特別編『課外授業』
某所でやっていた特別編アンケートで一位をとった作品の後編です。(*´∀`*)
引き続き解説回だぞ。
-移動中-
モンスター街。これまで何かと耳にする事は多かったが、行く機会のなかった場所である。
名前だけ知ってて行った事のない場所は迷宮都市に数多くあれど、そのほとんどはフリーパスか簡単な手続きで移動可能で、単に必要がないから行っていないだけだが、この場所は少々事情が異なる。
一般向けに公開されている観光区画よりもよっぽど非現実感溢れる場所でありながら一般公開はされておらず、移動にも厳密な手続きが必要で、ましてや転居は不可という条件は興味を持つのに十分だし、それ以上にレアリティの高そうな場所……四神宮殿や領主館に足を踏み入れている事で相対的に興味のランキングが上がっているという事もある。
俺的には、もしオーレンディア王国の王宮に行くかモンスター街に行くか選べと言われたら、即断でモンスター街に行くくらいには興味のある場所だった。無論、興味があるというだけで行く理由は特にないのだが。
「でも、なんでモンスター街なんだ? 講習にモンスターについての項目があるだけで決めるにしては、手続きやらなんやらが面倒な気が」
ダンマスに促されて移動を始めてから、その道中で尋ねてみた。
以前軽く調べたところ、モンスター街に行くのに必要なのは主に資格ではなく理由だ。一般的な冒険者であれば問題なく移動申請をする事はできるものの、その理由が個人的な観光や取材という名目だけでは通らない。モンスター街でないといけない理由が必須なのだ。特定のモンスターに会うのならばギルドを通して呼び出すのが筋だし、何があるのか情報の少ないモンスター街で特定の施設に用事があるはずもない。必然的にハードルが上がるのは当然だろう。
尤も時々は観光ツアーのようなものもやっているようなのだが、頻度も対象もかなり限定的だし、ちょっと興味ある程度では手を出すにはハードルが高い。ツアーの紹介を見る際は当然それ以外の観光地も目に入るわけで、そちらに興味が向いてしまえば後回しでいいやという事になるだろう。そうやって機会を失い続けるのがモンスター街という場所なのだ。
実は四神練武の副賞でもらった旅行券もこのパターンだった。ラディーネの温泉話に空龍が興味を持ってしまったのも原因だが。
「いや、別に他意はない。ある程度時間潰せて、講習の内容に関係ありそうなところって考えたらここだったってだけだ。手続きも俺がやればほぼフリーパスだし」
「そりゃあんたならそうだろうな」
ダンマスと一緒で入れない場所など、迷宮都市にはほとんど存在しないだろう。那由他さんの自室とかなら別だが、そんな所に行きたいはずもないし、むしろ怖いから呼ばれても行きたくない。< 地殻穿道 >の時と、実際に会って報告をした時の印象ではさほどでもなかったが、色々聞いてる話からは警戒という言葉しか浮かんでこないのだ。
他意がないという言葉を完全に信じる事はできないから心構えくらいは必要だろうが、ダンマスなら本当にそうであってもおかしくはないのがまた困った話だ。
「エレベーターって事は、地下の高速道から転送施設に移動するの? ボク、戻るなら財布取って来たいんだけど」
ダンマスについて行った先はギルド会館のエレベーターホールだ。現在位置は二階なので、普通に外に出るなら階段を使うだろう。ならば、可能性としてはユキの言うように地下の高速道になりそうだが……。
「いや、別ルートだ。金については案内人に渡してるから心配する必要はないぞ。そもそもモンスター街は金が別だから、財布持って行ってもあまり意味はない」
「あ、そっか。モンスター用のお金があるんだっけ。ツナが迷宮都市に来た時に貰ったやつ」
アレはもうないがな。去年の夏、ロッテさんにあげてしまった。
あんまり思い出したくはないが、ホモの鬼畜メガネとプロレスして得たおひねりである。……そういえばあの特殊性癖、アレから会ってないな。クビになったのかな。
そんな話をしつつエレベーターに乗ると、ダンマスは謎のカードを出して[ 職員用 ]と書かれたカードスロットに挿し込んだ。すると、それ以外の操作はしていないのにエレベーターが動き出す。
続いて、ダンマスのプライベートエリアからの帰りの時のような妙な感覚が襲ってきた。実際、似たようなものなのかもしれない。
「よ、酔いそう」
「すぐ着くから我慢してくれ」
その異様な感覚に、俺よりも三半規管が鍛えられてそうなユキが真っ先に音を上げた。ディルクは慣れているのか平然としているし俺も然程ではないのだが、ひょっとしたら感覚が優れている奴のほうが敏感に感じとってしまうってケースがあるのかもしれない。
ダンマスの言うすぐは本当にすぐだった。数秒もしない内に目的地に着いたのかエレベーターが止まり、ドアが開く。その先にはなんと目の前が転送ゲートだ。異様に狭い、そのためだけに用意されたといわんばかりの専用スペースである。マネージャーとユキが片手間で飾り立てたウチのクランハウス入り口のほうがまだ飾り気があるだろう。
「ゲートの向こうはもうモンスター街で案内人が待ってるから」
「あれ、ダンマスは行かないのか?」
ゲートしかないのだから当然それを使うのだろうと俺たちはそのままエレベーターを降りようとしたが、ダンマスだけは動く気配がなかった。
「俺とディルクは別件。後で迎えに行くから、ツナ君とユキちゃんで行ってきな」
「えっ?」
その言葉に反応したのはディルクである。本人は普通に降りようとしていたのに。
「あの、僕もモンスター街には興味あるんですが。実は行った事はないですし」
「興味あるなら別の機会作ってやるよ。というか、ついでみたいな講習よりもむしろこっちがメインだから」
大体分かってたが、講習がついでと言い切りやがった。でもそうか、最初にディルクに用事があるって言ってたのはコレか。
そうして、ダンマスと困惑気味なディルクを乗せたエレベーターは俺たちを残してどこかへ行ってしまった。
「んじゃ行くか」
「まあ、驚くような事もないよね。ダンマスだし」
少なくとも表面上はノリで生きているような人なので、行動に文句つけても仕方ないのである。
[ モンスター街 転送施設 ]
転送ゲートを潜った先はダンジョンでダンマスのドッキリでした……って展開もなく、そこは同じように無機質な印象の部屋だった。ただ、エレベーターの入り口の代わりに普通の出口がある。
そしてその出口から外に出てみればどこかのロビーのような場所が広がっていた。色合いはかなり違うが、迷宮区画転送施設の入り口付近に近い。多分だが、モンスター街に設置してある転送施設のロビーか何かなのだろう。
「本当に来ちゃった……」
そこで待っていたのは見覚えのある顔だった。いつものように余所行きの赤いドレスに身を包んでいるものの、やたらと疲れた顔をしてて優雅さが感じられない吸血鬼である。間違えようもなくウチのクラメン候補だ。
「ひょっとして、ロッテが案内人って事でいいのか?」
「……遺憾ながら」
なんで遺憾やねん。
身内も同然の相手が案内人なら俺たちも気が楽なんだが、本人はあまり乗り気ではない様子だ。
「ゴブサーティワンも?」
ロッテの隣を見れば、こっちを見て首を傾げてるゴブリンが一匹。まるで知らない奴を見るような視線が気になるが。
「いや、コレは肉壁じゃないから。あいつの血縁ですらないし」
違うんかい。訓練やダンジョン・アタック時なら武装で見分けつくけど、私服だと全然区別がつかんな、ゴブリン。未だにゴブタロウさんですら見分けられる自信はないぞ。
「ねーちゃん、こいつ誰?」
「さっきから何回も説明してるウチのクラマス。というわけだから、あんたらに構ってられないの。シッシッ!」
「えー」
「うっさい! さっさと行きなさいっ!!」
渋るゴブリンの子供? ……子供をロッテは蹴り飛ばすように追い払った。ゴブリンのほうはというと、特に怒るでも悲しむでもなく、いつもの事と言わんばかりの平然さでどこかへ去って行った。
