特別編『迷宮都市食べ歩き』
今回の投稿は某所で開催した「特別編アンケート敗者復活戦コース」に支援頂いたゆノじさんへのリターン作品です。(*´∀`*)
なんとびっくり、コレで五分の一である。
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それは五月のある日の出来事だった。
いつもの如く、果ての見えない研修地獄が続く中、特に専門分野の異なる企業幹部向けの合宿研修なるものを終わらせた俺は、精神的な意味でノックダウン状態だった。
理解の追いつかない内容に関しては諦めるとしても、周りの受講者が歴戦の猛者と言わんばかりのコミュニケーション強者ばかりで、そんな中にあって主導権の握り合いを制する必要があるのは無理があるとしか言いようがない。
こちとら普段は冒険者なわけで、身体を張ったリーダーシップならともかく、話術による場の取りまとめなど経験がないのだ。おっさんどころか下手すれば老人の域に入りそうな連中を相手に、こんな若造……前世分を含めたとしても四十年も生きてない、しかもその中に社会人経験などほとんどない若手が張り合うのは無理がある。結果、かなり手加減してもらった感はあるものの、おもちゃ扱いである。
名刺なども貰ったが、経歴を確認してみれば企業幹部候補生どころか現役の幹部や迷宮都市運営の中枢で働くような官僚、変わり種だと王国での大臣経験もあるような人もいた。一番珍しかったのはリガリティア帝国の皇族だったが、彼はむしろ俺寄りの若造だったので癒やしの対象だ。意気投合して、今度機会があれば遊びに行く約束までしてしまった。
しかし、権力者相手に明確な口約束などするなと二人揃ってダメ出しを喰らうという有様である。研修に関係ない場所での話なのにどうしろというのだ。でも、結構いい奴だったから遊びには行こう。
「……腹減ったな」
二泊三日の合宿研修だから当然食事も込みだったが、その食事も研修の一部なので食った気がしない。単にテーブルマナーだったら別の講習でもやってるから問題なかったが、そこで学ぶのがテーブルマナーではなくテーブル上での主導権を握る手段というのが内容的には高ランクな食事を楽しめない大きな理由だ。
勉強になったのは確かだが、あんまり踏み込みたくない世界である。
「おや、渡辺君じゃないか。珍しい」
そんな事を考えていたら、不意に声をかけられた。振り返ってみれば、そこにいたのは見慣れたスーツ姿のゴブリンだ。相変わらず見分けは付き難いが、その胡散臭い笑顔と特徴的なスーツは見間違えようもなく、ゴブサーティワンの怨敵ことゴブタロウだ。ギルド会館では良く会ってるから、珍しいというのは場所の事を指すのだろう。
中央区画の研修センターなんて普通の冒険者には縁のない場所だし。
「ゴブタロウさんこそ、なんでここに? ……ってああ、研修の講師とか?」
「そういうのもあるが、ギルド職員同士の会合や打ち合わせなんかもあるから中央に来るのは珍しい事じゃないよ」
やはりギルド幹部となるとそういう活動も多くなるんだろうか。ギルマスが働かないから代わりにやってるわけじゃないよな。
「まあ、今日は出版する本の打ち合わせだから、ギルドは関係ないんだが」
「本?」
「『迷宮都市グルメマップ』という月刊誌があるんだが、それのムック本だね。シリーズ化して割と長く続いてる」
会館のロビーなんかにも置いてあったりするから雑誌は見た事あるが、そのムック本となると手を出した事はないな。
B級グルメを趣味と自称する俺ではあるが、そういった情報に手を出す以前に目に付く範囲の店ですらまだ周り切れていないという事情もある。特に迷宮区画は外食屋が多いのだ。
「そういえば、ゴブタロウさんって飲食店の監修とかしてるんでしたっけ。美食同盟のクランハウスでやってるレストランとか」
「美食同盟に関しては顧問だからもっと深い関係だが、監修した店は多いね。ここら辺にも結構あるよ」
中央区画のここら辺って地価がアホみたいに高いから格式高い高級店ばっかりなんだが、そんな店もプロデュースしてるのかよ。場所代の問題か、ビルのテナントで入ってる普通っぽい店だって割と高めなのに。結構稼ぎも増えてきたから偶に来るくらいならいいが、頻繁に来るのは抵抗があるような値段が並んでいるのである。
ここら辺で働いてる人たちは普段どこで飯食ってるんだろうか。移動販売の弁当屋ですら地味に高いぞ。
「こんな時間だし、いい店を紹介しようか。時間があればだけど」
「研修が終わったところなんでそれは是非って感じですが、あんまり肩凝りそうなところはちょっと……ちょっと研修内容が」
「ああ、アレか。……確かに査定には関わるから意味はあるが、あまり受ける冒険者はいないんだがね。補助金が出るとはいえ、受講料も高いし」
短縮できるとしてもせいぜい数ヶ月程度のものだが、少しでも早く設立するって条件でスケジュールを組んでもらっているので、そこは仕方ない部分がある。
今回は問題ないが、無数にある研修の中には試験合格が前提というものもあるのだ。明確な基準はないものの、大量に取りこぼしてたら設立が年末に間に合わないという事もあり得る。
いざ設立するって段階で数ヶ月時期が前後する事を気にするような人はいないからやれる事ではあるのだが。みんなやってるなら、やらない人が遅れるだけだ。
「迷宮ギルド内部で完結する話なら便宜を図ってもいいんだが、クラン設立となると色んな部門が絡んでくるからね。しょうがないといえばしょうがない部分もある」
「……実を言えば、那由他さんに会った時に強権振るってもらえるって話にもなったんですが」
「やめておいたほうがいいだろうね。確かにできはするだろうが、あの方は周りの影響などを考えない」
「ですよねー」
善意ではあるんだろう。一応、子飼いでもあるサティナの所属先でもあるわけだし。
だが、それで一切問題ないのなら条件付きででもダンマスが提案しているだろう。真っ当な手段がないのならともかく、単に権力を借りるだけというのは後々に悪影響が出る可能性が高い。ただでさえ、俺たちに対する妬み嫉みの声は大きいのだから。俺のアンチスレは今日も絶賛営業中である。
「そこは地道に励んでもらうとしてだ、ここら辺でも気楽に入れる穴場スポットを紹介しよう」
「中央区画にもそんなところがあるんですか? 場所代とか高そうですけど」
「住宅地のほうに行けば道楽でやってるような店は結構あるんだよね」
ああ、さすがにそっちはノーチェックだった。何故か住宅地近くにあるみるくぷりんの付近だけは不思議と覚えているが、根本的に用がない場所だからな。
「そういえば、ラーメンビルもあのあたりでしたっけ?」
