第12話「血塗られた道に立つ咎人」
続きだから第12話である。(*´∀`*)
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ユキが囚われていた空間を抜け、俺たちは謎の不安定空間を歩き続ける。
再会した直後の告白が気恥ずかしいのか、後ろを歩くユキが時折悶えてる雰囲気があるのは感じるが、お互いに無言のままだ。
体感にして約数時間程度、そうやってユキは何も言わずについて来たが、そろそろ限界らしい。……いや、俺も何言っていいのか分からんのだが。
「あ、あのさ……ボクたち、何処に向かってるの?」
ユキらしいというか、常識的な範疇に収まったというか、最初の一言は極当たり前の疑問だった。
普通ならもっと前に口にすべき疑問だとは思うが。
「俺が死んだ直後の時間だ」
「……場所ですらなかった」
当たり前だが、こんな不安定な道ともいえない道を歩いて元の世界に辿り着くのは不可能だ。
俺とユキはお互いを視認できるが、周囲は謎エフェクトのせいで視界などないも同然。方向感覚がアテにならないどころか、そもそも方向という概念が存在しない。ユキから見れば単に蛇行して歩いてるくらいの感覚かもしれないが、実のところ登ったり下ったり戻ったりUターンしたり、サージェスの如く錐揉み大回転し……てはいないが、とにかく座標上は変な動きをしているのである。《 因果への反逆 》のスキルオーブこと、リアナーサ特製の道案内マシーンがなければ簡単に迷子になるか変な空間に真っ逆さまだろう。超怖い。
大体、ユキはともかく俺は死んでいるし、死んでいる事が勝利への必須条件の一つなのだから、そこへ向かうのは当然ともいえる。加えて、普通に戻ったところでそこに俺は存在できないから小細工をする必要もある。
「距離はあってないようなもんだし、直行できるなら早いもんなんだが、時間と世界を跨いでいる上に剥製職人の管理者層を抜ける必要がある。道を作れる隙間を探してグネグネ蛇行してるから、どうしても回り道になるんだよ」
ユキを迎えに行く時は一人だったから気にならなかったが、結構な体感距離だ。しかも、抜ける先はまた別の空間だから、どれくらい回り道をする必要があるのかも分からない。
「……あのゴミ捨て場って、管理者層にあったんだ」
「知らずにいたのか」
「だって、気付いたらあそこにいたし。剥製職人とは会ってもいないし。そもそも、ボクがいなくなった事にも気付いてるかどうか」
当然といえば当然か。剥製職人にとって、観測器というやつはその程度の扱いなのだ。
それ以下の扱いらしいフィロスさんは剥製職人をぶっ殺したくてたまらないくらい鬱憤溜め込んでるくらいだし、想像が付くというものである。
「管理者層に無理やりお邪魔してるんだから、さすがに気付いてるよ。気付いた上で放置されたんだ。最悪、一戦する必要があるかとも思ってたが、見逃してくれたらしい」
「……アレとやり合えるの?」
「勝ち目はないが、隙をみてお前を回収するくらいはできる。ただ、それをやったら今後の計画に大きな見直しが必要だった。チートするにも限りがあるんだから、省エネは結構な事だ」
「それくらいはできるんだ……」
おそらく剥製職人は第一〇〇〇層よりも上の管理者だ。まともにやり合ってたら、ダンマスたちですら勝てるか怪しい相手である。そんな奴相手に律儀に戦いを挑む気は、今のところない。
「あいつの目的からして、戦いになる可能性は低いだろうとは思ってたけどな」
あいつは特異点を創り出している原因の一つではあるものの、直接的にどうこうする事はないだろう。
成長した俺を剥製にするという目標から考えたら、試練を乗り越える事は望むべき事のはずだ。そういう、共通しているんだかしてないんだか良く分からない立ち位置にいる。まあ、敵には変わりないんだが。
「……ツナは、剥製職人の事をどこまで知ってるの?」
「お前とも認識の摺り合わせは必要だろうが、剥製職人の息がかかったネタばらし要員が色々喋ってくれたからな。知ってるか? フィロスさんっていうイケメンなんだが」
「……なんか、すごく聞いた事のある名前なんだけど」
そのフィロスさんである。
「……でも、立ち位置的に有り得ないって事はないのか。ツナがどうやってそのフィロスと会ったのかは知らないけど」
「ちょっと表の世界に出張してたんだよ」
「平行世界って事?」
「迷宮都市世界A'。平行世界でも隣接世界でもない本来在るべき世界。俺たちが行動すれば、消し去る事になる世界だ」
「ダッシュって……なんか良く分からない言葉並べて誤魔化そうとしてない?」
良く分かってるじゃないか。そこら辺、勢いで誤魔化されるリリカとは違うね。
「実はその通りだ。最近、とある婆さん相手に説明ばっかりしてたから、ちょっと面倒なんだよな」
「面倒って……」
整理できた部分もあるからそれはそれでいいんだが、何度も同じ事を説明するのは避けたい。
……それは、何度も何度も俺の罪を認識させられるのと同義なのだから。
「といっても、こっちも色々教えてもらわないと協力のしようがないんだけど」
「当たり前だが、もちろん説明はする。この通路が体感時間で何日もかかるようなら、暇潰し代わりに説明してたかもしれないが……そろそろ出口だ」
「出口……」
といっても、相変わらず周りは何もない空間だ。見渡したところで視界には何も入らない。
そんな何もない空間に《 因果への反逆 》のスキルオーブを掲げると、小さい亀裂が走った。俺とユキが通れるくらいの大きさだ。
「どうせなら、関係者にまとめて説明したほうがいいだろ?」
「関係者?」
そう、これから共に死線を潜り、舞台を引っ繰り返す仲間である。