声を聞けばゴブサーティワンとは全然違うな。あいつも声変わり……はするのか知らんが高めの声をしてるが、さっきのゴブリンはもっと子供っぽい甲高い声だし。同じ容姿なのに声だけが子供というのは違和感があるな。
「こっちにいると誰かしら付き纏ってくるのよ。同じ二世とか、変な牛とか」
「ロッテがお姉さんしてるのがちょっと新鮮かも」
「……二世モンスターの中では最年長だから。むしろ下しかいないし」
色々話は聞いていたから知ってはいたが、実際に見るとユキの言うように新鮮な感じだ。ゴブサーティワンはそこまでべったりって感じでもないし。肉壁扱いされてるからかも知れんが。
「で、なんで不満そうなんだ? いつかみたいに血が足りないとか?」
「そんなんじゃないし。……あんまりお兄ちゃんたちにこの街見せたくなかったんだよね。でも、ダンジョンマスターの依頼じゃどうしようも……」
「案内じゃなくて、俺たちがここに来る事自体が嫌なのか。なんか見られたくないものがあるとか」
「この街そのものが見られたくない。恥ずかしい」
ここに来た時点でどうしようもなかった。故郷というか、自分のルーツを見られてるようで恥ずかしいって事なのかもしれない。
「そういうもの?」
「そういうもの。雪兎はそういうのないの? 実家を見られたら恥ずかしいとか」
「特にはない……かな? 実家は……見られても別に。いや、この状況だから帰る気はまったくないけどね。案内はしないよ」
変なところで言い澱んだ気はするが、ユキの場合は実家に問題はなさそうだし、そうかもしれない。帰ったら問題だらけなのは同感だ。
「良く考えたら、俺もこの世界の実家は紹介したくないな。ロクな思い出ない上に、王国の闇の吹き溜まりみたいなところみたいだし」
「記録から抹消されてるような棄民の村と比べるようなものじゃないと思うけどね。……それに比べたらマシか」
恥ずかしいとかそういう次元じゃないからな。闇深過ぎて、案内しても目を逸らされる可能性大だ。
まあ、今頃は廃墟になってるかもしれないから、それなら案内してもいいがな。誰か一人でも残ってたら御免被るけど。その場合、観光の目玉は村じゃなく俺の秘密基地とかになりそうだ。
「といっても……こうして見る限り別に普通じゃない? そりゃモンスターしかいないけど」
ユキはそう言いつつロビーの周りを見渡す。確かにモンスターが闊歩してるだけで、迷宮区画の転送施設と大差ない。建物の外……ガラスを通して見える街もそこまで変わった様子は見られない。夜闇の中でライトアップされているのは、巨人サイズに合わせているという迷宮都市よりも更に巨大な建物で、圧倒はされるがそれだけだ。無駄に雷雨だったり、不気味な城がそびえ立っていたりもしない。
「ここはね。基本的にお行儀の良いモンスターしか入れないような場所だし。モンスター全体の事を言うなら、モンスター街だってそうなんだけど……」
「ん? モンスターって全員が全員この街に住んでるわけじゃないのか?」
「大多数はダンジョンを徘徊してて定住なんてしてないの。というか、そんな概念ないし。……ここに住んでるのは、ダンジョンの中で進化して外で生活しても問題ないって判断された特別なモンスターだけなのよ。あと、私たちみたいな二世モンスター」
あまりに昔過ぎて忘れてたが、そういえばゴブタロウさんがそんな事を言っていた気がする。馬鹿だから出てこれないとかなんとか。
「表側……迷宮区画なんかと比べて法律が厳しいのも、そうしないと秩序を保てないからだし。言ってみれば、王都にあるっていうスラムみたいなところね」
「あー、迷宮都市の住人からすれば、ある種の無法地帯って事か」
「そ、そう……なんだ」
大商人の子供で縁がなかっただろうユキは歯切れが悪いものの、俺はスラムの近くに住んでいたから住み分けの形式としては理解できる。
要するに、ここはダンジョンと街の中間なわけだ。ダンジョン内のように気配を感じたら即戦闘っていうほどでもないが、迷宮都市のように暴力事件起こしたら即逮捕みたいな秩序もない場所って事なんだろう。厳密な法律で取り締まっていたらキリがない、あるいは厳密な法律を守っていたら生きていけない者たちの住む所って事だな。ここはむしろ法律的には厳しいらしいが、方向性としては同じ……いや、どっちかというと刑務所の中って言ったほうが近いのかもしれない。
「だから、ここで生まれた者としては見られるのが恥ずかしい場所なのよ」
「まあ、俺は別に気にしないから問題ないな」
「私が気にするのよっ!!」
そんな事言われても、実害あるようなレベルの無法地帯じゃないなら問題はないだろう。喧嘩売られたら警察……かどうかは知らんが、そういう類の人を呼べばいいわけだし。
「といっても、ダンマスからは観光して来いって言われてるしな。あくまで建前上は講習の一環ではあるんだが、何もせずに帰るわけにもいかないだろ」
「じゃあ、あそこのファミレスで食事して帰るってプランがオススメ。講習の内容なら私が教える事になってるし」
ロッテが指差したのは転送施設のテナントとして入っているらしいファミレスだった。客や従業員はモンスターのようだが、迷宮都市でも多く見られるチェーン店である。迷宮ギルド会館の近くにもあって割と頻繁に利用しているから新鮮味がないってレベルじゃない。店前に置いてあるキャンペーンのノボリまで一緒じゃねーか。
「どうせ飯食うなら、ここでしか食えないモノがいいな。モンスターが普段何食ってるのか知らないから、ひょっとしたらファミレスでも違うのかもしれんが」
「あのね……ここだって一応迷宮都市なんだからそんなに変わるわけないでしょ。そりゃ種族によって好き嫌いがあったり、食べられないものの差は大きいから配慮はされてるけど、それだけよ」
ベジタリアン向けやハラール料理も用意してますって感じか。良く考えてみたら同じ街の中にあって、食うもんがまるっきり違うって事はないか。
むしろモンスター素材を料理して出している店がある迷宮区画のほうがバラエティは豊富なのかもしれない。モンスターから見れば自分たちを調理されてるわけだし。
「というかさ、ダンマスから依頼された時に何か指示出てるんじゃないの? 観光ルートとか」
「う……ない事もない……かも。お兄ちゃんたちに行きたい場所があったら配慮しろって言われてるし」
なら、そのまま帰っちゃまずいじゃねーか。配慮しろよ。
「じゃあ、一応観光案内のパンフレットあるから、これで行きたい場所選んで。どうせ二、三時間しかないから、ご飯食べるところとあと近場で一、二箇所くらい」
そう言ってロッテはしぶしぶ差し出して来たが、パンフあんのかよ。普通に観光地じゃねーか。
「じゃあユキさん選んでいいよ。俺はここ出たところで飯屋選ぶから」
「ほんと? じゃあちょっと待ってね……」
「ここの近くの店ならまだ無難か……」
俺も別に好んで無法地帯に足を踏み入れたいわけではない。穴場を探すのは好きだが、それはある程度発掘した後で楽しむ方針なのだ。知らんところで路地裏に入るつもりはないぞ。
モンスター街ではどうだか分からんが、この時間帯だとそろそろ居酒屋で酔っ払いが量産される頃だろうし、変に絡まれたくもない。
というわけで、ロビーのソファに座りつつユキのチョイスを待つ事にした。
-モンスターについて-
「最初に聞いておきたいんだが、講習内容についてのアレコレもロッテに聞けばいい感じ?」
「いいけど、モンスター街なんてそうそう来る事ないから知っても意味ないんじゃ」
「モンスター街っていうより、聞きたいのはどっちかといえばモンスターに関してだな」
そもそも、モンスター街については講習に含まれていない。ダンマスもこの場所について殊更詳しく説明する気はなかっただろう。
「簡単な事なら今でも答えるよ? 雪兎は集中できないかもしれないけど」
