第一話
初めて小説を投稿します。
なお、中二病っぽいです。タイトルからしてそんな感じですけども。それが嫌いな人はすぐにブラウザの戻るを。
長く伸びた自慢の青い髪は、今では見るも無残な姿となっていた。誰のかもわからない血に汚れ、所々に土も付いている。
服も至る所が破け、切り裂かれている。そこから覗く肌色からは打撲痕や、切り裂かれ血を流し、服を赤黒く染めているのが見てとれる。もう体の何処が傷を負っていないかを数える方が早い位だ。
満身創痍の中、膝をついた体勢から彼女は得物を地面に突き立てそれを支えに立ち上がる。普段は気にする事さえない自分の体の重さが、今はとても邪魔なものに思える。
武器もとても重く感じる。これは普段から重さを感じてはいるものの、邪魔だと思った事は無い。とにかく重くてしょうがない。
(こんな事になるなら見た目だけでも軽いのにすればよかったな……)
見た目がもの凄く重そうなのも、気が滅入る原因だろう。
身の丈を越える大きさをした漆黒の大鎌。柄の突端は彼女の頭よりも頭一つ分高い位置に在る。逆の突端、地面に付いている側からはその長さに見合うだけの巨大な刃が伸びている。切っ先から、槍で言うところの石突まで一分の隙なく黒に染め上げられたそれは、見た目相応に重い。
だが、いくら重かろうがこれを手放すわけにはいかない。周りに居るのは、今もこちらを殺さんとしている殺気だった男たちなのだから。
数は分からない。これまでに結構な人数を切り捨てた筈だが、それでもその人数が減った様には見えない。むしろ、疲労のせいもあってか増えた様に感じ取れる。
絶体絶命の言葉を絵に描いた様な状況に在りながらも、それでも彼女はその切れ長の赤い瞳から意志を消す事は無かった。
ボロボロの蒼い髪は吹く風に靡き、宙に蒼の線を描く。その線を彼女の正面、少し離れた所に在る小高い丘の上に立つ男が見ていた。
赤が入り混じった銀の短髪という、彼女以上に特徴的な髪をした男は、この場には似つかわしくない黒のスーツを着込み、彼女と同じ赤い瞳で笑みを浮かべていた。
その男へ、彼女は殺意溢れる瞳を向ける。口に浮かべるのは獰猛な笑み。手負いの獣を連想させるその彼女に、圧倒的に有利な筈の男たちが気圧される。
「おい、そこの男。何で私を狙う。それもこんなふざけた人数を使って」
疲労と力という矛盾を孕んだその言葉に男は押される事無く、男は涼しい顔で返す。それ以前に、彼女の放つ殺意にも男は眉ひとつ動かしていない。
「ただの仕事です。貴女を殺してくれないかという依頼があったのですよ、アシュレイ・エル」
「気安く人の名前を呼ぶな」
「失礼」
芝居の様な、大げさな仕草で腰を折る男に彼女、アシュレイ・エルは苛立ち、舌を打つ。
仕事、依頼、その二つの言葉をアシュレイは苛立ちながらも思考から落とすような事はしなかった。という事は、自分に恨みないしそれに準ずる感情を持った者がこの男の背後に居るという事だ。
(しかし誰だ。人から恨みを買った事が無いとは言わないが……)
傭兵として生計を立て各地を転々としているアシュレイだが、やっている事は魔物や盗賊団の討伐ばかりだ。個人的な感情で誰かに恨みを買う様な事はした記憶は無い。が、断言はしない。なにが人の恨みを買うかは、時に想像を絶する。
だが、考えてもしょうがないか、とその黒幕を探す様な推理の真似事はすぐに止めた。例えこの場で犯人が分かろうとも、このふざけた人数の包囲を突破しなければならない。
「私を狙う理由はまぁ、わかった。次はこの人数だ。女一人にこの人数は常軌を逸しているだろう」
「既に50人以上切り殺している貴女が言うと、少々説得力に欠ける気もしますが」
そこで言葉を区切り、男はアシュレイ達から少し離れた場所に視線を移す。
