交易の時代 (1)
「ルチオの深い学問と見識を、君自身が直接見るべきだったのだよ。」
アンジェロの過度な賛辞に、ロレンツォは気恥ずかしそうな表情を浮かべた。
息子に向けられる称賛は聞くたびに誇らしく、嬉しいものだった。
そして同時に、少しばかり気恥ずかしくもあった。
「アンジェロ、すぐに入学というわけにはいかないよ。メディチ家が特別扱いされるわけにはいかないじゃないか。」
この時代の大学入学は、それほど難しいことではなかった。
身分が高かったり、財産が多ければ、なおさらそうだった。
だが、大学の最低入学年齢である13歳に達していない者が入学すれば、特別扱いと誤解されるのは明白だった。
ルチオはまだ12歳に過ぎなかった。
「13歳未満の入学制限の話であれば、教授である私の裁量でなんとかなることだよ。」
「友よ、とはいえ、特典を受けることはできないのだよ。それにラテン語もあまりできないと聞いたじゃないか。」
アンジェロはロレンツォの頑なさを折ることができなかった。
それが公正さに対するこだわりである以上、なおさらだった。
「そうか、君の意思がそうであるなら、1年ほどラテン語をしっかりと教えた後に入学させることにしよう。」
「それが良いだろう。ところで、ルチオはそんなに天才なのか?」
「知識を蓄えただけで人を天才とは呼ばないのだよ。卓越した洞察力をもって深い見解を導き出す者こそ、天才と呼ぶに値するのだ。」
「ルチオに洞察力がある、だと……。称賛に厳しい君がそう言うなら、信じないわけにはいかないな……。」
「ただ人間の知識のみで完璧かつ理想的なイデアを描ける!その優れた見解は、長年学問を研究してきた者たちでさえ、簡単には思いつかない発想の転換だ。」
「それは神への冒涜ではないのか?」
「そこにさらに驚くべき一文を加えたのだ。『万物の主が見守っているというだけで、人間はそれを成し得る能力を持っている!』」
ロレンツォの目には、アンジェロは学問への情熱が人一倍ある人物に映っていたが、だからといって後進に甘い評価をするような人物でもなかった。
「驚くべきことだな。」
アンジェロの感嘆は容易には止まらなかった。
「さらに、プラトンとアリストテレスの哲学の限界と強みを語るときには、まるで二人が生まれ変わって討論を繰り広げているようだったのだよ。」
「おい、アンジェロ。ルチオがすごいのはわかった。だが、それゆえにルチオを理解するのが難しいのだ。」
「難しいとはどういうことだ? 君の息子だろう。」
「息子に違いない。だが、12年間父親もいないまま、平民として育った。それで本当に良かったのかと思ってしまうんだ。」
「ふふ、君は12歳のときにラテン語で長々と恋詩を書き、ルクレツィアと付き合っていたではないか。そして15歳でルチオを授かった。ああ、これは悪かった。君には辛い過去だろうに。」
「いや、事実じゃないか。」
ロレンツォは15歳のときの痛みを思い出した。
ルチオの母方の祖父、マンノ・ドナーティに子を奪われ、抵抗できなかったあのときの痛みを。
「いずれにせよ、そんなルチオが誰に似たというのか。血は争えないものなのだよ。」
「シルヴィオも同じことを言っていたが、それでも私は心配なのだ。あれほどまでに成熟するまでに、どれほどの苦しみと痛みを経験したのだろうか。」
「ルチオは明るく、好奇心旺盛な子だよ。あまり心を痛めなくても大丈夫な気がするがね……。」
「そうか。学問の領域については私にはどうにもできないから、君がよく面倒を見てやってくれ。」
「もちろんだ。ルチオをフィレンツェ大学に呼んだのだよ。ラテン語をはじめ、幅広い古典の世界を彼に見せるつもりだ。」
「それは良い考えだ。たまには呼んで、ルチオが興味を持っている本をじっくり読ませてやってくれ。」