「どこかの店に入ってからでいいんだが……」
「今でも大丈夫だよー」
ロッテの懸念をよそに、ユキはパンフレットに目を向けたまま手をヒラヒラさせた。本人がいいなら別に構わないか。別に試験するわけでもないし
講習などでもそうなのだが、ユキはながら作業が得意らしい。それで集中力が落ちるわけでもなく、試験では普通に良い点取ったりするのだ。意識の方向を分けるのが器用というか、分割思考というか、元々そういうのが得意なんだろう。
「じゃあ今聞くか。さっきダンマスから仮身の話を聞いて良く分からなくなってきたんだが、そもそもモンスターの定義ってなんなんだ?」
「仮身……? ああ、ダンジョン内の仮の身体ね。確かにそれだけ聞くと冒険者もモンスターと同じじゃないって思いそう」
前から疑問に思っていたのだが、いまいち分からないのがモンスターの定義だ。初心者講習でヴェルナーが言っていたのは種族欄にモンスターとあるかどうかだ。確かにそれはそうなんだが、それはただの区別の仕方であって定義ではないだろう。
今更ながらに、迷宮都市の外を含めて、リザードマンや蟲人、獣人たちがモンスター扱いされないのも不思議といえば不思議だ。ロッテやヴェルナーのようにモンスターをやめた吸血鬼も同じように亜人種扱いだし、ゴブタロウさんやテラワロスなんてエルフやドワーフと同じ妖精種である。これでは本当にただ単に種族の後ろに/モンスターが付いているかどうかだけで区別されているようにしか見えない。
だから、その/モンスター部分にモンスターを定義する何かがあるのだろうが、それが分からない。しばらく冒険者やってて、殺したら魔化して消えるのがモンスターかとも思っていたが、それだとダンジョンに入って仮身になった俺たちもモンスターって事になってしまう。
別に厳密な意味で定義しなけりゃいけないわけでもないが、モンスターを倒して日銭を稼いでいる以上は、できればはっきりさせておきたい。
「大雑把に定義すると、魔力が物質化したのがモンスターね。生物として生まれたわけじゃなく、発生した存在。自然発生だけじゃなく、ダンジョンマスターが創り出したのも同じ扱い。でも、厳密に言うなら仮身もモンスターみたいなものっていうのは間違いじゃないかも。種族表示上はモンスターじゃないけどね」
「ああ、誕生……というか、存在の確立される経緯の違いか」
迷宮都市の外でもモンスターはいる。良く言われている奴らは突然現れるっていうのは誇張でもなんでもなく、ある日突然発生するのだ。巣を造ったり生物的な生殖もするらしいのだが、基本的には生まれるのではなく発生する現象らしい。群れを作るのも血族的な結束ではなく、単に近くにいたら同種のモンスターが発生し易いからってだけだ。
ダンジョン内でもそれは同じで、俺も何度かモンスターが発生する経過を見た事がある。すぐ倒したが。
「それだと、二世のお前はモンスターじゃないって事になりそうだが。ゴブサーティワンの両親は良く知らんけど」
少なくともヴェルナーは現在モンスターではないはずだ。ロッテが生まれた時は分からないが、時期を考えるとすでにやめているんじゃないだろうか。
「両親のどっちかがモンスターのままだと子供もモンスターになるみたい。私も肉壁もハーフみたいなものなんだけど」
なるほど。つまりロッテの母親はモンスターのままって事か。
「実際、生まれた私たちの特徴もモンスターのままだったしね。ダンジョンの外でも死んだら魔化して消えるし。もちろん復活はするけど」
「やっぱり、そこら辺がモンスターの特徴になるわけか」
「それに加えて、モンスターの定義っていうとやっぱりアレかな。さっき冒険者の仮身がモンスターに近いって言ったけど、モンスターの場合は魔身って呼ぶの」
「マシン」
「ボーグみたいな機械の事じゃないわよ。魔力の身体。モンスターの場合はダンジョンの中でも外でもこの状態なの」
確かに頭を過ぎったが、機械だとは思わないだろ。機械っぽいモンスターもいるけど。
「区別してるって事は何か明確な違いがあるって事だよな」
「お兄ちゃんの言うように、確かに特徴は仮身に近いんだけど、魔身は魔力反応が更に顕著なのよ。ダンジョン内にいるだけで根本から変質しかねないくらい」
「変質ってレベルアップの事か? ダンジョン内を徘徊してるだけでレベルが上がるとか」
「それもあるけど、種族そのものが変わるの。併せて特性や能力も変化する。もちろんカテゴリ内の変化……ヴァンパイアだったらヴァンパイア・ノーブルみたいな感じで同じ系統に留まるのが普通だけど、それぞれはほとんど別物と言ってもいいかも。もちろんこの変化は戦闘したほうが早いわね」
モンスターのランクアップか。
「ミノタウロスはパンツ履き替えてただけじゃなかったって事か」
「あいつらは特にだけど、他の種族系統は良く知らない。でも基本は同じはずだから、種族が変わるのに合わせて履き替えてるんじゃない?」
まあ、パンツ履き替えるだけで強くなるなら苦労はないよな。ブリーフを履いたからブリーフタウロスになったわけじゃなく、ブリーフタウロスになったからブリーフを履くわけだ。意味分からんが因果関係は間違っていないはず。でないと、トライアルの時のブリーフさんは本当にミノタウロスだったという事になってしまう。それに、ドロップ品としてパンツ落としてしまったタウロスはどうするんだって話だ。
「だからなのかもしれないけど、冒険者みたいにクラスに就く事は種族そのものを変える事と同義になる。ゴブリン・アーチャーとかオーク・コマンダーとか、アレ種族名だしね。……ここまで聞いて、多分モンスターのほうが冒険者よりも強くなり易そうって思ったでしょ?」
「うん」
同意して頷こうと思ったが、先に隣から返事が来た。パンフレット見ながらでもやっぱり話は聞いてるんだな。
「まあ、俺もそう思う」
「実際、強くなるだけならモンスターのほうが早いのよ。でも、限界はある。個体差はあるし、それぞれの壁は違うけど、究極的に一〇〇層の壁は絶対に超えられない。モンスターはそういう風にできている」
どういう理屈かは知らないが、一〇〇層を超えられないってのはかなり致命的だ。それはつまり、世界の壁を超えられない事と同義なのだから。
ダンマスが求めているのは共に進むための同志、あるいは帰還のための要素となる存在だ。そういう制約がある以上、モンスターはそこに辿り着けない。
「モンスターってのは極めて虚ろな存在なのよ。あやふやで不安定だから簡単に本質が変わる。精霊とか獣神みたいにこの星……というか世界に囚われている幻のようなもの。まあ、ウチの岩要塞や四神の巫女は多分一〇〇層も超えられるんだろうけどね」
ガルドや水凪さん、あとガウルもだが、亜神や星の加護を受けているのと同時にそれに縛られている。それぞれ目的や方向性は異なるのだろうが、無限回廊一〇〇層を超えて亜神化する事でその縛りから離れるのは共通らしい。
モンスターはモンスターのままで一〇〇層を超えられない。超えるならば、最初からモンスターをやめる必要がある。だから、制約に縛られないようにヴェルナーたちはモンスターをやめて冒険者になったのだ。
となると一〇一層以降に存在するというモンスターはなんなのかってのが気になるところだが、これはダンマスに聞くべきだろう。
「私はもう違うけど、モンスターは共通する意識として多分……自分を定義される事を恐れている。やめてようやく気付いた。何者でもないのが自分だから、何者かになるのが怖いのよ」
「元モンスターの貴重な意見ってやつか」
「最近はちょっと増えたけど、それでもあんまりいないしね。まあ、モンスターっていうのはそういう幻のようなものって覚えておくといいかも」
それはつまり、ロッテやゴブサーティワンは自己を確立したという事に他ならない。そこには俺には分からない巨大な隔たりがあるような気がする。
「で、そろそろ行くところ決まった? まだなら移動しながらでも……」
