表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/177

特別編『エルフ倶楽部とサラダだらけ』

今回の投稿は某所で開催した「特別編アンケート敗者復活戦コース」に支援頂いた安谷まこさんへのリターンとして実施した特別編アンケート敗者復活戦再アンケートで一位を獲得した作品という、非常に分かりづらい経緯を辿った投稿となります。(*´∀`*)




-萵苣-




 ウチの高校には、とある奇妙な部活動が存在する。エルフ系統の種族でないと入れない『神聖サラダ倶楽部』という仰々しいのか抜けているのか良く分からない名の部活だ。

 名前からして奇妙だし、ここは妖精種のみを対象とした高校だから種族縛りの部活動があるのもそこまでおかしな事ではないけれど、神聖……略してサラダ倶楽部が奇妙なのはもっと別な部分にある。


 まず、活動内容が良く分からない。創部申請時にその旨は記入されているのだが、確認できるそれは『エルフだらけでサラダまみれ』という一言だけだ。如何にも創部の際に適当に書きましたと言わんばかりで、まったくもって意味不明である。実際、当事者ですら活動内容は良く分かっていない。……つまり、私の事だ。


 次に顧問がいない。ウチの部活動は顧問必須で、いなければ部活動未満の同好会、研究会扱いになるのが普通なのだけど、何故だか承認されてしまっている。登録上もちゃんと部活らしい。

 一応名誉顧問はいる。いる……と言っていいのが激しく疑問だが、とりあえずそれらしきモノはいる。部室の名誉顧問専用の席に座っている超不気味なトマトの巨大フィギュアだ。超偉そうなポーズで半笑い固定の口に葉巻を咥えた不気味トマトである。今にも動き出しそうで気持ち悪いけど、フィギュアだから喋れないし。……まあ、部室にはそんな謎の名誉顧問が陣取っているのだ。部活の組織構造から考えるに、多分、最近色んな店で見かけるようになった『トマトちゃん』という名のグッズのキャラだと思うのだが、いまいち確信はない。少なくともトマトちゃん公式販売元のラインナップには載っていない。


 そして部長もいない。もう部活の体をなしてないような気がしなくもないけど、部長は資料に存在している二代目部長までで、それ以降は永久欠番らしい。なんと、最高責任者は副部長である。……つまり、私の事なんだけど、主もなしに一体なんの副だというのか。

 その資料に載っているのは渡辺綱という謎の人間だし、二番目は岡本美弓というこれまた謎の人間だ。なんで永久欠番の部長が人間なんだろう。

 いや、一応名前だけなら関連性がないわけでもないのだ。ウチは部活動であるのと同時に『トマト倶楽部』という企業の傘下組織でもあって、そこの社長がミユミというのだ。名字はない……はず。ひょっとして、なんか名誉な称号か何かって扱いで二代目の名前を継承しているとかそういう事なのかもしれない。そういうのって普通初代の名前からとるものじゃないんだろうか。社長は女だから、男の名前は付け辛かったとか?

 あと、最近売出し中らしい冒険者で渡辺綱って同姓同名の人間がいるけど、この人は関係ないよね? 資料上の初代部長とは名前と人間って部分くらいしか一致してないし。ほんと、謎だ。



 ある日の放課後、いつものようにそんな謎部活の部室に入ったら、何故かその渡辺綱がいた。冒険者のほうの渡辺綱だ。……いや、なんで? 意味分からないんだけど、実は関係者だったの?


「あれ? ……ああ、授業終わったのか」

「あ……えーと、その、はい」


 上手く言葉が出てこない。なんせこの人、妙に威圧感があるのだ。背が大きいだけでなく、全身から周りを押し潰してしまいそうな存在感を放っている。冒険者ってみんなそういうところあるけど、この人は特に強烈だ。


「エルフ……かハーフかは分からんけど、ここの部員だろ?」

「あ、はい、一応ハーフですね」


 ここがウチの部室である事は知っているらしい。だとしたら、なんでいるんだろうって事になるんだけど、まさか本当に関係者だったのだろうか。

 ちなみにエルフの血統はちょっとややこしくて、純血のエルフ以外は基本的にハーフエルフと呼ばれる。私の場合も、ハーフと人間の子なのにクォーターエルフではなくハーフエルフ扱いだ。大体耳の長さが一緒になるので、ハーフかクォーターかの見分けが付かないのも原因かもしれない。先輩の中には人間同士の子なのに先祖返りでハーフエルフだった人もいたから、エルフかそうじゃないかくらいの違いでしかないんだろう。

 あんまり深く考えると自分のアイデンティティが崩壊するかもしれないので気にしない事にしている。あまり関係ないならどうでもいいとも思っている。


「用事が終わるまでここで待ってろって話だったんだけど、まさか部室まであるとは思ってなかったわ。微妙に再現してるし」

「その……それで、あなたは一体……」

「ああ、悪いな。冒険者の渡辺綱だ」


 テレビとか雑誌で見た事あるから知ってるけど、やっぱり本人らしい。メディア通して見るのと、こうして直に会うのじゃ全然違うな。見た目は同じなのに別人みたい。

 実力と経歴の割に妙にファンが少ないって話だったけど、こうして直に見てしまうと納得だ。怖い。ビジュアルだけならそうでもないのに。滲み出るような圧を感じる。巷で言われているように、バラエティ向きではない。


「やっぱりそうですよね。……ひょっとして、関係者なんですか? 実はウチの卒業生とか?」


 妖精種限定なのは創立当時からって聞いているけど、私が知らないだけで例外って事もありえなくはないだろう。定員割れしたとか。


「いや、高校卒業どころか学歴ゼロだ。この街に来たのも一年前だし」


 そういえば、そういう経歴だった気がする。

 やっぱり関係はないのか。偶然? 一年前に迷宮都市に来て、すでに私が知っているような知名度っていうのもすごいけど。そういえば、この人私より年下なんだったっけ。それで卒業生っていうのはまずないか……全然年下には見えない。人間ってすごいな。


「ただ、関係者ってのは微妙に合ってるかな。間接的過ぎてもはや無関係に近いんだが。美弓関連って言えば通じるか?」

「あーはい、社長の知人だったんですか。今日は社長も来てるとか?」

「ああ。ここに来た途端、校長室に呼び出された。しばらく待っててくれって話だったんだが、もうかれこれ二時間になる」

「そ、それは……なんかすいません」


 良く分からないけど、学校にしても社長にしても身内側の事情でお客さんを待たせてしまっているらしい。多分寄付金かなんかの話なんだろうけど、部外者をこんな風に放置したらまずいだろう。

 テーブルの上に置いてあるのは暇潰しに読んでいたっぽいウチの教科書だ。日本の高校基準で作られてるらしいのに、学歴ゼロの人が読んで分かるんだろうか。


「あ、お茶出しますね。秘蔵の茶葉を出しますから」

「いえいえ、お構いなく」


 なんか威圧感の割に腰の低い人だな。あまり冒険者っぽくない。

 というわけで、こういう時でもないと使わない、自費購入した秘蔵の茶葉を用意する。実は名誉顧問のフィギュアの後頭部が隠し棚になっているのだ。普通に置いておくと勝手に使われるので重宝している。副部長特権というやつだ。


「ところで、その巨大トマトちゃんはなんなんだ? やけに偉そうだが」

「名誉顧問……です? やっぱり、トマトちゃんなんですかね、これ」

「部員が正体知らんのか」

「私が入学する以前からここにいたらしいので」


 以前この部活にいたライラ先輩から聞いた話によれば、巷でトマトちゃんが発売されるより前からここにふんぞり返ってるらしい。場所とっているのは仕方ないにしても、後頭部の棚が冷蔵庫だったりしたらもっと使い道があるのに。


