39.大きすぎて迷惑
セドリックがエレナを伴ってダリウスの前へやってきたのは、ダリウスが王宮へ帰る前日の事だった。
のらりくらりと遅らせるので、ついに明日中に連れてこなければ周辺を捜索させると脅したことで、ようやく腹をくくったらしい。
「お初にお目にかかります。エレノア・アッシュフォードでございます」
貴族の娘のように美しく礼をし、そのまま作法通り顔を伏せている。教会にいた時より、纏う空気が凛としている。エレナも覚悟を決めているのだろうか。
「私を助けてくれたそうだな、感謝する」
ダリウスは平静を装ったが、僅かに声が掠れた。
「わたくしは当然のことをしたまででございます。尊い方とは存じ上げずお身体に触れたことどうぞお赦しください」
「私は薬や施術が効きにくいものでな、素晴らしい能力をお待ちだ」
「勿体無いお言葉でございます」
隙のない声はダリウスを拒絶しているように聞こえる。以前のエレナは自分の前では所在なさげにしていたが、だからこそ手を伸ばしやすかった。
「……顔を上げよ」
そう言うとエレノア・アッシュフォードは美しい仕草で真っ直ぐにダリウスを見た。
白い髪、大きな赤い瞳。少しウサギを思わせる愛らしい顔立ち。
服は貴族の娘らしいものだったし髪型も違うが、どこからどうみても、エレナだった。
まず顔を見て思ったのは、生きていて良かった、と言うことだった。
駆けよって抱きしめて喜びたいが、初対面を装わねばならない。余計なことを言わないように奥歯を噛む。
エレナは王太子の前に出てきた貴族の娘という設定どおり、失礼のないような態度で微かに口元に笑みを浮かべている。しかし瞳が不安げに揺れていた。
ああくそ、何で俺が我慢せねばならんのだ。
いっそこの場で側仕えに命じて、俺の元へ閉じ込めてしまおうか……と思ったが、彼女が死んでまで自分から逃げたかったと言うのならば、それは本意ではない。
また死なれては困る。
しかし、はっきりさせるまでは諦められない。
「エレノア嬢。そなたの能力は貴重だ。王宮に来て私に仕える気はないか? 不自由はさせない」
「恐れながら殿下」
返答したのはエレナではなかった。
「私の妻となる女性です。何卒御容赦を」
エレナの後ろに控えていたセドリックが硬い声を上げた。
「ほう?」
セドリックの言葉に、エレナを前にして浮かれていた気分が急激に下がる。
やはり、そうだったか。
……こいつ、今まで俺の話をどういうつもりで聞いていたんだ?
その気分のままにセドリックを睨みつけるが、平然と受け流される。それどころかダリウスを睨み返してきた。
ついに真正面から来たな、と、ダリウスは冷え冷えとした気分のまま、心の中で密かに嗤った。
「妻か。聞いていないぞ」
「田舎者の婚約の話など、お耳に入れる程の事でもないかと」
「残念だ、お前は友人だと思っていたのに。こんなに魅力的な女性をどうやって手に入れたのか聞きたいものだ」
「たまたま知り合いから頼まれまして、当家でお預かりしたのが切っ掛けですよ。後は私が押し切りまして漸く」
「いつの間に。ご令嬢が大勢泣くぞ」
「ご冗談を、私など相手にされておりません」
「どうやって、彼女にはいと言わせたんだ」
「……彼女のための花園の村を捧げまして」
「村か。小さいな。では俺は街を用意しようか」
「大きすぎて迷惑という贈り物もあるのですよ」
「言うではないか」
ダリウスはちらと周りを見回した。おろおろして2人を見ているモンフォール伯爵、呆然としているエレナ。セドリックは珍しく興奮している。
ダリウスはあえて低い声で言った。
「……俺が、気に入ったと言っているんだ」
セドリックは思わず黙る。が、思い直したように口を開いた。
「彼女は、僕を選びました」
二人暫しにらみ合う。
ダリウスはセドリックを睨みつけながら思案する。
エレナがセドリックを信頼しているのは、見て取れる。どうせこいつの事だ、虚実織り交ぜて丸め込み、その笑顔で気の利いた事をしてみせて、純粋なエレナの信用を勝ち取ったのだろう。
だがここで無理にエレナを奪った所で……
ただ恨まれるだけではないのか。
セドリックが静かな声で言う。
「エレノアには王宮での暮らしは荷が重過ぎます。王宮で王太子の側仕えも名誉な事ではありますが、田舎でつまらない一生を終えるのとどちらが彼女に取っては幸福か。賢明なる殿下でしたらお分かりかと」
上手くやりやがった。
本当は自分にばれないように匿うつもりだったのだろうが、気付いたところでエレナの幸せを人質に取られている。
しかし、わかったとは素直に言えず、ダリウスは眉間の皺を深めた。




