1 生誕
広大で荒涼とした荒野の中で目を覚ました。だが、周囲は暗闇だ。何も見えない。
自分の体が異様に軽く、何か力が体内を巡っているのを感じた。その姿は人間から大きく変わっていた。自身で感じられたそれは、ぼんやりとしたものだ。
事実、彼の現状は黒い靄。魔素の塊だった。明らかに人間離れしている。
『なんだ、これは』
言葉の響きが肉声ではなかった。何かが無理やり音を発生させているようなものだ。
そこに、何かキラキラしたものが近付く。何かはよく分からなかったが、異常な程にとても魅力的に感じた。(意識を取り戻してから感じた、初めての『生命』だった。)
とても『欲しい』と、渇望した。生まれて初めての、強い感情だった。
「こら、どこへ行く。戻ってきなさい」
声が聞こえる。何か、強大な力の塊が近付いてきた。
「……つまらん、夢魔か。形が保てぬ程に衰弱しているな」
どこか、がっかりと落胆したような興味もなさそうな声色だ。
『え。僕、夢魔なの?』
こんな何も見えないのに? と疑問の声をあげると、
「なんだ? 理性的に話せるのか」
と、声色に興味の色が宿った。
「転生者か? ……魔族として生まれるとは珍しい」
転生者、とは何だろうか。そう思う間に、「通常より特殊な魂のことだ」と声が返される。
「……そうだ。魔力を吸ってみるか、貴様」
声は、さっき近付いてきたキラキラしたものを、こちらに近付けた。「おっと、吸い過ぎるなよ」静止の声が入るが、何をどうすれば良いのか全く分からない。
「ゆっくり、己と混ざるイメージをしろ。ゆっくりと、だ」
言われた通りに、やってみる。吸い取った魔力があまりにも心地良くて、ゆっくり、というものは難しかったが、声が細かく指示を飛ばす。
「止め、だ」
キラキラしたものが遠かった。「……半分くらいまで減ったな」と声が呟く。
「貴様、形を作れるはずだ。作れ」
「意識を集めろ」と、急にそんなことを言われても。
戸惑い思いつつ、なんとかやってみようと意識を集める。
「ほう。思ったより早いではないか。いいぞ、優秀な奴は嫌いじゃない」
何か良かったらしい。それと同時に、身体に重みを感じた。どさり、と地面に尻餅をつく感覚がある。手を突くと、地面の感触がした。
「……痛い。……触れる?」
自身の中から声がした。若く高い声だ。靄だったはずなのに、感覚がある。
「目を開けろ。もう、見えるはずだ」
呆れたような声色で言われ、自身が目を閉じていたことに気付く。
ゆっくりと目を開くと、そこには金髪の赤ちゃんを抱えた、銀髪の女性が立っていた。あまりにも、美しい。腕中の金髪の赤ちゃんに、なぜか目を奪われる。
「『アニエルカ』だ」
「私の妹の名だ」銀髪の女性がぶっきらぼうに告げる。
「私の妹が美しいと感じるのは無理もないが……かなり露骨だな。育てる必要があるか」
銀髪の女性は呟いた。
「私は『ドラクルア・ロート』。この魔族世界最強と名高い、吸血鬼の女王だ」
ドラクルアは銀髪をばさりと払い、見下ろす。
「お前の名は……『ナイトメア・ブレーク』だ。ナイトメア、お前は今日から私、いや。アニエルカの側に付け」
言われ、身体に何か力が宿ったのを感じる。
「私の妹と同時期に生まれた縁として、名前をくれてやる。……どこまでいけるか楽しみだ」
ニヤリ、と吸血鬼の女王は不敵に笑った。
「妹が欲しければ、私と同じ土俵にまで上がってくるがいい」