表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

綿あめとコーヒー(2)

正義のゴンファロニエーレ。


フィレンツェのシニョーリア(議会)を率いる象徴的な代表だ。


フィレンツェは形式上は民主政に属していた。


だが、実質的には力を持った数人の勢力が動かす寡頭政に過ぎなかった。


現在、その強力な勢力とはメディチ家であり、事実上の支配者はルチオの父であるロレンツォだった。


正義のゴンファロニエーレは2か月ごとに抽選で決められていたが、実際にはロレンツォかその側近が選ばれるだけだった。


かなりの議員たちが集まっていたシニョーリアではざわめきが起きていた。


「今、イスラムの飲み物が人々を惑わせています。神の土地であるフィレンツェで、これは許されることでしょうか?」


「原材料がイスラムの土地から来ているのは確かですが、だからといって我々が飲んではならない理由にはなりません。そうであれば、議員が着ている東方の絹も着てはならない服ということになりますか?」


「それはそんな単純な問題ではありません。イスラムの飲み物は人の魂を堕落させるのです。」


シニョーリアは騒がしかった。


広々とした会堂で、多くの議員が円になって集まり、都市の様々な懸案を議論する場がシニョーリアだった。


ここでは重要な裁判が決定されたり、鋭敏な問題が話し合われたりもした。


実質的な統治者はロレンツォだったが、形式上は貴族や商人、市民代表からなる議員たちの議論によって決定された。


「単純な話ではありません。ローマ教皇庁が我が都市の堕落を問題視するかもしれません。」


「そんな問題で一体どんな堕落だと言うのですか?」


議員たちはロレンツォの様子を窺ったが、彼は黙って奇妙な表情を浮かべるだけだった。


ロレンツォは、このコーヒーの問題がどこから発生したのかをすでに知っていた。


それはルチオが自身の病を予防するために飲用を勧めたのが始まりだったからだ。


「私が意見を述べてもよいか?」


ロレンツォの言葉に、議員たちは一瞬にして静まりかえった。


プリオーリ(上位議員)8名もまたロレンツォを見つめた。


「我がフィレンツェは伝統的に自由を尊び、その自由こそが我々の貿易と商業的成功の土台となってきたのです。」


「その通りだ!」


あちこちから同意の声が上がった。


ロレンツォは言葉を続けた。


「だが、飲み物一つを規制したところで、我々は何を得られるというのか? もちろん、こうも言えるだろう。許可して得られる利益があるのかと。そこに私はこう答える。我々の自由が我々の富となったのだと。」


「そうだ、それが我々に害をなすはずがない。」


多くの者が同意したが、パッツィ家に属する議員たちはロレンツォの言葉に反論した。


「いや、あまりに度を越した放縦は、神の罰を招くに違いありません。」


その言葉にも、「その通りだ」という声があちこちから聞こえた。


すると、ロレンツォの弟であるジュリアーノがシニョーリア(議会)の回廊の中央に出て発言した。


彼もまたプリオーリ8名のうちの一人だった。


「私はその意見に反対します。神は我々にすべての可能性を開いてくださったのに、どうしてそれが放縦になり得るというのですか?」


「それは詭弁だ!」


誰かが叫んだ。だがジュリアーノはひるまずに言葉を続けた。


「いや、自由とは神が我々にくださった可能性であり、その自由の上にフィレンツェが築かれたのです。」


回廊は再び騒がしくなり、賛成と反対の声が飛び交った。


しばらくして場内の騒ぎが静まり、ジュリアーノは声を整えて再び話を続けた。


「土地の所有者は神であり、一時的にそれを占めているイスラムではありません。飲み物もまた神が我々にくださった可能性に過ぎないのです。その出自を論じて堕落だのなんだの言うことに、何の意味があるのですか?」


「その通りだ! その飲み物もまた、我々が自由に楽しめばよいのです!」


賛同の声が上がると、ジュリアーノはにっこり笑って帽子を脱いで挨拶した。


「ありがとうございます。ここにいらっしゃる議員の皆様が誤った判断をなさらぬことを願います。」


だが、激しい抗議は続いていた。


ちょうどその時、パッツィ家の家臣の一人が回廊の中央に出てきて、ジュリアーノをにらみつけて叫んだ。


「一体どこに根拠もない話を持ち出して神の真理を僭称するというのですか! 神の御言葉のどこに、その飲み物を許したと書いてあるのですか!」


すると、黙って見守っていたロレンツォが口を開いた。


「創世記1章29節にはこうあります。『神は仰せられた。わたしは地の全面にある種を持つすべての野菜と、種を持つ実を結ぶすべての木をあなたがたに与える。これがあなたがたの食物となるであろう』と。」


