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みかんのはなし

作者: つぶら

 2年前から付き合っていた先輩が実は浮気していて実は浮気相手っていうのはわたしで実は本命はほかにいて実はわたしは遊ばれていて実は先輩は彼女のことをしっかり愛してらっしゃった。

  クリスマス断られたので幼馴染のりょっくんを無理矢理つれまわしていたらうっかり先輩が美人な女の子とデートしてるのを見てしまった。美人な子だった。わたしとは違うタイプのひとだった。問い詰めたらそういうことだ。先輩はわたしより彼女を愛してらっしゃるのでわたしに対する思いやりはないらしく、「ああ、ばれたの、そう、ごめんね」ってそれっきり。それからわたしは落ち込んでばかりいる。


 けどそれでもわたしがどれだけ落ち込んでも打ち沈んでも立ち直れなくても時間はしっかり進むので冬休みにかこつけて部屋に閉じ篭っていたらとうとう大晦日になってしまった。

 りょっくんは隣のうちに住んでるんだけどりょっくんのお父さんもお母さんも忙しいひとなのでりょっくん、わたしのうちにきた。ばんごはんを食べ終わってふたりでこたつで格闘技を見る。りょっくんは熱心にみてるけど正直わたしは格闘技とか、イタソー、コエエー、カッコイイーくらいしかわからんのでどっちかっていうとみかんの白い筋をとるのに熱中してる。丁寧に丁寧に白い筋をとって改心の出来のみかんを半分にわけてからひとつ、口に放り込む。前のはすっぱかったけど今度のはあまい。こたつのなかで足を遊ばせながらわたしが至福のときを過ごしているとCMにはいったのかりょっくんがテレビから目をはなしてわたしの半分にわったみかんの片割れを当然のように口に放り込んでいた。

「ちょっとーりょっくんなにしてんだよそれわたしのだよ」

「いいじゃん半分くらい。かな、セコイよ」

 そういいながらりょっくんは早々と持っていった半分を食べ終え、あろうことか残りの半分にまで手を伸ばしてきたのでわたしはあわてててテーブルの上で無防備に食べられるのを待っているみかんをひったくる。りょっくんはわかりやすく嫌そうな顔で舌打ちをして、いやしいなあと言った。

「い、いやしいのは君だ、このばかやろーめ! 食べたいなら自分で剥けばいいだろうに」

「白い筋、やなんだよ。口の中でもごもごしてやだ」

「わたしだって嫌だい! だからちゃんととってたんだよお世話してたんだよこの子をお世話したのはかなだから、この子を食べていいのはかなだけなんだい」

 食べたいなら自分でむけよ! と剥いてないみかんをりょっくんの前に転がしてやると、めんどうだからやだ、とりょっくんはわたしの方に転がし返してきた。

「りょっくん、お世話しないなら食べちゃだめだからね。お世話した人だけが食べられるんだからね」

「はいはい」

 CMが終わってりょっくんはテレビに視線をもどす。テレビではアナウンサー? レポーター? 実況中継のひと? が、大晦日大晦日言っていて、わたしは大晦日かーと再認識する。大晦日。ユクトシクルトシ。わたしちっちゃい頃、ゆくとしくるとしってなんだろうって思ってた。呪文かなんかの一種だとおもってた。もしくは人名。ゆくとしくるとし。往く年、来る年。わたしの先輩にふられたで締めくくられたこの年が、どこかへいって、あしたは新しいなにか、べつの年がくるんだろうか。大晦日っても、なんもかわらないなあ。明日がちがう年だなんてわたしにはよくわからない。

「かな、先輩にふられたんだって」

 急に話題をふられて驚いてりょっくんを見てもりょっくんは格闘技をみたままだったのでわたしは幻聴だったのかと思った。

「ふられたんだって」

 こんどこそ驚いて凝視していたわたしの目線の先でりょっくんの顔がこっち見て、口が動いて、声がきこえたので、わたしはあー幻聴じゃなかったなあと理解した。

「ウン、ふられちゃったー」

「そう」

 りょっくんはそれっきりテレビに視線を戻した。わたしはなんだったんだと思ったけど、こたつがぬくぬくあったかくて、わたしはうとうとまどろんてきて、りょっくんにカウントダウンがはじまったら起こしてね、と言った。りょっくんは格闘技をみながらうん、と言った。

 お母さんが洗い物をしてるのか水音が、ザー、ザー、ザー、ザー。

 目が覚めてカウントダウンをして0時ちょうどになったら、心機一転、わたしはニュータイプになって新しい、すがすがしいきもちで来る年を迎えることができるんでないだろか。どうかなあ。こたつがあったかくてぽかぽかして、ぐいぐい瞼が落ちていく。

