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傭兵たち(2)

宿屋の前にはかなり多くの馬車が並び、多くの人々が行き交っていた。


『何だ?なんでこんなに混んでるんだ?』


その時、宿屋からイブラヒム・ハサンが通訳と共に出てきた。


彼は多くの人々に囲まれるや否や、大声で叫んだ。


「売らないと言っただろう!売る物もない!一体何度言わせるつもりだ!」


人々がざわつく中、イブラヒムは急いでルチオの元へ駆け寄ってきた。


「いらっしゃい。2階から様子を見て、ちょっと迎えに出たが、酷い目に遭ったよ。」


「この状況では仕方ないですね。早く上に上がりましょう。」


ルチオ一行とイブラヒムは、以前に会話を交わした接客室へと上がっていった。


「イブラヒム殿と再びお会いできて光栄です。」


「ルチオ殿が我らアラビア商人を再び訪ねてくれたことに限りない感謝を捧げます。どうぞお掛けください。」


イブラヒムは貴族の礼儀作法で迎え、ルチオは微笑みを浮かべて椅子に座った。


接客室でかなり長く世間話と挨拶を交わした後、ようやく本題に入ることができた。


「下に集まっていた人たちは何者ですか?」


「どうやって知ったのか、私にカフベチェリーを売ってくれと要求してきたのです。」


「それで、売る物はないと答えたのですね。当然、全て私に売っていただくことになってますから。」


イブラヒムは信義を守る商人だった。違約金のこともあり、信頼を裏切ることはないだろう。


だが、イブラヒムは意外なことを言った。


「いや、もうルチオ殿に売る分も全く残っていないのです。」


「そうなのですか?」


「すでにお送りした分を除けば、動員できる物は何も残っていないのです。」


実際、アラビア商人たちが保有していた在庫をすべて注文したので、無理もなかった。


生豆にすれば1年も保存できるから、まだ安いうちに買い占めたのだ。


「では、次の出荷分を増やすことはできますか?」


「今までの取引量があまりにも多すぎました。すでに予約分を除けば余分がないのです。」


「さらに輸送できる物もないということですか?」


「そうです。産地の人々が自分たちの分まで差し出したそうです。他の地域から輸入してみてはいかがですか?」


「エチオピア以外の産地は考えていません。」


コーヒー産地の中で均一な商品性を保証するのはエチオピアだけだった。


それに加えて、独特の香りと味があることも、ルチオがここにこだわる理由だった。


そのほかにもエチオピアを堅持すべき理由は多い。


「次の出荷シーズンまで待つしかなさそうですね。その代わり、エチオピアの農民に生産量を増やすよう伝えてください。」


「ちょうど書簡を送りましたので、耕作地を増やすことになるでしょう。」


「それは良かったです。」


「ともかく流行のおかげで我々の取引は長期化しましたので、できる限り物量を確保しましょう。」


「ぜひお願いします。」


コーヒーの流行はフィレンツェからヴェネツィアへ、そしてミラノへと広がっている最中だ。


コーヒーチェリーは飛ぶように売れ、アラビア商人たちは大いなる繁盛を迎えた。


ただし、最高級のコーヒーだけはルチオが完全に掌握していた。


ルチオ商会を通さなければエチオピア産のコーヒーを取引することは不可能だった。


今日、そのことを確認した。


***


ルチオはフィレンツェへ戻るや否や、まず鍛冶屋を訪れた。


ドリッパーとグラインダーは売れすぎて品切れ状態で、綿菓子機も大人気だった。


3人がかりで操作しなければならない綿菓子機を買うために、何十人もの商人が押し寄せた。


カンカン、カンカン——


今や鍛冶屋はまるで工場になっていた。


金槌の音だけで鍛冶屋がどれほど喜んでいるかが伝わってきた。


「4台目の機械は搬送が終わりました。5台目の機械はオニッサンティ教会の向かいのレストランに送られる予定です。」


鍛冶屋の従業員の報告を聞いて、レオナルドは呆れ笑いを浮かべた。


「こんなにうまくいくとはね。綿菓子を売るまで想像もできなかったよ。」


レオナルドとは違い、ルチオはこの状況を完全に予測していた。


