第37話 夏至の貴族院「八時間にこだわる必要はありません」
夏至の朝。王都は一年で最も長い昼を迎えていた。
貴族院の白い石壁は初夏の陽光を浴びて眩しく輝き、
議場前には各領地から駆けつけた使者たちがざわめいていた。
今日、八時間法の「正式採決」が行われる。
暫定賛成多数から一歩進み、
王国全体の働き方を決める歴史的な一日だ。
(数字も現場の声も血筋論も乗り越えました。
今日は……数字に縛られない柔軟さを見せましょう)
***
**採決直前、王太子派の最終カード**
クロウからの事前報告書を読み返しながら、
私は馬車の中で小さく頷いていた。
「やはり、『八時間強制』の「画一性」を突いてきますね。」
父上が苦笑する。
「グランベル公爵の性格を考えれば、
有事十六時間、農繁期十二時間の柔軟運用を主張するでしょう。」
エドガーが首を傾げる。
「ならばこちらも事前に柔軟性を強調すべきではありませんか?」
「ええ。ですが……
相手の主張を先回りして受け流す形にしますわ。」
(王太子派はきっとそう来るはず──
これまでの議論の流れから、そうとしか考えられません)
***
**正式採決開始──ユリアンの意外な提案**
議事進行役の老執事が杖を三回鳴らす。
「本日最終議題。『王国労働時間標準化法』の正式採決。」
ユリアンが立ち上がり、静かに、しかし力強く宣言する。
「父上、諸卿。本日は八時間法の最終判断の日です。
ロゼッタ、ガルド、メルフィオ、ベリオスの成果は、
皆さまご存知の通りです。」
王太子派から野次。
「数字だけだ!」「平民の戯言だ!」
ユリアンは静かに手を上げて制し、
意外な言葉を口にした。
「──ですが、私は『八時間強制』とは申しません。」
議場が静まり返る。
「八時間は『目安』です。
重要なのは『倒れない働き方』『持続可能な働き方』です。」
中立派のソルティス伯爵が、はっきりと顔を上げる。
***
**リリアの説明──事前用意の羊皮紙で「原則」を示す**
私が立ち上がり、事前に用意した羊皮紙を議場中央に掲げる。
「グランベル公爵閣下、ヴィルダー伯爵閣下。
お二人が懸念される『八時間強制』の「画一性」は、
私たちも認めます。」
王太子派席がどよめく。
「八時間は魔法の数字ではありません。
工場では適切でも、農村では長すぎるかもしれません。
逆に戦時には短すぎるかもしれません。」
羊皮紙には簡潔に原則が書かれていた。
```
【働き方の基本原則】
・1日24時間中、6〜8時間は必ず休息
・過労死・事故ゼロを最低ライン
・成果は「時間」ではなく「質」で評価
・有事・農繁期は特例を認める
```
「これが私たちが求めている『枠組み』です。
『八時間』という数字に縛られるのではなく、
『倒れない王国』という目標に向かうためのルールです。」
ソルティス伯爵が小さく拍手した。
***
**王太子派、想定外の展開に慌てる**
グランベル公爵が立ち上がり、
明らかに準備してきた演説調で切り出す。
「ならば我々は『状況に応じた柔軟運用』を提案する!
有事十六時間、農繁期十二時間、平時十時間……」
私が静かに遮る。
「公爵閣下。それでは『過労死ゼロ』が守れません。」
「戦時十六時間でも、
『休息六時間+戦闘十時間』なら許容できます。
しかし『休息二時間+戦闘十六時間』は、
ベリオスで証明済みの通り戦闘不能を生みます。」
ヴィルダー伯爵が慌てて口を挟む。
「しかし平民の我儘に、貴族まで付き合う必要は──」
「いいえ。
『貴族が率先して倒れない働き方』を実践すれば、
領民は自然と従います。」
リアナが静かに付け加える。
「祈祷室でも『聖女が八時間で祈る』と決めたら、
皆自然と従いました。」
王太子派の勢いが目に見えて削がれていく。
***
**現場代表の声──「数字」ではなく「人生」**
そこでユリアンが合図を送る。
議場の扉が開き、
煤だらけのロゼッタ工員、
潮風の匂いを纏ったガルド船乗り、
聖女札を持つメルフィオ商人、
ベリオスの若い兵士が並んで入場した。
ロゼッタ工員が頭を下げながら言う。
「十六時間働いても娘の薬代が足りませんでした。
八時間になって初めて娘と笑って飯を食えました。」
ガルド船乗りが続ける。
「船が遅れなくなって初めて、
『明日も海に出られる』と家族に約束できました。」
メルフィオ商人が聖女札を見せながら。
「嘘をつかずに商売できて初めて、
『うちの店は正直者だ』と息子に胸張れました。」
ベリオス兵士が最後。
「訓練が短くなっても『明日も戦える』自信が持てました。
家族に手紙でそれを伝えられました。」
貴族たちの視線が初めて「人間」に注がれた。
***
**王太子アレクシスの決断──「王太子として」**
全員の話が終わると、
静寂の中、王太子アレクシスが立ち上がった。
「父上。諸卿。」
彼の声は落ち着いていた。
「ベリオスで自分の十八時間訓練が負けた。
メルフィオで自分の値切り商法が負けた。
今日『八時間強制』ではないと聞いて、
自分の『愛国心=長時間労働』という思い込みが間違っていたことを認めます。」
議場がどよめく。
「王太子として申し上げます。
『倒れない働き方』は正しい。
しかし『働き方改革』だけでは足りません。
『戦う覚悟』も必要です。」
「八時間法には『有事特例』を明記すべきです。
王国が危機に瀕したとき、
民自らが『もっと働きたい』と思う仕組みを。」
ユリアンが驚きと感謝の表情で兄を見る。
***
**最終投票──夏至の光の下で**
議事進行役が正式投票を呼びかける。
「『王国労働時間標準化法(八時間制)』
修正案:有事特例明記、数字は目安として柔軟運用
正式採決を行います。」
投票結果:賛成52票、反対31票、棄権5票。
「可決。」
夏至の長い陽光が議場全体を照らし出した。
***
**夏至の夜──新しい時代の始まり**
王城のテラス。
ユリアン、父上、リアナ、エドガーと共に夏至の夜空を見上げていた。
「王太子殿下が最後に『有事特例』を提案なさったのは、
反対票を減らしたのですね。」
ユリアンが静かに頷く。
「兄上は『愛国心』を捨てたわけではありません。
その形を変えたのです。」
ステータスが更新される。
```
【八時間法】
正式可決:王国標準として成立
王太子アレクシス:改革受容度53%→68%
全国展開:近日開始
```
夏の夜風が静かに吹き抜けていた。
(第37話 完)