「そこら辺だね。あそこは有名過ぎて紹介する余地もないけど」
ラーメンビルというのは、入っているテナントすべてがラーメン屋という驚異のビルである。なんでわざわざ中央区画に建てたのかは知らないが、新しい観光地的な扱いでそれなりに話題になっていたはずだ。あまり縁のない区画故に忘れていたが、中央区画に来たのだからあそこで良かったかもしれない。今回はゴブタロウさんが別の場所を紹介してくれるだろうけど。
「ちなみにここら辺で働いてる人たちって何食ってるんですかね? 中央区画だからって、みんながみんな金持ってるわけじゃないですよね?」
「私も詳しいわけじゃないが、社食や配達弁当なんかが多いんじゃないかな。ちょっと前にゴブジロウが始めた弁当屋でも注文を受けてるらしいし」
「ああ、会館近くに本店のある」
会館近くイコール寮の近くという事だから冒険者間で少し話題になったのだが、徒歩一分くらいの場所に二十四時間営業の弁当屋ができたのだ。冒険者向けなので量は多いと評判で、そこそこ繁盛しているらしい。
一切中身が見えない代わりに安価な限定品のシャッフル弁当というのがあって、下級冒険者の間で流行っていると聞く。なんかものすごい不味い弁当が混ざっているらしいが、それも一つ限定なので、他人があたりを引くまで待つのが基本らしい。持ち帰ったらあたりかどうかなんて分からないような気がするのだが、近くにいれば悲鳴が上がるので分かる事も多いとかなんとか。悲鳴が上がる弁当ってなんだよとも思うが。
シャッフルじゃない普通の弁当は何回か買った事はあるが、味は普通の一言である。流行っているのは立地条件と利便性が理由だな。
「ひょっとして、ゴブリンってそっち方面に強かったりとか?」
「いや、私が例外だろうね。ジロウのアレは……本人はほとんどノータッチらしいし、別の目的があってたまたま当たったという事だろう。そもそもゴブリンという種は人間に比べ味覚は劣っているものだからね」
「そうなんですか? じゃあ、ゴブタロウさんは」
「私はダンジョンマスターにそういう役目を与えられた事もあって特別製だな。味覚だけでなく、誕生の時点で下駄を履かせてもらっている」
そうなのか。ダンマスが創った最初のモンスターって聞くし、そういう面でも特別なんだろうか。となると、ヴェルナーやテラワロスも特別……なんだろうな。吸血鬼はあまり良く知らないが、デュラハンって明らかにあんなのじゃないし。あれはもはやテラワロスっていう生き物なんだろう。
というわけで、ゴブタロウさんに連れられて中央区画の住宅街付近へと移動する事にした。ゴブタロウさんは車で来ているらしいが、目的地付近は駐車場が少ないために徒歩の移動だ。
「前に出てもらったクイズ番組だが、君の知名度が上がった今更になって話題に挙がってね。ネットのほうで再放送する事になったよ」
「へー。冒険者業関係ないのにそういうところにも影響あるんですね。俺も有名になったって事かな」
「君の知名度からすればまだまだ反響が足りないと思うけどね。番組の企画でも名前挙がらないし」
道中に話すのは以前に出演したテレビ番組の話題だ。料理のクイズ番組で、正解したら料理が食べられるという良くあるタイプの内容なのだが、番組の最後に最下位のゲストが見栄えだけはいいゴブリン料理を食わされるという罰ゲームが待っているという特徴がある。俺は割と舌に自信があるほうなので危な気ない順位で切り抜けたのだが、あまり売れてないっぽい芸人さんの片割れと何故か毎回座らされているゴブジロウ&ゴブザブロウコンビはゴブリン料理に悶絶していた。番組の途中で繰り広げられたコンビの片割れとの熾烈な最下位争いと駆け引きはなかなかおもしろかったが、あまりの壮絶な味に演技する余地もなかったという。その罰ゲームは毎回あるので、スタッフは慣れたものだったが。
知名度が上がったおかげか、以前はまったくなかったメディアのオファーもある程度は舞い込むようになっている。それでも少ないのは少ないのだが、サージェスと組んで出演したプロレスのエキシビジョン・マッチのようなネタまみれの番組以外からも声がかかるようになったのは進歩といえるだろう。相変わらず街中で声をかけられたりはしないが、カメラを向けてくる人は増えた気がする。
最近増えたのは雑誌のインタビューで、ホットなクラン設立の他、最速デビューや中級昇格など、今更かよって話題を良く聞かれるのが困りものだ。おせえよ。
[ 海鮮堂・旬 ]
共通の話題も多いゴブタロウさん相手なので、そんな感じの会話をしつつ目的地に辿り着いたのは十二時過ぎくらいだった。
ただでさえ昼の書き入れ時で、少し中心から離れているとはいえ人の多いだろうビジネス街では並ぶ事になるだろうなと覚悟していたのだが、その店は意外にも空いていた。
……というよりも客がいなかった。
「えーと、休みとかでは?」
「連絡しておいたからやってるよ。普通は夜営業しかやってないけど開けてもらった」
ガチの権力行使である。店を貸し切りにするよりも恐ろしい事をやっていた。
とはいえ、案内された店長らしき人も温和な表情で、ゴブタロウさんなら仕方ありませんねー的な態度だったので心苦しさはいくらか和らいだのが救いだ。
「いつもこういう事を?」
「そうでもないよ。一人増えたのは急な話だったけど、今日は元々こっちに来るスケジュールだったから事前に用意してもらったし」
「あー、元々お願いしてたんですか」
「高級店だったら少し悩んだけど、ここは中央区画の住人とはいえ大衆向けの居酒屋だしね」
なるほど。確かに少し高級な印象はあるが、偉い人が接待で使う料亭のような雰囲気ではなく割と普通の居酒屋だ。通された場所も座敷ではあるが、居酒屋によくある半個室タイプのものだし。前世で縁はなかったが、地方都市とかにありそう。
「というわけだから、今日はメニューもない。適当に用意してくれって頼んだし」
「普段出てこないものが出てくるって事ですかね」
「多分ね。この店のウリ的に、メインは魚だと思うけど」
常連でなければ比較はできないが、俺としては美味ければいいや。
「そういや迷宮都市って海ないですけど、どこで魚獲ってるんですか? 専用のダンジョンとか?」
「専用のダンジョンもあるけど、養殖も多いね。生産区画の方に行けば養殖センターが沢山あるよ。そういうセンターには大抵専門にしている品種をメインにしたレストランが併設されていたりするから割と穴場だ」
「……ほう」
それはなかなかに面白い情報だった。生産区画はその役割柄確かに飯が美味そうな印象はあるものの、迷宮都市の輸送事情を考えればそこまで差はないだろうと考えていたのだ。保存技術も異次元の領域だし。モノにもよるが、半年前の弁当とか食えたりするんだぜ。