この時代の富裕層が綿菓子をどうやって断るというのか、商人たちがそれを見過ごすはずがない。


「この機械の販売代金の一部はレオナルドに支払われます。」


「俺に?俺、何かしたっけ?」


「設計図を描いたじゃないですか。これを実際に作れたのはレオナルドのおかげです。」


「アイデアは全部君のものだろう。原理さえ聞けば誰にだって設計できたさ。」


「その『誰か』がまさにレオナルドだったのです。高い比率では支払えませんが、それでも金額は大きいはずです。」


「こうなったらフィレンツェ全体を買い取れるくらいの金持ちになるかもな。でも俺はそんな金、いらないよ。」


その時、突然ボッティチェッリが現れて口を挟んだ。


「おい、金いらないなら俺にくれよ。俺は今何してたと思う?」


「何してたんだ?」


「大聖堂の従者たちにコーヒーの抽出法を教えてたんだ。何度言っても理解できないんだよ、あいつら。」


「何でそんなことを?せっかく道具を作ったのに。」


「売ったら終わりってわけじゃなかったよ。使い方を教えてくれって人が多すぎるんだ。」


ルチオは笑いが込み上げてきた。


この部分は事実上、販売促進費としてボッティチェッリに支払うべきものだった。


「ボッティチェッリ、コーヒー器具の代金の一部は君に渡しますよ。」


「うわっ、それはありがたい。でも俺、これ以上は無理だぞ。」


「大丈夫です。もっと簡単な方法がありますから。」


「は?そんな方法があるなら最初から言えよ!」


「ボッティチェッリが苦労していると今知ったからです。」


ルチオはレオナルドを見て尋ねた。


「レオナルド、コーヒーの抽出法を簡単に要約して整理してくれますか?」


「難しくはないけど、それでどうするつもりだい?」


「要約した内容を印刷して本にするつもりです。本をコーヒー器具と一緒に販売するんですよ。」


ボッティチェッリは手を叩いた。


「そうだ!それならコーヒー抽出法の教育から解放される!」


その時、鍛冶屋で働いていた召使いの一人が急いだ顔で伝えに来た。


「シモネッタ・ヴェスプッチが亡くなったそうです!」


するとボッティチェッリは驚いた表情で聞き返した。


「彼女が?どうして?何があって死んだんだ?」


レオナルドは少し顔をしかめて言った。


「フィレンツェの有名な貴婦人が亡くなったんだな。咳の病にかかっていたらしい。」


「シモネッタ・ヴェスプッチって、ボッティチェッリが片想いしていた相手じゃなかったですか?」


ルチオは歴史を思い返してボッティチェッリに尋ねた。


後世には、ボッティチェッリがシモネッタを生涯にわたり片想いしていたとよく知られていた。


「そうだよ、本当に彼女を片想いしてたよ。でもまさかだな。あんなに若くして……」


しかし、全くそんな雰囲気ではなかった。ボッティチェッリはただ一瞬沈んだだけだった。


『これはどういうことだ?』


不思議に思ったルチオは、聞こうかどうか迷っていたが、レオナルドが先に尋ねた。


「有名な貴婦人が亡くなったのに、君はどうするつもりなんだ?」


「後で葬式には行ってみようとは思うけどね。」


ルチオはもう我慢できなかった。


「でも、ちょっとおかしいですね。ボッティチェッリはシモネッタと以前から知り合いじゃなかったんですか?」


するとレオナルドが気のない顔で答えた。


「こいつは自分のミューズだって何度も描いていたけどさ。でも、もう死んだ女性をどうするって言うんだ。」


それでもボッティチェッリは少し沈んでいるようだった。


「個人的にはちょっと見ただけだから、葬式に出るくらいだよ。特別な礼を尽くす必要はないさ。」


「そんなに何度も描いていたなら、片想いって相当だったんじゃないんですか?」


「最初の頃は、公の場に出てきた彼女の姿を一生懸命記憶して、よく描いていたよ。今は違うけど。」


「違うんですか?」


「違うさ。彼女はフィレンツェ全体のミューズだったし、絵の依頼が山ほど来るからね。」


ボッティチェッリはどう見ても、片想いの相手を失った男の顔ではなかった。


