9.可愛いライバル
それからまた五日経った。
マリーのハーブは根本を藁で覆った。まだ元気はないが、萎れるのが止まったので冬は越せそうだ。
昼前にやった来たセドリックは少し元気が無かった。それでもいつも通りエレナに駆け寄って囁く。
「エレナ」
「セドリック? 具合が悪いんじゃ無い?」
セドリックはゆるゆると首を横に振る。
「少し落ち込んでるだけ。……明日からしばらく来られないんだ」
そう言ってじっとエレナを見つめた。その目は憂いを帯びていて悲しそうで、心配そうだった。
私が一人でヴァル・フルールでうまくやっていけるか心配してくれていのだろうか?
確かに、セドリック坊ちゃんのお気に入りのエレノア嬢だから、皆親切にしてくれていると言うのもあるだろう。だからと言って、セドリックがいないくらいで態度が変わるような人たちだとは思えない。
「私は大丈夫よ、みんな良くしてくれるし。昨日は牧場のお手伝いしたの。羊をひとところに集めるの、難しいのね」
一人でも上手くやっていることを伝えようと思って、昨日セドリックが帰った後の話をした。
「サムは上手だってほめてくれたけど。ここではやったことがないことが色々できて、たの……しい……わ」
セドリックの落ち込んだ顔が、どんどん険しくなる。エレナはその剣幕に声が小さくなってしまった。
「ふうん……」
セドリックは唸ると目を閉じて息を吐いた。
その態度にエレナは戸惑う。自分の何かが気に障ったのだろうか。自分がいない間に楽しんでいたのが寂しいのだろうか。
「こ、今度一緒にやりましょう……?」
再び目を開けたときには、アイスブルーの瞳はいつも通り優しくて、エレナはほっとした。
「うん、そうだね」
そう言ってエレナの手を取った。
「今日は暖かいし、外でランチにしようよ」
「わかったわ、用意するわね」
別荘の庭のガーデンテーブルにランチを運んで準備していると、
「あ、セドリック様、こんにちは!」
と、可愛い声が響いた。
「何してるの?」
「マリー、こんにちは。今日はお庭でランチをしようと思っているのよ」
「ねえ、セドリック様ぁ」
無視である。可愛いマリーは、セドリック様がお気に入りだ。
でも、もし、エレナがこんなに小さいときに、こんなお兄さんが側にいたら、きっと自分もこうなっていたのではないかと思う。
「マリーも一緒にいかが?」
可愛く思って、声を掛けると、セドリックの隣にぴょこんと座った。それでもエレナのほうは無視である。
微笑ましく思ってセドリックを見ると、少し困った顔をしている。マリーにぐいぐい来られて戸惑っているのだろうか。それもまた違う一面が見られて楽しい。
「エレナ、このパン好きだったよね、」
「あたしはこっちのほうが好きだわ!」
セドリックはエレナに話しかけるが、マリーが入ってきてそうはいかない。
その日のランチは賑やかなひと時となった。
ようやくマリーが立ち去って、セドリックが疲れた様子で紅茶を入れる。
「マリー、セドリックの事大好きね。可愛いわね」
エレナはくすくす笑ってマリーをフォローするが、セドリックは苦い顔をしている。小さな子をそんなに邪魔者扱いすることないのにと思いながら、紅茶のミルクの用意をする。
「明日からしばらく会えないんだよ、僕はとてもつらいのに、君は余裕だ」
「しばらくってどのくらい?」
「顔を出せって言われているだけだから、とりあえず一週間では帰ってくるよ。王都に行くから、様子を見てくるね」