「あっ、お茶請けがない……野菜でもいいですか? プチトマトとか」

「お茶請けがないのは気にしないが、代わりに野菜があるのはどうなってんだか気になるんだが。まさか、サラダ倶楽部だからなのか」

「昔この部活にいたパセッタっていう先輩がベランダに菜園作ってて、それが今も続いてるんです」


 本格的なものではなく、栽培が簡単なものを代々適当に育てている感じだ。時々、昼ご飯の足しにしたりもする。

 なんとなく私も食べたくなったので、ベランダから食べられそうな野菜を見繕って出してみた。包丁持ち込んじゃ駄目だから洗うくらいしかできないが。


「あ、お茶美味い。……野菜は普通だけど」


 日本語名っぽく、お茶の味が分かる人か。改名にそんな基準なんてないはずだけど。いきなり砂糖要求する人もいるから、味が分かる人は大歓迎だ。

 野菜が普通なのは当たり前である。


「それで、今日はなんのご用件ですか? 言っちゃなんですがここ普通科の高校ですし、冒険者の方が来るようなところではない気が……社長と知り合いっていうのは分からなくもないですが」

「その前に名前聞かせてもらってもいいか。さっきも言ったが、こっちはDランク冒険者の渡辺綱だ。所属は一応OTIっていう設立前クラン」


 あ、もうDに上がってたんだ。前に見た時は中級昇格直後でD-だった気がするけど、そんな簡単に上がれるもんなんだろうか。中級ランクの大多数がD-って事を考えるとすごいんじゃ……。


「あ、すいません。えーと、チシャです。チシャ・サニーレン。ここの生徒で、ここの部員……というか副部長やってます」


 顧問はアレだし、部長は永久欠番なので、部内限定で実質的な最高責任者である。部員は十人もいないから狭い天下ではあるが。


「あんまり詳しくないが、ハーフエルフで名字持ちって珍しいんじゃなかったっけ? 迷宮都市出身とか?」

「いえ、出身はハーランダ商連合です」

「ああ、長い事帝国とやり合ってるっていう」

「はい」


 ハーランダ商連合というのは、リガリティア帝国の南東に存在する都市国家群の総称である。私が生まれるよりもかなり前……というよりも百年以上に渡って併合を拒否し続けている、今となっては数少ない勢力だ。

 もっとも、すでに勢力としては風前の灯火で、いくつかの都市国家を除いて帝国に併合されてしまっている。私の故郷も、もう存在しない。

 帝国が正面でやり合っているのはオーレンディア王国……という事になっているが、実はそういう体になっているだけで休戦状態。実際の主戦場はこちららしい……というのは学校の授業でもやる内容である。今やってる近代史もこのあたりで、ゴチャゴチャしてて分かりづらいと評判だ。当事者の私も良く分かってない。


「ウチ、都市長の御用商人だったんで、その関係で上級市民として家名を貰ってたみたいです」

「いいところのお嬢さんだったわけか」

「あはは……妾の子で、しかもすでに国なくなってますけどね」


 家名を名乗る事を許されたのだって迷宮都市に来てからだ。ハーフエルフの社会的地位というのは正直高くない。この学校に来ている生徒には良くある話で、同郷はほとんどいないけど似たような経歴の子なら結構いる。

 どんな境遇で、どんな背景があったとしても関係なく受け入れる迷宮都市の懐の深さはすごいと思うが、受け入れられたからといって過去が消えるわけでもないのだ。


「つまり、実家の地位も過去の話で、今の私は一般人というわけです。その実家も迷宮都市に来てからはパッとしないし」


 ウチの経営がパッとしないのも仕方ない部分はあるのだ。何せ、ルールが違い過ぎる。普通科の授業だけでも分かるくらいに法が遵守され、整備されている環境で外の慣習など通用するはずがないのだ。

 今だから言える事だが、迷宮都市の外は決して法治国家などではない。法律は特権階級のためにあるものであって、市民を守ってくれない。慣習やコネ、袖の下を利用して成り上がるのが賢い商人の生き方であり、その生き方を遵守していた父を責める気はない。

 迷宮都市なら一般人だって裕福なのだから、過去の栄光など忘れてほどほどに暮せばいいのだ。父も、血反吐を吐いて商業大学に進学して地獄を見ているだろう兄も、そこら辺が理解できていない。

 だからという話ではないが、少しでも安定した将来があればそれに飛びつくのが今の私だ。コネに強いと言われた謎の部活に所属しているのも、それが理由である。言っちゃなんだが、他企業との繋がりも強く、手広くやっているトマト倶楽部は結構有望な就職先なのである。


「別に深く突っ込むつもりはなかったんだ、悪い」

「いえ、ここだと挨拶代わりみたいなもんなんで」

「そういや、美弓もここは訳アリが多いって言ってたな。俺の境遇も大概だと思ってたが、似たようなもんか」


 商連合に限らず、迷宮都市外からの移民というのは訳アリばかりだ。むしろ、訳がなかったら冒険者くらいしか移住できないともいう。

 性奴隷として扱われていたくらいならまだマシなほうで、クラスを見渡すだけでももっとひどい境遇の人はいる。族長の娘の癖に頭悪くてここにしか入れなかったオルグンテというバカなドワーフもいるけれど。

 渡辺さんの境遇というのは知らないが、やっぱり軽々しく触れてはいけない部分なのだろう。外だと、冒険者ってあまりいい生活してないらしいし。


「それでここに来た理由だが、実はただのついでみたいなもんだ。そろそろランクが近くなって来たから共同でイベントやら攻略に出る事も多くなるだろうし、一回ちゃんと顔合わせしておくかって相談しに行ったらここに連れて来られた」


 そういえば、社長の冒険者ランクはC-だ。DとCの間には分厚い壁があるとは良く聞くけれど、近いといえば近い。ここまで駆け足で来た人にとっては余計に。


「なんででしょうね? 確かにここはエルフだらけ……というかトマト倶楽部の下部組織ではありますけど」

「この部活の元になった部活の部長やってたからな。今もやってるんだぞって言いたかったのかも。ぶっちゃけ俺自身はそこまでサラダ倶楽部に思い入れはないんだが……振り回されてばっかりだったし」

「は?」


 え、何? どういう事? 確かに同じ名前だとは思ったけど、資料と全然顔違うし。でも、当たり前のように部長とか言ってる以上、関係があるのは確か……なのかな?


「えぇ……と、確かにウチの創立者は渡辺綱って名前の方らしいんですが」

「それは多分俺の事だな。前世で高校の時にやってたのがサラダ倶楽部なんだ。美弓もその時の後輩」

「え……えええええっ!?」


 ど、どういう事? そんな偶然あるの? 同じ世界の知人同士ってあり得るの? どんな天文学的確率なんだろう。


「俺としては驚かれ過ぎてびっくりなんだが。ニンジンさんとかクラリスは割と普通に受け入れてたから、名前くらいは伝わってると思ってた」

「な、名前は確かにですけど……まったく想像してなかったので。……じゃあ、社長も襲名したとかではなく、二代目部長本人って事なんですか?」

「そこも知らんのか。まあ、本人と言っていいのか分からんが、中身は同じだな」

「と、という事は、資料に載っている初代と二代目部長の顔イラストも……」

「その資料は知らんが、多分前世の顔じゃねーかな。美弓なら覚えてるわけだし、あいつ無駄に絵上手いし」

「ちなみにコレなんですが……」


 鍵付きラックの中から『サラダ倶楽部大全』という資料を取り出して部長に見せてみる。


「ああ、似てる似てる。美弓のほうはちょっと美化されてる気もするがこんな感じだった。なんというか、卒アル見てる気分になるな。超懐かしい」

「……という事はまさか、こっちの本で部長に良く似た人に迫っている鬼畜そうな眼鏡の人も部員だったり」

「おいやめろ! その劇物を俺に近付けるなっ!?」


 サラダ倶楽部大全の脇に仕舞われている薄いえっちな本を見せたら壮絶に嫌がられた。……まさか、これもノンフィクションだというのか。


「くっそ、こんな危険物を学校に持ち込むんじゃねーよ。言っておくが、断じて俺とレタスさんはそんな関係ではないからな。嫌がらせするのが得意な奴ではあったが、性癖はノーマルだ」

「あれ、この眼鏡さんってレタスなんですか?」

「そうだよ。実は俺も顔は良く覚えてないんだが、前に見せられてしまったやつではそう呼ばれてたし。というか、いくつあるんだよ、そのシリーズ」

「分かりませんが……たくさん?」


 少なくとも、三冊は見た事あるし。人目から逃れるような配置で隠されてたりするから、部室内にはもっとあるだろう。私は買えないけど、売ってるのは多分もっと。


「でもそうか、この人が初代のレタスだったのか」

「なんだ、レタスの二代目がいるのか? サラダの材料なんて、そこまでバリエーションあるわけじゃないだろうから、規模広げるなら仕方ないのかもしれないが」

「何代目かは分かりませんが、私のサラダネームがレタスです。サニーレタス」

「……レタスさん、こんなに可愛くなっちゃって」

「ふぇええっ!!」


 何っ!? この人なんでいきなり可愛いとか言い出してるの!?


