第19話 王都ホワイト、数字で殴りますわ
王都ホワイト試験区を動かし始めてから、一週間。
私は、執務机の上に並べた帳簿と報告書を前に、静かに頷いていた。
(よし。そろそろ“見せて”叩き込む頃合いですわね)
***
**一週間目の成果発表──数字は正直ですわ**
朝の試験区。
掲示板の前には、昨日よりも多くの市民が集まっていた。
『王都ホワイト試験区 一週目のまとめ』
私は、チョークで新しい数字を書き込んでいく。
・平均勤務時間:一日八時間ちょうど
・残業時間合計:ゼロ
・王都中央地区への配給遅延:従来比マイナス六三%
・物資廃棄量:従来比マイナス五二%
どよめきが起きた。
「本当に残業ゼロなのか?」
「前は配給の日でも来ない日があったよな。」
「最近、子どもの腹の鳴る音が減った気がする。」
リアナが、そっと私の隣に立つ。
「……こんな短期間で、ここまで変わるなんて。」
「最初の一歩が、一番効きますのよ。」
私は、掲示板の端に、いつもの項目も書き足した。
『今週倒れた官僚の数:ゼロ』
***
**王都の“噂経路”を抑えますわ**
昼休み。
試験区の片隅にある休憩スペースで、私はマルコたちと簡単な打ち合わせをしていた。
「市井の噂は、酒場と市場と祈祷所から広がります。」
マルコが、王都の簡易地図を指でなぞる。
「試験区の掲示板は市場近く。
あとは、酒場と祈祷所に“分かりやすい話題”を投下できれば──」
「噂は勝手に歩いてくれる、というわけですわね。」
私は、用意しておいた小冊子を取り出した。
『聖女様と一緒に見る 八時間で回る王都のお仕事』
リアナが真っ赤になる。
「り、リリアベルタ様!? この表紙の絵は……!」
「可愛く描いていただきましたの。
“聖女様が定時で帰る”という、王都初の奇跡ですわ。」
冊子には、簡単な図解と数字。
文字が苦手な市民でも、一目で「前より楽で成果が出ている」と分かるように。
「これを祈祷所で配っていただけます?」
「……やってみます。」
リアナが、ぎゅっと冊子を抱きしめた。
***
**国王陛下の“内覧”──影からの視線**
その日の午後。
私は、妙な視線を感じていた。
「リリア様、城の方角から騎士が何人か……」
エドガーが、小声で告げる。
ほどなくして、試験区の入口に、質素なローブ姿の老人が現れた。
隣には、控えるように立つ近衛騎士。
(……ローブを着ていても、隠しきれませんわよ、陛下)
リアナが、慌てて駆け寄ろうとするのを、クロウが目で制止する。
老人は、掲示板の前に立ち、しばらく無言で数字を眺めていた。
やがて、近くの市民に、何気ないふりをして声をかける。
「最近の配給は、どうかね。」
「前よりずっとマシですよ。
“ホワイト試験区”のおかげだって、みんな言ってます。」
「ふむ。」
老人は満足げに頷くと、静かに去っていった。
クロウが、肩をすくめる。
「陛下は、直接顔を出したとは言えない形にしたいのでしょう。」
「ならば、こちらも“直接は何も言っておりませんわ”で通しますわ。」
私は、敢えて何も起きなかったように、帳簿に視線を落とした。
***
**王太子宮殿に届く“現実”**
夕刻。
王太子宮殿の執務室に、一通の報告書が届けられた。
アレクシスは不機嫌そうに封を切る。
「……王都ホワイト試験区 一週目の業務報告?」
側近が、おそるおそる補足する。
「陛下が、目を通されたようです。」
アレクシスの手が止まる。
「父上が?」
報告書には、簡潔な数字とグラフ。
八時間勤務、配給遅延減少、物資廃棄減少──
そして最後に、国王の朱筆が一行。
『八時間でも回るようだな。
王太子は、どう見るか。意見を求む。』
アレクシスの顔から、血の気が引いた。
「……父上が、私の“働かせ方”に口を出してきた、ということか。」
沈黙が、重くのしかかる。
***
**側近たちの“心の揺れ”**
夜。
王太子宮殿の一室で、側近たちが小声で話し合っていた。
「試験区、案外本当に成果出してるぞ。」
「俺の妹、あそこの配給担当に回されたけど、
“定時で帰れるのに前より仕事がはかどる”って……」
「殿下には言うなよ。」
「でもさ……エルウィン公爵令嬢のやり方、
そんなに悪いもんか?」
「俺は、正直あっちの方がありがたい。」
小さな本音が、じわじわと広がっていく。
***
**聖女リアナの“布教”の成果**
一方その頃、王都の大きな祈祷所。
リアナは、祈りを終えた人々に、例の小冊子を手渡していた。
「これは……?」
「八時間で回る王都のお仕事、の説明書です。
ここに書いてあるように、皆様の配給も、
“誰かの倒れない働き方”で支えられるようになりました。」
年配の女性が、冊子を見ながら涙ぐむ。
「うちの息子、宮務院で働いてます。
最近、顔色が良くなったと思ったら……」
リアナは、そっとその手を握る。
「大丈夫です。少しずつ、変わっていきます。」
***
**エルウィン親子の夜会議──次の一手**
夜。
王城の客間で、父上と小さな作戦会議を開いていた。
「陛下は、もう試験区を“潰す”方向には動かれんだろう。」
父上が、杯を傾けながら言う。
「王太子殿下が何と言おうと、
“数字を見た陛下”が一度興味を持たれたものは、簡単には止まりませんわね。」
「問題は、アレクシスだ。」
父上の瞳に、鋭い光が宿る。
「父である陛下に“意見を求む”と書かせた時点で、
王太子としての権威は揺らいでいる。」
「つまり──」
「近いうちに、王太子と陛下の“労働改革会談”が開かれる。
そこで、お前の出番だ。」
私は、ゆっくりと頷いた。
(ついに、“ブラック上司の上司”まで巻き込む段階ですのね)
ステータス窓を開く。
```
【王都ホワイト試験区】
市民支持:74%
官僚支持:81%
国王関心度:MAX
王太子危機度:+23%
```
(王太子殿下。
数字で殴るホワイト改革、まだ序の口ですわ)
王都の夜は静かだが、確実に何かが動き始めていた。
(第19話 完)




