特別編『補習授業』
火星に旅立ったはずの(*´∀`*)が一時的に帰って来ました。
恒久的に帰って来れるかは後書きの展開次第です。
というわけで、某所でやっていた特別編アンケートで一位をとった作品の公開です。(*´∀`*)
たくさん選択肢を用意したのに、選ばれたのは何故か「無限回廊システム解説」だったので、内容も解説です。
ブランク明けのリハビリで、しかも解説だから内容に期待はするなよって事で。(*´∀`*)
-1-
迷宮都市で活動するE+ランク以上の冒険者は、そのほとんどがクランという組織に所属している。それはギルドのような職業ごとに組織される組合とは異なり、どちらかといえば企業に近い枠組みだ。冒険者ならばパーティを大規模化したものという例えでも通じるだろう。
一部のソロ冒険者、小規模な固定パーティ、クロたちのように入団資格のあるクランを目指す者、もっと特殊な例だとパーティやクラン間を渡り歩く傭兵のような冒険者もいるが、彼らのような非クラン所属者は全体から見ればかなり少数といえる。大抵の場合は所属許可が出るE+ランクに上がった時点でどこかのクランに所属するものだ。気が早い奴はそれ以前から、冒険者学校だと在学時からクランに出入りしてたりもするらしい。
俺や美弓のように、最初からクラン設立を目指している例もなくはないが、それだってフィロスのようにどこかのクランに所属した上で独立というカタチをとる場合が多い。腰掛けといってはなんだが、そういう基盤造り、下積みを行う代表格はやはり< ウォー・アームズ >だろう。現在一線級で戦うクランは、あのクランから独立して設立したものが多い。
そんなクランを設立するに当たって必要となる資格は多い。
無限回廊第五十層の攻略という条件はクランマスター講習を受講可能な資格であって、本当に必要なものはその後に取得する無数の資格なのだ。つまり、今俺を苦しめているものである。
空き時間に隙間がないほど詰め込まれた講習、試験。それは最短期間でクランを設立できるようマネージャーのククルが組み上げたスケジュールだが、日本の受験生だってこんなに勉強してないだろうという詰め込みっぷりだ。というか、必要とされる分野こそ違えど迷宮都市の大学入試よりも覚える事は多いらしい。最短でなければ必須とはいえない資格も、年内設立を目標とする今の俺には必須とされてしまうのだ。
実はサンゴロの知人にかなり短い期間でクラン設立したという人物がいたので、これはひょっとしたら抜け穴があるのかもと話を聞いてみたのだが、彼のクランは俺にはそぐわない形式のようだった。
それは過去にクランマスター経験があるフリーの冒険者一名を補佐として立てる事で、必要な資格を得るまで見做しのような扱いでクランマスターになる事ができるという制度だ。形式上はともかく、受ける制限も多いらしい。制限付きでも恩恵は多いので利用する者はそれなりにいるとの事だが、付随する各種制限の内、クラン対抗戦に出場できないという制限がある以上は俺が使える手ではなかった。補佐役を探したり、それ専用の手続きや資格をとるのに時間をかけるなら正攻法のほうが早いとククルの駄目出しも喰らっている。つまり、ひたすら地道に勉強しろって事なのだ。
「あれ、この講習、受けられないんですか?」
それは五月上旬に実施される講習の受講申請書が差し戻しになったところから始まった。
差し戻された内容を見れば、前提となる講習が未受講となっているためらしい。確かにそういった条件に関してはククルに丸投げしてしまっていたために未確認ではあるのだが、あいつがそんなミスをするだろうか。
「ククル君が間違えるのも無理はないだろうね。前例がないわけだし」
ギルドのロビーまで、わざわざ差し戻しの申請書を持って来てくれたゴブタロウさんはそう言った。
「前例がない?」
なんだ、またなんかとんでもない事をしでかしてしまったとかそういう事なのか。そういうのはいい加減慣れっこだが、これ以上取得が必要な資格が増えるとかは勘弁願いたいんだけど。
「大した話じゃないんだが、その前提となる講習< 冒険者基礎知識 >はデビュー前にほとんどの新人が受講するものなんだよね。大抵はトライアル前後の中休み中に受けてしまうか、冒険者学校ならそもそも授業に組み込まれてたりするんだが」
「……ああ、俺とかユキはそういう間もなくデビューしたから抜けてたって事ですか」
「そう。しかも、ただ一冒険者としてやっていくだけなら、前提としてもまず引っ掛からないしね」
普通なら当然受けているはずのものって認識をしてたわけだ。ククルでも盲点になりそうな部分ではある。
「だからどこかのタイミングでその講習を受講してほしい。サブマスター資格でも必要になるから、ユキ君もね。こっちは彼女の差し戻し書類。四月末までに再提出してもらえれば間に合うから」
「あ、はい」
当然の如く、同じ講習を申請してたユキも差し戻しになっていたようだ。提出期限が今月一杯なら……大丈夫かな。大丈夫だよな?
ちょうど今、ユキとは待ち合わせの最中だから、こっちは合流時に渡せばいいだろう……遅れてるみたいだが、あいつ講習長引いてんのかな。
「なに、二時間程度が数コマだし、試験もないからすぐ終わるよ。……最悪、こんな講習程度なら受けた事にしてしまってもいいくらいなんだが、なにぶん君たちは目立ってるからね」
「まあ、変に誤魔化して不正したとか難癖つけられても嫌ですし、受けますよ」
表立って文句を言ってくる奴はまずいないが、ネット上などで俺たちに対するアンチは結構多い。渡辺綱アンチスレのようなものではなく、火のないところに煙を立ててしまう感じの人たちだ。そういう人たちの言動を気にしても仕方ないのは分かっているが、わざわざ攻撃材料をくれてやる必要もない。
「とはいえ、スケジュール次第では受講が厳しいって事になりかねないんですが」
元々みっちり組まれていたスケジュールだ。もちろん全然時間がないわけではないが、ギルドで講習があるような日中は大抵隙間はない。ユキはともかく、俺のほうはかなりキツいかもしれない。
それに、新人ばっかりのところに紛れ込んで変な目で見られてしまうかも……いや、俺たちだって新人みたいなものではあるんだが、場違い感がある。デビュー一年未満って新人って扱いでいいんだよな?
「君の場合かなり詰め込んでるみたいだし、週一でやってるような講習でも合わない事は有り得るか。そこら辺は善処するとして……想定してなかったこちらが悪い部分もあるから、時間外で個別授業って手もあるね。ギルド自体は二十四時間営業だし、時々は夜に臨時講習をやる事もある。その場合なら複数の授業をまとめてやるって事も可能だ」
「ああ、それなら問題ないですね。ギルド側に迷惑でなければ」
つまり補習みたいなもんである。一コマあたりの講習時間はそこまででもないみたいだし、日中と違って夜なら時間はあるから、まとめてやってくれるならむしろ歓迎だ。
「ひょっとしてゴブタロウさんが講師だったりするんですか?」
「私でもいいが、新人向けの講習だから職員なら誰でもいいんだよね。君のところのクランハウスでククル君がやってもいいくらいだ。ラディーネ君やディルク君も資格があったはずだよ」
なるほど、それはかなり気が楽だ。どうにでも組み込めそうではある。一度断ったが、むしろ受けた事にして誤魔化してもいいような気さえしてきた。
どうしても時間がとれないようなら、ダンジョン・アタック中に講習してもらうという手も……それはちょっと嫌だな。アタックの合間の休憩中に勉強するってだけでも気が重いのに。
「まあ、大した話じゃないって事だよ。内容も基本的な事ばかりだから復習がてら聞いておくといい。知識に抜けがある可能性もあるわけだしね」
確かに基本的な部分で抜けている知識はあるかもしれない。というか、あるんだろうな。
かつてトライアルダンジョンで猫耳から解説を受けた際、なんでそんなに理解が早いのかと言われた事があった。その理由はもちろん前世の記憶で、俺もユキもコンピューターゲームやそれを題材にした創作物の知識を下地にしていたからだ。しかし、すべてが同じなわけもない。なまじ前世のRPGに似ているシステムであるが故に分かった気になってしまっているものも多いだろう。HPが全損したからって死ぬわけじゃないしな。
「ただなあ……」
「ただ、なんです?」
「どうも、ここ数ヶ月は無限回廊システム全般で新たな発見が多いんだよね。発見だけでなく、仕様そのものが変わっている部分さえある。こういう基礎的な講習にしても、内容変更が加わるかもしれない」
「数ヶ月……」
「発端は皇龍殿、あるいはネームレスとの邂逅か、ひょっとしたら君たちが特異点と呼んでいる例の事件のせいか、ともかく異世界からの概念流入が多いんだろう。それに合わせてシステムも大きく書き換わっているのかもしれない」
「…………」
心当たりのあり過ぎる話だった。
一般に向けて公開されている情報ではないが、無限回廊は無数の世界を繋ぐ回廊だ。明言されたわけではないが、その世界間である程度概念の共有がされている事は体感として知っている。
たとえば、この世界でも龍世界でもベレンヴァールがいたという世界でも、無限回廊は無限回廊だ。翻訳こそされてはいても、凡そ言葉の意味合いとしては同じものになる。加えて、システム周りの仕様やスキルそのもの、共通している部分が多いのも確かである。ベレンヴァールがギフトを持っていなかったり、その世界にしかないスキルがあったりと、違いはあっても共通部分が多いのは間違いない。
ディルクが概念の共有うんたらと言っていた事もあるし、俺が《 土蜘蛛 》を通して感じている事でもあるので、そういう風に世界間で情報の共有を行いつつアップデートしているのは確かなんだろう。
そして、推測するに概念共有は近しい世界から優先的に行われている。その"近しい"が座標の距離的なものか、それ以外の要素があるのかは分からないが、とにかく何かしらのルールがあって共有する優先度が決まっているはずだ。
その優先度の変更となる要素として挙げられるとすれば、異世界との接触がそれにあるのではないかと思う。遡ればダンマスの召喚もそうかもしれないし、転生だって関与している可能性はあるが、とにかくそうやって距離が縮まる事により概念が共有しやすくなるのではないだろうか。皇龍やネームレスとの邂逅、ベレンヴァールの召喚、クーゲルシュライバーが掘削した世界間回廊、無量の貌との遭遇により、その距離が急激に縮まったのだ。
これだけの事が立て続けに起きたのだから、大量の概念流入がこの世界における無限回廊システムに急激な変化をもたらしたとしても何も不思議な事ではないだろう。
「別に、一度受けた講習が無効になるとかそういう事じゃないが、そういった知識のアップデートは常に行っておく必要があるかもしれない、という事は覚えておいたほうがいいかもね。私たちどころかダンジョンマスターにも言える事なんだが」
「そういえば、最近は新しいスキルやクラスも結構出てるんでしたっけ?」
「多いね。龍世界から入ってくる新しい素材も多いし、アイテムの新しい特性なんかも確認されてて、ウチのデータベース担当や情報局のほうはてんやわんやらしい。多過ぎて検証もままならないから、手探りにならざるを得ない。正直なところ、私も把握し切れていない」
最近サローリアさんが就いたクラスも新しいユニーククラスだった。検証が捗らないおかげで凄まじい役得もあったが、アレはおそらく既存クラスの概念に縛られないもののはずだ。詳細は分からないが、《 土蜘蛛 》の眼はそう言っている。増えたという< 幻装器手 >、< 幻装札士 >のどちらもだ。
二人同時に確認されたからユニークではないものの、セラフィーナとクロも新しいクラス……それもツリークラスが候補に増えたのだとか。俺が知らないだけで、そういう例は他にもたくさんいるんだろう。
それなら俺自身はといえば、実はまだ確認できていない。クラス確認の手続きが可能な時間帯が忙し過ぎるというのもあるが、今のクラスを変更するかって考えるとかなり微妙なところだからだ。俺が就いている< 戦士 >、< 剣闘士 >、< 侍 >はどれもが地味なクラスで、クラスシステム最大の特徴であるクラススキル……クラスレベルごとのスキル習得の恩恵にはほとんど与っていないのだが、クラスが持つ補正効果のほうは馬鹿にできない。これらの内どれか一つでも別のものに変更したら、戦闘スタイルそのものに影響が出るのは容易に想像がつくのだ。
最初は俺もユキもユニーククラスに単純な憧れを抱いていたものだが、正直なところユニーククラスやそこまでいかなくても希少なクラスよりも、こういった人口の多いクラスのほうが補正の面では有用な事が多いような気もしているくらいだ。有用だから多く使われているのである。
ついでにいえば、すぐそこに迫っている第二ツリー取得も理由の一つだ。新しいクラスどころかツリーそのものが増えるのだから、嫌でも見直しが必要になるのである。
……色々やらかした影響がでかいのか、Lv49から全然上がらないんだよな。他の連中は大体上がって第二ツリー取得してるのに。
実はここら辺のシステム周りの謎も講習に含まれていたりするんだろうか。……ないよな。猫耳とか、レベルと経験値について質問した時すげえ適当だったし。『敵を沢山倒せば上がるニャ。強いのを倒せば簡単に上がるニャ』だっけ?
