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【完結】花の聖女と秘密の庭 ~伯爵令息の溺愛スローライフ計画は成功しない?~  作者: ru
【第二章】聖女達の婚姻 ~王太子のセカンドラブは義務と責任から始まる~
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13.檻と鞭


 エレナは反省していた。


 しょぼんとしたエレナを、まるで動物を観察するように男は言った。


「まさかこんなに簡単に捕まるとは」


 石で出来た円形の部屋。鉄格子がはまった窓。

 連れてこられた時階段をずいぶん登ったようだったから、おそらく塔の上の方だ。


 目隠しと猿轡はさっき外してもらえたが、手枷と足枷で自由に動けない。鉄で出来た寝台から鉄の鎖が足枷に伸びている。

 部屋は区切るように一面に鉄格子が嵌め込まれており、エレナからは鉄格子越しに、この部屋へ上ってくる階段と作業机と椅子、何やら工具のようなものが見える。最上階なのだろうか、ここから上がる階段はない。その代わり部屋の端に梯子があった。その先はよく見えない。


 鉄格子のこちら側には、寝台しかない。


 まるでこちらを観察するために設えてあるようだった。


 ヒューゴの荷馬車に隠れて脱走して、次の街でヒューゴに見つかった。戻るのは嫌だと駄々をこねて、本邸まで一緒に行ってそこで降ろす約束になった。

 途中の町でバームを見てくれた薬師がいると言うので一緒に店まで行った。

 薬師とヒューゴが話している時、少し外で待っていたら、突然、簀巻きにされて連れ去られた。


「悪く思うな、白髪で赤目の女がこの町に来たら、連れてこいって言われてんだ!」

「ひひ、物好きな金持ちもいるもんだぜ!」


 ……ごめんなさい。人質にも貢物にもなると言われていたのに。


 エレナは反省していた。


 セドリックの心配と言うのは、危険という意味ではない気がしていたのだ。エレナが自分から逃げるんじゃないか心配という意味の心配。

 あと、自分なんかに利用価値があるとはどうも信じられない。実感が無いというのもある。


「やはり生きていたのだね、聖女エレナ」


 鉄格子越しのヴァリオンは、眼鏡をかちゃりとあげた。

 聖女は王族以外に顔を見せないが、ヴァリオンは第一王子、当然エレナの顔を知っている。人違いで誤魔化すことも出来ない。


 弟のダリウスとは正反対の印象の、冷たくて線が細い男だ。技術分野の統括をしていると聞いた事がある。王族というより、役人のような雰囲気だ。


 灰色の髪を後ろになでつけ、ツーポイントの眼鏡をかけている。乗馬ズボンにブーツ。黒い革手袋をして乗馬鞭を脇に挟む様に持っている。馬で来たにしても、何故ここに鞭まで持ってくるのか。


 鋭い金色の目がエレナを見下ろす。


 高圧的な視線に、エレナは小柄な自分がもっと小さくなったような気がする。


「ど、どうして、私、捕まったんですか?」


 セドリックは、エレナがダリウスに対して人質にも貢物にも使えると言っていた。

 どちらかなら貢物にして欲しい。ダリウスならセドリックに返してくれると思う。人質だとひたすら迷惑だ。……ヴァリオンがダリウスに貢物を渡す理由は思い浮かばないけど。


「助けてあげたのだよ、薬など作らされていたようだったから」


 ヴァリオンは目を細めてエレナを見る。


「君にはもっと、良い使い道があるのに」

「た、助けたなら、この、牢屋みたいなのって」

「牢屋だなんて。聖女用の檻は作るのが大変なんだよ、植物があったらすぐ逃げてしまうから」


 確かに、植物があれば、奇跡の力を使って抜け出す事もできるかもしれないが、全面石造りの部屋は徹底的に除草してある様で、エレナの力が届く範囲に植物の気配はない。

 ベッドも鉄で出来ていて、寝具は高級な毛織物と羽毛だ。中に藁でも入っていれば力になるのに徹底している。


「聖女用の、檻……」


 これは助けた様には到底見えない。


 ヴァリオンは鍵を開けて中に入ってきた。ガチャガチャ、ギイ、ガチャン、という金属音も恐怖を煽る。


「座って」


 ベッドを指差す。冷たい声。ダリウスとは違う威圧感。人を見下し、人に命じ慣れている声だった。


 言う事を聞くのも嫌だが、この状況ではどうしようもない。

 エレナはビクビクしながら命じられた場所に座る。

 ヴァリオンは近づいてくるとエレナの顎を掴んであげさせた。


「ダリウスとは仲良くやっている?」

「……」


 どう答えて良いかわからない。


 ダリウスとまだ関係があるか聞かれているのか? もしそうだったら人質にするのだろうか。


「答えなさい」


 目の力が怖い。口元は微笑んだ形なのに、ダリウスより線の細い顔立ちをしているのに。

 どちらかというと、セドリックがたまに醸し出す怖さに似ている。

 ……セドリックが人を従わせようとする時の目だ。


「い、いいえ」

「そうか。正妃の件が落ち着いたら囲うつもりなのかな」


 正妃の件?