「やっぱり食事も区画ごとに特徴があったりするもんなんですね」
「それはそうだろうね。住んでる人間の特徴が綺麗に分かれてるわけだから好みも違うわけだし。全体から見れば迷宮区画が一番無難かもしれない。迷宮都市の外と比較してもね」
外から来る人間が真っ先に触れるのは迷宮区画だし、必然とそうなるわけだ。というか、わざとそうしてる面もあるだろう。
「たとえば生産区画は素材の味を活かす料理が多かったり、商業区画は味が濃いめだったり、観光区画はひたすらインパクト重視だったり、中央区画は見栄えに拘る傾向がある。……ああ、こんな感じ」
ゴブタロウさんが説明していると丁度前菜らしき皿が運ばれて来た。野菜をメインに、華やかで食感の軽いものが一皿に纏められている。見栄えの良い花だと思っていたものが実は大根で、しかもしっかりと味付けされたものだったりとこれだけで驚かされっぱなしである。なんでこんなに美味いんだろうか。野菜自体違うような……。
「これは新しい品種だろうね。多分、まだ表に出回ってないやつだよ」
ガチで別モノだった。
「迷宮都市全体でも一部だけど、生産区画の業者と契約を結んで新しい品種を試用として使ってたりするんだ。もちろん、内部試験を経て問題はないと判断されたものだけだけどね」
「前から思ってましたけど、迷宮都市って品種改良とかめっちゃ捗りそうですよね」
「地球原産の品種からはかなりかけ離れてるだろうね」
「……地球原産? 似たようなものでなく?」
「厳密な意味では定義は難しいけれど、そのものだね。たとえば迷宮都市で食べられてる米の大半は、遡ればコシヒカリだったりするし。もちろんこっち原産の食材もあるし、交配もしてるけどね」
あまりに聞き覚えのある名前に気が遠くなりそうだった。気付いてなかったというか、思いもよらなかったわ。
「まさか、ダンマスが持ち込んだとかそういう事なんですか? あれ、でも召喚された時は全裸だったとか聞いたような……」
「無限回廊に再現世界という機能があってね。そこで創造したらしい。植物だけじゃなく動物も。君に馴染みがあるジャイアントパンダも、ほとんど地球原種のままのはずだよ」
「マジかよ……」
あいつら、地球のパンダとほぼ同種だったのか。いや、クローンだったりするし、喋ってる時点で同種ではないんだろうが。そりゃ似てるわけだ。
「つまり、動物園とかにいる奴らは大体そういう経緯で生まれたものだと?」
「大体はね。でも不思議な事に、そういう再現された種ではなくこちら原産のはずなのに、やたら地球のモノと似ている品種がいたりもする。代表的なものでは馬とか。獣神に狼や獅子がいたりするけど、そこまで偶然似る事ってあるものかね?」
「さ、さあ……」
どうなんだろうか。しかし、確かにそう言われてみればおかしいだろう。俺の住んでいた山には鹿だっていたし、王都には犬だっていた。獣人たちもそのほとんどの特徴は良く知ってる動物のものだ。
もちろん迷宮都市でそう呼ばれているだけで本来の呼び名は違うが、逆に言えばシステム的にもそう定義されるくらいは近しいものって事なんだろう。
ダンマスがこの世界に来たのが二十五年前。それ以上昔からいる種がこんなにも大量に共通点を持っているのはどう考えても不自然だ。ある程度知ってれば誰でも何かしらの干渉を疑う。無限回廊を通じて概念レベルでは繋がってはいるが、だからとしてもこれはちょっとピンポイント過ぎるだろう。
「まあ、未だ調査中の問題だから考えてもしょうがないんだけどね。多分、学者の誰かが解明するんだろうさ」
「せっかく来て頂いているのですから、今は食事に集中していただけるとありがたいですね」
「すまんね」
難しい話をしていたら、料理の皿を持って来た亭主さんから苦言があった。それは店の主と客というよりはもっと気安い関係に見える。
「この場もね、試作の料理についての評価をする代わりにタダにしてもらってるようなものだから」
「いやいや、お客さんが勘違いするじゃないですか。来て下さいってお願いしてるんですよ」
どうやら、なかなか面白い関係らしい。
「実は彼もなかなか良い舌を持っていてね」
「ほう」
「やめてもらいたいんですけど。別に美食家ってわけでもないし」
「ゴブリン肉の批評をできるのは大陸見渡しても彼だけかもしれない」
「ほ、ほう……」
ご主人、ドン引きしとるがな。確かにどんなマズさかを語るくらいはできるが、死を覚悟すれば誰でもできるんじゃないだろうか。
実際、俺に美食を評価するような能力はない。今回用意されたコースにしても、美味いとは思うし見た目も美しいとは思うが、そういう漠然とした感想しか出てこないのだ。
……いやあ、美味かった。量は物足りないが、それがまたいいと思えるくらいのアクセントになっている。
「良かったら、私がまだ周れていない店のレポートでも書いてみるかね? もちろん私も周るけど、そういう意見も必要だろうし」
「といっても、あんまり時間はないんですよね。行けても迷宮区画くらいで」
「別にギルドの依頼というわけでもないし、気が向いたらでいいよ。お代は未発表のグルメマップ集でいいかな」
「あー、いーっスね、それ」
B級グルメ食べ歩きを続けている身としてはかなり欲しい報酬だった。下手に金もらうより遥かに嬉しい報酬だ。
そんなわけで、後日、編集前の迷宮都市グルメ情報が保管されたサーバーへのアクセス権をもらったのだが、これがまたすばらしい情報ばかりだった。
それというのも、ゴブタロウさんがこういう依頼をしているのは当然俺だけではなく、名前は伏せられてはいるものの他の評価者の残した情報も閲覧可能なのだ。俺が評価文を書くのもこのサーバー上にファイルを置けばいいというお手軽っぷりである。そんな簡単な作業だって、基本的には任意だ。
たったこれだけでブレイク前の飲食店情報が網羅できるとなれば安いというレベルではない。自然と評価に熱も入るというものだろう。
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[ アスリートキッチン 氈鹿 ]
「なるほど、それで会館とも転送施設とも微妙に距離のあるこの店に来たわけか」
「そういう事だ」
何日か経ってフィロスを飯に誘った際、そういえばこいつらが借りてる訓練場の近くにもレビュー対象の店があったよなと訪問してみたのだ。かなり分かり辛いところにある店だからか、ずっと同じ訓練場を使ってるフィロスも知らなかったらしい。
拳闘士ギルドや闘技場が近く、一般向けジムが多いからかアスリート向けのメニューを各種提供している店で、選手のみならずダイエット中の女性にも人気らしい。店名は『氈鹿』。読み方は良く分からなかったが、カモシカらしい。この世界にカモシカがいるかどうかは知らん。
