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第28話 王太子の“現地視察”と聖女値札の逆襲

メルフィオで八時間営業と聖女値札を導入してから、一週間。

商人ギルドの協力店は、十軒から三十軒へと静かに増えていた。


「昼間の通りが、前より明るいですね。」


リアナが微笑みながら言う。

以前は夜の喧騒が主役だった街に、

今は陽光の下で楽しげに買い物をする家族連れが目立つようになっていた。


(“稼ぐ時間”を前倒しにしただけで、街の色まで変わりますのね)


***


**王太子、まさかのメルフィオ突撃**


その日の午後。

商人ギルドに集まり、導入店の売上報告を受けていると──

ギルドの扉が、勢いよく開かれた。


「王太子アレクシス殿下、ご入場!」


場の空気が一気に凍りつく。


金糸の刺繍のマントを翻し、

アレクシスが堂々と中へ進み出た。


「ここが、メルフィオの『八時間商い』とやらの本拠地か。」


ギルド長が慌てて跪く。

「殿下、ようこそ──」


私は立ち上がり、ドレスの裾をつまんで一礼した。


「王太子殿下。メルフィオへようこそ。」


(ロゼッタとガルドでの空振りの後、

今度は“自分の目”で確かめに来た、というわけですわね)


***


**「聖女値札」に噛みつく王太子**


アレクシスの目が、一枚の小さな木札で止まる。


「これが噂の『聖女認証札』か。」


リアナが緊張しながら頷く。

「はい……『正直な値付け』を誓った店に、お配りしています。」


アレクシスが、鼻で笑った。


「そんな札一枚で客を釣るなど、邪道だ。

商売は『根性と値切り合い』だろう!」


私は、あえて一歩前に出る。


「殿下。

では、本日一日──メルフィオの商人として『値切り合い』をご体験になりませんか?」


ギルド内にどよめき。

(またやってますわね、この令嬢は)という視線が突き刺さる。


***


**王太子、一日店主チャレンジ**


「私が……店番だと?」


アレクシスが眉をひそめる。


「殿下の『愛国値切り』を、

このメルフィオで存分にお見せくださいませ。

もちろん、**八時間営業**で。」


挑発ぎりぎりの笑みを浮かべると、

アレクシスは唇を噛み──やがて、にやりと笑った。


「良かろう。王太子の誇りにかけて、

その“聖女札”とやらより売ってみせる。」


かくして、急きょ

「王太子アレクシス、一日店主イベント」が開催されることになった。


***


**対決ルール──売上と“苦情件数”で勝負**


ギルド長が条件を整理する。


「では、条件はこうだ。

・王太子殿下:王太子推薦雑貨店A

・聖女札側:聖女認証雑貨店B


両店とも、開店時間は八時間。

勝負は『売上』と『値段トラブル件数』──

両方を合わせて評価する。」


アレクシスが胸を叩く。

「売上なら負けん。」


私は店Bの店主に小声で囁く。


「いつも通りで構いません。

ただし『今日は値切り無し』だけ、きっちり守ってください。」


***


**王太子の商売──“愛国セール”の限界**


開店と同時に、物見高い市民が店Aに殺到した。


「王太子殿下が店番だってよ!」

「話のネタに何か買うか!」


アレクシスは、次々と客に声をかける。


「これを買え! 国のためだ!

愛国心があるなら、まとめて十個!」


最初のうちは、勢いに押されて買う客も多かった。

だが、三時間もすると、客の表情に疲れが見え始める。


「高くないか?」「同じ物が聖女札の店で安かったぞ」

「国のためと言われても、財布は有限だ…」


値切り交渉は長引き、列は伸びる。

やがて店先には、「待ち時間」に辟易した客のため息が溜まり始めた。


***


**聖女札の店──“普通に誠実に売る”だけ**


一方、店B。


リアナと私が裏から様子を見守る中、

店主夫婦は、いつも通りの笑顔で客を迎えていた。


「値札どおりです。今日も変わりませんよ。」

「聖女様に誓いましたので、昨日も明日もこの値段です。」


客たちは、値切り合いもなく、

短時間で買い物を終え、次々と店を後にしていく。


「ねえ、あっちの殿下の店、並んでるだけで一時間だって。」

「ここなら、子どもを抱っこしたままでもすぐ終わる。」


店先に並ぶのは、

「時間と心の余裕を買いたい」客たちばかりになっていった。


***


**結果発表──売上ではなく“信頼”の差**


八時間の営業が終わり、ギルドに数字が集められる。


・店A(王太子店)

 売上:B店の1.2倍

 苦情・値段トラブル:18件


・店B(聖女札店)

 売上:従来比+25%(A店の0.8倍)

 苦情・トラブル:0件


ギルド長が、ため息交じりにまとめる。


「売上だけ見れば、確かに殿下の店が上だ。

だが──」


市民代表が口を挟む。


「もう一度並びたいのは、どちらの店かと言われたら、

私は迷わず聖女札の方を選びます。」


別の市民も続く。

「王太子様の店は、疲れました…」

「殿下に『国のためだ』と言われっぱなしで、

買い物が楽しくなかった。」


数字だけでは測れない「空気」が、会場を支配していた。


***


**王太子の敗北宣言?──揺れる“正しさ”**


アレクシスは、握りしめた拳を震わせながら、

店Bの木札をじっと見つめていた。


「……たかが、札一枚だ。」


しばらくの沈黙ののち、

彼はぽつりと呟く。


「しかし、その札の前では、

客は安心して金を出していた。」


私が、静かに言葉を添える。


「殿下。

『国のために買え』と言われて出す金と、

『自分で納得して買う』金。

どちらが、長く続くと思われます?」


アレクシスは、初めてまともに私の目を見た。


「……分からん。

だが、今日の客の顔は、覚えておこう。」


その言葉に、少しだけ、

“ブラック上司ではない何か”の片鱗が見えた気がした。


***


**夜の報告──数字と、それ以上のもの**


その夜。

宿に戻った私は、いつものようにステータスを開く。


```

【メルフィオ商業地区】

八時間営業導入店:30→52店

平均売上:+19%

労働時間:-37%

値段トラブル件数:月38件→予測18件

王太子改革受容度:わずかに上昇

```


リアナが、そっと呟く。


「……殿下も、少しだけ顔が柔らかくなっていました。」


「ええ。

数字も大事ですが、『今日の客の顔』を覚えたと言ったのは、

悪くない兆しですわ。」


窓の外では、

メルフィオの夜が、以前より少しだけ静かに、穏やかに流れていた。


(王太子殿下。

“正しい値札”の意味を、

少しずつでも学んでくだされば良いのですが)


数字だけでなく、「信頼」という目に見えない値札も、

この街では確かに動き始めていた。


(第28話 完)

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