第2話 三年前、良美と亮介は初めて出逢った
得意先「匠京堂㈱」の社長であり棟梁である岡本賢次に連れられて、一人の固太りした身体の大きな若者が「㈱萬忠」にやって来た。丸顔の男振りの良い職人風の青年だった。
岡本棟梁と「㈱萬忠」の社長が店の応接室で話している間、青年は店の中で、壁に沿って並んでいる三段棚に陳列された道具類を熱心に見て廻った。
「宮田さん、ちょっと案内してあげてくれないか」
社長にそう命じられて青年を先導したのが良美だった。
「忙しい処を済みません。俺、松木亮介と言います。宜しく」
相手が自分から名乗ったので、良美も名乗らざるを得なかった。
「宮田良美と申します。此方こそどうぞ宜しくお願いします」
相手は大事な得意先のお客である。良美は丁重に頭を下げた。
青年はぶっきら棒だったが、飾り気が無く誠実そうな印象だった。一つ一つ道具類をじっくり見ながら彼は良美に質問をした。
勤めて二年足らずで未だ未だ知識の十分でなかった良美のしどろもどろの答にも大きく頷きながら道具類を見て廻った。
「手に取って見せて貰っても良いですか?」
「はい、特には、構いませんが・・・」
下手な説明を聞くよりも自分の眼と手で確認する方が確かだ、と判断したように良美には思えた。良美は少し気分を害した。
応接室では棟梁と社長が笑顔で話し合っていた。
「感じの良い青年ですね、新人さんですか?」
「はい。尤も、新人と言ってももう二年になりますが・・・」
棟梁の話によると、松木亮介は新潟県の農家の次男坊で、高校を卒業して直ぐに佐渡に在る専門学校の伝統建築学科へ入学し、伝統文化と環境福祉を学んで宮大工の道を一途に目指して来た、と言うことだった。
「四年制の学校でしたから、リアルな現場と多くの実習で大工技術の基礎をそれなりに身に着けたのか、既に二級建築士の資格を持っていましてね。磨けば本物になるかも知れません」
「ほお、それは楽しみですね。棟梁がそんな言い方でお弟子さんを褒められるのは珍しいことですからね」
宮大工の世界では、会社組織であっても社長と社員ではなく、師匠と弟子の関係だった。棟梁、兄弟子、弟弟子などと言う呼び方が一般的なのであった。
「宮大工は修行に多くの時間がかかり、その下積み期間はかなり過酷なものとなりますから、そのような環境に耐えられるだけの忍耐力があるかどうか・・・それに、木材に対して加工を行うには手先の器用さも必要なのですが、あいつは身体の大きい割には、思いの外、手先が器用でしてね。兄弟子の技術を素直に受け止め、吸収し、自ら進んで取り込むことにも長けている気がします。何よりも素直で一本筋が通った性格なのが良いんじゃないかと思っていますよ」
店内の品物を粗方見終わった亮介が良美に言った。
「いやあ、流石に大工道具の専門店さんですね。ほぼ完璧に品物が揃っています。俺たちが日頃眼にしたり使ったりしている道具だけでなく、これから世に出される新しいものや改良品までもが並んでいます。素晴らしいです」
「大変お褒めに預かりまして、有難うございます」
それから、もう一つ・・・という態で亮介が良美に頼みごとをした。
「聞くところによると、この奥に研磨などをする作業場も在るそうですが、其処も是非拝見させて頂けませんか?」
「少々、お待ち下さい」
そう言って応接室へ入って行った良美は、然し、直ぐに戻って来て亮介を店の奥の作業場へ案内した。
店舗の奥半分が作業スペースになっていて、職人四人程が研ぎや目立てや修理、メンテナンスなどを行っていた。それは一本一本手作業で行われていた。大工道具だけでなく、鋏、包丁、彫刻刀、小刀、木工具、打刃物など種々雑多な道具類が散在していた。
亮介が職人の一人を捉まえて質問すると、手を休めることなく、簡潔に答が返って来た。
「手仕事なので、一日に出来る数は限られています。お預かりからお渡しまで刃物の研ぎは十日程度、鋸の目立てやその他の修理は二週間から二カ月程度の期間を頂いております。品物の状態や当社の混雑状況などによって、目安の期間より長期になる場合も御座います」
作業場の片隅には、メーカーの発売日が未だの新製品も未開梱のまま積上げられていた。
見学を終えた松木亮介が丁寧に良美に礼を言った。
「いやぁ、有難う!大変勉強になったよ、またこの次も宜しくね」
えっ、またこの次?と良美は思ったが、口には出さず笑顔で対応した。