そこにあったのは、赤い空間だった。斬り飛ばされた首や胴体。口や耳といった穴から血を噴き出したもの。それが55人分。ついさっきまで生きていた者たちのなれの果て。行楽に丁度好さそうな草原の一角に、この世で最も凄惨な山河が作られていた。
それを、たった一人で作りだしたアシュレイへと男は視線を戻す。その行為の代償に満身創痍となった彼女だが、油断はしない。あの、凄絶なまでの意志を孕んだ瞳を見せつけられては、油断のしようがない。
男が続ける。
「仕事を成功させる為に貴女の事を調べたのですよ。その結果、単身で五つもの盗賊団を一人残らず壊滅させた貴女は、これ位用意しなければ倒せないと思いまして」
「なんというか、随分と話が大きくなっているんだな……」
単身で五つもの盗賊団を一人残らず壊滅させた、というのはさすがに言い過ぎだ。実際にはかなり残っている。いくらなんでも単身で盗賊団に真正面から襲撃する様な真似はしない。
盗賊団のアジトを調べ、そこに忍び込み奇襲の真似事で何人か始末し、その混乱に乗じてその盗賊団のリーダーを仕留めた、というのが正しい。
だが、それで盗賊団が瓦解したのも事実だ。彼女本人がいくら否定しても、それは幾つかの噂と一緒に広まっていった。
「私もそう思いますよ。でなければ、50人程度を倒した時点でこうもボロボロになる筈がない」
「お前、これが終わったらその噂沈めてくれよ」
「努力しましょう。それで、他に何か言いたい事、聞きたい事はありますか?」
「今から死に物狂いで大暴れするからよろしく」
血に濡れた獰猛な笑みで放たれるその言葉に、アシュレイの周りに立つ男は一斉に身構えた。同時に、恐怖を抱いた。
他人の血か自分の血かも分からないほど赤に染まり、放っておけば長くは持たなそうな傷を負いながらも、それでも凛と立つその姿はある種の美しささえ感じさせる。だからこそ、恐ろしい。血に濡れた凄絶な笑みは、見た者を捉えて離さない蠱惑的な魔性を孕んだ美しさ。
唯一、それに圧倒される事の無かった小高い丘の上に立つ男は、圧倒されて立ちすくんでいる男たちに言葉を飛ばす。
「だそうですよ、皆さん。ここが正念場という奴です。さぁ、ここで仕留めて差し上げましょう……!」
その言葉を合図に、アシュレイの周りの男たちが一斉に襲いかかる。
(しかし、女一人に大人数で襲いかかる絵ってのもすごいな)
アシュレイは足を縦に開いて腰を落とし、軸足に力を込める。
唸りを上げて襲いかかる男たちへ顔を向け、彼女は変わらず血に濡れた笑みで叫んだ。
「さぁ、愉しい楽しい殺し合いだ……!!」
その言葉と共にアシュレイは正面へと踏み出し、先頭に立っていた男へと掌底を叩きこむ。
内臓を破壊され口から血を吐きながら吹っ飛ぶ男は、その勢いのまま後続の男たちをなぎ倒す弾丸となった。なぎ倒され小さな円となったそこの中心で倒れている男の上で、アシュレイはあろう事か全力で踏み込み、その男の体の中を徹底的に破壊する。
一連の事態に圧倒されている男たちをしり目に、アシュレイは踏み込んだ勢いを全て大鎌に注ぎ周囲を切り裂く。胸や胴体を様々な角度で切り裂かれ、赤い雨を降らせる男たちを見る事無く、アシュレイは動き続ける。
手の中で柄を漆黒の大鎌が半球に見えるほどに高速で回転させ、それを突き出しアシュレイは男の群れへと突撃する。それでまた何人かの体が切り裂かれる。
数人単位という、その切り飛ばした数の少なさにアシュレイは舌打ちする。
今、アシュレイを襲っている男たちの中には顔や名、あるいはその両方が売れている者も混じっている。そしてそういう者たちは、今の様な攻撃も躱してくる。