レビュー目的とはいえ、ゴブタロウさんのように依頼されて訪れるわけではなく基本的にはただの客だ。食事がタダになるわけでもないし、スタンスとしては料理店のレビューサイトに書き込みする人と大差はない。
一応店の人に気付かれないようにという注意はあるが、普通に写真を撮ったりしてる周りの客よりもむしろおとなしいくらいだろう。
「俺は名物の鶏ササミ定食かな。レビューのほうでも評価高かったし」
「じゃあ、僕はアスリートステーキセットかな」
「え?」
「……え? 僕もそれ頼んだほうが良かったかな?」
「そういうわけじゃないんだが……何故かお前なら鶏ササミを選ぶ気がして。いや、好きなモノ選べばいいと思うぞ」
「特に鶏ササミが嫌いなわけでもないけど、他に気になるものがあれば敢えて選ぶほど好きでもないかな」
……なんだろう。この、何も問題はないはずなのに肩透かしな気分は。俺は鶏ササミに何を期待していたというのだ。
「平行世界の情報が流入して混乱してるとかかな。……でも好みの問題だし、根本的に同じならそうそう変わるモノでもない気が」
「そんなものを見た覚えはないな」
第一、平行世界の情報を見るにしても取捨選択をしないと頭破裂しかねないから、本能的に重要な情報に絞っていたはずだ。そりゃ平行世界にフィロスはいるだろうが、普通の食事風景がその中に入っているとも思えない。
「まあ、いいか。レビュー書くのも俺だけだしな。それにしたって必須ってわけでもないし」
何か、見てはいけない深淵を覗き込むような恐怖に囚われたので、適当に注文して話題を流す事にした。
「そういうマップがあるならちょっと教えてもらいたいんだけど、女性が好みそうな店でいいところないかな? ここも女性客は多いみたいだけど、もっとデートに使うような」
「なんだ? 新婚の癖にナンパか……って、フィオちゃん連れてくのか」
「そうなんだけど、ほら、フィオってちょっとズレてるところあるだろ? 普通に過ごしてても、不意に意味不明なところで怒ったりするんだよね」
「……ちょっと同意しかねる話なんだが」
「あれ?」
いや、フィオちゃんがズレているというのは分かる。あんまり会った事はないが、そういう印象だった。だが、ズレてるのはお前もだ。二人揃ってズレてるならすれ違いもするさ。
「それで、最近もちょっと怒ってるみたいだからご機嫌取りでもしようかと思って」
「心当たりもないのか?」
「うーん。最近遅れて婚約指輪を渡したんだけど、それかな。王国にそんな風習ないし」
「いくら風習ないとはいえ、婚約者から指輪貰って怒りはしないだろ。よほどアレなデザインだとか」
「そういうの良く分からなかったから店員さんのオススメをそのままって感じだったけど、悪くないと思うんだよな」
「お前、別にセンス悪くないしな」
むしろ、センスないのは俺である。いや、正直あんまり自覚はないんだが、さんざん言われてきて認識はしてる。
「安過ぎたとか? でも、婚約指輪って給料三ヶ月分って話だよね?」
「……お前、冒険者の収入そのままで計算したわけじゃないよな。アレ、一般人の収入基準だぞ」
「……ああ、そういう事かな」
一般の受け取る給料に比べて冒険者の収入は多い。基本的に給料制のアーク・セイバーにしてもそれは同様だ。
技能職で危険職で才能の要求される特殊な職業だから当たり前とも言えるが、冒険者の場合は装備などの費用も必要経費として上乗せされている面もある。アーク・セイバーのような大クランなら支給品も多いだろうが、そういった費用が上乗せされているのは同じだ。
「お前の給料、明らかに一般人より多いからな。それで三ヶ月分はビビるだろ」
「そういう事か。昔から貧乏性だったしね」
スラムに住んでたんだから貧乏性は当たり前なんじゃないだろうか。未だにスラム時代のこいつが想像できないんだが。
「まあ、印象はともかく、別に問題はないんじゃね? 継続して散財するなら別だが、婚約指輪なんて一時的なもので、普通は一生に一回の記念品だし」
「だよね」
これが普通の冒険者なら中級でも問題あったかもしれないが、今のところフィロスはアーク・セイバーの所属だ。装備や消耗品は基本的に支給されるし、クラン寮に住んでいれば生活費もほとんどかからない。加えて、最近装備メーカーと契約結んだりしてるから尚更経費は削減されているだろう。
「そういや、お前らって結局結婚式はどうするんだ? 金かかるからフィオちゃんが渋ってるとか? ガウルたちはそんな感じで籍だけ入れたらしいが」
「複雑な表情してたけど、式に関しては乗り気だったよ? ただ、こっちは師匠がね」
「お前の師匠ってこっちに来てるんじゃなかったっけ?」
確か、元王国の伯爵で騎士団長経験者。なんでか知らんが引退後はスラムに居を構えてたという変わり者だったはずだ。フィロスたちの結婚を機に迷宮都市の冒険者になる事を決めたとかなんとか聞いている。というか、さっきフィロスを誘いに行った時も隅のほうにいた気がする。
だから忙しくて出席できないとかではないはずだ。
「自分の金で祝金出せない内はやるんじゃねーってさ。師匠なら冒険者としてもそう時間かからず活躍し出すだろうけど、理不尽だよね」
「……メンツの問題だろうな」
「しょうがないから、籍だけ入れたよ」
フィロスたちは気にしないだろうが、元々は結構な立場にある人間なのだ。義理とはいえ子供の結婚式なら見栄も張りたいだろう。というか、もう籍入れてたんかい。
「新居は?」
「今探してる。僕も君みたいにクランハウスにって考えたりもしたけど、調べてみてあまりに非現実的という事を理解したよ。あんなイベントの特別報酬でもない限りは無理だね」
「あの時はなんとなくで決めたが、調べてみたらハードル高いってレベルじゃねーからな。ギルド側にかなり勉強してもらったんだなーって痛感したよ」
考えてみれば、クラン創設がCランクからなのだから、その最大のハードルであるクランハウスの取得条件だってその基準になるのは当たり前なのだ。少なくとも個人で手に入れられるものではない。
大体、あんなでかい組織を抱えている美弓ですらまだクランハウスは持ってないのだ。それを自宅にしようというのはちょっと突飛が過ぎるだろう。
クラン員を住まわせるというのもそうだ。普通、あんなに自由にできる部屋数はない。トップクランのクランハウスを見て、常識が引っ張られていたんだろうなとは思う。クランマスターとその家族くらいなら枠を割けなくはないが、フィロスの場合はそれ以前の問題としてクランハウスを手に入れられない。
「リーゼロッテのやらかしも大きかっただろうしね」