「全然話は変わりますが、ゴブタロウさんたちはもう超深層に潜る準備は始めてるんですか? < アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >が一〇〇層攻略に取り掛かってから結構経ちますけど」
「ふむ、ヴェルナーかテラワロスから聞いてるのかね? まあ、君なら問題ないだろうが……回答としてはまだだね。準備段階にも入っていない。まあ、急いでも仕方ないというのは身に沁みて分かってる。ここまで待ったのだからどうせなら六人揃えてからという話もあるしね」
こうして話してる分には想像はつかないが、ダンマスから制限されるくらい色々無理したっぽいからな。その時の経験が教訓になってるって事か。
「あと、良く分からないんだけど、ヴェルナーの調子が良くない。……君は原因について何か知らないかね?」
「……向こうで色々ありましたしね。ウチのサージェスとかも未だに調子悪いですし」
「話に聞くだけでも相当な異変だったようだし、それに巻き込まれたとなれば調子を崩すのも分からないでもないがね」
心当たりがあり過ぎて困る。しかも、説明してもいいのかも判断できない。
そりゃあのまま簒奪されていたほうがいいなんて事はないが、サージェスが大概無茶苦茶やらかしてるからな。カオナシ状態だったヴェルナーさんの記憶もないはずだし。ロッテにもどう説明したものか。下手にサージェスに聞いたりしたら『抵抗されたのでマゾにしました』とか普通に答えてしまいそうだから、軟着陸させるためには俺が説明するしかないんだろうが。
他に把握しているとすれば、ダンマス、那由他さん、皇龍にゲルギアル、無量の貌、多分剥製職人やイバラもだが、どの道代わりに説明してもらうような相手ではない。亜神なんだから、界龍とか把握してねーかな。
……あの戦いの傷跡は大きいな。こんな冗談のような目を逸らす先でさえ、直視するには厳しい。現実逃避できないほうが俺にとってはいいのかもしれないが、温度差が激し過ぎる。
「終わったー。最後の質疑応答が長引いちゃってさ。それでお昼どこに行くか決めた?」
「スタートダッシュに遅れたから、ここの食堂は無理臭いな。……混んでないところ探すか、コンビニで弁当でも買って食うか。あとこれ」
「コンビニも混んでるしなーって、何これ?」
ゴブタロウさんが去った後、少し遅れて合流したユキに補習申請差し戻しの書類を渡す。
これから飯食うところを探しに行かないといけないんだが、どこも混んでそうだから困った。午後も講習あるし、時間ずらすわけにもいかないんだよな。俺が構築中のB級グルメマップにも条件に合いそうな穴場はないし。
「マスター講習で前提漏れがあったんだとさ。デビュー前に受けたりするやつの補習が必要らしい」
「へー、そういうのがあったんだ。補習くらいなら別にいいんじゃない? なんの講習?」
「< 冒険者基礎知識 >」
「……すごく今更感があるんだけど」
それはそうだが、ゴブタロウさんの言ってたように知識の抜けはあるだろうしな。特にユキの場合はそういうのが多そうだ。
「まあ、単に数時間授業受けるだけだし、復習がてら受けておこうぜ。面倒なだけで、いつもの異次元な難しさの講習とは違うし」
「異次元な難しさなのはツナだけなんだけどね」
ならいくつか代わりに受けて負担分担してくれよって言いたいところだが、それができる部分は割り振った後だから困る。残念ながら、異次元な講習はサブマスターでなくクランマスターだから意味があるのだ。
そもそもその資格が必要なわけではなく、単にクラン設立の優先度を上げてスケジュールを前倒しするためという副産物的なものというのがまたモチベーション的にも厳しい。ここら辺の資格って一つあれば迷宮都市で食いっぱぐれる事がないようなモノだというのに、何故に大量に詰め込まれてるのか。断言してもいいが、これまでのクランマスター資格取得者にこんな事やってるヤツいないぞ。なんでどっかの管理職とかと一緒に講習受けてんだよって感じだ。おかげでめっちゃ名刺が増えてしまった。
「アレだよね。新人向けの講習って事は、『お前ら見かけねえ顔だが、挨拶がねえんじゃねーか?』って絡まれるパターンかな」
「そんなチンピラみたいなヤツはいないだろ」
お前が予想した初ギルド訪問テンプレネタは筋肉ネタになっちまったし。そういう風に絡んで来ても、実は< マッスル・ブラザーズ >とか< モヒカン・ヘッド >の落第組とかそういう方向に転がるんだぜ。ショートコントが始まってしまう。
「でも、トライアル前の冒険者なんて、下手したら迷宮都市に来て一ヶ月未満の人もいるわけだしね。そういう人もいるんじゃない?」
「ああ、確かに来たばっかのヤツらは良く問題起こしてるんだっけか」
あまり……というか、ほんの一瞬しか留まる事がなかったのでそこら辺の空気感は分からないが、外で冒険者やってたヤツが迷宮都市に来て同じような感覚で過ごしていれば問題も起きるだろう。少しでも知っていれば、それがどれだけ恐ろしい事かは分かるのだが、その少しがないのだ。
「というか、お前まだ異世界あるあるネタみたいなのやりたいのか? ここに来た頃なら分からんでもないが、それどころじゃない事態に遭遇してるだろ」
「刺激を求めてとかじゃなく、むしろ牧歌的な意味合いで、かな」
チンピラに遭遇したら、思わず優しい目で見てしまいそうだ。囲まれたとしても、そんな連中なら危険もない。むしろやり過ぎないように注意しろと言われる立場だ。日本なら反撃したら面倒な事になるだろうが、迷宮都市ならよほど過剰防衛でもない限りは問題ないしな。
尚、迷宮都市の外は更に無法地帯だ。冒険者が怪我しようが死のうが自己責任である。チンピラも同様で、俺が働いてた酒場では良く裏路地に捨てられてた。というか、俺が捨てた事もある。スラムが近いから、下手したらそのまま回収されて色んなもんを失うのだ。さすが、数歩歩いたら財布どころか命まで奪われると名高い場所だ。王都のスラムはワイルドだぜ。
「まあ、お前の期待は残念ながら叶わないわけだがな。ゴブタロウさんが言っていたが、多分個別講習になるはずだ。場所も、ひょっとしたらクランハウスでやるかも」
「それは楽でいいけど、そんなんでいいの?」
「ただ抜けてただけで、新人向けの講習だしな」
そんなんでいいというか、どうでもいいというか、知識の補完としてある程度真面目に聞く必要はあるだろうが、ただそれだけの話だ。
多分ディルクかラディーネあたりにお願いしてクランハウスでやる事になるじゃないかな……と、その時の俺は考えていた。
-2-
「というわけで、今回お前らの臨時講師を務める事になった杵築新吾だ。よろしく」
「いや、あんた何やってんの?」
そうして補習の日時になり、結局ギルド会館の一室を指定されて訪れたところ、そこには何故かダンマスが待ち構えていた。講師をイメージしたのか、見た事のないメガネルックである。
本来講師役を務めるはずだったディルクは何も言わず俺の隣に座った。反応を見る限りダンマスがいる事は知っていたようだ。ドッキリネタならもうちょっとリアクションしろよ。
「他ならぬツナ君とユキちゃんが単位足りなくて困ってるから、一肌脱いであげようかなと思って」
「それなら先にボクの名前を直してほしいんだけど。すごく困ってるんだ」
「それはそれ、これはこれ。この前、< 膝丸 >の打ち直しまでやってやったろ」
一度殴られる機会があったからか、ダンマスはユキの要求を華麗にスルーした。ユキもこんなところで要求しても取り合わないだろうと思っていたのか、ジト目でダンマスを見るだけである。
「で、本当のところは? またなんかトラブルとか?」
ダンマスなら暇だったからって理由でも納得できなくもないが、それはただのイメージであって、実際のこの人はそんなに暇人ではないし、意味のない事も……あまりしない。こうして俺たちの前に現れたという事は大なり小なり理由があると考えていいだろう。
「暇だったから……ってのは建前で、お前らにも……特にツナ君には共有しておくべき情報があるから、そのついでかな」
「情報? 重要な話だったら、まずそっちから片付けたいんだが」
「でも、何を話すか決めてないんだ」
「何言ってんだ、あんた」
話の流れが意味不明過ぎて混乱している。
「そこでこの授業だ。俺は普通に授業するから、ツナ君は聞きたい事を聞け。きっとそれが必要な事で、重要な事だろうからな」
「…………」
……ああ、そういう話なのか。重要と思われる情報はいくつかある。しかし、どれが本当に必要な情報なのかは判断がつかない。そこで、ダンマスは俺の《 因果の虜囚 》をリトマス試験紙代わりにして判断材料を増やそうとしているわけだ。
「もちろん、俺が判断して答えない場合もある。あ、別にユキちゃんやディルクも質問があったら答えるぞ」
「……まあ、ダンマス以上に詳しい人はいないだろうしね」
「そうでもない。多分、エルシィとかのほうが詳しい」
アンドロイドと比べられてもな。迷宮都市内のネットワークで調べられる事は一瞬で回答をもらえそうだ。
「すいません。早速で悪いんですが、結局僕はなんでここに来る事になったんでしょうか」
その直後、手を上げたのはディルクだった。本来の講師役なんだから当たり前だが、ディルクはこの講習の受講対象外だ。内容は当然知っているだろうし、ダンマスが講師をするなら出席する意味はないだろう。
「俺たちへのカモフラージュじゃね?」
「……ダンジョンマスターなら確かにありそうですけど」
それだけでないにしても、その意図は含まれてそうだ。
「いや、お前にも後で用があるからな。割と重要なやつ。あと、授業の内容で抜けがあったら補足してくれ。つまりオブザーバー役」
「やるのは問題ありませんが、それならやっぱり僕が講師やりましょうか?」
「え、だってお前、人にモノ教えるの下手くそだろ。アドバイス程度ならともかく」
「くっ……」
やっぱり俺たち以外もその認識だったのか。本人も自覚しているようだし、メインの講師として向いてないのは間違いない。
「エルシィみたいに思考と回答が直結してるような奴相手なら別なんだがな。その点、俺は講師経験もある。少人数体制の頃はギルドでやってたし、日本でも塾講師のバイトもやってたんだぞ」
体感的に何年前か分からない経験ではあるが、ディルクよりは上手いだろうとは思う。
「じゃあ、テキスト配るぞ。公開してない最新版だから持ち帰りは禁止な。これ一部とって後ろ回して」
「後ろいねーよ」
