32.ギースの推理
セドリックは急いで農村の別荘に戻った。
農村に控えさせていた使用人にひっそりと馬車を出させる。ヴァル・フルールを知る数少ない者だ。マイルズに見つからないようにするのに苦労した。ヴァル・フルールをマイルズに知られるわけにはいかない。
王太子に怪我をさせてしまった。それは起こってしまったことだから仕方が無い。それは後で、自分がいくらでも罰を受けよう。
……しかし、ヴァル・フルールからは遠ざけたい。少なくとも倒れた場所は偽装しなければ。
そうして急いで戻ったが、倒れた場所からダリウスは消えていた。
まさか自分で動いたのか、誰かに連れ去られたか。
真っ青になりながら、周囲を探す。
そこへ、犬が飛び出してきて吠えた。セドリックを導くようにヴァル・フルールの方角を見る。見覚えがある猟犬だ。
「まさか」
セドリックは使用人にここで待つように言うと、馬を外して跨った。
セドリックはヴァル・フルールへの道を全速力で駆けた。主人のいつもと違う様子に愛馬も応える。
「坊ちゃん」
ヴァル・フルールに飛び込むとオリバーが不安そうな顔で迎えた。
「何があった!?」
「レオが怪我人を見つけて、ギースが介抱したんですが、エレノア様の様子がおかしいんですよ。とにかく坊ちゃんが来たらすぐにギースのところへと……」
全て聞く前にギースの家に走る。
「ギース!」
「主人殿、静かに。今は客人は寝ております」
「その男の顔を見せてくれ」
勝手に診療所に入る。ラベンダーの香りが漂う中にダリウスが眠っていた。
思ったより穏やかな顔をしている。
セドリックは大きく息を吐いた。
「状態は」
「エレノア嬢が完全に傷を塞ぎました。傷痕もない。よく食べて寝ればすぐに良くなる」
「そうか……急いで連れて帰りたいけど動かせる?」
「荷台か馬車でもあれば」
ダリウスの身体を見せてもらうが、本当に何の傷もなかった。
セドリックは胸を撫で下ろす。
これで問題は無くなった。これなら怪我を負ったことすら無かったことにできる。
あの村のそばには強力な毒草の群生地があった。危険だから避けたのだが、そっちに突っ込んだことにすれば、方角も誤魔化せる。
そう思ってふとギースをみると、ソワソワしている。何か気掛かりな事があるのだろう。
まさか、と思いながら尋ねる。
「ギースは、この男が誰だか分かってる?」
「……ええ、これは、屋敷にいたあの坊ちゃん……王太子殿下、ですな。わしを覚えてましたよ」
そうか。気付いたか。
当時、ギースはモンフォール家に仕える医師だった。腕は立つが正直者で変わり者で疎まれていたのを伯爵が雇い入れて、ダリウスの専属にしていた。
ヴァル・フルールの住人の多くは、ギースのようにダリウスをセドリックだと思って世話をしていた使用人たちだ。消されそうになったところを、セドリックが救った。
ギースはそれ以来忠誠を誓うと言ってセドリックを主人殿と呼んでいるし、メアリーは今までの分を取り返すと言って、いまだに坊ちゃんと呼ぶ。
「ほかに、気づいた人はいる?」
「おらんでしょう。印象が全く違う。わしも最初気づきませなんだ。エレノア嬢は知っているようでしたが」
「エレノアとは何か話してた?」
するとギースの動きが一瞬止まる。
ギースの、都合が悪い時の癖だ。
「……いやいやいやなんも有りませんぞ」
「君、隠し事したくても、どうせ出来ないんだからちゃんと話して」
ギースは頭も回るし保身も考える癖に、隠し事もできないし嘘も付けない。難儀な性格というか体質だ。
「……恋人と間違えられたと言ってましたな」
「はあ?」
セドリックは片眉を跳ね上げた。エレナの前では絶対しない表情である。
権力で一方的に手に入れた癖に、恋人とは少々傲慢ではないか。
「二度目を覚ましました。どうやら記憶が混濁しているようで。エレノア嬢がラベンダーをかなり強めに使いましたな」
だから病室に香りがするのか。
ギースの家は薬草研究科を気取っているだけあって、香りの強い物も多い。しかし、医師として、診療所内には持ち込まないように気をつけているようだった。
そのギースが利用を認めたと言う事は、何かあったのだろう。それこそ、記憶を消さなければならないような。
「もしかして、ギースは彼女が何者なのか、聞いた?」
「いいや、聞いてはおりませんよ」
「聞いて『は』?」
「……ぅ」
その時ダリウスが身じろぎし、掛布が動いた。それで冷静になり、二人病室の外へ出る。
「気がついたって事? 何に気づいてどんな風に考えてる? 全部言って」
「……エレノア嬢は野良の加護持ちなんかじゃありませんな。しっかり修業した、おそらく高位の聖女だ。本名はエレナ様とおっしゃるのかな?」
「なんで知ってる?」
「あの男が、エレナと呼んでましたでな」
「成程」
「聖女だとすると、昔、巡礼でモンフォール家に立ち寄ったことがあるはずですな。年齢等諸々考えると……あの時の花の乙女ではないかと」
「……君は本当よく頭が回るね」
ギースが少し得意げに瞬きした。
「あの少女が切掛けで、あの坊ちゃんは変わった。生きる希望が湧いたのでしょうな。それは子供が恋をするには十分な理由だ。……王太子が恋着する聖女。年ごろになれば当然求婚する。エレノア嬢の反応を見るに恋人ではなかったかもしれませんが、婚約者やそれに近いものだったかと」
ギースはよく見ている。さすがだなとセドリックは感心した。しかし重要なことはここからだ。
「で?」
「あの時期から、主人殿も変わった。それまでは坊ちゃんの影に徹していたのに、どこか、頑張り始めたでしょう」
確かにあれをきっかけに、セドリックも希望をもった。ダリウスにも自分にも同じように接する少女。
それまで自分はダリウスの影だと諦めていた人生を取り戻そうと思った。
近くで見ていた人間には分かっていたのだな、とセドリックは初めて知って、少しむず痒い気持ちになる。
ギースは続ける。
「そこから考えると。幼い主殿のハートも彼女は奪っていたと。それで主人殿はあの坊ちゃんから、彼女を奪おうとしたのですな。それでこの集落に攫ってきた」
どうでしょう、と、少々得意げに、ギースはそこで口を閉じた。
「他には?」
「ほ、他にもあるんですか!?」
目を見開くギースに、セドリックは内心胸をなでおろす。
良かった、アルバローザの件は知らないか。
「……85点、というところかな。君の推測はあっているけど。まだ重要な事があるけど教えないよ」
「知りたくも有りませんな。主人殿、王太子から婚約者を奪おうというのは、それだけで大層な事ですぞ」
「そこは上手くいったんだけどね。後は彼女が僕を好きになってくれれば……」
「そこは先にちゃんとしておくべきでは」
「仕方ないだろ、今まで会えなかったんだから。あとアイツよりは好かれていると思う」
「急に話が少年の様になりましたな」
「アイツが彼女に変なこと言ってないといいんだけど」
「主人殿も女性には優し気で魅力的ですが、ああいう、男らしいのが好きな方もいますからなあ」
「ギース、そろそろ口を閉じようか」
「失敬」
セドリックが睨むと、ギースはおどけたように手で口を覆い、ギョロリと目を回た。
「馬車を呼んでくる」
そう言ってセドリックは踵を返した。まずはこの村から追い出さなければ。




