑していた。これは一体どういう意味なのかと。これを俺に着けろというのか。でもコレは派手なオークが着けていたもので、奴のアイデンティティのようなものだったはずだ。いや、そこまで執着していたかは知らんが、シンボル的なものではあるだろう。

 ……まさか、俺に代わりをやれって事なのか? いやいや、まさか。何がどうなれば人間の俺がオークのトップになるというのだ。それ以前に、こんなダサい兜着けたくない。

 兜を差し出すオークを前に俺が固まっていると静寂が訪れた。気まずい。


「あ、あの……」


 と、そんないたたまれない空気の中、普通に話かけてくる奴がいた。まさか人間がこんなところに、と思ったが、振り向けばオークだった。喋るオークだ。


「お、オレ、ニンゲン、言葉、分かる」


 幻聴ではなく、実際にこのオークが話しているらしい。ただ、違和感がある。微妙にカタコトなのはともかく、口と音が合っていないような……。


「喋れるのか」

「はい、昔、変な玉、飲み込んだ」


 良く分からないが、何かを飲み込んだら人間と話せるようになったって事か? まあ、スキルとかある世界だから、そういう事があるかもしれない。


「じゃあ、今の状況について説明してくれ。お前らなんで跪いてんの?」

「えーと、あなた、新しいオサ、なって」

「…………」


 何言ってんだ、こいつ。カタコトだから上手く伝わってないって事じゃないよな?


「なんで、俺、長?」

「前のオサ、倒した。強い」


 いまいち要領を得ないが、俺が前の長……多分派手なオークを倒したから、代わりにボスをやってくれって話なのか。思わず俺までカタコトになるくらい混乱してるぞ。


「オレたち、強いオサ、必要。滅ぶ」

「お前ら人間の敵じゃないのか? 俺は人間だぞ」

「オサ、逆らう者、いない。生きた、まま、食う、ない」


 ……いやまあ確かに何体か食ったけどさ、生で。しょうがないじゃん。お前ら死ぬと消えちゃうし。

 とりあえず、状況は把握したが、別に俺だってシリアルキラーじゃなければモンスターを経験値としてしか見ないゲームのキャラクターでもない。わざわざ囲まれている状態で戦闘続行したいわけでもない。話し合いの余地があるなら、そのほうがいい。


「じゃあ長として命令する。巣に帰れ」

「こ、困る。……帰る、場所、ない」


 なにやら込み入った事情があるらしい。というか、そりゃこいつらがここにいる理由はあるよな。今までオークとか話でしか聞いた事なかったし、モンスターがこんな軍勢を作って移動してきた事もない。つまり、何かの問題があって別の場所から移動してきたと考えるのが当然だ。

 かなりボロボロで動きたくなかったのもあって、とりあえず腰を落ち着けて話を聞いてみる事にした。ついでに差し出された派手な兜は引っ込めさせた。血塗れだし、装備したら呪われそう。


 スムーズにとはいかなかったが、通訳オークの話を聞く限り、ある程度の事は理解できた。カタコトだったしお互い知らない言葉もあったので細部は間違っているかもしれないが、大雑把には合っているだろう。

 簡単に言ってしまえば、こいつらは縄張り争いに負けて山の向こう側からこちらへと移動してきたのだ。あのやたら高い山の向こう側がどんな魔境だかは知らないが、きっと恐ろしいモンスターが跋扈しているのだろう。それで命からがら、ほとんど着の身着のまま逃げ出して、未知の洞穴を抜けてこちらに来たはいいが、さまよっている内に謎の蛮族に襲われたと。ちなみにその謎の蛮族はツナって名前だと思うぞ。


「オレたち、オサ、ひつよう」


 俺としてはこの連中がどうなろうと知ったこっちゃないんだが、ある意味これは好機かもしれないと思っていた。こいつらが俺に絶対服従というなら、大量の手足が手に入る事になる。

 あの派手なオークは別格にしても、普通のオークだって真っ当な人間から見れば相当な脅威だ。俺が蹴散らせるくらいだから正確なところは分からないが、少なくともゴブリンなんかよりは遥かに強い。

 かなり数は減ったというか減らしてしまったが、これだけいればウチの村程度なら蹂躙できるだろう。まあ、やろうと思えば俺一人でもできない事はないかもしれないが、やはり頭数の差は大きい。

 野生化して山で生きていくのにも、山賊紛いの活動をするにも、こいつらはアドバンテージになりうる。モンスターを引き連れている事のデメリットはあるだろうが、今のところはメリットのほうが大きそうだ。

 食事に関しても、見た目ほどの量は必要ないらしい。どういう仕組みだかは知らないが、こんな図体してるのに人間一人の食い扶持と大差ないそうだ。ぶっちゃけ、俺一人で食料確保するにしても村を養っているのと大差はない。俺の中では、すでに村人や家族よりも手下オークの重要度のほうが高かった。会話が通じないという意味では、あいつらも異種族みたいなもんだし。


「よし、じゃあお前が副長な。通訳いなくなったら全員見捨てるから、そこのところは良く話し合っておけよ」

「え? ……は、ハイ」


 返事をした後、おずおずと通訳オークが周りを見渡すが、何か言う奴はいない。ただ、歓迎という雰囲気ではない。見たところ、通訳オークの立場はあまり高くなさそうだった。しかし、こいつがいなければ意思疎通もできないのだから、俺が頭を張る上では最重要に近い。腕力だけがモノをいう暴力集団でインテリヤクザ……インテリのような何かが幅を利かせる態勢である。


 というわけで、俺たちは新しい拠点を求めて移動を開始した。村にこんな連中を引き連れて行くわけにもいかないので、オークたちが移動中に通りがかったという廃村が目的地だ。あるとは思っていたのだが、この山に別の集落が存在するらしい。とりあえず、複数あるという廃村をいくつか回ってみる事にした。

 通りすがりにこいつらが滅ぼしたのだと思っていたが、その内半分くらいの拠点はすでに滅びていたのだとか。標高が高いところにあった村ほどその傾向は顕著だ。単純に生きていける環境ではなかったという事か。結局、俺たちが拠点にすると決めたのは、故郷から三番目くらいに遠い、自然に壊滅したと思われる廃村である。オークたちが滅ぼしたという村は、死臭がひど過ぎて暮らしたくない場所だったので、モノを漁っただけだ。

 数日かけて移動した廃村の状態はウチの村と大差なかった。どちらも廃村のようなものだから、違いはせいぜい動いてる人がいるかどうかくらいである。死体はあるが、その数は少ない。多分だが、この村は全滅する前に逃散か放棄された村なのだろう。居住とカモフラージュには最適な場所だ。