俺たち三人は横並びで最前列である。これで本当に後ろに誰かいたらビビるが、もちろん気配はない。そもそも渡されたテキストも一部だけだ。
そんな感じで、導入部はともかく極普通の補習のような感じで授業は始まった。
持ち帰り禁止とはいうが、パラパラと捲ってみたところテキストの内容に別段問題は見当たらない。多分、改訂にあたっての審査が終わってないとかそういう事なんだろう。
「それじゃまずはオーバースキルの解説から……」
「待てや」
どこが新人向けやねん。そりゃ例外的に俺は使えるし、ユキも限定的ながら使った事はあるが、トップでようやく触れそうって領域じゃねーか。
「もちろん冗談だ。順番的に最初はいくつか飛ばして……ベースレベルとステータスからかな。時間短縮のために確実に分かってるところは省いていくぞ」
「あ、ああ……」
すごく不安になる出だしだった。
-ベースレベルとステータスについて-
【ベースレベル】
迷宮都市外部からやって来た方には馴染みがない言葉ですが、迷宮ギルド冒険者として登録した皆さんにはレベルという数値が追加されています。配布されたステータスカードで< Lv? >がそれを表す数値です。
これは生物としての強さを表す数値で、単純にこの数値が高いほど強いという評価になり、各種ステータスも付随して上がります。(数値には個人差があります)
無限回廊をはじめとするダンジョンを徘徊するモンスターを倒す事でこの数値は上昇します。これをレベルアップと呼びます。
【ステータス】
ステータスカードに記載されている< 力 >、< 体力 >、< 敏捷 >、< 器用 >、< 魔力 >、< 抵抗 >、そして< HP >、< MP >はあなたの強さの詳細を表す数値です。
冒険者にとってはすべて重要な数値といえますが、ここではパーティの役割・ポジション別に特に重要とされるものを……。
「…………」
テキストを開いてみれば俺たちにとってはすごく今更感のある文章が並んでいた。一応目は通すが、知らない情報は特に存在しない。
オーバースキルにはツッコミを入れてしまったが、この教材でダンマス何を語る気なんだろうか。
「お前らは勘違いしてるかもしれないが、無限回廊システムにおけるレベル……この場合、ベースレベルは経験値を得て一定に達すれば上がるものじゃない」
「……あの、ダンマス? いきなりテキストにない話なんだけど」
ユキが手を上げて言うが、俺のほうでも確認できなかった。テキストに書いてあるのは、せいぜいダンジョン内でモンスターと戦闘をすればレベルが上がる程度の事だ。経験値なんて言葉は記載されてない。
つまり、ダンマスは最初から授業の範囲を飛び越えてきたって事である。守ってるのは項目だけで、講習の範囲を守る気はまったくなさそうだった。
「まあ聞け。実はといえば、ここら辺の仕組みって迷宮都市でも未だ解析し切れてないんだ。だから分かってる事だけでも教えておこうという親切心よ」
「はあ、そうなんですか」
テキストに載せられないような不確かな部分って事か。教師が良く脱線して話し始めるような。いきなりってのはアレだが。
「ツナ君が聞きたくないっていうならスキップするが、どうよ? 俺の予想としては、この場が成立した時点でないと思ってるけど」
「あんまり俺自身の意思で情報の取得を取捨選択した事ないし、気にしなくていいと思う。個人的にはむしろ聞きたい範疇だし」
脳裏をよぎるのはダンマスに星の崩壊についての相談をしに行った時の事だ。あの時はそこまで意識していなかったが、今思えば会話のほとんどに意味があったと思わざるを得ない。脱線のように感じるダンマスロリコン説ですら、簒奪された伊月の事を思い出すための流れとしか思えないのだ。
つまり、ダンマスの言うように場がセッティングされた時点で《 因果の虜囚 》にとって不都合な事は起きないんだろう。俺ではなく《 因果の虜囚 》にとってというのがミソだな。
「なら続けよう。とはいえ、テキストにあるようにダンジョン内でモンスターと戦えばレベルが上がる事自体は間違ってない。それが明確に経験値って数値で表現される事はないってだけだ。ステータスカードのオプションであとどれくらいでレベルアップするかの目安も表示させられるが、別に数値化されてはいないだろ?」
RPGなら経験値を持つモンスターを倒せばそれだけでレベルが上がる。作品によっては上限が決まってたり、レベル差があると経験値の量に補正がかかったりするものもあるが、基本的には似たようなものが多い。
しかし、体感的なものではないが、無限回廊でそれは通用しない。時間的な問題は解決されてるのに根気良くスライム……は結構強いが、浅層のゴブリンを倒してLv99ってのはあり得ないと思ってしまう。
大抵の冒険者が浅層に留まる事をしないのは、金にならないというのもあるが、それが身にならない事だと無意識の内に理解してるのかもしれない。
ステータスカードに表示させられるレベルアップまでの目安というのも、かなり曖昧なものだ。経験値をいくつ獲得すればレベルアップ、のようなものではなく、段階的に色が変わるだけなのである。
目安には違いないが、ギルドに行けばすぐに確認できる情報なので、カードの容量節約のために機能を削除してもいいんじゃないかと思えるほどだ。低レベル帯ならともかく、今は一回のダンジョン・アタックでレベル上がったりしないし。
「それでもあえて経験値に近いものを上げるとするなら魔素だな。空中に漂ってるこいつを吸収する事で魂の格が上がる。これをレベルアップと呼んでいるわけだ」
その演出なのか、ボッとダンマスの右脇で火が燃え上がった。システムメッセージは表示されなかったが、なんらかの魔術である事は《 土蜘蛛 》の目を通して理解できる。
「……それだと、普通に過ごしてるだけでもレベルが上がりそうなもんだが」
魔素というのは宙に漂っている謎の粒子の事だ。これを体内に取り込み、変換する事で魔力と呼ばれる力に変換され、MPという形で保存される。ひょっとしたらHPも似たようなものかもしれない。
しかし、それはダンジョン内に限った話ではなく、ダンマスが明示してみせたように俺たちがいる部屋にだって存在しているのだ。俺の目にはそこまで違いがある気はしないんだが、ダンジョン内は魔素が濃いとかそういう話だろうか。《 魂の門 》みたいに視界すべてが魔素で構成されてるような極端な例なら分かるが、ダンジョンだとそこまでの差はないと思うんだが。
「ダンジョン内は外よりも魔素が濃いってのはあるが、どの道それだけだとレベルアップには足りない。まあ長い期間過ごしてたら少しずつは吸収していくだろうが、大部分はHP/MPとして変換されたりして、肉体の損傷や疲労を回復・維持するためのリソースとして使われる。ならレベルアップするために必要な魔素はどこから得るのかっていうと、モンスターなわけだ。モンスターから放出される魔素の量は空中に存在している魔素の量とは比較にならないほど膨大なものだからな」
だから、モンスターを倒してレベルを上げるって話になるわけか。
「モンスターの体を構成していた魔力が魔素へ分解・還元されて宙に戻る際、一部の魔力はドロップアイテムの生成に使われたりもするが、大部分はそのまま放出される。冒険者はそれを吸収してレベルアップしているらしいってのが現在分かってる仕様だ。これに関しては細部はともかく概ね間違ってはいないはずだ」
「それなら、倒したモンスターの近く……直接対峙してる前衛のほうがレベルが上がりやすいとか? 倒してもすぐに離れないほうがいいの?」
「理屈の上ではそうなるが、実際に吸収される魔素はパーティのポジションで大した差は存在しない。パーティどころか、もっと遠くても魔素は飛んでくる。これには大きな理由は三つあって……まず、一度変換された魔力は魔素に分解されるまで結構時間がかかるんだ。だから近くにいようが、すぐに吸収されるわけじゃない」
戦闘終了して即何ポイントの経験値を獲得しましたっていう形にはならない。魔素に戻るまでの間に飛んで拡散してしまうから、前衛だろうが後衛だろうが戦闘で得る魔素は似たようなもんと。
「たとえばお前らも良く知ってる《 彗星衝 》なんかは……やべ、これは言っちゃ駄目なやつだ。アーシェリアに怒られる」
言っちゃ駄目なやつといいつつ、それだけでなんとなく分かってしまうのが困ったもんだ。
……しかし、なるほどな。アレはそういう仕組みか。《 流星衝 》と合わせて考えると効率良過ぎるだろ。
「二つ目の理由は受け手側の問題で、還元された魔素を吸収するのも時間がかかるって事だ」
「えーと、じゃあモンスター倒す役の人を用意すれば、それ以外は戦わなくても経験値……魔素は吸収できるって事?」
「ゲーム的に考えるとそういうパワーレベリングは考えるだろうが、それは成立しない。ここでもう一つの理由が出てくるんだが……何もしない場合、吸収するための枠がないんだ」
「枠?」
「戦う、攻撃を受ける、走る、飛ぶ、スキルを使う、もっと言えば歩いたり、喋ったり、見る、聞くなんかの日常動作でもいいんだが、こういう行動を行う事によって俺たちの魂は傷や隙間ができる。この隙間を埋めるのが魔素で、いわば経験値のようなものなんだ。吸収できる魔素の量はその隙間の大きさに依存するって事だな。もちろん、日常動作なんかじゃできる隙間も小さいから大して吸収できない」
筋トレみたいなものか。この場合、筋繊維の修復に必要な蛋白質がモンスターから放出される魔素にあたると。
「つまり、直接戦闘なりスキルなりとった行動によって空いた魂の隙間を魔素によって修復、それが一定量に達したらレベルアップするわけか」
「その解釈でいい。一応、例外的にそういう枠がない場合でも大量の魔素を注ぎ込めばレベルアップしたりはするんだが、効率が悪いから低レベル帯……Lv10以下くらいまでが限界かな。トライアルの強制レベルアップはそれを利用してる」
「ああ、あれか」
最下層以外の各層ボス戦で1ずつ上がっていったアレだ。規定レベルに達していると無効らしいから、MAXで6までは強制的に上げてくれる。それまでLv1だった者からすれば結構な変化だ。
冒険者以外のギルドで使ってるトライアルダンジョン的な所でもある仕組みらしく、成人ならLv10くらいの人は割と当たり前のようにいる。
「ポーションとかの魔力を含んだものを口にしたら、効率良く吸収できたりとかしないのかな?」
「多少効果はあるらしいが、アレも結局魔素じゃなくて魔力化されてるし、ないよりはマシって程度らしいな。やっぱりモンスターを倒して発生した還元直後の魔素が一番効率がいいらしい。実験的にそういうドリンクも売ってるが、プラシーボ効果と区別がつかないレベルだ。一応健康ドリンクだから元気にはなるぞ」