「お前、ほんとロッテ嫌いなのな」
「別に嫌いじゃないよ」
「やらかしたらしい事は事実だけどな。ヴェルナーからも直接聞いてるし」
ダンジョン設定の隅まで知ってるからこそできる穴をついた高難易度化。知っててもやらない、むしろ自重する類の仕掛けが満載だった鮮血の城はギルド的にはすでに黒歴史と化している。黒歴史化したのはイベントのほうだけなので、通常の個別ダンジョンのほうは何事もなく営業しているが。
「で、話は変わって、君が言ってた連携確認の話だけど、そろそろ一回本格的な模擬戦でもしようか」
本当に変わってるのかという感じだが、その話をする必要があったのも確かだ。美弓もそうだが、剥製職人との関係もあるこいつやクラン所属者が巻き込まれる確率は高いのだから、先に巻き込んでしまえという話である。
いつになるかは分からんが、無限回廊の管理世界に行く場合も一緒に行く事になるんじゃないだろうか。
「別に構わんが、この流れはロッテを強制参加させる流れか? さすがに今のあいつとお前とじゃ差があり過ぎるような気が」
「いや、僕じゃないよ。ちょっと当ててみたいカードがあってさ。もちろんリーゼロッテよりも格下」
「……誰よ」
クラン同士の連携確認からの流れなのだから、まったく関係ないアーク・セイバーの誰かを連れてくるとは思えない。かと言って、フィロスのところのメインメンバーだとロッテが相手するにはちょっと厳しいだろう。
こいつの師匠とか、ジェイルあたりだと、将来的にならともかく今時点では逆に差があり過ぎる気がするんだが。
「燐」
「お前、ひどい奴だな」
「なんでだよ。……いや、でも割とアリな気はするんだよね。ツナ的にはナシだと思うかな?」
「……アリかもな」
あいつが中級相手にして勝つ事もあるって話は聞いてるが、今のロッテくらいが多分その上限値だ。Lv0の一般人状態で手が出るギリギリのライン。
いや、その基準が狂ってるのは分かるが、俺の持つ情報を総動員して予想するなら、百回に一回くらいならもしもがあり得る組合せだと思う。やっぱおかしいだろ、おりんりん様。
「この際、勝敗は別にしてもいい結果になると思うんだよね。お互いに」
「否定はしないが……」
事前に燐ちゃんについての情報を渡していたとしても、万が一負ければロッテはショック受けるだろう。それで潰れるような奴ではない事は知っているが、セラフィーナの才能を目の当たりにして焦りが見えているらしいのは伝わってくるのだ。更なる起爆剤は果たして必要か。ただでさえ中級昇格試験の真っ只中なわけだし。
……やるならすぐっていうのはまずいな。昇格試験合格後か、失敗して煮詰まった頃合いがいいかもしれない。
「対戦形式や実際に当てるカードは別にしても、大規模な模擬戦自体は話を進めておく」
「よろしく。忙しいのに悪いね」
「こっちが言い出してる事だしな」
しかし、どうしようか。実力差がある事は確かなのだから、いっそ燐ちゃんと土亜ちゃんで組んでもらえばショックも和らぐかな。……やべえな、実力差考えるなら普通はロッテの勝ちは揺るがないはずなのに、負けた時の事を考えてるとか。
「それでどうよ、ここのランチ」
「いいね。実にアスリート向けだと思うよ」
「確かにそうだが、アスリート向けとか分かんの?」
看板やメニューにそれを謳った文言はあるものの、フィロスがそれを拾って適当に言いそうにない言葉だった。
「最近栄養学について勉強し始めてるんだよね。スポーツの専門家であるアスリートと冒険者が必要とする栄養って共通する部分も多いし」
「ああ、そっちに手を出してるのか。メンバー管理の観点なのか、講習でもやるから俺も齧ってはいるが」
「興味深い内容だよね。下級から上級に至る過程で必要とされる栄養が変化していく。ダンジョンマスターが生物的に食事を必要としないように、別の生物に変化してるようなものなんだろうね」
「実際そうなんだろうけどな」
ダンマスが飯を食っているところは見た事があるものの、その実それは生命活動には不要な行為らしい。エネルギーにはなるが、別に食べなくても死にはしないそうだ。
冒険者の行き着く先はきっとそこで、実際上級になる過程でもその徴候は見られている。分かりやすく言えば、強くなるに従って必要な栄養素が減るのである。聞いた当初は逆じゃねーのかとも思ったのだが、これで合っているのだ。恐ろしい事に上級冒険者は体内で必要な栄養素を変換しているらしい。効率は落ちるが俺たちの時点でもそうだ。
もちろん限度はあるが、ある程度適当な食事でも身体側でそれを補ってくれるという意味不明な構造なのである。龍の連中は最初から魔素だけで生きている奴もいるから、そういう方向に変化しているのだろう。
「僕らにはまだまだ必要な管理だからね。訓練場使う時は利用しようかな。ジェイルとか意外とこういうところ細かいし」
「そういえばそのジェイルはどこ行ったんだ? 話があるから今日もついでに誘おうと思ってたんだが」
具体的にはパインたん関連の話である。
「依頼ついでに、王都へ里帰りしてる。といっても数日で帰ってくると思うけど」
「依頼?」
遠征……でも現時点で下級冒険者であるジェイルの立場では変だが、依頼を受けてというのも結構珍しい話だ。
「詳細は僕も知らないけど、王国貴族関係じゃないかな。彼の実家はかなり高位だし」
「グローデル伯爵家だもんな」
高位貴族なのに、出自を聞いてもまったく羨ましくない。
「まさか、伯爵が迷宮都市の視察にくるとかじゃねーよな。もしそうなら俺、居場所把握しつつ逃げ続けないといけないんだが」
「前も言ってたけど、伯爵とツナはどんな関係なんだい? 普通、王国の財務大臣との接点なんてなさそうだけど」
「偶然と運命のいたずらが重なって何故か気に入られてしまっているんだ。詳しく聞きたいなら話さないでもないが、多分後悔する」
「……やめておく。根本的に僕に関係なさそうだ」
別に知っても何も得をしないからな。俺と伯爵の距離感は知っておいたほうがいいかもしれんが。
剥製職人や因果の虜囚、もう少し遠くても冒険者としての成長に関わるなら別だが、兄貴を売り飛ばしたりとか、その兄貴がポルノダンサーになったりとか、そんな話はネタ以外に必要とは思えないし。
……一応、立身出世なのかな。まったく羨ましくないけど。
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[ 中華食堂 驫鸞 ]
「ああ、壮絶な御仁らしいな。俺はジェイルと嫡男殿しか会った事はないが、色々話は聞かされたぞ」
数日後、妙なところに理解者がいたのを、同じく昼飯の時に知った。ベレンヴァールが迷宮都市に来る際に案内人になったのがジェイルで、その途中でグローデル伯爵領にも立ち寄ったらしい。