めったに情熱を見せないアンジェロだったが、ルチオによって何かしらの刺激を受けたのは間違いない。
アンジェロとの会話を終えると、ロレンツォの心もずいぶんと落ち着いた。
何だかんだ言っても、ルチオこそが我が子の中で最も自分に似ていると証明されたようなものだった。
***
「ご主人様、『パオロ』と呼んでください。」
シルヴィオ執事が送ってよこした従者だった。
平民の召使いとは異なり、従者はそれより少し上の身分と見なされる。
そして職務も専門の秘書に相当すると言えるだろう。
「お前の任務は、常に私についてきて補佐することか?」
整った顔立ちのパオロはルチオより年上に見えたが、体格はむしろ細かった。
ルチオが初めて屋敷で目を覚ましたときの体つきに近かった。
「その通りです。本来、従者の仕事には時間の制限がありますが、私はルチオ様のすべての時間を補佐するよう命じられております。」
「それで大丈夫なのか?」
「それに見合う報酬をいただいておりますので、大丈夫でございます。」
「わかった。今日はフィレンツェ大学へ行って、アンジェロ先生にお会いする予定だ。馬にはあまり乗れないのだが……。」
「そのようなことであれば、メディチ家に余っている馬車があるか、私が手配いたしましょう。」
「あ、そうか……。」
パオロはぱっと階下へ駆け下りていった。
従者がつくと、物事の進行も早くなるようだった。
しばらくして、ルチオは御者の操る馬車に乗ってピサへと向かった。
サスペンションもない馬車の振動がそのまま尻に伝わる旅は、三時間も続いた。
有名な手抜き工事であるピサの斜塔がこの町のどこかにあるのだろうが、特に見てみたいとは思わなかった。
それよりもまずフィレンツェ大学に向かった。
そしてアンジェロ先生の研究室を訪ねた。
「おや、急いできたようだな。ラテン語の文法学の印刷本なら私が持って行ってやるのに。」
「写本が気になります。ああいったものは、他の地域ではなかなか見ることができませんから。」
『それに、その多くは現代ではすでに失われてしまっているのです!』
時代が進むにつれて、実に多くの書物が消えていった。
ルチオは、現代では見つからない書物が残っていないかと気になっていたし、もしあればその内容も知りたかった。
急いでアンジェロ先生の書庫に向かった。
大きな書棚は木の板で覆われていたが、アンジェロ先生が鍵を差し込んで回し、その板を押し開けると、相当な数の書物が姿を現した。
ルチオは食べ物でもないのに、よだれが出そうになった。
『あれはもう読んだし、これはよくある本だ。お、あの本は? 違うな。これもありふれた写本か。』
そうしていると、非常に古びた一冊の本が目に入った。
『インヴェンティオ・フォルトゥナータ(幸運の島の発見)』
目が輝いた。
北極探検記であるこの本は、その存在は記録されているものの、現代には失われているものだった。
16世紀にメルカトルの手に渡ったあと、所在不明になったと言われていたが、それがアンジェロ先生の書庫にあったとは。
それだけではなかった。
ヘブライ語原典聖書。
知られていない外典とともに、既存の聖書に欠けている内容までも含んでおり、研究価値の非常に高い書物だ。
これもまた、失われて手に入らなかったものだった。
ヘブライ語は得意ではなかったため、つっかえながら読んでいると、アンジェロ先生が驚いた表情を浮かべた。
「ルチオ、お前はヘブライ語も読めるのか?」
「いえ、ほとんど読めません。主要な単語をやっと読める程度です。」
前世でヨーロッパ史を研究していたため、ヘブライ語に触れる機会が多かっただけで、本格的に学んだわけではなかった。
「それでも大したものだ。妙だな。本当に何の教育も受けずに育ったというのは本当か?」