突然、パッツィ家の家臣の顔は真っ赤になり、口を閉ざした。


ルチオが何度か朗誦した言葉をそのまま述べただけだったが、効果は確実だった。


議員たちはざわめいたが、それ以上本格的な反論は出なかった。


こうして、パッツィ家がメディチ家を超えられないということが、今回のシニョーリアでも証明されたのだった。


***


「兄さん、パッツィ家の奴ら、怒りながら退場したの見た?」


「彼らをそんなに敵視する必要はない。だが、今日の君の演説は感動的だった。」


ジュリアーノはもどかしそうに肩をすくめた。


ロレンツォは常に人々を敵に回さないように努め、人の本性を善だと信じていた。


とはいえ、自らを甘い存在にするつもりはなかった。


すでにフィレンツェの権力を完全に握った強者として、弱者に対し最後まで寛容を示していたのだ。


シニョーリアの会堂からはかなりの人々が退出し、召使いたちだけが忙しく掃除をしていた。


「でも、まさかルチオがここまで街を騒がせるとは思わなかったよ。貴族から一般商人まで、コーヒーと綿あめが手に入らなくて大騒ぎさ。」


「私も知っている。若い年齢にもかかわらず、非常に奇抜で大胆なことをやってのけた。」


「見たところ、大流行になりそうだ。近いうちに輸入量を増やす必要があるんじゃない?」


「そんなことはすでにルチオが自分で取り計らっているから、君が心配する必要はない。」


ジュリアーノは不思議そうな表情で兄に尋ね返した。


「貿易の仕事をルチオに任せたの? そんなことをするにはまだ幼いじゃないか。」


「もともとコーヒーと綿あめの商売を始めたのはルチオだった。」


ジュリアーノの目が丸くなった。


「すごいな、ルチオが全部一人でやったのか?」


「そうだ。カフヴェを輸入してコーヒーと名付けたこと、精製砂糖で綿あめを作ったこと、すべてルチオだった。」


ジュリアーノは甥っ子を誇らしく思うと同時に、それが信じられなかった。


それがたった12歳の子供が、養子になってまだ数か月のうちに成し遂げたことだなんて。


叔父としての役目も果たせていないうちに、甥がすでに遥か先を行ってしまったような気分だった。


「それだけできれば、商人としての資質が卓越しているんじゃないか? 兄さんから受け継いだものだろうけど。」


その言葉を聞いた途端、ロレンツォは周囲を見回しながら低い声を出した。


「言葉に気をつけろ。まだ人々はルチオが私の血筋だとは知らない。」


ジュリアーノは「はっ」として自分の口を手で塞いだ。


プリオーリ宮殿(ヴェッキオ宮)を出てシニョーリア広場に入ると、三々五々集まっていた貴族商人の一人がロレンツォに近づいてきた。


「ロレンツォ閣下、少しお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「どうしたのかね?」


「閣下が輸入なさっているコーヒーを、私たちにも取引させていただきたいのです。そして、私たちもフィレンツェで販売する資格をいただければと。」


「コーヒーは私が輸入したものではない。」


ロレンツォの断言に、商人たちは思わず戸惑った。


「は? コーヒーの袋が閣下の邸宅から出てくるのを見た者がたくさんいますが……」


「コーヒーはすべて私の息子ルチオが輸入したものだ。だからルチオと話をしなさい。」


「は、はい……あのルチオ様のことですね。」


商人が口に出せなかったことが何か、ロレンツォには察しがついた。


養子か、あるいは庶子か。


「ルチオには伝えておこう。しかし追加での輸入には時間がかかることは理解してほしい。」


商人は明るく笑みを浮かべた。


「もちろんです。取引できるだけでも光栄です。実は売る前に我々自身が飲み干してしまいそうな勢いです。」


その言葉にロレンツォは少し不思議に思った。


ヨーロッパの人々はもともとコーヒーを飲まなかったはずなのに、なぜ急にこれほど熱狂しているのか。


「なぜそこまでコーヒーを求めるのか? たかが飲み物だろう。」


「たかが飲み物ではありません。我々のような商人は一日中計算ばかりしていて、体は動かしていなくても疲れるのです。しかし、コーヒーを飲めば眠気が消えて活力が湧いてきます。」