そう言って、ダンマスはドリンクを三本取り出して渡してきた。……ギルドショップで売ってるのを見た事あるな、これ。ネットであんまり効果がないってレビューがあったから買ってなかったけど。
……あ、結構美味い。飲み物としては割高になるが、気休めならアリかもしれない。
「ついでに質問したいんだが、俺のレベルが49から一向に上がる気配がないのはそこら辺の仕様が関係してるのか?」
カードの色は変わり切って変化がない状態が続いてるのに、一向にレベルアップしないのだ。目安が目安として役に立ってない。
「……俺の知らない事例が出てきたな。……ディルク」
「この講習で推測としては話す気でしたが、多分渡辺さんにできた枠が大き過ぎる、あるいは器そのものが変形している可能性があります。吸収自体はしているようなので、時間が解決すると思いますが。間違いなく例の戦いの影響でしょうね。ユキさんも似たようなものですが、こちらはレベルが上がり易くなってるだけみたいですし」
「ボクが最近レベル上がり易かったのはそういう事だったんだ」
原因としてはアレしか考えられないからそうだろうとは思ってたが、想像よりも影響は大きいって事か。
「という事は、今なら魔力を大量投入するだけでレベル上がりそうだな。やる? 本当なら金かGPもらうけど、実験扱いでタダにしてもいいぞ」
「……ちょっと考えさせてくれ」
ズルしてる感じがするのはまあいいとして、俺が普通でない事をするというのは余計なモノも引き連れてきそうで怖い。でも、あと一つ……Lv50には上げたいんだよな。第二ツリーが早めに欲しい。
その次になると1stツリーの4thクラスが開放されるLv60だからそこまで届くとは思えないし、あと一つでいいんだ。
「というわけで、レベルに関してはこんなところだ。次はステータスなんだが、こっちは更に良く分かってない」
「元の能力にステータスの値をパーセンテージで掛けてるとかじゃないの? < 力 >が10だったら元の110%になってるって感じで」
「概ねはそうなんだろうが、ステータスの値がどれくらい影響してるかはかなり曖昧なんだよな。少なくとも値が10だからって一割増しって事はないし、作用する箇所も結構曖昧だ。しかも個人差はあるし、性別によっても違う。種族による差はもっとだ。皇龍やゲルギアルに聞いても明確な答えは持ってないみたいだったし、ネームレスに至ってはほとんど気にしてもいなかった」
単純にステータスの値に100%を足したモノを素の肉体に掛けてるんだと思ってたが、差があるのか。……良く考えてみればそうだよな。
ネームレスが気にしてないのは、群体生物であるが故かな。それぞれの個体がステータスを持ってるだろうし、寄生先の影響も大きそうだ。無量の貌なんて、もっと意味分からん事になってるし。
「こっから更に曖昧になるんだが、おそらく種として弱いモノのほうがこのステータス補正を受け易い。レベルアップで上がる値自体も弱い種族のほうが多いが、補正値もかなり違うはずだ」
人間と獣人を比べれば、獣人のほうが肉体的に優れている。パンダのような獣だってそうだし、龍ならもっとだ。ゲームならここら辺の格差をなくすために初期段階から得手不得手の調整をされるのだろうが、ここでは格差は格差のままである。
この種族差が永遠に縮まらないというのは仕様としてあり得ない事ではないと思うが、現実問題としてそうはなっていない。人間の数が多いというのもあるがトップに人間は多いし、ダンマスたちにしてもほとんどが人間だ。
「おそらく、この種族差はレベルが上がるほど小さくなるようになってるはずだと、俺はそう感じてる。Lv100程度じゃ人間と龍の差は埋まらないだろうが、獣人……最低でもパンダくらいは差がなくなってるはずだ」
一〇〇〇層超えの人の言葉は、体験談としてこれ以上はないな。なんでたとえがパンダやねんとは思うが。
「えっと、性差も?」
「種族や性別によって個々の値に特徴が出やすくはあるが、平均的な性能としては差はなくなるはずだ。つまり、ユキちゃんがこのまま女になろうがレベルが上がれば平均ステータス差は個人差で済まされる範疇って事だな。< 力 >の値はそこまで伸びないだろうけど」
「おー、ちょっとホッとした。40%まで来て、今まで以上に筋力不足が目立ってる気がしてたから。その分、他の値が伸びるって事か。確かに< 敏捷 >とか< 魔力 >とかは結構伸びてるんだよね」
元々ユキは筋肉が付き辛い体質で、それこそカテゴリとしての小剣が無理なく扱えるくらい……できれば短剣のほうがいいような腕力しかなかったはずだ。補正が掛かった今なら両手剣も振り回せるだろうが、初期のそれが現在の戦闘スタイルに繋がってるのだ。普段はあまり気にしてた様子はなかったんだが……そりゃ気にするか。一〇〇層までならともかく、俺たちはその先を目指す必要があるんだから。
素の能力ではなく補正値だし、レーネみたいに< 力 >ばっかり上がるような奴もいるから一概には言えないが、女性の場合は基本的に< 力 >は上がり辛かったりするんだろう。
「冒険者に限った話じゃないが、この世界では素の能力とステータスで二重に存在して干渉し合っている。だからレベルやステータスの数値に胡座をかかず、ちゃんと鍛えるのは大事なんだ。お前らは分かってるだろうが、この辺、ちゃんと分かってない連中は結構いる。下級はしょうがないにしても、中級の下位にも見られる傾向だ」
明確な教訓だからか、そこだけはテキストにも同じ事が書いてあった。代表例は……知り合いの中では猫耳かな。ブートキャンプをサボろうとして折檻喰らってたし。今年度の冒険者学校卒業生の中から結構優秀な新人が入って来て突き上げを喰らってるとも聞く。ニャの語尾を奪われそうだとかなんとか。このままでは猫耳さんのアイデンティティがなくなってしまう。
「その鍛えるってのは筋トレだけって意味じゃないよな?」
「もちろん。視力なんかの感覚的なものや思考速度、魔術の構築に至るまで、冒険者はステータスの補正を受けている。元々の自分が強くなれば、それ以上に強くなるのが冒険者だ。そのために色々トレーニング用の施設やサービスは用意してるだろ。冒険者の仕事はモンスターと戦う事だって勘違いして、戦闘訓練しかしないヤツは絶対にどこかで躓くもんだ」
「うわ、すごくありそう」
ウチの連中は……まあ、大丈夫かな。大体は理解してるし、セラフィーナや龍人三人みたいな理解してなさそうな奴も基礎訓練を嫌がったりはしない。肉体が人間のそれではないガルドなんかはむしろ積極的なほうだ。
例外はボーグだが、あいつは根本的になんか違うからな。鍛える本体は頭しか残ってないから、身体を動かすのはあくまで稼働テストの意味合いが強い。
正直な話、ダンマスというか迷宮都市が用意してくれているトレーニングサービスはかなりありがたいのだ。ここまで身体能力が高まると負荷をかけるのにも苦労するような有様で、個人でそんな環境を用意するのは不可能に等しい。ああいうサービスがなかったら、戦闘訓練くらいしかやれる事はなくなるかもしれないから、ダンマスの言う勘違いも分からなくはないのだ。ここら辺の管理をしてる迷宮ギルドは本当に有能だと思う。
「肉体の欠損なんかは不利どころの話じゃないが、視力訓練や歯並びの矯正だって馬鹿にはできない。俺もこっちに来る前は歯並び悪かったし虫歯もあったんだが、今じゃダイヤモンドも噛み砕ける」
ダンマスはそう言ってニカッと歯を見せてくるが、確かにモデルのような歯だ。ただ、歯並びを整えたところで普通ダイヤモンドは砕けない。どこかの警察官じゃないんだから。
そんな事を言ったら、お前も大鎌とか食ってるじゃねーかとか突っ込まれそうだが、アレはスキルの補正があるからこそできたのである。素の状態で金属は食えない。一度、ゴブタロウさんの紹介でTV出演した際に金属を食い千切れるか挑戦させられたのだが、翌日に歯医者に行く羽目になったのだ。食い千切れはしたけど。
「ステータスについてもう一つ重要なのは、補正値であるのと同時に基準値でもあるという事だ。実は、この数値のみを参照するスキルやアイテムは結構多い。装備制限、発動条件、そういった前提条件を持つものはほとんどこういう明確な数値を基準にしている」
言われてみれば確かにそうだな。俺自身、あんまり制限のある装備は使わないが、< グランドゴーレム・ハンド >なんかは< 力 >の値を参照して、手の開閉ができるようになるし、《 拳撃技 》が使えるようになったりする。
その他にも、一定以上のステータスがあれば軽くなるとか、切れ味が良くなるとか、硬くなるとか、そういう装備は良く見かける。逆に低ステータス向けといわんばかりに弱体化するようなものもあるが。
「防具が持ってる防御力の値や各種耐性だって、アレは素の防御力が上がってるとかじゃなくHPが持つ防御力への補正だからな。防具としての硬さはもちろんあるが、物理的な限界がある以上は上に行くほど補正が重要になってくる」
そうなのだ。無限回廊のシステム上、防御力はHPが存在しないと機能しない。逆に防御力が確保できていれば、サローリアさんのように露出度過多なエロ装備だろうが攻撃は防げる。さすがにこの前みたいに全裸では無理だろうが、あれはそもそも防具が外れていたので前提が違う。
だから、俺やサージェスのようなHP0でも戦いますっていうスタイルは今後厳しくなるのは目に見えているのだ。いや、別に好き好んでHP0になってるわけでもないんだが。
「逆に《 ストロング・アーム 》みたいに素の筋力を強化する魔術も存在するわけだが、肝心なのは素の能力とステータスはそれぞれ干渉し合うのと同時に別個の存在として見る必要があるという事なんだ。明確な数値として現れるものも、現れないものも、どちらも鍛えろって事だな」
身も蓋もないが、真理だとは思う。ちゃんと分かってる魔術士は、素の腕力を上げる《 ストロング・アーム 》とステータスとしての補正値を上げる《 マキシマム・パワー 》を使い分けて運用するのだとか。
あまり実感した事はないが、トカゲのおっさんはその使い分けが上手いという評価らしい。そして、利用するのが上手いのは夜光さんだ。年末クラン対抗戦で見たあのカードのような事を当たり前にやってくるのが上位の冒険者なのだ。……そこに紛れ込んでいるというだけで、おっさんはすごいのだと実感する。シード落ちしたけど。