 何年放置されていたのか分からない干からびた死体を片付けさせ、井戸を使えるようにして、雨を凌ぐために家を突貫工事するだけであっと言う間に時間は過ぎる。オークも完全に野生で生きていたわけではないらしいので、見栄えを気にしなければ修繕作業をできる奴はいた。一応、倉庫代わりだったらしい洞窟もあったので、そこを住めるようにもしておく。物資の類は空だが、棚などはまだ使えそうだ。

 俺はといえば、指示だけ出して村近くの森で食い物探しである。死の大地と化したウチの周りよりも遥かに恵まれていて、さほど労する事もなく食い物は手に入った。やはり、俺が無計画に採取し続けたのが問題だったか。ウチの周り、木も丸裸に近かったからな。

 拠点に戻ったら離散していたとかでも別に問題はなかったのだが、オークたちは律儀に仕事をこなしていた。


「よし、じゃあここのルールを決める」


 未だ恐怖するオークたちを整列させた上で地面の上に正座させ、副長を通して言葉を伝える。

 最重要ルールは俺に絶対服従という事だ。反抗した奴は踊り食いすると言えば従順になるから、チンピラを躾けるのと大差ない。実践しても良かったのだが、その機会すらなかった。良く考えればこの場にいるオークどもは俺が踊り食いしてるのを目の前で見てるのだ。恐怖政治は一度構築してしまえば楽である。

 次に徹底させたのは副長の権限だ。俺の命令に比べれば優先度はかなり下がるものの、オークの発言権は副長に集約されているので死活問題である。ぶっちゃけ、副長以外全員よりも優先度は高い。副長が勘違いしてイキり出したら修正が必要だろうが、今のところはそんな雰囲気もないし。

 別に俺も暴君を演じたいわけではないので、態勢作りは割とスムーズに進んだ。人間以上の労働力になり得るオークたちが従順だったのが大きい。これまでがマイナス過ぎたので、これだけでも大きくプラスになっているように見えるから不思議だ。


 こういう集落を作り上げると次に気になってくるのは領主の問題だ。故郷の村では多くても半年に一回程度しか徴税官はやって来なかったが、俺としては税を渡すつもりはなかった。そもそもまだ畑も全滅している状態だが、ちゃんと収穫できるようになってもだ。廃村とはいえ一応村の形をしている以上、かつては領主の管理下にはあったのだろうが、こちとら紛うことなきアウトローである。山賊どころでない無法者集団が税を払うわけがないのだ。むしろ、突然オークが税を払いに来たら向こうだってビビるだろう。

 万が一の際は逃走するか領主に反抗するとして、その勢力作りのために時間は欲しい。体制側でここが廃村である事を認知しているなら楽になるのだが、どういう管理態勢かも分からない以上は半年程度が限界と考えるべきだろう。もうすぐ冬というのが鍵だな。こんな時期に徴税しにくる奴はいないが、組織を構築しやすい時期でもない。食糧確保だって難しいだろう。冬越しは楽じゃないのだ。


 ……などと思っていたのだが、思った以上に楽な冬越しとなった。標高の問題か気温が低いのはともかく、実質的な無駄飯食らいがいなくなるだけでここまで楽になるのかと驚愕するほどだ。

 冬だというのに全員を食わせてあまりある食料を確保できたし、指示さえすればオークたちも普通に働くから、おそらく生涯で最も楽な冬越しになりそうだ。今までの苦労は一体なんだったのかという話である。

 というか、皮下脂肪のせいかオークたちは冬でも割と活動できるのだ。熊なら冬眠し、人間なら引き籠もるしかない気温の中でも平気で土木作業に勤しんでいる。予定に組み込んでいるわけではないので休んでいいとも言ったのだが、働かせて下さいと副長を通じて嘆願してくる有様だ。お前ら、俺の近くにいたくないからとかそういう理由じゃないだろうな。


 冬の間、最優先で取り組んだのは意思疎通の問題だ。副長がいるからなんとかなっているものの、このままで良いわけはない。

 別にこいつらは馬鹿ではない。いや、馬鹿なのは馬鹿だが、一応ちゃんとした文明らしきものを持ち、言語も存在するらしいのだ。副長が魔法っぽい力で翻訳してもカタコトなのは、どうも接続詞のバリエーションが少ない言語だかららしい。発音はなかなか難しくとも、俺が出す簡単な命令くらいは理解してジェスチャーで反応できるくらいにはしたい。

 そこで俺がオークたちに普及させようと試みたのは日本語だ。これなら自然と他者に対するカモフラージュにもなるし、なにより俺の知見もある。なんせ、こっちの言語は俺が読み書きできないという問題がある。文字とかほとんど見た事ないのだから、そんなモノは教えられない。


「そう、コレは豚って意味だ。家畜だな」


 俺の献身と副長のサポート、そして怠けたら食われるという恐怖も手伝って、日本語学習は割とスムーズに進んだ。副長含めて幼稚園児以下ではあるものの、意思疎通は可能になったのだ。


 文明らしい生活ではないものの、死の危険は感じない穏やかな冬である。周りにいる連中が俺以外オークというビジュアル的な問題を考慮しなければ何も問題はなさそうだった。かわりに故郷の村は滅んでいるかもしれないが、俺一人がいなくなっただけで滅ぶ村なら滅びてしまえとも思う。

 よほど寒くない限りはオークが働いていたし、俺も食材集めをしていたから冬という感じはしなかったが、気がつけば春が近付いていた。




-2-




「何日か開けるから、その間は頼む」

「ど、どこ、行く、長」

「故郷の村の様子を見てくる。餓死か離散してるだろうが、物資の回収がしたい。俺の隠し倉庫もあるしな」


 一番欲しかったのは種籾と農具だ。ボロボロの木製農具とはいえ、あるとないとでは全然違う。この村にもあるにはあったが、すでに使い物にならない。


「山の中、他のオーク、いる、気をつけ……長なら、必要ないな」

「今更単体のオークに遅れをとる気はしないが、ひょっとしてお前らのお仲間か?」


 聞いてみれば、俺に服従したのとは別行動をとった連中もいるらしい。まあ、いくら恐怖の権化とはいえ、人間に頭を下げたくない奴もいるだろうからおかしくはないな。そんな情報がなくとも危険な山で注意を怠ったりはしないが、頭の片隅には残しておく事にした。