 りょっくんがおやすみ、と言った気がしたけど確認するために目を開けることも声を出すこともできずにぐいっと睡魔にひっぱられて、それっきり。


 次に目を開けるとりょっくんが漫画を読んで自分で剥いたのか、みかんを食べていた。わたしは夢さえ見ずに眠っていたみたいで、おきてもなんだか眠っていた心地がしなくて、まどろんだまま、それでも部屋が明るいなかもう一回眠るほどの眠気はもうなくって、しかたなく身体を起こしてりょっくんが剥いたらしいみかんをひとつとって口に放り込んだ。りょっくんのみかんは白い筋まではとっていなかったので口んなかがもごもごした。おはよーと言うと、りょっくんは漫画から目をあげずにおはよ、と返してきた。つけっぱなしのテレビでは色とりどりの振袖に身を包んだおねーさんたちが新年あけましておめでとうございますと元気におおはしゃぎ、して、あ、れ?

「りょっくんちょっと、いま何時だよ」

「1時半」

「りょっくんちょっと、起こしてっていったじゃん」

「ウン」

「言ったじゃん!」

 うわーん! と大声あげてわたしは机につっぷした。

「なに泣いてるの」

 りょっくんは興味なさそうな声でわたしに聞いてきた。泣いてないやい!

「カウントダウンしたかったんだもん」

「へえ」

「カウントダウンして新しい年になったらニュータイプかなになって、心機一転すがすがしい気持ちになるんだもん」

「日付がかわったくらいでニュータイプになんかなんないよ」

「うっるさいなあー」

 わたしはやつあたりに突っ伏したままりょっくんのみかんを残り全部奪って口の中に放り込む。りょっくんは、あ、と声を上げたあと、いやしいなあ、勝手に食べるなよって言う。おれが世話したんだからって言う。嫌なかんじ。白い筋もとってないんじゃ、お世話とはいえないよ。ばーか、りょっくんのばーかばーか。果汁の消えた口ん中は筋の残骸がもごもごしてぺって出したくなる。嫌なかんじ。なんとか噛んで飲み込む。

「かな、ふられて傷ついたの?」

「うるさいなー」

「新しい年になったって、なんも変わらないよ」

「うるさいなあー」

「なんか変わった?」

 なんも変わんない。

 なんも変わんないよ。なーんにも。なにが変わるって言うんだろう。辛いのは辛いまんま、楽しいのは楽しいまんま、嫌いなものは嫌いなまんま。もしかしたらわたしは、ほんとは先輩のこと、そんな好きじゃなかったのかもしれない。ふられたって涙もでない。2年も付き合って遊ばれてたって言うのに復讐心もおこらない。ただ、りょっくんが、そう、としか言わないのが、嫌だった。落ち込んで塞ぎ込んでもりょっくん、勝手にわたしのみかん取ってっちゃうし、起こしてって言っても起こしてくんないし、いつもとぜんぜんかわんない。

「なんも変わんないよ」

 りょっくん、なんにも変わんないよ。なんにも変わらないんです。

 りょっくんがみかんを剥きだした。わたしのセンチメンタルなんてお構いなしだ。いつもどうりだ。りょっくんが手際よくむいたみかんの半分を、わたしはやつあたりでまた奪って口に放ってく。今度のは白い筋がちゃんと取ってあった。さっきのは取ってなかったのに。もしかしたらりょっくんは、白い筋も平気なのかもしれない。もしかしたらわたしは、りょっくんに慰めてもらいたかったのかもしれない。その前に、先輩とつきあったのだって、りょっくんに、ちょっとは傷ついたり、怒ったり、止めてくれたり、そういうのを期待してたのかもしれない。


「りょっくん、みかん、剥かないの?」

「めんどうだなあ」

 そういいながらりょっくんはみかんをきれいに剥いていく。

「りょっくん、さっきの、わたし起きたときの、白い筋とってなかったよ。食べづらかったよ」

「かなが勝手に食べたからだよ」

「りょっくん、白い筋、ほんとは平気でしょ」

「……」

 きれいに剥けたみかんは白い筋もちゃんとない。りょっくんは答えずに口に放っていく。


「新年になったからってなんも変わんないよ」

 りょっくんは漫画に視線をもどしてなんでもないように言う。わたしはりょっくんが白い筋がきらい、って言い出した頃を、白い筋もきれいにとれたみかんを食べながら思い返す。少なくとも2年よりは前のことだ。


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