「さて、ステータスといえば忘れちゃいけないのがもう二つある。HPとMPだ。分かりやすく簡単な言い方をすると、HPは壁とか膜とか自身の体を守るもの、MPは魔術を始めとしたスキルを行使するためのものって扱いだ。身を以て体験してるお前らならここら辺の事は理解してると思う」
「そうだな。MPというか、魔術に関しては最近ようやく理解し始めてきたってところだが」
単純な説明だが、テキストに書いてあるのも主にそこら辺だけだ。
「この二つだが、基本的にはどちらも魔力……魔素を取り込んで体内で魔力に変換をしたものを用途別のタンクにそれぞれ保管しているもの……と、俺は解釈している。実はこれも迷宮都市内で結論は出ていないんだが、大体そんな感じのものってくらいの感覚ならこれでいいだろう。ディルクも俺と同じ考えだろ?」
「そうですね。どの道、議論が分かれてるのは学術的なものなので、冒険者としてはあまり関係ないかと思いますが」
「学者ってのは面倒臭えんだよ。半分学者みたいなお前に言うのもなんだが」
「いえ、僕は実利が絡まなければ気にしないので。ラディーネ先生は気にしそうですけど」
俺としても、致命的な問題さえなければ気にしないな。普段何気なく食ってるものが、実は肝臓ではなく大腸の活性化を促すものでした、とか言われてもそうなんだとしか思えないし。
ラディーネは……まあ、気にしそうだな。基本大雑把で、ノーブラで歩き回るような奴だが、そういう部分には細かそうだ。
「HP/MPに関してお前らに抜けてそうな部分は、さっきの防具とHPの関連性、MP操作はどちらかというとスキルの項目だから後回しにするとして、HP操作のほうは大体理解できてるんだろ? 拙いとはいえ、意識的にやれてるみたいだし。俺が今やってるのも認識できてるはずだ」
ダンマスは喋りながら自らが纏っているHPの膜を餅のように伸ばしたりドリルのように回転させたりしていて、わざと注意を引くようにしている。こんなもん、見えていれば自然と目が向く。
「ダンマスみたいな事はできない……というか、どうやったらそれができるのかは分からんが、基本的な事なら多少は。ディルクは俺より上手いだろうし、ユキは?」
「多少は? ボクの場合、無意識でやってる事のほうが多いらしいけど」
「ああ、ユキちゃんはそっちタイプっぽいな。感覚派」
なんとなく俺の中でもそういう分け方してたが、一般的なものなんだろうか。感覚派だと、説明するのに擬音だらけでコーチに向かなかったりするのかね。ミスター語的な。
「ここら辺をクリアしてるとなると、あとはMP循環かな」
「MP循環?」
あまり聞き覚えのない言葉だった。よく魔術士が体内で魔力を移動させてたりするが、その関連だろうか。もちろんテキストには見当たらない。
「大体の冒険者はこれを無意識にやってるんだが、意識して行う事でスキル発動の効率化に繋がる。ツナ君とユキちゃんはあんまりMP消費型のスキルは使わないけど、消費型とそれ以外の違いってなんだと思う?」
「違いって……そのままMPを消費するかどうかじゃないの?」
「それだと10点くらいだな」
「む……」
なんだろう。質問が漠然とし過ぎてるのもあるが、違いといわれてもそれ以外にパッと出てこない。さっき言ったMP循環に関わってくる事なんだろうが。
俺で言うなら、MP消費型のスキルは《 瞬装 》、《 看破 》、《 アイテム・ボックス 》か。《 瞬装 》の燃費が悪いからそんなイメージはないが、マジでMP使わないスタイルだな。
ユキのほうは、《 クリア・ハンド 》の消費が特にでかいが、他にも割と使っている。《 ハイスピード・アクション 》なんかも消費するスキルだが……違いって言われても分からん。
「《 剣術 》なんかのパッシブスキルは明確にMPを使ってないんだが、これ以外の……主にアクションスキルは、実は大部分がMPを使っている。《 パワースラッシュ 》とかな」
「アレを使っても、MPは減ってないはずだが?」
当たり前だが、そこら辺はトライアルの時点で確認済だ。毎回確かめていたわけじゃないが、ここまで減った経験などない。上位スキルである《 ハイパワースラッシュ 》や《 マキシマムパワースラッシュ 》も同様だ。
アレに必要なリソースは主に時間である。スキル発動前の待機時間、硬直時間、再発動時間。もちろん俺のカロリーも使っているだろうが、それは別として。
「消費はしていないな。だが、試した事ないかもしれんが、アレも最低限のMPが残ってないと発動しないぞ」
「え、そうなのか?」
「発動時にMPの発光現象が発生しているものは軒並みMPを必要としている。さっきの答えを言ってしまえば、体の外に出すかどうかの違いで、体内でMPは使用してるんだ。こう……スキルに合わせた形で循環させる形でな。だからMP循環って呼んでる。ウエポンスキルの場合は武器も光ったりするけど、体の一部か延長として認識してるんだろうな」
「おー、言われてみればそんな感じかも」
「……確かに」
あまり意識した事はなかったが、各アクションスキルを使う際は体内で魔力が動いてるな。よくよく考えてみれば、物理的にあり得ない現象が起きているスキルも多いのだから、何かしらのリソースを使っていると考えるのが普通か。《 鬼神撃 》になんで鬼特攻の効果があるかっていえば、物理的に弱点を突いているとかではなく、MPでそういう効果、あるいは概念を付与しているわけだ。
ある程度のMPは残しておかないとスキル発動できなくなる恐れがあるのは知ってないとまずい事ではあるよな。
「必ずしもMPとして変換された状態じゃなきゃいけないわけじゃないんだけどな。MPを持たない外部の冒険者の中でも極一部アクションスキルを使ってる奴はいる。ただ、魔素を吸収して魔力生成してって工程を踏む必要があるから発動までは時間がかかったりするんだよな。その間は隙だらけだ」
俺の必殺技を見せてやるって溜めに入って、隙だらけになってたら厳しいな。連携なんて夢のまた夢だろう。
「意識してなかっただけで、ボクらは体の中の魔力を動かしてるって事か」
「MPを体内で循環させるのは半ば自動的な仕組みで、特に発声してスキルを発動する時はスキル側でこの流れを制御してる。発声なしの場合もある程度アシストはされてるんだが、無意識にも自分で制御しないと発動しない」
発声してのスキル発動なんて、ほとんどやってないからな。普通なら、発声ありで魔力の動きを覚えて発声なしに移行するわけか。
中級になっても発声してスキル使ってるやつは結構いるが、ああいうのは体内でMPを循環させるコツが掴めていないのだろう。
リリカみたいな外部の魔術士はスキルが補助しているこれを自力で制御してるというわけか。さすが。
「ここら辺をどれだけ制御できるかどうかが、今後必要になるMP操作に強く関わってくるわけだ。もっと言うなら、その先のオーバースキルでも重要なんだが、お前らはそれを無視しやがってこんちくしょう」
「すまんな」
オーバースキルに関しては自分でも良く分かってない部分が多いが……なるほど、これは重要だ。今だからこそはっきりそう思える。おそらくはコレを完全制御する事によってMP操作だけでなく発動時間の短縮なども可能になるはずだ。逆に言えば、知らなければ必ずどこかで頭打ちになっていた。正しくMPの使い方と呼ぶべき基礎知識だろう。かといって、下級冒険者にこれを教えてもかえって混乱しそうなのがまた難しいところだ。
「もちろん、MP以外のリソースを使うスキルも多いから全部が全部この仕組みってわけじゃないがな。MP0じゃないと使えないスキルもあるし」
昇華して使えなくなったが、《 飢餓の暴獣 》のリソースはカロリーだったしな。飢餓状態にならないと使えないのに常時膨大なカロリーを消費するとか、良く考えてみたらひどい話だ。
ロッテの《 鮮血姫 》なんてもっとひどくて、多大な肉体損傷に加えてHPもMPも0でないと発動しない。リソースは血液だ。加えて、発動中はスキル発動にもMPの代替として血液を使うらしい。
「質問があったら後からでも受け付けるから次行くぞ-」
過去に自分が行っていたMP循環の記憶を呼び起こしている俺たちを見て、ダンマスは強制進行する事にしたらしい。
-ダンジョンについて-
「さて、次はダンジョンについてだ。実は、ダンジョンに入る際、お前らの肉体は別物に変化している」
もう当たり前のようにテキストの範疇から逸脱している。今の俺たちにとってはむしろありがたい授業ではあるんだが、違和感は拭えない。
「それはまあ、気付いてたが……」
「死に戻りできたり、死んだら消えたり、同じわけないよね」
冒険者がダンジョン内で死んだ場合、モンスターと同じように魔素分解が起きて死体は消滅する。外ならこんな事は起きないんだから、当然別物になってると考えるだろう。死んで転送された先では無傷というのもそうだ。
迷宮都市という場所全体が外と比べて異様な文明を持つ事で迷彩されているからか、冒険者でもそういうものだと認識してしまっているケースは多いようだが、俺たちは疑問に思う事ばかりだ。平成の日本を生きた下地があるが故かもしれない。
「ただ、どういう風に変化してるのかは上手く説明できないな。俺は、多分《 魂の門 》と同じか近い状態になってるんじゃないかって思ってたんだが、どっちも詳細は分からん」
「さすがツナ君、ほぼ正解。ああいう比較対象があると分かり易いよな。ただ、俺が解析した限り、アレよりはかなり限定的で安全な仕様だな。ぶっちゃけ、《 魂の門 》は安全装置みたいなものがほとんど存在しないし」
アレを迷宮都市の冒険者すべてに開放したら死亡事故は結構な数が発生するだろうな。ほとんど唯一機能しているセーフティだって、術者と魔力のラインが繋がっているというだけで、最悪巻き添えを喰らって双方死亡なんて事も有り得る。それを考えるとダンジョンのほうはかなり安全に気を使った作りになっていると言ってもいいだろう。だからといってダンジョン・アタックが楽というわけではないのだが。
「ダンジョンで死んで蘇ったりできるのは、実はあの中で活動する際に使用している体は実体じゃないからだ。便宜上、俺は仮身と呼んでるが、これは魔力で作られた仮の身体って事になる」
「仮って事は実体もどこかに存在するとか?」
「いや、実体が仮身にそのまま切り替わる形だ。情報としてはどこかに保存されてるんだろうが、そのものは消失してる……はず? 今のところは分からんってのが回答になるかな。……むしろツナ君は知らない? 虚数層にそんな情報なかった?」
「……リアナーサなら知ってるかもしれんが、俺は調べてないな」