-2-
俺たちが亀裂から降り立った場所は近未来的な、しかし見知った光景の広がる場所だ。その通路のど真ん中に入った亀裂からお邪魔する。
「……ちゃんと繋がってるな。ユキ、位置が床よりちょっと高いから気をつけろよ」
「あ……うん」
手引いただけで赤くなるなよ。こっちが照れるがな。
「え、えーと、ここは……クーゲルシュライバー?」
「航行機能を失ったボールペンもどきだな。ちなみに、ペン先はもうない」
「いや、ペン先って……ああ、ドリルの事か。ゲルギアルにぶつけたんだっけ。ディルクかラディーネか知らないけど、すごい事考えるよね」
「いや、ひょっとしたらボーグ発案かもしれん」
そこら辺は認識してるのか。この分だと、消えるまでなら実際に見てない事も観測してそうだ。
「……でも、なんか妙に静かじゃない? 人の声どころか、駆動音も……環境音すら聞こえない。……廃墟みたい」
「そりゃそうだ。ここは空間が切り離されてる上に、時間が完全停止してるからな」
「完全停止って……ダンジョンみたいに内外の時間差があるとかじゃなくて? ボクらが息できてたり、動けるのに?」
「実態は違うが、近いものだと思ってくれ」
ユキさんは時間停止すると本人も動けないと考える常識人か。時間停止モノのAVを見たら、気になって集中できなくなるタイプだな。
というわけで、早速移動を開始するが……現在位置が良く分からない。航行機能を失った直後のクーゲルシュライバーで生きていた部分は全体の数割程度のはずなのだが、それでも結構な広さだ。区画ごとに地図はあるはずなんだが……。
「……本当に止まってるんだね。これ、どうなってんの?」
途中、ユキが完全に静止状態になっている冒険者を見て言う。石化とも違う、そのまま状態で固まっているのは確かに不思議な光景だ。
「ちなみに、触っても人の感触はないし移動できないぞ。今はまだ、そこに実体があるわけでもないし」
これが俺一人だったらイタズラしたくなっちゃうんだろうか。反応も感触もないと楽しくなさそうだ。
せいぜいが隙間から色々覗き込むくらい……いや、やる気はないけど。
「よし、ちょうどいいから、ここの仕組みを説明しようか」
「……迷ったから、場を保たせるためじゃないよね?」
「そうとも言う」
目的地が明確に決まっているわけでもないのだから仕方ないだろう。
「そもそも、何処に向かってるのさ。それとも誰かを探してる?」
「あー、セカンドを探してるんだ。管理者のあいつがいれば、全体把握し易いだろうってな」
「……ひょっとして、ここの人たちを動かせるって事?」
「動くというか、引き込むというか……そこらへん、移動しながら説明しよう」
そうして、一つ一つ部屋を確認しながら移動し、後ろを歩くユキに説明をする。
まず、正確にいえばここはクーゲルシュライバーではなく、特殊な空間上に用意したクーゲルシュライバーのコピー空間といえる場所だ。座標的にはわずかにズレた位置に存在している。
先ほどは時間停止しているといったが、停止しているのは本物のクーゲルシュライバー側で、こちら側は俺たちが普通に活動できる空間だし時間の流れもある。俺たちは重なり合って存在している空間にいて、止まった世界を観測しているのである。
ちなみに、本当の意味で詳しい事は分からない。この場所を用意したのはリアナーサだし、俺が当初描いていたプランにこんな予定は存在していなかったのだから。
「つまり、静止したクーゲルシュライバーからこちらに引っ張り込めば、普通に活動は可能なわけだ」
「だから、セカンドを探してるんだ」
「あいつなら、ここの機能を十全に使えるだろうしな。環境は整えてるが、それも最低限だし。人探しもし易いだろう」
ないとは思うが、リアナーサの調整不備か何かでいきなり環境が激変する事だってないとはいえない。その点、クーゲルシュライバーの機能が使えるなら問題はない。一応生存はできるだろう。
「人探しって事は、動かすのはセカンドだけじゃないよね?」
「とりあえず、ウチの連中動かして説明する。お前は確定で付き合ってもらうが、最低でも連中の手は借りたい」
本人の意思を無視して無理やり巻き込む気はないが、ここまで関わってしまった以上は付き合ってもらう。……できれば、最後まで。
「最低じゃなければ?」
「理想を言うならここにいる全員を巻き込みたいところだが、相手が相手だけに強制はできない。止まった状態なのはアレだから、全員動かすのは動かすと思う」
クーゲルシュライバーにいるのは冒険者だけではない。そういった人たちに無量の貌と戦えっていっても無理があるのは分かるし、冒険者の中にも戦闘力が足りない奴や心折れた奴はいるはずだ。
だから、順番としてはセカンド、ウチのメンバー、その次に比較的立場のある冒険者を動かして、そのあとは応相談って感じになるだろう。
「あ、いた……いた?」
何故疑問系は分からないが、ユキがセカンドを見つけたらしい。開いた扉の向こうを見て固まっている。
「どうした? あいつがそんな衝撃的な場面で固まってるとは思えんが……」
部屋を覗き込むと、そこにはセカンドが立っていた。……複数。しかも、何故か全員衣装が違う。
いつもの普段着の他、やたらサイバーなスーツを着用していたり、白衣だったり、フリフリなゴスロリ衣装やメイド服まで完備だ。そのすべてが特注品なのか、体格にピッタリ合ったものになっている。
「ま、マネキンかな?」
「あいつの予備義体じゃねーか? いや、なんでこんなコスプレチックな衣装ばっかりなのかは知らんが」
オリジナルのエルシィさんならともかく、セカンドがこういう服を好んで着るイメージは湧かない。……ダンマスの趣味かな?
