第31話 軍港ベリオス「倒れない兵こそ、真の戦力ですわ(後編)
訓練初日。
A隊は、従来通りの地獄の十八時間。
怒号と罵声の中で走り込み、腕立て、素振り、突撃。
B隊は、午前四時間で基礎体力と連携訓練。
午後四時間で状況判断と実戦想定のシミュレーション。
残りの時間は、きちんとした食事と睡眠に充てられた。
夜。
兵舎の壁越しに、兵士たちの小声が聞こえてくる。
「B隊の連中、まだ余裕そうだったぞ。」
「A隊は、昼過ぎから足がもつれてた。」
「……俺、こっち側(A隊)で合ってたのかな。」
ハーゲン隊長の怒鳴り声が、それをかき消す。
「余計なことを考えるな! 寝る時間があるだけありがたいと思え!」
***
**二日目──王太子の視線が揺らぐ**
二日目の午後。
見学用の櫓から、A隊とB隊の訓練を見比べる。
A隊の動きは、昨日より明らかに鈍く、
隊列も乱れがちだ。
一方、B隊は、掛け声こそ静かだが、
動きに無駄がなく、
転倒者もほとんど出ていない。
アレクシスが、思わず漏らす。
「……あの隊列の揃い方は、悪くない。」
私は、その言葉を逃さない。
「殿下。
『長く走れる兵』と『最初だけ走れる兵』、
戦場で頼りになるのは、どちらだと思われます?」
アレクシスは、ぎゅっと唇を結んだ。
「……まだだ。
模擬戦を見るまでは、認めん。」
***
**三日目夜──“本音”が芽生える**
三日目の夜。
私は、B隊の兵舎を訪れた。
兵士たちは緊張しながらも、
どこか“楽しみ”の色を浮かべていた。
「まさか、八時間で軍の訓練ができるとは思いませんでした。」
「でも、頭が冴えてる気がします。
今まで言われるがまま動いてましたが、
『自分で判断する』訓練は初めてです。」
リアナが、兵士たち一人ひとりに小さな護符を配る。
「明日、倒れないように。
“頑張りすぎない勇気”が持てますように。」
私は笑って言う。
「明日は、『根性』ではなく『結果』で見せてくださいませ。」
***
**模擬戦開始──「十八時間組」vs「八時間組」**
翌日。
ベリオス軍港の演習場に、
即席の野戦フィールドが作られていた。
A隊とB隊が向かい合い、
国王、王太子、第二王子、そして私たちが見守る。
「これより、模擬戦を開始する!」
号令と共に、
A隊が雄叫びを上げて突撃した。
最初の数分。
数では劣るはずのB隊が押され、
王太子の顔に、わずかな安堵が浮かぶ。
「見ろ。
やはり鍛錬量の差が──」
しかし、十分、二十分と時間が経つにつれ、
風向きが変わり始める。
***
**逆転──「倒れない兵」の強さ**
A隊の足が止まり始めた。
息が上がり、
隊列が崩れ、
味方同士でぶつかり合う。
一方、B隊は、
一歩引きながらも隊列を維持し、
相手の隙を突いて小隊単位で反撃に転じる。
「A隊、中央突破失敗! 隊列崩壊!」
「B隊、左右から包囲に移行!」
砂煙の中で、
B隊の指揮官として立つエドガーの声が響いた。
「慌てるな! 疲れているのは向こうも同じだ!
“長く動ける方”が勝つ!」
最終的に、
A隊の“戦闘可能者”が半数を切ったところで、
国王が手を上げた。
「そこまで。」
***
**結果と、揺れる王太子**
演習場に静寂が降りる。
A隊:開始時の七割戦闘可能 → 終了時三割弱
B隊:開始時の八割戦闘可能 → 終了時六割以上
数字を読み上げる役人の声が震えていた。
国王が、アレクシスに視線を向ける。
「これが、『お前の十八時間』と
『エルウィン式八時間』の差だ。」
アレクシスの拳が、
白くなるほど握りしめられる。
「……私の兵が、弱いと言うのか……?」
私は、一歩前に出た。
「いいえ、殿下。
『弱い』のではありません。
『無理をさせられすぎている』だけです。」
彼の視線が、私を射抜く。
「鍛え方を変えれば、
あの兵たちは──
もっと強く、もっと長く戦えますわ。」
アレクシスは、何も言えなかった。
だが、その沈黙は、
もはや「否定」ではなく、「葛藤」の色を帯びていた。
(殿下。
“愛国根性論”ではなく、
“倒れない兵こそ真の戦力”だと、
少しでも気付いてくだされば──)
軍港ベリオスの風は、
確かに、これまでと違う方向へ吹き始めていた。
(第31話 完)