「しかもロレンツォ閣下もそうだし、絵を頼む人も、見に来る人も、皆シモネッタを描けって言うんだよ。もううんざりさ。」


そこでようやくルチオは気づいた。


『後世の人々が大げさにしすぎたんだ。人気芸能人へのファン心理という概念がなかったから、片想いと勘違いされたんだな。』


さらに、ボッティチェッリの家族の墓が偶然にもシモネッタの墓の近くにあり、彼女の足元に埋めてくれと遺言したのではないかという説まであった。


もちろん後世の人々の妄想にすぎなかった。


『ルネサンスの代表的な画家と当時の美女との関係が誤解されていたとは。でも、それもなかなか面白い話だな。』


亡くなったシモネッタには申し訳なかったが、歴史の一端を垣間見ることはルチオにとって大きな楽しみだった。


***


夕方になってロレンツォが邸宅に戻ると、ルチオは執務室で個別に話を伝えた。


ロレンツォは困惑していた。


「傭兵とは……」


どれだけ子供が髭をつけて大人ぶっても、まさか傭兵と関わりを持つとは思いもしなかった。


「それが君にどんな役に立つと思っているのだ?」


「目先だけを見れば、あまり意味がないように思えるかもしれませんが、将来を考えれば役立つことです。」


歴史的にフィレンツェが戦乱に巻き込まれることはかなり頻繁にあった。


『いや、イタリア全体がまもなく戦乱に巻き込まれるのだ。』


だから備えずにはいられず、準備を怠ることができないのが今の状況だ。


まして軍事的に貧弱なフィレンツェは、必ず備えておかねば生き残れない。


ロレンツォはしばし考えに沈み、そして口を開いた。


「近くに傭兵が駐屯しているだけでも治安が不安定になるから、彼らを移動させるのが正しい。だが、君がこうした考えを持っていたことが信じられないよ。」


「ご心配をおかけしたなら申し訳ありません。」


「そういう意味じゃない。君の立場では思いつかないことを考えていたから驚いているのだよ。」


「それでは、許可していただけるということでしょうか?」


「そうだ。フィレンツェのためにも必要なことだ。そして、リアーリオ家に苦しめられた人を助けるのは、仲間を増やすことにもつながるだろう。」


「ありがとうございます。」


「感謝するようなことではない。君のコーヒー事業を担保にして融資を出すのは、どう考えても特別待遇に過ぎないからな。」


その通りだった。


ルチオは傭兵団の旅費をどう調達するか悩んだ末、家門の支援を受けるよりも、直接融資を受けることに決めたのだった。


『そして、スイス傭兵たちはメディチ家のものではなく、俺の私兵とするのがいい。』


2年後にはアルビン隊長とその傭兵団がフィレンツェへやって来る。


ブルゴーニュ戦争にはブルゴーニュ公シャルルが関わっており、彼は来年初めに戦死する。


このブルゴーニュ公の死後には、さまざまな出来事が起こる。


歴史を知っているルチオには、大きなチャンスとなる出来事ばかりだ。


『まず、スイス傭兵の価値が急騰する。今のうちに旅費を契約金として支払えば、2年後の基準からすれば破格の安さになる。』


さらにブルゴーニュ公の死によって、メディチ家はかなりの困難に直面することになる。


家門の未来に大きな暗礁があるという事実を、その時にはロレンツォも知ることになるだろう。


『その時には、俺の持つ金と私兵が大いに役立つはずだ。』


この時代の細部に至る歴史まで知っているルチオだけが、未来の準備をすることができた。


そしてルチオは、もう一つの興味が湧き上がるのを感じていた。


『軍事!編成!戦闘!そして兵器!』


ルチオは単なるルネサンス・フィレンツェオタクではなかった。


ヨーロッパ史を専攻し、戦争史や兵器史も学んでいた歴史マニアだった。




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― 新着の感想 ―
実際2年近く先に迫っているパッツィ戦争は、今からだと厳しいのがありますね。 首都フィレンツェ近くまで敵である教皇、ナポリ、シエナ連合に迫られた原因は、フィレンツェの同盟国ミラノにあります。 ミラノは資…
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