「うーん。じゃあ、ここ。モンスター闘技場と迷ったけど、今改装中で制限運用みたいだし」
ユキが開いてみせたパンフレットには[ モンスター商店街 ]と書いてあった。
確かに隣のページで紹介されてるモンスター闘技場は気になる。『負けたほうは即素材化! 狂気のデス・ゲームが今始まるッッ!!』というキャッチコピーは主に怖いもの見たさで興味を惹かれてしまう。負けたら素材にされてしまうとか、モンスター街すげえな。
「なんか思ったより普通だけど、こんなところでいいの?」
「あんまり見て面白そうだと思ったところがなかったんだよね。モンスターが生活してるのかは気になるけど、観光で見るようなものでもないし。ならボクらにも関係ありそうな場所のほうがいいかなって」
「正直、この街が観光に向いてるとは思えないし、いいんじゃない? 私も気楽だし」
目新しさという面なら、モンスターしかいない時点で十分だしな。ユキが商店街の何を見たいのか知らんが、俺としても異存はなかった。
[ モンスター街 ]
というわけで、ロッテに連れられて転送施設から足を踏み出してみた先は、中からガラス越しに見えていたのと同様の巨大な建築物が立ち並ぶ街だ。転送施設の敷地から出たところは駅前のような賑わいを見せている。
夜だから暗いという事もあるが、そもそも建築物がでか過ぎて視界が確保できていない。遠くのほうに何があるのか確認するためにはかなり高い建物に登る必要があるだろう。
「……あれ?」
そしてその街に踏み込もうと足を進めたところでユキが立ち止まった。首を傾げているので何かと思ったが、一瞬遅れて俺も違和感に気付く。
「なんか、空気中の魔素の濃度がダンジョンみたいだな」
「あ、そうそれ。上手く言えなかったけど、ダンジョンみたいって思った」
明らかに肌で感じる程度には空気が違う。少し前までの俺なら違和感くらいしか感じなかっただろうが、今ならはっきりと分かる。
「そういう調整されてるみたい。魔身の特性を活かすためとかなんとか聞いてるんだけど、詳しい事は知らない」
「ああ、冒険者と違ってダンジョン内にいるだけでも成長するんだったか」
どれくらい効果があるのか分からないが、ダンジョンの外でも恩恵を与れるように環境を合わせているって事だろうか。
「どっちかといえばモンスターが過ごし易い環境にしてるっていうほうが大きいと思うんだけどね。大体ダンジョン内で発生して育つわけだし」
「そういう意図もあるんだ。言われてみたら納得かも」
そこら辺を歩いてる厳ついモンスターがそこまで繊細な気はしないが、故郷の空気のほうが安心するってのは理解できる。理解できるだけで俺自身はあんまり感じたりはしないが。
「で、多分ここら辺が候補になりそうな店の一番多い通りなんだけど。入りたい店はある?」
「ふむふむ」
道に沿って並ぶ店舗の看板を眺めてみると、やけにチェーン店と居酒屋が目立つな。店の並びがまるっきり駅前のそれだ。
メニュー的には居酒屋でもいいんだが、酔って騒いでる連中も多いからちょっと避けたい。一部、店の人が外で売り込んでいるっぽい屋台もどきもあるが、俺たちの需要には合致しない。
「ちなみに予算は?」
「ダンジョンマスター持ちだし、いくらでもいいんじゃない?」
「ならあそこにするか。寿司」
目につくラインナップ的にこの街ならではっていう店は見つけられる気がしない。前情報もなく、どこも似たより寄ったりならインスピレーションに頼るのが吉だろう。
俺が選んだのは回転寿司の店だが、形式として回転寿司なだけで本格派を謳っている非チェーンっぽい店だ。トップクランの人に連れて行かれた時価としか書いてない店とは比べるべくもないが、店前に置かれたメニューの値段もかなり高めである。B級グルメの値段ではないから普段は敬遠しそうな店だが、こういう時なら問題ないだろう。
二人に聞いても反対意見はなさそうなので、そのまま店内に入る事にした。
しかし、俺はまだここがモンスター街である事をちゃんと認識していなかったのかもしれない。下手に現代的な賑わいを見せる通りを見てしまったのがいけなかったのか、そこで俺たちを待ち受けていたのは想定外のものだったのだ。
俺の認識の上では寿司屋に入ったら普通「いらっしゃいませ」か「へいらっしゃい」と声をかけられるか、愛想が悪くとも客に対してはそれなりに対応してくれるのを想像していた。……してしまっていたのだ。
「ギョ----ッッ!!」
店内に入った直後、響き渡る奇声。何事かと思えば、回転寿司のベルトよりも内側にいて寿司を握っているらしい存在が発したものだと気付く。
「ギョー!!」「ギョギョッ!」「あれ、人間だ」「ギョー!」
「な、何事っ!?」
後ろから困惑したユキさんの声が聞こえるが、俺もそれどころではない。
なにせ、店内の従業員のほとんどが奇声を発する謎の生物なのだ。謎の生物……そう、店員たちは俺たちの良く知っている亜人でもモンスターでもない。かつて討伐指定種として倒した魚マンらしき集団だった。
あいつら、討伐指定種として戦った以外は雑魚モンスターとしても見た事がないのに、なんでこんなに数がいるのか。
「いらっしゃいませー。何名様ですか」
「さ、三名」
「テーブル席へどうぞー」
そんな中極普通に寄って応対してきたオークの女性らしき店員に案内され、俺たちは逃げ出す間もなくテーブル席に座る事となってしまった。
「……一体どういう事なの。アレ、いつかの魚マンだよね? 魚の品種は違うけど」
「……お兄ちゃんの選んだ店っていつもこうなんだけど狙ってるの?」
「断じて不可抗力だ」
何故か二人から俺を責める視線が飛んでくる。単にそこそこ高そうで普段入らなそうな店を選んだだけだというのに、何故か中は魚マンの巣窟だったんだ。
どうしてモンスターは自分たちの同類を食わせようとするのか。ブリーフさんが出資する焼肉屋といい、ここといい、理解不能である。
「まあ、意味は分かんないけど店は結構流行ってるみたいだし、出るモノは美味しいのかもね」
水が運ばれてくる頃には少し早く混乱から立ち直ったロッテがメニューの確認を始めていた。どうやら回転寿司に良くあるシステムをそのまま使っているらしく、小型の端末で注文すればベルトで手前まで流れてくる仕組みらしい。
端末の画面には[ 今ハマチが美味い! 討伐指定された魚マン(ハマチ)推薦! ]と表示されているが、まさかお前自身の身体を推薦してるわけじゃあるまいな。というか、ハマチって出世魚だったはずなんだが、ブリとかも別にいたりするんだろうか。……とりあえずハマチは避けよう。
「魚は避けたいな……」
遠い目でメニューの確認を始めるユキだが、この店でそれは無理があるだろう。一応回転寿司のシステムを使っているってだけで寿司自体は本格派を謳っているのだ。迷走した回転寿司チェーンのようにプリンやラーメンがラインナップに含まれていたりしない。卵なら問題ないが、それだけ食うのはユキさんのもったいない精神を刺激するだろう。
「くそ、普通に美味いのがムカつく」
端末で注文してベルトで運ばれてきた寿司は明らかに回転寿司とは違う次元の味だった。値段はかなりお高めだが、それでも納得してしまうくらいのものだ。
魚マンが捌いて、魚マンが客応対しているという視覚的な問題を除けばいい店なのだ。今も板前らしいマグロの魚マンがやたら熟練した手付きで魚を捌いているという、飲食店にとって長所と短所を兼ね備えた恐ろしい光景が目前で繰り広げられている。
「……すげえな、モンスター街。俺甘く見てたわ」
「いや違うからねっ!? 私もこんな店がある事は知らなかったし! こんな常識ないから!」
「でも現実にあるんだよね」
いくらロッテさんが弁護しても、魚マンの寿司屋はこうして実在してしまっているのだ。……実際のところはどうか知らんが、ある意味モンスター街っぽい店に当たったともいえる。これもいい経験なんだろう。
「というか、魚マンってこんなにいたんだ。てっきりあの鯉の魚マンだけかと思ってた」
