45.いまさら言うな
ベッドの中から上がった声にダリウスは目を瞬いた。
「何だと?」
「私たち、色々ありましたけど、ほとんどお話しした事ないじゃないですか!?」
「今更話す事なんてあるか?」
「え、ええと」
結局、二人は始まってないのに終わったのだ。今更話して何になる。辛いだけだ。
ならば、と、ダリウスは思いついた。辛いついでに、聞いておこうか。あとからセドリックに聞こうと思っていたが、ヤツはこの件に関しては信用できない。
「……セドリックとは、いつから会っていた?」
「婚約の儀のあと、処刑されるかも、と言われて怯えていたら、助けていただきました」
「処刑?」
「あ、それは、その、勘違いだったんですが」
エレナはあわあわと首を横に振る。
「……その前からではないのか?」
「ち、違います。その、幼い頃会ったと言うのもよく覚えてなくて。なので、その時初めて会いました」
アルバローザが咲かなかったのは、以前からセドリックと密通し、愛し合っていたというのが一番考えられることだと思っていた。
だが、セドリックに会ったのが儀式の後なら話は変わってくる。エレナが嘘をついているようにも思えない。
まあ、これまでセドリックにまんまと騙されていたわけだから、自分の人を見る目は信用できないが。
「では、……なんで咲かなかったと思う?」
「それが、私もわからないのです。条件は満たしていたはずなのですが」
「条件?」
「聖花とされるものの中には、実は加護の力は関係なく、条件で開花するものがあるのです。ラヴェンナみたいに加護の力で魔法のように使うのもありますけど、アルバローザは条件が大事で。その条件は」
「真心と純潔というやつか?」
「そうです。でも、その、……純潔の方はあまり守ってなくても開花した例は多くて。三ヶ月くらい他の異性と性交渉が無ければそれで良いようなんです。以前どうしても聖女と結婚したく無い王子様が、前日に浮気して咲かせなかったとかいう話もあって。あ、殿下を疑ってるわけでは無いですよ、変なこと言ってすみません」
ぺこりと頭を下げる。
話していたら夢中になって来たのか、身振り手振りを交えて語る。掛布が落ちてネグリジェが露になっていたが、もう気にならないらしい。
「でも、真心の方は定義が難しいじゃないですか。何をしたら真心があるとされるか? 私は覚悟かなと思ってました。一生添い遂げる覚悟。それはちゃんとしたつもりだったのですけども。それが違ったのですかね? 殿下はどうですか?」
添い遂げる覚悟はあった、という言葉に胸が高鳴った。
言葉だけ聞くとそっちに覚悟はあったのかと責められているようだが、エレナは本当に不思議そうだ。
「俺は、真心は愛だと思っていたし、それは絶対に満たしていた」
自信満々に答えるとエレナは目をぱちくりさせて、再度布団にもぐりこんで照れたように目をそらした。
可愛いな。と、ダリウスはつい思った。
しかし返答がないところを見ると、覚悟はあったが愛はなかったという事か。
「あ、愛については、以前の方々を調べるとですね、かなり政略的な結婚も多かったようですし。側妃のほうを愛していた方も多いですし。好きになった人がたまたま聖女になったって、そんな王様はいないと思うのです」
「俺はそうだが」
「そ、そうなら殿下が珍しいケースで。もし本当にそうだったら誰も結婚できないですよ。だから違うと思うのです。っていうか愛って何ですか……」
ごにょごにょと言いだす彼女が可愛い。
先ほどきっぱり振られたと思っていたのだが、なんだか別人と話しているようだ。
しかし記憶の中にある幼い彼女は、溌溂として元気で、相手が誰かわかっていなかったとはいえおどおどせずに気を遣わずに話していた。こちらの方がエレナらしいのかもしれない。
「そのあたり、ちゃんと研究したいのですが、何せアルバローザは使える時が少ないでしょう? 一般の方を実験台にする訳にはいきませんし。いまだに謎が多いのです」
首をかしげるエレナを見て、ダリウスは意外に思っていた。
花が好きだと言っていたのは知っているのだが、もっと感覚的なものかと思っていた。
綺麗で美しいから身の回りに置いておきたい、のような好きであって、そんな風に突き詰めて考えるとは思ってもいなかった。
「楽しそうだな。そういう話が好きなのか?」
「はい。なかなか聞いてくれる人もいなくて。最近やっと議論できる友人ができました。薬草を研究しているのですが、聖花信仰にも造詣が深くて……アンチですけど。元は腕のいいお医者様だったみたいで」
ガラスのような目をした医師を思い出した。あの時、やはり側に居たのだろう。
あれと仲がいいのか。意外だった。
「セドリックが、お前に村を用意したと言っていたが、そこにいるのか?」
「ええ。私の為というわけでもないと思うのですけれど。とても美しい……あ」
「?」
「私、どこまで話していいのでしょう? 殿下はどこまで知っていらっしゃいますか?」
自分から話そうと言っていて何を言っているんだろう。
急に気が付いたように口をつぐむのが可笑しい。
「はははっ」
思わず声を上げて笑うと、エレナがきょとんと眼を丸くした。
「殿下がそんなふうに笑ったの初めて見ました」
「そうだったか? お前、いつも怖そうにしていたものな」
「……怖かったのです。笑っていてくださればよかったのに」
「いまさら言うな、後悔する」
ダリウスは、立ち上がってエレナに近づいた。
エレナは不安げにダリウスを見上げる。
手を伸ばすと、エレナは目を閉じて身を縮めた。それを見てダリウスは手を止めた。
「……最後だから、少しだけ我慢してくれ」
そう告げるとエレナはこわごわとダリウスを見る。赤い瞳が不安そうだった。
そっと髪を撫でた。白い髪はふわふわと柔らかい。小さな顔に手を添えて、頬に口づけた。
「俺は本当に愛していたよ。……幸せに」
つぶやくように囁くと、ダリウスはエレナの視線を振り切るように立ち去った。




