第12話 聖女リアナ、王都で始まる「ホワイト改革工作」
国王陛下の視察決定から一日後。
エルウィン領の朝は、いつもより少しだけそわそわしていた。
水路工事はほぼ完了。
職人たちは、陛下のお出迎えに備えて最後の仕上げに取り掛かっている。
一方その頃、王都では──聖女リアナが、静かに動き始めていた。
***
**王都・聖女の祈祷室にて**
「……これ以上は、無理です……」
午前の祈祷を終えたリアナは、重くなった腕を押さえながら、机に山積みの書類を見つめていた。
「祈祷報告書、王太子殿下の演説原稿、祝典の段取り……全部、私ひとりに……」
そのとき、扉の向こうから控えめなノック。
入ってきたのは、第二王子直属の密使クロウだった。
「聖女リアナ様。第二王子ユリアン殿下よりの伝言です。
『国王陛下はエルウィン領視察の折、王太子の“働かせ方”もご覧になる』と。」
リアナの瞳に、かすかな光が宿る。
(リリアベルタ様の言っていた通り……
“上”の視線が王太子殿下にも向き始めた……)
***
**聖女の小さな反乱──残業実態メモ**
リアナは机の引き出しから、小さなメモ帳を取り出した。
そこには、細かい字でこう記されている。
・王太子直轄官僚の平均就労時間:一日十四時間
・月の休暇日数:二日未満
・残業命令の口頭指示:「愛があるなら働け」多数
(これは……リリアベルタ様の言うところの“証拠”になりますわよね)
リアナは決意して、ペンを取る。
「ユリアン殿下へ。
王太子殿下の側近たちが、どれほどの“愛の名を借りた残業”を強いられているか──
私の目で見たことをすべて、お伝えします。」
震える手で書きながらも、その筆跡はいつになく力強かった。
***
**聖女と官僚たちの対話**
その日の夕刻。
宮務院の小部屋に、疲れた顔の官僚が数人集められた。
「……聖女様が、お話があると……?」
リアナは、そっと頭を下げた。
「皆様。王太子殿下のお仕事を支えてくださっていること、心から感謝しております。
ですが……お顔色が、とても悪いです。」
官僚の一人が苦笑する。
「仕方ありませんよ、聖女様。
殿下は『国のためだ』と仰る。逃げれば不忠です。」
「不忠なのは、国を支える人を壊してしまうことです。」
リアナの声には、いつものおどおどした調子がなかった。
「私も、毎日深夜まで祈祷と書類仕事でした。
でも……エルウィン領では、八時間で結果を出していると伺いました。」
官僚たちの目が、一斉にリアナを見る。
「……本当ですか、聖女様。」
「夢のような話だ。」
リアナは小さく頷く。
「私ひとりでは何も変えられません。
でも、皆様が『今の働き方がおかしい』と、少しでも声を上げてくだされば……
第二王子殿下と、エルウィン領主リリアベルタ様が、必ず“形”にしてくださいます。」
しばしの沈黙ののち、年配の官僚がぽつりと漏らす。
「……王太子殿下には逆らえん。
だが、国王陛下の視察で、今の実態が見えるなら……
せめて、正直に答えることくらいは、しても良いかもしれませんな。」
別の若い官僚もおずおずと口を開く。
「本当は……おかしいと思っていました。
国のためと言われれば黙って働くしかないと、自分に言い聞かせていましたが……
誰かが『おかしい』と言ってくれるなら、私も、そう言ってみたいです。」
その言葉に、リアナはほっと微笑んだ。
***
**第二王子への“内部告発”書簡**
夜。
リアナは灯りを落とした祈祷室で、一通の書簡を書き上げた。
「第二王子ユリアン殿下へ。
王太子殿下直轄の官僚たちの労働実態を、ありのままお伝えします。
祈祷室での私の勤務状況、宮務院官僚たちの就労時間、
そして『愛』の名を借りた残業命令の数々……
国王陛下がエルウィン領をご視察になる折、
どうか陛下の御前で、現状を伏せることなくお伝えくださいませ。
聖女リアナ」
封蝋を押し、クロウに託す。
「どうか……どうか、誰も倒れずにすみますように。」
それは、聖女としての祈りであり、ひとりの社畜としての本音でもあった。
***
**エルウィン領──リリアの元に届く報せ**
同じ頃、エルウィン領。
リリアは執務室で、国王陛下の視察準備に追われていた。
水路工事の完了報告、職人たちの配置、歓迎の席次──
やるべきことは山積みだが、不思議と心は軽い。
そこへ、夜の窓を軽く叩く音。
開けると、黒い影が音もなく降り立った。
「エルウィン領主リリアベルタ殿。第二王子殿下の密使、クロウでございます。」
差し出された書簡には、見慣れた丁寧な文字。
封を切ると──リアナの必死の報告が綴られていた。
読み終えたリリアは、静かに目を閉じる。
「……リアナ様。よく、ここまで頑張られましたわね。」
エドガー殿が書簡を覗き込み、低く唸る。
「王太子殿下の“働かせ方”が、これで数字と証言付きで揃いましたね。」
リリアは頷き、羊皮紙を一枚取り出した。
「国王陛下の視察では、エルウィン領の『八時間制』と、
王都の『十六時間制』の差が、自然と浮き彫りになります。
第二王子殿下と聖女リアナ様のおかげで──
ただの“領地改革”ではなく、“王国全体の働き方”が問われる舞台になりますわ。」
窓の外では、水路に満ちた水が月光を反射していた。
「さあ、準備を進めましょう。
国王陛下に、“ホワイト改革”の全てをお見せして、
王太子殿下のやり方との違いを、はっきりと示してみせますわ。」
リリアの声には、社畜時代には持ち得なかった確かな自信が宿っていた。
(第12話 完)