敵の強さにムラがあるというのが厄介だ。常に全力で戦える筈もなく、何処かでペースを落とさなければならない。しかし、中には、一対一でも苦戦する様な実力者も混じっている。加えてこちらはボロボロだ。勢いに任せた破れかぶれで長くは持たないというのに、下手にペースを落とす事が出来ない。
今も二人ほど切り捨てたが、これはただの雑魚だ。そして、残っていくのは実力者の集団。雑魚という足手まといが減っていく事により、集団の質がどんどん上がっていく。
皮肉極まりない。相手を倒さなければ生き残れないのに、倒せば倒すほど、相手の質を上げていくなんて。
その皮肉を実感しながらも、それでもやらなければならない。アシュレイは周囲に群がった男たちを一蹴すべく大鎌を大きく振り払う。
それで何人かの胴体や腕が斬り飛ばされ戦力としての価値を失っていく。が、集団の中に混じっている実力者はその隙を見逃さなかった。
「……ッ!」
鎌を持つ右手に鈍痛と共に重い衝撃が走る。口から零れる悲鳴を叫びに変え、アシュレイは鎌を左に持ち替え怒号と共に背後で棍を持つ男を真っ二つに切り捨てる。
右の肘を砕かれた。左右どちらも使えるが、利き腕を破壊されるのは痛すぎる。左手では鎌を右手ほど扱いきれない。そう判断するとアシュレイはすぐに行動に移る。
左手に掴んだ大鎌を全力で投げ捨てる。唸り上げ、黒い円盤となって飛んでいく鎌を見る事無く、アシュレイは足元に転がっているロングソードを手に取る。
手に取ったロングソードで最寄りの男の剣を持った腕を切り捨て、別の方向へと蹴り飛ばす。そのまま近付いてくる男を切り捨てようとしたアシュレイだが、人ごみの奥に見える輝きに盛大に舌打ちしながら後ろに飛ぶ。
(そうだ、エルフ族のハーフまでいるんだ! そんな事を忘れているなんて……!)
魔法という自然現象を操る術を持つエルフ族は、虚弱な為、近距離戦闘においては最弱の地位を確固たるものにしている。しかし、遠距離においての戦闘では最強の地位が揺るぐ事は無い。
その血を半分継いだ者までもがこの集団の中に入っている。威力や範囲、速度は純血のエルフに劣るが、遠距離からの攻撃というだけで厄介極まりない。
しかも、最初の頃にあった味方を巻き込みかねない乱射ではなく、正確に狙いを付けた射撃だ。本当に、集団としての質が上がっている。
アシュレイは後ろに飛びつつ手に持ったロングソードを、魔法を放ってきた痩身の男へと投げる。が、その剣は男に届く前に、槍を持った髭を生やした男に迎撃される。そして髭を生やした男はそのまま他の者たちに指示を飛ばしていく。
(アイツが指揮官か……!)
ならばアイツを仕留めれば、と着地したアシュレイは後ろから迫る男を投げ捨て槍を手に取り、髭面の男へと狙いを定める。
こちらに絶え間なく放たれる剣や槍の連撃を捌きつつも、アシュレイは髭面の男を幾度も視界に入れる。
この即席の集団を束ね指示を飛ばすなんて、並大抵の実力では不可能だ。その場の勢いで補っている所も多分にあるだろう。それでも、この状況下で指揮官をこなせるとは、普通ではない観察力と決断力だ。
だからこそその男を仕留めれば多少は楽になる、と思ったのだが、そこに行くまでの壁が分厚過ぎて近付くことさえままならない。
男に意識を取られ過ぎ、右から迫る斧に反応が遅れる。辛うじて受け止めたが、体勢が整わなかったため左手を大きく弾き飛ばされる。そこに斧を持った男がそのまま突撃し、当て身でアシュレイを大きく突き飛ばす。
今の状況で切り殺せばよかったものを、と思ったが、そうしなかった理由はすぐに分かった。包囲の上から放物線を描いて飛んでくる火球と、包囲の合間から放たれる弓矢の連携がアシュレイの視界に映った。
指揮官は、より確実な方法でアシュレイを仕留める気だった。あのまま斧で切り殺せるのならばそれでいい。だが、今までの戦いを見る限り、アシュレイは右腕を犠牲にしてでも避けそうに思えた。故にこの飽和攻撃だ。