「いや、口説いてるとかそういう意味じゃなくてだな。覚えている所業とその本のせいで、俺の中ではレタス=鬼畜な眼鏡になってるから、イメージに合わないどころじゃない」

「う……そう言われると、ちょっと嫌かも。この悪そうな眼鏡さんと同じか」


 サラダネーム付けられたのは社長と顔合わせした直後だから、今更といえば今更なんだけど。


「でも、私はあくまでサニーレタスなので。あんなに丸まってませんし」

「別に、初代のレタスさんもビジュアルが似てるからレタスになったわけじゃないと思うんだが……。そういえば、チシャってまんま日本語でレタスの事か。家名を合わせてサニーレタスになったと」

「そうなんですか?」

「知らんのか」


 サニーはともかく、チシャがレタスっていうのは初めて聞いた。道理ですぐに決まったわけだ。というか、レタスって日本語じゃなかったんだ。じゃあ、何語なんだろうか。大陸共通語でもないし。


「このメガネ……初代レタスさんのお名前はなんて言うんですか?」

「……あー悪い、覚えてないんだ。……何ぶん前世の事だからな」

「ああ、そうですよね。私も前世の事はまったく覚えてないし」


 これまで会った事のある転生者も、前世の事を覚えている人はほとんどいない。知らなかったけど、社長や部長が少ない例外になるのか。

 あれ、でも種族変わると記憶消えるとかなんとか聞いた事があるような。……ひょっとして、部長たちの名前しか載っていないのも社長が覚えていないからだったりするんだろうか。


「じゃあ、当時のサラダ倶楽部がどんな活動をしてたのとかも覚えてなかったりしますか? 現サラダ倶楽部の副部長として興味あるんですが」

「別に大した活動はしてないぞ。勝手に集まって、勝手に何かやって、勝手に帰るだけの集団だ。当たり前だが、あの高校独自の部活だから大会なんかもない」

「じゃあ今とあまり変わらないんですね。他の学校のサラダ倶楽部とは良く会いますけど」

「……ちょっと待て。サラダ倶楽部って他にもあるのか?」

「はい。全部でいくつあるかは知りませんが、私が知っているのだけでも五つは。高校で三つ、中学と大学に一つずつです。卒業後にトマト倶楽部に入るのが内定してる人も多いので、会社のほうで顔を合わせたり」


 偏差値が一番低いのはこの高校だから、ちょっと肩身が狭いのは内緒だ。


「マジかよ……規模広がり過ぎだろ、サラダ倶楽部」

「このサラダ倶楽部大全も、他のサラダ倶楽部を含めた名簿なんですよ。全部網羅してるわけじゃないみたいですが、サラダネーム付きは大体」

「なんでサラダネームがそんな特別なものみたいに扱われてるんだ。二つ名かなんかなのか」


 そう言うと、部長はサラダ倶楽部大全をパラパラと捲り始めた。

 別に特別な役職とかではないが、サラダネームが付いているとトマト倶楽部就職の際に有利らしいとは聞いている。私のサニーレタスも、これはこれでありがたいものなのだ。


「あれ? クラリスってここの出身だったのか? フェアリア学院ってここの事だよな」

「はい。在籍してたのは三年前なんで、一緒に活動した事はないですけど」

「……出身が普通科の高校だったって事実より、実は俺より年上だったという事に驚愕するんだが。妖精種すげえな」

「妖精種の年齢を気にしてもしょうがないと思いますよ。パセッタ先輩なんて三十歳超えてますし」

「パセッタ……このエルフだらけ所属の子……人か。エルフだらけの所属なら、これから会う機会もあるだろうから覚えておくか」


 のほほんとしてて、子供っぽくて、抱きつき癖のある先輩だったけど、倍以上も生きているのだ。その姿のままで百年以上生きるというし、ハーフエルフ以上に純エルフは判別が付かない。


「ウチの出身だとあとはライラ先輩がエルフだらけです。普通科の高校なのに中級冒険者とかすごいですよね」


 才能ある冒険者志望がみんな冒険者学校に行くわけじゃないとは分かっているけれど、近い環境にいる分余計に差を感じる。


「実はチシャ……さんも冒険者志望とか?」

「絶対に無理です。いや、憧れはあったんですが、適性が軒並み壊滅状態なので。トマト倶楽部に就職しても、配属は事務とかじゃないですかね」


 迷宮都市に来た頃、私や兄、ついでに両親も冒険者の適性検査は受けているのだが、お世辞にも芽が出そうな数字は出なかった。冒険者という職業に興味はあったから結果次第ではその道も考えていたのだけど、肩透かしである。その後、実際に冒険者の人と知り合って、仕事の内容を聞いたりして、絶対に無理だと思うようになった。

 だから、この学校から冒険者になった先輩たちは単純にすごいと思うし、それどころでない目の前の部長は更にすごいと思う。ウチの創立者と聞いてちょっと自慢したくなるくらいに。


「数字だけじゃ測れないが、適性は必要な職業だよな。いくら妖精種の平均魔力量が多いっていっても、それが大きなアドバンテージになるなら冒険者の大半が人間って事にもならないだろうし」


 もちろんいない事はないのだが、一線級でかつ目立っているタレントとなるとあまり浮かばない。少なくとも、他種族に比べて優越しているというわけではないだろう。


「まあ、美弓たちが台頭してくれば一気に割合も変わるわけだが……そこら辺の見込みはどうなんだ? サラダ倶楽部二代目部長としては」

「ぼちぼちですねー。今年が勝負の年って感じで」


 一瞬、私に聞いたのだと思って、そんな事聞かれてもって感じだったのだが、後ろを見ればウチの小さい社長がそこにいた。いつの間に入って来たんだろうか。




-鮪-




 とりあえず次の目標もぼんやり見えてきて、その下準備の一つとして美弓を訪ねたところ、何故かサラダ倶楽部の訪問が始まった。当たり前だが前世で俺たちが参加していた部活ではなく、迷宮都市で活動しているという現在のサラダ倶楽部だ。多少は長引くだろうとそれなりに時間をとって来たので、どこかに行く事自体は問題なかったのだが、連れていかれた先は私立フェアリア学院高等学校という、妖精種しかいない高校だったのだ。

 男が女子校に紛れ込むのと似たような一種の疎外感さえ感じる環境で、訪問した直後に当の美弓から放置プレイを喰らい、仕方ないので部室においてあった教科書を流し読みしつつ、授業が終わったらしい部員と会話に花を咲かせて、これはもうトマトさんの案内とかいらないんじゃなかろうかという段になってようやくその美弓が戻ってきた。

 おせーよ。そんなんだからパインたんに出番とられちゃったりするんだぞ。


「ちなみに何の話ですか?」

「分からないで答えたのかよ」

「如何にも分かってますよー的に話に入ったら格好いいじゃないですか!」


 それは分からんでもないが。出待ちしてるんじゃねーかってくらい、自然にそれやってくる奴結構いるし。


「センパイが喋ってるところで入ってきたんでそこしか聞いてないんですが、あたしたちが台頭って言ってもセンパイがわざわざトマト倶楽部の業績を気にするとは思えないし、なら冒険者業の事かなーと。なんで、そういう話ならやっぱり勝負の年ってのが答えですね。クランもそろそろ設立予定ですし。あ、私もお茶欲しいです。チシャたん」