 拠点を出た直後、謎の大型生物と遭遇。フラグ通りオークかと思ったが痩せこけた熊だったのでついでとばかりに狩る。村の近くなのでオークたちを呼んで運ばせた。大量である。内臓中心に処理して食えと言うとオークたちは『オサ! 偉大なるオサ!』と喝采していた。日本語教育の賜物である。俺は移動しなければいけないのだから仕方ないのだが、まさか俺がいなくなるのを喜んでいるわけじゃないだろうな。


 数日かけて故郷の村の近くまで戻ってきた。

 俺なしに維持できるとは思えないが、生まれる以前から続いてる村でもあるのだから、さすがに全滅はないだろうと思っていた。悲観的に考えてもせいぜい何人かいなくなっているくらいだろうと。

 それでも上手い事やれば物資を盗むくらいはできる。決行は夜にするとして、とりあえずの様子見をする事にした。

 俺という食料供給源がなくなった上での冬越だ。生きているとしても瀕死の状態で出歩く連中も少ないだろうなと思っていたのだが……そこには村を元気に歩き回る姿が。


「って、オークじゃねーか」


 村は全滅していたらしい。副長の言っていたオークかどうかは分からないが、多分そうだろう。奴らがここを乗っ取ったのだ。

 村人が生きているかどうかは分からないが、とりあえず計画変更だ。大々的に盗みを働ける環境ではないので、種籾だけくすねて戻る事にした。


「よし、俺の故郷の村を攻めるから準備しろ」

「お、長?」


 拠点に戻って命令を出す。別に奴らに恨みはないし、良く滅ぼしてくれたと喝采すらしたいところだが、それとは別に放置もできない。最悪のケースは領主に露見して討伐隊が組まれる事だが、こちらにもとばっちりが来そうなのでそれは避けたい。どうせなら腕力で黙らせて配下に組み込んでしまいたいところだ。俺の下につきたくないから逃げ出したのだろうが、もう一度眼前で暴力を見せつければ嫌とは言えまい。もし嫌なら死んでもらうだけだ。死んで消えたりしなければ保存食として飼ってもいいのだが、使えない連中である。ゴブリンと違って、焼けばなんとか食えそうなレベルなのに。

 幸い、こちらの食料事情は悪くない。冬の間も割と普通に食わせていたので、ウチのオークたちは血色もいい。こいつらだけ見てる良く分からなかったが、比べてみると一目瞭然だった。めっちゃピンク色である。

 あちらは村人という食料こそあっただろうが、骨と皮だけで大した量にはなっていないだろう。備蓄を含めて冬を越すにはちょっと厳しいはずだ。だから、攻めるならば今だ。数ヶ月鍛え上げたウチの精鋭の力をみせてやるのだ。もし駄目でも、俺一人が暴れればなんとかなりそうだし。栄養状態が違うのはオークたちだけではないのだ。


 というわけで、数日かけてオークたちを引き連れて故郷の村を襲撃した。厳しい訓練に耐え、整然とした行軍ができるようになっただけで随分と強そうに見える。

 そして、肝心の戦いは一日もかからず決着した。盛大な描写カット以前に、大した戦闘にもならなかった。俺が手を出すまでもなく、オークたちの奇襲で八割がたは勝負が決まってしまったのだ。

 俺をリーダーとして掲げる事を選択したオークたちが如何に賢明であったかはっきりしたというわけだ。


 捕えて尚抵抗するオークもいたが、数体無惨に殺してやれば大人しくなった。不味いのであまりやりたくはなかったが、パフォーマンスとして踊り食いも実演した。すでに手慣れた感があるのは人として問題ある気がしないでもないが、恐怖政治は便利である。生きたまま食われたくはないのはモンスターだって一緒なのだ。それは根源的な恐怖を誘発する。

 結果としてかなり数は減ってしまったが、それでも結構な数を配下に組み入れる事に成功した。新しく加わったオークどもは、古株の下だ。階級意識を植え付ける事で帰属意識を芽生えさせる方針である。もちろん役に立つなら出世もさせてやろう。飴と鞭は必要なのだ。

 尚、やはり生き残りの人間はいなかった。ただ、死体は結構な量が残っていたものの、数は合わない。はっきりとはしないが、半分くらいは逃げたんじゃないかと思う。あんな連中が、どこかに辿り着ける気もしないが。

 何故だか二番目の兄貴あたりは生き延びてポルノダンサーになったりする未来を想像してしまったが、脈絡がなさ過ぎて意味不明だった。なんでそんな想像をしてしまったのか。


 勝手知ったる故郷ではあるが、この村を拠点にするつもりはなかった。なんせ、ここが少し前まで無事だった事は徴税官も商人も知っているのだ。滅びたと思わせたほうが無難である。

 適当に荒らした感じを出すためにカモフラージュとして家屋をいくつか破壊し、建材を持ち帰らせる事にした。運搬役は新人オークどもだ。


 あと、この時の俺は気づかなかったのだが、実はこの襲撃でオークたちにとって重要な戦利品が手に入っていたらしい。……それは何かといえば、オークの雌だ。全然見分けがつかない。

 どうやら俺から逃げたオークどもは雌オークを根こそぎ連れて行ったらしい。このままでは繁殖すらできずに自然と全滅していたというわけだ。狙ったわけでもないのにそれが解決してしまった。

 拠点に戻って元気なオークがいれば必要になるだろうと、それ専用の小屋を用意する。お前たちのためだと言うと感涙するオークもいたが、俺的にはオークの交尾とか見たくないので死活問題なのだ。とはいえ、創作と違うのかそこまで性欲旺盛でもないらしいので、拠点にイカ臭い臭いが充満する事もなかった。ひょっとしたら発情期のようなものがあるのかもしれない。


 そしてようやく農業開始である。転生者らしく農業チートしたいところだが、俺にそんな知識はないので村でやっていた手法をほとんどそのまま取り入れた。

 思いついてはいたものの口には出さなかった改善点などもすべて反映させ、試行錯誤の開墾である。元々あった畑は使い物にならないので、ほとんど一からの作業だ。

 作物が育つまでは狩りや採集で凌ぐ事になるが、それはこれまでと同じだ。頭数は増えたが、手伝い程度なら仕込めたオークもいるので、むしろ楽になったといえる。

 安定のためには家畜も欲しいところなのだが、さすがに時期尚早だろう。というか、家畜になりそうな動物がいない。豚のような奴ならたくさんいるのに。


「つーか、今更だがお前ら農作業とかした事ねーの?」

「ない。山の向こうは森の恵み多い」


 畑に陣取る巨大な岩をどけながら副長オークに話を聞いてみると、魔の領域と思っていた山向こうが以外に豊かである事が分かった。

 獣人の集落が点在するくらいでモンスターだらけだから魔境には違いないらしいが、こちら側よりは遥かに食料事情は良さそうだった。というか、獣人とかいるのか。ケモナー大歓喜だな。


