29.後始末
リゼは何か重いものを背負って山を登っている夢を見ていた。
重い。だが、これは私がやらなければいけない。この役目は嫌ではない。この荷物は重いけど愛おしいのだ。でもこれは、なんだっけ??
と、思ったときに目が覚めた。なにか体に重いものが巻き付いている。
ダリウスに巻き付かれていた。首の下に太い腕がある。首が痛い。
お気に入りの腕枕も、そのまま寝ると首がいたくなるものなのだと知った。朝まで一緒だったのは初めてだったのだ。
窓から漏れる柔らかい光に照らされたダリウスの顔は眠っているからか少し幼く見える。黒いつややかな髪、高い鼻。意志の強そうな眉。
昨日のことを思い出す。助けに来てくれたダリウスは結局あまり役に立っていなかったが、命をかけて守ろうとしてくれた事は疑いようもない。
意図を汲んでくれたのは嬉しかったし、最後に支えてくれなかったら上手くいかなかったかもしれない。
ヴィスコーもリゼだけでは動かせなかったと思う。本気のダリウスは迫力が違った。
派閥争いもひと段落だ。平和な国とはいえ、これからまた忙しくなるのだろう。
「ちゃんと感謝してよ……」
呟いて腕枕と同じくらいお気に入りの胸筋にすり寄った。固いが柔らかい、この感触が良い。昨晩は結局されるがままだったので、今度は負けたくない。しかしこういうことはどうしたら勝ちなのだろうか。
「もちろんだ」
起きていたのか、起きたのか。甘い、低い声とともに、太い腕が再度巻き付いてきた。
++
エレナは離宮で事の顛末を説明した後、モンフォール家のタウンハウスに身を寄せた。
「エレノアと申します。皆様よろしくお願いいたします」
メアリーは最初からいなかったことになり、エレナはすでに死んでいる。残った名前はセドリックにもらったエレノアだ。モンフォール家の嫁として領地から挨拶に来た……と言う事になった。
無事モンフォール夫人にも挨拶した。数日前にメアリーとして出会った娘が実は息子の結婚相手だったと知ったわけだが、特に何も言及しなかった。
セドリックは王都の家にも、エレノアが滞在できるようにと、部屋を用意してくれていた。
草の紋様の入った淡い色の壁紙と、明るい色の調度品。少しだけ都会っぽく、所々流行りを取り入れている。……完璧に好みを把握されている。
ひと段落ついて、部屋で落ち着いたエレナにセドリックがお茶を入れてくれた。
ほっとする香り。相変わらずサーブする姿が美しく完璧だ。クロッカスの絵が描かれた白い茶器。ヴァル・フルールでのピクニックを思い出す。
セドリックの怒りは溶けたのかな? と思い、笑顔を向けた。
「無事に終わって良かったわね」
「いやだなあ、お仕置きがまだじゃないか」
にっこり笑った旦那様は、凶悪な顔をしていた。
怯えたエレナを見てセドリックは安心させるように言う。
「鞭で打ったりはしないよ。あんなショーみたいなのではなくてさ」
「な、何に対する、お仕置きでしょうか……?」
いや、分かっている。わかってはいるが、これは逃げられないのだろうか。
「どうして、あんなことになったんだっけ?」
「わ、私が外に出たから……」
「うん。それの」
セドリックはエレナの後ろに回って、耳に甘ったるい声を注ぎ込む。
「お仕置き」
「……っ」
エレナの身体にぞくぞくと痺れが走った。エレナはそれを感じながら、……これは違う、私は断じて調教などされていない!! と、自分に言い聞かせる。
だが、逆らえないのも事実だ。
優しく手を取られて、促されて立ち上がる。これは逃げられない。言うとおりにして早く終わりにしてもらおう。
ベッドに座らされると、セドリックもピッタリと身体をつけて横に座る。
「まず、どうされたんだっけ?」
「……手足を縛られて、目隠しと口を何かでふさがれて」
片手で両手首を纏めて掴まれる。もう片方の手が肩の後ろから回って、目を覆った。
「あの」
不安になって口を開いたとき、その口を口でふさがれる。遠慮のない舌が入ってくる。
「ん~~~」
身体を捩りたくても動けない。首を振って外そうとしたが目を覆う手が顔も押さえつけている。身体に熱がたまってくる。
「ぷは」
「それで?」
全くいつも通りのセドリックの声に、ぞわぞわしている自分が恥ずかしくなる。
「そ、それで、口と目は、外してくれて、そしたらヴァリオン殿下が来て」
「……他の男の名前を呼ばないでくれる?」