「これは本人じゃないだろうが、練習にはちょうどいいかも知れんな……動かすぞ」
「さっき言ってた、引っ張り込むってやつ?」
失敗する気はしないが、いきなり生身の人間を動かすよりは義体で練習したほうがいいかもしれない。コレを動かして意味があるのかはともかく、まるっきり無駄って事もないだろう。
義体の一つに手を伸ばし、軽く触れる。触れるのは背丈の関係から頭だ。
集中するのは自分の背中。そこに《 土蜘蛛 》の器官がある。複数の手足、因果改変に特化した端末を操作すべく、意識をコントロールする。
「うわっ、なんか出た」
魔術的素養に恵まれたユキなら、俺の背中から複数の光が出ている事に気が付くだろう。
本格的に使うならアクションスキルとして起動する必要があるものの、こうして普通に使う分には体の一部を動かすのと大差ない。
この器官によって、可能性を改変する。世界を変える。
この力は因果操作ではなく、因果改変だ。誘導したり選別するのではなく、改変し創り変える力。本来存在し得ない可能性でさえも無理やり創り出す外道の技である。
仕様上、制限はない。なんでもできる。しかし、それには絶対的なエネルギーの問題があって、無闇矢鱈と新たな可能性を創り出せば特異点の改変を行うリソースすら食い潰しかねない。だから、行使する力は極小も極小。精神が朽ちかけていたユキを自然な状態に戻したように、わずかに可能性をずらす。ほんのわずかだけズレている空間から、こちらへと移動させるように。
「あれ……失敗した?」
「いや、成功だ。ほら、動かせるだろ?」
義体の腕を持って上下させてみる。体温はないが、マネキンではない。
ここで変なポーズをとらせてもいいが、あとで怒らせそうなので自粛する。
「あ、ほんとだ」
「やっぱり義体って事なんだろうな。中身がない。……一応、他のも動かしておくか」
念のためと手を触れて慎重に起動させたが、本来ならばこの程度は手を触れる必要などない。背中から器官を伸ばすか、魔力を飛ばすだけ……もっと乱暴なら視認しただけでも改変は可能だろう。もちろん、その分エネルギー消費は激しくなる。
予想通りというか、その部屋にあったセカンドの義体をすべて動かしても、自律して動き出す個体はなかった。本体はやはり別に動いているようだ。
「それ、ボクに使ったのと同じ力だよね?」
「ああ。因果の虜囚としての俺に植え付けられた因果改変の力だ。俺は《 土蜘蛛 》って名付けた」
「土蜘蛛って……そりゃ、渡辺綱由来ではあるかもしれないけど」
「< 暴虐の悪鬼 >って呼ばれたり、< 童子の右腕 >使ってる時点で今更やがな」
というか元になった因果の獣の蜘蛛っぽい姿だって、俺の渡辺綱に関連するイメージから構築されただけだろう。
この俺は渡辺綱ではあるが、渡辺氏の開祖様とは関係ないのだから当たり前だ。
「ひょっとしたら、コレ使っている時は< 膝丸 >が弱点になったりするかもしれんが、それくらいの関係しかねーよ」
「ちなみに、それって武器持てたりするの? 自分の手と合わせて十刀流とか」
「基本的に物理的な干渉はできない。というか、別に八本ってわけでもねーし、手でもない。お前の《 クリア・ハンド 》じゃねーんだから」
見た目が蜘蛛の脚ってわけでもない。単純に、固有の能力に特化した魔力が伸びているだけだ。……どっちかというと触手だろう。
「十刀流とか、そういうキワモノはお前に任せる。実際、《 オーバードライブ 》併用すればできるんじゃね?」
「キワモノって……。というか、観測器としての権限ないから《 オーバードライブ 》なんて使えないし」
「今はな。元々そういう下地があったから使えたんだと思うぞ。剥製職人は観測器にそこまで手を加える奴なのか?」
「……そういえば、そうだね」
よほどそれ自体に執着があるのならともかく、剥製職人が観測するだけの端末のために一から能力を構築するとは思えない。あるとしても、それは観測に必要なスキルであって専用の戦闘技能ではないだろう。ならば、あの時ユキが使った力も、本来のユキが持つ力の延長線上にあるものじゃないかと思うのだ。
正確には分からんが、おそらくLv100前後。人間としてのユキの限界があの姿なんじゃないかと思っている。剥製職人の干渉がどの程度かは分からんが、亜神になれば多少は影響を受け難くなるだろうし。そう考えればそこまで遠い話じゃない。
「さて、改めて動いてるはずのセカンドを探しに行くぞ……人の衣装で遊ぶんじゃない」
「いやその……コレ、迷宮都市で最近発表された奴に似てるからさ」
さっきからセカンドの義体をペタペタ触っているから、動くようになった影響でも確認してるのかと思っていたが、服の構造やデザインのチェックをしていただけだった。……着たいのかな。
「背丈は近いんだし、言えば貸してもらえるんじゃね?」
「着たいとか言ってないし。……着たいけど」
どっちやねん。
フリフリの衣装に長くなった後ろ髪を引っ張られるユキを連れ出し、探し回る事数分、ようやく見つけたセカンドは俺がゲルギアルに捕捉された部屋にそのまま残っていた。
あの石室に引きずり込まれてから死ぬまで大した時間は経っていないから、実はここにいるとは思っていた。なら最初からここに来いという突っ込みを受けそうだが、単純に場所が分からなかったのである。俺、起きてから部屋出なかったし。
「……えーと、何このトマトちゃんのニセモノみたいなの」
近くにはネームレスもいる。さすがに、ユキもこれの正体は分からなかったらしい。
だが、あの時一緒にいたはずのベレンヴァールの姿はない。あの短時間でどこかに移動したのだろうか。
そこら辺も聞けば分かるだろうと、とりあえずセカンドを動かす事にした。
「……???」
