傭兵たち (3)
スイス傭兵のライスロイファー。
彼らは13世紀からその勇猛さを徐々に知られるようになった。
スイス傭兵が有名になったのは戦闘力だけが理由ではない。
実のところ、中世からルネサンス時代のヨーロッパの戦争は、傭兵たちの舞台といっても過言ではなかった。
ヨーロッパには市民や国民から徴兵された兵士が国防を担うという概念が薄かった。
そのため、中世とルネサンス時代のヨーロッパは専門の戦士である傭兵の時代にならざるを得なかった。
しかし、同じ傭兵同士では手を抜いて戦ったり、雇い主には戦果を誇張して報酬を得ることもあった。
さらに、雇い主が不利になると簡単に逃げ出すことで有名だった。
挙句の果てには、傭兵団の力が強くなると反乱を起こして雇い主の領地や財産を奪うことも多かった。
しかし、スイス傭兵は当時の他の傭兵たちとは少し違っていた。
『彼らは雇い主に絶対的な忠誠を誓った。たった一人でも最後まで戦った逸話は有名だ。』
ルチオもまたフィレンツェを守るためには兵力を確保しなければならず、この時代の兵力とはすなわち傭兵である。
であれば、最高の傭兵を雇うのが正解だ。
『戦争後の名声に比べれば、今はまさにブルーチップだ。スイスまでの旅費など、契約金としては安いものさ。』
ましてやリアリオ家の悪行によってこの縁ができたというのなら、なおさら良い。
ルチオがアルビン・フォン・シレネン大隊長との面会を求めると、彼は驚いた顔で駆けつけてきた。
「契約したいと?」
「はい、その通りです。」
アルビン大隊長は突然の提案を理解できないという目でルチオを見つめた。
「申し上げた通り、我々はもうスイスに帰国しなければならない状況です。」
「はい、それは承知しております。」
「それならなぜ…ありがたいお話ですが、我々はスイスの守備隊です。今は雇用契約を結ぶことはできません。」
「今すぐ雇いたいというのではありません。戦争が終わった後にフィレンツェに戻ってきてほしいという契約です。」
「戦争がいつ終わるかも分からないのに、そんな契約をなさるのですか?無限に待つおつもりですか?」
ルチオは軽く微笑みながら話を続けた。
「それはできませんから、2年後にも戦争が終わっていなければ契約は無効ということでどうでしょう。」
アルビン大隊長は顔を引きつらせた。
「どういうことです?ただお金を捨てるおつもりですか?」
他人にはそうとしか思えない条件だった。
だがルチオは余裕のある表情だった。
「実は、大隊長が旅費の問題で困っておられると聞き、助けになればと思いました。ですが、大隊長のご性格上、見返りのない助けはお断りになるでしょう?」
ルチオの本心とはまったく異なる言い訳が、自然と口からこぼれた。
しかしアルビン大隊長は少しの疑いも見せず、感激した表情を浮かべた。
「あなた様がここまで私たちのことを気にかけてくださるとは、感謝の言葉もありません。それならば、たとえ戦争が終わらなくとも、2年後にはフィレンツェへ戻ります。」
「契約がそんなに曖昧では困ります。戦争が終わった後に戻ってくるということでお願いしましょう。」
どうせ結果は同じだ。
ブルゴーニュ戦争は1年後に終わるのだから。
「戦争が終わるとは……」
「ヨウダム公シャルルが2年後も生きていれば契約は無効、契約金は旅費として使われたということで構いません。」
ルチオはパオロから契約書を受け取った。
ルチオが自ら契約書を差し出すと、アルビン大隊長はそれがただの親切心ではないと悟った。
彼の顔には安堵の色が広がった。
「手立てがなくて本当に困っていたところでした。これでようやく息子の顔を見に行けます。」
「息子さんの名前は何ですか?」
「カスパーと申します。」
「勇ましい名前ですね。」
そう答えてふと考えてみると、思い出した名前があった。
「カスパー・フォン・シレネン!」
教皇直属のスイス衛兵隊の総司令官。
歴史にも登場する軍人だ。
『ということは、アルビン大隊長の兄が枢機卿というわけか。偶然出会ったにしてはとんでもない人物だったな。』
このように公に知られた人物であれば、なおさら信用できる。
契約は傭兵500人を1年間雇うという内容で合意された。
金額は合計5,000フィオリーノ。
