22.ハニトラ担当
「エレナ!!」
「リゼ!!」
次の日の朝、約束通り届けられたエレナに、リゼは二人になった瞬間抱きついた。
「なんで! 生きて!るのっ!!」
涙がとめどなく溢れる。
「私、死んで無いのよ! 気がついたら死んだことになってたの! 私、なんともないのよ!」
「良かった、ほんと良かったあああ」
「リゼ泣き過ぎ」
エレナも涙声だが、ふふふと笑う。その声がまた懐かしくて嬉しくて、リゼはもっと強く抱きしめた。
「リゼ、私ね……」
「まって、落ち着いたら話聞くからまって」
そう言ってかなり長い間、優しいエレナの手のひらを背中に感じながら、リゼはエレナを抱きしめて泣いた。
「どこから話そうか?」
リゼの部屋で二人並んで座る。エレナが侍女らしくお茶を入れてくれた。
久しぶりの、エレナのハーブティーだった。香りも味も嬉しくてまた涙が滲む。
「とは言ってもね、私も王都でどうなってるのかよくわからないのだけど。婚約の儀でアルバローザが咲かなくて。それで処刑されるかもって言われて王宮から逃がしてもらったんだよね。そこで暮らしてたの」
「どこにいたの?」
「モンフォール家の領地よ」
「モンフォールって、セドリックの」
「そうそう! セドリックに匿ってもらってたの」
ーーエレナ様はどのような方だったのですか?
確かそんな事を聞かれなかっただろうか。あの時には彼は、エレナを知っていた……?
でもだから、ダリウスはエレナが生きていることを知っていたのか。
なんですぐに教えてくれなかったんだろう……以前コルネリアが言っていたことを思い出す。「エレナがおねだりして、ダリウス様にリゼを娶ってもらったんじゃないか」……そうなのだろうか?
「それでね、村から出たら攫われちゃって。で、ヴァリオン殿下につかまってね」
「えええ? まって、急展開ね?」
「村から出るなって言われてたのよ。でも……ちょっと嫌な事があって抜け出したら、そんなことに」
「大丈夫だったの!? っていうか、ヴァリオン様があなたを、ええと」
ヴァリオンの元に行く事から助けたつもりだったのに、元々つかまっていた?リゼは混乱してきた。
「ヴァリオン殿下につかまって、セドリックが助けに来てくれたんだけど、上手いこと、……なんていうのかしら、スパイ? そんな感じで潜り込めて、私をリゼの所に行けるようにしてくれたの」
「? どういう事?」
「たぶんダリウス殿下には今頃セドリックが説明してると思うけど。リゼが私を助けてくれればここに来られるようにしてくれたのよ。昨日リゼが来てくれて本当に良かった。メアリーとして、ここにこれたから計画通り!」
「??」
「私もね、ヴァリオン殿下のスパイなの!」
得意げに目を輝かせて言うエレナにちょっとついていけない。
「……ん?」
「ダリウス殿下をリゼの寝室に入れない事がミッションだから。今日から私がリゼと一緒に寝るの!」
スパイ? ダリウスを寝室に入れない? ダリウスとエレナの関係を考えると、それはつまり、ハニートラップのような? 何かを誤解しているのか、わかったうえでそう言っているのかよくわからないが、つまり……
「エレナとセドリックはヴァリオン殿下のスパイで、エレナはダリウス様を……ええと私を引き離すようにって言われているという事……?」
「そうそう! 別に私がダリウス殿下と一緒に居なくても、リゼと夜一緒にいれば殿下も手を出さないとおもったから、リゼと一緒に寝たいなっていうのは私の希望」
ようやくなんとなく状況が分かって、リゼはため息をついた。
「……どういう事……私、侍女を寝所に引きずり込む女になるわけ?」
「ああ、そうか、聖女同士ではないものね」
どうしよう、と目を丸くするエレナがおかしくて、なんだか気が抜ける。
聖女の時は同じ部屋だったから、深く考えていなかったのだろう。
エレナはいつもそうだ。思いついたらとりあえず実行するのだ。失敗してもあまり気にならないようで、リゼはいつもハラハラする。
「わかった、いいわよ。王太子妃は可愛い女の子が大好きってことにするわ」
「本当に大好きでしょ?」
エレナはいたずらっ子のように笑う。リゼにしか見せないこの笑顔には勝てない。
リゼもここにきてからずっと緊張していたので、少しエレナと一緒に居たい。それは本当だ。
ダリウスも事情を分かっているなら問題ないだろう。どうしても、リゼを毎晩抱きたいわけではあるまい。
「そうね、私、エレナが大好きよ。王太子から妃を奪うなんて、やるじゃない」
リゼはそういって、もう一度エレナを抱きしめた。
++
セレネは聖女で王族。エレナを知っているので、誤魔化せない。
今日はセレネも離宮にいたので、エレナを紹介する事にした。ただ、スパイだとかそう言うことは伏せることにした。セレネはヴァリオンを嫌っている。思惑が増えてはダリウス達は困るだろう。
「メアリーと申します。リゼ様のお世話をさせていただきます」
エレナはメアリーと名乗り、田舎から出て来たばかりの娘のようにお辞儀をした。
「見た事ある子ねー」
「……ここにいるのは侍女のメアリーという事でお願い致します」
リゼは、ヴィスコー公爵の所にいたのを見つけて貰い受けて来たと紹介した。
セレネは整えられた細い眉毛を上げて、リゼに視線をよこす。
「なんでしょうか」
「いいえ? 真実の愛には苦しめられることもあるわよ。ヴィスコー公爵はそう言うのお得意だし。メアリー、あなたできるだけダリウスには近づかないで頂戴」
「あ、あの、ダリウス殿下とはもう大丈夫なんです」
エレナが口を挟んだ。
「ちゃんと、お話ししましたから」
「……メアリー、まずは口の聞き方から覚えなさい」
セレネがにっこりと言う。
「侍女のフリをするなら、ちゃんとやりなさい。他人の話に割って入らない。上の人への返事はイエスかはい。いい?」
「は、はい……」
エレナは本当に新人の侍女のように、しおしおと引き下がった。