目をふさいでいた手がなくなり、エレナの目には不機嫌なセドリックの顔が映る。
「っごめんなさい、……ナ、ナイフで服を切って、身体を見て」
「……は?」
不機嫌な目がさらに凍りつく。
「いや、あの、胸だけだから」
「……それは、辛かったね。後で刻んでおくからね」
何を? というのは怖いので聞かない事にした。
セドリックは優しく丁寧に服を脱がす。上半身を裸にして、またエレナに聞く。
「それで?」
「あ、あとが、いっぱいあったから、それで、ご、ご主人さまはだれって言い出して」
「うん」
「ええと、鞭で痕をなぞってっ……っ」
じゅう、と、音を立てて胸元に喰らいつくように吸い付かれた。
「うう、また、ついちゃうよぉっ、せっかく治ったのにっ」
「つけてるんだよ、その方が安全でしょ」
あんな事がしょっちゅうあってたまるか。そう思っても上手く声が出ない。抵抗できない。
「あぅ…うう」
5つくらい痕をつけてセドリックは胸元から顔をあげる。
「言っておくけど、治しちゃだめだよ」
そう言われて、聖女の力で治せばよかったんじゃん!! と気が付いたが、そうしていたらもっと大変なことになっていたと思うので今回は良かったとしよう。
「それで?」
「っ首筋に、鞭を、当てられて、言わなかったら打つって……ふぅっ」
首筋をべろりと舐めあげる。
「怖かったね……可哀そうに」
怒りがにじむ低い声は、エレナには優しく聞こえた。
「それで、セドリックの名前を言っちゃったの……」
「僕が、君のなんだって?」
「ご、ご主人様……」
「うん」
セドリックは意地悪な目でエレナに口づけする。少し冷たい舌が入ってくる。
激しい、意地悪なキスをされるかと身構えていると、ぺろぺろといたわるようにエレナの舌の先を舐めただけだった。
恐る恐る目を開けると、セドリックは少し不安そうな、優しい顔をしていた。
「僕が酷い事をしたから逃げたってリゼ様に聞いた」
「……」
「でも、やっぱりまた君を抱いたら、最低でもあのくらいはしてしまうな。それは諦めて」
もうしないと言わない所が流石だなと思う。逃す気も、やめる気もない。
でもそれは、……別にいいのだ。
「……そうじゃなくて、目が覚めた時にいてほしかった」
セドリックは驚いたように目を開いた。それから「それはごめん、もう二度と無いようにする」と、神妙な顔をして謝る。
「もしかして、僕に会いたくて村を出たの?」
思考がポジティブだ。実際にはそれは考えていなかったが、そう言うことにしておこう。私も少しは嘘をつくことを学んだのだ!
エレナが頷くと、蕩けるような笑みでベッドに押し倒された。
「大好きだよ、僕のエレナ」
++
公爵家の地下牢からヴァリオンを連れ出すのは難しい事ではなかった。
「まったく、馬鹿な奴らだ。このままではこの国はお終いだ」
やせ細った身体を馬に預けて、すさんだ目をしたヴァリオンはぶつぶつと文句を言っている。
「おじい様が出す食事には毒が入っていたからな、このまま飢え死ぬかと思ったが。ふふ、私の派閥のものが集まれば再起も簡単だろう」
ヴィスコーは暗に、楽に死ねと言っていたのではないかと思う。ヴァリオンをヴィスコーに預けたままだったのも、反乱と言うにはくだらない話が表沙汰にならないように手を回していたからだ。これから婚姻の儀式がある。次代の王の晴れやかな舞台をこんなことでつぶしたくはない。
「そう簡単にいきますかね」
「君も含めて、私を旗印にしたいと思う人間は意外と多いのだよ」
そう言うが、それは思い込みだ。ヴァリオンの取り巻きはヴィスコー公爵の権威あってのものだった。
森を行くと切り立った崖が見えてきた。細い橋がある。
「あの橋を越えれば隣国に出ます。馬はここまでですね。少し休憩しましょう」
馬から降りて、茶を入れる。遠征用の茶器をもってきていた。
「君がいれる茶はうまいな。これからも頼む」
そう言って、優雅にカップを傾けた。
椅子までは用意できなかったので、木の根元に座らせた。不満そうだったが、そこまで文句を言う程馬鹿ではなかったようだ。
「……少し疲れたな」
ヴァリオンは飲み終わると木に寄りかかって深い息を吐いた。静かな森の中、かすかにさらさらと、水が流れる音が聞こえてくる。
暫くすると寝息が聞こえてきた。野外だが日も暖かく、地下牢よりは寝心地がいいのだろう。茶に入れた薬も効いたようだ。
さて、このまま崖から落とす前に、耳を削いで、胸元を刻んでおくか。