「す、すいません、ただいま。……なんで社長は私をたん付で呼ぶんですか」

「だって、レタス相手に呼び捨てとか怖いし」

「それが理由だったんですね……」


 極当たり前のように美弓がお茶を要求すると、サニーレタスことチシャたんは給湯室へと移動していった。言い方はともかく随分偉そうだなーと思ったが、実際偉いのか。社長だ。


「校長だか理事長だかの用事は終わったのか?」

「滞りなくとはいきませんでしたけど、とりあえずは」


 ここに来るなり、二時間も待たされたしな。


「まー、要は寄付金の打診というやつでして」

「中級でもCランクになるとそういうのもあるのか」

「いやいや、Cだろうが冒険者の稼ぎじゃそんな額にはならないですよ。会社のほうです」


 ああ、そっちか。そんなに儲かってんのか。割とでかいもんなトマト倶楽部。


「ウチってば寄付金出すかわりに就職の便宜図ってもらってるわけでして、増額の打診されても無碍には断れないんですよね。ここの卒業生でウチに来る子って多いですし」

「ああ、なんかクラリスも卒業生だって聞いた」

「エルフだらけのメインメンバーの内、二人はここの卒業生です。そこに追加でパインたんが割り込めるかどうかは今後次第ってところでしょうか」


 クラリス、メインメンバーじゃなかったのか。てっきりパーティの主力だと思ってた。


「え、いらないならパインたんくれよ。歓迎するぞ」

「駄目ですよっ!! なんでそろそろ戦力になりそうって段階になって手放すんですか!? いるに決まってるでしょ!?」


 あの奮戦を目の前で見ている身としては、土壇場で戦う適性に関しては疑うべくもない。間違いなくウチの濃いメンツの中でもやっていけるはずだ。もうあんまり人数増やす気はないんだが、クラリスなら歓迎である。


「じゃあ、代わりにネームレスを紹介するから。同じトマトだろ」

「嫌ですよあんなのっ!? 寄生虫なんて野菜の天敵みたいなもんじゃないですか! というか、センパイのところのクラン員じゃないし」


 実際に紹介しようとしたら止められるだろうけどな。さすがにほとんど能力失ってるとはいえ、あんな劇物を一クランに放り投げられない。放り投げるとしてもダンマスならまずウチに言ってくるだろうし、それをしていない時点で警戒されているのは分かる。凍結封印されていたとはいえ、あの特異点であいつが出張ったのだって最悪の事態を想定した保険の一つだったのだから。過去の所業からしても容易に放り出していい奴ではない。


「大体、それなら私がそっちに入るって言ってるじゃないですか!?」

「いや、自分の組織を簡単に手放すんじゃねーよ」

「じゃあまるごと傘下って事でいいんで! 今ならトマト倶楽部もついてきてお得!」

「良くねえ」

「す、少し席を外していただけで、トマト倶楽部が身売りの危機に……」


 お茶入れてきてくれたチシャもビビッとるがな。いい加減調べたから知ってるが、トマト倶楽部ってそんな簡単に譲り渡していい規模の会社じゃねーだろ。Cランクが中核のエルフだらけだって大概だが。


「よし、チシャたんもオマケにつけちゃうっ!! これでどうだっ!!」

「なんか勝手に売られてる!?」

「いや、レタスって時点でちょっと……」

「すごい理不尽っ!?」


 そもそも、正式に所属しているわけでもない奴を勝手に売るな。


「……一体初代レタスさんはどんな所業をしたというのか」


 覚えてるだけでも色々あるからな。何気ない事でも、奴が口を出した途端に暴走を始めるのだ。しかも、基本的に本人のいないところで。それでいて、自分は無関係だと言い張るのである。

 具体的にはレタスというだけでユキさん発案の罰ゲームが更にひどい事になるような、そんな予感だ。いや、同じレタスでも別人というのは分かっちゃいるんだが。


「とにかく、お前はそのままエルフだらけとトマト倶楽部で頑張れ。というか改めて確信したが、少なくともお前自身はウチに来ないほうがいいわ」

「なんでですかっ!? こんなプリテーなトマトならクランのマスコット間違いなしなのに!? ウキャーッ!」


 なんだその鳴き声は。魚マンのマネか何かなのか。あいつらはマスコットには向いてないぞ。


「まだ奥で葉巻咥えてるトマトちゃんのほうがいいな」

「あんなのに負けたっ!?」


 あんなのって……一応、お前のイメージキャラじゃないんか。


「まあ、上手くは説明できんが、お前がウチに来るとどちらの意味でもマイナスになる未来しか想像できない。俺の土蜘蛛がそう言ってる」

「そんな無駄に説得力持たせられても……」


 だが、真理だ。俺自身の予想としてもそうだが、《 因果の虜囚 》にせよ、《 土蜘蛛 》にせよ、必要ならそういう流れになるだろう。


「俺もお前も、それぞれで上目指せるならそのほうがいいだろ」

「でもー。いつか言ってた四番目っていうのも、代わりいるみたいですしー。フィロスさんとか月華とか。下手したら他にも躍進してきそうなところあるしー」

「別のところが頑張ってるのはそうだが、頭数は多いほうがいいんじゃねーかな」


 一つに纏まると、どうしたって方向性が固まって多様性は失われる。試行錯誤が必要な無限回廊一〇〇以降には、そういった多様性のほうが重要なはずだ。

 それ以外としても、俺と美弓の向いている方向は似ているようで微妙に違う。一緒に歩けばどこかで破綻する気がしてならない。言ってみれば俺と美弓の関係は因果の虜囚……というよりも皇龍とのそれに近いような気がする。同盟や連携はできてもどこかでは相容れない、そういう関係だ。

 ついでに、クランが複数のほうが発言権もあるだろうし。たとえとして正しいかは微妙だが、国際会議の場で票を持っているのは小さくても国単位なのだから。別に傀儡になれというわけでもないが。


「あたしってば、結局後輩気質な気がするんですけどね。最後の年はあたしとポテトしかいなかったから仕方なく部長やってましたけど」

「当時のサラダ倶楽部にはポテトっていう部員もいたんですか?」

「ブサイクな犬だぞ。一応部員ではあったはずだが」

「ああ、ウチのポマトみたいなものですか」


 同じようなのがいるんかい。しかも、トマトとの交雑種とか……最終的に残った部員が合体してるじゃねーか。


「まあ、合併については追々という事で、まずは今日の目的である一部提携についての話に移りましょうか」


 追々の可能性もないだろうが、話が進みそうもないのでスルーする。


「ひょっとしてここに来たのって、それが目的だったのか? 今のサラダ倶楽部を紹介するとかじゃなく」

「それもありますが、わざわざ会館の部屋借りるよりはこっちのほうがいいんじゃないかと。なんならセンパイのところのクランハウスでもいいですよ」

「じゃあ、ここで」

「なんでですかっ!? いい加減入室拒否設定解除しろーっ!」


 そりゃクランとして連携するなら問題あるだろうけどな。そうなっても俺の部屋はそのまま入室拒否するが。


「大丈夫だ。お前以外は拒否していないから」

「電話の着拒より心にくるものがあるんですが……」


 あのテラワロスと同じ扱いだしな。


「これからの話次第で考える。共同で何かするならどの道必要だしな」

「むむむ……分かりました。エルフだらけとトマト倶楽部が有望なところをお見せしようじゃありませんか」

「……トマト倶楽部も?」

「ええ、割と連携している部分もあるので。……チシャたん、スクリーン用意して」

「はーい」


 パーティ間の連携のために軽く話を聞く程度のつもりだったのだが、何やら本格的なプレゼンが始まりそうだった。

 どうやら部室の天井にスクリーンが備え付けてあるらしく、スイッチ一つで降りてくる仕組みらしい。昔のサラダ倶楽部では有り得ないハイテクぶりだ。


「プロジェクタは持ってきてるんですか? 学校の備品も借りられますが」

「いや、この部室備え付けのやつ使うけど」

「は?」


 なんか話が噛み合ってない。


「ちょっと待って下さいねー。調整するんで」


 と言って美弓が移動したのは例の巨大トマトちゃんの後ろだ。


「おわっ!? 配線板のところにモノが詰まってる!?」

「す、すいません……そこ棚じゃなかったんですか」


 トマトちゃんの後頭部を開いて何やらやっているが、部活内での意思疎通に問題があるらしい。用途が伝わってないな。

 しばらくその様を眺めつつ待っていると、設定が終わったのか美弓がこちらに戻ってくる。


「ちょいやーっ!!」


 妙な掛け声と共にリモコンを振りかざすとトマトちゃんのかけていたグラサンが光り、スクリーンに映像が投影される。部屋を暗くする必要もないくらいの明度だ。

 ウチの会議室の巨大ディスプレイとは比較にならないが、プロジェクターとしては十分見れるレベルの出力である。……しかし、何を考えてトマトちゃんにプロジェクション機能を付けたのか。


