8.王太子の失恋
神官長からその報告を受けても、ダリウスは信じられなかった。
「エレナが……? 何故」
愛しいエレナが、儀式の日から留め置かれていた王宮の一室で、死んでいたというのだ。
神官長は目を伏せている。
「見張の者が目を離した少しの間の事でした。あれから一心不乱に祈りを捧げており、寝食も忘れているようであったので、気を付けてはいたのですが……」
ダリウスは怯えたエレナの目を思い出す。
「俺のせいか? 俺が怒鳴ったから」
ダリウスは儀式の失敗で逆上した。エレナの非を一方的に責めた。
アルバローザは純潔と真心の花だ。それが咲かなかった事で今までずっと信じていた心の拠り所が、砕けた気がしたのだ。
――俺はなんて事を
ダリウスは目の前が暗くなった。
「いいえ、神に召し上げられたのでしょう。枯れた花のように崩れ落ち、遺体も残りませんでした」
神官長は静かな声で言った。
その命の落とし方は、古い大聖女の伝説でしか知らない。そのようなことが本当に起こるのだろうか……そんな馬鹿な。
しかし、反論は信仰を、教会を疑うことになる。
ダリウスは色々な思いや考えを飲み込んだ。本当がどうであれ、それが王家にとっても教会にとっても都合がいいことは明白だった。
エレナが消えた理由が何であっても……逃亡でも自害でも……殺害でも、もうエレナは手に入らない。アルバローザが咲かなかったら正妃には出来ない。
であれば、王家と教会の関係にひびが入るようなことは望ましくない。
「……そうか……解った」
そして、花の聖女エレナ・フィオーレは神に召された大聖女として、死んだことになった。
◆◆◆
ダリウスは呆然としたまま一日を過ごし、夜ようやく落ち着いてエレナの事を振り返った。
待ち焦がれ、三年前にやっと再会できたエレナ。
聖女となり現れるだろうと思ったので、周りからの早く王太子妃をというプレッシャーをはねのけずっと待っていた。
何度も夢に見た白い髪、赤い瞳。その色に似あった兎のような印象の愛らしい顔立ち。
想像していたよりずっと美しく成長していて、伏せた瞳は色気があり、突然の求婚に戸惑う様子も愛おしかった。
絶対に手に入れたかったので、しきたりも守ったし、うるさい貴族も説得して穏便に黙らせた。余計なことをして破談にされてはたまらない。
会うのは月一回の茶会のみ。指一本触れていなかった。
やっとこの腕に抱けると思っていたのにな……
エレナのほうは自分を覚えていないし、以前出会ったことを誰にも知られるわけにはいかない。
そのことを告げることもできず、怖がられている事も分かっていたのだが、エレナは拒むことなどできないのだ。
権力で一方的に従わせることになったが、そうやって始まっても、これから時間を費やせば、いつか想い合えると思っていた。
まさか最後の最後で、神に邪魔をされるとは。
神を恨んでも、憂鬱な気分は晴れることはない。エレナを怒鳴りつけたことの後悔で胸がつぶされそうだった。
こんなことで落ち込んでいてはいけない。
しかし、一人で抱えているとずぶずぶと沈んでいきそうだった。なんとかしなければ……と、思い、ダリウスは旧友の顔を思い出す。
続きは明日投稿致します。
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