こういう時は何か言い訳が必要なのだが、死んでも思いつかなかった。
仕方がない。
「近所のおじいさんが……」
「その近所のおじいさんはソクラテスか何かか?」
もしかしてバレたのかとアンジェロ先生の顔を見たが、ただ呆れたような表情だった。
『だからって未来から学んできたとは言えないし……』
今のところは能力が目立たないように注意するしかなかった。
それがルチオの思い通りになるとは限らなかったが。
***
ピサは多くの船が行き交う貿易の中心地だったが、この時期にはやや閑散としているはずだった。
オスマンやアラビアとの貿易にはヴェネツィアが強みを持ち、ヨーロッパとの貿易ではジェノヴァが中核を担っていた。
だから、ルネサンス期のピサは貿易港としては少しずつ衰退しつつある印象だった。
しかし実際に港に来てみると、思いのほか活気があった。
「パオロ、元々ピサの港ってこんなに混雑してたっけ?」
「ピサ港が静かだったことはありませんよ。でも、何の目的でここまで?」
波止場特有の潮の匂いが強かったが、意外にも魚の生臭さはなかった。
それはこの港が漁港ではなく貿易港であることを示していた。
そのため、多くの商人たちの姿が見られた。
ルチオもまた、交易相手となる商人を探しに来たのだ。
「アラビアの商人を見つけられるかな?」
「どうしてですか? 港の近くにはアラビア商人が宿泊している宿があるので、探すのは難しくありませんよ。」
「交易をしてみたい。大商人であればあるほどいいから、ちょっと豪華な宿のような所に案内してくれ。」
ルチオが三匹のカエル食堂に追加する新メニューを考え始めてから、かなりの時間が経っていた。
その間、フィレンツェの食文化を体験しながら、ようやく一つのメニューに思い至った。
『コーヒーだ! 100年ほど後に広まって、すぐに大流行したんだよな。』
レオナルドのメニューを壊さずに、かつ莫大な利益を得られる新メニュー。
『15世紀でも変わらない。カフェインは必ず受け入れられる!』
ルチオはコーヒーの流行を握ることを決意した。
「ルチオ様が自ら交易をされると? いえ、すぐに探してまいります!」
パオロはすぐに馬車から降り、ピサの街を素早く駆け出した。
港を管理する数人の役人を見つけ、彼らに何かを尋ねた。
そしてすぐに戻ってくると、御者の隣に座って道案内を始めた。
港から10分ほど馬車に乗ると、酒場と歓楽街が現れた。
若い女性たちが通りに立ち、通りかかる商人たちに声をかけていた。
「着きました。こちらがアラビア商人が滞在する宿の中で一番高級な場所です。ところで、どんな品を交易されるおつもりですか?」
「コーヒーだ。」
「カフ? コフィ? それは何ですか?」
「アラブでは『カフヴァ』とも呼ばれる飲み物だ。父をはじめ、我が家は痛風がひどくてね。この飲み物には痛風を和らげる効果があるんだ。」
パオロは感嘆しながらルチオを見つめた。
「ルチオ様は本当にロレンツォ閣下を大切に思っていらっしゃるのですね。」
ルチオは軽く微笑んだ。
痛風の緩和はほとんど口実だったが、嘘というわけでもなかった。
『父が早死にしては困る。歴史よりも長生きしてもらわないと。』
それがフィレンツェを長く繁栄させるための第一歩だった。
ルチオはパオロとともに馬車を降りた。
周囲にいた若い女性たちが近づいてきて、二人の衣の裾を掴んだ。
「お貴族様、遊んでいきませんか〜」
ルチオはにこやかに微笑みながら、そっと裾を引いて断りの意思を示した。
たとえルチオの見た目が少年であっても、ルネサンス期のヨーロッパではそれが普通だった。
第二次性徴が始まっただけで、成人扱いされるのが一般的だったのだ。