 スクリーンに映し出されるのはエルフだらけの紹介資料のようだった。個々のメンバーの詳細プロフィールに加えて紹介用の動画も見られるらしい。


「まずはエルフだらけの中核メンバーからですね。センパイのところと連携する場合は基本的にこの人員になると思います」

「クラリスは違うって話だったな」

「そうですね。今のところ、レギュラーメンバーは私、キャロット、セロリ、パセリの四人です。状況に応じて準レギュラーから追加する形で動いてます」


 サラダネームで言われても分からんと思ったが、キャロットはニンジンさんの事だし、残り二人もさっき話していたここの卒業生だった。セロリはライラ、パセリはパセッタというらしい。

 美弓は純後衛の火力役、ニンジンさんは魔術サポート全般、前衛の盾役がセロリで、パセリが斥候・遊撃らしい。とりあえずこの四人だけでもパーティとして成立しているな。状況に応じて足りない部分を追加すると。


 プロフィールの次に見せられた動画は各員の活躍が編集された戦闘動画だ。分かりやすくするためか、敵役も数、サイズ共にバリエーションに富んでいる。

 66の時も思ったが、女子だけのパーティって華やかだよな。内容は殺伐としているのに。


「……練度高いな」

「プレゼン用に厳選してるっていうのはありますが、Cの平均よりは上だって自負はありますよー。ふははー」


 美弓の反応は気に入らんが、そんな事を無視できる程度には紹介動画のメンバーはいい動きをしている。これが厳選された上澄みの動画だとしても十分過ぎるほどに。

 同じ冒険者向けの紹介動画なのか、魔力の流れも確認できる事で余計にその精度が分かってしまう。クラリスが中核じゃないって聞いて、メインはどんなんだよって思ったが……想像以上に強いぞ、こいつら。


「それでもBは遠いんですけどねー」

「上級は基準自体が違うからな」


 実のところ、一般的に言われている冒険者の到達点はCランクだ。それ以上の上級冒険者は現在の無限回廊攻略深度に合わせて基準が変わるため、Cランクの幅は非常に大きなものになってしまっている。

 Sランクが出たらその基準も見直しが入るって話だから、俺たちがそこに行く頃には変わっているかもしれない。< アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >次第だ。



 動画の中のエルフさんたちが流れるようなコンビネーションを披露し続ける。粗はあるがそれも些細なもので、せいぜいがセロリがちょっと前に出過ぎとか、騎乗ワイバーンがいる前提ならパセリの最適な動きは他にありそうとか、その程度の事だ。おそらくそれで動きが変わっても、後衛二人は上手く合わせるだろう。

 美弓も百発百中だ。編集しているからって事もあるんだろうが、複数本撃ちも曲射も関係なくすべて命中させている。動き続ける対象の弱点に向かって、異様なまでに正確無比な精度で。普通の弓だから威力は心もとないように見えるが牽制としては十分だし、こいつに一発の火力がある事は良く知っている。だが、最も目を惹くのは……。


「特にすごいのはニンジンさんだな」


 魔術的な要素を認識できるようになって、ある程度魔術士の良し悪しも判別できるようになった今だからこそ分かる。以前、美弓が青田買いとか言っていたがこれなら納得だ。

 運動量が少ないのはちょっと問題あるが、肝心の魔術動作に無駄やロスがほとんどない。年齢詐欺な他のメンバーと違ってガチ幼女なのにコレはすごい。ディルク……はどうか分からんが、リリカが見たら対抗心燃やしそう。


「え、あたしは?」

「すごいのはすごいが、ポジション的に見るべきところが少ないし」

「お、おのれヴィヴィアン……」


 いや、お前がニンジンさんに対抗心燃やしてもしょうがないだろ。役割まったく違うがな。ウチとの連携を考えるなら、お前が張り合うのは……ボーグかな?


「あとでウチの動画も見せるが、あんまり被るところはなさそうだな。ポジションや武器が同じでもやれる事がかなり違う」

「どっちかというと、センパイたちのほうが異質なんですが」

「……まあ、確かに」


 俺やサージェス、ガウルは攻撃型の物理前衛でポジション・ロール的にはスタンダードもいいところだが、他の連中はロール一つとっても変則的だ。他に基本的な奴は……パンダ連中?

 ウチは魔術士でも動き回るし、ポジション維持してどうこうって状況は少ない。ガルドはともかく、ティリアは盾役として良く合わせるよな。


「敢えて言うなら、役割が被りそうなのはセロリかな。優秀なのは分かるが」

「タンクって元々特徴の出にくいポジですしね」


 俺もタンクをやる事はあるから分かるが、あのポジションはメインで求められる事をこなすだけでも精一杯なのだ。単純に手数が足りない。優秀であるほどに専任になるのが普通で、それ以外の付加要素は付かないものだ。タンクはタンク以外のロールを兼任できないのが普通なのである。

 なのに、忙しいヒーラーを兼任でこなすティリアでさえ普通は厳しいのに、ガルドなんて一人で何役こなしているか分からないほどである。それでも本職はきっちりとこなす。今更ながら、どうなってんだあいつら。挑発すればタゲとれるゲームとは訳が違うんだぞ。


「パセリだけは完全に被らないな。騎乗斥候かつ槍使いの精霊魔術使い。ウチのキメラさんと組ませてみたい」

「臆病なので泣くかもしれませんが、いいかもしれませんね」


 強面ってレベルじゃねーからな、キメラ。RPGならラスボスで出てきても納得しそうなビジュアルしてるし。騎乗生物扱いされるのも気にしないみたいだから、キメラ側は問題ないんだが。


「すごいですね、先輩たち。何やってるのか全然分かりません!」


 ……まあ、一般人が見たらチシャみたいな反応になるよな。この動画。Cランクともなると見る側の素養も必要だ。



 一通りメインの四人を確認したあとは、ほとんど未知の領域となるサブメンバーだ。クラリスも一応ここに分類されるらしい。

 メインの人数足りてないから普通に穴埋めで使われるし、二軍じゃなく一軍半ってところだろうか。


「それで、中核メンバーの穴を埋めるのがこの面々! なんとみんなエルフ系!」

「いや、知ってるが」


 エルフだらけなんだから、基本みんなエルフ系種族だろ。


「最初はエルフ縛りとかなかったんですけどね。今の中核メンバーでパーティ作った時にノリで< エルフだらけ >だってパーティ名付けたら、なんかエルフだけ集まるようになりました」

「お前ら、ノリで作られたんか」


 分からんでもないがな。ウチ……というか、新人戦の時のチームだってユキがノリでつけた< @ >だし。ローグライクのプレイヤー記号とか知らねえよ。


「まずはセンパイも良く知ってるパインたんから。実はここのところ伸び悩んでたんですが、帰って来てからすごい伸びなので紹介動画の編集が間に合ってません!」

「ないのかよ!」


 クラリスの紹介だけ動画なしのプロフィールだけだった。仕方ないのかもしれないが、ひどい話である。


「いやもう、このまま中核メンバー入りしそうなんで引き抜きとかやめて下さいね。丸ごとなら別に構いませんが」

「……お前以外とか?」

「駄目ですよっ!? 何言ってるんですか!」


 いや、もちろんそんな事はやらないが。社長の主導で他企業に買収されて、その社長だけ放り出されるとか悲惨ってレベルじゃねーし。


「というわけで続きですが、基本的には平均値が高いか一芸特化型の人材が多いですね。トップクランみたいに強みが二つも三つもあるようなのはいません。いたらレギュラーですし」