「あー、そういえばお前らが通ってきたっていう洞穴は塞いでおいたほうがいいだろうな。向こうからヤバいモンスターとか来るかもしれんし」

「しばらくは大丈夫だと思う。だけど、塞ぐ必要はある、思う。長は強いけど、モンスター危険。獣人たちもかなり危険。あっちも蛮族。数多い」


 誰が蛮族やねん。……いや、認めざるを得ないくらいには蛮族だな。オークに言われたくはないが。

 しかし、獣人か……。個体として強いだけならともかく、数が多いのはまずいな。


「あと、獣人たち、神に護られている。勝ち目ない」

「神……」

「獣の神。大森林支配してる。でかい」


 前世の記憶が戻る以前、ステータスの確認のために徴税官と一緒に村に神父が訪れた事があるというのは聞いていた。つまり、そういう宗教的な概念はあるのは分かっていたが、副長の口調からすれば、それはより現実感のある存在に聞こえる。……まさか、実在するのか? 怖いな、ちゃんと戸締まりしないと。




-3-




 そんな感じで一年が経過した。食料事情もかなり安定し、ある程度は備蓄もできるくらい余裕が出てきた。二度目の冬越しの際も大した問題は発生していない。

 衣類はかなり限定されるものの、かつての生活から考えれば文明的と言える。石器時代から縄文時代に進化したくらいだろう。半裸で闊歩するオークどもを見ていると文明的と言っていいのか不安になるが、少なくとも今は亡き故郷の連中よりは文明的だと思う。言う事は聞くし。


「長、偵察部隊戻ってきた。また見つかった」

「そうか、ご苦労。いつものように偵察部隊は休暇に入らせてくれ」


 現在、調査を進めているのはこの山の調査だ。俺がサバイバル術を叩き込んだ精鋭部隊を投入して、山中にあると思われる村の位置を調べさせている。

 調査開始から半年で分かったのは六つの集落の位置。その内四つは廃村になっていて、二つは住人が暮らしている状態らしい。そこに今回無事な村が一つ加わった。

 俺の故郷もそうだったのだが、この村々は横の連絡が一切存在しない。相当に訓練されていないと踏破できないくらい距離も離れているから当然ともいえるが、おそらくこの配置は意図的なものだと思われた。

 元々どんな思惑があって作ったのかは分からないが、この山の村は孤立を前提としているのだ。廃村になった村だって何年も放置されたまま。領主も税をとるだけでほとんど干渉しない。積極的に殺しはしないが、死んでもらって構わない。環境や立地条件もあって、牢獄のような場所になっているというわけである。


「領地の状況が分からないから断言はできないが、これ多分、経済圏に含まれてないな」


 つまり、やりたい放題という事である。オークの軍団が山から下りてきたらテコ入れは入るだろうが、村が一つ二つ廃村になるだけなら、領としては無視するだろう。

 いや、別に他の村を襲うとかそういう話ではない。大して旨味のない襲撃をするよりも、ここで食い物を量産していたほうが有意義なのだ。ただ、いくつか欲しいものがあるのも確かだった。

 一つは鉄製品や衣類、薬など、この村で生産が困難なもの。今はどうにかなっているが、元が元だけにもう少しいい服を着たい。なんならいるかどうか知らんが職人本人でもいい。

 一つは今作っている作物以外の種。ある程度余裕が出てきた事から、もう少しマシなものを食べたくなってきた。立地上、米は無理だろうが何か別の作物が欲しい。

 そして、最後の一つは俺にとっての死活問題だ。


「生きている村を張って、女が売られていくなら攫ってこい。いいか、丁重にな」


 俺の性欲は限界を迎えようとしていた。ただでさえそういう年齢なのに、食料事情に余裕ができた事で性欲が爆発しかけている。

 幸い、奴隷として売られて行くよりもマシな生活ができる環境はあるのだ。村を襲撃して攫うのは少し気が咎めるが、売られている奴を横取りするならそこまで良心も痛まない。


「そろそろ、オークでもいいかとか血迷いかけているんだ」

「ヒェッ!」


 オークにとっての人間は人間にとってのオークのようなもので、美醜感覚には凄まじい隔たりがある。しかし、若い性欲の前ではその隔たりすら無力になりかねないのだ。

 この際多少ブサイクでも問題ない。骨と皮だけでも、生活で改善させる余地がある。今だったら、かつて大阪のソープで遭遇したグロ画像さんでもいいかと思えるくらいなのである。

 そんなひどい状況なら自慰でなんとかしろよと言われるかもしれないが、俺の周りにはオークしかいないのだ。妄想で補完するにも豚面で上書きされてしまっては勃つものも勃たない。勃たないだけで性欲は溜まるという悪夢のような環境。万が一にでもオークのツラでフィニッシュを迎えてしまったら、人としての尊厳を失ってしまう気さえする。万が一にでも、オークでしか勃たなくなったら人として終わりだ。


「だからなんとしてでも成功させるんだ。このままの環境が続けばお前らの貞操は保証できない」

「いいか、お前らっ!! オサのために死力を尽くせっ!」

「オオオーーーッッ!! オサ! 偉大なるオサッ!! ケツだけは勘弁してくれオサッッ!!」


 オークたちのかつてない士気に感動した。これならばきっと作戦も完遂してくれるに違いない。周期的な問題があるからどうしても我慢は必要だが、そろそろ春なのだ。奴隷売るなら口減らしに冬前じゃねと思われるかもしれないが、そもそも商人は冬前にこの山を訪れないと分かっている。




「長、先行して来た奴から成功の報告があったぞ!」

「でかしたっ!!」


 日々高まるオークへの情欲にイライラさせられながら、いつ決行されるんだとヤキモキしているところに報告がやってきた。すばらしい。

 まともに見れる健康状態にしてやる必要があるから、実際に手を出せるのはまだ先だろうが、目の前に目的があるというだけでも違う。これで、俺もオークを掘る悪夢にさいなまれる事はなくなるだろう。

