第34話 貴族院開戦「八時間法、提出しますわ」
王都の噂を鎮圧してから一週間後。
ついに、その日がやってきた。
貴族院議場。
重厚な扉が開き、王族席には国王陛下と第二王子ユリアン。
貴族席には、ホワイト連合派、公爵派、中立派、そして王太子派が、
それぞれの思惑を胸に着席していた。
(前世の"就業規則改定会議"より、よほど緊迫してますわね)
***
**第二王子ユリアン、法案提出**
議事進行役の老執事が、杖を三回鳴らす。
「本日第一議題。
『王国労働時間標準化法(八時間制)』の提出について。」
ユリアンが立ち上がり、静かに、しかし力強く宣言する。
「父上、諸卿。
ロゼッタ、ガルド、メルフィオ、ベリオスの四都市で、
八時間制の試験運用が成功に終わりました。
ここに、現場の数字を提出いたします。」
役人が、巨大な羊皮紙を掲げる。
```
【八時間制・四都市成果】
ロゼッタ工業:生産+18%、事故0
ガルド港湾:遅延-43%、腐敗-67%
メルフィオ商業:売上+19%、トラブル-53%
ベリオス軍港:持久力+62%、脱落率-71%
```
野次が飛び交う。
「数字だけだ!」「軍事まで持ち出すとは!」
***
**王太子派貴族の反撃──「国防の危機」論**
王太子派の重鎮、グランベル公爵が立ち上がる。
「第二王子殿下。
平和時の商売ならいざ知らず、
戦時の国防において八時間などあり得ん!
魔物襲来、敵国侵攻に備えるには、
『いつでも戦える兵』が必要だ!」
拍手と賛同の声が、王太子派席から上がる。
「その通りだ!」「根性で鍛えねば!」
グランベル公爵が、さらに畳み掛ける。
「エルウィン連合の数字は、
あくまで『平時』の話。
有事には、十六時間、いや二十時間の覚悟が国を守るのだ!」
(はい、来たわね。"国防危機論"という最終防衛線)
***
**リリアの反論──「有事こそ八時間制」の論理**
私が手を挙げ、静かに立ち上がる。
「グランベル公爵閣下。
『有事には長時間働ける』と仰いますが、
それは『平時に長時間働ける』ことの証明ではありませんわ。」
議場が静まり返る。
「ロゼッタ工員は、八時間で従来の生産量を達成し、
残りの時間で『緊急時の増産体制』を構築しました。
ガルド港は、遅延を減らして『有事の物資輸送』を確実にしました。」
羊皮紙を一枚追加。
```
【有事想定・八時間制の備え】
ロゼッタ:緊急増産体制(+32%可能)
ガルド:有事優先物資ルート確保
メルフィオ:戦時物資調達網構築済
ベリオス:持久力向上→長期戦対応可能
```
「長く働ける兵ではなく、
『長く戦える兵』が、国を守ります。」
***
**聖女リアナの証言──「命の現場」**
次に、リアナが立ち上がる。
いつものおどおどした様子はなく、静かな決意が宿っていた。
「グランベル公爵閣下。
私は、王太子直轄の祈祷室で十八時間働きました。
同僚が倒れるたび、『愛国心が足りない』と叱られました。」
王太子派席がざわつく。
「しかし、八時間制になってから、
祈りの精度が上がりました。
神託も明確になり、魔物の襲来を事前に防げました。」
「聖女ともあろう者が……!」
「聖女だからこそ申し上げます。
『命を削る愛国心』は、神も望んでおられません。」
議場全体が静まり返る。
***
**中立貴族の心が動く──「数字+現場+聖女」の三連撃**
中立派の有力者、ソルティス伯爵が手を挙げる。
「リリアベルタ嬢。
確かに数字は魅力的だ。
しかし、法改正となると、『慣習の壁』がある。」
「ソルティス伯爵閣下。
貴方様の領地でも、
織物職人の離職率が年々上昇していると伺いました。」
伯爵が驚く。
「それは……」
「八時間制なら、熟練工が定着し、
品質向上と生産量アップが同時に叶いますわ。
『慣習』よりも、『貴方様の領民の未来』を、
どちらがお選びになります?」
伯爵は、しばし沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「……民の未来、か。」
***
**王太子アレクシスの「微妙な変化」**
王太子派席の最後列。
アレクシスは黙って聞いていた。
グランベル公爵が、彼に視線を送る。
「殿下、何かお言葉を!」
アレクシスは、わずかに躊躇した後、
静かに立ち上がった。
「…父上、諸卿。
ベリオスでの模擬戦は、私の十八時間訓練が負けた。
それは事実だ。」
議場がどよめく。
「しかし、『国防の要』たる軍においても、
八時間制に一定の効果があることは認めねばならん。」
彼の言葉は、完全な賛成でも、完全な反対でもなかった。
しかし、それ自体が、大きな変化だった。
(殿下……初めて、"中間"的な立場を取りましたわね)
***
**投票結果──僅差の勝利**
議事進行役が、投票を呼びかける。
賛成:ホワイト連合+公爵派+中立派一部(43票)
反対:王太子派+保守派(39票)
棄権:7票
「『王国労働時間標準化法(八時間制)』、
**暫定賛成多数**により、
**法案審議へ進展**決定。」
ユリアンが、私と視線を交わす。
小さく、しかし確かな笑みを浮かべていた。
***
**夜──王太子派の焦燥**
貴族院裏ロビー。
グランベル公爵が、机を叩く。
「王太子殿下が、中途半端な態度を!」
「殿下が揺らいでは、我々の結束も崩れる……」
老侯爵が、苦々しく呟く。
「次は、法案審議だ。
エルウィン連合の数字と聖女の支持を、
どうやってひっくり返す?」
王太子派の焦燥感が、議場に満ち始めていた。
***
**リリアの夜──次の手を考える**
王城の客間。
私はステータスを確認する。
```
【八時間法】
第一回投票:暫定賛成多数(43-39)
王太子改革受容度:47%→53%
中立貴族離反:12%→28%
貴族院ホワイト派:過半数目前
```
父上が杯を傾けながら言う。
「次は、法案審議だ。
王太子派は『国防』『慣習』以外の切り札を切ってくるだろう。」
「ええ。ですが──」
私は窓の外を見る。
王都の灯りが、いつもより明るく瞬いていた。
「『数字』『現場』『聖女』の三本柱は揃いました。
あとは、王太子派に『何も残っていない』ことを、
じっくり見せつけるだけですわ。」
貴族院の戦いは、始まったばかりだった。
(第34話 完)




