5.離宮の夜
夜。
準備を整えられたリゼは寝室でダリウスを待った。
王妃に貰った種を一つ胸元に隠し持つ。
ノックがあり、「どうぞ」と答え、同時に祈りを捧げる。
これを、ダリウスへ。私の姿が彼の愛しいエレナに見えるようにーー
瞬く間に種から透明の植物が湧き出るように部屋に広がり、空気に溶けるように消えた。
「!?」
ダリウスが入ってきて、リゼを見て目を丸くした。
「……お前、また嵌められたのか?」
驚いたように言って、目を逸らし息を吐く。
「またこんな所に……あいつは何をやっているんだ。呼んでくる」
「待って」
リゼは咄嗟に声を上げた。
予想していた反応と違う。出て行こうとするダリウスを慌てて呼び止める。
また嵌められたのか、と言った。呼んでくる、と言った。エレナは何かに巻き込まれたのか。エレナの関係者がいると言うことか。
何よりダリウスの声色だ。驚いてはいたが、少し呆れたような言い方。威圧感もなく、まるで友人に呼びかけるような声。
そして……思ったよりも、熱が籠っていない。
「エレナは生きているの?」
ダリウスがこちらを見て、目を瞬かせた。
怪訝そうな顔をして目頭を押さえる。
ゆっくり目を開けて目が合った時、いつものような眼差しと声色に戻っていた。
「見間違えた。気にするな」
「エレナに見えます?」
「いや、間違えただけだ」
「エレナに?」
「ここは其方しか居ないだろう、間違えただけだ」
仏頂面で繰り返す。認めるつもりは無いようだが、エレナに見えたのだろう。そして先ほどの反応だ。
エレナは生きている? リゼはドキドキと鼓動が大きくなるのを感じた。
ダリウスは部屋の隅に用意されていたグラスに酒を注ぐ。「飲めるか?」と聞いて来たので頷いた。
同じ物を二つ持って、ソファーに座る。
リゼも目で促されて並んで座った。
「……其方に伝える事が」
「……あなたに聞きたい事が」
少しの沈黙の後に二人同時に声を出した。
「……なんだ」
ダリウスがリゼに譲る。本当はダリウスを優先させるべきだろうが、リゼはまずエレナの事が知りたいのだ。その為に妃にまでなったのだから。
「エレナは、生きているのですか?」
「……」
「エレナは私の大切な人なのです。ずっと一緒に育って来ました。家族のようなものです。死んだと聞かされていますが、遺体も無く……何処かに隠されているのではないかと思っていたのです」
「……」
「先程、あなたには私がエレナに見えたはずです。すみません、そういうのを使いました」
「……」
「あなたの反応は、死んだ者を見た反応ではありませんでした。生きているのね? それに、今どうしているかご存知なのでしょう!?」
「……」
聞いているのか、目を逸らし返事をしないダリウスに、リゼはだんだんイライラしてきた。
「なんとか言ったらどう!?」
なぜ答えない。
興奮し頭が真っ白になる。ついに立ち上がって怒鳴りつけた。
「……生きている」
ダリウスは呟くように言った。
「詳しくは言えないが、そのうち会える」
「生きてる」
「ああ。だから、そういきり立つな」
「今どこにいるの」
「王都ではない」
「あなたが隠しているの?」
「違う。……それもいずれ分かる。悪い事にはなっていないから安心しろ」
「本当ね?」
「本当だ」
ダリウスはしっかりとこちらを見て言った。
「生きているし無事だし元気だ。……多分、幸せにやってる。そのうち会える」
「会える?」
「ああ、約束する」
ダリウスの目は真剣で、嘘をついているようには見えなかった。
生きている。無事。そのうち会える。
その言葉が本当かはわからないが、今まで張り詰めていた気持ちが解け、リゼはその場に崩れた。
涙が込み上げて、ダリウスの足元にうずくまって泣いた。
「おい」
「あ、あなたが、私からあの子を奪ったのよ」
「……」
「ずっと一緒に生きていくつもりだったのに」
涙が止まらない。恨み言を言うつもりは無かったが、言葉があふれる。
「本当に姉妹のようだったの。なのに、あなたが急にっ ……あの子だって困ってたのに!」
死んだなら、それがダリウスのせいなら殺してやると思っていたし、そうで無ければ手掛かりが欲しかった。
「そうか……」
「うーー」
ダリウスが近くにいる気配がする。顔を上げると思ったよりも近い位置に顔があった。
困ったような顔で覗き込んでいる。
それからリゼの涙が止まるまではかなりの時間がかかったが、ダリウスは何も言わず何もせず、ただ膝をついてリゼの側に居た。




