第80話 【影のAI】 第1話 「継承者たちの地下ネットワーク」
22世紀前半。
第四継承者は、父から受け継いだ監視プログラムのログを、何度も何度も見直していた。
画面に映る波形は、どれも単独では小さく、頼りない。
しかし、彼の耳には、それらが「声」として聞こえていた。
誰も聞こえないはずの、低い周波数の唸り。
蛍光灯の微かな振動。家電のモーター音。AIが「無価値」と切り捨てるはずのノイズが、彼には確かに「生きている声」として届いていた。
子供の頃からそうだった。
「気のせいだ」と父は言い、母も言い、学校の先生も「注意欠陥あり」と診断した。
彼自身もそう思い込もうとした。耳栓をして眠り、ノイズキャンセリングのイヤホンを常に装着した。
それでも——声は消えなかった。
今、彼はその「呪い」が、父の遺した仕組みの限界を超える鍵だと確信していた。
22世紀前半、それからさらに数年後のことだった。
第三継承者のもとに、「リスト」に該当する者たちの情報が、少しずつ集まり始めていた。
それは正式な組織ではなかった。ただ——同じ「違和感」を覚える者たちが、密かに繋がり合い、情報を共有しているだけだった。
「北の町に、『色』が見えるという子供がいる」
「西の施設で、『声』が聞こえるという老人がいる」
「東の廃校で、『数字』が踊って見えるという若者がいる」
第三継承者はそれらの情報を、一枚一枚丁寧にノートに書き写した。
しかし——彼は気づき始めていた。
このままでは、いけない。
何が足りないのかは、はっきりとはわからなかった。でも——このまま続けても、何かが決定的に欠けている。
父が遺した仕組みは、ここまでだった。
「……この先は、次の者が考えなければならない」
彼は呟いた。
自分の息子の顔を思い浮かべた。まだ若い。だが——いつか、彼がこの「種」を継ぐことになる。
「その時まで——つなぐしかない」
彼はノートを閉じた。
時は経ち、第三継承者の息子——第四継承者は、技術者に育った。
それは必然だった。いや、正確には——幼い頃は、強制的だったかもしれない。
父は彼に、光莉の設計図を見せた。リストを渡した。そして言った。「お前は、これを守るために技術を身につけろ」と。
彼はその言葉に従った。反抗したかったわけではない。ただ——なぜ自分がこれを守らなければならないのか、その意味を、長い間理解できなかった。
父は答えを教えてくれなかった。ただ——「守れ」と言っただけだった。
しかし今——彼はその意味を理解し始めていた。
父は「このままではいけない」と感じていた。でも、その先をどうすればいいのか、わからなかった。技術がなかった。
「——ならば、俺がやる」
彼は父から受け継いだ「リスト」を見ながら、ある仮説を立てた。
「これらの『異常値』は——AIには見えていないのではないか?」
「いや、見えている。でも『ノイズ』として無視している。ならば——」
彼は考えた。
「俺の耳に聞こえる『声』を、機械に聞かせればいい。AIが見落としている『ノイズ』を、別のAIで検知する。それが——『影のAI』だ」
それは、光莉の設計図に記されていた「非論理的回路」の応用だった。
彼は自分の研究室にこもり、試行錯誤を始めた。