あの大図書館をくまなく探せばあるのかもしれないが、あの時はそれどころじゃなかったというのが大きい。
「まあ、また行く機会があったら調べておいてくれると助かる」
「ダンマスなら行けたりしないのか?」
「無茶言うな。移動手段が《 魂の門 》に限られてて、その利用に相性が関わってくるとなるとどうしようもない。聞いてる限り、無限回廊側からは行けそうにないし。座標そのものがねえとかどうしろってんだ。元の世界に帰るほうがまだ楽そうだ」
ダンマスならもしかしてって思ったが、そりゃそうだ。
今のところ、あの場所に行ける可能性があるのはリリカと俺、あとは最近スキル化した《 魂の門 》を習得できたというロロ・エイサンダリアしかいない。ロロが術を行使できる相手が見つかっていない以上はこの三人だけだ。
「話を戻すが、ダンジョンに入る際、俺たちは仮身という身体に切り替わっている。これはただ単に安全装置というだけでなく、他にも色々意味が存在する。まず一つ目に、仮身は無限回廊システムの影響を受けやすいって事だ。システムの影響っていうだけだと分からんかもしれないが、状態変化、武器やスキルの効果が実体の時よりも明確になる。これは実体という殻を脱いで魂が剥き出しになってるような状態だからじゃないかっていうのが一番それっぽい理由なんだが、例の如く正解は分からん」
学術的な意味の正解は求めてないから別に構わない。
「影響を受けやすくなるのは、更にもう一つ。さっき説明した魔素吸収だ。これが大きい」
「経験値?」
「そう。ユキちゃんが言う分には問題ないが、その言葉のままだと通用しないからな。ゲームの事だと思われる」
経験値自体がそもそもゲーム造語だしな。語源がコンピューターゲームかTRPGかは知らんが。
迷宮都市にもコンピューターゲームは普及しているから言葉としては通じるだろうが、紛らわしいな。
「仮身の状態だと、この魔素吸収も効率化される。実体と比較すれば天と地ほどの差だ。冒険者のレベルアップがほとんどダンジョン内に限定されるのはこれが原因だな」
「訓練用のダンジョンでレベルアップしないってのはそこら辺が絡んでるのか?」
「それは仮身がどうっていうよりも出てくるモンスターの問題だな。アレ、本物に見えるだけの幻みたいなもんだから、死んでも魔力が放出されないんだ」
……マジかよ。あの地獄の無限訓練で戦ったモンスターは本物じゃなかったのか。ひょっとして出現するモンスターや条件を設定できたり、色々利用者側で弄れたのは本物じゃなかったからなのか。
「どうせだからと思って、この後モンスター街の見学ツアーを予定してるから、そこら辺はモンスターに色々聞いてみるといい」
「……なんで、補習にそんなツアーが予定されてるんだ?」
「時間調整だな。元々複数のコマをまとめる気だったし、内容にはモンスターについての項目もあるからちょうどいいだろ。あんまりモンスター街に行く機会はないだろうし、お得な経験とでも思ってくれ」
「まあ、夜だから時間はあるけど」
その分、自習時間と睡眠時間は削られるわけだが、そこら辺の調整は冒険者の体力とダンジョン・アタック時の内部スケジュールの調整でゴリ押し可能だ。元々、数コマ使う予定だったのを一つにまとめているので、時間もそこまで差はないだろうし。
……でも、モンスター街には興味あるな。普段行く機会なんてないし、移動には結構面倒な手続きが必要だとロッテから聞いている。
「そういうわけで、ダンジョンについては以上……かな」
「はいはーい、聞きたい事があるんだけど、ダンジョン挑戦の中六日ルールって、本当はなかったものって聞いたんだけど」
比較的短い話になりそうだったところに、ユキが手を上げて質問を投げかけた。
「あのルールは俺が付け足したもんだから、龍世界とかベレンヴァールの世界の無限回廊にはないもんだ。アレが何か?」
「なくして欲しいとまではいわないけど、もうちょっと融通効かないかなーって。アレのせいでスケジュールが微妙に噛み合わない事が多いし」
「駄目だ」
一刀両断だった。質問したユキも、一顧だにしない両断にちょっと怯んでいる。
「……その辺、ちょっと緩ませるとズルズルいくもんだからな。ロクな事にならないのは目に見えてる」
「ひょっとして、過去に問題があったりとか?」
「あった。というか、今も改善し切ったとは言い難い。どっかでルール化して強制的に止めないと歯止め効かない奴は多いんだよ。その先は廃人一直線だ。そこまでいかなくとも無味乾燥なダンジョン攻略マシンの出来上がりだ。そんなのは俺の目的には沿わない」
「は、はい」
ダンマスの言う事は分かるし、想像できる。実体験が伴っていないから理解できるとまではいかないが、それっぽい話は色々聞いているからだ。倫理的な事やダンマスの目的云々をおいておくとしても、何度死のうがひたすらダンジョン攻略を続けるような生活で精神に異常をきたさないはずはない。ネームレスのような精神構造の持ち主だったら関係ないのだろうが、基本的に迷宮都市でダンジョンに潜るのは人間か人間に近い亜人ばかりなのだから。
以前、長きを生きる精霊であるところのガルドに聞いてみた事があるのだが、あんな長命な存在でさえ、明確な休息なしのダンジョン攻略は精神に異常をきたしそうだと判断していたのだ。龍人たちはまだ実感はないらしいが、ベレンヴァールも強制的な休息の必要性は感じているらしい。俺もそうだろうと思うし、ユキだって本質的には分かってるはずだ。
「それだけじゃなく、今迷宮都市で生きてるルールってそれなりに見直しを続けて今の形になってるんだ。そのほとんどは変えようとして失敗した大量の事例付きだ。特に冒険者関連はな」
「まさか、エロ関係が厳格に二十歳未満お断りなのも何か大きな問題があったりするのか?」
「それは単に改訂が面倒だからだな。最初は変なオバさんが教育に悪いとか言い出したんで割と杜撰な形で始まったんだが、その状態で特に問題も起きてないし」
なんてこった。
「中六日ルールに関しては妥協案……ってわけでもないが、一〇〇層以降はそのルールから外れるようにはしてある。というか単に俺の権限上設定できなかっただけなんだが、今のところネームレスや皇龍に代理変更してもらう気もないし。……問題が起きたら変えざるを得ないが、そこまで行く奴なら自己管理できると信じたいな。できなかった奴が三名ほどいるんだけど。……というか、肝心の俺たちも怪しいんだけど」
自分たちの身で起きた問題を改善しようとしてくれてるわけだから、こっちも無理は言えないよな。ユキも黙っちゃったし。
いまいちヤバいヤバいと言われていた那由他さんの問題は分からないままなんだが、ダンマスがヤバいのはユキも知ってるからな。
「そこら辺の調整するのもクラマス、サブマスの仕事の一環だ。慣れとけ」
「はーい。……それもそうか。他のクランやパーティだって、このルールで回してるんだしね」
「人数多いところはメンバー調整利きやすい代わりにスケジュール管理が大変だし、少ないところは逆だ。下級組が合流さえすれば、お前らのところは割とちょうどいいと思うぞ」
合流さえすればっていうか……サンゴロたちはどうなるんだろうな。今は四月下旬で、六月の中級昇格の期限まではもう一ヶ月ちょっとしかない。いつの間にか仲間意識が生まれてるのか、現在のパーティ全体での中級昇格試験を狙ってるらしいが、もしかして間に合ったりするんだろうか。あいつらに関しては別に急いでいるわけじゃないが、ウチのように内部戦力が変動しやすいクランの場合、スケジュールに組み込む場合は昇格間隔の三ヶ月は大きい。レーネの入団にしても、ゴリ押しするならここで中級昇格して価値を見せつけるのがベストだとは伝えてあるから張り切ってはいるみたいだけど、肝心の試験内容が俺たちでいう< 鮮血の城 >のイベントみたいな事になりそうなんだよな。ロッテが挑戦する側に回ってるのがまた皮肉というか、運命の悪戯というか。
「すいません、どうせなら僕も質問してもいいですかね? ダンジョンに関してですが、講習内容にはまったく関係ないんですけど」
「別にいいぞ。最初から講習の範囲守る気なんてねーし」
ダンジョンについてが終わりそうな気配だったのを察知したのか、ディルクが手を上げた。
分かってたとはいえ、講師自身が範囲守る気ないとか言い切っちゃったよ。
「迷宮都市外の個別ダンジョンの攻略ってどうなってるんですか? 色々動きがあるのは知ってるんですが、局にも情報入ってこないんですけど」
「あー、それな。色々あるというかなんというか、報告できる情報はないというか」
俺たちに直接関係なさそうな話ではあるが、確かに最近色々聞くな。ゲルギアルが火星に行った事もそうだし、暗黒大陸に遠征に行くって話も出てるし、かなり前から攻略に取り掛かってるはずの新大陸の続報もない。ついでに< 地殻穿道 >も保留中だったはずだ。
「俺たちが聞いちゃまずい話なら休憩がてら席を外してもいいが」
「いや、別にいいよ。< マーズ・ディザスター >は単にゲルギアルが帰って来てないから分からないだけだし、< 地殻穿道 >はイバラの影響の調査でストップしてるだけなんだけど、残り二つは……正直に言うと、難航してるんだよな。攻略が進んでないから報告も上がってないだけだ」
新大陸のほうって一年近く前からダンマスの嫁さんが攻略してるって話だよな。そんな人が手こずるようなダンジョンなんだろうか。
「まず、暗黒大陸の< 生命の樹 >はかなり怪しい事になってる。現地の亜神の許可は出たものの、攻略が進まなくて遠征組を再編しようとしてるのが今の状況だ。経緯は良く分からんが、リグレスが遠征の代表になるらしいからそれに期待しようって状態」
「あんまり上がってきてる報告と変わらないですね」
「実際変わらないんだからしょうがない。ただ、新大陸の< 煉獄の螺旋大迷宮 >のほうは……アレはどうなんだろうな。どうも、あの大陸全体の時空間が歪んでるっぽいんだよ。メイゼルの報告は不定期にしろ上がってるから保留してるが、これ以上長引くなら追加人員が必要かもしれない」
「……保留にせず、追加を送る価値を認めてると?」
「こんな場で言うような話じゃないんだが、実は大陸内部でメイゼルが古代人らしき存在と接触してる」
「は?」
ダンマスの言葉を聞いてディルクが固まったが、俺は意味が分からなくて思考が止まった。古代人ってなんだ。
「しかも、不確定ながら前任のダンジョンマスター関係者っぽい。情報が曖昧過ぎるから正式に報告は上がってないが……って、古代人っていってもツナ君たちは分からないよな。簡単に解説してやろう」
