第30話 軍港ベリオス「倒れない兵こそ、真の戦力ですわ(前編)」
軍港ベリオスが見えてきたとき、
王太子アレクシスの背筋が、わずかに強張るのが分かった。
灰色の空の下、巨大な軍船が並ぶ港。
その手前の訓練場では、兵士たちが怒号のような号令の中で走り、
転び、また立ち上がっていた。
(……数字で見るより、ずっと“ブラック”ですわね)
***
**軍港の現実──「愛国訓練」の名のもとに**
視察用の櫓から見下ろした訓練場で、
教官と思しき男が、喉を枯らして怒鳴っていた。
「立てぇ! 愛国心が足りんぞ!」
「倒れたら置いていけ! 這ってでもついて来い!」
隣で、第二王子ユリアンが眉をひそめる。
「事前情報どおり……訓練時間は一日十八時間。
睡眠は三〜四時間といったところでしょう。」
私は、内心でチートを起動し、兵士たちの状態をざっと“読む”。
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【ベリオス軍港・歩兵隊】
平均訓練時間:18.2時間
戦闘時持久力:初動は高いが30分で急落
演習時の脱落率:30%
士気:表面80/内心45
離脱希望:63%
改善余地:SSS
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(「やる気があるふり」をさせられている数字ですわね……)
国王レオノール三世が、静かに口を開いた。
「アレクシス。これが、お前の『愛国軍事訓練』の現場か。」
王太子は、一瞬だけ目を逸らした。
「戦時に備えるには、これくらい当然です。」
ユリアンが小さく息を吐く。
「……平時なのですが、兄上。」
***
**“ブラック軍人”との対峙──上官の論理**
訓練終了の号令と共に、
歩兵隊長ハーゲンが視察一行の前に進み出た。
筋骨隆々、傷だらけの顔。
いかにも「根性論」が好きそうな男だ。
「王太子殿下。ベリオスの兵は、
いつ敵が攻めてきても戦えるよう鍛え上げております。」
アレクシスが、わずかに誇らしげな表情を取り戻す。
「見ろ、リリアベルタ。
これが私の『愛国軍事』だ。」
私は、ハーゲン隊長に視線を向ける。
「隊長殿。
本日の訓練前に兵士の顔色をご覧になりましたか?」
「? 鍛錬中の兵など、疲れていて当然だ。」
「では、演習時の“脱落率三割”については?」
ハーゲンの顔がわずかに曇る。
「……あれは、根性のない者が脱落するだけだ。」
「倒れた兵は、敵を一人も倒せませんわ。」
静かな言葉に、隊長のこめかみがぴくりと動いた。
***
**提案──「八時間で勝つ軍」を見せましょう**
私は、国王と第二王子に向き直る。
「陛下、ユリアン殿下。
一度、『八時間訓練』と『十八時間訓練』で、
演習をさせていただけませんか?」
ハーゲン隊長が即座に噛みつく。
「馬鹿な! 鍛錬を減らせば弱くなるだけだ!」
私は、あえて彼の言葉を利用する。
「でしたら、“一日八時間しか鍛えていない隊”が、
“十八時間鍛えている隊”に勝てるはずがありませんわね?」
訓練場にざわめきが走る。
兵士たちの目が、好奇心と期待で光った。
国王が顎に手を当てる。
「面白い。やってみよ。」
アレクシスの肩が、ぴくりと動いた。
「父上、本気で……?」
「数字では既に負けておる。
次は、『戦い』で見てみたいのだ。」
***
**条件設定──フェアな「模擬戦」へ**
その日の午後、軍港の一角で急きょ会議が開かれた。
「条件はこうしましょう。」
私は、板に要点を書き出す。
・A隊:現行ベリオス式(訓練十八時間)
・B隊:エルウィン式(訓練八時間+休養・栄養管理)
・期間:三日間
・最終日に模擬戦を実施し、『持久力』『連携』『判断速度』を評価
ハーゲン隊長が鼻を鳴らす。
「三日では、差など出ない。」
「ええ。
“鍛錬量の差”を誇るには、充分短い期間ですわ。」
ユリアンが、にこりと笑う。
「A隊はハーゲン隊長の指揮。
B隊は……エドガー、頼めるか?」
エドガーが一歩前に出て敬礼する。
「はっ。
“倒れない騎士団”の訓練方法、お見せしましょう。」
アレクシスは不機嫌そうに腕を組んだまま、
しかし、否定の言葉は口にしなかった。
(殿下。
“自分のやり方”が勝つと信じているなら、
この勝負、受けない理由はありませんものね)
三日後の模擬戦に向けて、
ベリオス軍港全体が、静かに熱を帯び始めていた。
(第30話 完)




