第33話 デマと炎上、「八時間改革は陰謀ですって?」
軍港ベリオスから王都へ戻って数日。
八時間制は、工業・港湾・商業・軍事の現場で静かに根を張り始めていた。
その一方で──王都の空気は、妙なざわつきを帯びていた。
(そろそろ来る頃だと思っていましたわ。"情報戦"という名の炎上が)
***
**王都で囁かれる噂──「八時間制は反逆の布石」**
王都の大通り。
私がフードを被って歩いていると、露店の影から声が聞こえてきた。
「聞いたか? 八時間制ってのは、
王太子殿下から権力を奪うための陰謀らしい。」
「第二王子殿下とエルウィン公爵家が組んで、
王朝を乗っ取るために民心を買ってるって話だ。」
(……はい、出ましたわね。典型的な"改革潰し"のデマですわ)
エドガーが低く呟く。
「王太子派貴族が流しているのでしょう。
『八時間制=反逆』という構図を作りたい。」
「それなら、こちらも"構図"を作り直すだけですわ。」
(情報戦に必要なのは、一にも二にも"分かりやすい物語"ですわね)
***
**貴族院の裏ロビー──王太子派の焦り**
王城の一角。貴族院議場近くの控室では、王太子派貴族たちが密談を交わしていた。
「このままでは、八時間制が"善"として定着してしまう。」
「ロゼッタ、ガルド、メルフィオ、ベリオス……どこも数字で成功してる。」
老侯爵が唇を噛む。
「民の支持は既にエルウィン連合と第二王子に傾いてる。
ここで『反逆の疑い』を煽らねば──」
伯爵が顔をしかめる。
「しかし陛下が八時間制を認めておられる以上、露骨な反対はできん。」
「ならば、"噂"から浸透させるまで。」
視線の先には、情報通の文士や扇動に長けた詩人たちがいた。
***
**第二王子と情報戦会議──「炎上には炎上で対抗しません」**
エルウィン家の王都屋敷。
私、父上、ユリアン、リアナ、エドガーが顔を揃えていた。
クロウが報告書を広げる。
「ここ三日で、『八時間制=反逆の準備』という噂が急速拡散中です。
商人街、酒場、祈祷所付近……流し方が巧妙です。」
ユリアンが苦笑。
「兄上の周りの貴族たちが一斉に動き始めたようですね。」
父上が腕を組む。
「下手に反論すれば『図星だから慌てている』と取られる。放置すれば貴族院の印象が悪くなる。」
私が指を一本立てる。
「炎上には炎上で対抗しません。
"もっと面白くて、得をする話"を流すのが一番ですわ。」
リアナが小首を傾げる。
「"得をする話"……ですか?」
***
**新しい物語──「八時間制=『皆で国を豊かにする工夫』」**
私はペンを取り、羊皮紙に大きく書いた。
『八時間制は、王国をより豊かにする工夫です』
「今、噂はこうですわ。
『八時間制=第二王子とエルウィンが王太子を排除する陰謀』。
ならば、こちらはこう上書きします。
『八時間制=皆が工夫して、国全体が豊かになる仕組み』と。」
ユリアンが目を細める。
「"王位争い"から、"王国全体の利益"へ、話の軸をずらすわけですね。」
「はい。
『王太子vs第二王子』の構図ではなく、
『皆で王国を良くする』構図にしてしまえば、
"反逆"の余地がなくなります。」
父上がふっと笑う。
「手が込んでおるな。」
「改革の現場で鍛えられた技ですわ。」
***
**リアナの「現場の声」キャンペーン**
祈祷所。
リアナはいつもより少し大きな声で祈りを捧げていた。
「──皆さまの働き方が、
ご家族の笑顔となり、王国の繁栄となりますように。」
祈りの最後、彼女は小冊子を手渡していく。
『八時間制で変わった現場の声
〜ロゼッタの工員、ガルドの荷役工、メルフィオの商人、ベリオスの兵士より〜』
中には、
・「家族と飯を食えるようになった」(ロゼッタ工員)
・「船の遅れが減って、商売が回る」(ガルド商人)
・「夜の喧嘩が減って客が増えた」(メルフィオ店主)
・「初めて、訓練が『明日も戦える』ためのものだと分かった」(ベリオス兵士)
といった、**現場の生の声**が並んでいた。
「八時間制って、陛下のためじゃなくて、俺たちのためなのか。」
「こういう話なら、反逆とは言えんよな。」
噂は、少しずつ書き換えられていく。
***
**王都の市民たち──「どっちが得か」で動く**
酒場でも、話題が変わり始めていた。
「『八時間制は反逆』って言ってたけどよ、
工員や兵士が『家族と飯食えるようになった』って本当か?」
「メルフィオの店、聖女の札ついたとこ安くて安心だってよ。」
「どっちにしろ、俺たちの仕事が楽になって飯食えるなら、それでいいさ。」
(最終的に、市民はいつだって
"どっちが得か"で動きますわね)
情報戦の本質は、
「真実かどうか」より、
「信じた方が気持ちよく、得をすると思えるかどうか」。
私は、それを前世で嫌というほど思い知っていた。
***
**王太子派貴族の苛立ち──噂が伸びない**
貴族院裏ロビー。
王太子派の一人が机を叩いた。
「なぜだ! 『八時間制=反逆』の噂が伸びない!」
別の貴族が、リアナの小冊子を投げ出す。
「聖女がこんなものを配ってる。
『工員が家族と飯食えるようになった』だと……
これじゃ、我々が『民の敵』に見える!」
老侯爵が苦々しく呟く。
「聖女と第二王子、エルウィン公爵家……
"聖・王・貴族"の三本柱を揃えられては、
あからさまな反対はできん。」
***
**第二王子との確認──次は正面決戦**
夜更け。王城の静かな廊下で、
私はユリアンとすれ違った。
「噂の火は、だいぶ小さくなりましたね。」
ユリアンが微笑む。
「ええ。
『兄上を追い出す陰謀』という物語は、
だいぶ力を失いました。」
「ということは──そろそろ、
"正面から"貴族院に八時間法を提案する段階、ですわね?」
ユリアンの瞳に静かな炎が灯る。
「はい。次は、噂ではなく"法案"の勝負。
エルウィン連合の数字と、現場の声を武器に、正面から挑みましょう。」
(いよいよ、"会社の就業規則"に手を付ける段階ですわね)
私は心の中でスケジュール帳をめくる。
貴族院の日程、法案提出のタイミング、
支持を取り付けるべき中立貴族のリスト──
(王太子殿下。ここから先は、
"働かせ方"ではなく、"権力の使い方"そのものを問われますわよ)
王都の夜は静かだったが、
その下で、次の戦いの準備が着々と進んでいた。
(第33話 完)