 おっとまずい、獲物を見る前から大きくなってしまう。まだまだ先の話だというのに。


「そういえば、そろそろ本隊が戻ってくる頃か?」

「一日しか経ってないぞ、長。あと二、三日はかかる」


 異様に時間が流れるのが遅かった。どれだけ期待しているというのか。とんでもないブサイクかもしれないのに。

 そうして、仕事が手につかなくなって無駄に筋トレを始めたところで遠征部隊が帰還してきた。ここで焦ってはいけない。俺は奴らの長として、報告を待つべきだろう。

 別に大して豪華でもないが、一応長の館という扱いになっている家屋で報告を待つ。俺が機嫌良いからか、最近ビクビクしていた副長も雰囲気が柔らかい。


「やっぱり奴隷に出されるくらいだから、少しはまともな見た目なのかな」

「オレたちに人間の美醜は分からないぞ。さすがに性別は間違えないと思うけど」

「まさか、間違って男を攫ってきたりしてないよな」

「だ、大丈夫……だと思う。報告によれば、女だった……はず」


 そこは断言してほしいのだが、副長もその場にいたわけではないから仕方ない。

 そうして、しばらく待っているとオークが報告に現れた。……しかし、何故か雰囲気が暗い。


「あ、あの……オサ」

「なんだ、まさか本当に男攫ってきたんじゃないだろうな」

「いやその、女ですけど……」

「栄養状態が悪くてガリガリだとか? そこら辺は覚悟してたから、死ぬ寸前とかじゃない限り……」

「自殺しました」

「は?」

「……いえ、その……多分オレたちに嬲り殺しにされる、思った、じゃないかと。日本語以外も人間の言葉、聞き取りできる、ようになったので、そんな事を言っていた、ような」

「馬鹿な……」


 なんてこった。乾坤一擲の作戦だったのに。俺はこのパトスをどこに向ければいいというんだ。


「この不始末は必ず取り返してみせますっ!! だから……もう一度チャンスを! だから俺の嫁だけは……っ!!」

「……そういえば、オークにも穴はあるんだよな」

「やめるんだ長っ!? 血迷わないでくれ! オレは雄オークだ!」


 雄でも雌でも見た目は大して変わらないのである。それよりも、俺の暴発寸前の衝動をどうするかのほうが問題だった。


「オサ! 報告が……ヒィっ!!」


 そんな中、突然部屋を訪れた別のオークが、俺を見て悲鳴を上げた。見るだけで悲鳴を上げるほどにヤバい状態という事か。


「……なんだ?」

「えーと、その、攫って来たニンゲンの件なんですが」

「勘違いで自殺したんだろ? さっき聞いた」

「いえ、女ではなく商人も一緒に攫ってきたので、どうしようかと」

「…………」


 ん? これはひょっとするとアレか? 上手い事やればなんとかなるかもしれない? 交易が成立するとは思えんが、商人なら伝手はあるだろう。穏便に奴隷を買ってくる事だって……。


「よし、会おう。連れて来い」


 視界の隅で、異様にホッとした様子の副長が印象的だった。

 というか、冷静に考えてみれば、オークの集団に拉致られたら絶望して自殺って線は普通に有り得たな。そこら辺の考慮は足りてなかった。人間が頭を張ってるとは思わないだろうし、普通は片手で自分を縊り殺せる敵性種族に囲まれたら発狂する。ここの環境に馴染み過ぎて忘れていた。




-4-




「どど、ど、どうも、オークさんたちのボスが人間と聞きまして、お役に立てるのではないかと思い……」

「……あんた、前に会った事ないか?」

「は?」


 オークたちが連れてきた小太りのおっさん商人は、どこかで見た事ある顔をしていた。そもそも機会自体が少ないから記憶ははっきりしないが、確か故郷の村に来ていた行商人である。別の村も担当してたのか。

 少し話を聞いてみれば、思った通りウチを担当していた商人だった。俺の事も背が高い村人として覚えていたらしい。


「こ、これは一体……あの村は壊滅したと」

「オークの一派が壊滅させたが、俺がまとめて服従させた」

「まさか、それで山賊に」

「いや、そんなに生活に困ってるわけじゃないんだが、やむなくな」


 性欲解消のために売られていく女が目的でしたとは言いにくい。それなら何故襲撃したんだって事になるが、そこら辺は勝手に深読みしてくれ。


「……それで、私をどうしようと?」

「殺す前に話を聞いておこうかなと」

「ヒィッ!?」


 オークに囲まれてまともに会話できているあたり度胸あるなと思ったんだが、俺が少し凄んだだけで怯んでしまった。こんな魔境を渡り歩いてるとはいえ、普通の商人なら仕方ないかもしれないが。


「と思ってたんだが、ちょっと気が変わった。別にあんた個人に恨みがあるわけではないしな」

「……昔、色々買い叩いた事を恨んでの犯行だったのでは?」

「今回の襲撃対象にあんたがいるとも思ってなかった。村での商売なんてノータッチだったしな。というか、あんな頭悪い税率課してる時点で今更だろ」


 話した事くらいはあるが、直接何かを売買した事などない。金も物もない三男坊が関わるような事ではないのだ。


「税率と言われてもその……あれは」

「言っておくが、俺は転生者だ。何も知らない子供と思って誤魔化したら面白い末路が待ってるぞ」

「こ、子供……?」


 何故そっちに疑問を持つんだ。十四歳は子供だろう。この世界の常識は知らんが、若造には違いないはずだ。


「なに、色々聞きたいだけだ。それもせいぜい常識的な事で、何かの秘密を暴きたいわけでもない」


 このおっさんは数少ない山の外を知る存在だ。常識を教えてもらうだけでも有用なのである。間違って隠し財産の在り処などを喋られても取り扱いに困ってしまうだろう。

 というわけで尋問を開始した。正面には俺、周囲は屈強なオークで囲み、手足は縄で縛ったまま。心なしか一番怖がられているのが俺というのが少々解せぬ。同じ人間なのに。



「すると何か? 俺たち……というか、この山中にある村は領民でもなんでもなく、表向き存在してない人間って扱いだと」

「は、はい」


 おっさんに話を聞いてみたところ、想像以上に闇の深い事実が発覚した。

 俺はてっきりどこかの貴族が領有する土地の領民で、あの村もその一つだと思っていたのだが、この山中にある村はすべて存在しない村だったのだ。

 領主としては別に生きていてもいいが死んでも構わない、いくらでも搾り取れる相手。それどころか、別に税金をいくらとろうが大して儲かりもせず、せいぜい領主の小遣い程度でしかないという話だった。

 では、なんのためにこんな事をやっているかといえば、王国の棄民政策らしい。歴史が長く、始まった経緯は今となっては不明だが、表向きいなかった事にしたいが死刑にもできない犯罪者を移住という形で放り込む先なのである。基本的には短期間で壊滅するが、中には世代を重ねて俺のように何も知らない奴が生まれたりもするらしい。一応、山の安全を確認するためのカナリア的な意味合いもあるのかもしれない。