一般的な傭兵の雇用は年間1万フィオリーノなので、非常に安いと言われたが、アルビン大隊長の強い意志でこの額に決まった。
ルチオは契約金として1,000フィオリーノを支払うことにした。
『まったく、あのすごいライスロイファーをこんな安値で雇えるなんて。』
1,000フィオリーノは現代の価値でおよそ50万ドルに相当する。
「この書類を持ってフィレンツェのメディチ銀行本店へ行けば支払われます。」
「部隊全体が飢えていました。ルチオ様でなければ我々は帰還もできず、異国の地で野垂れ死にするところでした。」
「お役に立てて何よりです。ブルゴーニュ戦争で勝利した後にお会いしましょう。」
ブルゴーニュ公シャルルが死なない限り終わらない戦争だが、それが2年以内に終わるものか。
アルビン大隊長はルチオの言葉が実現することを願いつつも、大きな期待はしていなかった。
***
食堂は日ごとに盛況を極めていた。
そのため、あれほどの客をこれ以上レオナルドとボッティチェッリ、ルチオの3人だけで担当することはできなかった。
「これを必ず覚えておくんだ。火が強すぎると焦げてえぐみが出るし、弱すぎると香りが飛んでしまう。」
かなりの数の店員たちがレオナルドの教えに真剣に耳を傾けていた。
後の時代でいえば、彼らは有望なスタートアップ企業の新入社員のような存在で、その分真剣な表情をしていた。
ボッティチェッリは手書きのメニュー表を見ながら言った。
「メニューもレオナルド、お前が言った通りに再構成したよ。」
メニュー表にはコーヒー、雲飴、コーヒー酒と、簡素な記載がされていた。
レオナルドはそれを見てため息をついた。
「はあ、確かに俺が指示はしたけど、自分のメニューが全部消えてるのを見ると複雑な気分だな。」
ルチオが混み合った人々を見ながら言った。
「今の教育、客を入れずにやった方がいいんじゃないですか?」
「確かに昨日から貼り紙もして告知もしたんだ。でもほら、このとおり、集まって見物されてる。」
庶民にとっては、こうした教育さえも珍しい見世物だったようだ。
この食堂そのものが、すでに街の名物になっていた。
「ともかくレオナルドとボッティチェッリが食堂から完全に手を引くわけだから、店員への教育はしっかり頼むよ。」
「わかってる。大体理解してるようだから、時間はかからないだろうさ。」
すると、ボッティチェッリが不思議そうな表情を浮かべた。
「俺は昔の大聖堂の従者から、新しく雇った店員たちにまで何度も説明したんだけど、どうもちゃんと理解してないみたいなんだよ。」
レオナルドはボッティチェッリを横目で見て、怪訝そうに言った。
「教えるお前が変なんじゃないのか?それとも酒を飲みながら教えたとか?」
「誰が酒を飲むってんだ!そんなことした覚えないし、ただみんなが理解できないだけだ。俺は潔白だ。」
「はぁ、全部俺が教えるわけにもいかないし……でもまあ今日だけ頑張ろう。そしたら食堂も自然に回るようになるさ。」
***
カフェと呼べるような食堂は、流行に乗って雨後の筍のように生まれていった。
すると、食堂でゆったりとコーヒーを楽しむ貴族たちの振る舞いを真似するのが流行となった。
大聖堂でもコーヒーはかなりの人気を博していた。
「リナルド司教様、今日のコーヒーもお口に合いましたか?」
「うむ、今日も見事な香りだ。この飲み物は“黒い天使”という異名で流行っているそうだな?」
「はい、そのような異名で知られております。」
フィレンツェ大聖堂の司教リナルド・オルシーニもまたコーヒーの香りに魅了され、今では周囲に積極的に勧めて回っていた。
「このコーヒーがメディチ家から出ているというのもまた良いな。」
ロレンツォは妹の夫、すなわち義弟であるから、飲み物が大流行すればするほど都合がよかった。
「親しい友人たちにこのコーヒーを送ってやりたいのだが、何か良い方法はあるか?」
「コーヒーの淹れ方に慣れた従者を送っておもてなしなさってはいかがでしょうか?」
リナルド司教には他教区の司教や枢機卿の友人も多かった。
「そうだな。そして教皇猊下にもこの貴重なものを差し上げないわけにはいかないな。」
彼は最近、枢機卿の座を得るために教皇に心を砕いていた。