「討伐指定種としては何回か出てるのは確認してるが、さすがにこの数は想定外だわ」
実は、端末に表示されてるハマチの存在すら知らなかった。こいつら、一体どのダンジョンに生息しているのだろうか。
「そういえば、あの鯉の魚マンって倒した後どういう扱いになるんだろうね。討伐指定種って同じモンスター出てこないし、格下げとか?」
「討伐指定種として倒されたモンスターは引退するか、ユニークモンスターになるか、普通にそのまま活動するかの三択ね。大体ユニークモンスターとして名前もらうけど」
という事はあの鯉は今ユニークモンスターになっているのだろうか。魚マンは種族名だけで区別付き難いから、名前付くのは歓迎だ。
「ユニークモンスターってそういう流れでなるものだったんだ」
「いや、そういう道もあるってだけで他にもあるわよ。私は実績と試験で評価されてなった口だし、その頃はまだ討伐指定システムなかったし」
「なんか割と最近らしいぞ、討伐指定種の仕組みが出来たのって」
「へー。じゃあ、< バウンティハンター >の人たちが出てきたのも最近なのかな」
俺たちが普段目にする迷宮都市の仕組みも意外と最近までなかったものは多い。大抵は例の月一のバージョンアップで追加されるそうなのだが、ダンマスに聞いたところによると、そういうのは大体元々システム的に開放されていて、テストを重ねた上で表に出しているとの事だ。皇龍もネームレスも知らないシステムなので、おそらく前任の管理者とやらが使っていたシステムという事になるのだろう。
ユキの言う< バウンティハンター >は< 冒険者 >ツリーのクラス名であり、団体の呼称でもあり、そういう生業をする人たちを指す呼び名でもある。彼らは対ボスや対討伐指定種に特化した存在で、そういったスキルや装備を数多く持ち、多くの戦闘で活躍している。特徴として、依頼されれば他パーティに参加する傭兵のような扱いという事が挙げられる。討伐指定種を確認した場合などは、自分たちから売り込みに来たりする事もあるらしい。実はワイバーンへのリベンジを狙ってた頃もコンタクトだけはあったのだ。クランで固まってるとなかなか遭遇しない職種ではあるな。
< 荷役 >や< 地図士 >ばかりが注目される< 冒険者 >ツリーだが、こういう特化型のクラスも多いのが特徴だ。ダンジョン内の採掘や採集に特化した< 採集士 >、斥候よりも宝箱の回収に特化した< トレジャーハンター >、ポーションの扱いに特化し、その効果すら向上させる< ポーションユーザー >、未知のアイテム・装備に適性を持つ< パスファインダー >なんてクラスもある。
「しかし、美味いな。料理人でもないのに、寿司が美味いだけで悔しい思いをする事になるなんて……」
料理漫画の良くある料理対決で、対戦相手が主人公の腕を認めざるを得ない場面を彷彿とさせる。特に味わいたくはなかったが、新鮮な気分だ。
最初は敬遠していたユキもロッテも普通に食べているあたり、店としては当たりの部類なのかもしれないな。
「ギョーッッ!!」
……あんまり認めたくはないが。
しょうがない。この謎の食事体験は忘れる事にして、商店街に期待する事にしよう。
「ギョー!!」
ギョーギョーうるさい。
-商店街の牛-
思わぬところで異次元の体験をしてしまった俺たちだが、夢に見そうな記憶は封印する事にして、次の目的地へと向かう事にした。
目的地である商店街への道中、改装中だというモンスター闘技場の前を通ったのだが、制限営業中にも関わらず盛況な様子だった。迷宮区画の闘技場はあまり夜の営業はしていないので、この光景は結構新鮮だ。血の気の多い連中が多いのか中から破壊音が聞こえたり、血塗れのモンスターがタンカで運ばれていったり、ダフ屋と客が物理的な交渉をしていたりと、やはり表とは違うなと思わせる部分が多々見られる。
これとは別に、更にルール無用の地下闘技場というところもあるらしいが、一体どうなってしまうというのか。なんだよ、リアルタイム解体デスマッチって。
「犯罪犯したモンスターは追放されるかここ行きになるのよ。普通に登録して戦ってる選手もいるけど」
「追放は同じなのか……っていっても、迷宮都市基準のモンスターが外に出たりしたら大変な騒ぎになる気がするんだが」
「迷宮都市の外じゃなくて、ダンジョンに追放されるの。街に住む資格なしって」
ああ、それなら問題ないな。ちゃんとした住処や娯楽、各種サービスに慣れてしまったら、いくらモンスターでも強制ホームレス化は嫌だろう。
「闘技場のモンスターファイターに関しては時々表のほうに行ってイベントやったりするから、まだ陽の目を見る機会もあるんだけどね」
「あ、それテレビで見た事あるかも。大晦日の特番でカンガルーと戦ってた」
「カンガルー? そんなモンスターいたかな……」
相手のほうはロッテも知らなかったらしい。迷宮都市だし、案外普通の動物かもしれない。
そんな会話をしつつ歩いていると、すぐにモンスター商店街に辿り着いた。というか、闘技場の目と鼻の先だ。普通に正面の通りが観光客向けの商店街らしい。
「種族で分かれてる区画ごとにも商店街はあるけど、観光客向けに商店街って言う場合は大体ここね。今は夜だから閉まってるけど、一応お土産とかも売ってるみたい」
「お土産っていっても何売ってるか想像つかないんだけど。お饅頭とか?」
「私も詳しくはないけど、お酒とか? モンスターが使う装備を持って帰る人もいるって聞いた事はあるかも」
サイズが違い過ぎて使いものにならない装備でも、記念品ならアリか。俺たちもミノタウロス・アックスを記念品として持っておこうとか話してたし。猫耳潰すために使っちゃったけど。
その土産屋の前に一部ポスターが貼ってあったが、どこで使うのか良く分からないペナントや置物、ユキの言った饅頭も売ってるらしい。すごくいらないです。
「ユキはここに来て何が見たかったんだ? スーパーとか?」
「消去法で選んだだけだけど、結構冒険者に関係ありそうな店があるみたいだから。モンスター向けの武器屋とかアイテムショップとか。スーパーも何売ってるのか気になるといえば気になるかも」
「割と違いがあるから面白いかもね。スーパーに行くなら血液パック買っておきたいかも。表とは品揃えが違うし」
「……お前ら、あの魚マン寿司屋の直後で良く食材見に行く気になるな」
奴らが自分たちの身体を捌いてたかは知らんが、俺はどうしても連想してしまう。
そんな自分の妄想にげんなりしていると、道の向こうから巨大なブーメランを背負ったミノ……いやブーメランタウロスが近づいてきた。何やら俺たちを見て首を傾げているが、そのブーメランはどんなダジャレだ。ブーメランパンツ履いてるからブーメランって、安直過ぎるだろ。
「チィーーーッス!! 誰かと思ったらリーゼロッテさんじゃないっスかー! めっちゃ久しぶり!!」
「ゲッ、酔っぱらい」
なんだ。ロッテの知り合いなのか。口調はめっちゃブリーフさんを彷彿とさせるが、タウロスってみんなこんな感じなんだろうか。そういえば、いつかカジノで見たホルスタインもそんな感じだったような……。
「というか、なんで悪鬼さんもいるの? 観光? 新米冒険者のアイドルブリーフさんだぞー」
ブリーフさんご本人だった。ブーメランパンツなのに。
「昇格したとか言ってましたっけ。ウチのロッテと知り合いですか?」
「ウチの? 何、どんな関係よ。イベントでボス担当したってのは聞いたけど」
むしろ、あんたこそどういう関係なのか聞いてみたい。
「モンスターやめて冒険者始めたのよ。お兄ちゃんのクランに入ったの」
まだ設立はしてないがな。この観光もどきも一応その一環だ。
「え、マジで? 最近見ないと思ったらそんな事になってんの!? ユニークの地位捨てて冒険者って、めっちゃ勇気あんねー。ひょっとして今なら俺様勝てちゃったりする?」
「なによ。確かに弱くなったけど、こっちにはお兄ちゃんがいるんだからね」
