第40話 グランベル公爵の「降参」と、王太子の初出張
秋の気配が、王都の空気に混じり始めた頃。
八時間法施行から三ヶ月。
全国の報告書をまとめた私は、
一枚だけ、どうしても目を逸らせない羊皮紙を見つめていた。
「……グランベル公爵領、相変わらず惨状ですわね。」
***
**鉱山の悲鳴──数字が突きつける現実**
エルウィン家の執務室。
机の上には、最新の集計が並んでいた。
```
【グランベル鉱山・十時間制3ヶ月】
生産量:前年比-15%
事故件数:前年比+21%
離職率:前年比+39%
鉱山周辺人口:微減傾向
税収:前期比-12%
```
父上が眉間を押さえる。
「……ここまで悪化しても意地を張るか。」
ユリアンが、淡々と続ける。
「ソルティス伯爵領の織物は、
同じ期間で生産三割増、離職半減。
数字の差は、もはや誰の目にも明らかです。」
リアナが心配そうに言う。
「鉱夫さんたち、もう限界では……」
私は、静かに息を吸った。
「そろそろ、“救済”に入りましょう。
グランベル公爵領も、王国の一部ですもの。」
***
**グランベル公爵からの密書──誇りと敗北**
その日の夕方。
エルウィン家に、一通の封筒が届いた。
封蝋は、グランベル公爵家の紋章。
開封すると、
達筆だが震えの混じった文字が並んでいた。
『エルウィン公爵殿
我が領の鉱山において、
十時間制は、思うような成果を得られておらん。
民には決して頭を下げんつもりでおったが、
数字はどうにも言い逃れができぬ。
……貴公の娘君と第二王子殿下の
“八時間式鉱山改革”とやらを、
一度だけで良い、我が領で試してはもらえぬか。
この手紙は、屈辱である。
だが、領民の命と生活には代えられん。
グランベル公爵 レオルド・フォン・グランベル』
父上が、ふっと苦笑する。
「ようやく、意地より現実を選んだか。」
私は、手紙の最後の一文を指でなぞる。
(“屈辱”と書ける方なら、まだ大丈夫ですわね)
***
**王太子アレクシスの申し出──「一緒に行こう」**
報告を受けたユリアンが、
王城でアレクシスに話を通すと、
意外な返事が返ってきた。
「グランベル公爵領へ、私も行こう。」
ユリアンが目を瞬かせる。
「兄上が、現地視察に?」
「ソルティス伯爵領の成功例を見ただけで満足する気はない。
『自分の派閥の失敗』も、王太子としてこの目で見ねばならん。」
彼は、静かに続けた。
「それに──
グランベルは、昔から父上を支えてきた古い家だ。
見捨てるわけにはいかん。」
その言葉を聞いた私は、
胸の中で、そっと評価を一つ上乗せした。
(殿下。ようやく、“王太子として”動き始めましたわね)
***
**グランベル公爵領へ──重い空気の中で**
数日後。
私、ユリアン、アレクシス、父上、リアナ、エドガーたち視察団は、
グランベル公爵領の鉱山町に到着した。
空はどんよりと曇り、
鉱山から吹き出す灰色の粉塵が、
町全体を薄く覆っていた。
鉱夫たちの顔色は悪く、
子どもたちの笑い声も少ない。
出迎えたグランベル公爵は、
いつもの威圧感ある鎧姿ではなく、
簡素な礼服に身を包んでいた。
「……王太子殿下、第二王子殿下、エルウィン公爵、
娘君、聖女殿。遠いところをすまぬ。」
声には、疲れと、自嘲と、
わずかな安堵が混じっていた。
***
**鉱山視察──「十時間制」の現場**
鉱山坑口のすぐそば。
私たちは、作業終了直後の鉱夫たちに話を聞いた。
「十時間働いても、
以前の『非公式十六時間』とあまり変わらないんです。」
「上からは『前より楽だろう』と言われましたが、
給金も安全も、何も変わってません。」
リアナが、小さく眉をひそめる。
私は、チートで数字を頭の中に並べる。
(ロゼッタは『八時間+安全対策+動線の見直し』で効率化。
グランベルは『時間だけ十時間に減らして、
中身は何も変えていませんわね)
「公爵閣下。
十時間は、八時間の“代わり”にはなりません。
『減らした気分』になっているだけですわ。」
グランベル公爵は、苦い顔で黙っていた。
***
**公開会議──鉱夫の前で、正面から**
その日の夕方。
鉱山町の広場に、簡易の演台が設置された。
鉱夫たちとその家族、
町の商人たちが集まり、
視察団とグランベル公爵を見上げている。
ユリアンが、静かに口火を切った。
「皆さん。
今日は、『グランベル式十時間』から
『八時間+工夫』へ変える相談に来ました。」
ざわめき。
アレクシスが一歩前へ出る。
「グランベル公爵は、
私の『長時間愛国論』を信じてくれた。
だからこそ、十時間制を導入した。」
グランベル公爵が、はっと彼を見る。
「しかし──
数字が、間違いを示している。」
アレクシスは、公爵の方を向き直る。
「グランベル。
これは、お前一人の責任ではない。
私の責任でもある。」
広場が静まり返った。
***
**王太子の謝罪──「一緒にやり直そう」**
アレクシスは、
鉱夫たちの方へ向き直り、深く頭を下げた。
「ベリオスで、私は間違いを正された。
だが、ここではその間違いを勧めてしまった。」
鉱夫たちがざわつく。
「王太子として命じてきた『長時間訓練』や『長時間労働』が、
必ずしも国のためではなかったと知った。
だから、ここで一度、はっきりと謝っておきたい。
……すまなかった。」
鉱山町の空気が、
何かが割れるように、変わった。
グランベル公爵が、
震える声で言葉を継ぐ。
「……王太子殿下。
我が領民の前で、そこまで言われては、
もはや意地を張ることはできませぬ。」
彼もまた、頭を垂れた。
「鉱夫たちよ。
十時間制は、失敗だった。
今日からは、
エルウィン式八時間を試してみる。」
***
**リリアの提案──「鉱山をロゼッタ方式に」**
私は前に出て、
ロゼッタで使ったボードを広げる。
「まずは、『危ない動線』から変えましょう。
・一番滑りやすい坂には手すりと足場板を
・重い荷物は滑車とレールで
・交代制は『四時間ずつ×二回』に」
鉱夫代表が前に出る。
「エルウィン様、
俺たちも、考えてみていいですか?」
「もちろん。
八時間は、皆さんの知恵を詰め込むための枠です。」
鉱夫たちの目に、
少しずつ光が戻り始める。
***
**エンディング──「失敗領」から「成功領」へ**
数日間にわたる現場調整と試行錯誤。
・危険箇所の洗い出し
・交代制の再設計
・休憩所と食事の改善
その結果──
```
【グランベル鉱山・八時間試行1週間】
生産量:前週比+9%
事故件数:前週比-37%
離職希望:前週比-18%
鉱夫の表情:少しだけ明るく
```
グランベル公爵は、
その数字を見て小さく笑った。
「……これが、
意地を捨てた結果か。」
アレクシスが頷く。
「これからは、
『長く働いた』ではなく、
『長く守れた』で競い合おう。」
私は、静かにその光景を見つめながら思う。
(最初の“失敗領”が、“変化の象徴”になれば、
他の領主様も、踏み出しやすくなりますわね)
秋の風が、
鉱山町の空を、少しだけ澄んだ青に変えつつあった。
(第40話 完)




