15.助けに来たご主人様
エレナは聖女用の檻の中で1日を過ごした。
ヴァリオンは良い事を教えてくれたご褒美と言って、新しいドレスを用意してくれ、食事もちゃんと用意してくれた。
足枷はそのままだったが、手枷は外された。
ヴァリオンはあれから数回様子を見に来た。
来る時には、階段からかつんかつんと足音が聞こえる。最初は恐ろしくて仕方がなかったが、鉄格子からこちらに入ってくることもなく、しばらく穏やかに話をして戻っていく。
ちゃんと人間らしく扱って、酷い事をしない。それだけで、なぜか意外といい人なのかもと思ってしまう。
ヴァリオンの話から、ダリウスの妃にリゼが決まった事を知った。その二人は意外だった。二人とも強そうなので、並んだ所を思い浮かべると、ちょっと迫力がある。
リゼはエレナからダリウスの話を聞いては酷い男だと憤っていた。喧嘩をしていないだろうか。
リゼは強そうに見えるが、無理をしてしまうところがある。裏で泣くリゼを慰めるのはいつもエレナだった。
ダリウスはリゼを愛してくれるだろうか。リゼはダリウスに涙を見せられるだろうか。
陽が落ちて、少し寒くなってベッドに潜り込んだ。時間はわからない。夕食はまだなので、またヴァリオンが来るかもしれない。
しばらくして、かつんかつんと足音が聞こえた。エレナは飛び起きる。怖いは怖いのだが、何も変わり映えのない動きもない、時間もわからない中では、話し相手の来訪にどうしても喜びを感じてしまう。
よく聞くと、足音が二つある。
何か話し声が聞こえる。
「まだ上がるんですか?」
「一番上だよ、鳥や虫が種を運んでくる可能性を減らすためにね」
「成程、勉強になります」
「まさかこれで息が上がるなど言わないでおくれよ」
エレナは耳を疑った。
ヴァリオンと話しているのは……聞き間違えるわけがない、あの声。
しかし妙に、仲が良さそうだ。
セドリックはダリウスの側近。ヴァリオンとダリウスはあまり仲が良くなかったのでは。
階段から灯りを持ってヴァリオンが上がってきた。
呆然としているエレナを見て、面白そうににやりと笑う。
「ついたよ。ほらこれ、君の兎だろう?」
「セドリック!?」
ヴァリオンに続いて上がってきた『ご主人様』は、一瞬だけホッとした顔をしたが、すぐにヴァリオンと同じような目をして言った。
「ああ、本当だ。保護してくださってありがとうございます。……あれだけ躾けたのに、まさか逃げ出すとは」
躾けた!? 躾けたって言った!!?
思わず何が言おうと口を開いたら、ブリザードのように強く冷たい視線が突き刺さった。
ヒュ
エレナは内臓が縮み上がる思いがした。冷たい色の目が怒りに燃えている。
思わず息を呑んで後退りする。足枷が音を立ててワンピースの裾から覗いた。
セドリックは足枷を見てぴくりと片目を痙攣させた。不愉快そうな顔を隠さない。
「エレナ、僕に言う事は?」
「ご、ごめんなさい」
「こうなったのはどうして?」
「わ、私が、言う事聞かなかったから……?」
「うん。それで?」
「も、もう二度と、勝手に、外に出ません……」
セドリックの迫力に口が勝手に動く。その様子を見ていたヴァリオンが楽しそうに言った。
「すごいな! 鞭も使わずにここまで飼い慣らすとはね」
「恐れ入ります。しかし、相応の仕置きは必要ですね。連れて帰ってもよろしいですか、お礼は後日改めて」
「はは、この檻は使って構わないよ。ここに置いておくと良い。日頃の世話くらいはしてやる」
「いえ、そんな勿体無い。今までも草花の中で過ごさせましたが、逃げる事はありませんでしたし」
……セドリック、これは、フリ、よね???
本当に思ってるわけでは、無いわよね????
あまりも違和感の無い様子にエレナの心に疑問が浮かぶ。さっき一瞬見せた眼差しが無ければ信じられないくらいに、セドリックはヴァリオンと同種の空気を放っていた。
しかし、物騒な会話だが、よく聞けばエレナをここから出そうとしてくれてはいるようだ。
で、でも今、仕置き、って……
階段の脇の作業台にある見た事ない形をした工具が何となく恐ろしくて、目を逸らした。
「何か勘違いしていないか? 私と君は同等ではない」
ヴァリオンのイライラした声が聞こえた。
「私に口ごたえするな。ただ君とは友達にはなりたい。そうなれるよう弁えろ」
「……それは、失礼致しました」
セドリックが謝るとヴァリオンは満足げに微笑んだ。
「で、どうする? 晩餐を用意させているが、時間はある。仕置きをするならここでやれば良い」
「!!??」
エレナは目を剥く。
「見たところ道具は使っていないようだったが、ここにあるものは自由に使って良い」
「そうですね……」
セドリックはぐるりと見渡し、一つ手に取った。
それは革の紐で出来たハタキのような形で、棒の先に、なめした革紐が複数付いている。
セドリックが空に向かってそれを振りおろすと、パァン、と、破裂音がした。
「上手いな」
「ありがとうございます」
ちょ!?ちょっと!!??
セドリックはその道具をぽんぽんと手で叩きながらエレナに笑顔を向ける。
エレナはいつもなら優しくて大好きなその笑顔が、あまりにも恐ろしくて青ざめた。
「それでしたら、二人にしてもらえますか? ……見られていると逆にご褒美になってしまうので」
フリよね? 本気じゃないわよね!!??
あと、本当に、……楽しんでないわよね!!??