 実は他の領地から棄民を預かる事で発生する補助金が大きく、棄民相手の税取り立てはオマケという事である。

 そんな機密のような事を知っているこのおっさんは何者なのかといえば、やはりただの商人ではなく、ここドルギア領の庶子で領主とも繋がりがある存在だったという事だ。


「おっさんがこの山で行方不明になった場合はどうなるんだ?」

「……捜索はされるでしょうが、正直それ以上は。ニクラス様はその辺私情は挟みませんので」

「まあ、そうだろうな」


 血縁とはいっても、せいぜいその程度の存在という事だ。機密に関わる仕事に就ける程度には厚遇しているが、それ以上ではないと。

 ちなみにニクラスというのがこの領地の領主らしい。ニクラス・ドルキア。王国の子爵で、子爵としては破格の広大な領地を抱える特殊な立ち位置。実質的にはともかく、名目上はこのドルキア山脈もすべてが子爵の領地扱いだそうだ。


「正直、あんたの扱いには困ってる。人質にしても意味はなさそうだし」

「さすがに領の不利益になるような場合は切り捨てられるかと」

「そこは、自分の価値をアピールして生き残りを計るところじゃないのか」

「嘘付いた時点で殺されそうですし」


 違いない。むしろ、良く状況が把握できている。すでにある程度落ち着いている感があるあたり、伊達にこんなところで行商人やってないって事なのか。


「それで、あんたが生き残る方法は何か思いついたか?」

「そ、それを私に聞くんですか?」

「情報が足りな過ぎて、こちらからじゃ提案は難しい。俺は優しいから言ってやるが、このままなら処分コースだな。色々聞きたい事はあるから期間的な猶予はあるが、それがリミットだ。ちなみに時間稼ぎで情報を出し渋ったらその時点で殺す。商人なんだから商品アピールしろよ、得意だろ?」


 この場合の商品は自分の命である。サウナの中にでもいるような汗の量だが、こいつの脳内では必死に生き残る術を探している最中だろう。

 俺がここまでペラペラと話すのは、別に人間と話すのが久々だからとかそういう感傷ではなく、ちゃんと理由がある。大前提として、俺……俺たちには情報が足りない。オーク連中は色々知っていても所詮蛮族だし、これまで暮らしていたのは山向こうの魔境だから、人間の常識など知らない。俺は更にひどく、前世の知識を除けば無知と言っていいような有様だ。

 だから、命を握ってそれを担保に案を出させようとしている。ここまで喋ったのはその前提だ。


「そ、その……知らずに無礼な事を言って殺されたりは」

「よほどの事なら分からんが、基本的にはしない。あくまで利害で判断すると約束しよう。口約束だが、商人なら良くやるんじゃないのか?」

「え、ええ、まあ……」


 もちろん、そんな約束には何の意味もないのは俺もこいつも分かっている。これは単なる俺は商人って存在を分かってるよというアピールなのだ。それを読み取れれば、案も出やすくなるだろう。


「えーと、その、少し考える時間を頂けたりは……」

「構わんが、お前はそれでいいのか?」


 眼を覗き込むように聞き返す。それはお前の商品価値を下げる事にも繋がるぞという意味を込めて。

 この場で何もせずに無駄な時間稼ぎをする奴なら、はっきりと評価は下がる。


「……失礼。では、例えばですが、誰かの下につくというのは?」

「こいつらまとめて所属して問題なければアリだな。存在しない村の人間っていう俺や、モンスターを受け入れられる後ろ盾が得られるなら」


 別に誰かに頭を下げるのが嫌だとか、そんなポリシーは持っていない。アウトローなのも、仕方なくやっているだけなのだ。組織の中に組み込まれるなら歯車だって演じてみせるさ。


「正直、あなたに関してはどうとでもなるかと。移住した世代ならともかく、次世代からは村から徴兵して外に出た前例もあります」


 一応、そういうルールはあるのか。あくまで棄民政策だから、直接関係のない次の世代以降なら問題なかったと。という事は、案外売られていった連中の中にも、生きてる奴はいるかもしれないな。


「オークさんたちに関しては……判断がつきません。モンスターとはいえ、ある程度会話ができて意思疎通ができるなら、受け入れられる可能性はあると思いますが」

「領主の判断次第か。……話を持ちかけてみてやっぱり駄目でした、じゃな」


 一年以上一緒に過ごしてきて、一応愛着は湧いているのだ。故郷の村やこの商人のおっさんとオークたちなら後者を選ぶくらいには。さすがに、そんな賭けはできない。


「あんたがどれだけ発言力があって、どれくらい尽力してくれるかにもよるが、確約はできないよな」

「嘘を言うのは悪手でしょうからはっきり言いますが、保証するのは厳しいです。前例がないというのもありますが、判断するのは結局私ではないので」


 保険が欲しいところだな。最悪、こいつらが皆殺しになったとしても、それはそれで結果として受け入れるが、だからって何もせずに受け入れるわけにもいかない。


「……よし、決めた。あんたを一年拘束する」

「は? す、すいません、それはどういった意図で」

「一年かけてこいつら鍛えて勢力拡大する。暴力を背景とした交渉が成立するくらいには。破談になったら街が壊滅するってなれば、領主も真面目に検討せざるを得ない」

「そ、それは……」

「他に代案があるならその都度聞く。なければこの方針だ。どの程度の条件なら飲めるかも、一年あれば詰められるだろ」


 滝のような汗を流す商人をよそに、今後の方針が決まった。ここからの一年を勢力拡大に費やし、拡大した暴力を盾に領主と交渉する。

 やる事はここまでと大差ないが、明確な目標ができた事でより真剣に取り組む事ができるようになった。元よりオークたちは割と必死だったので、俺のやる気の問題である。




-5-




 オークどもの軍事訓練。前世知識を取り入れた効率的なトレーニングで軍としての規律を鍛え上げる。

 商人に隠すような事はせずにあえて見せる事で、やがて訪れる交渉の材料にしてもらう予定だ。ただでさえ屈強なオークどもが整然とした隊列を組んで行動する様に商人は青くなっていたが、こんなものはまだ児戯の範疇である。まだまだ練度が足りない。

 新たに判明した事実として、商人のおっさんは結構な武闘派だったらしいという事も分かった。元々は領主が当主になる以前、王都で騎士をやっていた際に従士として同行していたらしいのだ。こんなところで商人をやるわけだから、最低限の腕っぷしは必要というわけである。ただ、模擬戦をやってみた感じそこまで強くは感じなかった。年齢や環境で衰えている事を加味しても、全盛期はせいぜい遭遇した当時のモブオークくらいではないだろうか。

