28.アルバローザ
リゼは大きく息を吸った。
できる限り大仰にゆっくり腕を振り上げ、注目を集める。
「疑うならこれを見なさい。
――私は聖女リゼ・エリュシア。
アルバローザよ、私の命を、……愛を、ダリウス・レオナール・ド・イルヴァレアに捧げましょう」
その宣言のような祈りを受けて、塔を覆う太いつるのあらゆるところから、噴き出すように次々に白い大きな薔薇の蕾が生まれ、次々に開いた。
月明かりの下、巨大な塔の残骸に巻き付いて咲き誇る光り輝く大きな白い薔薇の花々は、まさに神の花と言うに相応しい。
その光景は、宗教国家イルヴァレア王国に生きる人々が抗えるものではない。
兵士達は次々に武器を取り落としてその場に崩れ落ちるように平伏した。
彼らは皆、主人であるヴィスコー公爵でもヴァリオンでもなく、ダリウスとリゼに向かって首を垂れた。
リゼはその光景を見て内心胸を撫で下ろした。
これなら生きて帰れそう、そう思ったら気が抜けたのか身体が急に重くなる。ふらりと揺れた時、ダリウスが支えるように腰を抱き寄せた。
「神よ、感謝します。私は聖女リゼ・エリュシアを生涯のただ一人の伴侶とし、一生を捧げましょう」
リゼにしか聞こえないような小さな声でダリウスが呟く。それは婚約の儀での決められた言葉だった。聞くのは2回目だが、婚約の儀で聞いた時よりも重く、熱く、リゼの胸に響いた。
「……どうする、ヴィスコーよ」
ダリウスは地響きにも似た低い声で静かに問う。
リゼはダリウスに寄りかかりながらヴィスコーを睨む。
どう見ても次代の王はこちらだ、お前達に勝ち目はないのだ、という思いを込めて。
ヴィスコーは呆然と寄り添う二人を見ていたが、ふいにヴァリオンに、愛しい孫を見る目を向けた。
「おじい様、」
すがるような、掠れた声が静寂の中に響く。
ヴィスコーはそれからぐるりと周囲を見回した。
兵士達と、アルバローザの巨木に目をやり、そして目を閉じて静かに宣言した。
「逆賊を……ヴァリオンを捕らえよ」
++
ヴァリオンは公爵邸の兵士達に連行された。ヴィスコーは深々と二人に頭を下げ、屋敷に戻って行った。
長年の夢が潰えたからか、孫を失う悲しみか、年相応の弱々しい後ろ姿だった。
リゼは巨木に引っかかって降りられなくなっていた騎士達を下ろしてやる。エレナが苦戦していたので、セドリックと護衛の騎士も引っ張り出した。
棘で傷だらけの人たちを、エレナは片端から治療してあげていた。
「ありがとうメアリー、助かったよ」
「いいえ、このくらいなんでもないわ」
ヴィスコー邸で顔見知りになった人もいたようで、メアリーとして感謝されている。
「なあメアリー、今度お礼に食事でも……ぐあ」
勇気を出して声をかけたのだろうに、男は後ろから革紐で首を絞められ気絶した。
「ふう、危ないところだった」
「セ、セドリック、やりすぎじゃない?」
気絶した騎士をまた治療しようとするエレナを引き剥がすセドリックを見ながら、これでひと段落かなとリゼは腰を伸ばした。
疲れた。考えてみればさっき叩き起こされたのだ。寝間着で大勢の前で威張ってしまった。少し厚手のワンピースのようなデザインだったのが不幸中の幸いである。暗いし、言われなければわからないだろうが、恥ずかしい。
ヴィスコー公爵に馬車くらい出してもらえるだろうか。早く離宮に戻って寝なおしたい。
欠伸しかけていると、バサっとダリウスのマントを被せられた。
「エレナは離宮に戻れ。リゼは俺と王宮だ」
「今日ですか?随分急ですね」
セドリックが言うが、ダリウスは平然としている。
「ヴィスコーとヴァリオンが片付いたなら、もう離宮に避難させる理由もないだろう」
そのままひょいと抱え上げられる。
「ダリウス様?」
「早くしないと夜が開ける。先に戻る。あとは任せる」
「ダリウス様!?」
そうセドリックに言い残しダリウスは踵を返して歩き出す。離れた所で額に口づけされた。
「今夜は寝られるとは思わない事だな」
++
吹っ切れた、からと言って今までと違いすぎではないだろうか。
リゼはぼんやりする頭で思いながらシーツをつかんだ。
見上げるとギラギラと情欲に光る眼がある。
「もう遠慮しないと決めた」
「うう」
快感を逃そうと目を閉じていると、深いキスをされた。肉厚の舌がねじ込まれてリゼの舌の表面をざりざりと舐める。
「ああ、最高だ、こんな時でも凛として美しい」
我慢できないとでも言いたげにかすれた声。顔を撫でられたので手を押さえて指を吸ってやった。
「は、今日は俺がやる」
逆に手を取られてぎゅうっと抱きしめられる。ダリウスの良い匂いを感じて、本当に一つになったような心持がした。