動き出したセカンドは目の前の俺を見て目を見開き、無言のまま視線をユキへと移動、そのまま周囲を見渡して首を傾げた。
「説明を求めます」
そして、極めて冷静に説明を求めて来た。
「説明はするが、ある程度人数集めてからにしたい。その人選をしたいんだが、クーゲルシュライバーの機能は使えるか?」
「……何故、艦の機能が休止状態なのでしょうか?」
「お前が寸前まで動かしていたクーゲルシュライバーとは別物だからな。権限とかは同じなはずだから、動かすのに支障はないはずだ」
「はい。……少々お待ち下さい」
数秒後、周りから複数の駆動音が聞こえ始め、部屋の照明が点く。……照明点いてなかった事に今気付いた。
「エラー多数ですが、航行機能喪失時に発生した障害のものがほとんど。艦内の管理機能は問題なく使用可能です」
「とりあえずウチのクラン連中がどこにいるのか教えてくれ」
「はい。といってもベレンヴァール・イグムートは……すぐそこの廊下にいますね。ゲルギアル・ハシャのいた区画に移動するため、転送装置に向かったはずなのですが、何故動いていないのでしょうか。……いえ、誰も動いていない?」
そう言って、セカンドはようやく近くの物言わぬトマトさんに気付く。
「今、動いてるのは俺とお前とユキだけだ。……あ、あとお前の義体も一応」
「義体……アレはオリジナルの趣味です」
いや、別にそんな説明を求めたわけじゃないんだが。……エルシィさんの趣味かよ。
-3-
そこからはスムーズに進行した。
セカンドに対象の位置を確認した上で移動、動かして簡単な説明のあとに暫定的に会議室にした空き部屋へ移動してもらう。
俺が死亡した時点で簒奪や死亡を免れ、ここに収容されていたメンバーは全員確認できたが、昏睡状態にあった者……ディルクとセラフィーナ、空龍は一旦動かすのを保留とする。
結果、会議室に集められたのは俺とユキ、セカンド、ベレンヴァール、ラディーネ、キメラ、ガウル、摩耶、頭だけのボーグと、目覚めた直後だったらしいクラリスだ。クラリスに関しては正直迷ったが、ここまで関わっているのだから同席してもらっても構わないだろう。
ちなみにネームレスは止めたままである。
「えー、貴様らに集まってもらったのは他でもない」
「他でもないどころか、一切合切意味不明なんだがよ」
俺が会議を始めようとしたところでガウルが突っ込みを入れてくるが無視する。
「現在までの……特に俺に関する情報の共有と摺り合わせ、及びこれから行う反攻作戦の詳細を詰めるためである」
「……反攻」
誰かが呟くその言葉には、ここから逆転する目が存在するのかという疑問が透けている。
「そのため、ここをキャンプ地とする」
別にネタではない。クーゲルシュライバーを反攻作戦の拠点として使うという意味である。誰も反応してくれなかったから誤魔化したわけでもない。
「作戦目標は主に三つ。無量の貌に簒奪された者の奪還。皇龍の死をはじめとした、あの星で起きた惨劇の否定。そして迷宮都市世界の星の崩壊の阻止だ」
「…………は?」
複数の『何言ってるんだこいつ』的な声が重なった。口に出さずとも、それ以外のほとんどは呆然としている。
動じていないのはある程度事情を知っているユキと、何考えているんだか良く分からないセカンドくらいだ。尚、ユキに関しては『何故そんなノリなのか』という視線を俺に向け続けている。
「この戦いは俺たちの完敗だ。圧倒的戦力に呑まれ、龍の世界のみならず迷宮都市世界すら崩壊し、二度と立ち上がれないほどのダメージを受けた。クーゲルシュライバーの戦力は極わずか、主力といえる者のほとんどは簒奪され、存在していた記憶すら残っていない。ネームレスのダンジョン化で一時的に体勢を立て直したが、そもそも帰る場所は崩壊寸前だ。八方塞がり、完膚なきまでの敗北といっていいだろう」
何度口に出しても、どうするんだよこれって状況である。
「しかも、そこからなんとか抗おうと足掻いたら、その直後にあっさりと殺される始末だ。ダンジョン内には俺の惨殺死体が転がってる」
会議室内に多数のハテナが浮かんだ。
「じゃあここにいるお前はなんなんだよとか疑問はあるだろうが、俺はお前らの知っている諦めの悪い渡辺綱だ。諦めが悪いから、たとえ死のうが諦められずにいる亡霊みたいなもんだ。極限まで詰んだ状況だろうが、そもそも盤面が壊れてようが負けを認めるつもりはない」
おい、なんで納得したような顔してる奴がチラホラいるんだよ。
「自分勝手で悪いが手段を選んでる余裕はない。お前らにも付き合ってもらう。ここに集まってもらったのはそのためだ。終わったあとなら文句は受け付けるから、今は力を貸してくれ。少しでも可能性を上げないと博打にもならないんだ」
沈黙が続く。
「……っていうのが、話の前段だ。簡単に言えば、ここにいる奴らは有無を言わさず大博打に付き合ってもらうから、その相談をしようって会議を始めたい」
「ここにいる連中ならお前の無茶に付き合わされるのは……一部判断の難しい奴もいるが、今更だけどよ。ようはこの状況をどうにかする方法があって、それに賭けたいっていう話なら断る奴はいねえだろ。聞いてたより早過ぎるが、星の崩壊が起きるなら逃げ場もねえし」
「ガウルさんの言う通りですね。渡辺さんが無茶苦茶なのは今に始まった話ではありませんし、退路がないなら事実上選択肢もない。いえ、抗わないという選択肢はあっても、選択の余地はありません」
最初に反応したのはガウルと摩耶だ。状況は把握し切れていないまでも、本質は理解している。
この俺が亡霊であっても渡辺綱だし、で納得してしまいそうなのはアレだが。
「というわけでだ、作戦を立てるにしても全員の認識が一致した上でないと変な齟齬が生まれる可能性がある。まずはその差を埋めたい」