 精鋭部隊の従者は大体これくらいという事か。上は分からないが、人間の戦力の目安にはなった。まだまだ鍛えないといけない。


 一方で、拠点の防衛設備の構築は一切の情報公開をせずに進めた。教えるのも、そういう準備はしているぞ、という話だけだ。あまり考えたくないが、最終的な籠城拠点になるかもしれないのだ。当たり前だが効率優先で人道など欠片もないトラップの山である。敵意を持ってこの拠点を攻める連中は生まれてきたのを後悔する事になるだろう。


 軍事的な環境は色々変化があったものの、食料事情はそこまで変わりはなかった。しかし、ここで一つ問題が発生する。

 なんとびっくり、村人時代から俺が主食として食ってきた蕎麦もどきだが、俺が頑張って工夫して蕎麦掻のようにして食っていたコレは実は家畜のエサだったのである。商人の飯がすべてコレになる事が決まった瞬間だった。ふざけんな。貴様らは家畜のエサですら容赦なく奪い取っていたというのか。


 並行して、おっさんからの情報収集は続けた。庶子とはいえ領主一族であり、現当主の従者までやっていた経歴の持ち主だ。下手な村人よりもよほど情報を持っている。

 とりわけ重要視するのは王国の風土だ。モンスターと人間の交流がないのは当然にしても、意思疎通ができる前提ならどうなのか。断片的な情報から判断する。

 恐怖で縛っているというのもあるからおっさんは割と融和的……というか、俺よりもオークのほうが仲がいい状態だが、他の人間がどうかは判断が難しい。


「あの……今のままでも十分交渉になると思うので、もう山を下りて領都に行きませんか?」

「駄目だ」


 俺は石橋を叩いて渡る主義だ。準備できる事があるなら、できる限り慎重に動くタイプである。前世から突発的なイベントに巻き込まれる事が多かったが、今回は珍しく準備期間があるのだ。これを利用しない手はない。

 できれば領都を蹂躙し、王国の本隊と正面から殴り合える勢力が欲しい。そこまでは贅沢にしても、ゲリラ戦で抵抗くらいはできるようにしておきたい。

 俺が長年かけて組み上げたサバイバル術をオークたちにも浸透させ、徹底的な連携を構築すれば、局地戦なら負ける事はない……はずだ。前世の軍事訓練を基に作り上げたメニューを消化できるくらいでなければ、安心して戦場に送り出せない。どうしても出たとこ勝負になるのは否めないな。噂に聞いた特殊作戦群の選抜試験の内容なんかを知っていれば良かったんだが。


 そして、転機が訪れたのはわずか数ヶ月後の事だった。冬の真っ只中、突然ゴブリンの群れが襲撃してきたのだ。もちろん戦闘描写の必要もなく返り討ちにした。

 気になるのは、ゴブリンにしては妙に強かった事だ。俺が知っているこの山のゴブリンは大抵逸れだし、他の個体と連携したりもしなかった。それが、一応ではあるが軍事行動にはなっていたのである。


「こいつら、山向こうのゴブリン」


 副長の調査によって、ゴブリンの背景が判明する。どうもこいつらはオーク連中と同じく縄張り争いに負けてこちらに逃げてきたらしい。それで俺たちを見つけて襲撃したと。見れば勝てるはずないと分かりそうなものなのに、やはりアホだな。

 問題は、こいつらが移動してきたという山の抜け道だ。オークたちが使ったという道はすでに潰してあるのだが、別の道があるという事になる。あの山を登頂してこちらに来たというのはさすがに考えにくい。最近、地震が多いので、そのせいで洞窟ができたりしてるのかもしれない。

 抜け道の調査は斥候オークの部隊に任せるとして、とりあえずはやたら数の多いゴブリンの処理だ。こんな数を養う気はないし、妙に反抗的なのである。一匹や二匹殺したところで収まらない。こいつら不味いから踊り食いはやりたくないんだが。


「よし、ゴブリンを半分に分けろ。お互いに殺し合わせるのを二回繰り返して、生き残った奴だけ従属する事を許可する」


 俺の効率的な判断にオークや商人のおっさんはドン引きしていた。ゴブリンたちもいきなり静かになった。

 ……なんだよ、良くある話だろ。こういうの、割と創作で見た覚えがあるぞ。それを真似しただけなんだし、俺を責めるのはお門違いというものだ。

 というわけで、四分の一になった頃にはゴブリンも従順になっていた。結果としてみればかなり効率的な処置だったといえるだろう。モンスターだから死体も残らないし、良い手段だ。

 生き残ったゴブリンたちのリーダーと副リーダー二名を決め、統率させる事にした。もちろん、立場としてはオークの下だが、飯だけはちゃんと与える。まだ数が多いので、反抗的な奴は殺す事にしよう。逆らったらチームごとの連帯責任というのはこういう相手にこそ活きてくるのだ。


 オークと違い、体格も膂力もないゴブリンたちだが、適材適所という事で使い道はあった。これまで下っ端オークがやっていたような雑事を中心に仕事を任せる事で、全体としては効率化する事ができた。教育の手間を考えると微妙な気もするが、勢力としては拡大できたから良しとしよう。

 それよりも重要なのは情報だ。こいつらはここ二年ほどのオークたちが知らない山向こうの情報を握っている。


「ゲラ?」

「ゲラ・リダ族だ、長。ゲラはたくさんいるから、区別する」


 ゴブリンが縄張り争いに負けたという勢力は、まったく聞いた事のない種族の名前だった。副長も存在だけは知っていたので話を聞いてみれば、こいつら実はモンスターではないという。

 単為生殖を行って増える他、他種族と交配してその種族の特徴を継承した新種族を生み出す事もできるという謎生物で、種族ごとに下の名前が変わるらしい。多数の種族を食い荒らして勢力を拡大する害虫のような奴らなのだとか。他種族と交配するとかオークみたいな奴らだなと思ったが、この世界のオークは同じ種族同士でしか交配しないのでまったく別物だった。というか、かなりタチの悪い連中である。

 そんな連中に負けて追い出されたとか、ゴブリンたちも結構悲惨な経緯を辿ってここにいるんだなと、少し感傷的になってしまった。なんて奴らだ。

 そして、ゲラ・リダと名のついた種族はポロという鱗の付いた猿との交配種族らしく、お互いに争っているらしい。これに極少数のオーガと、今回逃げてきたゴブリンたちが山向こうの比較的近い部分で勢力争いをしているのだとか。ちなみに二年前オークたちが破れたのはオーガの一族らしい。思っていたよりも複雑な勢力図だ。


「なあ、おっさん、実はこの土地恐ろしい場所なんじゃ……」

「いやいやいや、ま、まあ、モンスターが多く、その防波堤の役割がある土地ではありますが、魔の大森林とは事実上隔絶しているわけでして……」


 山を挟んでいるとはいえ、モンスターが跋扈する地域の情報は商人のおっさんも持っていないらしい。

 ……まあ、そうだよな。俺たちが辺境のモンスターから身を守るために用意されていた盾というかカナリアなのは聞いていたが、生まれてこの方ゴブリンやコボルト以外のモンスターなど眼にしていないのだ。

 しかし、何故今になってそんな連中が山を超えてくる? 未知の抜け穴があるのは仕方ないにしても、それならもっと早くに目撃されてそうなものだが。

 山向こう……魔の大森林とかいったか? そこで何か起きてるって事じゃないのか?


