43.父の考え
セドリックは焦っていた。
ようやく解放されて、先に休んでいるエレナの寝顔をこっそり見てから寝ようと思ってエレナが泊まっている部屋に忍び込んだところ、もぬけの殻だったのだ。
どこにいるんだ?
セドリックは、先ほどまでずっとダリウスと一緒だったので、ダリウス自身がなにかをしたり命じたりはしていないはずだ。
おそらく父だろう。ダリウスがセドリックをずっと隣に置いていたので、父の動向は完全に追えなかった。
父が考えそうな事など分かる。
ダリウスが泊っている客室に向かう。
「セドリック、いたいた」
その途中で父に足を止められた。
「少し話をしよう。あのお嬢さんについて」
「父上、エレノアの姿が見えないのですが」
「まあまあ、それも含めてね、」
セドリックの問いは無視して、強引に部屋へ連れていかれる。
父は苦手だ。とことん権力にしか興味がない。まったく価値観が合わない。
モンフォール伯爵家はもともと政治にはあまり関わらない家だったが、父は王妃がモンフォール家の遠縁の血筋だという一点で社交界に入りこむと、その美貌と愛嬌を使って、王宮の中心にもぐりこんだ。
父にとって、子供も妻も家すらも、駒だ。きっと今日、エレノア嬢も駒になった。
「お前、本当に身寄りも無い娘なんかと結婚する気? いくら貴族の血筋だからって、せめて同格か、お金やコネを持ってるか、そういうの選びなさいよ。できるでしょう、私の息子なんだから」
「昨日は良いと言ってくれたじゃないですか」
「まさか殿下が気に入るとは思わないじゃないか。おとなしい田舎娘と結婚して、領地に置いておけば、不倫し放題でむしろちょうどいいと思ったんだよ。お前、顔も女受けもいいんだから。沢山いますよ、君と一晩過ごしたいご婦人方」
「そんなことしませんよ。僕はエレノア一筋ですから」
そう言うと、信じられないものを見る目で見られる。
「自信ないの? 手ほどきならしてやるのに」
「本当に結構です」
父と話していると平行線である。
少し合わせてやらないと、話が進まない。セドリックは言い方を変えた。
「父上のやり方で広げた人脈は凄いと思いますけれど、その息子の僕が正攻法で行けば、そのまま家名の評判を高めることもできるんじゃないですか」
「ああ、お前の評判はいいものね。最近、私を非難している堅物の連中から息子さんによろしくと言われてちょっと引いたよ」
「……役には立ったでしょう」
「そうだね。そうやって動いてくれると私もやりやすい」
「ではその代わり、エレノアとのことは」
自分が動く約束をして、エレノアについては見逃してくれと言おうとすると、伯爵は真面目な顔で遮った。
「エレノア嬢については条件がある」
「……聞きましょう」
「結婚はしても良いから王宮仕えさせろ。どうせ妃にしたところで、正妃が後から来るわけだし。だから、愛人枠がいいと思うんだよ。大丈夫、あの様子なら可愛がっていただけるさ。……ご落胤を、うちの息子として育てるのも有りじゃないか?」
怒りを飲み込む。そんなことさせるものか。
「……それはできません。彼女は別宅で過ごしてもらいます」
「そう? 我儘だね。じゃあ王宮仕えはお前で妥協してやるよ。ダリウス殿下は側近にと言ってくださっているじゃないか」
それはもう仕方がないだろう。
父が領地運営をほとんど任せてくれていたから好き勝手に出来たのだ。
政治的に有用と思われ、やれと言われたら、自分ではどうとも出来ない。
だが、エレナの事がばれた今、ダリウスが今までと変わらず自分を重用するとは思えない。
ダリウスが断れば、有耶無耶になるか?
そう思ってセドリックは頷いた。
「わかりました」
「わかればよろしい。あともう一つ。今日はこのまま回れ右しておとなしく寝る事」
伯爵は社交の場で見せる有無を言わさない笑顔で扉を指し示した。使用人が扉を開け、セドリックは追い出される。
そのまま使用人に自室まで連行された。