27.花の聖女
「兄上、やりすぎです。ここまでやってしまったら誤魔化せない」
「ご心配ありがとう。お前の死因は上手く誤魔化しておくよ」
ダリウスが忠告するが、ヴァリオンは平然としている。
「……私が王太子ダリウスとわかっているか」
「弟を名乗る賊だ。問題ない」
騎士にも問いかけるが、ヴァリオンにさえぎられる。
その時、リゼの視界に不思議なものが映り込んだ。
徹底的に植物を取り除かれた空間なのに、床に植物のつるのようなものが見えた。
じわじわと、でも目に見えるような速さで成長している。意思をもった植物が、石の隙間を這っているように見える。
これはもしや……
「ダリウス様、もしかしてエレナも来ていますか?」
「ああ、この塔まで案内してくれた。隠れているように言ったが」
騎士は王太子に攻撃する事を躊躇しているのか、ダリウスとにらみ合って動かない。
しびれを切らしたヴァリオンが叫んだ。
「おい、何をしている、賊を切り捨てろ!!」
はじかれたように騎士が斬りかかり、ダリウスが剣でそれをはじいた。
ギィィン……と、耳障りな音が響く。
二人の動きに、この場の全員が集中する。いまだ、と、リゼはあらん限りの声で叫んだ。
「エレナああ!!! 全力をだして!!!」
次の瞬間、轟音とともに植物のつるが爆発するように太く伸びて、石の塔の壁を突き破った。
「なんだ!?」
石の塔は植物の成長に耐え切れずに崩壊し、ドオオン、ドオオンと、いくつかの塊に分かれて地面に崩れ落ちた。塊が落ちた後はバラバラと細かい石材が雨のように地面に落ちていく。
最上階の壁は粉々になり、リゼは空中に投げ出された。
「リゼ!!」
ダリウスがリゼに手を伸ばす。外れて落ちていく鉄格子を蹴って、必死に手を掴もうとした。
二人で落ちたらだめじゃない。
王太子なのだから、自分の命を大事にしないと。
全く仕方ないなと思いながら、リゼは笑って手を伸ばす。
ダリウスはリゼを抱きしめて、自分が下敷きになろうと反転した。
「愛してる」
死の覚悟がにじむ声で耳元に囁かれる。リゼは幸せな、満足な気分でそれを聞き、ダリウスの体に手を回した。
そして、二人が地面に追突する――
その前に、植物のつるがリゼのイメージ通りに動いて、二人をやさしく抱き取りそっと地面におろした。
リゼはエレナほどの成長を促す力は無いが、植物を動かす事は得意だ。
ダリウスと自分はこれで助かる。その算段があったからエレナに指示を出したのだ。
「……私をなんだと思ってらっしゃるの?」
「……」
ダリウスは気まずそうに目を逸らした。
これは私が、ちゃんと面倒を見なければいけない気がする。
++
石の塔が崩れ切ると、静かながれきの山のなった。
まるで大昔から徐々に植物に侵食された建物がついに崩れたように、ところどころ植物のつるに石材がひっかかっていて、そのがれきの山を植物が抱いている様にもみえる。
階段を登っていた騎士たちは、つるに引っかかって落ちずに済んだようだが、蜘蛛の巣にかかった小虫のように抜け出せずにもがいている。
複雑に絡み合った太いつるには鋭い棘と、青々とした葉。
月明かりが煌々とその様子を照らしていた。
「リゼ!」
塔の元からエレナが駆けて来た。
「これでよかった!?」
「ありがとう、バッチリよ。私じゃここまでできないわ……」
「良かった。セレネ様に一番強い薔薇の苗を貰ってきたの」
「一番強い、薔薇ね」
リゼは薔薇の木を見る。薔薇にしては太く、葉が大きい。
「あ、セドリックを巻き込んじゃったから助けてくるね」
エレナはそれだけ言うと、塔の方へ戻って行った。
よく見ると根元の方で、セドリックもつるにとらわれてもがいている。騎士と違って鎧を着ていない分、棘が痛そうだ。
主人をあのやろう呼ばわりする秘書官は、少しくらい痛い目にあえばいい。
「これは、何ということか!?」
音を聞きつけたのか、ヴィスコー公爵邸からわらわらと人が集まって来た。
公爵自身もローブ姿のまま、篝火を持った使用人を従えてやってきた。
「ヴィスコー公爵、これは」
ダリウスが口を開いた時だった。
「おい! そいつは王太子を語る賊だ! 殺せ!」
ヴァリオンの声が響いた。
共に放り出されたはずなのに、打ちどころが良かったのか、つるに引っかかったのか……血を流したヴァリオンが足を引き摺っている。
どこかに引っ掛けたのか、血だらけの顔は眼鏡もなく、そのせいか知性がなく粗野に見える。
リゼは、ヴァリオンの声を聞いたヴィスコー公爵の目が計算高く光るのを見た。
ここは公爵邸。いわば敵陣である。ヴィスコーがダリウスを賊と認めれば、ここに集まるヴィスコー公爵の私兵は敵となる。流石に勝ち目はない。
「ダリウス様、まさかお一人で来たのですか?」
「護衛は居たが、エレナと待機を命じた。根元でセドリックと一緒にもがいてるのがそれだ……」
「……」
となると、ここにいるダリウスの仲間で動けるものはいない。
公爵家の兵士は続々と集まってくる。
ダリウスがリゼを庇うようにしながらヴィスコーの方へ足を向けた。
「どうするおつもりです」
「ヴァリオンの所業を不問にする、神の子の後見、それくらいしか交渉材料が思いつかん。あとは俺の首か。だがお前を殺させないくらいは出来るだろう」
「待って」
リゼはダリウスの腕を掴んだ。
ダリウスは目で、止めるなと言った。
いや、止める。この場にあるもので、私なら抑えられる。
リゼは意を決して、ヴィスコー達に向かって高らかに声を上げた。
「控えよ! 王太子ダリウス殿下の御前であるぞ!」
「リゼ?」
小さな声で驚いたようにダリウスが言う。
驚くな、堂々としていろ! と、心の中で叱咤しながらダリウスをチラッと睨む。
それで通じたようだ。ダリウスはいつも臣下に対する時のように泰然とした態度をとり、胸を張って見下ろすように辺りを睥睨した。
兵士達は王太子の威光に怖気付いて後ずさる。
……本当に、雰囲気だけは立派なんだから。
リゼは続ける。出来るだけ威厳に満ちた、王妃となる聖女として。
「逆賊ヴァリオンは神の子ダリウスに刃を向けた。その所業は万死に値する。ヴィスコーよ、逆賊に与したと思われたくなければ、ここでヴァリオンを捕えて見せよ」
「な、何を言っている! 賊はたった2人だ! おじい様、ただの加護持ちの戯言です。賢いご判断を! 長年の夢が叶うのですよ!」
被せるようにヴァリオンが言う。
ヴィスコーはリゼを見つめ、そしてヴァリオンを見た。微かに目を細めたように見えた。
よし
リゼは大きく息を吸った。




