表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/40

第40話 グランベル公爵の「降参」と、王太子の初出張

秋の気配が、王都の空気に混じり始めた頃。

八時間法施行から三ヶ月。


全国の報告書をまとめた私は、

一枚だけ、どうしても目を逸らせない羊皮紙を見つめていた。


「……グランベル公爵領、相変わらず惨状ですわね。」


***


**鉱山の悲鳴──数字が突きつける現実**


エルウィン家の執務室。

机の上には、最新の集計が並んでいた。


```

【グランベル鉱山・十時間制3ヶ月】

生産量:前年比-15%

事故件数:前年比+21%

離職率:前年比+39%

鉱山周辺人口:微減傾向

税収:前期比-12%

```


父上が眉間を押さえる。


「……ここまで悪化しても意地を張るか。」


ユリアンが、淡々と続ける。


「ソルティス伯爵領の織物は、

同じ期間で生産三割増、離職半減。

数字の差は、もはや誰の目にも明らかです。」


リアナが心配そうに言う。


「鉱夫さんたち、もう限界では……」


私は、静かに息を吸った。


「そろそろ、“救済”に入りましょう。

グランベル公爵領も、王国の一部ですもの。」


***


**グランベル公爵からの密書──誇りと敗北**


その日の夕方。

エルウィン家に、一通の封筒が届いた。


封蝋は、グランベル公爵家の紋章。


開封すると、

達筆だが震えの混じった文字が並んでいた。


『エルウィン公爵殿


 我が領の鉱山において、

 十時間制は、思うような成果を得られておらん。


 民には決して頭を下げんつもりでおったが、

 数字はどうにも言い逃れができぬ。


 ……貴公の娘君と第二王子殿下の

 “八時間式鉱山改革”とやらを、

 一度だけで良い、我が領で試してはもらえぬか。


 この手紙は、屈辱である。

 だが、領民の命と生活には代えられん。


 グランベル公爵 レオルド・フォン・グランベル』


父上が、ふっと苦笑する。


「ようやく、意地より現実を選んだか。」


私は、手紙の最後の一文を指でなぞる。


(“屈辱”と書ける方なら、まだ大丈夫ですわね)


***


**王太子アレクシスの申し出──「一緒に行こう」**


報告を受けたユリアンが、

王城でアレクシスに話を通すと、

意外な返事が返ってきた。


「グランベル公爵領へ、私も行こう。」


ユリアンが目を瞬かせる。


「兄上が、現地視察に?」


「ソルティス伯爵領の成功例を見ただけで満足する気はない。

『自分の派閥の失敗』も、王太子としてこの目で見ねばならん。」


彼は、静かに続けた。


「それに──

グランベルは、昔から父上を支えてきた古い家だ。

見捨てるわけにはいかん。」


その言葉を聞いた私は、

胸の中で、そっと評価を一つ上乗せした。


(殿下。ようやく、“王太子として”動き始めましたわね)


***


**グランベル公爵領へ──重い空気の中で**


数日後。

私、ユリアン、アレクシス、父上、リアナ、エドガーたち視察団は、

グランベル公爵領の鉱山町に到着した。


空はどんよりと曇り、

鉱山から吹き出す灰色の粉塵が、

町全体を薄く覆っていた。


鉱夫たちの顔色は悪く、

子どもたちの笑い声も少ない。


出迎えたグランベル公爵は、

いつもの威圧感ある鎧姿ではなく、

簡素な礼服に身を包んでいた。


「……王太子殿下、第二王子殿下、エルウィン公爵、

 娘君、聖女殿。遠いところをすまぬ。」


声には、疲れと、自嘲と、

わずかな安堵が混じっていた。


***


**鉱山視察──「十時間制」の現場**


鉱山坑口のすぐそば。

私たちは、作業終了直後の鉱夫たちに話を聞いた。


「十時間働いても、

以前の『非公式十六時間』とあまり変わらないんです。」


「上からは『前より楽だろう』と言われましたが、

給金も安全も、何も変わってません。」


リアナが、小さく眉をひそめる。


私は、チートで数字を頭の中に並べる。


(ロゼッタは『八時間+安全対策+動線の見直し』で効率化。

グランベルは『時間だけ十時間に減らして、

中身は何も変えていませんわね)


「公爵閣下。

十時間は、八時間の“代わり”にはなりません。

『減らした気分』になっているだけですわ。」


グランベル公爵は、苦い顔で黙っていた。


***


**公開会議──鉱夫の前で、正面から**


その日の夕方。

鉱山町の広場に、簡易の演台が設置された。


鉱夫たちとその家族、

町の商人たちが集まり、

視察団とグランベル公爵を見上げている。


ユリアンが、静かに口火を切った。


「皆さん。

今日は、『グランベル式十時間』から

『八時間+工夫』へ変える相談に来ました。」


ざわめき。


アレクシスが一歩前へ出る。


「グランベル公爵は、

私の『長時間愛国論』を信じてくれた。

だからこそ、十時間制を導入した。」


グランベル公爵が、はっと彼を見る。


「しかし──

数字が、間違いを示している。」


アレクシスは、公爵の方を向き直る。


「グランベル。

これは、お前一人の責任ではない。

私の責任でもある。」


広場が静まり返った。


***


**王太子の謝罪──「一緒にやり直そう」**


アレクシスは、

鉱夫たちの方へ向き直り、深く頭を下げた。


「ベリオスで、私は間違いを正された。

だが、ここではその間違いを勧めてしまった。」


鉱夫たちがざわつく。


「王太子として命じてきた『長時間訓練』や『長時間労働』が、

必ずしも国のためではなかったと知った。


だから、ここで一度、はっきりと謝っておきたい。


……すまなかった。」


鉱山町の空気が、

何かが割れるように、変わった。


グランベル公爵が、

震える声で言葉を継ぐ。


「……王太子殿下。

我が領民の前で、そこまで言われては、

もはや意地を張ることはできませぬ。」


彼もまた、頭を垂れた。


「鉱夫たちよ。

十時間制は、失敗だった。

今日からは、

エルウィン式八時間を試してみる。」


***


**リリアの提案──「鉱山をロゼッタ方式に」**


私は前に出て、

ロゼッタで使ったボードを広げる。


「まずは、『危ない動線』から変えましょう。

・一番滑りやすい坂には手すりと足場板を

・重い荷物は滑車とレールで

・交代制は『四時間ずつ×二回』に」


鉱夫代表が前に出る。


「エルウィン様、

俺たちも、考えてみていいですか?」


「もちろん。

八時間は、皆さんの知恵を詰め込むための枠です。」


鉱夫たちの目に、

少しずつ光が戻り始める。


***


**エンディング──「失敗領」から「成功領」へ**


数日間にわたる現場調整と試行錯誤。


・危険箇所の洗い出し

・交代制の再設計

・休憩所と食事の改善


その結果──


```

【グランベル鉱山・八時間試行1週間】

生産量:前週比+9%

事故件数:前週比-37%

離職希望:前週比-18%

鉱夫の表情:少しだけ明るく

```


グランベル公爵は、

その数字を見て小さく笑った。


「……これが、

意地を捨てた結果か。」


アレクシスが頷く。


「これからは、

『長く働いた』ではなく、

『長く守れた』で競い合おう。」


私は、静かにその光景を見つめながら思う。


(最初の“失敗領”が、“変化の象徴”になれば、

他の領主様も、踏み出しやすくなりますわね)


秋の風が、

鉱山町の空を、少しだけ澄んだ青に変えつつあった。


(第40話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