オカマ伯爵こと、ウォルソン・リグ・グローデル伯爵自身は王国の財務大臣という役職故に基本的には王都在住だから不在だったらしいが、あの家が揃って性的におかしいという事は有名だ。ロリコン気味な次男のジェイルはその中では極めてまともな部類という恐怖の家系である。それでいて子供がちゃんと生まれているあたり貴族としての義務は果たしているというか、むしろタチが悪いというか難しいところだ。
「奴の兄のケインも大概だったが、庭の散歩道を見せられてその用途を知った時には素直に伯爵に会わずに済んで良かったと思った」
「ほ、ほー」
一体なんの散歩道なのか。知りたくない。
「俺のような魔族は性欲そのものが薄いのだから、そんな話を聞かされても困るのだ。人間の中に理解し難い性的嗜好を持つ者がいるというのは、ここ数ヶ月で理解したが」
「いや、お前の周りにいる変態さんたちは人間的にもマイノリティだから。むしろ普通なら探すのが困難なレベルのびっくり人間たちだぞ」
「向こうでは人間と関わりあいになる事は少なかったからな。ひょっとしたら、それが多数派だったという事もあり得るのではと思ったりもした」
「いや、ねーよ」
あんなのが沢山いたら人間やべえってどころじゃない。ベレンヴァールは無量の貌攻略でサージェスが何をやったのかを知ってはいるのだ。
「そんな性的びっくり人間どもの事は置いておくとしてだ、お前自身はどうすんの? はっきり言っちゃうとサティナの事だけど」
「…………」
いや、無言で目逸らすなよ。
「お前的には冒険者として挫折してくれる事を期待してたのかもしれないが、そうなりそうにないぞ」
「……実に困った話だな」
むしろ、冒険者として見るならアレは特級品だ。俺は直接見る機会はほとんどなくて主にサンゴロのレポートで判断しているが、それだけでも伝わってくるほどに才能に満ちている。さすがにセラフィーナや燐ちゃんといった歴史上で見ても規格外っぽい連中ほどじゃないだろうが、ウチですら埋もれるレベルにない事は明らかだ。
特筆すべきなのは精神性だ。ネームレスに操られ、精神的に繋がっていた事による意識の変化はすでに人間の範疇から逸脱しかけている。特定の事に執着し、それ以外の事にドライな姿はむしろ亜神のそれに近い。
俺が思うに、元々の才能だけならそこそこといったところなのだろう。そこに加わった精神性が上手く作用して冒険者としてはプラスに働いているのが皮肉なところだ。
「実際どうなんだ? 種族的に無理っていうのは普通にありそうなもんだが」
ベレンヴァールは見た目こそ人間に近いが、中身はまるで別物だ。その上、異世界の住人でもあるのだから普通なら成立しない関係にも思える。
いくら熱烈に迫られても相手がオークだったりしたらごめんなさいするしかない。種族差っていうのはそういうものだ。いや、それがいいという変態もいるにはいるわけだが。
「実は、検査した結果、俺とこの世界の人間とで子供を残せるらしい事は分かっている」
「そうなのか。意外だが、そういう検査もしたのか」
「そういう話をサティナから聞いた」
「…………」
なんとも反応に困る話である。
「俺の世界でも魔族と人間が結ばれた例はあるにはあるが、大抵は悲劇だ。本人がどう感じていたかどうかはともかく、周りからはそう見える。問題は山ほどあるが、その最たるものは寿命だ。共に老いていく事ができないというのも辛いものだが、残されたほうは更に辛いだろう。死に別れた後のほうが長いのだからな」
「だが、冒険者にその問題はないぞ」
「分かっているが、俺の価値観はそういうものと固まっていたんだ。長い時間をかけて固まった意識を崩すのは中々に厳しい」
ベレンヴァールの意識以外問題らしい問題もないんだよな。それが最も厄介なんだが。
「そもそも、俺は向こうにいた時点で結婚する気などなかった。そんな気が少しでもあったら探索者などやっていない」
「基本的に受刑者の巣窟っていうならそりゃそうなんだろうな」
そんなところに嫁に行こうとする娘がいたら、親は間違いなく止める。親でなくとも周りは止めるだろう。迷宮都市では結婚相手としても人気職業だが。
少しでも迷宮都市とパイプを繋ぎたい王国や帝国の貴族が冒険者相手の婚姻を狙っているらしいという微妙にリアルな事情を、先日研修で会った帝国皇族君に聞かされた時にはなんとも言いようない気持ち悪さに襲われたものだ。尚、大体見合いの時点で失敗するらしい。
「ダンジョンマスターたちが辿った過去を聞いた以上、領主殿を責める気も起きんしな」
「別に嫌なわけではないだろ?」
「戸惑っているというのが正直なところだ。今はただ時間が欲しい」
婚期の限界が迫って来てるとかそういう問題じゃないから、そこは問題ないだろうが。
同じクランで活動すれば一緒に過ごす時間も増えて、意識も変わるだろう。……問題は、そういう冒険者の結婚は失敗するという前例が多い事だが。
「救う側の覚悟というやつを突き付けられている気分だよ。困っている人を助けて、はいめでたしとはいかず、助けられた側にだってその後はある。……助けられなればその次すらないのが難儀な話だが」
「難題だよな。……まあ、今はとりあえず食え食え」
俺はそう言いつつテーブルの回転台を回す。
「食いながら思っていたのだが、これは些か量が多くないか? 明らかに二人分ではないだろう」
事前のリサーチ不足というより他はないが、この値段の昼飯でこんな量が出てくるとは思ってなかったのだ。
この読み方の良く分からない店がやっている要予約のランチサービスは一風変わっていて、事前に予算を言っておけばその値段でコースを創ってくれるというものだ。
ちょっと多めに出したくらいのつもりなのに、満漢全席とまではいかずとも多種多様な中華料理が並んでビビっている。普通、晩飯でもこんなに食わない。
ちなみにこんな感じで昼はリーズナブルだが、夜は結構お高いらしい。このサービスも、新規客を取り込む狙いがあるのかもしれない。
「元々はサンゴロも声かけるつもりだったんだが……」
「あいつは今日暇してたはずだが?」
「……先日の話が頭を過ぎって、如何にも太りそうな中華に誘うのは躊躇われたんだ」
「冒険者が昼飯食っただけで太るとは思えんが、理由があるんだな」
「いくらなんでもサンゴロを肥え太らせて、アスパラガスの生贄にするなんて事はできなかったんだ」
「……良く分からんが、あまり聞きたくなくなってきたな」
太った中年を性的に虐めるのが好きなダークエルフの事なんて上手く説明できる気がしない。
「端的に言うなら、今後連携していくだろう別クランとの問題を増やしたくなかった」
