コーヒーチェーン (1)
朝早く、神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ3世に謁見することができた。
さまざまな装飾が施された部屋に入ると、複雑なラテン語の文章が刻まれた椅子に座るフリードリヒ3世の姿が見えた。
『フィレンツェに慣れすぎたせいか、ここに来ると目が腐るような気分だ。』
皇帝の背後にはいくつもの幕が掛けられていたが、その意味を知らないルチオにはただの布切れにしか見えなかった。
どうせ幕を並べるなら、美しく配置してほしいものだ。
だが、オーストリア人の美的センスでは、あれでもかなり凝っているのだろう。
これがオーストリアとフィレンツェの差だった。
ルチオが近づくと、マクシミリアン大公が彼を皇帝に紹介した。
「こちらがメディチ家のルチオでございます。」
ルチオは最大限の礼を皇帝に示した。
「陛下、卑しい帝国の市民、ルチオ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチがご挨拶申し上げます。」
ルチオの挨拶はトスカーナ語であり、それを大公がドイツ語に通訳した。
「ほう、そなたが教皇庁の裁判で名声を高めたという若者か。とても若く見えるが、口達者だと聞いておる。」
「身に余るお言葉でございます。」
教皇権が弱まったとはいえ、神聖ローマ帝国の皇帝に比べればまだ強大だった。
その教皇庁の異端審問を真正面から受け止めて鼻を折ったのだから、皇帝の目には愛おしく映るのも当然だった。
「そうか、そなたが大公と親友になったと聞いたのでな、皇帝としてその友情が永遠であることを願うぞ。」
「恐悦至極に存じます。」
しばらくして、執事と従者たちがカートを押してやって来た。
ルチオの指示通りに作られたコーヒーが入ったポットがカートに載せられていた。
ルチオは再び話を続けた。
「そして陛下、今後は宮廷にて本格的なコーヒーを召し上がっていただけるよう準備いたしました。」
「そうか?」
執事がコーヒーを杯に注いで皇帝の前に差し出した。
マクシミリアン大公が意味深に笑った。
「お飲みくださいませ。苦いことで有名な飲み物ですが、このコーヒーはそうではございません。」
皇帝は生まれて初めて嗅ぐ香ばしい香りに魅了された。
何度か香りを楽しんだ後、杯を唇に当てて少し傾けた。
するとすぐに、皇帝は目を丸くして叫んだ。
「こんなに甘くて美味しい飲み物があるとは!」
ルチオはほほ笑みながら答えた。
「コーヒーにたっぷりの砂糖を入れて作った新しい飲み物にございます。コーヒー・ドルチェと呼びます。」
トスカーナ語の「ドルチェ」は英語の「スウィート」と同じ意味なので、ただ甘いコーヒーだった。
「苦いと噂のコーヒーがこんなに楽しめるとは。これなら誰もコーヒーを拒むことはないな。」
「これこそがコーヒーにございます。」
当のルチオは静かにしていたが、マクシミリアン大公は誇らしげだった。
皇帝はそばにいた侍従長に声をかけた。
「これからもこのコーヒーを飲むことができるのか?」
侍従長は少し従者たちと耳打ちしてから皇帝に答えた。
「我らの従者たちはフィレンツェでコーヒーの製法をしっかり学んでおります。ですので、コーヒーと砂糖さえあれば、いつでもお飲みいただけます。」
皇帝はわざと大声で叫んだ。
「これからは朝をコーヒーと共に始めるとしよう。頭がとても冴える飲み物だ。」
朝のぼんやりした頭をコーヒーで覚ますとは、ルチオは心配になってすぐに口を挟んだ。
「陛下、あまり早朝にコーヒーをお飲みになると、後々コーヒーなしでは頭が冴えなくなりますのでご注意くださいませ。また、コーヒー・ドルチェを頻繁に飲むのも健康に良くありませんので、こちらもご留意くださいませ。」