 情報を遮断されていたエレナはダリウスとリゼの婚約を知らなかった。


「ならば、今のうちに君を取り込めば良いね。くく、ダリウスが恋人を侍らせる時、すでにそれは私の従順な毒兎」

「え?」


 毒……なんて?


「私が自ら調教してあげる」


 ヴァリオンは乗馬鞭を手で打って、ぴしりと鳴らした。


「早く従順になりたまえよ。聖女は薬が効かないから、素直じゃ無いとコレを沢山味わうことになる」

「え!?」

「私としては、多少は楽しみたい気持ちもあるがね」


 驚き怯えるエレナを見て、ヴァリオンの目が、愉悦に光る。

 セドリックのあの時の目から、愛情を抜いたようなギラギラした光り方をしていた。


 ヴァリオンは今度は懐からナイフを出し、エレナの首筋に当てた。


「ひゃっ」

「動かない。なるべく傷をつけずにすませたいから」


 エレナは怖くて目を固く閉じた。

 スッとナイフが服を撫でる感じがする。


 よほど良い切れ味なのか、ぱらりと服が開いて、胸が外気に触れた。


「へえ」


 何故かそこで、ヴァリオンの動きが止まった。

 エレナは恐る恐る目を開けると、ヴァリオンはエレナの胸元をしげしげとみている。


 自分でも胸元に目を落とす。


 そこにはまだまだ赤黒いアザが沢山あった。


 情事の痕を見られて、エレナは恥ずかしくなって胸元を押さえる。手枷ががちゃんと音を立てた。


「なんだ、もう調教済みなのか?」


 ぐい、と、手をどけさせられて、身体を見られる。


 ち、調教!?

 調教ってどう言う事!?


 エレナは他を知らない。だから痕のつき方が、異常だとは知らなかった。


「ダリウスはこういう趣味は無い……真面目でつまらない男だ。ましてや他の男に任せるような事は絶対ないだろうね」


 ヴァリオンはエレナの身体を観察する。ジロジロと批評するような目で一通り見て、手を離した。


「お前の主人はだれ?」


 これは、答えたら、どうなるのだろうか。


「答えなさい」


 これに答えたら、セドリックが弱みを握られてしまうのでは。

 そう思ってエレナは口を閉じた。


「それとも私から調教されたい? ご主人様でない、私から」


 ヴァリオンはそう言いながら胸元のアザを一つ一つ鞭の先でなぞる。


「私に上書きされたら、君のご主人様はどうするだろうね?」


 どうしよう、多分そんなことしたら、セドリックは王子といえども手段を選ばない気がする。


「こんなに優しい痕では終わらないよ? 見たところ縄や鞭の痕は無さそうだ。……物足りなかったんじゃないかな? 私に新しい快楽を教えてもらいたい?」


 い、嫌だ。

 痛い事は嫌だ。怖いのも嫌だ。


 痛い、と伝えれば、セドリックはやめてくれた。

 ヴァリオンは違う。痛い、怖いと言ったら、もっとエスカレートしそうだ。

 そう思ってぶるりと震えると首筋に鞭を当てられた。


「え、」

「早く言いなさい。ご主人様は誰? 言わなければ言うまで打つ」


 何げない言い方が、暴力がヴァリオンにとって普通のことで、言っている事が本気なのだとわかる。


「い、嫌」

「君のご主人様は痛い事をしないんじゃない? されてみたい?」

「し、しないし、されたくない」

「ふーん。まあ痛いのもすぐに良くなるよ。君素質ありそうだし。じゃあいくね」


 わざとらしくヒュン、と音を鳴らす。

 その空を割く音にエレナは折れた。


「や、やだ! 言うから! やめて!」


 ヒュ、と振り下ろされた音が耳元で止まる。内臓がぎゅっとした。

 鞭の先が縮こまったエレナの顎をすくってヴァリオンの方を向かせる。

 ヴァリオンの金色の目は蛇の様で、エレナの怯えた顔を見ると満足そうに歪んだ。


「で? 君のご主人様の名前は?」

「……セドリック・モンフォールです……」


 なんだか、違う意味な気がすごくするけれど、結婚したのだから主人で間違いはない。あと、これをやった張本人という意味でも、間違いではない。


 でも、でも、


 エレナは言ってから赤くなる。


 なんて言うか、セドリックをヴァリオンが言ってるご主人様と認めるのはよろしくない様な気がする……


「へえ、彼、こっちの人間だったのか」


 にや、と笑って、ヴァリオンは鞭を収めた。


「それは、いい事を聞いた」


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