41.美しいネグリジェ
その日、ダリウスの最後の滞在の夜と言うことで、ささやかな晩餐会が開かれた。とはいえ客人も多く、エレナは慣れないことについていけずに内心オロオロしていた。
と言うのも、モンフォール伯爵が当家の娘になる予定だとしつこいくらい紹介して回っているのだ。
「このエレノア嬢は今度私の娘になるのですよ……」
「嫌だなあ父上、私の娘ではなく僕の婚約者だと紹介してくださいよ」
「あっはっは、娘が出来るのか嬉しくてね」
セドリックが全く笑ってない笑顔でついて回って訂正している。
モンフォール伯爵とセドリックは顔立ちが良く似ている。淡い金色の癖のある髪、アイスブルーの目。整った顔立ち。背が高く、手足が長く、柔和で華奢な印象。
セドリックがもう二十年ほど経ったらこういう顔になるのかなぁとエレナはぼんやり思った。
ただ、大きく違う所がある。ありったけの指にはまった大きな宝石付きの指輪、刺繍に覆われ、装飾が所狭しとついた服。一目で高価だとわかるような出立ち。
何より野心に燃える目の光り方だ。
ギラギラしている。
でもそのギラギラを顔の良さと気品と愛嬌でカバーしていて、妙な魅力がある。
当事者のエレナはそんな親子に挟まれて、貼り付けた笑顔を保つのが精一杯だ。
貴族、無理。
王太子妃になる身として礼儀作法はひと通り身につけさせられたが、聖女であるので社交はなかった。
そういえば、さっきダリウスが離宮をと言っていた。王妃様も式典以外は離宮から殆ど出てこない。意外と正妃は気楽なのかも知らない。
あー、早くヴァル・フルールに戻りたい……
その思いでいっぱいだった。
◆◆◆
宴も終わり、エレナがフラフラしていると、モンフォール家のメイドがエレナに声を掛けてきた。
セドリックはダリウスについていてまだ忙しそうだ。
「エレノア様、お部屋にご案内致します」
「昨日のお部屋でしたら分かりますし、私はお世話はしていただかなくても大丈夫ですよ」
正直なところ、早く一人になりたかった。
「いえ、エレノア様は大切なお客様でございますから、重々おもてなしをするように主人より申し付かってございます。それに、奥様に成られるのでしたら、慣れていただきませんと」
「……わかりました」
そう言われてしまうと断る訳にも行かない。固辞して、資格なしと伯爵に言われたら、今日のセドリックの苦労も水の泡だ。
疲れ切って回らない頭でそう思い、メイドに連れられて部屋へ向かう。
「お疲れでございましょう、お風呂の用意もできておりますよ」
「ありがとうございます」
疲れた体と心に、お風呂は最高に気持ち良かった。
以前、ダリウスと会う日はこうして丹念に洗われて、良い香りの化粧水や香油をつけてもらって、いつもよりも美しいドレスのような服を着せてもらった。
ダリウスと会うのは怖かったけど、いつも教会でシンプルな装いだったので、それは非日常的で少し楽しみだった。
大切なお客様ともなると、通された客室もとても豪華だった。
重厚で手の込んだ彫刻が入った調度品の数々。天蓋付きの、数人上がれそうな大きなベッド。
そんな雰囲気に負けないほど美しい、手の込んだ刺繍がほどこされた、肌触りの良いモスリンのネグリジェを着せてもらった。
髪もよく手入れしてもらい、広がらないように編んでくれた。
部屋中に、少し甘い、良い香りが広がっている。
貴族、凄い。
こんなのもたまには良いかも……
いつもなら絶対に落ち着かない待遇だったが、疲れがその辺りを麻痺させていて、エレナは素直に堪能してしまった。