「そうか?そなたは朕の健康まで気遣ってくれるのか。商人が利益より相手の健康を気にするとは、そなたほど信頼できる商人はいないな。」
「恐れ多いお言葉にございます。過剰な砂糖摂取が体に悪いのは既に知られていることにございますので、それを申し上げただけにございます。」
皇帝は不思議そうに侍従長に尋ねた。
「砂糖はそんなに体に悪いのか?」
「そ・・・それは私にはよくわかりかねます。」
「食べるなというわけではなく、過剰に食べるなという忠告だ。そなたが朕を思う気持ちから出た言葉だろう。」
皇帝は特に気にしていなかった。
まあ、この時代に砂糖を害になるほど摂取する者がどれだけいるというのか。
ルチオはこの時代の低い医学レベルではなく、別の理由を思いついた。
「その通りにございます。聖書でも主はこれを戒めておられます。箴言25章16節には『Mel invenisti? Comede, quod sufficit tibi, ne forte satiatus evomas illud.』とございます。」
蜜を見つけたら、適量を食べよ。食べ過ぎると吐き出すことになる。
ルチオがラテン語で言ったため、マクシミリアン大公の通訳なしでも皇帝にはすぐに通じた。
「聖書にそんな言葉があったのか?」
「はい。主の御心に従い、過剰に食べないよう心がけるべきでございますので、陛下もお心に留め置かれますよう。」
皇帝は驚いた目でルチオをじっと見つめると、ははっと笑った。
「実に博識だな。そこまで言われては、そなたの言うことを聞かぬわけにはいかぬな。ははは。」
やはりラテン語で聖書を暗唱すれば、すべてが通じるのが中世という時代だ。
ともあれ、ラテン語こそが権力であった。
ルチオは心の中で家庭教師でありラテン語の師であるアンジェロ先生に感謝した。
マクシミリアン大公は興奮した顔でルチオに言った。
「私は確信しておるよ。コーヒー・ドルチェなら男女問わず誰でも喜んで飲むに違いない。」
「だが、眠りを妨げるので子供には勧めるべきではないな。そしてこれは、コーヒーに砂糖を加えただけの飲み物だ。」
「砂糖をたっぷり入れただけなのに、これほど合うとは。」
皇帝に提供される前にコーヒー・ドルチェを味わった大公は感嘆し続け、皇帝の反応を見て確信した。
ここまでくると、ルチオは大公にそっと提案することにした。
「大公殿下、この飲み物を殿下だけで楽しまれるのはもったいなくはございませんか?」
「もちろんだ。陛下だけでなく、我が友人や知人にも勧めたいと思うのが人情というものだ。」
「しかし、殿下の従者たちだけが苦労することになりますので、むしろ諸侯や帝国民に広く普及させてはいかがでしょうか?」
大公は少し考えるように首をかしげてから話し始めた。
「そなたの言わんとすることがよく分からんな。そうすれば従者たちの手間が増えるばかりではないか。辻褄が合わぬのではないか。」
コーヒー・カテナが何かをすべて聞いても、概念を結びつけられないあたり、やはりこの時代の人間だった。
「大公が導入をお望みだったコーヒー・カテナのことにございます。」
「そうだな、朕もよく分からぬまま導入してほしいと言ったのだ。」
「このドイツとオーストリアにコーヒー・カテナの支店を出すことをお許しくだされば、利益の一定割合を大公殿下に差し上げます。」
その言葉に大公は驚いた。
神聖ローマ帝国皇室の財政は常に不足しており、フリードリヒ3世も常に財政難に悩んでいた。
このようなとき、大流行する事業の利益を分けてもらえれば、皇室の財政に大きな助けとなるはずだった。
しかし、大公はただ嬉しいだけではなかった。
「皇室が事業に手を出すのは好ましくないように思えるが……。」
「事業は私どもが行い、殿下は許可を与える代わりに税を受け取る形にすぎません。」