「悪鬼さんと戦うのも興味あるけど、あの猫耳みたいに食われたくはないなー」
「食わないんで」
ロッテが冒険者になった事は知らないのに、俺の経歴は知ってるのか。焼肉行った時も詳細を話した覚えはないんだが、ブリーフさんの直後の戦闘の事だし、テレビ出演した時に聞いたのかな。
「で、結局観光なわけ? 観光なら、俺のオキニの場所とか紹介しちゃうよ。鍛冶屋行くところだったけど、そっちのほうが面白そうだし」
「まあ、観光みたいなもんね。正規のルートでもなんでもないけど」
「マジで? さすが悪鬼さんってやつ?」
なにがさすがなのか分からないが、本人が納得してるなら別にいいや。
「じゃあ、俺はブリーフさんとブラついてくるかな。後で連絡して合流すればいいだろ?」
というわけで、一時的に別行動する事になった。ロッテとユキはモンスター向けのスーパーに。俺は元々行くつもりだったというブリーフさん行きつけの鍛冶屋へ冷やかしだ。しばらくしたら電話かけてくるらしい。
-鍛冶について-
「チィーーーッス!! おっさんいるー?」
「うっさいわ! 目の前におるじゃろうが!! チャラタウロス!」
ブリーフさんに連れられて行った鍛冶屋は商店街の裏通りにある看板も出ていない場所だった。一応商品は並んでいるが、どちらかといえば工房に近い。
見渡したところ、かなり変な武器が多い。迷宮都市にも珍しい武器を扱ってる店はあるが、ここは更に変な形状のものばかりだ。見ただけでは使い方の分からないものも多い。人間向けでないのは分かるが、こんな武器を持ってるモンスターとか見たことないんだが。
変といえば、店員も変だ。ここはモンスター街のはずなのに、何故かドワーフである。モンスター街でも、鍛冶といえばドワーフなのか。
「あらま、手厳しい。せっかく新規客連れてきたのに」
「何度も言ってるだろうが、ワシは客商売しにここに来てるんじゃねーの!! ……ってなんだ、人間? っていうか渡辺綱じゃねーか」
「あれ、おっさん悪鬼さんの事知ってるの? やっぱり表だと有名人だったりすんの?」
「そりゃお前……会ったら一発殴っておきたいと思ってたからよ」
いや、なんでだよ。初対面の相手に殴られる覚えはないぞ。
「えーと、俺何かしました?」
「直接何かしたってわけじゃねーよ。お前が遠因でウチのクランから大量に辞める奴が出てんだよ。クソ迷惑!」
ウチのクランとか言ってるし、どこかの冒険者クランのマスターかな。だが、やっぱりなんの話かは分からない。
「すいません。身に覚えがないんですが」
「良く分かんねーが、ウチ辞めて龍世界に行くって言ってる奴が大量にいるんだよ。最初にいきなり辞めたオーギルはサイガーの馬鹿に唆されたらしいが、そこに至る経緯の中心人物はお前らしいじゃねーか。おかげでウチは半分開店休業状態だよっ!」
サイガーさんが何をやってるのかは知らんが、それなら内容的に無関係ではないだろう。あの事件に巻き込んだのは確かに俺だから、否定はできない話だった。
「あの野郎、若者気取りで俺とか言ってたのがいつの間にかワシに戻ってるしよ。最近ちょっと大人しくなったってのに、めちゃくちゃウゼえ!」
なんか旧知の仲なんだろうか。ベテランっぽいよな。
「サイガーさんの事はともかく……なんかすいません。なんか商品買っていくんで許して下さい」
「人間向けの武器なんざ作ってねーよっ!! 表で買え! 表で! ぶん殴るぞ!!」
「大丈夫? 悪鬼さんに殴りかかったら食われたりしない?」
「やめろ! そういや、こいつの場合シャレになってねえっ!! くそ、なんなんだチャラタウロスといい渡辺綱といい、今日は厄日か。モンスター街でくらい好きにさせろってんだ」
単に不満のはけ口を探していただけなのか、罵声を吐くだけで終わってしまった。声が大きいのも言動が荒っぽいのも地の性格なのかもしれない。気に入らないヤツは殴ると言いつつ、弟子の頭くらいしか殴らないタイプの頑固親父だ。
「それでなんの用だチャラ。またなんか変な武器作れってんじゃねーだろうな」
「いや、< ブーメラン・ブーメラン >の修理。持ち手のところが壊れちゃってさー」
「てめえが鈍器代わりにするから壊れるんだろうがっ!! ブーメランなんだから投げろやっ! ああもういい、そこら辺に置いておけ。直しておくから……で、そっちの渡辺綱はなんなんだ?」
「近く歩いてたから見学に連れて来た」
「んなわけねーだろっ!? お前ここがどこだか分かってんのか! 表の冒険者が意味もなく歩いてるなんて事はねーんだよっ!!」
「いや、ブリーフさんの言う通り本当にただの観光なんですが」
「何がどうなったらそうなるんだよっ! くっそ、なんだこいつら、意味分からん!! というかブリーフさんって誰だよっ!? こいつブーメランじゃねーか!」
俺もなんでここにいるのかは良く分かってないんだが。色々ツッコミどころが多くてドワーフさんも飽和状態らしい。めっちゃ息切れしてる。
仕方ないので一から説明する事になった。
「……するってえと何か? お前はマジで観光に来ただけで、たまたま通りがかったコイツに連れて来られたと」
「ダンマス案件なんで、経緯は色々普通じゃないのは確かですが」
「会った事はねえが、破天荒な人らしいからな。なんでも有り得そうに聞こえちまう」
我ながら謎な経緯を辿ってここにいる気がするものの、ダンマスの事を説明したら割とあっさり納得してもらえた。会った事なくても破天荒さは伝わってるらしい。
しかし、結構古参っぽいのに会った事がないのか。実はそういう人は結構いるんだろうか。
ちなみに話の流れでドワーフさんについても多少知る事ができた。彼はCランクの冒険者で、クラン< 黒鉄屋 >のクランマスターらしい。『黒鉄屋』の由来は本名の頭文字を並べたものらしいのだが、その名前が長くて覚え辛いからみんなクラン名のクロガネさんと呼んでいるのだとか。
またクロかと思ったりもしたが、長い本名の最初の名前がククルガンでウチのマネージャーと混同しそうだからクロガネさんでいいんじゃないかな、もう。
「それで、クロガネさんの方はなんでモンスター街で鍛冶を?」
「趣味だ」
あらやだ、超シンプル。
「似たようなもんばっかり作ってたら腕が錆びつくからな。暇ができたらこっちに来てモンスター用の装備作ってるのよ。向こうじゃ色々しがらみがあって好き勝手作れねえからよ。特に女房とサブマスがうるせえ」
「でも、クランマスターなんですよね? 自由にやればいいような気が」
「けっ! クランの中で一番不自由なのがクラマスって存在なんだよ。お前もクラマスやるなら覚えておけ。後々ワシのハンマーみたく重く響いてくるからよ」
「お、ハンマー対決やっちゃう? 俺様結構得意よ?」
「ブーメランタウロスと怪力勝負なんかしねーよっ! ワシはこう見えても職人タイプなんだからよ!!」
見たまんまやがな。まあ多分、本職の戦闘系冒険者ではないって意味だろう。< 鍛冶師 >は< 職人 >ツリーの中で比較的冒険者に向いてるクラスではあるが、その本質はやっぱり生産だ。クロガネさんのクランは良く知らないが、オーギルさんのいたクランって事なら半職人の集まるクランだったはずだ。そのトップならそういう立ち位置でもおかしくはない。
「でも、< 鍛冶師 >の人もやっぱりそういう修行っぽい事してるんですね」
「何言ってんだお前。当たり前じゃねーか」
「いや、本職じゃないんですが知り合いに< 鍛冶師 >がいて、その人が修理するのを見た時はハンマーとか使わずに魔術でパッと直しちゃったもんで、そういうものなのかなーと」
俺たちが使う武器は基本的に完成品だ。個人に合わせた調整や修理には関わるものの、生産段階は目にする事はない。あえて言うならウチではラディーネが相当するが、あいつの場合本職はメンテナンスか電子部品の調整であって、生産という意味では精々組み立てくらいしかしない。素材を作ったりはするらしいが、そこから形にしているのは外部の人間だ。
