42.豪華な御部屋
「やあ、寝る前に少しだけいいかな?」
そんな中、気さくな笑顔で、ワインを手に入ってきたのはモンフォール伯爵だった。
メイドがスマートな仕草で、身体が隠れるような長いガウンを着せてくれる。
「昨日は慌ただしかったからね。きちんと話もできなかったし」
そう言って手ずからワインをついでテーブルに置いた。
エレナは最後の力を振り絞って笑顔で対応する。眠い。しかし、ここで、伯爵の機嫌を損ねる訳にはいかない。
……しかし、眠い……
「君は、男爵家のご令嬢だそうだね、エレノア君」
「ええ」
「しかもお父上はお亡くなりになったとか」
「はい」
ワインを傾けながら、セドリックに似た声を聞く。話題は主にエレノアの身の上だ。
「そんな君がセドリックに釣り合うと思っているのかな?」
「え? あ、いえ。確かに、そうですわね……」
仮の身分だったのであまり深く考えていなかったが、言われてみれば、後ろ暗いところがある男爵令嬢と将来有望な伯爵令息は、釣り合わないのではないか。
今回は確かに婚約でもしてないと、ダリウスに持ち帰られてしまいそうで申し出に甘えてしまったが、言われてみればエレノアが玉の輿を狙っているようにしか見えない。
「あははは、認めるのか。なかなか面白い子だね。それでもセドリックと結婚したい?」
「はい……」
ダリウスをうまくやり過ごせたら、また話は変わってくるだろうし、この場だけはなんとか収めないと。
せっかくセドリックが頑張ってくれているのに、私がダメにしてはいけない。
「セドリックも私の子供だからな。役に立ちそうなモノには鼻が効く。昨日は私もまさか君を……殿下があんなに気に入るとは思わなかった。さすがだね、あいつも」
伯爵はエレナを上から下までジロジロと見た。
「まさか、何にも知らない田舎娘……失礼、純粋なタイプがお好みとは。鶏ガラ……失礼、華奢なのがよいのか。それとも白髪や赤目みたいな、変わった色が気に入ったのかな」
大分失礼であるが、自覚もあるので腹も立たない。
本当ですよね。私も全く分かんないんですよ。
と、相槌を打ちそうになる。
「よし、そこまで言うなら一つ、条件をだそう。クリアできたら結婚を許す」
「なんでしょう?」
モンフォール伯爵はにっこりと言った。
「朝まで、この部屋にいる事」
「え? この部屋、何かあるのですか?」
お化けが出るとか? と、少し不安になり、キョロキョロ見渡す。そう思うと歴史的で重厚な雰囲気が、高級感から不気味に感じられるから不思議だ。
「いや、この部屋はこの家で一番良い部屋なのでね。こういうところで伯爵家の人間らしく、堂々とゆっくり寛げるか、見せてもらおうかな」
「はあ」
「君が役に立つ人間なら、私は歓迎するよ。セドリックも君が役に立つと思って、連れてきたんだろう」
「私が、役に立ちますか?」
「そうだね、どうしたら役に立つか、よく考えるんだよ」
さすが貴族はよくわからない。
しかし、今日はどんな所でも熟睡できる。そんな自信はある。
◆◆◆
ダリウスは遅くまでモンフォール伯爵やセドリックとともに来客に付き合っていた。
ふとした時に、エレナのことが思い起こされてしまい、なんとも憂鬱な気分になる。
神に召されたで終わっていた方が、まだ怒りを向けるところがあった分、気持ちは軽かったかもしれない。
つまり、花が咲かなかったのも、死んだことにしてまで王宮から逃げたのも、……俺が嫌だったということだよな……
怒りをぶつける相手……とすれば、自分を騙していたセドリックだが、エレナのおびえる目、それを守ろうとするヤツの顔を思い出すと、このことに関しては負けを認めざるを得ない。
感情のままに動いて、エレナにもっと嫌われるのも怖い。
――彼女は僕を選びました
――セドリック様とともに、こちらの地から、殿下をお支えしたく思います
どう考えても、彼女はセドリックを選び、二人は愛しあっているのだろう。
エレナにもセドリックにも、ここで感情的になり、更に狭量な男だと思われたくなかった。
こんなに普通の男のように、女に振られて落ち込むとは思っていなかった。
部屋に戻り、ついに一人になってしまったので、憂鬱な気分から逃げられなくなってしまった。
こうなったらとことん落ち込むか、と、机に用意されていた酒をあおりながらベッドにどさりと腰掛けた。
「……うぅん」
「?」
ダリウスの重みで沈み込んだベッドの中で、何かが動いた。
見ると、そこには先ほど自分を振った初恋の女が、ほんのり赤く染まった素肌を美しいネグリジェに身を包んで転がっていた。