魔法と弓矢、そのどちらかなら躱すだろう。しかしこの二つは無傷では躱す事も防ぐ事も不可能な筈だ。
そう思っている指揮官の前で、アシュレイはあろう事か矢の群れへと突っ込んだ。槍を旋回させることで壁として矢を弾き、前へと突撃する。無論、そんな事で矢を防ぎきることなど出来る筈もなく、アシュレイの右肩や腿には矢が突き刺さっている。
魔法を喰らうよりはマシなのは髭面の男にも分かる。だがそれを実行できるかと言われれば難しい。しかし、それでも、アシュレイは突撃を止める事は無く、ついには男たちを槍の間合いに捉えた。
槍の一突きで斧を持った男の首を刺し貫き、赤に濡れた切っ先をすぐに抜き他の男へと伸ばす。連続する刺突が4人の男を葬ったところで、アッシュの顔が歪む。
足元からの激痛に目だけで見てみれば、地面が槍となってアシュレイの足を貫き縫い留めていた。槍の石突でそれを壊すも、あの指揮官がそれを見逃す筈もなく、再び魔法と弓矢による攻撃を放つ。
動きを強制的に止められ、なお且つ腿には矢も刺さっている。先ほどの様な無茶な突撃も出来ない。
襲いかかる矢を先ほどの様に槍を旋回させ防ぐが、全てを防ぎきれず何本か体に突き刺さり、その内の一本が左の肩を貫く。激痛に旋回していた槍を止め肘を曲げた瞬間、折りたたんだ腕を縫いつける様に矢が腕を貫く。
放たれた矢はそれで最後だが、まだ魔法が残っている。足には槍が刺さり動く事は出来ない。両腕は既に使えない。獲った、と赤銀の男も髭面の指揮官も思った。
火球がアシュレイに直撃し、周囲に白煙をまき散らす。周囲に溢れる熱を持った白煙が、その場の視界を奪う。が、髭面の指揮官がその白煙に違和感を覚える。
爆発による煙ならば土煙が上がる筈だ。だが、これは白煙、ではなくよく見れば水蒸気だ。あり得ない。水は何処にも存在しない筈だ。
冷やされ濃い霧となった空間の向こう、片膝をつきながらも、変わらず爛々とした輝きを放つ赤い目をしたアシュレイが居た。血に濡れた笑みで、彼女はそれでも得意げに言う。
「切り札は最後に、って奴だ……」
肘を砕かれた右腕を無理に動かし、左腕を縫いつけている矢を抜き、捨てる。そのまま左手で体中に刺さった矢を抜いていく。
益々赤に染まる彼女はそれとは反対にどんどん顔から血の気を失っていく。
そのアシュレイに、髭面の指揮官は恐怖にも似た感情を抱きながら問う。
「今のは何だ……」
「言ったろ。私の切り札さ」
「何故今まで使わなかった」
炎による爆発で水蒸気が生まれたという事は、アシュレイが水を操ったのはわかる。どうやって操ったのかと言う手段は措いておく。今聞きたいのは、何故今の今まで使わなかったのか。その理由だ。
答えを得られない事を前提としていた髭面の男だが、答えはしかし存外あっさり返ってきた。
「あまり使いたくないんだ。上手く制御できなくてな」
「自分の力とはいえ信用が置けなかったという事か」
「そういうことだ」
理由はわかった。もう気になる事は無い。相手は水を扱える。要点はそこだ。それ以外は必要ない。ならばする事は一つ。
少し気は引けるが、と髭面の男は思う。こんな大人数で一人の女を襲うのは、罪悪感にも似た重みが胸中を襲う。だが、と男は迷いを捨てる。相手が満身創痍とはいえ、終わるまで迷いを抱いてはいけない。
髭面の指揮官は全員に合図を送る。弓矢による一斉攻撃。エルフの魔法では先ほどの様に防がれてしまうかもしれない。あの水の操作方法を知らない現状では、素早い対処もできないため近接攻撃もしない。
迫る矢を憎々しげに睨みながらアシュレイは舌打ちする。
(つくづく賢い指揮官サマだな……!)