ゴーウェンもまだ< 鍛冶師 >のクラスには就いていないし、その次に縁がある< 鍛冶師 >となるとアーシャさんになってしまう。つまり、迷宮都市に来て俺が触れた鍛冶は九十層攻略記念祭のあの時だけという事になるのだ。
「そりゃ《 鍛冶魔術 》で直すならそうだろうな。……そういや、お前この街に来てまだ一年くらいだったか。知らなくてもおかしかねえな」
「本職じゃないから分かりませんが、手作業だと修理って結構手間なのでは? すぐ終わるならそのほうが」
「ここで実演して見せてやる気はねえが、《 鍛冶魔術 》ってヤツはな、自分ができる事を魔術で再現してるだけなのよ。修理ならそれほどでもねえが、自分で作った事のねえもんは作れねえし、そればっかりに頼ってると腕は錆びついていく。魔術の方の精度にもよるが、どれだけ熟練しても性能は手で打った時の二割減ってところだな」
「え、マジで?」
「なんでお前のほうが反応するんだよ、牛。前に説明してやったろうが!」
「そうだっけ?」
「お前、マジかよ……」
そうか。単純に、魔術で作れるなら素材の費用プラス手間賃くらいでなんとかならないかと思ってたけど、そういう事情があるのか。
「素材のほうも含めて、工程を熟知してねえと普通に失敗するしな。超高速で追体験してるようなもんだから、数打作ったり練習としてはアリだが、実際にいいもん作ろうとするなら手で打つのが当然だ。鍛冶に限らず、生産系の魔術はみんなそんな感じだ」
「同じ武器で性能の割に値段の差が激しかったりするのも……」
「《 鍛冶魔術 》かどうかの違いだろうな。もちろんまともな鍛冶師なら調整はしてるだろうが、魔術で作ったモンは分かり難いところで不具合があったりする。この手の代物は微妙な差が命取りになるから妥協もできねえし、冒険者としてもそんなモンに命賭けたくねーだろ?」
確かに、前線で戦う身としては少しでも良いモノを使いたいのが心情だろう。そこら辺の心情を上手く突いた商売かと思っていたが、ちゃんと理由があるという事なのだ。
「ただな、必ずしも《 鍛冶魔術 》より手打ちがいいってわけでもない。原理は分からんが、時折どうやってもそうはならねえだろ的なモノが出来上がったりするのよ」
ん? なんか聞いた事のある話だな。
「本来の実力からすれば想定以上に出来の悪い結果、逆に手で打ったよりも遥かに出来のいい結果、最近じゃまったく違うモノができる事もあるって話だ」
「俺の< 童子の右腕 >やユキの< 毒兎 >はそれかもしれません。特に< 童子の右腕 >は俺専用らしいですし」
「おー、専用装備な。最近聞くが、それは魔術生産でないとできない突然変異だ。例自体めちゃくちゃ少ねえし、俺も作った事はねえな」
専用装備といっても別に俺以外が装備できないわけじゃない。着けるだけなら誰だって着けられる。これは装備のステータス制限と同じで、俺じゃないと< 童子の右腕 >の特性が有効化できないという意味なのだ。
俺以外が装備した場合、《 サイズ補正 》は働かないし、《 怪力 》も発動しない。手に入った経緯からして、他にもなんかある気はするが、あったとしても俺以外では有効化できないんだろう。
アーシャさんやコレを作った鍛冶師さんも困惑してたみたいだし、専用装備は< 童子の右腕 >が初だったりするのかもしれない。
「だから、鍛冶師って生きもんは常に修行が必要なわけよ。性みたいなもんもあるが、新しい素材に飛びつくのも自分のレパートリーを増やして総合的な技術を底上げしたいからって面もある。まあ、前線のキャンプでそれなりに使えればいいや的なヤツもいるがな。冒険者として見るならそれも間違っちゃいねえ」
「アーシャさん……アーシェリア・グロウェンティナは戦闘しながら部隊全員の装備を修理するって聞きましたけど」
「戦闘中の魔術行使は《 鍛冶魔術 》の真骨頂だろうな。手作業でできるわきゃねーし。ただ、アーシェリアのアレは一種の職人芸みたいなもんだから、誰も真似できねえな。籠城戦イベントみたいな使い方ならともかく、自分も戦いながらとか理解できん」
やっぱりアレ、相当高度な技術なのか。もっとシステム的なものだと思ってたからそういう使い方もあると思ってたが、話を聞くと意味不明なレベルで高度な事やってるんだな。
「というわけでだ、ワシがこうしてモンスター向けの装備作ってんのも実益を兼ねた趣味ってヤツだ。修行のためとはいえ、変なモンばっかり作ってるとサブマスに殴られるしよ」
「あ、その話でしたっけ」
「忘れんなよっ!?」
まったく予想してなかったところで意外な話が聞けたものだ。モンスター街の観光そのものよりもむしろ講習っぽいとさえ言える。《 鍛冶魔術 》云々も新人の範疇ではないだろうが。
そんな感じでしばらく話を聞いた後、ブリーフさんと一緒に変な武器を試してみたり、クロガネさんの講釈を聞いてみたりしていると、あっという間に時間は過ぎていった。
気付いた頃には一時間以上経過していたのに一向に連絡が来ないから、まさか置いていかれたんじゃあるまいなと思ったりもしたが、ユキたちはユキたちでスーパーを楽しんでいたらしい。
表で見た事のない調味料から始まり、マニアックだけど使い道のありそうな食材、最終的には何故か土産物コーナーでペナントまで買っていた。ダンマスの金だから別にいいと思うが、何故そんな流れになったのかは分からん。
「いやー、意外に面白かったね、モンスター街」
転送施設への帰り道、ユキがそんな事を言うくらいはこの観光も成功だったと言える。ユキが面白かったのはあくまでスーパーであって街ではない気もするが、細かい事だ。
「おつかれー。……なんか思ったより楽しんでたみたいだな」
「最初はどうなる事かと思ったけどな」
転送施設にはすでにダンマスとディルクが待機していた。何か用事があったというディルクは思案顔だが、ダンマス案件ならそういう事もあろう。
「それで、講習の続きは?」
「終わりでいいんじゃね? 正直どうでもいいし、受講報告上げとくよ」
どうでもいいとまで言い出しやがったぞ。そりゃダンマスからすればどうでもいい事かもしれんが。
「講習はどうでもいいが、最後に一箇所行ってもらうところがある」
「ひょっとしてディルクを連れて行ったところか?」
「御名答。まあ、お前らに見せるかどうかはこいつの判断だったんだけどな」
「……直接は関係ないですし、多分僕案件なんですが、渡辺さんは見ておいたほうがいいかもしれません」
「なんか厄ネタ的なヤツか?」
「アレがどうこうって事はないと思いますが、情報局にも存在を明かせない重要機密なのは確かですね」
そんなところに連れて行くのはどうかと思うんだけどな。まあ、ディルクが判断したんだろうし、行って意味がないって事もないんだろう。
「それで、どこに行くんだ?」
「マイナス一〇〇層だ」
普段なら絶対縁のなさそうな行き先が告げられた。
[ 無限回廊マイナス一〇〇層 ]
ついでとばかりにロッテも巻き込んで俺たち五人が向かったのは転送施設を経由してハシゴする道のりだった。
直接転送ゲートを行き来していたために現在位置がどこかはさっぱり分からないが、最終的に見覚えのある円柱の前まで転送させられる。
いつもの、円柱以外はどこまでも白い背景が広がる手抜き空間だ。漫画の見開きで描いたりしたら読者に叩かれそうなアレ。
「管理者層って無限回廊管理者が使える領域って事だよな? 何もないが、ここも何かに使ってるとかじゃないのか?」
詳細は聞いていないが、迷宮都市の個別ダンジョンなども座標的にはマイナス層に存在するらしい。
「迷宮都市の機能をフルで使っても十層分も必要ないからな。マイナス層は大体どこもこんな感じだ。ここから下に移動する」
無限回廊の階層に下もクソもないんじゃないかと思ったが、ダンマスがそう言った直後、地面に穴が空き、下に続くエスカレーターが出現した。いつものとんでも演出である。