「大事な事ではあるな。裏に透けて見えると素直に受け取れんが」
「そこは受け取っておけ」
多分、それで問題はない。
「しかし、この中華というのはまた変わった様式だな。これも日本とやらの食事なのか?」
「お隣の大陸にあったでかい国の食事だな。かなり日本ナイズされているものが迷宮都市で更に手が加わってる感じだけど」
もはや原型を留めていないともいう。実際、今日のメニューも四川風だというのにそこまで辛くないし。花椒は効いてるが。
「俺がいた時点の日本って、海外から入ってきた料理がアレンジされた上で土着してる事が多かったんだよ。オリジナルの国の人間が見ても同じものに見えないという魔改造っぷりだったが」
「確かカレーというのもそうだったな」
「インドからイギリスに伝わって、そこから日本という惑星一周分くらい移動してきた料理だな。多分、日本にいたインド人も同じものとは認めてない。下手したら気付いてない」
「壮大な話だな」
迷宮都市のカレーはそこから更にアレンジされているが、基本は日本のモノと方向性は同じだ。再現世界とやらか、あるいはダンマスの影響かは知らんが、俺もユキも違和感なく食べている。
「ベレンヴァールは故郷の味が恋しくなったりはしないのか?」
「向こうにいた時点で故郷を離れて久しいというのもあるが……ウチの故郷の料理は……なんというか素朴なのだ。素材そのままというか……ラーディンよりはマシと思うが、敢えて食したいとは思わない。俺としては食べるならこういった多数の調味料を組み合せたもののほうがいいな。コレは少々辛味がキツイが」
そう言いつつベレンヴァールがレンゲで指すのは麻婆豆腐だ。
「本来の四川風ってこれより遥かに辛いぞ」
「……それはちょっと厳しいな」
地元の人はそれが普通らしいが、俺もあんまり好んで食いたくはないな。食うにはこれくらいのほうがちょうどいい。この場にはないが、ご飯食うのに合う味を探しているだけかもしれん。
「しかし、そういう素朴な味のほうが懐かしくなりそうなものだけどな」
「そこら辺にあるものを適当に囓れば故郷の味といったところか。長命種に良くある事らしいが、変化を嫌って新しいモノを受け入れない。料理も同じという事なんだろう」
どんだけ素朴なんだよって思うが、良く考えたら俺の故郷はもっとだったな。なんでもいいから食えればマシなのだから。
「いや、そういえばロクトルは割と料理を嗜んでいたな。家を訪れた際は良く食わせてもらっていた」
「お前が偽名に使ってた奴の名前だよな。同郷とかいう」
「ああ、色々多才な奴だったな。俺の皮膚に彫られた複層魔彫紋も奴の発明だ。向こうの世界でも奴しか彫れないし、ダンジョンマスターも理解できないと言っていた」
「ダンマスが匙投げるのかよ」
「俺でも分かる基礎技術に関してはあっという間に実用化したがな。戻ってから聞いたが、クーゲルシュライバーのドリルもこれの応用らしい」
「ほー」
意外なところですげえ事やってるんだな。
「ちなみに、その入れ墨って俺でも入れられるものなのか?」
「俺も気になって調査はしてもらったんだが、向こうの人間同様、こちらでも不可能らしい。どうも魔族特有の何かが必要だとかなんとか……制御の面に問題があるらしいな」
ベレンヴァールのように自由自在に使えるならともかく、暴発や不発の危険があるなら二の足を踏むな。即発動可能な魔術は有用だと思うんだが。安定性を求めるならマジックアイテムのほうがいいか。
「しかし、やはり量が多いな。どんな問題かは聞かんが、サンゴロか……そうでなくとも誰か連れてきたほうが良かったんじゃないか?」
「まあ、問題に関しても俺の杞憂だろうしな。また別なところに誘うよ」
「それはそれとして、料理の写真は送ろうと思うが」
「……ほどほどにな」
ちなみにこの店で一番美味かったのは、口に含んだ途端肉汁が溢れ出す小籠包だった。四川で食われているかは知らんが。
-4-
「まったく、俺が一人でゴブジロウ弁当食ってる時に美味そうな写真送りつけてきやがって。嫌がらせか。何が『美味い!』だよ、キャラ変わってるじゃねーか!」
「まあまあ」
というわけで、改めてサンゴロを誘ったのは翌日である。今日行く予定のところも中華ではあるが、餃子定食なら太る心配はないだろう。
「暇だったから、俺も声掛けて欲しかった。……いやまあ、大将の事だから理由はあるんだろうけどよ」
「大した理由じゃないんだが、お前がアスパラガスに掘られる危険性を考慮した結果だ」
「何それ怖い。意味は分かんねーけど」
分からないように言ってるしな。赤裸々に語りたくもないし。
「色んな店開拓しようとしてるわけだから、機会はいくらでもあるしな。今日はこうして誘ってるし。ちゃんと店もあまり太らなそうなところを厳選した」
「謎の気遣いありがとよ。……で、なんで外で待ち合わせなんだ?」
「他にもう一人来る。お前も良く知ってるジェイルだ」
トライアルの時に一緒になってるから、サンゴロとは顔見知りのはずだ。
「あいつか。ああ、クラン間の連携やらなんやらの一環って事か」
「それもあるが、前にフィロス誘った時の……って来たみたいだな?」
話している間にジェイルがやって来た……のだが、その表情が芳しくない。そして、その後ろになんか見た事あるような初老のおっさんが一人。
「……すまん」
開口一番、謝罪から入ってきたぞ。
「とりあえず説明が欲しいんだが。なんで辺境伯がここに?」
ジェイルが連れてきたのは、ここにいるはずのないネーゼア辺境伯だった。
「ん? 初対面……ではないな、あの時グレン君と一緒にいた者か」
「あ、はい。こういう時の礼儀作法とか知らないんですが」
「いらんいらん。冒険者にそんなモン求めるほど寝惚けておらんわ。公式な場でもないしな」
相変わらず気さくなおっさんなのはいいが、状況が掴めない。
「いや、あのな。ついさっき、辺境伯から迷宮都市の観光するから案内しろって言われて」
「ひょっとして、前に言ってた移住話の一環ですか? 破談になりかけた」
「ずいぶん詳しいな。グレン君から聞いてるのか?」
「あれ?」
いや、俺その場にいたんだけど……ああ。
「すいません、自己紹介忘れてました。渡辺綱です。引退したんでぶっちゃけますが、デーモン君の中の人やってました」
「は? ……はあああっ!?」
そりゃ驚くよな。辺境伯、下手したらデーモン君の事、暗殺者かなんかだと思ってるし。
「なんで、あの時デーモン君がいた場の話は当たり前ですが俺も知ってるという事で」
「い、引退したという事は儂への監視とかそういう事ではないわけだよな」
「いや、暗殺とか監視とかはグレンさんの冗談なんで」
「……おのれ」