「そのために情報共有するんじゃないの?」
その疑問は隣に座っていたユキからだ。こいつにしてみても、情報は足りていないのだがそれ以外の連中は決定的な差異が存在する。具体的には俺とユキ、あとベレンヴァール以外には足りないものがある。
「その前にする事がある。準備として隣の部屋を借りさせてもらったから、ユキとベレンヴァール以外は今から一人ずつ入ってくれ。多分長くなるだろうから、その間は質疑応答の時間にする」
「俺とユキ以外?」
「あー……」
ベレンヴァールは分からなかったようだが、ユキは何をするのか理解したようだ。
「完全じゃないが、無量の貌の簒奪の影響を無効化する仕掛けを作った。あの部屋に入れば、失われた記憶が戻るようになっている。中に入ったら突っ立ってるだけでいい」
「マジかよ……俺から行ってもいいか?」
「順番は任せるが、必ず全員入ってくれ」
真っ先に手を上げたのはガウルだ。立ち上がるとそのまま隣の部屋へ移動する。
得体の知れない部屋にも真っ先に飛び込んでくれるのはありがたいな。
「隣の部屋に入れば簒奪によって失われた記憶が戻るのは分かったが、どんな仕組みだとかも聞いていいのかね?」
「簡単にはな。詳細まで説明すると長くなるから、会議のあとでって事になるが」
ラディーネはこの状況でも技術的な事が気になるようだが、正直俺はあまり詳しく説明できないぞ。
「あ、あの……その、私はなんでここにいるんでしょうか?」
「他の奴と違ってクラリスには無理を言うつもりはないが、ゲルギアルに強襲されるまでずっと同道してもらってたからな。説明するのが筋だろうと思った。だが、美弓の生死にも関わる話だから、できれば協力して欲しい」
「あ、いや、協力したくないって事じゃなくて……その、場違いじゃないかなーと」
「その場のノリと勢いだけで生きてるサラダ倶楽部の一員なら、資格は十分だろ」
ゲルギアルを前にして、素であの啖呵切れる奴はあんまりいないと思うぞ。
「うぇっ!? あ、ああれはその場のノリというかなんというか」
「ツンデレってすごいなーとか」
「……ああ、もうっ、分かった、分かりましたよ! ちゃんと最後まで付き合います! ……やっぱりミユミの先輩なんだな」
あいつのノリは俺の系譜じゃねーから。
「実際、あんな地獄を一緒に駆け抜けたんだから信頼はしてるぞ。ベレンヴァールもそうじゃないか?」
「あ、ああ、そうだな。本人の人柄は良く知らんが、クラリスは頼りになると思うぞ」
「……まずい。めっちゃアウェーだ。こ、このノリは良くないと思います。なので次、次あたしがあの部屋入りますから!」
微妙な空気から逃れたいのか、クラリスはガウルの次を予約した。といっても、いつ終わるかなんて俺にも分からんのだが。
「がああああああああっ!!」
というタイミングで、まるで見計らったかのように隣の部屋から絶叫が聞こえてきた。
「えぇ……」
自ら志願した直後のクラリスは顔面蒼白だ。立候補したんだから、次には入ってもらうぞ。
「まあ、そうなるよな。……クラリスもそうだが、他の奴らも気張れよ」
「え……ちょ、どういう事なの……。あの、なんかものすごい苦行が待ち構えてるとか……」
「そんなものはない。ただ記憶が戻るだけだ。……だが、それが本人にとって大切なものであるほど、失った時の喪失感やらなんやらがまとめてフィードバックされるんだろうな」
そこら辺の心構えができていない内に尊い犠牲となったガウルさんはご愁傷様ですって感じだが、心構えがあってもキツイ体験には違いないだろう。そして、多分記憶を取り戻した本人はそんな体験を経ても後悔などしない。
バタンと強めの力でドアが開かれ、奥からすさまじい表情のガウルが出てきた。
「……ざけんな。ああ、くそっ!! 冗談じゃねえっ!! こんなもん黙ってられるか! ……おい、ベレンヴァールっ!!」
「な、なんだ?」
「……悪ぃ」
「……ああ」
そのやり取りだけだと周りはなんの事か分からないだろうが、おそらくはこんなひどい記憶を一人で背負わせていた事に対するガウルなりの謝罪なのだろう。
別にガウルは何も悪くないし、ベレンヴァールにしても謝られる筋合いはない。そもそも、あの地獄の撤退戦でガウルが共闘した時間はわずかなものだ。しかし、ベレンヴァールが簒奪の影響を免れている事は知っているのだろう。
簒奪され、忘れ去られていく中、ただ一人記憶を保ち続けた苦悩がどれほどのものかは分からないが、辛い事だけは分かる。それを理解して思わず口に出たといったところだろうか。
「あとツナ、てめえちゃんと説明しろよっ! シャレになってねえだろっ!!」
そして、俺に飛んで来たのは罵倒である。説明する前に席を立ったのはガウルさんなのに……解せぬ。
-4-
簒奪された記憶を取り戻したあとの反応は個々によって様々だった。
悲しむ者、憤る者、苛立つ者、絶望する者、無量の貌に恐怖する者。見える反応の大小は様々だが、それはあくまで表面上だけの事だ。……表面上は特に変化の見えないボーグやキメラだって、内側では何かしらの反応を抱えていてもおかしくはない。失われた記憶を取り戻すのは、それほど精神的な負担を強いる。
合間で応じていた質疑応答も段々とトーンダウンし、部屋の空気が尖っていく。記憶を取り戻すという行為自体は全員が把握していても、たった数分程度の入室前後で反応が大きく変わるのは困惑せざるを得ないだろう。
すでに記憶を取り戻した者はここからどうするつもりなのか聞きたいのだろうが、全員が同じ状態で本題に入るのが好ましい事も分かってしまう。時間にすれば全員合わせても一時間に満たないだろうが、心身の負担という意味では濃い一時間だったといえるだろう。
「続けて、ここまでの俯瞰的な顛末と現状の説明だ。いろんな意味でハードな話になるから覚悟して聞け」