「本当はもっと分かり辛い座標にあったんだけどな。後付で直通ルートを作ったんだ」
「あったって事は元々存在してたものって事か」
「いつからあったのかは知らん。前任より前だと思うし、ひょっとしたら最初からあったのかもしれない」
かなり急で、足を踏み外したらそのまま転げ落ちそうなくらい急なエスカレーターで降りながら、ダンマスは行く先の説明を始める。
「……きっかけはエリカ・エーデンフェルデだ」
唐突に出たその名前に、心臓が跳ねる音がした。
「彼女が俺に渡してきたメールを覚えているか?」
「……あんたとエルシィさんしか知らない情報だったって話だよな」
そのメール自体は読んでないが、本物である事を証明するためとかなんとか言っていたはずだ。
「そうだ。アレは表面上彼女が未来人である事を証明するためのものだった。未来のエルシィが補足していたであろう情報も含めてだ。だが、後になって見返してみると内容が少しおかしいんだ。経緯を聞く限り、未来を発ってから戻ったはずはないのに、エルシィの書いた文面は出立前の時点で知るはずのない内容が含まれていた。読んだ時は未来と連絡取り合って用意してもらったんだろうなと思ったんだが、あり得ない」
確かにあり得ない。あいつが《 魂の門 》を利用して過去へとアクセスしてきただろう事は想像が付くが、第三の門を潜った以上は戻れるはずはないのだ。俺がこうしていられるのだって、《 土蜘蛛 》の因果改変を利用した裏技的な方法だからこそだ。なかった事にでもしない限り、第三門で起きる魂の分解は不可逆なものなのだから。
それはたとえリアナーサであっても不可能なはず。できたとしても、そんな多大なリスクをとってまで未来とコンタクトをとるとは思えない。
「推測でしかないが、未来のエルシィは特異点について、何かしらの方法で情報を得ていた可能性がある」
「……何かしらってのは?」
「そこら辺はさっぱり分からん。ただ、もう一つ、お前がイバラと戦った際に発現したっていう記録媒体の仕掛け。アレも予めエルシィに仕込まれたものなんじゃないかと思った。事前に情報がなければ、そんな仕込みはできるはずないからな」
「…………」
ただ奇跡と呼ぶにはあまりにも都合の良過ぎるS6シャドウの具現化。それに仕掛けがあったというなら、そのほうが自然だろう。
だがなんだ……確かに状況を考えればエルシィさんしかあり得ないはずなんだが、そこに違和感を感じる。それっぽくない。
「それなら、あの時受け取ったメールにも何かあるんじゃないかって思ってな。疑念を持ってメールを再確認してみたらやっぱりあった。実に巧妙かつ高度な暗号が隠されてたわけだ」
「それが今から行く場所の情報って事か?」
「その内の一つだな。実はまだ暗号のすべてが解読できたわけじゃない。エルシィ自身に解読させてるが、あいつでも手間取るレベルの暗号らしい」
未来の自分が用意した暗号を自分で解くのか。なんというか、奇妙な構図だな。
「暗号が解けて出てきた座標が分かっても、実際に探すのはまた大変だったけどな。こっちも巧妙に隠されてたし……っていったところでそろそろ着くな」
長かったエスカレーターの終点が見えて来た。
無意識に俺が出している空気か、それとも単に内容的に口を出すのは憚れたのか、エスカレーターに乗っている間、他の三人は一切喋らなかった。ロッテに至ってはなんでこんなところに同行しているんだろうって顔だ。
降りた先は、極めて異様な空間だった。
そこまで広いわけではないが、それでも100メートル四方くらいはありそうな、上下を含めて正立方体らしき空間。
何でできているのか分からない壁や床には幾何学的な文様が刻まれ、何かしらの魔力の動きが見てとれる。しかし、《 土蜘蛛 》の眼を介してもそれ以上の情報は読み取れない。
そして部屋自体はといえば、広い空間ではあるが、構造物は部屋中央にある見覚えのある黒い円柱とその周りを囲む像だけだ。
ダンマスが当たり前のようにその円柱に向かって歩き始めたので、俺たちもそれについていく。
ただ、円柱に近付いても反応はない。他の円柱であれば、ネームレスの管理層であろう場所のものでさえ何かは表示されたのに。
周りの九体の像も、こうして見る限りはただの像だ。違和感があるとすれば、それが人間らしき者を象ったものであるという事。こんな重要そうな場所に安置されているのに、すべてが人間のように見える。
「……結局、ここはなんなんだ。重要そうって事は分かるが」
未だに俺たちをここに連れてきた意図が分からない。いや、俺たちには直接関係なくて、ディルクが見る必要のあるものだったのかもしれないが、それでも見せると判断したからには意味はあるんだろう。
「見つけはしたが、肝心な事はほとんど何も分かってない。今のところ分かってるのは、直接刻まれた僅かな文字だけだな。第一〇〇層ならどの世界にもあるっぽいから、案外大した事はない可能性もある」
「……像のプレートに何か書いてるね。読めないけど」
ユキが像の一体を眺めて呟く。見れば確かに何か書かれたプレートが埋め込まれていた。
「プレートに書いてあるのはただの名前だ。暗号でもなんでもないから、《 翻訳 》があれば普通に読めるぞ」
と言うと、ダンマスは何かのスキルを行使したらしい。相変わらずメッセージは表示されないし、多重に偽装のかかった魔力の流れは今の俺でも判別は難しい。
「あ、読める」
どうやらそれは《 翻訳 》の効果を付与するスキルか何かだったらしく、俺にもプレートに書かれた文字の意味が分かるようになった。ただ、これは……。
「一の審判 白銀の法 カーゼル?」
ユキの呟くその名前は、どこかで聞き覚えのあるものだった。言われなければ結び付かないが、耳にすればすぐに思い出す。
「……カーゼル計画」
それは、失った世界の残滓。この手で消し去った、在るべきだった世界の痕跡だ。
「どうも、この連中は自分たちの事を< 審判者 >って名乗ってたらしい。こんなシステムを作り上げる奴らなら神を名乗っても良さげだが……」
「こんなシステム?」
ユキが首を傾げるのは無理もないだろう。いきなり連れて来られて、この場所について推察できるのは俺かディルクくらいだ。
「……ここに眠ってるのは、無限回廊開発者たちの記録だよ。この像も、開発に関わった重要人物のものらしい」
それはある意味、この場所が無数に繋がった世界の根幹であると言ってるのに等しい。
「無限回廊自体、神を作り上げるシステムですからね。開発者たちが自称するのはおかしいって事でしょう」
補足を入れたのはディルクだ。いつの間にか、円柱の裏側に移動していて、そこにある像を見上げている。……という事は、この像が。
「あの時、エリカさんが言っていたのはここの事だったみたいです」
そう言いながらディルクが指差す先のプレートには[ 六の審判 翠珠の秩序 ディルク・カーゼル・フロヴェンタルノウルハーゼン ]と刻まれていた。
そうして、新たな局面は極めて静かに、予感すら感じさせないまま鼓動を始める。
それは誰にも観測されていない未来。超常の存在ですら未知となる世界で、無限回廊の根は動き始めていた。
二ツ樹五輪(*´∀`*)再始動プロジェクトを始めてます。
http://oti-reboot.frenchkiss.jp
現在(*■∀■*)さんの「引き籠もりヒーロー」の書籍化を目指したクラウドファンディングを実施中
数分で目標達成してビビってますが、期間は3月末までとなっていますのでまだマラソン中。
詳細については上記サイトかTwitterか活動報告で。クラファンへのリンクもそちらから。
新人Twitter芸人 二ツ樹五輪のTwitterアカウント(現在の主な情報発信)
https://twitter.com/0w0_Kongenzu
無限は一旦おやすみで次はガチャがニ回続きます。(*´∀`*)
こっちは特別編とかではなく本編の続きですが。