が、少なくともこの攻防では自分の勝ちだ、とアシュレイは笑みを浮かべる。アシュレイに当たると思われた矢は、彼女の眼前に現れた水の壁にぶつかり、消えた。
驚愕の表情を作る男たちへ、アシュレイは水の壁を小さな無数の刃と成して射出する。
水の刃は、この戦闘初めての二ケタと言う人数を戦闘不能に追い込んだ。だがやはりというべきか、髭面の指揮官を始めとした実力者の大半は負傷しつつもしっかりと躱している。
接近してくれば今の倍以上の人数は仕留め切れたのに、とアシュレイは髭面の男の用心深さに辟易する。
その一連の戦闘を丘の上から見ていた男はこの場で初めて驚きの表情を見せていた。
「あの噂は本当だったのですか……」
驚きが思わず口から零れるが発した本人はもとより誰も気にしていない。赤銀の髪をした男が言っていた噂とは、アシュレイが盗賊団を壊滅させた、という噂に付随したものだ。
噂とは得てして尾ひれと胸鰭がくっ付くものだ。その類のものだと思っていたが、中々どうして、それは真実だったようだ。
が、やはりそれでも時間の問題だろう。あの水がどれほどの威力を持つのか分からないが、前衛は撹乱と回避に徹し、エルフ族や弓兵が遠距離から放っていれば終わる。
その証拠に、同じ思考に至ったらしい髭面の男はその戦法を実践し、着実にアシュレイにダメージを与えている。
そして一発の火球がアシュレイの真横に着弾し、彼女を大きく吹き飛ばす。武器のない地面に吹き飛ばされたのは幸運としか言えないが、今の彼女にはそんな事も関係ない。
(チッ、限界か……)
仰向けに倒れ、皮肉なまでに青天な空にアシュレイは気だるげな眼差しを送る。
手足はおろか瞼にさえ力が入らなくなってきている。あれだけ重かった体の重さはとうに無くなっている。代わりに、今は瞼が重くてしょうがない。
よくやった、と自分でも思う。あれだけの人数を相手にこれだけの大立ち周りを出来たのだ。少なくとも、盗賊団云々の噂くらいの実力はあったんじゃないかと、この期に及んで自惚れてみる。
仰向けに倒れているアシュレイを一瞥してから、髭面の男は丘の上に立つ男に視線を送り指示を仰ぐ。それに返るのは頷き。髭面の男はアシュレイへと視線を戻した。
「こちらも仕事だ。それはお前も分かると自惚れさせてくれ。が、存分に恨め。俺達を許すな」
まるで自分を責めるかのような声にアシュレイの、擦れた声が返る。
「……ハッ、この期に及んで自己憐憫か? 吐き気がする……」
「……ああ、そうだな」
「……だから、恨まないでやる。許してやる」
「そうか……」
「ああ、存分に苦しめ……」
このような状況でなければ憎悪に満ちた言葉と、皮肉を通り越して冷淡な表情であろうそれらは、それでも髭面の男を穿った。
その言葉にああ、と男は返事をし手を上げる。その合図でエルフ族や弓兵が構える。そして手を下ろすと同時に、攻撃を放つ。
齎される予想は彼女の消滅。この場に居る誰もがそれを疑わない。
だが、齎された事実は誰の予想にも無いものだった。
放った攻撃の全ては消滅し、自分たちはふざけた圧力で地面に押し付けられている。
「気にくわない顔が見えたかと思ったら、こんな所で皆さん何をしているのかな~?」
アシュレイを除き、唯一その圧力の範囲外に居た赤銀の男はそんな緊張感のない声を聞いた。
声の方を向けば、ロングスカートを着た身なりのいい恰好をした女性と、彼女に侍る様に立つ僧侶のそれにも似た服装の栗色の髪をした男が居た。
流れる様な黒髪は真っ直ぐ腰まで落ち、開く目は髪と同じく黒い。着ている服は黒ではないのに、黒いという印象を抱かせるほど、鮮やかな黒い髪と目をした女性は、地面に倒れ動けない男たちの中を悠然と歩く。
アシュレイの側にまで歩み寄った彼女は、ファウスト、と後ろに立つ男の名前を短く呼ぶ。男の方もそれで理解し、アシュレイの傍らにしゃがみ込む。
アシュレイは胡乱な意識で傍らにしゃがみ込んだ男に視線を送るが、返ってくるのは柔らかい笑みだった。髪から尖った耳が飛び出ていたのでエルフ族だという事は分かった。
それを気配で感じつつ、黒髪の女性は丘の上に立つ男に好戦的な笑みを浮かべる。
「フィーレネデス。アンタが何処で何をやろうが知った事じゃないけどさ、さすがにこれは見過ごせないわ」
「でしょうね。お人よしの貴女ならそういうと思いましたよ、黒の原色」
「黙りなさい」
黒の原色、という訳の分からない呼ばれ方をされた女性は男に背を向け、ファウストと呼ばれた男の隣にしゃがみ、状況を短く尋ねる。