唐突に、ダンマスの歴史講義が始まった。
まず、迷宮都市が表向き所属しているオーレンディア王国は今年で建国七百十三年を迎えるらしく、これは現在確認されている中では最古の国家との事だ。隣の大陸にあるクレスト王国はもっと古いが、これはすでに滅亡しているような状態なのでカウントしなくてもいいだろう。
実は迷宮都市という街はオーレンディア王国建国以前より続いていて、その起源すら定かではなく、最低でも千年以上はこの地に存在してるのだとか。
そして、それより以前のある時期から人間社会には記録がほとんど残されていない断絶期があるらしい。亜神の間では口伝で残されてはいるものの、彼らは自らの歴史をそこまで詳細に残したりはしない。
その断絶期と呼ばれる時期よりも以前の時代を古代と定義づけているとの事だ。古代人はその時に生きていた人って事だな。
「外見は現代人と大差ないから見分け辛いが、迷宮都市で把握していなくてHPとかがあればまず間違いなく古代人だ。あと、俺が定義したからか種族が< 古代人 >になってる。そんな相手と接触したわけだ」
自覚があるかどうかも分からんのに種族まで古代人にされちゃってるのか。本人がどう思ってるか知らんが、不憫だな。
「新大陸に関しては、その情報収集を優先してるから時間がかかってると」
「いや、それもあるが、< 煉獄の螺旋大迷宮 >自体も相当な難関なのは確からしい。人員増やしただけで攻略できるもんじゃないとは言われた」
「はあ……了解です。これ以上は脱線が過ぎますし、どこかで話を聞かせてください」
「といってもこれで全部なんだがな」
良く分からんが、色々動きがあるんだな。無限回廊のほうは一向に一〇〇層が突破される気配はないものの、< 月華 >が追いつきそうだって話が出てるし。
-スキル&ギフトとクラス-
「次はスキル、ギフト、クラス……システム的な部分でなんか聞きたい事あるか? 俺としては、むしろシステムを逸脱しまくってるツナ君に話聞きたいくらいなんだが、どうやってんの?」
「意図してやってるわけじゃねーよ」
大体妙な力が働いて逸脱してんだよ。
「新スキル関連なら色々あるんだがな……この辺、基本的な部分の境目が曖昧なんだよ。じゃあ、テキスト参考に説明していくから、気になった事があったら質問な」
「MP操作は?」
「それはあとで話す。スキルとは切り離せないし」
システム部分で俺たちが知らない事を思いつかないのか、ダンマスはここにきて始めて普通に授業を始めた。逆に違和感である。
改めてテキストを確認してみると、ギフト、スキル、クラスに関してはシステムに根付くような基本的な部分ではそこまで知識に差がない事が分かる。テキストには中級上位くらいにならないと使わないMP操作はもちろん、スキル連携ですら載っていない。
「ああ、そういえば《 アイテム・ボックス 》のスキルレベルってどうなってるんだ?」
「どうって……ああ、上がらないって事か。確かにそこら辺抜けてそうだ」
冒険者にはほぼ必須といっていい重要スキル、《 アイテム・ボックス 》だが、これだけ使っているのにここまでスキルレベルが上がった事はない。かといって、《 魔術適性 》のような例外を除いてSLv1ってわけでもない。なんせ、俺たちがかつてスキルオーブで貰った《 アイテム・ボックス 》は最初からSLv3だったのだ。
「《 アイテム・ボックス 》は基本的に他のスキルのようにスキルレベルは上がらない。スキルオーブで上位のレベルのものを覚えていくのが一般的になる。割と数は出てるから、下位なら安めに提供してるな。上位は大抵入荷待ちだ。オークションなんかでも結構高い。お前らにボーナスでやったスキルオーブも結構高いんだぞ」
そうだったのか。無駄に開閉させたり詰め込んだりしてたけど、意味はなかったという事か。いきなりSLv3だったから上がり辛いとか、そういう事だと思ってた。
「尤もベースレベルか何かを参照してるのか、スキルオーブの使用には条件があったりもするがな。そこら辺は他のスキルと同じだ。お前らのSLv3は下級ではギリギリのレベル」
あんまり気にしてなかったが、ギルドショップとオークションで値段確認してみるか。あんまり広くても整理が煩雑になるだけだし、あくまで参考程度に。
「ちなみに、なんでそんな特別仕様になってんだ?」
「正直分からん。使用者の魂と一対で定義付けられた亜空間をどこか別の場所に確保してて、スキルが本人の行動に依存にしてないからスキルレベルも上がらないんじゃないかって推測はしてるんだが、ベレンヴァールの例では世界を跨いだら別のボックスになってるっぽいし、この推測も怪しくなってきてるんだよ。かといって、龍世界に行った時は別に切り替わったりしなかっただろ? お前、ベレンヴァールの《 アイテム・ボックス 》を繋げたのってどうやったんだ?」
「いや、分からん」
「お互いに分かってねーんじゃねーか」
《 土蜘蛛 》の世界改変能力を使ってやった事だからな。できると思ったからやったんであって、俺自身どうやって改変をしてるかなんて詳細は分からんし、説明できない。
「根本的な仕様についてはおいておくとしてさ、上位のオーブ使う以外の習得方法はないの?」
ユキは答えの出そうにない仕様の話よりも実利的な部分が気になるらしい。
「あるぞ。< 荷役 >クラスになれば、一定のクラスレベルごとに《 アイテム・ボックス 》のスキルレベルも上がる。あと一応、< 冒険者 >ツリー自体も同じだが、こっちはかなり高レベルからだ。他クラスもあるにはあるが、冒険者で実用的なのは< 荷役 >くらいかな。わざわざツリースキルを< 労働者 >にして< 引越屋 >とかになりたくないだろ?」
「< 荷役 >ってそんなメリットがあるんだ。というか、< 引越屋 >にそんな特典が……」
アレクサンダーもイスカンダルも< 引越屋 >の頃は《 アイテム・ボックス 》自体習得してなかったんだが、もっと上の方のスキルなんだろうか。どの道アレクサンダーは< 荷役 >だから問題はないんだが。
ゲーム攻略的に考えるなら、まず< 荷役 >について《 アイテム・ボックス 》をある程度拡張してから他クラスに就くのがオススメですとか書かれそうだ。クラス変更、それもツリークラスごとなんて、どう考えても現実的じゃないし効率的でもないが。素直にオーブ買ったほうが遥かにマシだろう。
「そういう特殊な扱いのスキルって他にはないのか? 《 魔術適性 》については知ってるんだが」
「あるにはあるが、その《 魔術適性 》も怪しくなっちまったしな。なんで二人も後天的にSLv2になってんだよ。聞いた事ねーよ」
「俺に言われても」
「いや、お前にこそ言う話だろ。お前のところのリリカとティリアだぞ」
「本人に言ってくれ」
俺にもなんであんな事になったのかは良く分かってないのだ。あの二人はSLv2の壁を突破したから目立っているが、他にも結構な範囲で変動してる者もいる。俺自身もSLv1未満の範疇では変動してる。あの特異点に関わった者が影響を受けたっていうなら辻褄は合うんだが、それだとリリカのケースが……うむむむ。
「他に変わった仕様っていうだけならいくらでもあるけどな。《 英雄の条件 》は《 戦士の条件 》と同名スキルとして扱うっていう変な仕様だし、最近ダダカが習得した《 天武 》はスキルレベルを持たない代わりに他の武器術すべてを参照してたりするし、ベレンヴァールが習得してるスキルの中には連携何撃目にしか発動できないっていう妙なスキルもあるし、そのベレンヴァールの《 刻印術 》は更に特異だし、もっと特殊な《 宣誓真言 》もあるし、お前の《 土蜘蛛 》は更に意味不明な領域だ。ここら辺は突き詰めていくとキリがないぞ」
なんか、結構な割合で知人が関わっている気がするのは何故だろうか。
「ユニークスキルなんてみんなそんな感じだし、まあ、少なくともシステムの基幹部分ではないな。逸脱するにしても離れ過ぎだ。俺が言う事じゃないが」
「本当にな」
「《 アイテム・ボックス 》はギリギリ基礎知識と言えなくもないですが、その他のスキルは分かってる事だけでも個別に講習が必要なものなので、ここら辺にしておいたほうがいいと思います」
「そうだな。講習時間も無視する気満々だが、一つ解説するだけで終わってたら洒落にならんし」
ディルクが明確に止めてくれたのは正直助かったのかもしれない。ダンマスだけだと、逸脱してると判断しつつそのまま続けかねないし。
「じゃあ、基本的な部分に誘導するとして……スキルレベルの上限って、やっぱりSLv10って事でいいの? トップ組がすでにそこに達してるなら、ダンマスはSLv50くらいになってそうなイメージなんだけど」
「SLv50とか無茶言うな。……基本的にはスキル単独の上限はSLv10になるな」
やっぱり断言できる程度にははっきりしてる話だったのか。基本的にはって付く以上、存在はしてるっぽいが。
「ただし、単独でじゃなくていいなら方法はいくつか存在する。同じツリーに存在するスキルのレベルを上げればツリーレベルも上がって底上げがされるし、《 剣術 》と《 片手剣術 》みたいに近似カテゴリのスキルを上げて効果を重複させる方法もある」
やたら細分化されているイメージのあるスキル群だが、ダンマスの言うように似たようなカテゴリ内で重複しているようなスキルは効果も重複する。効果自体に重複部分があるからそのまま上乗せって感じにはならないが、それでも数を重ねれば馬鹿にならない効果だ。
ツリーにぶら下がったスキルを上げる事によって上がるツリーレベルの効果も無視できない。個々の効果は微小だがツリー全体に補正がかかるので、直接関係なくとも同一ツリーの他のスキルに手を出す者も多いくらいだ。やっぱりそのもののスキル効果が一番大きいから、大抵は行き詰まった奴の行動であるが。
「もっと明確な方法なら、スキルの中にもスキルレベルを上げるための追加オプションみたいなやつが存在してるしな」
「追加オプション?」
「お前らのところでいうと、サージェスの《 トルネード・ターン 》や《 弾丸の如く 》みたいな、特定のスキルに影響のあるスキルの事だな。広義の意味では《 理 》とか、オーバースキルもこれにあたる」
《 トルネード・ターン 》は《 トルネード・キック 》に作用するスキルで、水泳競技のターンのように壁を蹴るなどして方向転換を行うためのものだ。これがないと、どこかに着地した時点でスキルは終了する。《 弾丸の如く 》は《 蹴撃技 》ツリーのスキルで《 射撃技 》を再現する効果があるらしい。サージェスはこれを利用して自分を弾丸に見立てて《 ホーミング・シュート 》を発動した。意味不明な事をやってるなとは思ったが、スキル効果としては間違っていないらしい。