「状況が分からなきゃ話が始まらねえってのは分かるが、心構えくらいさせろ。どんな意味でハードなんだよ」
半分騙し打ちに近い仕打ちを受けたガウルが経験を踏まえて言う。
「……何?」
チラリとユキに視線を送ったのがバレてしまった。……ああ、くそ、弱いな俺は。
「ゲルギアルにぶっ殺された俺がどうしてこうしていられるのか。時間停止したクーゲルシュライバーを用意できたのか。ついでに簒奪の影響から逃れる術を持っているのか。……渡辺綱が無茶な奴ってだけじゃ、いくらなんでも説明できない事ばかりだ。今から話すのは、俺がこの状況を創り出すために行った所業。懺悔する事も許されない罪の話だ。話が壮大過ぎて理解が追いつかないかもしれないが、俺は罪悪を重ね続けた。そんな手段で創り出した活路には乗れないって結論になるかもしれない。……そんな話だ」
「それ、ボクも知らない話だよね?」
自分の知らない話題に踏み込む事を確認してくるユキ。勘のいいこいつの事だ。あるいは何かしら予想はしているかもしれない。
「……ああ、この場では俺しか知らない。他にはここに来る時に世話になったリアナーサ婆さんとフィロスくらいだな」
「なんで、この流れでフィロスが出てくるんだ?」
「ガウルの疑問もごもっとも。だが、そこら辺にも全部触れるから流れで聞いたほうが分かりやすいと思う」
あいつに関しては剥製職人の領分に踏み込んでいる以上、俺にも分からない事は多いが。
「全部が全部言わなくても話は繋がる、そういうものって妥協すれば済む。だが、どうしたって疑問は残るはずだ。これから協力を願う冒険者全員が知る必要はないし、足枷になりかねない爆弾だが、ここを妥協したままじゃ俺は進めない。だから、巻き込ませてもらう。話を聞いた上で手を貸せないっていうなら仕方ないが、退出は認めない」
脅しに近い前置きのあと、俺は語り始める。ここのところリアナーサ相手に語り、整理し続けた真実を。
説明自体はすでに慣れたものだ。冗長かつ複雑な話ではあるが、どこから説明すればいいのか、どこを省略すればいいのかはっきりしているから話が止まる事はない。演説でも扇動でもないのだからドラマチックに語る必要もない。
ただ、あるがままに世界の構造と俺の罪を並べ立てていくだけだ。
「お前は……」
説明を終えた時、一番最初に口を開きかけたのは予想通りベレンヴァールだった。しかし、それは続かず噤まれる。
沈黙が重い。実際、どこまでも重い話だ。あまりに重過ぎて理解できないほどに。
「因果の獣が言ったように、俺がやった事は無量の貌と変わらない、あるいはそれ以上の罪悪だ。意識してやった事ではないって言い訳も通じない。結局は心の弱さ故に目を逸らした結果だからな。だが、すでに支払われてしまった代償をなかった事にして終わらせる事もできない。無意味にしてしまうのはあまりに救われない。俺の立つこの場所はそういう犠牲と罪の上にある。……いきなりこんな話を聞いて呑み込めってのは無理があるのは承知だ。だからここで少し休憩時間をとって、頭冷やしてから……」
「ツナ」
俺が一旦時間を置こうと言い出す直前に、ガウルが口を挟んできた。
「……なんだ」
「話の意味は正直半分も理解できちゃいないが、お前が途轍もなく重いものを背負っているのは良く理解できた。それは本来許されるようなもんでもないが、糾弾する存在すらいない事に心を痛めるのも分かる。……が、それは究極的にはお前の事情だ。お前が背負い、清算……あるいは重さに潰されるべきものだ。こうやって打ち明けて、分かち合う事なんてできやしねえよ」
「……そうだな」
すさまじい正論が返ってきた。正直、反論の余地もない。
これが俺だけで背負う罪である事は自覚しているものの、心のどこかでは分かち合いたいという気持ちがあったのも否定はできない。それは渡辺綱の弱さだ。
「その上で言うが、この場所に至るまでにどれだけの屍が築かれているのだとしても、それはこの俺には直接関係のない話だ。平行世界の俺がどうだとかなんて意味のない話をするつもりもない。そりゃ自覚した上で必要だから平行世界食い続けますってんなら今後の付き合いを考えなきゃならねえし、この世界に害をもたらすっていうなら全力で止める。……が、そうじゃないっていうなら、やるべきと思った事をやれ。必要っていうなら全力で乗っかってやるよ」
あまりに強烈な言葉に、言葉が出なかった。強く、明確な宣言は予想していたものとあまりに違ったから。
状況が状況だけに、ここで降りる事は自殺行為に等しい。だから、俺に手を貸すという結果が変わらないにしても、そこには多少なりとも妥協を含んだものになる。そういう話になると思っていたのだ。
「俺は自分に直接関係のないそっくりさんにまで無条件で手を伸ばす正義の味方じゃねえからな。そういった信念を持った奴の答えは分からねえが……いや、頭冷やす時間を空けるんだったな。俺の意見はそんな感じだから、ちょっと体動かしてくる。会議再開するタイミングで呼んでくれ」
ガウルはそう言い残し、返事も待たずに部屋を出ていった。続いて、摩耶が立ち上がる。
「私はむしろこれからの事が気になりますが、色々情報が多過ぎて茹ってるのは確かです。少し頭冷やしましょう。……ただ、どんな背景があるにせよ、ここで降りる事は有り得ません。それだけは明言しておきます」
二人が退出した事で会議は中断。なし崩し的に休憩の形になった。
「セカンド、ログは取ってるな。他の者への説明の際に必要になるだろうから資料をまとめよう。ワタシたちの情報整理としても必要だ」
「はい、了解しました」
「プロフェッサー、ガンバッテ下サイ」
「お前もやるんだよ。体がないのだから、頭使いたまえ」
