アイちゃん アフリカに里帰りをします
アイちゃんが家を出たのは暑い夏の昼下がりでした。
玄関を静かに出ると、先ず右足を羽根の付け根迄持っていき、足で羽根の内側を押し開く様に伸びをすると、次も反対の足を、羽根の付け根に持っていき同じ様に伸びをした。プルルと小さく身震いすると、緑色の羽が少し逆立ち、翼を大きく広げ高く飛んでみる。
やっと自由になれた!青く吸い込まれる様な空を見上げると、大きく息を吸い込み高く舞いあがり、チュチュチュっと歌を歌いながら飛んでいく。
アイちゃんは家を出た時から行き先はアフリカに決めていました。
飼い主のお母さんが「アイちゃんのご先祖様は遠いアフリカの楽園から、きっと船に乗せられ日本へやって来たんだよ。アフリカにはね、いろんな鳥さんがいてね、アイちゃんのお友達も、きっと沢山いるんだろうね」って何時も話してくれてたから、絶対に行ってみたいと思っていました。
通りを横切って小学校の校庭のフェンスの上に足を下ろして辺りを見渡した。
さて、どちらを向いて飛んで行けばアフリカにつくのかな?
近くにいたスズメ達が怪訝な目でアイちゃんを見てる。
「あんた見掛けない鳥だけど、何処から来たんだい?」
「ちょっと、話し掛けるのは止めときな、あたしらとは羽の色も違うし、クチバシだって…あんたもしかして…」
別のスズメが言った時又別のスズメが
「はっはぁ〜、人間様に飼われてたんだな。道理で見掛けない鳥な訳だ。にしても、綺麗な羽の色だなあ、友達にならないか?いろんな所へ連れて行ってやるぜ」
私には、行く所があってお友達にはなれないのよ。ねえ、誰かアフリカっていう所知ってる?
「アフリカ?何だそれゃ?」
「何処かの場所かい?」
「そんな所は知らないねえ、其れよりあんた、も少し高く飛ばないと車にぶち当たってしまうよ。いいかい、あそこに高い木が有るだろ、あれ位の高さで飛べば車にもぶち当たらないし、真っ黒なカラスの野郎からも追いかけられないよ」
そう言いながら土ぼこりの舞う校庭の脇に高くそびえ立つ楠の木を見ながら親切なスズメが教えてくれました。
なる迄、何時もおっかないドスのきいた声で鳴いてるのはカラスっていうんだ。アイちゃんは深く頷いた。
親切にどうもありがとう。私、行かなくちゃ。アフリカには私の友達が沢山居るの。日が暮れる前に着くといいんだけどね。
アイちゃんはそう言うと大きく翼を広げました。
「気を付けて行くんだよー」
「友達に早く会えるといいねー」
スズメ達の声を背中で受け止めながら飛び立ちます。幾つものビルを避け、大きな川沿いを風に身を任せながら飛んで行きます。
アイちゃんは疲れを知りませんでした。
いつしか大きな海に出て、カモメの間をすり抜け飛んで行きます。
どれ位飛んでいたのかアイちゃんにも、分かりません。何時しか広い大地が見え、緑の草原が広がっています。走り抜けるシマウマやライオンを見下ろしながら飛んで行きます。
お生い茂る密林の中に入った時、
あっ!私の仲間だ!私の友達!
ああ〜、なんて素晴らしい!此処がお母さんの言っていた楽園なのね!
沢山のボタンインコが、アイちゃんを歓迎して仲間に入れてくれました。
やがて、とっぷり日が暮れ廻りが静かになった時、アイちゃんの耳に、すすり泣く声が聞こえて来ました。
お母さん……
ああ〜。お母さんが…泣いている。帰らなきゃ……
アイちゃんは、お母さんと巡り合った日の事を思い出しました。
新しくできたペットショップに、生まれて一か月もたたないアイちゃんは、同じ仲間と小さな鳥かごに入れられ、店先に並べられていました。毎日毎日、いろんなお客さんが来ては、アイちゃん達を、もの珍しげに見ていきます。
そんなある日、アイちゃんは、お母さんと目が合いました。アイちゃんを見て優しく微笑むお母さんにおもわずアイちゃんの目は釘付けになります。
「もう少し近寄ってみようかな」
アイちゃんはお母さんの前に行きました。
「家に来る?」
「なんて言ってるんだろう?」
アイちゃんにはお母さんの言葉は理解出来ませんでしたが、微笑みながら話し掛けてくれていることは、理解出来ました。
こうやって、お母さんに連れられてお家に帰って行きました。
アイちゃんは、お母さんと一緒に暮らす様になっても、朝と夕方の2回しかお外に出して貰えません。
お外に出たくて辛くて、いつもイライラしてました。だからお母さんが鳥かごから出してくれた時は、嬉しくて、お母さんの指を噛んだりして、お母さんを困らせたんだよね。
何年経ったんだろう?アイちゃんはおもいました。
毎朝、お母さんが話し掛けてくれる。
「頑張って帰って来るから、おりこうさんで待っててね」
アイちゃんも話し掛けます。
「チュン、チュチュチュン、チュン、気を付けて帰って来てね」
そう言いました。
夕方、鳥かごから出たアイちゃんは、お母さんの肩に乗り、お母さんの手のひらで水浴びをし、一緒にオレンジを食べ、
そう、とても幸せでした。色んなお話を聞かせてくれて、窓越しにお外も見せてくれました。
私のお母さん。大好きなお母さんが泣いている。アイちゃんは暗闇の中、羽ばたきました。お母さんに会わなきゃ。お母さんが待ってる。アイちゃんは必死でした。必死でお母さんのいるお家に帰ったのです。
やっとのおもいでお母さんのいるお家へ帰ると、お母さんはアイちゃんを抱っこして、泣いていました。ボロボロになったアイちゃんの羽をお母さんは撫でています。
「アイちゃん、ずっとお母さんの側にいてくれてありがとう。もっと、もっと長生きして欲しかったけど、とうとう神様がアイちゃんを連れて行ってしまったのね」
そう言うとお母さんの涙がアイちゃんの身体にポタポタと落ちました。
アイちゃんは、お母さんの肩に乗り、お母さんの頬に頭を擦り寄せ
「お母さん、大好きだよ。ずっと、ずっと、大好きだよ。だからもう泣かないで。」
そう言いながら、深い眠りにつきました。
アイちゃんは目覚めると、空高く、高くもっと高く、今度は、本当のお母さんの子どもになる為の
冒険へと旅立って行きました。