「ふむ……」

「冒険者学校にサラダ倶楽部作れればまた違ったのかもしれませんが、あそこの卒業生って有望なのは有名どころが持っていっちゃいますし、契約金やらなんやらが高いので実現してません」


 言われてみれば、紹介されるメンバーはそつがない汎用型か、一芸で抜けてても粗があるタイプばかりに見える。クラリス以外は何か足りないって感じだ。

 ついでに、何故かプロフィールに本名の記載がなくサラダネームだけだ。こんなところでメインとの差があるなんて。


 セージ、ピーマン、ネギ、チキン、ナス、シュリンプ、コーン、マカロニ、ロメインレタス、パプリカ、わかめ、カリフラワー、大根、春雨、もやし、オリヴィエ……と、何の紹介を受けているんだか分からなくなるラインナップだ。

 オリヴィエってなんだって思ったが、オリヴィエ・サラダというのがあるらしい。昔いたシーザーみたいなもんか。もやしみたいな、お前それでいいのかってのも混ざっているし。……こうして見ると野菜に拘らなければサラダって色々あるなーって感じだ。


「オススメは次のアスパラガスですね。ちょっと問題があって他所には出せないんですが、センパイのところなら条件はクリアしてます」

「ほう……ダークエルフの男か」


 ここまで女の子ばっかりで、いてもショタか男の娘のような奴しかいなかったが、表示されたプロフィールの写真はダークエルフの青年だった。めっちゃイケメンで、こんな女の子集団に放り込んだら色々食い散らしそうなタイプに見える。……見えるんだが、そんな問題を抱えていたらそもそもサラダ倶楽部に入れないだろう。

 紹介されている冒険者としての能力と動画を見れば地味だが優秀な魔術士って感じだ。弱体系や拘束系の呪術が専門らしい。メインにはなれないが、いたら便利なタイプ。


「……で、こいつの問題ってなんだ?」

「ガチホモなんです」

「そんな奴紹介するんじゃねーよっ!! どこがウチなら問題ないってんだ、おいっ!!」


 エルフだらけにいても問題なさそうなのは分かったが、ウチじゃ餌食だらけじゃねーか。こんな奴、怖くて後衛任せられないだろ。


「いや、本当に大丈夫です。オジ専ホモなので。メインターゲットは汚くてくたびれた中年ですから、センパイのところに彼の性癖に引っ掛かる人はいないはず」


 サンゴロあたり……若い見た目を気にしないならベレンヴァールも危険なんだが。まさか、ガルドが対象になるとは思いたくない。


「元々はウォー・アームズのアルドラッドっていう自称ハイエルフに懸想してたんですが、振られたショックで性癖が変わったらしいですね。太った汚いおっさんを性的に攻めて無様な姿を晒させるのに興奮するらしくて」

「こいつ、この見た目で攻め側かよ」

「元は受けだったらしいですが」


 何が悲しくて自分から中年のおっさんを攻めないかんのだ。絵ヅラが汚過ぎる。確かに、その性癖に合致しそうなのはここまでの紹介にはいなかったから、エルフだらけには馴染めるだろう。


「中間管理職とかが好みらしいです」

「そんな情報はいらん」


 なんかさっきからチシャが興味津々な表情で聞いているのだが、あまり触れたくない。


「ではひどいトリで冒険者メンバーの紹介が終わったところで、それ以外のところを……」

「ひどいって思ってはいるんだな」

「当たり前じゃないですかっ!? 私は師匠みたいにリアルホモもイケるタイプではないので。BLは二次元でこそ許されると思ってます」


 その割には俺やレタスさんを弄ってるが……一応、漫画って扱いなんだろうか。


「こと行為に及ばなければイケメンカップルの関係性は割と好きですが」

「その情報もいらん」


 そんないらない情報を挟んで、引き続き始まったのはトマト倶楽部……エルフだらけの支援組織であり、美弓のやりたい事やってる実は本体なんじゃないかって思われる企業の話だ。

 手広くやっているサブカルチャー的な業務内容は割とどうでもいいんだが、このタイミングで紹介してくるだけあって冒険者関連の業務も多い。

 トマト倶楽部開発部という部門が結構優秀らしく、エルフだらけの装備はそこを主体に用意してもらってるらしい。


「ウチの場合、ラディーネが用意したり、ユキやサージェスが個別に契約してる企業はあるが、確かに踏み込む余地はまだまだあるな」


 消耗品のすべてをラディーネの試作品で賄えるわけもなく、多種多様なメンバーは必要な装備品だって多種多様だ。俺が使うのも基本的に既製品ではあるが、良く壊すから数が必要だったりもする。

 性能さえちゃんとしてれば、少々気が咎めるものの宣伝目的で女性陣にちょっとエッチな装備を試してもらっても構わないだろう。いや、クランの財政問題に関わってくるから仕方ないし。

 アスパラガスなんかよりこっちのほうがよっぽど有益である。


「というか、RWWと提携してるんだな」

「あれ、知ってるんですか? 確かに技術交換の目的で相互に出向社員出したりしますけど、あっちも新興ですよ?」

「最近、フィロスたちが契約したらしい」


 RWW……レンジ・ウエポン・ワークスは武器専門の企業だ。新興故に知名度はないが、見せてもらった試作品を見る限り、癖は強いもののかなり開発力はあるんじゃないかと思っている。純粋な高性能品ではなく尖った商品が多いのが特徴で、ちょっと手を出してみたくなるラインナップが揃っているのだ。

 ちなみに俺に対して契約の打診とかはない。というか、そもそも装備メーカーから打診そのものがほとんどない。マネージャーに止められているというわけでもないのに、一体何故なのか。


「チシャはどの部門に行くとか決まってたりするのか?」

「一応広報か総務を希望してますけど、トマト倶楽部の新人はまず部門をローテーションする必要があるので、配属が決まるのは卒業から一年以上先ですね」

「あ、それなんですが、ちょっとチシャたんにも話があって」


 軽く今年卒業らしいチシャの進路について振ってみたが、むしろ美弓のほうが用事があったらしい。


「チシャたん、エルフだらけの事務担当になりません? そろそろクラン設立予定なので、手が足りないんですよ。主に書類仕事」

「えーと、まさかすぐにって話ですか?」

「卒業までは事前研修と同じ感じでバイト扱いですが、問題なければそのまま配属で」

「そういうのってマネージャーがやるんじゃねーの?」

「センパイのところみたいに設立前からマネージャー付く事なんて普通ないんですよっ!! 大抵は書類の山をチマチマ削りながら手続き踏むんです! そこであたし考えました! 必要な資格は追々取ってもらうにしても、当面バイト扱いなら書類作業を回せるとっ!!」