「話が通じそうな獣人の集落ってのは近くにあったりしないのか?」

「獣人たちの住処はもっと南に多い。蟲人の住処は獣人と違うけど、こっちはどの辺りに住んでるのかも分からない」


 継続的な交流ができなくても、情報交換くらいできればと思ったんだが、事情を聞く事もできないと。というか、蟲人とかいるのか。さっき話に出たゲラとはまた違うんだろうな。

 なーんか、妙な事に巻き込まれそうな気がする。前世の後輩だったら、そろそろ逃げ出してそうな雰囲気だ。

 ゴブリンたちが使ったという抜け道はいつでも潰せるようにしておくとして、できれば魔の大森林側もちょっと情報収集したいな。


「ゲラ・リダはともかく、残りのオーガかポロだったっけ? そいつらは会話が通じたりは?」

「オレなら話すだけはできる。でも、オーガはオーク見下してる。ポロは……ちょっと分からない。交流なかった」

「じゃあ、ちょっとコンタクトとれないか試してみるか」


 最悪、全部平らげる覚悟で行く。どんだけ強いのかは知らないが、曲がりなりにもこいつらが勢力争いに参加できていたんだから、まったく勝負にならないって事はないだろう。




 やがてドルキア領と魔の大森林全土を巻き込んだ大戦役へと続く戦いはこの時から始まった。


 オークとゴブリンを従えてドルキア山脈を超えた俺たちはポロ族と接触し、ゲラ・リダ族との戦いに挑む事になる。成体のゲラ・リダ族は結構美味い事も判明した。

 戦いの最中、介入してくるオーガ族。蟲人の勇者カガルザルカとの邂逅。そして始まるスタンピード。危機を告げたドルギア子爵の協力を取り付け、ポロとオーガも飲み込んだ俺たちは魔の大森林南部へと向かう。

 大災害とも呼べる現象の震源地、< 深淵の大洞穴 >。そして、その先にある< 地殻穿道 >は胎動を始めていた。




-5-



「…………」

「とまあ、こんな感じで平行世界の視点を覗き見る事ができるんだ」


 五月某日。忙しい合間に時間ができたところでダンマスに呼ばれて領主館に来てみれば、突然平行世界を見せられた。

 ネームレスが保持していた権限で、ダンマスが去年末から色々探っていたのは聞いていたが、こういうものだったのか。


「いやまあ、どんなものか知りたいとは思っていたんだが……なんでよりにもよってこの世界よ」

「平行世界のツナ君がどんだけハッチャケてるか分かりやすいかなーって」

「確かにハッチャケてたが」


 平行世界の俺は、自分で言うのもなんだが、想像以上に蛮族だった。なんでオーク従えてるんだよ。そして、いくら飢えてるからってオーク掘ろうとするなよ。


「ちなみに、あっちで起きてたスタンピードはこっちでも?」

「ああ、起きてたな。迷宮都市があるからどうとでもできたし、被害も大した事はなかった」


 そうだろうな。なんというか、自然発生するモンスターとは格が違うのだ。迷宮都市なら、普通の住人ですら鎮圧できそう。


「原因はイバラって事でいいのか? いや、多分あの世界にイバラはいないだろうが」

「根本的にはそうだろうな。大崩壊が起きる因果の流出が< 地殻穿道 >を起点にして発生してたって事なんだろう。あの戦い以前は観測しようとしても四月以降は確認できなかったから、まあ崩壊してたんじゃないか?」

「なるほど」


 イバラに……正確にはダンマスの暴走によって引き起こされた大崩壊。それは因果の流出によって平行世界までも巻き込み、等しく崩壊へと至る。しかし、その前兆のようなもの……こっちでも観測してた地震のようなものは他の世界でも起きていたという事だ。まさか、それによって発生するスタンピードに俺が絡んでくるとは思ってなかったが。

 あの特異点以前では当たり前だが星は崩壊し、全滅していたが、因果の流出が途絶えた今はあの世界も続いている。


 そして、あの世界では多大な犠牲は出たもののスタンピードを鎮静化させる事に成功し、尽力した俺は蛮族を従える王として讃えられていた。……なんでやねん。


「他にも色々あるけどな。どこの世界のツナ君も、大抵はなんかでかい事やってるみたいだぞ。まあ、多分ウチの世界が一番スケールは大きいだろうけどな」

「そりゃそうだろうな」


 そもそも、この世界がほとんどの発端なのである。あんな宇宙規模の戦いがそうそう起きてたまるかって話だ。


「ついでだから、他の世界も覗いていくか? オーレンディア軍の先陣に立ってグレンと戦ったりしてる世界もあるけど」

「そんなのもあるのか。……っていうか、もうお腹いっぱいです。時間かかるし」


 何故、どいつもこいつも濃い人生送ってるんだ。他のツナには《 因果の虜囚 》はないのに。

 ……でもまあ、こうして他の世界の事を知る術は他のツナにはないんだろうが、それでも世界は続いている。それは、俺の戦いがもたらした結果の一つではあるんだろう。


 それはかつて俺が呪った世界でもあるが、今なら他のツナにもエールを送れそうな気がした。




壮大な戦記モノが始まりそうな雰囲気だけど、続きません。(*´∀`*)

一応、ヒロインとかも用意はしてたんですがカットされました。仕方ないね。


次回は江戸の予定。(*´∀`*)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 全然ストーリーは違うけど、初期(5巻まで)のグインサーガのような、異世界ファンタジーテイストが素晴らしい。 [気になる点] 蛮族王の妻になる人。 ここでもユキさんがTSして参加して欲しい。…
[良い点] オークキングルートほんとすき 続いて欲しい [一言] 怖いなーとづまりすとこ
[良い点] 流石ツナ、俺たちには(中略)憧れる! [気になる点] コレ、崩壊案件なければ偉大な蛮族王として歴史に残ったんだろうな。 後、最悪の政策で最悪の敵を作った愚かな領主、ってのも残されるんだろう…
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