この様子だとフォローすらしてないな、グレンさん。ひどい。
「まあ、というわけなんで、急な話で悪いが俺は観光の案内をしないといけないんだ。昼メシはまた今度って事で……」
「あ、ああ。また今度」
そう言って別れると、ジェイルは哀愁漂う背中で辺境伯と街へと消えて行った。正確なところは分からないが、騎士団辞めて迷宮都市にやって来て、折角慣れ始めたところで急に過去の柵に現実へと引き戻された感じがしているとかそういう事なんだろう。あいつから見たら、貴族としても軍人としても間違いなく上の人間なわけだし。
このまま辺境伯も一緒にどうかって思ったが、ほとんど初対面のサンゴロもいる状況で同行はちょっと厳しいだろう。どういう形で紹介するか困る身の上だし。
リディン一味が拉致・監禁して拷問してたラーディンの勇者の使者ですとか言ったら、総責任者だった辺境伯の胃が壊れてしまう。
「なるほど、なんでスルーされてるのか不思議だったが、そりゃ言い出し辛いよな」
放置してたサンゴロも、その説明を聞いて納得したらしい。
[ 餃子専門店 天津飯 ]
「かぁあああああ~~~~っ!!!! うめぇっ! 学校サボって飲むビール超うめーっ!!」
というわけで、今日の昼メシは迷宮区画の大通りからちょっと離れたところに新規オープンした餃子専門の店、天津飯である。餃子専門なのに何故天津飯なのかは知らないが、深く突っ込んではいけない気がする。
今日頼んだのは昼定番の餃子定食である。もちろんビールはない。
「……なあ大将、俺すげえ酒飲みたいんだけどよ」
「奇遇だな、俺もビール飲みたい」
餃子定食に手を付けてまず感じたのは、その美味さよりも無性に湧き出すビールへの欲求だった。
大盛りの餃子と白米、スープと付け合せにザーサイというシンプルな構成はそれだけで見ても悪いものではない。シンプルであるが故に餃子の味を際立たせているほどだ。白米だってちゃんとマッチしている。
しかし、どうしてもビールが飲みたくなる。昼時だからか、周りを見てもあのちっこいドワーフっぽい少女以外はビールを飲んでいたりはしない。……少女とは言ったが、多分二十歳以上なんだろうなとは思うが。
「立場上飲食を縛る決まりなんてないから、酒飲むにしても自己裁量ではあるんだが、お前この後訓練じゃなかったっけ? 中級昇格に向けた」
「だよなー。酒の臭いさせて行ったら白い目で見られそうだ。傭兵やってた頃は気にしなかったんだけどな……」
ちなみに、俺は口にするまでもなく外食でアルコール類は提供してもらえない。サンゴロが頼んだものを飲むのはできるが、個室ならともかくオープンな場所でやったら普通に怒られるだろう。
くそ、あのビール欲求を煽るちっこいドワーフさえいなければ普通に飲みたいなーで済むのに。周りのお客さんもうずうずしてるじゃないか。
「おっと兄さん、そいつはいけねえ」
「な、なんだあんた?」
「兄さんは今、仕事中だからビールは駄目だけど、ノンアルコールならとか思って注文しようとしただろ。いけねえ、そいつは減点だ。男ってやつはこういう時に妥協するのはマイナス! 飲みたいもんも飲まずにいい仕事なんてできないんじゃないのかい? 午後の仕事が手につかなくなるぜ。……正直になっちまいなよ、そのメニューに置いた指をちょっと上にずらすだけでいいんだ。それだけで気持ち良く仕事もできる」
「や、やめろっ!! 俺を誘惑しないでくれっ!?」
……なんか隣の卓で寸劇が始まったぞ。
「あ、あれは< 道連れのマサ >っ!」
「知っているのか、同志R」
「……ああ、あいつは自分が仕事中にビール飲みたいがあまり、道連れを増やしてビールを飲む自分を正当化させようとする悪魔のような奴だ。この店で奴の餌食にかかった中年サラリーマンは何人もいると聞く」
「お、恐ろしい……なんて危険な奴なんだ< 道連れのマサ >」
と思ったらちょっと離れた席で謎の解説が始まった。同志とか言ってるからYMKみたいな奴だなと思って見たらなんか本当にYMKっぽいローブ着てるし。
というかマジで何者だよ、< 道連れのマサ >。
「かぁあああああ~~~~っ!!!! 餃子うめぇっ! ビール超うめーっ!! 染みる~~っ!」
うるせえよ、そこのドワーフ。
と、そんな時、どこからともなく今度はおっさんドワーフがやって来た。……なんか見た事あるんだけど、あれクロガネさんじゃね?
その推定クロガネさんが、カウンターのちっこいドワーフに近付いていくと、いきなり後頭部を殴りつけた。突然の惨事だが、勢い良く舞い散るビールについ目がいってしまう。
「いてえっ!! いきなり何すんだっ!? ってオヤジっ!? なんでこんなところに!!」
「何やっとるか、このバカ娘がっ!!!! そりゃこっちのセリフだっ! 学校はどうしたんだバカタレ!! 平日じゃねーかっ!」
「だ、大丈夫だって。今日一日抜けて来たところで留年なんかしねえから!」
「フェアリア学院一の馬鹿と評される娘を持ったワシの身にもなってみろやっ!! いいから帰るぞ!」
「ま、待って……まだビール半分くらい残って……」
「うっせえっ! いいから学校戻りやがれオルグンテっ!!」
「お客様、餃子三十人前お持ち帰りです。重たいので気をつけて下さい」
「あ、はいどうも」
親子喧嘩らしきところに堂々と割って入る店員さん。というか、クロガネさんも餃子買いに来てるんじゃねーか。
「なあ大将……」
「気持ちは分かるが我慢するんだ。夕方まで我慢して気兼ねなく飲んだほうがいいって。俺も我慢する」
「いや、大将はどの道頼めねえだろ」
「うっさいわ」
そんな事は言われなくとも分かってるのである。
「……仕方ねえ、訓練終わったらダッシュでまた来るわ」
実際、訓練前に酒入れるのは駄目とは言わないが、やめておいたほうが無難だろう。
……しかし、一つ懸念がある。隣の席でついにビールを飲み始めた< 道連れのマサ >とサラリーマン風のおっさんに釣られて、周りの席でもチラホラビールの注文が入っている。いや、他人だし昼休みにビール飲んでいようが構わないんだが、それに比例して餃子を注文する声も異様に増えているのだ。レビューには数量が決まってて、夕方まで保たない事があるって書いてあったけど、これって本当にサンゴロが戻ってくるまで残ってるんだろうか。
その後、当たり前のように『完売』の看板の前に崩れ落ちるサンゴロの姿があったらしいが、俺は別に悪くないと思う。
ついでに、ビールにハマった事で一時的にではあるがサンゴロの体重が増えたらしい。
……せっかく注意してたのに。
アスパラガスの忍びよる足跡が聞こえる。(*´∀`*)
次回も敗者復活戦の一つです。順不同でいいという許可は貰いましたが、まだ何をやるかは未定。