「あ、あたしも手伝います」
ボーグを抱えたラディーネがキメラとセカンド、そしてクラリスを連れて退出。会議室に残ったのは俺とユキ、そしてベレンヴァールの三人になった。
「……俺はガウルのようには割り切れん。お前がやった事は許されざる罪だとは思うし、少なくとも肯定する事はできない。だが、それを断罪する事が正義とも思えん。善悪の言葉で片付けるには、お前の話は色々な意味で重過ぎる」
「まあ、お前はそうだよな」
ガウルが言いかけたのは、強い正義感を持つベレンヴァールの事だったのだろう。
あいつも善性の存在で困った人を放っておけない難儀な奴ではあるが、それはあくまで自分の周囲で完結している。対して、ベレンヴァールは無条件の善ではないものの、可能な限り広範囲に向けて正義であろうとしている。そういった広い正義感を持つ者には認め難い話である事は分かっていた。
「……だが、賭けてもいいが、この状況で降りる奴など俺たちの中にはいないぞ。どれだけ血塗られた道とはいえ、それ以外に道がないのなら進むしかない」
「その先にも罪しかないかもしれないぞ」
「先の事など分からんだろう? 少なくとも、お前が見た過去の追想とは違い、確定した未来ではないはずだ」
「……そうだな」
この先、どうなるかなど分からない。決まっていない。なら、また別の答えだってあるかもしれない。
「せいぜい、足りない頭で俺なりの回答を探してみるさ。……ユキはまだ残るのか?」
「あーと、うん。ちょっとね」
「……男女……と言っていいのか……とにかくそういう機微は良く分からんが、あまり虐めてやるなよ」
「あはは……一言余計だよ」
ユキが何も言わずに残っていたのは、やはりそういう事なんだろうか。
「……さて」
ベレンヴァールが退出したあと、ユキは立ち上がり、俺の正面の席へと移動した。
「……なんかもう、色々ごめん。タイミング最悪だったね」
「いや、お前が謝る事じゃないだろ」
予想に反して、出てきたのは謝罪の言葉だった。……実際タイミングが悪いとは思うが、謝られるような事でもない。
「実のところ、あのゴミ捨て場で永遠かと思うような時を過ごしてきたボクとしては、こっちのほうが重要で……だから正直ツナがどれだけ罪深いとかあんまり関係ないんだ。明確に突き放されない限りは無限の先までついていく。……どの道、剥製職人とは決着をつけないといけないしね」
「剥製職人の首はフィロスも狙ってるらしいが」
「あはは、首はどうでもいいからそこは譲ってもいいかな。……でも、ツナの隣ってポジションは譲りたくない。フィロスはもちろん、リリカにも」
どうやら、リリカの話を聞いた上でもユキは誤魔化すつもりはないらしい。
「……そうはいっても、俺たちの世界のあいつは別人みたいなもんだぞ」
「本質的には同じだよ。だから、きっと同じ結果になる。ひょっとしたら、もうツナに惹かれているかもしれないし」
「いや、ねーだろ。ここまでそんなロマンス、欠片もなかったぞ」
アレは、一緒に冒険者を始めたからこその関係だろう。少し状況がズレれば関係は大きく変わる。その典型のようなパターンだと思う。
「そこまで的外れでもないと思うんだけどな」
「なんか根拠あるのか?」
「女の勘」
それはまた……40%くらい当たってそうな勘だ。
-5-
長めの休憩を終えて、会議は本格的に今後の話へと移っていく。
結論としては、イバラ対策はともかく無量の貌に対してはここのメンバーだけで対応するのは現実的ではないという極当たり前の話に落ち着いた。
となると、本格的にクーゲルシュライバーに残った冒険者たちを巻き込む必要が出てくるわけだが、説得しようにも同じ内容では理解も納得もできないだろうと、冒険者向けの会議資料を作成する事になった。
また、百人以上いる冒険者たちに対して一斉に説明するわけにもいかない。下手に話を拗れさせて暴動を起こされても困る。
というわけでクーゲルシュライバーにいる冒険者の内、代表が務められそうな人をリストアップして、いくつかのグループに分けて対応してもらう事に決まった。
ここでクラン単位でグループ分けできれば楽だったのだが、元々がクラン内からの選抜、しかも犠牲者多数という状況ではクランという単位はロクに機能しない。妥協案として、比較的大きめのクラン幹部や冒険者歴の長い者に代表を務めてもらう事になった。
それら代表者候補を個別に動かし、軽く状況を説明。まとめ役をやってもらいたいという意見を伝えた上で、代表者会議をセッティングする。
時間制限はあってないようなものだが、反攻作戦の実施はまだ遠い。
そうして始まった代表者会議。ウチのメンバーにすべてを明かしたのと同じ部屋で、今度は関係の薄い相手に向けての説明を行った。
しかし、すべてを明かすわけではない。彼らに必要なのは俺の罪を知る事ではなく現状の打開だ。そのために必要な情報を厳選し、簡略化された資料と共に会議を進める。質疑応答にも気を使う必要があるだろう。
「……なるほど。とりあえず、説明された事の意味だけは理解した。……が、内容があまりに突飛もなさ過ぎて、どう反応すればいいものか分からん。クランの連中や一時的に預かっている冒険者に説明するにしても、整理が付いていない事には厳しいな。……他の連中も似たようなものだろう?」
沈黙のあと、最初に口を開いたのは、俺の真正面に座る獅子人の戦士グルジカ。迷宮都市に多く見られる体の一部分だけに獣の要素が現れるタイプの獣人だが、毛深い巨躯と逆立った髪でライオンにしか見えない大男である。
彼らに説明した内容は、ここまでの流れの中で極々簡易的なものだ。
・龍世界で起きた惨劇は、因果の虜囚という存在の戦いに巻き込まれた結果
・俺と皇龍も虜囚の内の一体であり、皇龍を狙った龍人が襲来、戦闘状態に突入
