34.モンフォール邸へ
ダリウスが目を開けると、セドリックが心配そうに覗き込んでいた。
「ああ、良かった。目が覚めなかったらどうしようかと」
「セドリック……?」
「貴方は群生していたモンクスフードの茂みに落ちて、気を失っていたんです。この村の人が介抱してくれてたんですよ」
セドリックの後ろで、気の良さそうな中年の女がニコニコしていた。
それを見て、エレナがいたはずだと思い出す。
「エレナは?」
「何を言ってるんです? ああ、幻を見たのかな。モンクフードは幻を見せることもありますから」
そう言うセドリックはいつもの優しい笑顔だ。
「さあ、本邸に部屋を用意してあります。解毒はすんでいますから、ゆっくり休めばすぐに良くなりますよ」
セドリックの肩に重い身体を預けて外に出ると、そこは別荘のある農村だった。
今まで居たのは、小さな民家だった。庭先にハーブがこんもりと植っていて、軒先にも吊るされている。加護持ちの家だろうか。
その家の前に豪華な馬車がつけられている。村人達が何事かと遠巻きに見ていた。
何かがおかしい気がする。何かが抜け落ちている……
「俺は、怪我をしていたはずだ」
「え?」
「村に医者と加護待ちがいて治してくれただろう? 会わせてくれ、礼を言いたい」
「怪我? どこにも怪我なんてありませんよ」
言われて脇腹を探る。確かに傷も痛みもない。
「夢を見ていたんじゃないですか。戻ってゆっくり休みましょう」
こうしてダリウスは7年ぶりにモンフォール家の屋敷に迎えられた。
翌日、王都からモンフォール伯爵が飛んできて泣いて謝り、セドリックに責任を取らせ廃嫡にするから、この事は不問にしてくれと騒ぎ立てた。
責任は追及しない。セドリックは俺のわがままに付き合ってくれただけだし適切な処置をしてくれた、と言って黙らせた。
ダリウスはモンフォールの屋敷で静養することになった。
屋敷はあまり変わっておらず懐かしく思うが、使用人に見覚えのある者は誰も居ない。
歩けるようになったので、セドリックとともに庭に出る。
思い出の庭は、セドリックが世話をし続けていて美しく整えられていた。ただ、まだ時期が早いので、薔薇は咲いていない。
エレナに見せてもらった満開の白い薔薇の庭。
もう一度。今度はイメージではなく、本当に咲き誇る庭を彼女と見たかったと、ダリウスは感傷に浸る。
◆◆◆
モンフォールの屋敷で三日が経った。
何かがおかしい。
セドリックが言うには、ダリウスは白ウサギを追いかけてモンクスフードの茂みに突っ込み、気を失ったらしい。
しかしダリウスの記憶では、白ウサギを追いかけて、崖から落ちて怪我をした。そして以前世話になった医者に助けられた。ラベンダーの香りがした。
その時、エレナがいたと思う。これは夢かもしれない。
冷静に考えると、自分の記憶の方が夢の話のようだ。
昔、ここで世話になった医者は、事故で死んだらしい。死んだ者二人に会ったということになる。
モンクスフードは幻を見せることもあるという。だから夢を見たのではないかとセドリックは言う。
マイルズもそう言った。慌てたセドリックと迎えに行くと、モンクスフードのそばで倒れていたと言っていた。
しかし、俺の記憶が合っていたなら?
エレナなら、聖女の奇跡で相当ひどい傷でも治せるだろう。
エレナなら、普通のラベンダーでも、俺に夢を見せることもできるだろう。
本当にエレナがいて、彼女が加護の力を使ったならば、不可能ではない。
となると、セドリックが嘘をついていることになる。エレナを隠しているのか? どこに、どうやって、なぜ?
エレナはそんなに、自分が嫌いだったのだろうか。身分や生活をすべて捨てて、死んでまで逃げたかったのだろうか。
それでセドリックが助けた……という事なのだろうか。
そうなのであれば、エレナの幸せのためにも見て見ぬふりをするのが良いのかもしれない。
しかし、そうであるという確証もない。セドリックがいっそすべて打ち明けてくれればとも思うが、セドリックはそのようなそぶりは一切見せない。
調べたくても、ここはモンフォールの領で、セドリックはダリウスの世話係を買って出ている。セドリックに見つからずに動くことが難しい。
そんな折、マイルズが王都に戻るというので、セドリックに見つからないように手紙を持たせた。
密偵に、急ぎモンフォール家を探るようにとの内容で。