だからこそ、こういった些細な心遣いでも積み重ねたいと必死だった。
ただし、彼は教会やローマの政治的な駆け引きにはあまり向いていない人物で、結局枢機卿の座に就くことはなかった。
***
レオナルドはかなり広いスペースに新しい雲飴機の設計図を広げていた。
そして今しがた完成した実機と照らし合わせながら確認していた。
「これで完成と言っていいだろう。」
その時、ノックの音がして、食堂の店員たちと一緒にルチオとボッティチェッリが入ってきた。
「こんにちは!」
「レオナルド、兄貴が来たぞ!」
「工房はどうだ?気に入ったか?結構広いだろ。」
レオナルドは設計図をたたんで引き出しにしまい、背筋を伸ばした。
「来たか。店員まで連れてきたということは、店は閉めたのか?」
「もちろん。日が暮れてからだいぶ経ってるからな。」
「ああ、もうそんな時間か。」
レオナルドは窓を振り返り、しまったという顔をした。
「でもルチオ、この工房は広くて良すぎるくらいだぞ?かなり無理してるんじゃないのか?」
「これから開発しなきゃいけないものがたくさんあるんですよ。雲飴機だけで終わりじゃない。ここで開発されるものの価値を考えれば、決して無理ではありません。」
ボッティチェッリも興奮気味に口を開いた。
「そうだ、俺のアイデアで作ったコーヒー酒も大ヒットしただろ?こんな工房なんて、大したことないさ。」
「じゃあボッティチェッリもここで何か開発してみたらどうですか?」
「それは無理だな。ロレンツォ閣下からまた絵の依頼が来ててさ。もう食堂を見てる暇もない。」
「食堂はこの店員たちがしっかりやってるから、レオナルドもボッティチェッリも心配いりませんよ。」
ふとボッティチェッリが何かを思い出したように言い出した。
「レオナルド、ロレンツォ閣下が君にも絵を依頼したけど断られたって言ってたぞ?なんでだ?メディチ家の後援を待ってたんじゃなかったのか?」
歴史の記録では、レオナルドは同性愛疑惑の影響で後援を得られなかった。
しかし、ルチオがこの時代に来てからは、歴史が変わった。
レオナルドはばつの悪そうな顔をした。
「俺がメディチ家の後援を待っていたのは、画家として生計を立てるためだった。でも今は後援がなくても十分豊かだろ?」
「この兄貴より唯一才能があると認めてたのに、残念だな。絵よりも工学や武器の方が面白いのか?」
「必ずしもそうとは言えないけど、ロレンツォ閣下よりルチオと働く方が楽しいんだ。」
ルチオはニヤリと笑った。
「じゃあ、僕が絵を依頼したら描いてくれますか?」
「それは一緒に作業するわけじゃないから、たぶん楽しくないな。」
ボッティチェッリはすねたような顔で叫んだ。
「一緒に楽しいことしようって言って店を開いたのに、もう別の楽しみ見つけたなんてひどいじゃないか!」
「食堂がつまらなくなったんだから仕方ないだろ。」
「なんでつまらなくなったんだよ?」
「俺の創造力を燃やして芸術的な料理を出したのに、誰も見向きもしなかった。そりゃあ、やる気もなくなるだろ。」
創造力を燃やして出した芸術的な料理がカエル、オタマジャクシ、ヘビ、ニワトリのとさかとは……
ルチオは顔をしかめた。
「そのメニューを食べようと人が集まる方がむしろおかしいんじゃないですか?」
ボッティチェッリもゾッとするような仕草をする。
「虫の揚げ物じゃないだけマシだろ?本当に助かったよ。」
残念ながら、虫の揚げ物は後世でおやつとしてよく売れることになる。
店員たちはレオナルドの工房や機械に興味津々で、あちこち見て回っていた。
「そうだ!今日完成した新しい雲飴機があるから、店員たちはこっちに集まってくれ。」
店員たちはレオナルドのもとへわっと集まってきた。
「さあ、俺が実演するから、しっかり見て覚えるんだ。」
レオナルドは隅から火のついた導火線を持ってきて、機械中央のオイルランプに火を灯した。
そしてペダルを踏んで中心の円筒を回転させた。
本来3人必要だった雲飴機が、今や1人でも使えるように改良されたのだ。
この機械なら、従来のものよりもずっとよく売れるに違いなかった。
『このままだと、レオナルドはすぐに大金持ちになっちゃいそうだな。』
もちろん、ルチオの商会も一緒に大金持ちになるだろう。