第1話 婚約破棄宣言より先に、こちらから解雇通告させていただきますわ
王宮大広間のシャンデリアがきらめく。
絹のドレスが擦れる音、貴族たちの笑い声、弦楽四重奏の調べ。
華やかな舞踏会の夜だった。
私はリリアベルタ・フォン・エルウィン。
公爵家の長女にして、王太子アレクシス殿下の婚約者。
隣に座る殿下は、不機嫌そうに葡萄酒のグラスを回している。
最近、私を見る目が冷たかった。
「殿下、どうかされましたか?」
丁寧に声をかけても、「ふん」と鼻で笑われるだけ。
周囲の貴族たちは殿下の機嫌を取るのに余念がない。
──その時だった。
視界の端に、青白いウィンドウが浮かんだ。
```
【アレクシス・フォン・レオンハルト】
パワハラ指数:S+ 成果盗用率:80% 国家貢献度:12%
```
「…え?」
思わず声が漏れる。
頭を振って目をこするが、消えない。
数字がぴくぴくと更新されていく。
```
残業強要換算:月150時間相当 部下離職率:89%
```
(何これ…**Excelシート?** ゲームのステータスみたい…)
総務の仕事で毎日数字と向き合っていた癖か、
無意識にそんな連想が頭をよぎる。
視線を動かすと、周囲の貴族たちにも同じウィンドウが──
```
【バルドリック公爵】腐敗度:B 非効率業務率:65%
【ロザリア子爵夫人】噂話効率:A 有益情報率:3%
【近衛騎士団長】残業時間:月200時間 健康異常:警告
```
(うわ、みんなヤバい…**王国全体がブラック企業じゃん**…)
──瞬間、前世の記憶が雪崩れ込んだ。
***
私は、某IT企業の総務・人事・経営企画担当の中堅OLだった。
「成果出せば何しても許される」と豪語する部長。
私が書いた企画書を盗用し、ミスは「実行力不足」と下に押し付ける。
月150時間の残業、休日出勤、有給取得率10%未満。
心身すり減らし、過労で倒れた末に死んだはずが──
(転生…乙女ゲーム世界ね。 このステータスウィンドウが私のチート能力)
前世で叩き込まれた危機管理マニュアルが蘇る。
**ステップ1:状況把握**
**ステップ2:エビデンス収集**
**ステップ3:論理的対抗措置**
ちょうどその時、王太子殿下が立ち上がった。
会場が静まり、全員の視線が集まる。
「諸卿、本日をもって、本殿下とリリアベルタ・フォン・エルウィンの婚約を破棄いたします!」
──来た。乙女ゲーム『プリンス・オブ・ローズ』の定番イベント。
平民出身の聖女候補が控えているのが見える。
殿下の頭上に、新たなウィンドウが展開した。
```
【婚約破棄シナリオ実行】
成功率:98% 王国混乱度:+30% リリアベルタ評価:地獄確定
```
(まずい、このままじゃ処刑エンドね)
だが、私は前世で何年も理不尽上司と戦ってきた。
同じ轍は踏まない。
深呼吸。 ドレスの裾を整え、優雅に立ち上がる。
王太子殿下が宣言を続けようとした瞬間、先手を取った。
「王太子殿下、婚約破棄のお話でしたら──
こちらから【戦力外通告】させていただきますわ。」
***
会場が凍りつく。
貴族たちのざわめきが、波紋のように広がる。
「な、何だとリリアベルタ! 貴様如きが本殿下に逆らう気か!」
王太子殿下が顔を真っ赤にして叫ぶ。
私は微笑を崩さず、チート能力を慎重に探る。
(このウィンドウ…視線で操作できる。 試してみよう)
意識を集中。
殿下の「直近1年間実績」が、ホログラムのように展開された。
```
【アレクシス王太子 人事評価シート】
・国家プロジェクト3件:ROIがマイナス25%(殿下指示による無駄遣い)
・側近人事5名:成果物盗用率80%、うち2名離職
・外交交渉失敗率:67%(「俺が正しい」発言による)
・直属部下残業:平均月150時間超
```
右手を軽く上げると、魔法のように広間全体に投影される。
貴族たちが息を呑む。
「殿下の新政策、収支報告書は王立図書館の公開記録で拝見しておりますわ。
**ROI──投資した金と成果が釣り合わない**、
いわゆる『赤字経営』ですって?
それを『愛』で解決なさるおつもりでしたか?」
「貴様! 捏造だ! 処刑してやる!」
「ただのパワハラですね、殿下。
公爵家には既に入念に相談済みですわ。
わたくしとの婚約継続は、殿下の『利益相反』リスクが大きすぎます。
速やかに終了させていただきます。」
貴族たちがどよめく。
公爵父上が控えめに拍手。
国王陛下が渋い顔で立ち上がる。
「リリアベルタ、何だその『戦力外通告』とは?」
「陛下、それは…能力の低い者を配置転換する、人事の常套手段でございます。
殿下には別の適性をお持ちかと。」
***
その時、広間の隅から黒髪メガネの男性が静かに進み出た。
宰相補佐官、エドガー・クロフォード。 20代半ばの、精悍な顔立ち。
彼の頭上に表示されたステータス──
```
【エドガー・クロフォード】
信頼度:75% 社畜相性:A 残業耐性:S
```
(おお、使える人! 前世の佐藤課長タイプ!)
「殿下のお言葉、拙者も記録に残しまする。
お嬢様の指摘、的確ですな…王都の残業率、月200時間ですぞ。」
エドガーが小声で囁く。
王太子殿下は「裏切り者め!」と喚くが、もはや収拾がつかない。
結局、国王陛下の裁定はこうだった。
「リリアベルタには、辺境領エルウィン辺境伯領の再建を命ずる。
功績次第で許しを与えるとしよう。」
王太子殿下は「追放だ! ざまぁみろ!」と哄笑したが、
私は内心でガッツポーズを決めた。
(左遷? いえ、転職先ですね。
ブラック王都よりマシ。 残業代出るし、裁量無限大)
***
馬車で辺境へ向かう道中。
窓から見える荒れ果てた大地に、チートを起動させた。
```
【エルウィン辺境領】
復興ポテンシャル:85% 離職率:90% 治安危険度:A
```
「ふふ、改善余地大。 まずは就業規則から作り直しますわね。」
隣でエドガーが微笑む。
「補佐として、お手伝いします。」
──悪役令嬢の、ホワイト領地改革は、ここから始まる。
(第1話 完)