尚、この二つはスキルレベルが存在しない。他のそれっぽいスキルもなかったような気がするし、オーバースキルもそうだ。ダンマスが追加オプションと呼ぶスキルはスキルレベルが存在しないものが多いのかもしれない。
「《 理 》ってのはなんだ?」
「ああ、それは知らないのか。《 武器熟練 》や《 防具熟練 》のスキル群に存在するスキルで、《 剣術 》に対して《 剣ノ理 》みたいに《 ノ理 》って名前が付くスキルがそれぞれ存在するんだよ。《 剣ノ理 》を習得すれば、《 剣術 》のスキルレベル上限は取っ払われる」
「おー」
限界突破とか大好きなユキの反応がいい。
「とはいえ、SLv11より上は茨の道って領域じゃないけどな。俺たちの中でもSLv20に達してるのは、アレインの《 槍ノ理 》とガルスの《 剣ノ理 》だけだ。次点がメイゼルの《 盾ノ理 》でSLv18。それより上は未確認だ。SLv20で打ち止めかもしれない」
「つまり、めっちゃ上がり辛いと」
「まんま、スキルレベルに伴う難易度上昇と同じ感じだな。SLv1からSLv2に上げるよりもSLv2からSLv3に上げるのが体感的に倍の難易度じゃ利かないように、SLv11以上もそれ相応の扱いになってるっぽい。《 理 》を習得するのも困難なら、そこから上げるのも困難って話だ。その手の才能がない俺には理解不能な領域。SLv10までなら結構な数を習得してるんだけどな」
ダンマスの言う結構な数は明らかに俺たちの常識と異なる数な気がして、いくつあるのか聞くのは躊躇われた。
「これに加えて、ギフトの同名スキルによる効果重複もその一つだ。ツナ君の場合《 近接戦闘 》と《 片手武器 》が重複しているが、これはどちらもスキルに効果が上乗せされているはず」
昔、摩耶に言われた事もあるが、こういった習得し易い、汎用性の高いスキルがギフトとして付与されているのは、冒険者として極めて有利らしい。それはダンマスの言うように重複して効果を発揮するからだ。ギフトが任意で習得できるものじゃない以上、明確に有利な要素といえる。
「だけどギフトの場合、完全にスキルと同じ扱いってわけじゃないよな。スキルレベルが上がったりはしないし」
「内部にスキルレベルのようなものはあるっぽいが、そうだな。同名の別物と考えたほうがいいだろう」
「あるっぽいってのは?」
「ギフトの場合、付与された時から基本的に変動はしない固定値みたいなんだが、スキルレベルを前提とする条件なんかに参照されてるみたいなんだ。スキルAの発動はスキルBのSLv5以上必要みたいなケースだな。ギフテッドって呼ばれてるのは大体この内部スキルレベルが3以上の場合が多い。最も参照されるケースの多いオーバースキルはまだサンプルが少な過ぎて例は出せないが……」
「出せないが?」
ダンマスの説明が不自然なところで止まった。
「……今、気付いたんだが、お前の《 因果の虜囚 》、実は《 刀術 》スキルあたりを内包してたりしないか? 他も色々」
「してないかって言われてもパッシブスキルなんて自分じゃ分からな…………ありそうだな」
「どゆ事?」
言われてから気付いたが有り得る。ユキは分からなかったみたいだが、ディルクのほうは考え込んでいる。
「オーバースキルの基本的な習得条件は前提スキルのSLv10だ。ツナ君は色んな部分で条件を無視してるからこれもそのケースかって思ってたんだが、ギフトの内部に《 オーバースキル 》を含めたスキルが内包されているなら辻褄は合う。俺の《 鑑定 》すらほとんど効かないギフトなんだから、中に何があるのかなんて分かったもんじゃないからな」
「あー、なるほど。統合されてるからそう見えないだけで、内包されるスキルを分解すれば前提条件は満たしているって事か。確かに、ボクの《 クリムゾン・シルエット 》もディルクの《 宣誓真言 》で誤魔化して発動しただけだし」
「未知の方法でルール無視してるっていうよりは、その方が俺としては納得できるからな。……ツナ君、すぐは無理だが今度、アイテム特性発動にスキルが必要な武器とかでテストしてみようぜ」
「了解。俺も気になるしな」
俺がスキルに関してルール無視しまくってるのはオーバースキルに限った話ではない。明らかに前提となるスキルがないものでも習得してたりもするのだ。そこら辺がはっきりするのなら検証はむしろ望むところだ。
「話を戻すが、実は亜神って呼ばれるカテゴリに属してる俺たちもギフトとして《 加護 》は付与できる。俺が付与すると《 異界神の加護 》って感じでな。だが、この加護がスキルレベルにしていくつに相当するかは分からない」
「ダンマスが加護を付与したら強い冒険者が量産できるって事? ガウルの場合は獣神の使徒しか対象にならないって話だったけど」
「条件がいくつもあるから量産は無理だな。それに、存在の方向性を主神に縛られるのもネックだ。アルテリアはかつてコン子とポン子に《 メイド神の加護 》を付与したが、今じゃ立派なメイド教徒だ。元々そういう素質があっただけかもしれないが、あんまりやりたくはないんだ。だから、実験はしたが俺は誰にも加護は付与してない」
メイド神ってなんだよっていうのも気になるが、コン子とポン子って、四神宮殿や領主館で働いてるっぽい狐と狸のメイドさんたちかな。まさか本名じゃないと思うが。
「あ、そうだ。魔素吸収のところで聞こうと思ってたんだが、クラスとサブクラスの習得枠が増えるタイミングって教えてもらってもいいもんなのか? 3rdツリーとかいつ開放されるのか気になるんだけど」
「あー、確かに中級じゃそこまで公開されてはいないが、別にいいか。まず1stツリーは無条件で開放、そこからLv20ごとに枠が増えて……」
ダンマスの話をまとめると、クラスの開放条件は割とシンプルだった。
ツリークラスに関しては、1stツリーは無条件、2ndツリーはLv50、3rdツリーはLv80で開放。
サブクラスに関しては1stツリーはLv20ごと、2ndツリーはLv15ごと、3rdツリーはLv10ごとに一つずつ枠が増えるとの事だ。
そして、各ツリークラスの上限枠は5つらしい。ルールに従うなら、上限枠に達するのは1stツリーはLv80、2ndツリーはLv110、3rdツリーはLv120だ。
最近インフレしてる感があったから、Lv120で頭打ちと言われても割と早いって感じがするのは気のせいだろうか。
「ちなみに、俺もこのルールには縛られてるから各ツリーで5つしかクラスを持ってない」
「……ダンマスのクラスって聞いてもいいのかな? そういう段階を超越してそうなイメージがあったんだけど」
「公開はしてないが、メインくらいなら別に教えてもいいぞ。実は無限回廊を再起動した時に1stは< 管理者 >ツリー、クラスは< 無限回廊の挑戦者 >に固定されてる。ちなみにギフトも同名の《 無限回廊の挑戦者 》だ。二つ目は< ダンジョンマスター >だからこれも変えられないし、独自色が強過ぎてお前らの参考にはならないと思う」
先駆者ならではって感じのユニークだらけって感じみたいだな。そもそも選択肢がなかったのか。
「じゃあ、セラフィーナとクロの候補に出たやつは上手く使い熟せればかなり有利に働きそうだな」
「アレいいよな。めっちゃ俺向きだから変えたいくらい。……俺は1stツリーが固定だから、候補に上がったところで無理だけどさ」
セラフィーナとクローシェの二人に確認された新ツリークラスは< 万能手 >。その下にぶら下がるクラスは今のところ一つで< ミラースロット >という。
1stツリーにセットする必要があるという事と、2ndツリーが存在しないと意味をなさないという事からどちらも就いてはいないが、鑑定された結果だけでも既存のクラスの概念を大きく超越するものなのだ。
このクラスは、普段俺たちがクラスレベルをリセットする覚悟で変更する必要があるのに対して、任意の付け替えができるらしい。詳細はまだ分からないが、多分その付け替えも即時だろうと言われている。明らかにこれまでの既存概念を覆す仕様だ。
分かってる特性を見る限り、確かにダンマス向きっぽいクラスではあるよな。汎用性の限界を突き詰める感じで。器用貧乏になる恐れもあるが、ダンマスならそんな事もないし。
「あー、こうしてやってみると、基本的な事に限ってもクラスとスキルあたりはキリがないな。後で調べておいたほうがいいだろうって項目は抜き出しておくから、個別に調べておけ。新事実が分かったら懸賞金も出るぞ」
ダンマスはそんな事を言いつつ、今まで使わなかったホワイトボードに項目を書き出していった。
■スキル
・統合スキル
・~としても使うスキル
・名前参照スキル
・ファイナルアタック
・スキル創造
・スキル熟練度
・追加フレーバーテキスト
■クラス
・イレギュラークラス
・迷宮ギルド以外所属のクラス
・クラス創造
・クラス熟練度
「どの道新人向けの内容じゃなさそうだからいいとして……さっき解説するって言ってたMP操作はどこにいったんだ?」
「あ…………」
ダンマスの動きが止まった。
「MP操作は解説する事多いしな。よし、また別の機会に俺自らが教えてあげよう」
「忘れてたんだ」
「最近もの忘れがひどくて……年かな」
ユキのツッコミに対して、凄まじい自虐ネタが飛んできたぞ、おい。
「実態はともかく、ダンマスが実はお爺ちゃんみたいなものってのは置いておいて、いきなり適当になったけど、なんで?」
「そろそろ時間だ。案内人待たせる事になるから、モンスター街に行くぞ」
ああ、そんな話してたな。課外授業か。
分割話なので、次回『課外授業』に続きます。(*´∀`*)
というわけで、引退予定でしたが二ツ樹五輪(*´∀`*)再始動プロジェクトを始めてます。
http://oti-reboot.frenchkiss.jp
とりあえずの目標として、現在(*■∀■*)さんの「引き籠もりヒーロー」の書籍化を目指したクラウドファンディングを実施予定。(明日0時から)
詳細については上記サイトか活動報告で。クラファンへのリンクもそちらから。
また、特に宣伝してませんでしたが、エゴサ用アカウントを利用してTwitterやってます。
新人Twitter芸人 二ツ樹五輪のTwitterアカウント(現在の主な情報発信)
https://twitter.com/0w0_Kongenzu