「税、だと?」
マクシミリアン大公は瞬間的に心を奪われた。
ヨーロッパでは何度も紛争があったが、神聖ローマ帝国皇室はいつも傍観するばかりだった。
軍を起こす資金がなかったからだ。
そのような屈辱を再び味わわないためには、皇室の財政を潤わせる必要があり、コーヒー・カテナ事業は絶好の機会だった。
「それでは、私は何をすればよいのか?ただ賛成すればよいのか?」
「いいえ、大公殿下が事業を広く宣伝するのは品位を損なう行為でございます。」
「ふむ、できるが。」
「公に宣伝なさらず、周囲にそっとお勧めくだされば、品位を守りつつ利益を増やせますので、これ以上の策はございません。」
大公はしばし考え込んだ。
確かに、周囲の王国間の対立や度重なる反乱、オスマン帝国との戦争などで、財政は常に不足していた。
さらに、フリードリヒ3世と共にマクシミリアン大公も浪費癖があった。
そんな中、フィレンツェの大商人が、穴の空いた桶に水を注いでくれると言うのだから、大公はただただ感謝するしかなかった。
「よいだろう。皇室に不利益になる点が一つも見当たらぬ。」
「主が皇室を通してヨーロッパを統治しようとされたとき、そのための利益もまたお与えになったのです。」
神の名分を掲げると、大公は大いに満足した。
「わかった。私は陛下を説得し、この帝国の各地にそなたのカテナを設置できるようにしよう。」
ルチオ商会の影響力はフィレンツェとその周辺の都市国家に限られていた。
この北のドイツとオーストリアに支店を出し、それを管理するのは並大抵のことではなかった。
そんな中、権威と影響力を持つ皇室と手を組んだのだから、まさに成功への道が開けたのだ。
「そうなれば、コーヒーを飲むために従者や執事を連れて回る必要がなくなるな。」
「もちろんでございます。神聖ローマ帝国のどこでも気軽にコーヒーを楽しんでいただけるようになります。」
「それでいて、皇室の財政まで潤うなら、これほど嬉しいことはないな。」
「コーヒー・カテナの支店が増えるほど、皇室の財政は安定していくでしょう。」
「ははは、帝国一の忠臣をあの遠い南で見つけたとは。」
多くの問題がルチオのおかげで簡単に解決すると、大公は他の話題へと移った。
特に最近の大公の関心事である軍事の話題が多く出た。
「火砲と同様に銃の普及も必要というのがそなたの考えか。ならば火砲の比重は減らした方がよいのか?」
「いえ、火砲はそのままにし、銃は槍や剣の代わりに歩兵の武器とすべきです。」
「なるほどな。しかし私には、銃が戦場の主役となるにはまだ早いように思える。」
「なぜそのようにお考えでしょうか?」
「今の銃は粗末で、性能も安定していないからだ。」
「ごもっともなご指摘です。しかし、『今の銃』ではなく『これからの銃』ならどうでしょうか?」
「む?詳しく話してくれ。」
マクシミリアン大公は強い興味を示し、体を前に乗り出した。
ルチオの話をもっと聞きたいという思いが、自然と行動に表れたのだった。
「槍や剣は長い年月をかけて進化してきました。しかし銃は、登場してまだ間もないため、発展の余地が多いのです。」
「ふむ……しかし誰が銃を発展させるのだ?形だけの帝国にはその力がなく、もし敵国が銃を発展させたら……。」
「殿下、ご心配には及びません。私とフィレンツェの技術者たちが銃を改良しております。」
「それは本当か?以前、研究していると言っていた優れた武器が銃のことだったのか?」
「その通りです。」
「はは!敵国ではなく、我が友人が銃を研究しているとは、これほど安心できることはないな。」
大公がルチオを引き止める理由がもう一つ増えた。
友人として、そして事業のパートナーとして、ルチオとマクシミリアン大公の関係はますます深まっていった。