「お前……まさか今日ここに来たのは書類仕事から逃げるためとかじゃないよな?」

「ま、ままさか、そんな事あるわけないじゃないですかっ! センパイのところのマネージャー見てて羨ましくなったとかそんな事……」


 ああ、羨ましかったのね。大変なのは分かるから駄目とは言わんが、書類から逃げるのはまずいと思うぞ。受付嬢さんがキレる。


「設立後はローテーションする先の一つになるでしょうし、受けるのはやぶさかではないのですが……かなり大変なんじゃ」

「大変だけど、サラダ倶楽部一事務適性の高いチシャたんなら大丈夫!」

「適性テストはしても、実務経験はないんですけど」

「ほら、バイトの内は限界あるけど、給料はかなり色付けるし。……具体的にはこれくらい」

「やります」


 渋っていたのに、給料の額を聞いた途端二つ返事だった。現金な子ね。


「よし、じゃあ早速今日からギルド会館に来てもらう事に……」


 やっぱり逃げて来たんじゃないのか、こいつ。




-夕暮れの部室-




 というわけで、一度家に帰って準備してくるというチシャを帰して、その場はお開きとなった。

 聞けば昔のサラダ倶楽部同様に部活は自由参加らしいのでこのまま部室を閉めても構わなかったのだが、どうも美弓はまだ帰る気はなさそうだ。


「さあ、それで今日は何しましょうか。実はこの部室にも色々あるんですよ。常駐してるわけじゃないんで、あたしが知らないモノも増えてるかもしれませんが」

「なんでお前と遊ぶ事になってるのか分からんが……じゃあ、バントホームランできる野球ゲームで」

「ゲーム機自体が存在しないっ!?」


 昔は何故か部室に複数転がっていたカートリッジだが、この世界にあるわきゃないのは知っている。ひょっとしたら似ているゲームはあるかもしれんが。


「じゃあ、トランプでいいか。ちょうど目の前にあったし」


 昔の部室にはなかった応接セットの脇に置いてあったトランプセットを取り出してみる。ちゃんと揃ってるかは知らんが、多分あるだろ。


「まーシンプルなのもいいですよね。何をやるんです?」

「ババ抜き」

「二人でババ抜きって……」


 なんとなくではあるが、既視感に近いものを覚えてババ抜きに決めた。昔の方の記憶はないが、去年の新人戦で見た夢の続きである。

 適当に対になっているカードを捨てて、ゲームが始まる。特に駆け引きの存在しない、捲り合いの勝負だ。俺もここでどうしても勝ってやろうという気はない。


「……それで、今日の本題はなんでしょう?」


 捲り合いが続く中、美弓のほうから切り出してきた。俺が訪問して来たのはパーティメンバーの話を聞きに行っただけではないと分かっていたらしい。わざわざチシャを帰して二人きりで話せる環境を作ったのも狙ったのだろう。


「今すぐどうこうって話じゃないし、そんな深刻な話でもないから適当に場を整えるつもりではいたんだが、こうしてわざわざお膳立てしてくれたわけだしな」

「トマトちゃんはできる後輩なので。それに、私たちが密談するならサラダ倶楽部の部室はぴったりじゃないですか」


 サラダ倶楽部の部室ではあるし、内装を似せてもいるが、似て非なるものだ。俺の知ってる部室にあんな巨大トマトちゃんはいない。小さいのは沢山いたが。


「といっても、別にクランの連携確認と関係ないわけでもないぞ」

「そうなんですか?」

「ああ、戦力は必要だしな。……まあ、ウチとそっちだけの話でもないんだが」


 カードの対が増えた。手元の枚数は減り、テーブルに置かれるカードの数は増えていく。ジョーカーがあるのは俺の手だ。


「ちょっと回りくどい話をしようか。お前、ウチに入るとかなんとか言ったな?」

「え、ええ、割と本気ですけど? もちろん、入るなら入るでちゃんと面倒は片付けるつもりですが」


 知ってた。多分こいつは本当に入る気なら重いものを捨て、なんならそのまま持って移籍してくるだろう。そういう奴だ。


「条件がある」

「え? マジですか? 本気にしちゃいますよ」

「無量の貌を殺すのを諦めろ」


 俺の言葉に美弓の表情が消えた。


「……笑えない冗談ですね」

「冗談じゃないぞ。ついでにいえば、奴を生かしておく気もないが」

「センパイが殺すとかそういう事ですか? それなら……」

「いや、お前がやらなくても誰かがやるって話だ。それはダンマスかもしれないし、ベレンヴァールかもしれないし、フィロスかもしれないし、ゲルギアルかもしれない。もちろん、俺って事もありえる。敵も多いだろうから、まったく関係ない奴がやるかもな」


 美弓は手を止めたまま、じっと俺の目を覗き込んでいる。続けろと。


「ただ、主導権を俺に渡すつもりなら、お前は対無量の貌に組み込まない。遠くに置いて、殺した報告だけして終了だ。ウチに入るならそういう形になる」


 負ける事を想定していない前提ではあるが、こんなところでそんな事を言っても仕方ない。俺が負けて、美弓が敵討ちするっていうならそれも仕方ないだろう。


「やるなら、お前の手と足と意思で以てやれ」


 そう言いつつ、カードを前に出した。


「……センパイは意地悪ですね」

「人工衛星でのお前の様子見てたら、不安定過ぎて組み込めないってのもあるけどな」


 お前自身は自覚しているかどうかは知らないが、俺は分かってるぞ。

 ……お前、あの時逃げようとしただろ? 確実に勝てない相手だから、"次"に繋げるために自殺するつもりだったはずだ。転生システムが機能し、強固な意思によって記憶を維持できるのなら、可能性はそのほうが高いからな。

 美弓自身の感情は知らない。そんな無責任な奴とも思わない。だけど、美弓は本質の部分で行動した。……しようとした。クラリスに止められていなければ、あの《 魂の一矢 》は放たれていたはずなのだ。

 ……だから、俺は尚更クラリスを評価している。あいつは俺では絶対にできないやり方で美弓を止めたんだから。


「そんな事を言われたら引けません」


 美弓が俺のカードに手を伸ばした。お互い残り枚数は少ない。


「お前が自分の意思でやるといっても、俺が手伝うのアリだと思うがな。そこは止めない」

「現実問題として、どうやって倒すかって問題がありますけどね。センパイのやった超絶ウルトラCだってもう使えない上に、むこうだって警戒はするでしょう」

「格上で容易に殺し得るダンマスの存在も認識したわけだしな」


 まあ、それはわざとなんだが。お願いする時にダンマスにも言っているし。

 あいつが警戒している間は動けない。少なくとも、強襲して結果を出した上で逃げる算段まではつけないとこちらを襲ってはこないだろう。そうやって時間を稼ぎ、向こうから襲ってくるのを待つのではなくこちらから攻めたい。逃さないためにはそれが最低条件ですらある。


「そんなわけで、美弓がウチに入る可能性が潰えたところで本題だ」

「釈然としませんが、はい」


 お前がそのつもりなら受け入れてはいたぞ。選ぶわけがないとも思っていたけど。


「……アレをどうやって殺すか」

「ド直球な本題ですね。過程はどうなってるんですか」

「結果的にそこに行き着くのは確かだが、通る道は迂回路だ。迂回せざるを得ない」

「迂回じゃないほうの道が何を指すのかも分からないんですけど」

「正道は無限回廊だな」


 正面突破はどうしたってそうなる。アレも、ダンマスも、唯一の悪意ですらその正道で力を手に入れている。


「だけど、今回……というか、俺たちはそれは使えない。正確に言えば、使えるけど足りない」

「なんでって聞いてもいいですかね?」

「皇龍が言っていたんだが、少なくとも無限回廊三〇〇層以上の管理者権限には特定の相手の権限を測る術がある。また、ネームレスは目視した相手の最高到達層を看破していた。俺たちの事を個別に監視しているかどうかなんて分からないが、脅威になりそうなところまで来た奴を放置するほど間抜けじゃないだろうな」

「……なるほど。無限回廊を通して力を得ようとする限り、どこかで無量の貌の警戒線を突破する」


 そうだ。それ以上を許したら脅威になると判断した時点で、どう動くか読めなくなる。被害を無視して奴が強襲してくる可能性も高まる。

 一定の力を得た時点で戦いになるのはイバラも同じなんだろうが、大きく前提が異なる。あいつの場合は俺と戦い、殺し合い、昇華し合うという目的がある一方で、無量の貌は脅威が排除できればいい。

 イバラが四四四層って具体的な数字を出したのも、それがお互いを高め合う妥当な見積もりでもあるんだろう。アレはそういう生き物だから。


「だから、どこかで裏をかく必要がある。あいつの認識できないところで力を得る必要がある。前は土蜘蛛っていう超裏技があったが、もう使えないしな」

「正道の無限回廊以外でって事ですよね?」

「コレに正答なんてモノはないんだが、たとえばお前は何かある?」


 イバラにしてもおそらく無限回廊をただ進むだけでも戦いにはなる段階までいけるのだろうが、それだとおそらく負ける。この場合のおそらくは、俺たちにとっては絶対って意味だ。