宿はヨーロッパ風の建物だったが、アラブの文様とパターンが描かれた織物がかけられていた。
パオロが先に素早く宿に入り、スタッフといろいろと話をした。
建物に入ると、床には有名なペルシャ絨毯のようなものが敷かれていた。
「大きな取引をする交易商人がここに滞在しているそうです。アラビア語を話せる通訳が必要ですよね?」
「当然必要だ。パオロはアラビア語は無理だよな?」
「まったくできません。挨拶も知りません。」
「じゃあこの辺で通訳を見つけられるか?」
「ええ。こういう場所では通訳を見つけるのは簡単です。すでに手配済みなので、すぐに来るはずです。」
言わずとも段取りが完璧だった。
ルチオは待っている間に、レオナルドが作ったヒゲをつけ、髪の毛で輪郭を隠した。
そして、合流した通訳とともにパオロの後を追って2階に上がった。
まもなく豪華なカーペットが掛けられた扉が現れ、三人は中へ入った。
「ロレンツォのご子息にしてメディチ家の嫡男、ルチオ様をイブラヒム・ハサン様にご紹介いたします。」
本当に嫡男なのか一瞬疑問に思ったが、パオロがうまくやってくれるだろうと任せておいた。
部屋の中ではターバンを巻いた、体の大きな褐色の老人が挨拶をしてきた。
「アッサラーム・アライクム!」
「ワ・アライクム・アッサラーム。」
ルチオは手を差し出して握手を交わした。
老人は微笑みながらトスカーナ語で返答した。
トスカーナ語は、事実上中世イタリア語と見なしてよい。
「有名なご家門のご子息でしたか。なるほど、我々の挨拶をよくご存知だと思いましたよ。こんな場末に、何のご用でいらしたのです?」
「マーシャー・アッ=ラフマーン。幸運にもハサン様にお会いできました。」
商人はかなり驚いた表情を浮かべた。
「マーシャー・アッ=ラフマーン」は「アッラーの恵みがありますように」という意味だ。
いくら挨拶とはいえ、この時代のキリスト教徒は絶対に使わない言葉である。
一神教であるキリスト教はアッラーを認めないため(実際は同一の神だが)、下手をすると背教と誤解されることもあった。
もちろん現代の無神論で武装しているルチオにとっては、全く気にならなかった。
『パオロもアラビア語がまったく分からないしな。』
通訳のアラブ人はにこやかに微笑んでおり、ハサンという商人は口角を大きく上げていた。
「あなたはムスリムですか?」
「いえ。異なる宗教を尊重できるキリスト教徒だと思ってください。」
通訳が適切に訳してくれていたため、ハサンとの会話は問題なかった。
「それでもあなたのように心の広いキリスト教徒であれば歓迎です。天気は晴れていても寒くて、我々は全く慣れません。風邪などひかれていませんか?」
「ご心配ありがとうございます。もうすぐ冬が終わり、春が来ますので、私たちには暖かく感じます。ですが南から来られた皆様にとっては、確かに大変だったでしょうね。」
「ピサ港やヨーロッパの様々な港を巡って交易してきましたので、今では慣れました。で、私を訪ねてきたご用件とは?」
アラビア人にしては珍しく挨拶が短かった。
こんなにも早く本題に入るアラビア人は少ない。
『やはり大商人だからか、合理的で実利的だな。』
ハサンが案内した応接室に座った。
ルチオが宗教に寛容な姿勢を見せたせいか、アラビア伝統で馴染みのある飲み物が出された。
ルチオは口を開いた。
「このようなおもてなし、ありがとうございます。実は、まさにこの飲み物——カフヴァが必要なのです。」
イブラヒム・ハサンは不思議そうな瞳でじっとルチオを見つめた。
「カフヴァが欲しいと? ヨーロッパの教会が黙ってはいないでしょうに、大丈夫なのですか?」
ルチオは心の中で鼻で笑った。
むしろ、あいつらの方がもっとコーヒーを欲しがるようになるのだから、大丈夫に決まっている。