尋ねられた男は、男にしては高く通った声で答える。
「率直に言って死んでいないのが不思議ですね。切り傷、刺し傷、打撲、骨折、火傷、それが大小様々に全身に」
「アンタでも治すのは難しい?」
「いえ、傷を塞ぐだけならすぐにでも。しかし、問題は血です。流れ過ぎです」
そこで言葉を切り、ファウストは右手をアシュレイへとかざす。
仄かに青い光を放つ円がアシュレイのすぐ上に現れ、その円の外側に沿う様に文字が並んでいく。それと同時に円の内側には四角形が斜めに組み込まれ、円と同じように辺の外側に文字が書き連なられていく。最後に四角形の中に円が描かれ、今度は内側に文字が連なっていく。描かれた図形は宿した青い光をより強くしその効果を発揮する。
青い光がアシュレイの体に溶け込むように消えて行き、光が消えていくのに比例してアシュレイの体の傷が塞がっていく。血の気は変わらずないものの、全身にあった傷はこれで消えた。
「後は急いで街に運びましょう。輸血をしなければ」
「そうね。――そういう事だから、アタシらは行くけどどうする?」
黒い瞳を鋭くし女性は丘の上に立つ男、フィーレネデスを見る。追ってくるようなら此処でブチのめす。言外にそう告げる。
問われたフィーレネデスも元よりこの場であの女性と事を構えるつもりはない。アシュレイに集団で挑むのが効果的なのとは逆に、この女性に対して集団戦を挑むのは愚の骨頂だ。
結果として依頼は失敗となる。依頼主にはどやされるだろうし、自分の信頼も相応に堕ちるだろう。が、この状況では仕方ない。
たった一人でこの場の全てを支配している黒髪の女性に、彼は答える。
「どうぞ。行ってください。追わないと誓いましょう」
その言葉を聞いて黒髪の女性はファウストに行くわよ、と言葉をかける。その言葉を聞くが早いか、ファウストの手の先には先ほどとは異なる図形が描かれていた。
ファウストに抱えられたアシュレイは、それが移動の為の魔法だと気付いたところで意識を失った。
風を纏い、あっという間に消え去った三人の方向を見ながら、丘の上に立っていた男が、異常な圧力から解放され立ち上がった髭面の男の隣にふわりと着地する。
銀と赤の髪の男が大丈夫かと手を差し伸べるが、髭面の男はそれを無視する。差しのべた方も大して意に介さなかった。
服に着いた土を適当に振り払いながら、髭面の男が隣に立つ男の顔も見ずに話しかける。
「おい、いいのか。契約不履行じゃないか」
「ええ、まあ、そうなりますね。ああ、安心してください。貴方方にはきちんと依頼料を支払いますよ」
アシュレイの始末を依頼されたのは赤と銀の髪の男だけだ。それ以外はこの男に集められ雇われたただの傭兵だ。傭兵とは文字通り金で雇われる兵隊で、金を詰まれれば大抵の事は請け負うなんでも屋の側面もある。
しかし、今回の依頼は失敗という形で終わった事に、胸中の何処かにホッとした感情が浮かんでいる。
「それは正直助かる。が、お前は大丈夫なのか?」
「さぁ、どうでしょうね。それに、嫌な言い方になりますが、ここから先は私個人の事です。私に雇われた身分の貴方に話す理由はありません」
「違いない。では、俺は先に行く」
髭面の男はそう言って銀と赤の髪の男から離れていく。気配と足音で向こうも離れていくのを感じた時、髭面の男は思わずため息を零した。
あの戦いの疲労もあるが、あの得体の知れない男の側にいたためだ。あれだけの戦いがあったのに、あの男は眉一つ動かさない。この中で最も激烈な殺意を向けられた筈なのに、それを空気の様に受け流す。
得体が知れない。そして底も知れない。結局、あの男はこの戦いに一切手を出さなかった。が、あの男が戦えないとは断定しない。
(あの男は危険かも知れん)
もう二度と会いたくない、と思うが、傭兵の世界とは広い様で狭い。名や顔が売れればより狭くなっていく。いずれ会う事は今から覚悟しておこうと、髭面の男は胸中で呟く。
そして、あの男に依頼をした者はあの男の危険性に気付いているのだろうか。と、髭面の男は我ながらお人よしな考えだと切り捨てた。
稚拙な自分の作品を読んでいただき、ありがとうございます。
先がどうなるかは自分にもわかりませんが、書ける限り書いていこうと思います。誰かに読んでほしい、という思いもありますが、結局は自己満足な面が強いので。
では、読んでくださった方に感謝をしつつ、失礼させていただきます。