 だから、対無量の貌に限らずそういう術は必要なのだ。


「……杵築さんに頼る?」

「ダンマスにすべて任せれば一番簡単で楽だな。確実性も高い。それなら、別にお前がウチに来てもいいぞ」

「さっきの話はそう繋がりますよね」


 美弓に覚悟を求めていたのは、その手と意思であいつを倒す必要があるからだ。俺と同様、最終目的を他人任せにできるのなら無限回廊を突き進む必要はなく、冒険者を続ける必要さえない。続けるにしても猫耳のような無難な生活で十分となるはずだ。

 そんな状態で、ひたすら無限の先を目指すウチのクランに入っても劇的な成長や活躍は期待できずに埋もれる事になりかねない。しかし、ただの冒険者ならそれでも十分でもある。


「別に頼る分には問題ないが、ダンマスだけに任せず口や手を出す気ならやっぱり実力は必要で、今のままなら邪魔になるだけだな。あのレベルの戦いは踏み込むだけでも容易じゃない」

「……そうなりますよね」


 そこに立てるくらいなら無量の貌と戦うだけの実力はあると言ってもいいだろう。ある程度目的を達している。


「今センパイが言ってるのも、そういう実力を得る手段なわけで……すいません、すぐには出てきそうにないです」

「一日二日どころか、数年単位で急ぐ話でもないからゆっくり考えればいいんじゃねーかな」


 元々生きている軸が違うのだ。ひょっとしたら俺たちが生きているウチはずっと休養してて、実際に戦うのはまた来世って事もある。そうはしない予定ではあるが。


「でも、こうして話を切り出してきたって事はセンパイには何か案があるんですよね? まさか自覚させるためだけって事もないでしょうし」

「そりゃな。クラン間の連携も大雑把に言えばその一環だし。もっとも、そのどれもが雲を掴むような話ではあるんだが」

「どれもって……複数?」

「迂回路は沢山あるほうがいいだろ」


 それでも、俺の最終目的よりは現実味があるってのが辛いところだ。


「その前にゼロ個目。大前提として無限回廊の攻略は進める」

「これだけじゃ駄目ってだけで、それが一番王道で近道ですしね」


 ダンマスだって無限回廊を進んであそこまで強くなったんだ。俺だって……というやつである。独断専行したら連邦軍の新型にやられそうだが、そんなマネはしない。


「それを踏まえてまず一つ目。無量の貌の管理外世界まで手を伸ばす。確実に存在する場所としてはベレンヴァールの世界だ」

「ああ。そこなら権限が及ばないから、何をしても認識できないと」


 ベレンヴァールの世界じゃなくてもいいんだが、そこにある無限回廊を攻略して奴の管理層を超えてもいいだろう。

 もちろん移動の手段は必要だが、座標探査についてはかなり難易度が下がる。単に権限の外側というだけなら明確に座標を調べる必要もない。ネームレスのような手当り次第でも辿り着けない事はないだろう。理屈の上では奴の管理下にある世界よりも、管理外世界のほうが遥かに多いのだから。


「二つ目。無限回廊虚数層に行く方法を探す。無限回廊にへばり付きつつ、外側でもあるあそこなら超常に対する対抗手段もあるはずだ」

「センパイが行ったっていう場所ですか」


 《 魂の門 》を使えば行けない事はないんだろうが、実現させるにはハードルが高い。あの時、俺が辿り着けたのだって大部分は偶然のような奇跡だ。

 だが、情報という意味では今のところあそこ以上に豊富な場所はない。検索コストを無視できるなら無量の貌の……それどころか唯一の悪意の弱点だって見つけられるような場所だろう。

 無量の貌が辿り着いていない事はもちろん、認識すらしていないだろうっていうのも大きい。分かりやすいアドバンテージとして、リアナーサっていう存在もいる。


「そして三つ目が本命だ。無限回廊の根を目指す」

「根?」

「無限回廊システムを創り出した世界。開発者の一人であるディルクが言うには、おそらく世界そのものが管理サーバと化している無限回廊の統治機構だ」


 ディルクにしても憶測でしかないが、そういう構造になっているはずで、無限回廊が稼働している以上は統治機構も存在していないとおかしいという事だった。


「そ、そんな世界があるんですか?」

「絶対じゃないが、かなり高い確率で存在しているって見解だ。移動手段にしても、用意されている可能性がある」


 あの遺跡がある事自体、その証明なのだ。真の神にならんとする者、その資格を得た者に対する開発者からのメッセージで、呼んでいるようにさえ感じられる。

 そういう世界があるって知っている事、ディルクの存在が俺たちのアドバンテージなのだ。


「もちろん、今すぐどうこうって話じゃない。可能性があるってのが分かっただけ。行くにしても、俺たちが無限回廊一〇〇層を超えるほうがよっぼど早いかもしれないし、継続して別の手段も模索する。だが、おそらく統治用の世界はあるし、そんな場所に何もないとは思えない。ちなみにダンマスは探索に乗り気だ」


 統治機構っていうくらいだから、ダンマスのいた地球の正確な座標や移動手段だってそのものがあるかもしれない。虚数層にだってあるかもしれないが、それよりはハードルが低いって判断だ。なんせ、こっちにはヒントらしいヒントまで用意されている。


「ちなみに、センパイ自身はどう思ってるんですか? 行けると思います?」

「行くさ。無量の貌どころか、唯一の悪意さえ出し抜ける可能性があるんだぞ。これを逃す手はない」


 美弓が聞きたいのは《 因果の虜囚 》や《 土蜘蛛 》はどう感じているかなのだろうが、そんなのは知らん。


「俺は行くし、ダンマスも乗り気、目的地や行くためのヒントもある。そうなると、必然的に巻き込まれる範囲も広がる。これまで流れから考えるに、俺の関係者なんかは特にそうだろう」

「だから、その一環として連携を強めておきたいって事ですか」

「第一歩だな。どの道無限回廊は攻略するし、戦力があるにこした事はないんだ。無駄にはならない」


 ババ抜きはもう終わっているが、最後に一枚残ったカードを突き出す。当たり前だが、ジョーカーだ。


 ここで決断を迫るのは必然的にエルフだらけやトマト倶楽部も巻き込む可能性が上がるからだ。前回のクラリスのように関係なしに巻き込まれる事だってあるが、前に出た分だけその危険は大きくなる。その決断はトップがすべきなのだ。


「どうする? サラダ倶楽部二代目部長」




 夕日の差し込む部室の中、差し出されたカードに手を伸ばす美弓の笑顔は狂気を孕んでいた。






精神攻撃によって負けを押し付けたわけではない。(*´∀`*)


実は順番を勘違いしていた事もあり、そもそも残りの特別編は全部同じ人へのリターンなので、以降は順不同という事にさせて頂く予定です。

本人から怒られたら考え直します。(*´∀`*)


<追記>

失礼極まる話ですが、全部同じ人じゃないよ。(*´∀`*)

「オーク長」リクエストのトムさん、本当にごめんさない。


でも、順不同は順不同でお願いします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここに来る人は大体知ってると思いますが、(*■∀■*)の作品「引き籠もりヒーロー」がクラウドファンディングにて書籍化しました!
表紙オーディオ
詳細は活動報告か、該当作品ページにて
引き籠もりヒーロー

(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
img ■ クラウドファンディング関連リンク
無限書庫
作者のTwitterアカウント
クラファン準備サイト
― 新着の感想 ―
[気になる点] 今更だけど、ミユミは綱が地球世界を捕食したことについてどう思ってるんでしょう。 あの状況ならどうなってもどうでもいいと考えているのか、あるいはやり場のない怒りでも秘めてるのか。 ワンチ…
[一言] トマトさんは一体何歳で会社作って色々活動を始めて文化(隠語)を広める活動をしだしたのか。 凄まじい辣腕をふるって周囲を啓蒙しまくったんやろなぁ……真面目な活動も鬼畜眼鏡な方向にも。
[一言] ババ抜きの手札も実は操作されてそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