・それに便乗した別の因果の虜囚、無量の貌が簒奪を開始
・同時に迷宮都市側でも因果の虜囚、イバラが覚醒した事によって惑星が崩壊の危機にある
・現在、このクーゲルシュライバーは一連の流れの中から切り離された状態にある
・この会議は、ここから状況を好転させるための対策会議である
これらの情報を、セカンドが作成したプレゼン資料に合わせて説明したのが現在の状況。
馬鹿にされないだけでもマシって内容ではあるのだが、いきなり納得できるはずもなく、反応はやはり渋い。
「ワシは正直半分も理解できた気がせんな。職人連中の代表としてここに座っちゃいるが、奴らをまとめられるかどうか……」
次いで口を開いたのは、その隣に座るドワーフ戦士のオーギル。何故そんな髪型なのかは分からないが、髭と髪が三つ編みで繋がっているのが特徴である。
彼の懸念はもっともだろう。ここに至る過程の中で、本来代表を務めるべきクランの代表者のほとんどが脱落しているのだから。ここにいる出席者はあくまで臨時の代表代理のような存在なのだ。
「グループの統率力に難があるのは仕方ないでしょう。私たちのほとんどが元々の代表ではない……らしいですからね」
「お前のところもほぼ壊滅状態という事だからな。……実感はないが、渡辺殿の説明とこのリストを信じるならそうなるし、実際不自然極まる。俺など、何故黒鎧で代表なのだという話だ。ウチの幹部である金鎧はどこにいったとな」
翼人フラファジヤと黒騎士ガルディスが続く。彼らの所属クランはほとんどが死亡、あるいは簒奪されてしまった関係から、幹部ですらない彼らが代表として参加している。それでも、大所帯ではあるのだが。
「冒険者のクランに限れば、最初から代表として参加しているのは私とそこの絶望ハゲ……失礼、グラサン兎くらいですね」
「いろんなところがツルッツルなあんたに言われたくないウサ。……まあ、規模からしてみれば代表でもあまり関係ないウサ」
夜光さんのところのサブマスターである紅葉さんと、ハゲ……いや、グラサン兎ことロベルトさん。
紅葉さんのどこらへんがツルツルなのかは気になるところだが、あえてこの場で突っ込む気もなかった。……あまり接点なさそうなんだが、仲悪いのかな。
「実際のところ、クランの格から考えて代表って呼べるのは紅葉だけだろうな。……筋としちゃ、そこの渡辺綱が仕切るべきなんだろうが、冒険者向けの顔はお前が担当するべきだろう。さすがに、ほとんどの奴はお前の顔と立場は分かってるはずだ」
「正直、荷が重いというレベルではありませんが……まあ、仕方ないでしょう。……どうですか? 議長さん」
最後に鉄腕サイガーが紅葉さんを表向きの代表へと推薦して、俺へと戻ってくる。議長というのは俺の事だ。
「お願いします。正直、俺は迷宮都市の冒険者をまとめられる立場でもなければ、その余裕もないですし」
冒険者としての格や知名度、活動歴など、どこからどう見てもペーペーな俺が取りまとめ役をやるのは無理があるだろう。
< アーク・セイバー >も< 流星騎士団 >も幹部が軒並み不在となれば、現状最もふさわしいのが紅葉さんというのには同意する。所属クランの< 月華 >もトップではないだけで、準一線級ではあるのだから。
それに、俺は対無量の貌の正面戦力としては参加できないという問題もある。
「では、その冒険者代表として渡辺さんに聞いておきたい事があるのですが」
「あ、はい。なんでしょう」
聞き直しはしたが、大体質問の内容は予想が付く。
「……ここにいるほとんどは顔見知りです。立場上、あなたがいるのはもちろん、この艦のAIであるクーゲルシュライバーや龍の代表として空龍さんがいるのはおかしくはない」
すでに説明は済んでいるが、立場上出席するべきだろうという判断の元、俺の脇にはセカンドと空龍が座っている。
事前に行った会議の段階で昏睡状態だった空龍だが、すでに日常生活を送れる程度には回復している。同じくディルクも目を覚ましてはいるが、こちらはまだ身動きがとれない状況だ。セラフィーナに至っては昏睡から目覚めてもいない。
「だけど、私はその方に見覚えがありません。おそらくは、他の出席者もほとんどが」
「誰かはともかく、何故いるのかは気になりますね。……どういう事なのでしょうか、渡辺様」
追って確認してくる空龍の声にはかなりの怒気が含まれているのを感じる。当たり前といえば当たり前だが。
流れではあるがこの会議に出席しているほとんどが発言したので、セカンドにも『何か言う事あるか』という視線を向けるが……「書記なのでお構いなく」と返されてしまった。改めて、そのセカンドの脇にいる老人モドキに目を向ける。
「そこの爺さんはただの見学だ。ややこしい話だが、現在は休戦中の敵だな」
「私としてはどちらかといえば味方のつもりなのだがな。もちろん極力干渉は避けるし、特定の状況が重なった上での限定的な話だが」
あんたを味方として認識するには、ハードルが多過ぎるんだよ。
「つまり、迷宮都市の冒険者ではないと。何故そんな方がここに?」
「休戦の条件の一つだ。その爺さんは悪趣味にも特等席で見学したいんだとよ」
わざわざこんなところにいなくても、こいつなら何処にいたって状況は把握できるはずだ。紛れ込んでいるのはただの酔狂か賑やかしのつもりだろう。性格的に嫌がらせのつもりはないかもしれないが、結果的に俺や空龍への嫌がらせになってるのは自覚しているはずだ。
「そういうわけだ。……せっかくだから自己紹介しておこうか。私は見物人のゲルギアル・ハシャ・フェリシエフ・ザルドゼルフ・アーマンデ・ルルシエスという。よろしく、迷宮都市の諸君」
フットワーク軽い爺さんだな。(*´∀`*)
※なんとなくタイトル変えました。