「コーヒーにそんな効能があったのか?」


「だからこそ、これほど流行しているのです。今やコーヒーを飲まないと仕事にならないほどですよ。」


ロレンツォがふと考えると、以前ルチオから似たような注意を受けたことがあった。


『コーヒーは夜に飲むと眠れなくなることがあるから、正午ごろに飲むのがいいと聞いたな。』


しかしこれほど多くの人々がコーヒーを様々な目的で使うとは思わなかった。


商人の話を聞く限り、コーヒーは香りだけでも素晴らしいが、新たなインスピレーションを呼び起こし、精神を高揚させる効果があるという。


もちろん、継続的に飲用しているロレンツォもそれは十分に理解していた。


『こうして話を聞いてみると、流行はさらに大きくなるかもしれんな。』


その予想すらも過小評価であることを、この時はまだ誰も知らなかった。


***


ロレンツォは、コーヒー貿易を主力とするルチオ商会の設立に同意した。


また、代理人であるレオナルドが商会設立を全面的に支援した。


そこまでがロレンツォの関わるつもりだった範囲だった。


「このすべての件は、今後お前が進めることにしたのだろう? いちいち細かく報告する必要はない。」


「必要な内容は父上にも把握していただかないと。」


ロレンツォは優れた政治家だったが、几帳面な銀行家ではなかった。


問題は、彼が財務や経済に関心を持たない傾向が過剰であるということだった。


『メディチ家の没落は銀行業から始まる。面倒でも私の話には耳を傾けてもらうよう、こうして頻繁に報告するしかない。』


しかしこうして熱心に説明する息子を、ロレンツォは気の毒そうな目で見つめていた。


「お前は本当に何事にも一生懸命だな。朝早く起きて熱心に体力を鍛え、それから長時間剣術の稽古をしていた。」


「健康的な生活を送るための努力です。」


「それからまたラテン語を勉強して、山のように積まれた本を読んでいるじゃないか?」


「大学に行くためにも、それ以外にも学ばねばならない知識がたくさんありますから。」


「父にはそうは見えん。ルチオ、お前がこれまでどれほど生き残るために努力してきたか、今もなお休むことができないというのか。」


ロレンツォの心配そうな表情に、ルチオはにっこりと笑った。


『誤解されているようで申し訳ないですが、楽しいんです。どうしろというのですか?』


歴史上でもロレンツォは情に厚い人物だったから、息子に対する思いが深いのは当然だ。


だが、それは誤解だった。


ルチオにとって剣術の練習や勉強は趣味の一環であり、苦痛ではなかった。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。でも家のためには働き手が必要です。」


「働き手、か。」


ロレンツォは複雑な表情を浮かべた。


あえて「働き手」と言ったのは、自分が家を継ぐ立場にはなれないことを理解しているという意味だった。


だがロレンツォは、意外なことを口にした。


「ルチオ、私はすべての可能性を開いておきたいと思っている。」


他の人が聞いても意味が分からないだろうが、この父子は互いの言葉の意味を正確に理解していた。


『私にも機会を与えてくれるということですね。有難いことですが……母上が賛成するはずがありません。』


クラリーチェと権力争いをするほどまでして、メディチ家を継ぎたいとは思わなかった。


もちろん、そのことをロレンツォに口にすることはできなかった。


「お気遣いありがとうございます。今日はピサに行って交易品を受け取ってくる予定です。」


「そうか。それと侍従のパオロを通じて商人名簿を渡しておいた。お前の商品を望んでいる者たちだ。彼らには少し手厚くしてやってくれ。」


「承知しました。」


悪い話ではない。


まもなくピサに十分な量のコーヒーチェリーが届く予定なので、たくさん売れれば売れるほど利益になる。


さらに、彼らはレオナルドが設計したドリッパーやグラインダーも必ず買うだろうから、その収益もかなりのものになる。


「これからも忙しくピサとの往復になりそうだな。最近は街道に盗賊が多いそうだから、気をつけるように。」


「その点はご心配なさらずとも大丈夫です。」


それでもロレンツォは心配そうな表情をしていた。


「お前の剣術が優れているのは分かっているが、盗賊団全員を相手にするのは難しい。必ず護衛の兵を連れていけ。」


「肝に銘じておきます。」


盗賊団をルチオ一人で相手にするのは当然ながら困難だ。


しかし、心配する必要はまったくない。


同行するレオナルドが、当代最高の剣士だったのだから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